忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

104 / 239
 お待たせしました。104話です








104話 聖と魔 ⑮ Diablo(原初)Laughing Cat(笑う猫)(絶望

 

 

 

 (とどろ)く雷鳴、白く輝く雷光。

 

 

 ディアブロとイチコが縛られ立つ地面を焼き焦がし、放電の閃光が走る。

 

 

 リムルがいた世界での雷の電圧は一億ボルト、この世界の雷もそれと同じ。

 更に、凄まじい落雷現象により電圧は十億ボルト相当のエネルギーにまで増幅される。

 

 今放たれている、六連雷光撃(サンダーボルト)のエネルギーもそれと同等であった。

 

 そしてこの膨大な自然エネルギーが、百分の一秒程度という一瞬で連続放出されたのだ。

 

「どうだ! この魔素を介在しない、自然の雷を味わった気分は!!」

「貴様等のような悪魔族(デーモン)と魔人は、その身を『多重結界』で守っているのだろう? だが残念だったな! 帝国の技術は、その『多重結界』を破る術を発見したのだ!」

「悪魔族が物質界に影響を及ぼすには、受肉する必要がある。故にその肉体を破壊してしまえば、もう貴様には何も出来まい! 後は、残る魔人をゆっくりと料理するのみ!!」 

 

 自信満々に言い放つ悪魔討伐者(デーモンハンター)達。

 

 魔素によって発動する力は、魔素を妨げる『結界』によって防がれてしまう。

 

 そこで考案されたのが、魔素を介在させない兵器の開発である。

 

 六連雷光撃(サンダーボルト)もその兵器の一つであり、対悪魔用の最新兵器。

 そして、対魔人にも有効なダメージを与えられる事が実証されていた。

 

 この攻撃を見たエドワルドは、今まで感じていた恐怖など忘れたかのように喜びに打ち震えていた。

 

「なんと素晴らしい!! 流石は〝東〟の勇者達じゃ。うむうむ、あの商人にも褒美を取らせねばなるまいな」

 

 喜色満面で言いながら、いやらしく(ひず)んだ表情を浮かべ、ディアブロとイチコを見る。

 

 雷撃はディアブロとイチコを容赦なく焼く。

 

 焼き焦がす……果たして、本当に二人を?

 

 

 (まばゆ)い光に包まれたディアブロの口元には笑みが浮かんだままで、イチコも変わらず薄ら笑いを漏らしていた。

 

 

 この時点で違和感から生じるとてつもない危険を感じたのは、サーレとグレンダのみ。

 

 

 決定的に異常を感じたのが、悪魔討伐者のリーダーであった。

 

(――おかしい。何かおかしいぞ! 何故二人の服に焦げ目すら付かぬのだ!?)

 

 そう、疑問は気付きに変わった。

 

 その、ディアブロの邪悪な笑みに

 

「きっ、き、貴様等――ッ!!」

「クフフフフ、貧弱過ぎる。余りにも、貧弱。この程度で、私とイチコを相手に戦うつもりだったと? せっかく努力してくれたのに、期待外れでしたね」

 

 そう言うなり、ディアブロは軽く右腕を上げた途端――

 

 ディアブロとイチコを縛っていた鎖があっけなく弾け飛ぶ。

 

「なにっ!?」

「ハアッ!?」

 

 信じられぬような剛力でディアブロが、特殊合金製の鎖を引き千切ったのだ。

 

「こ、この化け物どもめ!!」

 

 リーダーは驚愕(きょうがく)し、震える唇から(こぼ)れ落ちた言葉。

 

 ディアブロとイチコは(わら)う。

 

「さて。それでは選別の試験を開始しましょう」

 

 何事もなかったようにディアブロは、そう言った。

 

「ま、ま、待て! おかしいだろうが! 何故だ、何故雷撃に効果がないのだ!?」

 

 リーダーは納得がいかないのか、それとも腹の底から湧き上がる恐怖を紛らわせる為なのか、声を荒げ問う。

 

 その問いに対してディアブロは、優しく答え返す。

 

「何故と問いますか。答えは至極簡単です。私はね、自然影響への高い耐性を備えているのですよ。それには放電現象も含まれます。無論イチコも同じく、自然影響への耐性を持っています。今のあなた方の攻撃など、防御結界を用いる必要などない貧弱なものでしかありませんでした。退屈な刺激でしたね、イチコ――」

