忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。117話です


 ツキハ

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 コハク

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117話 四人の酔っぱらい

 

 

 薄い桃色の小袖(こそで)を着た(まかない)女性(ゴブリナ)達が(せわ)しなく宴会場の中を行き来する。

 

 

 そして、湯上りに冷えた一杯。

 

 程よい泡立ちに、口の中で弾ける炭酸の刺激。

 

 元来この世界にあるエール酒とは遥かに違う味わい。

 

 このリムルが造った麦酒は俗にいう、ラガービールなのだ。

 のど越しが良く、飲み心地もスッキリ爽快でゴクゴク飲めるのが特徴である。

 

 ラガーとエールの違いは、酵母菌であり。

 

 ラガー酵母(下面発酵酵母・液体温度五℃)で造られると、エール酵母(上面発酵酵母・液体温度二十℃)で造られるの違いで、下面とは液体の下層で、上面とは液体の上層の事である。

 

 そして、エール酒ことエールビールは元来(がんらい)芳醇で濃厚な味わいであるが、この世界では冷やして飲むという習慣がない為、生温いエールを飲むのが常だったのだ。

 

 はっきりいってそう美味しいものではなく、炭酸も弱かったので、庶民が飲む安酒といったものだった。

 

 だがこれも、リムルが改良したものを造っていて、ラガー、エールとも増産に向けて酒工房は大忙しであった。

 

 そのキンキンに冷えた魔国産ビールに、ルミナス以下聖騎士達が目を見開き驚いていた。

 

 ヒナタだけは、元いた世界では当たり前のものなので驚きはしなかったが、よもやこの世界であのビールが飲めるとは思っていなくて、ゆっくり味わうように飲んでいた。

 

 そして。

 

 魔国の食事は――

 

 美味い! それがリムルの自慢の一つである。

 

 衣食住に拘りを持つリムル。

 

 衣食はシュナを筆頭に、食はシュナの指導の下ゴブイチ達が日々開発を進め、住に関してはゲルドを筆頭にドワーフのミルド、その弟子ゴブキュウ達が日々街造りに尽力している。

 

 武器や防具などはクロベエを筆頭に、凄腕の鍛冶職人でありドワーフのカイジン、防具職人であるドワーフのガルド、同じくドワーフの細工師のドルド達が日夜武器防具の開発に励んでいた。

 

 この凄腕職人のドワーフ達は、リムルがドワルゴンに必要物資の買い出しに訪れた時に、当時大臣であったベスターのカイジンを陥れる策に巻き込まれ、王の裁きによりドワルゴンを出る事になり、リムル達に付いて来て今に至るのであった。

 

 この時ベスタ―も大臣職の任を解かれ、後にドワルゴンの王ガゼルによって建前は追放という形で魔国に研究者として放り込まれ、今はガビルと共に封印の洞窟内で、ポーションの原料であるヒポクテ草などの研究に従事している。ベスタ―もまた、大臣になる前はドワルゴン魔導工学の第一人者であり、研究者でもあったのだ。

 

 このように、リムルが望む望まないにも関わらず、世界屈指の職人達が魔国に集まるのは、偶然と呼ぶには、あまりにも奇跡的な事象かも知れない。

 

 

 ざわざわとざわめく宴会場。

 

 接客に就く女性達が、各々に忙しく酒を注いで回る。

 

 冷えたビールに続き、食事に手を付けた聖騎士達の動きが、目を見開いたまま固まった。

 

 そのまま両隣の仲間同士で視線を交わし合い、互いに顔色を(うかが)い合っていた。

 

(ふっふっふ、そうだろそうだろ。食事の美味さに感嘆したようだな。くっくっくっ)

 

 リムルは内心でほくそ笑む。

 

(受け入れらたれようで、一安心といったところだな。天麩羅がメインだけど、他にも海の幸として、(さばき)き立ての魚の刺身もあるし。それにつける醬油モドキも、大豆に似た植物を入手出来たおかげで再現出来た。ワサビモドキも栽培が順調で、日本食をもう一度の夢が着々と進むこの感じは、たまらんなぁ。ウハハハハ)

