よわよわ狂姫伝 カブラヤオー!   作:ギルドパクト

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いつもご感想ご評価、どうもありがとうございます。大変、励みにさせていただいております。
遅筆な作者で恐縮ですが、楽しんでいただけたら幸いですm(__)m


デビュー戦

 カブラヤオーがテスコガビーと共にチーム・リギルに所属するようになって、早くも数週間が過ぎた。流石にこの頃になるとチームのメンバーには慣れ始め、ハイセイコーを始めとした先輩やテスコガビーとはビクビクしながらも会話が成り立つようになっていた。教室では耳を伏せてばかりで、放課後のチャイムと共に逃げる様に部室に向かうのは相変わらずだったが。で、そんな、多少なりともトレセン学園の生活に慣れ始めたはずのカブラヤオーは、

 

「みいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

絶賛悲鳴と共に、入学式の日の荒ぶるセミのポーズで徹底抗戦の構えを見せていた。

 

「まずいな、そろそろ本当に始まっちゃうよ。引き剥がせないかい、テスコガビー?」

 

「やって、ますけ、くっ、このっ、どんなバ(りき)しているんだ!?」

 

そんなカブラヤオーの背中を眺めながら、スマホの時計を見て眉を顰めるハイセイコーと、カブラヤオーの脇に手を入れて、何とか学校の柱から引っぺがそうとするテスコガビー。

 

「やだあああああああああああああああ!!!」

 

そのテスコガビーに抗う様に、悲鳴を上げたカブラヤオーは益々力を込めて校舎の一部と合体する。

 今日は多くの生徒達が待ちに待ったデビュー戦の日。運動着にゼッケンを締め、にわかに緊張した面持ちでトラックに向かう学生達は漏れなく今年入学の新入生で、その姿を微笑ましそうに眺めるのは上級生達だった。

 そんな、どことなく学園全体が浮足立った空気を帯びている中でたった一人、カブラヤオーだけがグラウンドに向かう事を全力で拒否していたのだった。まあ、カブラヤオーにとっては当然である。

 

 

何処となく、鼻息の荒い同級生達

 

何故か、時折自分に向けられる強い視線

 

上級生達までもが、時折新入生の教室を通りながら、自分を指差してひそひそ話をしていると、

 

 

はっきり言って、カブラヤオーの肝を潰すには十分過ぎる状態だった。

 で、いよいよバ場に向かう段になり、じわりと一段と強い闘気を漂わせ始めた同級生達の姿に、とうとう耐え切れなくなったカブラヤオーはウマ娘からセミ娘へとメタモルフォーゼをしてしまっていたのだった。

 

「どっ、せええええええええええええええええええいっ!!!!」

 

「み゛ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?!?」

 

と、裂帛の気合と共に、テスコガビーが自身の四肢を問わず全身に血を送り、渾身の気合と共にカブラヤオーを引っ張る。自分よりも一回り以上も大柄なウマ娘の力に、とうとうカブラヤオーはベリッと音を立てて、校舎の柱から引っぺがされたのだった。

 

「おー……」

 

その光景に、生徒会長(ハイセイコー)が感心した様に拍手を送る。

 

「ぜぇ、はぁ、はぁ……」

 

ドスッと尻餅をついて、荒く肩を上下させるテスコガビー。その額には薄っすらと汗が浮かんでおり、下手なレースの何倍も疲れたと、その表情が物語っていた。

 

「カブラヤオーちょっと良いかな」

 

そんな、テスコガビーの腕の中でプルプルと震えるカブラヤオーの前で、スッと屈んだハイセイコーが、優しく声を掛けて、ポケットから何かを取り出す。

 

「へぅ……?」

 

ハイセイコーが掲げたそれに、珍しくカブラヤオーがべそをかくのを止めて、コテンと首を横に倒す。

 

「失礼するよ?」

 

そんなカブラヤオーを他所に、ハイセイコーは手に持ったそれをカブラヤオーに向けて何やらゴソゴソと耳元を弄る。

 

「ぴっ」

 

小さく悲鳴を上げるカブラヤオーだったが、その頃には既に用事が終わったらしく、カブラヤオーから手を離したハイセイコーは「ん。これで良し」と頷いた。

 その、ハイセイコーの首肯に、一瞬キョトンとするカブラヤオーだったが、突如変わった視界に、遅ればせながら何が起きたのかを理解する。

 

