忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。125話です

 ツキハ

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 コハク

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 傭兵商会ルヴナン・真の紋章


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 ※〝打刀〟
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125話 大商人ミョルマイル

 

 

 ツキハとコハクが魔導王朝サリオンから帰って来て数日が経っていた。

 

 そんな朝早く。

 

 ツキハとコハクにサンコが三人揃って、リムル達が利用している食堂に来ていた。

 ここは、リムルの配下達専用の食堂であり、一般配下とは別に幹部達専用のスペースも設けられている。

 ツキハ達は、傭兵契約と、その他諸々協力関係を築いているので、特別に利用を許可してもらっていたのだ。

 

 何よりも既に、ここ魔国連邦(テンペスト)の住民と認められているのもある。

 

 ベニマル以下幹部達は、ある特別なモノと交換に食事をとっていたのだが、ツキハ達はお金を支払う事で、ベニマル達と同じ食事を食べられるのだ。

 

 

 そして、今日三人が頼んだメニューは――

 

 ホットドッグのセットである。

 

 

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 木のテーブルに置かれた白い皿にホットドッグが二つ。

 後は、小皿に入ったサラダとコーヒーだけのシンプルなメニューであった。

 

 ここ最近の食堂のメニューには、開国祭の祭りで出す料理や、屋台で出す食べ物が試験的に出されていたのだ。

 

 特に屋台などで出す食べ物は、リムルがそれらに関する事で何やら画策していて、それを食堂などで出して皆の反応を見てるらしいとの事だった。

 

 で、これがめちゃくちゃ美味いと配下達や幹部達、果てはルヴナンの眷属達にまで広がり、連日この食堂は混雑していたのである。

 

 それを見越してツキハ達は、朝早くからここに来ていたのだ。

 

「ニャー。昨日のハンバガセットも美味しかったのニャ!」

「それ、ハンバガじゃなくてハンバカセットな」

「何()うてますのや二人とも。ハンバーガーセットやで。ほんまに半分バカになって、どないしますのや」

「ニャ?」

「半分バカはサンコな」

「その半分はツキハ様ニャよ?」

「ぶつよ?」

「ニャ!?」

「バカやっとらんで、早よ食べなはれ。子供やおへんのに、まったく」

 

 ツキハがホットドッグを一つ掴むと、ガブリと三分一ほど(かぶ)り付く。

 

 パキュッと小気味良(こぎみよ)い音を立て、パンに挟まれたソーセージが弾け切れ、ジワリと肉汁が口の中に広がり、一緒に挟まれていた刻んだキャベツに似た野菜がパリッパリッと音を鳴らしながら、ケチャップとマスタードが絡み合い、パンと合わさる。

 

「うまっ!」

「うまいニャッ!」

 

 あっという間にツキハとサンコは、一つ目のホットドッグを食べてしまう。

 

 一つ目を食べ終わったツキハがコーヒーの入ったカップに手をかけると。

 サンコが目を見開いたまま、ツキハに聞いた。

 

「ふニャッ!? つ、ツキハ様、そ、それ……真っ黒のまま飲むのニャッ?」

 

 有り得ないといったように言うサンコ。

 

 すると。

 

「サンコ、これは真っ黒じゃないよ。ブラックコーヒーと言うんだよぉ」

「知ってるニャッ! でも、いつものツキハ様じゃないニャ! いつもなら、砂糖とミルクをドバドバ入れて飲む子供舌のツキハ様に、その真っ黒水はむりニャ!」

「いいかい、サンコ。大人はね、朝食のコーヒーはブラックを飲むんだよ。大人の飲み物、それはブラックコーヒー。そして、あたしは、大人だ♪」

「に、ニャッ!? 大人なの飲み物……それは、カッコイイのかニャ? って、ツキハ様はいつ大人になったニャ? いつもと変わらないニャよ?」

「ほっとけ! いいかい、今そこは気にしちゃ駄目。 昨日漫画で見たよね? 朝日が差し込む中、窓辺で一杯のブラックコーヒー。深夜に困難な暗殺の依頼を達成した主人公の、ほんの少しのひと時……」

「はニャ!? あの寡黙な殺し屋漫画の主人公ニャ!」

「そう、それなのよ! だからあたしは、今日からブラックコーヒーを飲むと決めたんだよ。サンコ、アンタも今日から大人になりな!」

「大人……。大人、良い女、わかったニャ、アチシも大人になるニャッ!!」

 