 

 ディアブロはこれで満足ですか? と、リーダーを見る。

 

 膝はガクガクと震え、だらしなく半開きの口からは言葉すら出てこなかった。

 

 だが、それはまだマシな反応だった。

 次のイチコの言葉で、全てを理解したのだから。

 

「――ええ、ディアブロ殿。今朝起きてから、右肩が少しこっていたのですけど、先程の退屈な電撃が程々(ほどほど)の刺激となりスッキリしました。うふふふ」

 

 イチコは首を軽く左右に(かし)げ、コキコキッといわせながら微笑み言う。

 

「うぅ、うわーーーー!! く、来るな、来るな。やめろぉーーーー!!」

「ヒイィーーーーッ!! 誰か、誰かぁ、助けてぇ!!」

 

 残る悪魔討伐者のメンバー達は口々に叫び混乱し、その場に崩れ落ちていった。

 一流の悪魔討伐者(デーモンハンター)として、相当な場数を踏んだ猛者(もさ)達が、だ。 

 

 しかも、それだけではなかった。

 

 保護されている報道陣を除いて、この場にいる全員が、氷のような冷たい手で心臓を鷲掴(わしづか)みにされるような恐怖を感じていた。

 

 エドワルドなどは、その場で泡を吹き白目を()いて失神していた。

 それはエドワルドだけではなく、護衛騎士達も同様に失神していたのである。

 

 いったい何が起きたのか?

 

 リーダーは、十分に理解出来ていた。

 

 そう、この圧倒的な恐怖は――

 

 目の前の悪魔が放った威圧だと。

 魔人の方は、以前として薄ら笑いを浮かべるだけだったから。

 

 ディアブロは、抑えていた妖気(オーラ)を解放しただけ、それだけである。

 

 ただしその妖気(オーラ)には、人を殺せるような威圧の力が込められていた。

 

 「おやおや? 試験に合格出来たのは、たったの三名ですか? まあいいでしょう。一応は褒めて差し上げます。手を抜いてるといえ、私の『魔王覇気』に耐えたのですから。直接相手をする権利を、与える事にしましょう」

 

 リーダーはそれを聞き、恐怖で自我が崩壊しそうになる感覚を感じながらも、後ろを振り返る。

 そこに立っていたのは、リーダーを除く二名のみ。

 

 〝三武仙〟のサーレとグレンダ。 

 

 平然と立つ二人を見て、リーダーの心に力が戻って来た。

 

(大丈夫、まだ大丈夫だ、いける。流石は〝三武仙〟だな。西の頂点に立つ英雄達。俺の部下共はもう駄目だ。だが、この二人がいれば勝ち目はまだある……)

 

 まだ勝機はあると踏んだリーダーは、勢い込んでディアブロを見る。

 

「フ、フフフ、流石は魔王に仕える悪魔だ。中々にハッタリも得意としているようだな」

「ハッタリ、とは?」

「ああ、そうだ。お前今、『魔王覇気』と言っただろう? それを操れるのは〝魔王種〟となった魔物のみよ。悪魔族の進化が上位魔将である以上、〝魔王種〟には絶対に到達出来んのだ! だから、お前の言葉をハッタリと言わずして何んと言う!!」

 

 これこそ東の研究成果の極秘事項。

 

 悪魔の魔素量(エネルギー)には上限があり、等しく同じ数値でありながら、強さには個体差があるのだ。

 

 そう、古き悪魔ほど戦闘経験が豊富で、効率的な戦闘方法を確立しているという事実。

 

 だから、悪魔を恐れる必要がないという根拠にもなり、その力の限界値を熟知していれば、何をされようとも対処が可能なのだ。

 

「なるほど。それは正しくもあり、しかし、間違ってもいます。確かに我々悪魔族は、その魔素量(エネルギー)の上限が定められています。ですが、上位への進化は可能なのですよ。ある条件を満たせば、ですが」

「はあぁ?」

「そうですね。例えば〝赤〟などは、あなた方にも有名なのではありませんか?」

「――〝赤〟だ、と? お前は何を言って……」

 