「どうだい? これで多少はマシになったと思うんだけど?」

 

「あ、はぃ……」

 

首を傾げるハイセイコーに、カブラヤオーがモゴモゴと頷く。

 

「良いんですか?」

 

そんな、カブラヤオーの顔を上から覗き込んだテスコガビーが訝る様に黒い耳をピコピコと動かすが、そんなテスコガビーに、ハイセイコーは「だいじょーぶ」と頷いた。

 

「正規の衣装は着用しないけど、小道具の類は許可されているからね。一応、普通のマラソンとかでも着けるモノだし」

 

()は兎も角、()はまず無いと思いますが?」

 

「はっはっは!」

 

そんなテスコガビーに笑いながら、ハイセイコーはそれ(・・)を身に着けたカブラヤオーに向き直る。

 

「さて、それ(・・)は多分にハンデになるかもしれないが、それでも今の君には必要な物だろう。問題は、それを着けても君が勝てるかどうかだが……」

 

「みぅ……」

 

ハイセイコーの視線に、思わず俯くカブラヤオー。だが、その両足は既に芯が入っており、明らかに荒ぶるセミのポーズよりはマシに思われた。

 

「どうやら、大丈夫そうだね」

 

そう言って笑うハイセイコーに、カブラヤオーはこくんと頷く。そして、おっかなびっくりに立ち上がり、恐る恐るといった様子ながらも会場であるバ場へと足を向けたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 そのレース会場は、重賞にはやや劣るものの、オープン戦等では滅多に見られない人入りと賑わいを見せていた。

 今日のレースは一年の始め、多くの新入ウマ娘達がデビュー戦とする一戦だった。

 どこの世界にも新しいもの、初物好きという人は居るもので、中には未来の大スターのルーキーの姿を目に収めようと、重賞以上にこのレースを好む通なファンも珍しくは無かった。で、そこで事件が起こった。

 始めに声を掛けてきたのは、クラスメイトのレイクスプリンターだった。

 

「はーい、カブッ!?」

 

大きな井桁模様の帽子に、小柄な背丈という目につきやすい特徴を持ったカブラヤオーの背中を見つけて、いつも通り気安い調子で声を掛けてきたのだった。が、

 

「「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」」

 

振り返ったカブラヤオーの顔に、同じレースで走る予定だったウマ娘達が困惑の声を上げる。

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「……は?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

自分達が応援に来たウマ娘の戸惑った姿に、俄かに騒めいていた観客達。その観客達の様子に、思わず顔を上げたカブラヤオー。そのカブラヤオーの顔を見た瞬間、観客の声と心は一つに揃ったのだった。

 大きな井桁模様の黄色い帽子、これは良い。大なり小なり、小道具や耳飾りを着けているウマ娘は居るもので、正規の衣装を用いない非重賞のレースでは貴重な彩になっているものだ。

 が、その下、広い鍔の影に隠れた顔が問題だった。いや、正確には顔ではない。顔は見えなかった。

 俯いた顔を上げたカブラヤオー。そのカブラヤオーの顔全体は大きなサングラスと白いマスクにより、その殆どが覆い隠されていたのだった。

 

「あ、えーっと……」

 

「……」

 

 そのカブラヤオーの顔に、思わず言葉に詰まるレイクスプリンター。そんな、レイクスプリンターを警戒するように、カブラヤオーは既にへっぴり腰になっている。

 

「……取り合えず、今日は頑張りましょ」

 

「……」

 

やがて出てきたその言葉に、無言のままコクコクと頷いたカブラヤオーだったが、それが限界だったのか、逃げる様にケージの方へと向かって行ってしまったのだった。

 

「なんだ、ありゃ……」

 

「まるで熊五郎みたいなウマ娘じゃないか……」

 

大きな帽子にサングラスにマスク。小豆色の運動着の両袖を目一杯引っ張り、手元すら隠した奇妙な姿でぎっこぎっこと走り去るカブラヤオーの姿に、観客は誰とも無しに、そう漏らしたのだった。

 

(逃げ……逃げ……)

 

そんな、色んな意味で注目を浴びている当の本人であるカブラヤオーは、このデビュー戦前にトレーナーの東条ハナに呼ばれた時の事を思い出していた。

 

―逃げ……ですか?―

 