 何の事はない、昨日読んだ漫画のワンシーンが気に入ったツキハは漫画の主人公を真似て、今日の朝食にブラックコーヒーを飲むと決めただけである。

 

(アホや。なに漫画の影響受けてるねん。何が大人や、思い切り子供丸出しどすな)

 

 呆れ顔で内心吐き捨て、自分のコーヒーに砂糖をスプーン二杯入れ、掻き混ぜながらミルクを少々垂らし、飲もうとカップを掴もうとした瞬間――

 

 ツキハとサンコがニャーッとした笑みを浮かべ、コハクを見ていた。

 

(なッ!? なんや知りまへんけど、もの凄い腹立ちますなぁ、あの二人の馬鹿面(バカヅラ)。マジにシバいたりますか?)

 

 流石にイラッときたコハクは、少し低い声で二人を睨む。

 

「あんさんら、大人なんやろ? ()よ、そのブラックを飲みなはれ」

 

 魔王覇気を『気動操作』で直に二人にぶつけ、言い放ったコハク。

 大人大人と言ってばかりで、一向にブラックコーヒーに口につけない二人を見て言った言葉である。

 

「「ほあっ!?」」

 

 ツキハとサンコは尻尾の毛をボワッと逆立て、変な声を上げた。

 

「いいから、早よ、飲みなはれ」

 

 コハクの迫力に気圧(けお)されたツキハとサンコは、ガッとコーヒーカップを掴むと、一気に飲んだ。

 

 (ほほ)が膨らんだままの二人。

 

 やがて。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

「「だあぁ―ッ」」

 

 口に含んだはいいが飲み込めず、ダバダバと半開きの口からコーヒーを盛大に(こぼ)すツキハとサンコであった。

 

 しょせん子供舌のツキハとサンコに、ブラックコーヒーなど飲めるはずもなかったのである。

 

「何してるんやアンタら!!」

 

 コハク激怒。

 

 同じく朝食を食べに来ていたベニマル達が朝食を食べる手を止め、声のする方に振り向くと、叱るコハクに、何かやらかしたツキハとサンコの姿を確認して、〝またか〟といったような顔で再び朝食を食べ始める。

 

「ああッ!?」

「あニャーッ!?」

 

 口から溢したコーヒーが残り一個のホットドッグにダバーッと降り注ぎ、コーヒー(まみ)れになっていた。

 

 今日だけの限定朝食、ホットドッグセット。

 昨日はハンバーガーセット。

 日替わりでセットが変わり、リムルが味の調整の為に食べた者からアンケートを取っていたのだ。

 

 これはリムルが屋台で出すのと、ある計画の為に、魔物と人間両方が食べても遜色のない味にするべく調査中の品だったのである。

 

 ツキハとサンコは二回食べる為に、開店と同時に来ていたのだ。

 

 そう、御代わりは一度切り、しかも早い者勝ちである。

 

 顔を見合わせた二人は、コーヒー(まみ)れのホットドッグが載った皿を持ち、椅子から立とうとしたその時――

 

「あんさんら、どこ行くんや?」

 

 完全に目が()わったコハクがツキハとサンコを呼び止める。

 

「え、え? えーと、御代わりをもらいに?」

「に、ニャ~。同じくニャよ?」

 

 二人して、小首を(かし)げ言う。

 

「座りい」

「はい?」

「はニャ?」

「いいから、座りや」

「あ、はい」

「は、はいニャ」

 

 ドスのきいた声で言われ、大人しく座り直すツキハとサンコ。

 

「それ、どうするんや?」

 

 コーヒーで濡れたホットドッグを指差して、冷たく言い放つコハク。

 

「あ、これ? えーとね、不幸にもコーヒーで溺れ死んだホットドッグさんをですね。〝手厚く(ゴミ箱)(ほうむ)ろうかなぁ、と……ダメ?」

「もう食べれないからゴミ箱にポイして、御代わりをもらうニャ」

「おいサンコ、少しは包めやー! 相手はコハクなんだぞぉ、直球過ぎるやろがあぁーーッ!」

「はニャニャ! く、くるし、ツキハさ、様……アウッアウッアウッ」

 

 ツキハはストレートに言ったサンコの()っぺたを両側から手で挟んで、揺さぶりながら叱る。

 