 リーダーはそう言いかけて、ふと脳裏に浮かんだある悪魔を思い出す。

 

 余りにも有名なその悪魔は、有名過ぎる故、例外となっていた……。

 

 

「フフフ。魔王となる資格を得るだけならば、意外に簡単なのです。限界値まで力を蓄えてから、二千年以上年を重ねるだけで済むんですよ。だから、何の苦労も必要としません」 

 

 ディアブロは事も無げに言うが、これを行うには実に困難を極める。

 

 精神生命体である悪魔族(デーモン)は、戦いを好む種族。

 現世に召喚されていなくても、精神世界では常に戦いを繰り返している。

 

 そして、敗北をすれば魔素量(エネルギー)の絶対値が下がるので、退化する危険性もあった。

 

 〝限界値まで力を蓄えて二千年以上年を重ねる〟――

 

 これは上位魔将(アークデーモン)に進化してから、一度の敗北も許されないという、過酷な条件を意味していたのだ。

 

 悪魔討伐者のリーダーは、全てを理解した訳ではないが、ディアブロが非常識な事を言っているという事は、理解出来ていた。

 

 だがしかし、それ以前に頭から離れないある単語が気になっていた。

 

 ディアブロが〝赤〟と呼び捨てにした事実である。

 

(ありえない。そんな事は、絶対に有り得ない。断じてない――)

 

 悪魔には、絶対的な上下関係が存在する。

 

 東の帝国の偉大なる大魔法使い、ガドラ老師が提唱した理論。

 

 

 同系統の原初たる王に対しては当然、他系統の上位者に対しても厳格な身分関係が存在するのだ。

 

 リーダーの脳裏を掠める、イチコが言った言葉。

 

(そういえば、あの魔人の女があの悪魔を〝古く〟から知る、と言った……。下位存在が上位存在を呼び捨てにするなど、そんな事は天地がひっくり返っても有り得ない。まさ、か……)

 

 考えたくもない事が頭の中に湧き上がるが、それを強引にねじ伏せるリーダー。

 

 そこへ――

 

「そう、貴方の出身地である東方ならば〝白〟の方が有名かも知れませんね。つい先日、東方の地で彼女の『魔王覇気』を観測しましたし――」

 

 ディアブロの言葉に唖然としながら、リーダーはあの忌まわしき事件を思い出す。

 

 

 数年前の事――

 

 〝白〟、あの恐るべき〝原初の白(ブラン)〟が、この世界に顕現(けんげん)し、受肉する寸前まで至った事件。

 

 通称、〝(くれない)に染まる湖畔事件〟と、呼ばれるそれは、下手をすると第二のギィ・クリムゾンが生まれたであろう凶事。

 

 魔王間のバランスが崩壊し、世界は混沌に飲み込まれる寸前であったこれを、帝国が威信をかけて闇に葬った事件である。 

 

 リーダーの額からは滝のように汗が吹き出し、顔面は青ざめ、ようやく理解した。

 

 〝赤〟、〝白〟と呼び捨てにする目の前の存在が〝古〟くから存在する悪魔であり、そうした存在と同格である、と。

 

(あ、あ、あり、あり、ありえ、ありえるかーーーー!!)

 

 恐怖の度合いが上限を突破し、目を見開いたまま内心で絶叫を上げるリーダー。

 そして、イチコのキジ模様の尻尾が目に入り、気付かなければ良かったと後悔する間もなく、それは思い出された。

 

「ア、アハッ、アハハッ、ハハッ……(キジ模様の尻尾? キジ模様の、魔猫……わ、えわ、わら、う、〝笑う猫〟ぉーーーー!? あの伝承で言い伝えられている〝笑う猫〟、番外魔王眷属の壱番じゃ、ないか? 無理だ、勝てる道理がどこにもない!! あの〝悪魔(原初)〟に〝笑う猫〟などと、馬鹿げた夢だこれは! こんな事があっていいはずないだろう――ッ!!)」

 

 悪魔討伐者のリーダーは、乾いた笑いを漏らしながら内心で絶叫する。

 

 折れた……簡単に心が、折れた。

 