 

 魔国の料理が殊の外好評で、有頂天になるリムル。

 

 日本風の料理だが、殆どの者が喜んで食べていた。

 

 その中で、感極まったように黙々と(はし)を動かすヒナタ。

 箸に慣れていない聖騎士達と違って、流麗な動作で料理を口に運ぶ。

 

 そして箸を休めると、リムルに視線を向けて来た。

 

「ねえ。貴方ね、これはやり過ぎじゃないの?」

 

 褒めるかと思ったら、ヒナタからまさかの文句であった。

 

「何がだよ!?」

 

 これにムッとしたリムルは、ヒナタに問い返す。

 

 するとヒナタは、何やら溜まりに溜まった不満をぶつけるように、一気にリムルに疑問をぶつけて来たのであった。

 

「はあっ……。ここに来る途中でも、ラーメンにギョウザを出す店があったわ。他にも、水場で水を無料で配っていたり、僻地のはずが大浴場があったりと。そして今回はこれよ。何でこんな大森林のど真ん中で、こんなに新鮮な魚の刺身が出せるのよ! 山菜の天麩羅までは頑張って納得したとしても、これはどう考えても可笑(おか)しいでしょう!?」

 

 普段の冷静さはどこにやらのヒナタは、一気にそう言い放つ。

 

「――いや、だって、食べたかっただけだし」

「何ですって?」

「いや、だからね……俺が食べたかったから、頑張って再現してみました、みたいな?」

 

 そこでリムルは、ツキハみたいにコテリと首を傾げて言ってみる、が。

 

「なに首を傾げて言ってるのかしら?」

 

 流石に通用はしなかった。

 

(フア―ッ。アカン、本家(ツキハ)じゃないと誤魔化しが通用しねえ!)

 

「だからね、えーと、刺身はアレだ。現在友好関係にある獣王国ユーラザニアが海に面しているので、ツキハとコハクの眷属達で暇しているのに頼んで、そこからチョチョイと釣って来てもらったんだよ。流石に冷凍保存で運ぶ流通網はまだ運用されていないから、能力(スキル)に頼っているんだけどね。たまにはさ、贅沢をしたいだろ? な?」

能力(スキル)ですって?」

「うん、そう」

 

 リムルは頷いてみせる。

 

 これは、ゲルドのユニークスキル『美食者(ミタスモノ)』の『胃袋』を通じた、猪人族(ハイオーク)間の流通を利用したものだったのだ。

 

 転送方法では転送中に大量の魔素にさらされるので、食料の運搬は出来ない。

 

 だが、能力(スキル)ならば、その制限はないのである。

 

 眷属達が魚を釣る、もしくは網で取ってくる。

 

 それを猪人族(ハイオーク)達が能力(スキル)で魔国まで運ぶといった方式。

 

「とはいえ、今回の分を補うだけの分量しか用意出来なかったけどね。ハイオークは各地の工事に引っ張りだこだし、ツキハとコハクの眷属達に頼むのもやっぱり気が引けるし、何より俺の我侭(わがまま)で振り回す訳にもいかないからな。今回は街で休暇中だった者達が、個人的に協力してくれたんだ、ありがたい事に。これが、個々人の能力(スキル)に頼っている運搬の弱点なんだ。まあそれは、今後の課題として改善していくつもりだよ」

 

 と、リムルの説明をヒナタは、呆れたという様子で黙って聞いていた。

 

「――そう、能力(スキル)は変質無しで運搬が可能なのね。そしてこの国には、それを共有出来る者が多数いると……。それを当たり前のように自分の為に利用してるなんて、私には信じられないわね」

 

 リムルの説明を聞き終えるなり、どこか諦めたように呟いたヒナタ。

 

 ヒナタとしては疑問が解けたという顔をしていたが、リムルは何が問題だったのだろうという顔になっていた。

 