少し前の練習の終わりに、片付けを終えて寮に戻ろうとしていたカブラヤオーは、トレーナーに呼び止められて、今日の作戦を告げられていた。

 

―そうだ―

 

首を傾げるカブラヤオーに、ハナはそう言って頷いた。

 

―お前の走りを観察していたが、性格諸々を考えた場合、これ以外に手は無いだろうと思ってな―

 

―あぅ……―

 

トレーナーの言葉に、カブラヤオーは申し訳なさそうに思わず俯く。

 

―責めている訳ではない―

 

そんなカブラヤオーを宥める様に言いながら、東条トレーナーはスッと一枚の紙を差し出してきた。

 

―えっと?―

 

―少し前にやった健康診断を事は覚えているか?―

 

―あ、はい―

 

ハナの言葉に、カブラヤオーはコクコクと頷く。チームリギルに入って数日後、テスコガビーと二人だけ呼び出されて、血液検査やMRIを含んだ入念な診断を受けさせられていた。

 

―その結果だが、お前が相当に健脚な事が分かったからな―

 

そう言って、ハナは診断書の一項目、骨密度に関する部分をトントンと叩いた。そこには、基準値を大きく上回る、頑強さを示す数字が記されていた。

 

―私の主義として、本来ならばやらないが、ここまでの才能(・・)ともなれば、全く問題ないだろう―

 

一度言葉を切って、ハナは真剣な面持ちでカブラヤオーを向き直る。

 

―ここから先はお前のやる気次第だ。勿論、レースの都度、入念な管理やチェックは必要となるだろうが……―

 

そう言って、無言で問い掛けてくるハナの視線に、カブラヤオーは思わず姿勢を正していた。

 まだ、短い付き合いではあるものの、トレーナーの事をカブラヤオーは何となく理解出来ていた。とても生徒のウマ娘思いで、誰よりも熱心に生徒の事を考えてくれるトレーナーだと。チームの厳密なルールも、東条トレーナーの愛情の裏返しである事も。そのトレーナーが珍しく迷いながらも、自分にそう提案をしてくれている……。

 

―お願いします―

 

その意味。東条トレーナーが自分に掛けてくれている期待を理解したカブラヤオーは、そう言って深く頭を下げていたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「お待たせ、おハナさん」

 

 そんなカブラヤオーの姿を遠目から見詰めていた東条ハナの背中に、不意にハスキーな声が掛けられる。

 

「ハイセイコーか」

 

その声にハナが振り返ると、そこには両手にシェイクを持った生徒会長の姿があった。

 

「いよいよだね」

 

「そうだな」

 

普段は決して手を出さないが、チームのトレーナーとキャプテンの気安さもあり、手渡されたイチゴ味のそれを有難く受け取ったハナは頷きながらシェイクに口をつける。

 

「カブラヤオーのあれ(・・)はお前が?」

 

遠目にもはっきりと分かる、カブラヤオーのサングラスとマスクにハナが尋ねると、ハイセイコーが「まあね」と笑う。

 

「おハナさんの作戦を採用するなら、時期に要らなくなるだろうけど、まだ最初だからね」

 

そう言って、肩を竦めたハイセイコーが「それよりも」と首を傾げる。

 

「本当にやるのかい?」

 

「ああ……」

 

ハイセイコーの問いの意味を正確に察し、ハナは頷く。

 

「大分迷ったが、適性や体の仕上がりを考えても、それがベストなのは動かし難かったからな。何より……本人がやる気を見せていた」

 

「……」

 

敬愛するトレーナーの、僅かな苦悩混じりの判断に、彼女が言葉にしなかったその続きを、ハイセイコーは正確に理解する。

 

(ウマ娘の為にも、厳密な管理を徹底するおハナさんをして、例外を許してしまうだけの何かを持っている……か。おハナさんの教え子としても、一ウマ娘としても、ちょっと妬けちゃうな)

 

「失礼、隣宜しいでしょうか?」

 

そんな自分の内心にハイセイコーが苦笑していると、不意に凛とした雰囲気の女性の声が割って入ってきた。

 

「樫本トレーナー……」

 

ハナとハイセイコーが振り返った先に居たのは、同じトレセン学園の所属であり、ハナにとっては先輩にあたる、チームファーストの総帥、樫本トレーナーの姿があった。

 

「ええ、構いませんが」

 