 しかし、それをコハクが逆にツキハを叱り飛ばす。

 コハクは食べ物を粗末にする事に関しては、とても厳しかったのだ。

 

「やめんかい、このドアホがッ!!」

「はひッ!」

 

 いきなりの怒号にサンコの頬っぺたから手を離し、椅子の上でピョンと飛び跳ねるツキハ。

 

 一瞬食堂の中がシンと静まり返る。

 

 だがそれも束の間、ゴブタが「あー、ツキハ様。また何かやったんすか?」と、ホットドッグセットを手に持ちながら通り過ぎていき、すぐさま食堂内は喧騒に包まれていった。

 

「アンタら。それ、きちんと食べや」

「「え?」」

「食べ、()うてるんや」

「「こ、これ?」」

「せや。お残しは、許さへんでぇ!」

「「はいッ!!」」

 

 地獄の底から響いてくるようなコハクの声に、ツキハとサンコは慌てるようにコーヒー(まみ)れのホットドッグを口に放り込んでいった。

 

 二人はリスのように両頬を膨らませ、空の皿を持ってメニュー受付へと急ぐ。

 

「間に合いましたぁ~。どこか、空いてる席はーっ?」

 

 と、ロモコがホットドッグセットを載せた皿をホクホク顔で持ち、空いている席へと進んで行った。

 

 そして、受付で再度ホットドッグセットを頼むツキハとサンコ。

 

「もう一回ホットドッグセットを一つちょうだい」

「同じものを一つくれニャ~」

「あ、すいませんツキハ様。先程の注文で品切れになりまして――」

「えッ?」

「ほニャッ?」

「あ、それとこれを――」

 

 ホットドッグセット二回目の注文が間に合わなかった二人は、(ほう)けたようにそこに(たたず)んでいた。

 

 ツキハとサンコ、二回目の注文間に合わず。

 

 受付のゴブリナから、「食べた感想をお願いしますねえ。リムル様がご参考になさりますので~」と、アンケート用の木札を渡され、二人は肩を落とし壊れた人形のようにテフテフと、その場から離れる。

 

 そして、何かギギッと音が鳴りそうな感じで首を動かし、そこから離れた場所でホットドッグセットを食べるロモコの姿を見つけるツキハとサンコ。

 

 急ぎ足で二人はロモコの所まで行くと、ロモコを覗き込むように――

 

「ひぃっ!? な、何ですかツキハ様? それにサンコも」

「なあ、ロモコ。それ一つちょうだい」

「ロモコ。それ、半分よこすニャ」

「え、ええぇ―ッ!? い、嫌ですよぉー。昨日は食べ損ねたので今日こそはと、早めに来たんですから。だ、だ、駄目です」

「ねえ、(あるじ)の命令なんだよぉ。それ、一つちょうだい」

「いいから、半分よこすニャよ」

「えと、あのあの、命令? えええぇッ? そんな理不尽な、ですよぉーー」

「「いいから、それ、よこ――」」

 

 ドゴッドゴンッ!

 

「「フギャッ!!」」

 

 いきなり後ろから来たコハクに、ガチのゲンコツをお見舞いされたツキハとサンコ。

 ウーッと白目を剥き、その場に崩れ落ちる二人。

 

「何(いや)しい事してますんや。ツキハ、サンコ」

「あ、コハク様。おはようございます」

「ん、おはようさん。災難やったな、アホの子二匹が卑しい事しょってからに」

「いえ、そんな、えとぉー、あのぉ」

 

 何故か挙動不審な態度になるロモコにコハクは、ニッコリと微笑み言う。

 

「これ、めっちゃ美味しかったどすえ。ゆっくり味おうて食べなはれ。ほなな、ロモコ」

「あ、はい。コハク様」

 

 そう言うとコハクは、気を失っているツキハとサンコの襟首を掴み、引き()るように食堂から去っていった。

 

 

 後日、アンケートの整理をするリムルは、ツキハとサンコのアンケートを見て……。

 

 〝苦かった。ホットドッグさんがコーヒーで溺れ死にました。ツキハ〟

 

 〝真っ黒水の呪いでホットドッグがお亡くなりになったニャ。サンコ〟

 

 と、二人のアンケートが書かれていた。

 

(アイツら、何を食べたんだ? というか、何をしたんだよ! アノ二人は!?)

