最果ての静寂   作:風呂

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思い出すにはまだ遠く。


プロローグ いつか見た絵画

 清々しい程の青空と陽気に包まれた休日。都内某所の格式高いとある美術館。

 両親に連れられて、一人の少女が訪れていた。

 茶色い長髪で、しかし染めてもいないのに前髪の一部が三日月のように白色で、更にはヒトのものとは違う耳と、そして尻尾が生えている。

 ウマ娘だ。

 名家の出身なのだろう。華美という訳ではないが、とても高価で仕立ての良い服に身を包んだ少女はしかし、あまり機嫌が良くなかった。

 英才教育の一環として美術館に連れてこられたが、まだまだその自覚を持つには至らない年頃。

 彼女自身としては友達と遊ぶか、ウマ娘の本能に従い走りに出かけたかったのだ。

 ……つまらない。ああつまらない。早く帰りたいな。

 それでも渋々従ってるのは、あとで思いっきりわがままを言ってやろうという魂胆がある為だ。

 ともあれ、両親の後について館内を巡る。

 館長自らが案内を務めており、両親と何事やら会話をしながら歩く。

 少女としては今はまだ理解できない話も織り交ざっており、興味を惹かれるようなものでもない。なので、話を向けられれば返事が出来る程度で聞き流す事にした。

 とはいえ他に見る物もないのであれば、展示品を見る以外にない。そうやって目を向けると、自分の屋敷にある様な壺や絵画や掛け軸、その他美術品などが飾られており、思った以上に自分の家は裕福な家庭だったという事が嫌でも知れる。

 それから暫く。

 目ぼしい所は巡り終え、あとは大人同士の話を少しして帰ろうかという段になった。

 その間暇になった少女はじっとしていることが出来なくなり、母親に最後に少し館内を回って良いかと聞く。

 あまり遠くには行かないように、と言われつつも許可をもらった少女は一人で館内を進む。

 先ほどまで館内を巡っていた訳だが、一つ気になるブースがあった。

 少し歩いた先にあったのは、子供コンクール受賞作品展示、という文字。

 そう題された一角は、自分への教育方針には特に必要なかったのであろう。数少ないスルーされた場所の一つだった。

 あまり時間がある訳ではない。なので殆ど流し見になってしまう。

 ここに来た理由は大したことではない。ただ、自分と同年代の少年少女たちが描く絵はどんなものだろうかと、ふと思っただけの事だった。

 やはりというか、他の展示ブースにある様な、プロや昔の人たちが描いたような精巧さはない。比べること自体が失礼ともいえる表現技術の差があった。

 しかし見ていてわかる事もある。

 それは求められているのが、技術や精巧さではなく『子供らしさ』という事だ。

 明確な言葉にしろと言われると難しい。しかしそれぞれの絵だけでなく、全体を俯瞰して眺めてみると何となく理解できる。

 稚拙であって欲しいのだ。多分であるが、大人が抱く『子供らしさ』というものが一番の評価基準になっているのだと思われる。

 子供が自由に描いた絵、暖かい絵、優しい絵、安全や平和を願う絵、等々。

 子供らしく健全でされど拙いながらも頑張って描いた絵、それが一番受けるのだろう。

 その証拠に金賞を頂いている絵は大きく、平和そのものの風景で、描かれている人物たちはみんな笑顔である。

 他を見てみると五十歩百歩とは言え、描画技術が優れている絵はあるのだ。しかしだからこそ銀賞や銅賞に甘んじた部分があるのだろう。

 少なくとも、もう少し絵としてまともなものを描ける少女がこのコンクールに応募しても、彼女の家に対する忖度でもなければ金賞は取れまい。

 そんな事を考えてしまう事こそが、子供であることをやめ始めている証拠かもしれないな、と少女は思った。

「……ん?」

 ふと、視界の端に何か気になるものが映った。

 展示品の一番端、佳作と賞されたいくつか壁に掛けられた作品群の更に端っこにひっそりと展示されたものだ。

 近づいてよく見るとそれは、走るウマ娘の絵、だった。

 写実的ではなく抽象的、ともすれば古代の壁画に描かれていそうな、そんな絵柄をしている。

 風の中、ターフなのかダートなのかすらも曖昧な背景。

 簡略化されたその横顔からは、どんな表情をしているか窺い知る事が出来ない。

 他に描かれているものもない。そもそも主役であるウマ娘すらも、先の表情を含め、かなり簡略化されている。

 ただただ、走るという事象そのものだけを具現化したような、そんな絵だった。

「…………」

 感想が思い浮かばない。

 勿論技術的、技巧面などからであれば言える事はあるだろう。でもそうではない。

 あらゆる余計な要素を省かれて描かれたそれは、走る為に生まれたような存在であるウマ娘の少女からすれば、心というよりも魂を揺さぶる存在だった。

 ……上手い下手や、好きとか嫌いとかじゃない。ただ、ウマ娘とはこういう存在であるという事を突き詰めたよな絵なんだ。だから、響く。

 そうとしか言いようがなかった。“そう”であるから“こう”なる。当たり前のような事実。

 余程感受性のないウマ娘でもなければ、何かを感じるような、そんな絵だった。

 

 名前を呼ばれた。

 驚いて振り向くと、母親がこちらに手招きをしていた。どうやら時間切れらしい。

 返事をして、小走りで母親の下に駆け寄る。

 程なく父親とも合流して美術館を出た。

 そしてお抱えの運転手が操る帰りの車に揺られながら、少女は思う。

 アレを書いた子と話がしてみたい、と。

 ……きっとなにか、自分にとって有意義なものになる筈だ。そんな予感がする。

 ただ、残念なことに少し慌ててしまった為か、作者名を見るのを忘れてしまっていた。それだけ絵に集中していたとも言える。

 しかしタイトルだけは覚えている。あまりにも簡潔なものだった為、意識しなくても頭には入ったからだ。

 それはたった数文字の羅列。

 

『ウマ娘』

 

 それだけが、書かれていた。




しがらみなく走れた頃。
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