——机の上の会話から知り合った少女が、自身の元へやってきた。それだけでも衝撃的だったのだが、バンドをやらないかと誘ってきた。思いもよらない提案を、その場では断った彼女、山吹沙綾であったが少しばかりそのことに後ろ袖を引かれていた。
そんな中、突如として件の少女からの呼び出しを受け公園へと赴いた沙綾。そこで再び少女に問いかけられる。
「私と一緒に……バンド、やってくれませんか?」
深いお辞儀と共に沙綾の元へ手を伸ばした少女。そうして訪れた静寂のなか暫しの間沈黙していた沙綾はゆっくりと口を開く。
「ごめん、私にはできないよ」
そう言って沙綾は、差し出された手を前に首を横に振る。今の自分は全てを失ってしまった。一種の強迫観念として植え付けられてしまったそれは、彼女の根底を変えてしまっていた。
「で、でも……私は、サアヤちゃんと」
目の前の少女は必死に食い下がる。だが、沙綾の決意は揺るがなかった。もう、捨ててしまったものなんて、手に入れられるわけがない、と。
「カスミちゃん、ありがとう。誘ってくれたことはすごく嬉しい」
「じゃあ、なんで」
目の前の少女、香澄によって投げられた問い掛けを前に彼女は一度言葉に詰まった。己自身が勝手にそう決めつけているだけだと、知っていたから。
しかし沙綾は、言葉を紡いでしまっていた。彼女の思いとは裏腹に、すらすらと。
「そこに入るべき人は、私じゃない。私以外に、もっと適任がいる。それだけだよ」
返答を述べた沙綾はそのまま踵を返し、香澄へと背を向けた。そして、今一度彼女の方へ顔だけ向けた沙綾は、最期の言葉を口にした。
「ごめんね。サヨウナラ——」
瞳の端に涙を浮かべた沙綾は、その場から逃げるように走り出した。頬を歌う涙はそのまま、一心不乱に——
けたましく鳴り響く音により、沙綾の意識は覚醒させられた。無理やり感が否めないその起床は、彼女へ激しい不快感を与えてしまう。
「……まただ」
痛む頭を抑えながら上体を起こした沙綾は、自身の頬を伝っていた涙を拭うと、床から抜け出す。そうして普段と変わらず、身支度を整えパンの仕込みをしていく。その最中、彼女が不意にラジオを起動し、番組に耳を傾けていると、音の向こうから知った声が聞こえてきた。
『Poppin'Partyの——』
「これって……?」
まさか、と思ったが聞き間違えるはずがない。なんせ、自分自身が向き合って、捨ててしまった夢をくれようとした少女のものであったから。
「カスミちゃん……」
知らず知らずのうちに涙を流し始めた彼女は、ラジオを止め作業へと打ち込む。そうして仕込みを終えた彼女が開店準備を進めるため外へ繰り出すと、楽しげな少女達の声が聞こえてきた。不思議そうにそちらを見てみれば、先程までラジオ越しに喋っていた少女の姿がそこにあった。
「あ、カスミちゃん——」
呼び掛けようと手を上げた彼女は、その所作を途中で止める。楽しそうに笑う
己の勝手で捨ててしまった
「……ッ」
そのことにより激しく込み上げてくる感情を抑え込んだ沙綾は、店の中へと戻ると今一度開店の準備を進めていく。『Poppin'Partyのドラマー』ではなく、パン屋の看板娘として——