 

 と、声無き声を内心で叫んでいたのであった……。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 ここは、ブルムンド王国内のとある商館 

 

 いつもの事ながら、ひっきりなしに来る面会者にミョルマイルはウンザリしていた。

 

 大商人であるミョルマイルには、対応する相手の人間性を見抜く眼力があった。

 

 金の無心に来る者、新たな商取引の伺いを立てにやって来る者。

 中には、落ちぶれて金に困った貴族がいかにも怪しげな取引を持ち掛けて来る場合もあった。

 

 この、頭の痛くなる馬鹿共の相手は本当にウンザリのだが、それでも(まれ)に金になる話も舞い込んで来るので、他の者には任せる訳にいかなかったのだ。

 

 そんなミョルマイルも、ある一件からリムルと知り合いになる事になる。

 その一件とは、リムルの作った上位回復薬(ハイ・ポーション)を、イングラシア王国にある自由組合に納品する依頼をブルムンド王国自由組合支部の支部長(ギルドマスター)フューズから受け、それを引き受けたミョルマイルであった。

 

 この時、フューズから新しく出来た国、魔国との商談の全権を任される一人となった。

 そして、納品先のイングラシア王国へと着いた時、街へ入る門がある上空に突如として現れた魔物、スカイドラゴンの襲撃に遭遇したのだ。

 

 検問の為に門にいた人々は、魔物の襲撃に驚き逃げまどう。

 王都には魔法結界が張ってあり、魔物は侵入出来ない。

 皆が門の入り口に殺到し、パニック状態に陥っていた。

 

 門の警備をしている兵士が果敢に戦うも、荒れ狂う電撃に為す術も無かった。

 

 スカイドラゴンが雷撃を放ちながら人々襲う中、門から離れた場所にいる平原で小さな娘を抱えた旅人の母親が、スカイドラゴンの電撃の直撃を娘共々受け重傷を負った。

 

 ミョルマイルは、自分が納品するはずだった上位回復薬(ハイ・ポーション)を、傷付いた兵士に惜しみなく使っていた。

 

 ミョルマイルの判断――

 とにかく王都から救援の兵士が来るまで今いる兵士に頑張ってもらわないと、被害が拡大すると、そう判断したのだ。

 

 大商人ミョルマイル、表の顔を持つが、裏の顔も持つ、裏社会を取り仕切る一人でもある。

 

 悪といっても、ガチの悪ではなく。裏の社会を知らなければ、この生き馬の目を抜く世界ではのし上がれないからで、その為の非合法組織の親分(ドン)でもあり、悪事にも手を染めてもいたが、あくまでもそれは見逃される範囲での事。

 

 そう、ミョルマイルの良心の天秤は、善よりなのである。

 

 猛威を振るうスカイドラゴン、誰もが死にかけの母娘など気に掛けるはずもなく、死を待つばかりだった。

 

 だがしかし、ミョルマイルは一瞬躊躇(ちゅうちょ)するも、箱に入った上位回復薬(ハイ・ポーション)を一瓶掴むと、全速力で駆け出し、雷撃が降り注ぐ中母親の所に辿り着き、黒焦げになり命尽きようとした母親に上位回復薬(ハイ・ポーション)を振りかけ命を救った。

 

 そこへ、イングラシア王国で〝召喚者〟の子供達を保護している学校で教師をしているリムルが駆け付けて来て、スカイドラゴンを倒したのだ。

 

 リムルは駆け付けた際に『魔力感知』で現場の全体把握を行っていて、その時に、危険を(かえり)みず黒焦げになった母親に駆け寄るミョルマイルを見たのであった。

 

 混乱が収まった中リムルは、ミョルマイルと話しをする機会があって、そこでミョルマイルはポーションの取引相手となる。それからは度々会っては色んな話をする内に何故か意気投合し、現在に至るのである。

 

 

 そして、今日一番の厄介な相手を前に、涼しい顔で応対をするミョルマイルであった。

 

 この男、身なりはよく、着ている服の生地も質の良いものでそれなりだが、その服の型は古かった。

 流行(はやり)の服を仕立てられず、型落ちを見栄え良く着込んでいるだけである。

 

 落ちぶれかけの貴族であり、骨董品という名のガラクタを高値で引き取らせようと持ち込んで来たのは記憶に新しいところ。

 

 今日も今日とて、また何か胡散臭い事を思い付き、金をせびろうと考えたのだろうと、ミョルマイルは心の奥で溜息を付く。

 