 

 そこへ――

 

 

「まあ良いではないか、ヒナタよ。どういう理由があるにせよ、これが中々に美味であるという点は、紛れもない事実なのだ。少なくとも、(わらわ)は気に入ったぞ」

 

 リムルとヒナタの会話を聞いていたらしいルミナス。

 その手には酒盃が掲げられ、かなり出来上がっていた。

 

 天麩羅がよほど気に入ったのか指でつまんで食べていたのだが、何故かそれが凄く上品に見えていた。

 

 そもそも正しい食べ方とは、各国や世界間共通の様々なマナーがあるが。

 基本、相手を不快にさせなければ良いのだ。

 

 実際、(はし)を見た事もない相手に強要すべきではないし、その辺りは難しい問題だとリムルは思っていた。

 

 開国際、果ては観光名所として、他国の貴族を招こうとしているのだから、箸が使えなくても大丈夫なように考える必要があったのだ 

 

 そういう観点から言えば、ルミナスの食べ方はとても参考になった。

 フォークとナイフ、箸、そして指。

 

 食材の違いで食べ方も違うのだ。

 

(そうだよな。来客を不快にさせても意味がないし、これが正しい食べ方なんだとこだわる必要もない。こういう食べ方もありますよと提示して、それがゆっくりと浸透していくのを待つのがいいだろうな)

 

 リムルはそんな事を考えつつ、ルミナスに声をかける。

 

「俺達の料理は口に合ったかな?」

「うむ、気に入ったぞ。料理もそうじゃが、酒が良い」

 

 リムルはそう言われて気付いたが、確かにルミナスはとんでもない速さで酒を飲んでいた。

 

(ふーむ。ミリムは食い気が凄かったけど、ルミナスは酒豪なのか。ってか、酒豪と言えば、ツキハとコハクも、もの凄い酒豪だよな) 

 

 ルミナスを見ながらそんな事を思うリムルであった。

 

 天麩羅をツマミにして、出される酒を片っ端から制覇しているルミナス。

 

「それは何より。でも、ほどほどにしないと身体に悪いよ?」

「馬鹿め。毒も効かぬ(わらわ)が、酒如きに負けるハズもあるまい。寧ろ酒に酔えるように、『毒無効』効果を弱める事に心血を注いでおるわ!――」

「ええ!? そんな事が、出来るの?」

「当然であろう? 何を寝ぼけた事を――」

 

 馬鹿にするルミナスにリムルは頼み込み、そのやり方を教えてもらう。

 

《……》

 

(ん? 何か文句がありそうな智慧之王(ラファエル)さん?)

 

 と、智慧之王(ラファエル)の不穏な空気を感じ取ったリムルだが、気にせず教わった通りに自分の『耐性』を下げていく。

 

 …………

 

 ……

 

 途端にリムルを襲う酩酊感。

 

「きたきたぁーーー!! これが酔うという感覚だよ、きたぞぉー!」

「クワハハハハ! リムルよ、そんな事も出来なかったのか? 我はとっくに、その程度の技はマスターしておったぞ!」

「昔にそれをヴェルドラに教えたのは、あたしなんだけどね! にゃはははは!」

 

 リムルが久しぶりの酩酊感に喜んでいると、そこへヴェルドラが自慢げにリムルに言うも、それを光の速さで自分が教えたんだと暴露するツキハである。

 

 この二人、完全に酔っぱらいになっていた。

 

「よし、もっと酒を飲むぞ!」

「うむ、我も付き合おう」

「あたしも付き合ってやんよ。にゃはは」

 

 リムルがそう言うと、ウッドジョッキを持ってヴェルドラがリムルの前に来て座り、ツキハもヴェルドラの横に座る、ルミナスを避けてヒナタの前に。

 

「フンッ。しょうがないヤツ等よ。(わらわ)も、今宵は付き合ってやるとしよう」

 