ハナの言葉に、「ありがとうございます」と几帳面な一礼をして、樫本トレーナーが隣の席に腰を下ろす。

 

「樫本トレーナーの教え子もあの中に?」

 

「ええ」

 

その同僚にハナが水を向けると、先輩トレーナーは頷いて「あそこの一番端の娘です」と言って指差した。

 

「あの娘は確か……」

 

その姿に見覚えがあったらしく、ハイセイコーが小首を傾げる。

 

「ええ、そちらの教え子と同じクラスの『只今より、本日の新バ戦最終レースを始めます』っと」

 

そう、樫本トレーナーが言い掛けたところで、場内にアナウンスが広がる。

 

「始まりますね」

 

「ええ」

 

二人のトレーナーが俄かに真剣な表情になり、じっとコースを見詰める。レースのスタートまで後ほんの僅かだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 俄かにピリリとした空気が漂い始めたバ場の中心で、

 

(ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!)

 

カブラヤオーは既に一杯一杯になっていた。

 ケージの中でダラダラと大量の汗を流すカブラヤオー。見かねた隣のウマ娘がマスクとサングラスを取ればと言ってくれたが、カブラヤオーは必死に首を横に振る。何せかいている汗は放熱のそれではなく、純度100%の冷や汗なのだから。

 と、そうこうしているうちに、場内のアナウンスが済み、両隣のウマ娘達が、その意識を目の前のゲージの扉へと向け始める。それに気付いたカブラヤオーも慌ててサングラス越しにゲートに視線を向けるが、

 

(やだぁ、怖い怖い怖いぃ!)

 

その意識は完全に恐怖心にすくみ上っていた。そして、とうとう目の前のゲートが微音を立てて、開放の兆しを見せる。

 

 

 

その瞬間、ドクドクと早鐘を打つ心臓の音が一段と大きくなった。

 

ダラダラと流れていた冷汗は既にカラカラになりかけていた。

 

喉もひりついていて、両目にはジワリと涙まで溢れ出てくる。

 

そして……

 

 

 

『さあ、各バ一斉にスター「ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」とぉ!?!?』

 

 

 景気の良いアナウンサーの実況開始の瞬間、とうとう耐え切れなくなったカブラヤオーは絶叫に似た悲鳴と共に駆け出していた。

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「なっ!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

その突飛な行動に出たウマ娘(カブラヤオー)の姿に場内から絶句が漏れ出た。初めてのレースへの緊張から、珍行動をするウマ娘は此れまでも居ないではなかったが、暴走と言って良い勢いでぶっ飛ばしていくウマ娘というのは前代未聞と言って良かった。

 

「ぷっ、あっはっは!」

 

そんな、カブラヤオーの姿に思わず吹き出すハイセイコー。唖然とする周囲を他所に、一人愉快そうにけらけらと笑っている。

 

「……」

 

他方、トレーナーの東条ハナとしては苦悩が尽きなかった。カブラヤオーの適性と能力を考えれば、論理的に考えて、これ(・・)がベストなのは間違いなかった。間違い無い筈だった。が、こうも分かりやすい珍プレーを見せられると、自分の判断を疑わずにはいられなかった。そして、何人かのトレーナーは観客とは別の意味で絶句していた。

 

「馬鹿な。あの体勢から、あのレベルの加速を!?」

 

その一人が、隣に座っていた樫本トレーナーだった。

 素晴らしいスタートというものには、流線型をしたある種の芸術が伴うのが常識だった。スムーズな姿勢の変化と、丁寧な体重移動。それは、人間、ウマ娘の別の無い話だった。いや、むしろ、その強靭な両足が爆発的な加速を生むウマ娘の方がスタートダッシュに要求される技術はシビアだろう。だからこそ、そんなある種の常識に真っ向から中指を立てるカブラヤオーのスタート、有体に言ってしまえば、潜水した水鳥が水面を突き破る様なそれではなく、顎の上がったどたばたとした体勢から、単なる力技で(・・・・・・)先頭をもぎ取るのは、異質を通り越して異常としか言いようが無かった。

 

「スタートの練習の時間はたっぷり取ったはずだったんだがな……」

 

ギッコガッコとしたスタートダッシュを見ながら、思わず天を仰ぐハナ。

 

「でも、入学試験の時よりは大分良くなってるって」

 