 しかし、相手は曲がりなりにも、貴族。

 調査の結果、本物の貴族であると判明しており、(ないがし)ろに出来る相手ではなかった。 

 

 落ちぶれたとはいえ、本物の貴族相手に迂闊な態度を取れば、不敬罪でミョルマイルの首が飛びかねない。

 

 だからこそ、表と裏を使い分けるこの仕事は難しいのだ。

 

(ああ、面倒だわい。やれやれ、また気の抜けない化かし合いが始まるぞ……)

 

 こうして一通りカザック子爵の話を聞いたミョルマイルは、心底ウンザリする。

 それはやはり、(ろく)でもない内容だった。

 

 カザック子爵が話した内容とは――

 

 奴隷を使って新しい店を開くから金を融資させてやろう、というモノだったのだ。

 

 正直に言って、まるで成功する未来が見えない話である。

 そもそも、可愛い、もしくは美人な女の子を仕入れるだけでその事業が成功などする訳がない。

 入念な市場調査から始まり、ライバル店の調整も同時に行わなければならず、そして店を出す場所、女の子の接客教育に、その他諸々の労働に対する対価を支払わなければならないのである。

 

 要は、リスクと手間がかかり過ぎるという事なのだ。

 

 それを指摘するも、カザック子爵は聞く耳を持たない。

 

「はあ? 場所はそちらが考えよ。女の子への支払い? 貴様は馬鹿か? 奴隷に給金を支払う馬鹿がどこにいるというのだ!?」

 

 と、こんな風に好き勝手に捲し立てるだけで、自分から何も知恵を出しもしないのである。

 

 奴隷といっても、高級酒場にしろ、娼館にしろ、そこで働く女の子の健康と容姿は保たなければならない。

 その女の子を目当てに男の客は来るのであって、病気でやつれた姿や、薄汚れた女の子などがいる店に客などは来ないのだ。

 

 どうやらカザック子爵は、高級娼館をやるつもりでここに来たみたいだった。

 

 それなら尚更な事、劣悪な娼館でもそこで働く女の子の身なりは勿論のこと、健康面にも一定の管理は行っているのが現状である。

 

 性病などが蔓延したら、一発でその店は終わりなのだから。

 

 特に娼館などは思っているより経営が難しく、それこそ何代も前から引き継いでやっている老舗が(ほとんど)どなのだ。

 

 落ちぶれかけの貴族が経営出来る程、甘くはないのだ。

 

 それにここブルムンド王国には、既に古くからの娼館が幾つか存在していて、老舗の〝クー・ドゥ・シャ(猫のしっぽ)〟という高級娼館がその界隈を仕切っていたのだ。

 

 因みにこの高級娼館は、ブルムンド王国だけではなく、イングラシア王国とファルムス王国にも店を構えていた。

 後、多数の小国にも店を出していて、あくまでも噂だが、裏社会でも有名な〝奴隷商会・バステト〟が経営しているのではないかと噂されている。

 

 当然新参者が新たに娼館を構える事は、ここが許さないだろう。

 それを知ってか知らずしてかはわからないが、カザック子爵は意気揚々と稚拙(ちせつ)な展望をミョルマイルに語っていく。

 

「いやいや、カザック様は慧眼(けいがん)でいらっしゃる。感服つかまつりましたわい。しかしですな、その娼館で使う肝心の奴隷ですが、今では入手が難しいのではないですかな? この国でも人身売買は禁じられていますし、犯罪奴隷にしても質の良い者を見つけるのは困難ではないですか? それに、古くからの娼館が御座いますし、その界隈を取り仕切る娼館クー・ドゥ・シャを怒らせでもしたならば、それこそカザック様にご迷惑がかかります故に――」

 

 何とか当たり障りのないように断ろうとしたミョルマイルだが、カザック子爵には通じない。

 

「ん? そんなもの、多少の金を積んで黙らせればよかろう? そもそも下賤(げせん)の者がやっている娼館ではないか。何を恐れる事があるのだ?」

「そう言われましても――(モノを知らぬにしても、限度があるぞ……ハハッ、ハハハハッ)」

 

 裏社会の怖さを全く知らないカザック子爵。

 

 確かに、裏社会の者でもおいそれとは貴族に手は出せない。

 だがしかし、〝それを平気でやる裏組織〟があるのも、ミョルマイルは知っている。

 もし、バステトがその(たぐい)の組織であったならば、カザック共々ミョルマイルの命は闇に葬られる事となるのだ。

 