 偉そうにルミナスが乗っかり、宴は更に過熱していく。

 

「まあ、リムル様ったら」

 

 シュナが少し呆れた様子で苦笑いしつつも、リムルに酌をする。

 

 そして、ここから無礼講に突入していく。

 

 先ず、ツキハがリムル達のところに行ったものだから、コハクも直ぐに来て、ツキハを後ろから抱き抱えると、ポンとルミナスの前に放り落とすと、自分がヴェルドラの右側、ヒナタの前に座った。

 

 ツキハが激怒してコハクに詰め寄るも、「浴衣も着んアホは、そこでよろしおす」と吐き捨てる。

 

 「はあ!? 喧嘩売ってんのか? 表出ろやーっ!」と、ギャアギャアと騒ぐツキハにヴェルドラが、「まあまあ良いではないか。どっちに座っても我の横だろう?」と、そう(なだ)め、ツキハは渋々ヴェルドラの左側に座る。

 

「フンッ。相変わらず(わらし)よのう」

 

 ルミナスが馬鹿にするように笑い

 

「あ゛あ? うっせえよ、老獪吸血女が」

 

 と、ツキハがやり返す。

 

 

 魔物も人も、程よく酔いが回り始めていき、宴会場内の喧騒が一際高くなる。

 

 リムルが各種取り揃えた酒類。

 

 ふんだんに用意した氷に、美味しい水。

 

 当然、アルコールが苦手な人の為に、果物を絞ったジュースやお茶なども完備してあった。

 

 ヴェルドラとツキハとコハクには、ゴブリナのハルナが酒を注いで回り。

 ルミナスにはルイが、リムルとヒナタにはシュナが酒を注いで回っていた。

 

 ベニマル、シオン、ソウエイの三人や、三獣士のアルビスとスフィア、そしてアルノーを筆頭とした聖騎士のトップ連中が、飲み比べで勝負を始めていた。

 

 サンコはいつの間にかビールが入った中樽を台に乗せ後ろに置いて、長テーブルの上に乗せた七輪で何かを焼いていて、香ばしくいい匂いがリムルの鼻をくすぐった。

 

(ん? これ味噌の香りか? それにあの樽、来客用に開発したものだよな?)

 

 この中樽はリムルが来客用に開発させた魔法刻印を施した樽であり、氷系の魔法で樽の中に入ったビールをキンキンに冷やす仕組みだった。

 

 樽の下に付いたコックを回し、冷えたビールをウッドジョッキになみなみと注ぎ、口の周りを泡だらけにしながら美味そうに飲むサンコ。

 

 それを見ていたリムルはというと。

 

(うーん、アレ。見た目十二歳くらいしか見えないのに、千年以上生きてるんだよな。元いた世界では完全にアウトなんだけど、この世界では見た目は当てにならない。特に魔物は……。ってか、どうでもいいか。今夜はな!)

 

 酔いも良い具合に回ってきたリムルは、とりあえずサンコの事は無礼講だからいいやと、そこらに投げ捨てたのであった。

 

 初めは堅苦しかった聖騎士達も、自分達の隊長であるアルノー達が飲み比べを始めた段階で、緊張もほぐれて寛いだ様子である。

 

 リグルド達と楽しそうに会話を始める者や、(まかない)女性(ゴブリナ)達に食事のお代わりを頼む者まで出始めていた。

 

 中には、魔物達が食べている物に興味を持った者までいて、更にそれを食べてみたいと言い出す始末。

 

(ん~。確か、フリッツという名前だったか? 十大聖人の一人で隊長格だったよな。そうかそうか、思ったよりいいヤツじゃないか。相手が食べている物に興味を持つのは、相手への理解の第一歩。とても良い事だと思うよ。だけど、アレは確か――)

 

 リムルは酔っぱらった頭で考える。

 

 それは、黒いお米のオニギリだった。

 

 イネ科の植物を、魔素水――

 封印の洞窟内の魔素濃度の高い水で育てたもの。

 