 いくら悪魔討伐者のプロといえど、絶対的な〝絶望〟を目の前に突きつけられれば、己の無力さを知り、抵抗など無意味だと知る。

 

「た、助けてください! どうか、どうか命だけは、何卒、何卒、お助け下さい!!」

 

 恥も外聞もなく、リーダーは地に頭を伏せ、懇願する。

 

 それを見たディアブロは、優しくこれ以上のない微笑みで返す。

 

「おや、どうされました? せっかく試験に合格したのですから、是非とも楽しんでみてはいかがです? 知りたいのでしょう? 私の言葉がハッタリなのかどうかを。さあ、その身で確かめてみなさい」

 

 そう言われるも、リーダーはもう悟ってしまった。

 ディアブロの言葉がハッタリではない事を。

 

 そして、ディアブロに付き従っていたのが、あの悪名高き〝笑う猫〟だと。

 

「とんでもない、お許しを、お許し下さい! 私は金で雇われただけの身。今後、絶対に逆らわないと誓います! 金輪際邪魔も致しません。そう、そう、そこで気絶している王を殺せと命じられるならば、喜んで殺して見せましょう! ですから、どうか、どうか命だけは!!」 

 

 なりふり構わずとはこの事。

 地に頭を(こす)り付けながら命乞いをするリーダー。

 

 その懇願は、受け入れられた。

 

「ふむ、ならば下がっているといい。そこの報道陣がいる、イチコの張った『結界』まで。そうそう、邪魔者共を片付けろ」

 

 リーダーはガバッと跳ね起きると、迷わずその指示に従った。

 部下達を叩き起こし、転がる騎士達を回収させ、自分は王を担ぐと急いで『結界』に逃げ込んだ。

 

 その光景を見ても笑う記者などいなかった。

 

 今目の前で起きている異常事態に、記者達は固唾(かたず)を飲んで見守っているだけだった……。

 

 

 

 片付いたテント前。

 

 

 そこには、不敵な笑みを浮かべて立つサーレがいた。

 

「ふーん、けっこうやるようだね。とても災厄級(カラミティ)でしかない上位魔将(アークデーモン)とは思えないよ」 

「――? 貴方は逃げないのですか?」

「逃げる? 僕が? 面白い事を言うね、お前。僕の名はサーレ。神聖法皇国ルベリオスの法皇直属近衛師団所属、魔王に対抗する〝十大聖人〟にして〝三武仙〟の一人さ。後ろにいる魔人は番外魔王の眷属だとわかったけど、お前は何者なのかな?」

「先程も名乗りましたが? まあいいでしょう。私の名はディアブロと申します。偉大なる我が王、リムル様に授けて頂いた素晴らしい〝名前〟ですよ」

「……なるほど。あくまでも、正体は明かさないつもりかい?」

 

 余裕の態度を崩さないサーレであったが、その心の内は屈辱で今にも爆発しそうであった。

 

 そこへ、更に火を投げ込むかのような言葉がサーレの耳に飛び込んで来る。

 

「あらまあ、馬鹿ですか?」

 

 微笑みを絶やさなかったイチコの表情が一転して残念そうな顔付になり両猫耳を伏せて、右頬に手を当て、小首を(かし)げて呟くように吐き捨てたのだ。

 

(なにっ!?)

 

 イチコの言葉は、悪魔討伐者のリーダーの言動を見て、ディアブロの正体を察する事が出来ないサーレを、心底残念な生き物として表現したものだった。

 

 ディアブロからは、一人でも恐怖を克服したらと言われ。

 イチコからは馬鹿呼ばわりされ――

 

 サーレは、完全に自分を侮辱していると捉えた。

 

 だがサーレは、思考だけは冷静に、つまらぬ怒りで自制心を見失ったりはしない。

 あくまでも冷静に対処する、これは挑発だと、魔物の常套(じょうとう)手段だと自分に言い聞かせる。

 

(しかし、〝東〟の悪魔討伐者達は滑稽(こっけい)だったね。悪魔退治のプロだなんだと豪語していたのに、無様にも命乞いをして逃げる臆病者だったなんて……)

 

 グレンダに捨て石にしようと言われたので、好き勝手にさせていたのに、期待外れだったなとサーレは思う。

 

 それでも警戒だけは一段階引き上げて、ディアブロと対峙していた。

 