そんな、トレーナーと後輩の両方をフォローする様に、ハイセイコーが苦笑を浮かべる。実際、逃げを選択肢に入れて以降、ハナとカブラヤオーは熱心にスタートの技術の改善に取り組んでいた。が、当のカブラヤオーがどうにも致命的に不器用な性質だった。

 

「そうなんだがな……」

 

ハイセイコーのフォローを受け取りながらも、ハナの口調は冴えない。そうこうしているうちに、カブラヤオーは相変わらずのドタバタとした体勢のまま、後ろに三バ身の大差をつけて、終始トップのままゴール板をの前を走り過ぎたのだった。

 あんまりと言えばあんまりな光景に、周囲の観客はおろか、数多くのウマ娘達を目にしてきたはずのトレーナー達までもがポカーンとした表情で「びいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」と涙声でウィニングランをするカブラヤオーの姿を見詰めている。

 確かに、色々な意味で才能がある教え子なのは間違い無かったが、東条ハナの懊悩はまだまだ止まりそうに無いのであった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 一方、デビュー戦で早速の一位を取ったカブラヤオーはといえば、コースを一人一周し、そして戻ってきたところで、ゴール前で呼吸を整えているウマ娘の集団を前に、途中で身が竦み、それ以上走り寄れないでいた。その姿を程近い所で見ていた観客達が、サングラス&マスクのカブラヤオーの姿に心配そうに視線を向ける中、整理体操をしていたウマ娘の一人がカブラヤオーに気付いた様子でタッタッタと軽い足取りで、カブラヤオーの方に近付いてきた。

 

「や」

 

「ひっ」

 

軽く手を上げた瞬間、ピョイッと跳び退いたカブラヤオーを見て、そのウマ娘、レイクスプリンターが「っと」と足を止める。

 

「ごめんごめん」

 

軽い調子で謝るレイクスプリンターに、カブラヤオーも「あ、えっと……」と、恐る恐るながらも顔を上げる。

 

「ナイスラン。完敗ね」

 

そんなカブラヤオーにニッと笑いながら、レイクスプリンターが親指を立てた。が、それだけを言いに来たわけではないらしく「で・も」と身を乗り出してくる。

 

「次は負けないからね?」

 

「ピッ!?」

 

「あたしもチームに所属したんだ」

 

「あえ、え、お、おめでとう……」

 

再度跳び退きながらも祝福するカブラヤオーに、苦笑しながらレイクスプリンターも「ありがとう」と言う。

 

「まあ、そういうわけで、本格化したら勝つのはあたしだから。三年。んーん、二年後にはチームリギルを破って、あたし達チームファーストが学園№1チームになるから」

 

そう言って、ニシシッと笑いながら、軽い調子で決意表明をしたレイクスプリンターの背中に、カブラヤオーは「あ、う、うん」と返すしかなかった。と、

 

「あ、そうそう」

 

そこで、ふと足を止めたレイクスプリンターが思い出した様にカブラヤオーを振り返って来る。

 

「次はマジで大変だろうけど、よろしくね?」

 

そう言って、ひらひらと手を振るレイクスプリンターの背中に、カブラヤオーは意図が分からず、「へ?」と首を傾げるのだった。

 

「カブラヤオー!」

 

キョトンとしているカブラヤオーの背中に、今度は耳慣れた声が投げ掛けられる。

 

「あ、テスコガビーちゃん……」

 

振り返った先には、予想通り運動着に袖を通したテスコガビーの姿があった。

 

「まずは一勝目おめでとう。カブラヤオー。流石は私のライバルだ!」

 

「あ、ありがとう」

 

豪快なテスコガビーの言葉に、サングラス&マスク越しではあるが、思わず表情を綻ばせるカブラヤオー。が、テスコガビーはそれだけを言いに来たわけではないらしく「それでだ」と直ぐに話を続ける。

 

「ステージの方で、係の人がお前の事を呼んでいたぞ」

 

「え……あっ」

 

一瞬、キョトンと首を傾げたカブラヤオーだったが、直ぐに思い出して、しまったという顔になる。

 

「忘れていたのか」

 

そのカブラヤオーの反応に、テスコガビーが思わずといった様子で苦笑した。

 

 

ウィニングライブ

 

 