 リムルの思い付きで作ってみたものの、イカ墨を混ぜたような真っ黒い米になってしまう。

 

 普通、米といったら白米である。

 

 見た目は不味そうに見えた黒い米だが、味はそれなりどころか、かなり美味しかったのだ。

 

 『解析鑑定』すると、びっくりするほど栄養価が高ったので、〝魔黒米〟と名付けて生産ラインに載せた品だった。

 

 今では魔国の魔物達の主食になっている程だが、それには重要な問題があったのだ――

 

「あ、おい! それは人間には毒になるぞ!」

 

 酔いも醒める勢いでリムルが叫ぶ。

 

 しかし、そんなリムルの叫びは、フリッツの絶叫に掻き消された。

 

「な、なんだこれ。魔力が回復するぞ!!」

 

 リムルが止めるより先に、オニギリを一つもらって試食したフリッツ。

 そして開口一番叫んだのが、今のセリフである。

 

「なあ、おい。身体は大丈夫か? 気分が悪くなったりしてないか?」

 

 心配するリムルの問いに、「大丈夫です!」と、フリッツはにこやかに答えた。

 

 弱い者が魔素を大量に摂取すると、身体に悪影響が出る。

 この魔黒米はかなりの魔素を含んでいるので、一定レベル以下の者には毒となるのだ。

 

 しかし、魔国に住んでいる魔物ならば問題はない。

 それでも人間が食べても大丈夫かどうかは、試した事がなかったのだ。

 

 流石に人体実験などは行えなかったから。

 

 だがしかし、今のフリッツの反応はリムルの思っていた事と違っていた。

 

(人間には毒だと思っていたけど、ある程度の魔力がある者には薬になるのかも?)

 

《解。個体名:フリッツの、魔力回復の効果を確認しました。魔素への『耐性』がある者ならば、エネルギーへと変換されるようです》

 

(なるほど、そうだったのか。あれだな、全力戦闘で魔力切れ寸前だったからこそ、余計に効果がハッキリと出たのかもな)

 

 リムルがそんな事を思っていると、他の聖騎士達も魔黒米を欲しがり始めていた。

 

 酔った勢いは怖いもので、誰も恐れる気配はなかった。

 

 リムルが全員分の魔黒米を用意させる。

 

 ヒナタは真っ黒い米のお茶漬けに眉を(ひそ)めて見ていたが、意を決して一口食べてからは何も言わずお茶漬けを(すす)っていた。

 

 思いの外魔黒米は聖騎士達に好評で、お茶漬けとは別に、オニギリも大量に用意された。

 

 そんな中、一人の男がサンコが焼いて食べているオニギリに興味を引かれてしまう。

 

 サンコが魔黒米のオニギリにペタペタと甘辛味噌を両面に塗り、七輪の上に乗せた金網で焼いていた甘辛味噌焼きオニギリである。

 

 男がサンコの前に来て話しかける。

 

「えーと、お嬢ちゃん。ん? どこかであったかな?」

「にゃー? お前なんか知らんニャ」

「ニャ……?」

 

 サンコの前に来た男はフリッツ。

 

 何かサンコの話し方が気になったフリッツは、ここ最近の記憶を手繰(たぐ)る。

 

「その話し方……確か、どこかで……」

「いったい何の用ニャ。アチシはオニギリを焼くので忙しいのニャ。あっちに行けニャ」

 

 右手をピッピッと振りながらフリッツに言うサンコ。

 

「ニャ、ニャ……? あ!? あの宿屋にいたお嬢ちゃんじゃないのか?」

「宿屋? 知らんニャ」

「って、そうか。お嬢ちゃん亜人だものな。あの時のお嬢ちゃんは人間だったし。あれ?」

 

 フリッツの会話を聞いていたヒナタが、不意にツキハに問うて来る。

 