(グレゴリーも戦いたがっていたけど、獲物の方が僕を選んでくれたね。さて、それじゃあ――その人を舐めた態度、後悔させてやるよ)

 

 ディアブロなど、どんな古い文献にも記載されてはいない。

 まるで聞かぬ名で、脅威となる大悪魔ではないと考え、番外魔王の眷属も数いる内の一人だと判断する。

 

(〝赤〟だ〝白〟だと御託(ごたく)並べられても、何をそんなに怯える必要がある。あの眷属にしても壱なる者ではないだろう。それにあの悪魔、名も無き〝原初〟ならばいざ知らず……)

 

 サーレはディアブロをただの上位魔将ではないと理解したが、それでも脅威になるとは考えなかった。

 

 そんなサーレの息づかい、表情を作る顔の筋肉の僅かな動き、そして魂から漂う疑心暗鬼の色を伺い見るイチコがいた――

 

 ある事を言う、タイミングを計りながら。

 

 

 知識無き者の悲しさ、悪魔に対する認識不足……。

 

 

 サーレは変わらず不敵な笑みを浮かべて、考える。

 

 正体を明かさないなら、実力を(もっ)て暴けばいいと。

 

 何故なら、自分は魔王と戦えるだけの実力を持っているから、と。

 

 以前に戦った〝魔王ヴァレンタイン討伐作戦〟でも、仕留める寸前まで追い詰めている。

 上位魔将(ごと)き、恐れる相手ではない、と。

 

 そんなサーレだからこそ、ディアブロとイチコの態度に我慢ならなかったのだ。

 

 

 しかし……。

 

 次のディアブロの言葉を聞き、耳を疑い、イチコの言葉にトドメを刺される。

 

「――ふむ、正体、ですか? そうそう、強さに興味がないので忘れていました。確かに私は、貴方が言うような上位魔将でありません。〝悪魔公(デーモンロード)〟に進化を果しています。大して違いませんが、お間違えのなきようお願いしますよ」

 

 笑みを絶やさず軽く言うディアブロ。

 

 ディアブロにとって重要なのはリムルからもらった〝名前〟であり、種族ではない。

 だから興味もなかったのだが、サーレにとっては、大問題なのであった。

 

 

 サーレの表情から一瞬にして血の気が抜け、顔面蒼白(がんめんそうはく)になる。

 

 

 信じられない いや信じたくない

 目の前の悪魔は、今何んと言ったんだ?

 

 〝悪魔公(デーモンロード)〟と 言わなかった か? 

 

 

 心臓が凄まじい速さで鼓動を打ち鳴らす。

 

 そしてそこへ――

 

「ノワール殿、あまり追い詰めては、ハッ!?――」

 

 イチコはノワールと呼んで、ワザとらしく口に手を当てマズいといった表情を作り慌てる。

 

「――いえ、お気になさらずに。貴女とは古くからの知り合い。この名を頂いてからまだ日は浅いですからね」

「寛大なお言葉、ありがとうございます」

 

 イチコが慌てる様子を穏やかに手で制し、にこやかに返すディアブロ。

 深く腰を折り礼を述べてから顔を起こすと、イチコもにこやかな笑みで返す。

 

 その時二人の口端が同時に、ニィッと上がったのにサーレは気付かなかった。

 

 

 〝ノワール()〟、決定的な言葉。

 

 

 伝説上の存在――

 

 〝悪魔公(デーモンロード)〟。

 

 それは、非公式ながら災禍級(ディザスター)に分類される脅威。

 その実力は、並みの魔王を凌駕する。

 

 上位精霊クラスでも、その足元にも及ばないだろう

 対処可能とするならば、精霊王クラスを複数体ぶつけた場合くらいしかないかも知れない。

 

 この世界に干渉した事例は古い文献に記されるのみ。

 だがしかし、確かに存在すると定義されている。

 

 そう、その確固たる証拠が――

 

 あの最強の〝赤〟の魔王なのだから。

 

 

 数千年生きて〝魔王種〟となった上位魔将が、何らかのきっかけで進化したのが〝悪魔公(デーモンロード)〟。

 

 魔素量(エネルギー)は、上位魔将の時より数倍にまで膨れ上がり、更に長き生きた経験がある。

 