それは興業面で見た時、レースと並んでトゥインクルシリーズの柱となる、極めて重要な催しだ。

 ステージの中心で歌い踊るのはレースに出場し、その中でも優秀な成績を修めたウマ娘に限られる。いわば、一種のヒーローインタビューな訳だが、ステージの中心を飾るのは当然ながらレースで優勝したウマ娘。この場合はカブラヤオーに他ならなかった。

 

「……」

 

自分が他のウマ娘達の中心に立つ。その事実にサーっと血の気が引くカブラヤオー。サングラスとマスク越しにすら、高揚した表情が一気に真っ青に転落したのが見て取れ、その事にテスコガビーが、妙に感心した様子で「おー」と呟いた。

 

「と、いうわけだ、さっさと行くぞ」

 

「ぴっ!? あ、ま、こ、心の準「多分、一生つかないだろう」

 

助けを求めるカブラヤオーを他所に、あっさりとその小柄な体を担ぎ上げ、タッタッタと走り出すテスコガビー。

 長身恵体のウマ娘が、たった今レースで一着になったばかりのサングラスとマスクのウマ娘を連れ去る姿を、観客達は唯々ポカーンと見送るしか無いのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

で、

 

「あわっ、あわわっあわわわわわわわわわわわっ!?!?!?!」

 

 案の定と言うべきか、連れてこられたステージの中心では両目をぐるぐると回し、ギッコギッコと踊る?ウマ娘が出来上がっていた。

 流石に、例のサングラスとマスクは取っ払っているものの、逆にそのせいでダンスの振り付けの関係で他のウマ娘に近付く度に、「ぴっ!?」「ひうっ!?」と跳び退く事十数回。とうとう、限界に達したらしいカブラヤオーは完全に混乱状態に陥っていた。

 

「はっはっは!」

 

「笑いごとじゃない……」

 

そんなカブラヤオーの姿にカラカラと笑うハイセイコー。そんなハイセイコーの隣で、東条トレーナーが盛大に頭を抱えていた。リギルでもダンスの練習はさせていたが、同学年がテスコガビーだけという事もあり、二人だけの練習に限れば特に問題も無かったせいか、すっかり油断してしまっていた。その結果がアレ(・・)である。

 

「あうあうあうあう……」

 

両目をぐるぐると回しながら、ロボットダンスと盆踊りの中間みたいな謎の動作をピーガーと繰り返すレースの優勝者。そんなカブラヤオーを、周りで踊るウマ娘達は複雑そうな表情でチラ見している。

 不幸中の幸いなのは、これが本当に初戦であり、足を運んでくれた観客も、比較的こういった新入生の失敗には寛大な層が揃っていたことだろうか。

 

「どちらにせよ、これは即急に改善しないとならないな……」

 

「あ、おハナさん。それなら、僕に一肌脱がせてもらえないかい?」

 

あわあわあわと謎の動作を繰り返す、特大の天才にして問題児の姿に蟀谷を抑えるハナに、隣で笑っていたハイセイコーが思い出した様に視線を向ける。

 

「ハイセイコー?」

 

不思議そうに首を傾げるハナに、ハイセイコーが「カブラヤオーちゃんと、あとテスコガビーちゃんのダンスのレッスン、僕が引き受けるよ」と頷いた。

 

「良いのか?」

 

ハイセイコーの提案に、ハナは問い返した。

 学園始まって以来のスーパースター。その誉れに相応しく、ハイセイコーの歌とダンスは天下一品。それどころか、学園史上一番と言っても過言ではない。そんなハイセイコーのレッスン。他のウマ娘であれば多額の投資をしてでも受けたいという者が殆どだろう。ただ、そんな彼女は学園の生徒会長でもあり、いわば日本のウマ娘の顔と言っても良い存在だ。そのスケジュールは過密を極めている。

 

「もちろん」

 

それゆえの、ハナの確認だったのだが、それに対してハイセイコーは何の屈託も無く頷いた。

 

「大切な後輩達のためだからね」

 

そう言ってウィンクをする姿に、ハナは僅かに思案する。が、間違いなくハイセイコーに任せるのが最適解ということもあり、直ぐに溜息を吐くと、「頼めるか?」と問い返した。

 

「このスーパースター。ハイセイコーに任せてくれたまえ」

 

そんなハナに、大きく頷いたハイセイコーは自信ありげにそう言って、軽く胸を張るのだった。

 

 

 

 

 

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