「そういえば番外魔王ツキハ――」

「その番外魔王って付けて呼ぶな。あんまりその呼ばれ方は好きじゃないのよ」

「では、どう呼べば?」

「ツキハ様――」

「却下よ」

「即答すんなし」

「貴女は私の主ではないし、魔王でもないでしょう?」

「まあ確かに。もうめんどくさいから、敬称無しで呼ぶ事を許す。ツキハと呼んでいいよ、ヒナタ」

「そう。なら遠慮なく、そう呼ばせてもらうわね」

 

 ツキハはウッドジョッキに注いだ林檎のブランデーを飲み干しながら左手をヒラヒラさせて、それに答える。

 

「さっきの話に戻るのだけど、あの時宿屋に居たのは、貴女とあの眷属じゃないの?」

「何でそう思うの?」

「あの時感じた雰囲気が、今の貴女にそっくりなのよ」

 

 ヒナタがあの時の事を尋ねると、コハクが割り込んで来た。

 

「せやで。あの時あっこの宿屋に居たアホの子二人は、ツキハとサンコやで」

「え? えと――」

「せやな、まあよろしやろ。コハクと呼ぶ事を許すで。そう呼びなはれ」

「わかったわ。コハク」

 

 ツキハに続いて、コハクも敬称無しで名を呼ぶ事をヒナタに許す。

 

「あの時から私達を監視していたのね?」

「いんや、あの宿屋に来たのは偶然よ。まさか、アンタ達がいるとは思っていなかったもん」

「偶然、ねぇ。今更どうでもいいのだけど。でも――」

「でも、なに?」

「あの時、人間に化けていたのは見事だったわ。私でも気付けなかったもの」

「そりゃどうも」

「あれって、能力(スキル)の一部かしら?」

「教えるバカがどこにいんのよ」

「確かにそうね。ただ、長きに渡ってその力で人間社会にも紛れ込んでいたと思ったら、少しゾッとしただけよ……」

 

 そう言うとヒナタは、ウッドジョッキに入ったビールをグッと飲んだ。

 

 ヒナタの感じた事それは――

 イングラシア王国でもそうだが、都市中心部や、街の入り口などには魔物が入れないように結界が張ってある。

 

 勿論、ブルムンド王国もそういった結界もあった。

 

 表向きはその結界を維持してはいるが、魔国連邦(テンペスト)と友好を結んでからは、その結界の有り様を見直し始めていた。

 

 

 だがしかし、大半の国はこの対魔物用結界が健在なのである。

 

 その結界を難なくすり抜け、人間に擬態しその国に入り込む。

 

 いきなり街の中心部に魔王クラスの魔物が出現したら……。

 

 それが出来ると推測したヒナタが、口にした言葉であったのだ。

 

 

「ヒナタよ。今更そんな事を思っても栓無き事よ。こヤツ等は、太古からそうやって人間の支配地域に入り込み、傭兵商会ルヴナンを運用してきたのだからな。忌々しいものよ」

 

 ヒナタとツキハの会話を聞いていたルミナスが口を挟んで来てそう言うも、何故かその口調には棘がなかった。

 

 ヒナタ達がそんな会話をしていると、フリッツがサンコの甘辛味噌焼きオニギリに手を伸ばそうとしていた。

 

「あ、あれちょっとヤバイかもよ」

 

 それを見たツキハが警告じみた事を言う。

 

「え? 何がヤバイの?」

 

 ヒナタがそれに問い返す。

 

「うちの眷属達は、元魔猫なんだよ」

「それがどうしたの?」

「魔猫はさ、魔獣の中でも最下位種の魔獣だから、獲物を狩るのも一苦労なんだよね。特に、森などで狩りをする時は、上位種の魔獣から逆に狩られる事も多いんだ。だから、食事の時間はとても貴重なんだよ。それを横取りしようとしたり、許可も得てないのに、その獲物に手を出そうとすると、攻撃してくるんだよねぇ。魔猫だった頃の習性が残ってるからね、今も」

「それ、死ぬほどの攻撃なのかしら?」

「いや、せいぜい爪で引っかかれるくらいだよ。まあ、威嚇程度だから大丈夫大丈夫。くくっ」

「なら、問題はないわ。自己責任といった範疇だもの」

 

 ツキハの説明にヒナタは冷静に返し、後はフリッツの自己責任だとあっさり切り捨てる。

 

 そして、それは起きた。

 

 

 フゥーッウゥゥッーーー。

 

 シャァーーーーッ!