 その強さに――

 制限はないのだ。

 

 恐る恐る成り行きを見守っていた悪魔討伐者のリーダーは、〝悪魔公(デーモンロード)〟という言葉を聞いた瞬間、失神していた。

 

 その失神した顏は、どこか嬉しさが(にじ)み出ていてとても穏やかな顔であった。

 もし戦っていたら? と考え、そうならなかった事への安堵感なのだろう。

 

 そんなリーダーをサーレは、今更責める事は出来なかった。

 

 サーレも、この場から逃げ出したい気持ちで一杯だったのだ。

 

(もしかして、あの眷属は……)

 

 〝悪魔公(デーモンロード)〟の補佐をする番外魔王の眷属、イチコ。

 下っ端の眷属が補佐に付く事など、この悪魔は絶対に許さぬだろう。

 

 ならば、どの番号の眷属が補佐をしているのか? サーレは考えた。

 

 番外魔王の眷属の(おさ)しか考えられない、と、サーレは思い当たった。

 サーレもまた悪魔討伐者のリーダーと同じく、絶望という恐怖に心を鷲掴みにされる。

 

(不可能だ、討伐など出来るはずがない! 伝説の〝悪魔公(デーモンロード)〟に、番外魔王の眷属の(おさ)、この二体を相手に何が出来るんだ。だいたい、上位魔将に名付けなど……)

 

 何よりも恐ろしいのは、希少な上位魔将に簡単に名前を与えた大馬鹿者がいるという、事実。

 

(魔王リムルは、一体何を考えているんだ――ッ!!)

 

 それは、全身から吹き出る冷たい汗を感じさせる程の、心の絶叫。

 

(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ、ヤバイッ!!)

 

 サーレの本能が警鐘を最大限に鳴らし上げる。

 

 さっきまでの余裕など一瞬で吹き飛び、討伐など到底不可能だと理解した。

 

 二人が躊躇(ためら)いなく名乗ったという事は、その名を捧げた(あるじ)が存在する証明。

 

 主のいないはぐれた〝名持ち〟であれば、真名を名乗る事によって操られる可能性が出て来る。

 その為に、決して名乗らぬのが、この世界の常識なのだ。

 

 となれば、魔王リムルに名付けられたというのは、真実であるという証拠になる。

 

(……しかし、上位魔将に名付けるなど、魔王に成り立てのリムルに可能だったのだろうか?)

 

 そんな疑念など何の意味もなさないのに、サーレは現実逃避をするかのように考えてしまう。

 

 

 だが、そんなサーレを現実は逃がしてはくれない。

 

 サーレの隣で動く気配がしたのだ。

 

 

「何を呆けているんだい、サーレ! アタイとアンタで、さっさとその色っぽい悪魔と、魔人の女を始末するよ!!」

 

 そう叫び動いたのは、グレンダ。

 

「馬鹿! やめろ、グレンダ!!」

 

 サーレが止めた時には、既にグレンダが動いた後だった。

 

 流れるような速さでディアブロまで忍び寄り、そして黒塗りのナイフを取り出すと同時に――

 動きを変えた。

 

 ディアブロの前から横にズレ、後ろにいるイチコの腹部目掛けナイフを突き出す。

 

 パシッ!

 

 グレンダは虚を突いて、ディアブロからイチコにターゲットを変更したのだ。

 タイミングはバッチリだった。

 

 イチコの腹部には深々とナイフが突き刺ささり内臓を抉ってるはず――

 

 だったが、そのナイフはイチコの左肘の内側に挟むように取られていた。

  

「クソッ! ナイフディザーム(武装解除)かい!」

 

 グレンダはイチコの腹部目掛けナイフを突き出したが、そのナイフをイチコは右腕を上にした形で両腕を交差させるように出し。

 

 左手はナイフを持った手を上から押さえ、同時に右手でグレンダの右腕を内側をから巻き込むように自分の右手首を鎌首のように曲げ、グレンダの右手首を巻き込んだ。

 

 そのまま左腕も、イチコの右腕の下から外に巻き込むようにナイフの刃の部分を肘内側に巻き込むように挟み、グレンダの右手首を内に捻りながらナイフを奪ったのだ。

 