 もうここまで来ると、内心乾いた笑いをするしかないミョルマイルであった。

 

 カザック子爵の言葉は饒舌(じょうぜつ)さを増し、とんでもない事を言い出す。

 

「それよりもだ! ここだけの話だがな。伝手(つて)があるのよ。まあ貴様が金を出すと約束するならば、教えてやらんでもない。だが、わかるだろう? これは極秘の話でな……。ただ一つ言える事は、その奴隷はエルフだ、という事なのだよ」

 

 勿体ぶった言い方をするカザック子爵。

 

 それを聞いたミョルマイルは、顔は平静を保ちつつ(馬鹿かコイツは!)と、心の中で罵倒した。

 

 大商人たるもの、いついかなる場合でも感情を表に出すなど、あってはならない。

 そのような商人は三流以下であり、大きな商いを成功させる事など出来るハズも無しが、ミョルマイルの信条なのだ。

 

 

 エルフの奴隷、それも性奴隷である。

 

 もしもこれが本物ならば、いやそれ以前に―― 

 

 曲がりなりにも非合法組織の親分(ドン)であるミョルマイル。

 だから表と裏、様々な情報を知ることが出来、絶対に首を突っ込んではいけない案件も熟知している。

 

 そしてこれが正に、絶対に手を出してはいけないシロモノなのだ、と。

 

 (エルフだと? そんなもん、マジもんでヤバイ組織が絡んでおるに決まってるわい!! 奴隷商会・オルトロス、特に奴隷商会・バステトが絡んでおったら、命が幾つあっても足りんぞ!!)

 

 エルフとは長命な種族であり、美しい者が多い。

 知能も高く、大半の者は魔法に()けている。

 

 そんな種族が奴隷になるとすれば、犯罪奴隷であるとは考え(にく)い。

 市民権を得たエルフを奴隷にするのは、実質不可能である。

 

 だとすれば――森に隠れ住む者を……。

 

(もしや……)

 

 ミョルマイルは、ある事に思い当たる。

 

 魔物狩り――

 高級ペットを求める金持ち達が、狩人を雇って森から魔物を捕獲させるという話を。

 

 しかしその対象が亜人、それもエルフのような半妖精種ともなると、黙ってはいない国も多い。

 

 ドワーフ王国(しか)り、魔導王朝サリオンに至っては皇帝その人がエルフなのだ。

 

 これがもし露見すれば、大問題となるのは間違いないだろう。

 ブルムンド王国内でエルフの奴隷が見つかれば、外交問題に発展しかねない案件になる。

 

 そんな危険性を孕んだエルフの奴隷を扱うとなると……。

 

 利益の為ならば殺人さえも(いと)わぬ、恐るべき存在が裏にいる。

 

(エルフの奴隷……もし、あの噂が本当ならば、ワシの身内共々遺体すら残らずにこの世から消されてしまう……)

 

 裏社会の噂、エルフの奴隷を所有する者が、ある日突然姿を消すという噂。

 事実、ある貴族が屋敷の地下牢にエルフの女の子の奴隷を二人隠し所有していたが、ある日を境にその屋敷に住む者全てと、エルフの女の子の奴隷も一緒に姿を消した事件が十数年前にあった。

 

 これは、屋敷に拉致されたとか、暗殺されたとかの痕跡が一切残されておらず、裏社会では未だにこの貴族がどうなったのかを知る者は誰一人としていない。

 

 だから、エルフの奴隷を扱う組織は細心の注意を払い、信用の置けない者とは絶対に取引をしないのが鉄則になっていたのだ。

 

 そして、ミョルマイルの臭覚は、この件に関わっては危険だと告げていた。

 

(これは、駄目だ駄目だ駄目だ。危険どころではないわ。何とか、断らねばワシの命が……)

 

 必死に頭を回転させ、カザック子爵の要求を断る上手い言い訳を考えるミョルマイル。

 

 しかし、良い案が浮かばず、途方に暮れかけたその時――

 

 ガチャッと扉を開けて、一人の少年? 少女? が商談部屋に入って来た。

 

 

「いよーーっす! 元気だったかね? ミョルマイル君!」 

 

 聞き慣れた声が、ミョルマイルの耳に飛び込んで来る。

 

 

 

 





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