 

「んん? 怒ってるのかな? 大丈夫、一個もらうだけだから――」

「おい、駄目だ!――」

 

 サンコの威嚇の声を聞いたベニマルが慌てて制止するも、フリッツがそれよりも早く甘辛味噌焼きオニギリに手をかけてしまう。

 

 シャギャァーーーーッ! 

 

 バリバリバリバリ―ッ!

 

「ウギャァーー!」

 

 金網に乗せた焼きオニギリに手をかけた瞬間、サンコの両手の爪がフリッツの顔面を引っ搔き回す。

 

 顔面に縦横無尽に走る薄く赤い線。

 哀れフリッツの顔面は、引っ掻き傷だらけになってしまったのだ。

 

 顔を押さえて畳に倒れたフリッツが呻いていると、完全に酔いが回っている聖騎士達が一斉に笑い出した。

 

「「「「「ワハハハハハ」」」」」

 

 そして、その場にいる魔物達も釣られて笑い出す。

 

「フリッツ。貴方ね、少しは学習しなさい。宿屋でも、ギョウザを分けてもらおうとして失敗したでしょうに」

 

 呆れたように言い捨てるヒナタ。

 

 それを聞いた聖騎士達が更に笑い声を上げていく。

 

 フリッツは、賄の女性(ゴブリナ)からポーションを振りかけてもらい、顔の引っ搔き傷が即完治する。

 

「あー、えーと、やっぱりあの時のお嬢ちゃんか!?」

「だからなんニャ」

 

 フリッツがヒナタの言葉でやっぱりかと言うも、サンコはまだ警戒したままだった。

 

 そこへ――

 

「あー、フリッツ殿。サンコ達眷属は魔猫だった頃の習性が強く残っているんだ。最下位種の魔猫にとって、食事はとても大切な時間なんだ。だから、不用意に手を出すと今みたいになる」

「え、あ、そうだったのか。それに、見た目はお嬢ちゃんでも――」

「ニ゛ャ?」

「ひっ。な、何でもないです……」

 

 無自覚にサンコの年齢に触れようとしたフリッツが、ギラリと光ったサンコの目を見て敬語になると押し黙り、それを見た聖騎士達が腹を抱えて笑っていた

 

 ベニマルも笑いを(こら)えながらフリッツに話しかける。

 

「フリッツ殿。サンコにちゃんと頼めば、分けてもらえるぞ。ただし、駄目だと言われたら大人しく引き下がらないと今みたいになるからな。ククッ」

「そ、そうか。わかった」

 

 ベニマルの説明を聞いたフリッツが、意を決して再びサンコに頼む。

 

「さ、サンコ殿。あの時はぶしつけですまなかった。そのオニギリを一つ分けてはくれないかな?」

「ニャ~、いいニャよ。ちょっと待つニャ」

 

 そう言うとサンコは新しい魔黒米のオニギリに甘辛味噌を塗り、焼き始める。

 

 暫くして、香ばしい香りが漂ってくると、その焼いたオニギリを小皿に三つ乗せてフリッツに差し出す。

 

「出来たニャ。食べるニャよ」

 

 フリッツは差し出された小皿を受け取り、一つ手に取ると、一気に半分ほど食らいつく。

 

 噛り付いたオニギリの表面がカリッと乾いた音を立てて裂けて、中のふっくらと焼けた魔黒米が甘辛味噌と合わさり、絶妙な味を奏でる。

 

「うお! 美味い――ッ! 何だこの甘さの中に潜む辛いものは……。表面はカリカリに焼けて、中はふっくらと焼けて、香ばしい味わい……」

 