 これをイチコは、突かれた一瞬で行ったのである。

 

「ふふっ。ディアブロ殿を刺すと見せかけて、私を狙う。中々見事なフェイントでしたよ」

 

 イチコはぽわぽわと笑いながら、奪ったナイフの刃を右手人差し指、薬指、中指の間に挟み、中指を支点に薬指と人差し指に軽く力を入れると、パキンと音を立てナイフの刃があっさり折れる。

 

「チィ、厄介だね!」

 

 慌ててイチコから距離を取るグレンダ。

 

 サーレの忠告は無視して、一気に速攻をイチコに仕掛け始めた。

 

 グレンダはディアブロを強敵と認識し、決して見下してはいなかった。

 

 だから、それより劣るであろうイチコに仕掛けたのだが、一瞬で自分のナイフ攻撃を防がれ、尚且(なおか)つナイフを奪われた事は想定外であった。

 

 しかし今は、魔王を相手にするつもりでイチコと戦っている。

 

 だがその攻撃は(ことごと)く空を切り、グレンダの行動は空回りしていた。

 

 グレンダはその実力差を悟り――

 というより、最初からその事に気付いている。

 

 グレンダの真の目的――

 

 

 サーレも仕方なく覚悟を決め、ディアブロに攻撃を仕掛けていく。

 

 イチコと戦うグレンダを放ってはおけぬと考え、参戦したのだ。

 

 即座に霊力解放で身体能力を高め、有り余る財力で手に入れた特質級(ユニーク)の剣。

 破邪の剣(デモンスレイヤー)で、ディアブロへ斬り付けていく。

 

「クフフフフ、見事な身体能力です。ですが残念な事に、私に物理攻撃は通用しませんよ」

 

 淡々と言い放つディアブロ。

 

「クソッ、本当に斬撃が通用しないだと!? グレンダ、少しの間でいい。この二人を相手に時間を稼げ! その間に僕が<神聖魔法>の――」

 

 

 最強魔法でしかこの悪魔と魔人は倒せない。

 

 そう判断したサーレはグレンダに時間稼ぎを求めるも――

 

 グレンダからの反応はなかった。

 

 

 そんなサーレに、イチコから残酷な言葉が告げられる。

 

「あらあら。お仲間の女性ならたった今、全力で逃げていきましたよ?」

 

 笑みはあるものの、やや(あき)れ顔で逃げた方向を指差して告げるイチコ。

 

 グレンダはイチコに猛攻を仕掛けたふりをしつつ、一度大きく間合いを外した瞬間に(きびす)を返し、脱兎の如く逃げていたのだ。

 

 

 サーレはイチコにそう言われて、何が起きたのか理解に苦しんだ。

 

 まさかと思い、イチコが指差した方に目を向けると、もう既にグレンダは逃げた後だった。

 

「はあ? クソがぁーーーー!!」

 

 サーレが苦し紛れに叫ぶも、時すでに遅しである。

 

 勝手に戦いを始めたグレンダに、後始末を押し付けられた形のサーレ。

 

 いやこれは、グレンダが逃げる為の捨て石にされたという方が正解だろう。

 

 

 腹立たしく思うものの、目の前には邪悪に(わら)うディアブロとイチコがいる。

 

 今は逃げたグレンダよりも、自分が生き残る事を考えなければならない。

 

(やってやる、やってやるさ! グレゴリーが戻ってくればこの状況を……。それまで、時間稼いでみせる!!)

 

 頼もしき片腕たるグレゴリーが戻るという希望を胸に、自分を奮い立たせるサーレ。

 

 

 グレゴリーは、悪魔を(おび)き出す為に、街へと向かっただけ。

 

 しかし、その目標が目の前にいるのだから、直ぐに帰って来るはずだった。

 

 

 だがそれは、叶うはずのない希望。

 

 

 サーレの絶望的な戦いが、ここに始まった。

 

 

 

 そして、サーレの怒りに満ちた絶叫が心の内で木霊(こだま)する。

 

 

 ふざけんなぁーーーー! グレンダ――ッ!!

 

 

 

 




 
 この作品を読んで頂きありがとうございます!

 次回の更新もよろしくお願いします!




  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。