 一通り感想を述べると、一個目を一気に食べてしまい、二個目を本当に美味しそうに口いっぱいに頬張るフリッツであった。

 

 この焼き方は、サンコがツキハに教えてもらい、好んでこの食べ方をするようになり。

 

 今では、この焼きオニギリだけは、達人級の腕前で焼けるようになっていたのだ

 

 火加減、焼き上がりの時間、塗る甘辛味噌の分量、それらを試行錯誤の上見つけ出した、サンコの焼きオニギリへのこだわりの技である

 

 サンコは甘辛味噌の次に醬油を塗って焼き始め、その醬油焼きオニギリもベニマルやフリッツに分けていた。

 

 それを見た聖騎士達数人が興味を引かれ、サンコの所に集まり、焼きオニギリを分けてくれるよう頼み。せっせとオニギリを焼いて、どこか嬉しそうに焼きオニギリを分けているサンコなのであった。

 

(うんうん、良い傾向だ。これこそ相互理解の始まりだな)

 

 サンコの周りに集まる聖騎士達を見ながら、満足そうに頷くリムル。 

 

 これをきっかけに、あちこちで魔物達と話し込む姿もチラホラと目に付くようになっていた。

 

 シオンなどは、聖騎士達と腕相撲の勝負を始めていた。

 

 シオンが圧勝していたが、聖騎士達の顔には笑顔が溢れていた。

 

(酒のお陰かも知れないけど、こういう光景が自然になれば、仲良くなるのも早いだろうな。美味しいものを食べて、楽しい日々を過ごす、これ一番! その目的の為に、自分の仕事を頑張るんだ。今後もこの光景を守る。それが俺の仕事だな)

 

 リムルが新たにそう決意した瞬間だった。

 

 と、同時に――

 

「何をやっておるのだ、リムルよ! さあ、我が注いでやるから、どんどん飲もうではないか!」

「そうそう。飲め飲め飲め――ッ! ツキハ姉さんが酌をしてやるから、飲めや――ッ!」

「そうじゃぞ! せっかく(わらわ)が」付き合っておるのじゃ。心ゆくまで愉しもうではないか!」

「せやねん。何してはるんやリムル? もっと飲みなはれ! うちが酌をしてやるさかい、ありがたく飲むんやで――ッ!!」

「ちょ、待てよヴェルドラにツキハ、コハク。それにルミナスも。お前はそもそも吸血鬼族(ヴァンパイア)だろ? 何で酒で酔ったり、飯を食ったり――」

「フン、愚か者め! 上位者ともなると、普通の食事からでもエネルギー補給出来るのじゃ。そんな事より、さっさと飲み干すが良い!!」

 

(いや、だから、それとこれとは話が違うって、最早人の話なんざ聞いちゃいねえし! うぅー……酒乱四人に挟まれて、せっかくの俺の決意が、流されてしまったじゃねーかよ……)

 

 最強酒乱の四人に、たじたじとなるリムル。

 

「ちょ、お前等!?」

 

 と止める間もなく、なみなみと注がれた魔黒米の醸造酒を、一気に飲み干す羽目になるリムルであった。

 

 酒と料理に、四人の酔っぱらい。 

 

 逃げ場のないリムルに、容赦なく絡む四人だったのだ。

 

 

「ほどほどにしなさいよ」

 

 そんなリムルを見て、ヒナタが小さく呟くように言う。

 

 しかしその口元には、小さな笑みが浮かんでいた。

 

 

(ほおぉ。ヒナタも笑ったら可愛いんだな。うん――そう思ったのは秘密にしておこう。絶対に……)

 

 

 魔物達と人間達の宴は、深夜遅くまで続き――

 

 

 翌日のリムルは……

 

 

 

 うっ うぅぅ 頭が痛い です

 

 

 と 猛烈な二日酔いに襲われる事になるのでした。

 

 




 この作品を読んで頂きありがとうございます!

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