忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。131話です


 ツキハ

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 コハク

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 傭兵商会ルヴナン・真の紋章


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 ※〝打刀〟
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131話 ガットエランテ

 

 

 上空およそ三千五百メートルの空を暗灰色(あんかいしょく)の雲が、覆い尽くそうとしていた。

 

  

 そこへ、ブルムンドへ向かうキャラバン(隊 商)の一団。

 

 大小様々な(ほろ)馬車に、寝泊りが出来るキャピン(客室)付きの馬車が走っていた。

 その数、二十一台のキャラバンである。

 

 そのキャラバンの中で、一際大きい馬車が先頭を走っていた。

 

 馬車全体が寝泊まり用のキャビンになっており、四頭の馬でその馬車を引いていた。

 大きさ的に少なくとも、八頭は必要なものだが、馬車全体に自重軽減の魔法術式が施されていて、総重量の三分の一ほどの重量になっていたのだ。

 

 先頭を軽快に走る馬車の御者席(ぎょしゃせき)手綱(たづな)を握る女の子の隣には、白色のローブのフードを目深(まぶか)に被った女性が座っていた。

 

「この、旧ファルムス王国へ向かう旧街道も、かなり工事の手が入って来てるわねぇ」

 

 馬を操作する御者席に腰かけ、緩やかに流れていく景色を眺めながら、フードを被った女性が呟く。

 

「確かに。ここも近いうちに、本格的な工事が始まるんでしょうね」

 

 手綱を握る女の子に声を掛けたのは、ガットエランテを率いる隊長――

 

 リアナ・アルクセールである。

 

「それにしても、もう暫くしたらこの旧街道も、ブルムンド王国と旧ファルムス王国を結ぶ新街道となる、か。本当に魔王リムル陛下は、とんでもない御仁だこと。ねえ、ナナミコ(七七七)。そうは思わなくて?」

「ええ、全くその通りです」

 

 冷え切った空気の中リアナの吐く息が、薄く白く煙る。

 

「かなり冷えて来たわね。そろそろ、雪が降りそうかしら?」

「そうですね。空が、重いです。中にお入りになっては?」

「大丈夫よ、ローブには防寒術式を施してあるし。それに、そろそろ目的地でしょう?」

「はい。もう少し走ったら着きます」

 

 リアナの言葉に答える、この女の子は。

 

 番外魔王の眷属にして七百七十七番番目の眷属であり、七が三つで、ナナミコと名付けられた魔猫。

 見た目は、サラッとした肩より長めの黒髪に尻尾と猫耳の毛も黒で、着ている装束(しょうぞく)はいつものスタイルであったが、両腕に包帯のような白い布を巻き付けて手甲みたいにした、キリッとした美人系の十八歳くらいの女の子。

 

 忍魔猫形態は、黒と白のブチ模様の雑種系魔猫である。

 

 

 ガラガラと車輪の音を響かせながら荒れた旧街道を進む馬車。

 

 時折、荒れた道である為馬車が揺れるも、その揺れは軽微である。

 

 四つの車輪には、〝重ね板バネ〟というものが装着されていて、これで跳ねた時の振動などを軽減していたのだ。

 

 この〝重ね板バネ〟とは、長さの異なる平らな板を階段状に積み重ねて構成する板ばねである。

 馬車に付けられている〝重ね板バネ〟は、五枚の長さの異なる板を重ねた物になっていて、リムルの元いた世界では、マルチリーフスプリングとも呼ばれ、現在でもトラックやバスなどの大型車両に利用されている。

 

 この〝重ね板バネ〟がこの世界の独自の技術なのか、異世界人からもたらされた技術なのかは、定かではない。

 

 暫く走っていた馬車の一団がその動きを止め、全馬車が道の端に整然と並び止められていた。

 

「リアナ隊長。そこの裏街道から入った先にある、古代カラナ遺跡にて待つとの事です」

「はぁ……。何なのかしらね、この如何にも何か企んでいますよという雰囲気は。古代カラナ遺跡って、魔物も出て危険だったわよね? そこで取引とか、馬鹿なのかしら?」

「確かに。十中八九、罠でしょう。もしくは、依頼された〝荷〟の、強奪かと。でも、商談の時に渡された割符は、ガットエランテ御用達の本物。推測ですが、あの貴族が逃亡する為にその護衛に与える為の品なのでは、と」

「では、と、じゃなくて。もう、確証は得たのでしょう? 相変わらず仕事が早い事ね、ルヴナンは」

「御明察です。フフ」

「今、旧ファルムス王国では、ヨーム新国王に反旗を(ひるがえ)した貴族達の粛清が行われているのだったわよね?」

「はい。水面下でディアブロ様の指揮の下、行われている模様です」

「そう。なら、バンズ侯爵は、今どうやって逃亡するか、必死でしょうね」

「ええ。現在密かに集めた私兵と共に、既に旧ファルムス王国からは出国していて、隠れ潜みながら魔国連邦(テンペスト)へと向かっています。しかし、監視を付けているので、いつでも始末する事も可能かと」

「あらまあ。それはご愁傷様だわね」

 

 始末といった時、ナナミコの目が一瞬細められ、逃亡中であるバンズ侯爵の末路を思ったリアナは、もっともらしく残念そうに言った。

 

「それでは、その道少し狭いから、小馬車で行きましょうか。荷の積み替えを頼むわ、ナナミコ」

「はい、了解です」

 

 リアナの(めい)に、即座に準備にかかるナナミコ。

 

 大きい木箱二つに分け入れられた、火属性の魔法を付与されたブロードソード計三十本に、魔獣の皮で作られたレザーアーマー一式が三十、小馬車に積まれていく。

 

 この武具は魔国製であった。

 

 これは、クロベエの弟子達が作った武具であり、それを〝とある経由〟でガットエランテが仕入れたモノだったのだ。

 

 バンズ侯爵。

 

 この貴族は、二十年前からガットエランテが運んでくる商品を好んで買っていて、お得さんでもあった。

 

 ファルムス王国の貴族でも上位に位置する者であった為、金に糸目を付けず買う事でも有名で、特に古代骨董品などを収集するのを趣味にしていた。

 

 そう、番外魔王の眷属達が取集、もしくは強奪した古代骨董品などの一部はガットエランテが買い上げて、こういう貴族達に売り付けてもいたのだ。

 

「リアナ隊長、積み替え終わりました」 

「ん、御苦労様、ナナミコ」

 

 積み替え作業終了を告げたナナミコの後に、口を挟んで来た者がいた。

 

「隊長、護衛は何人お付けしますかい?」

 

 と、野太い声がリアナの耳に届く。

 

 この男、屈強な肉体に、身長は百七十五くらいはあり、短く切った顎髭(あごひげ)と口髭を蓄えたスキンヘッドの男、ベゼット。年齢は三十八歳の人間であり、冒険者ランクで言えばAランクに相当する強さを持つ。

 

「ナナミコ一人でいいかしら」

「え? 流石にナナミコ一人では、危険じゃないですか?」

「大丈夫ですよ、ベゼットさん。ルヴナン支店で暇をしてる者を、十人ほど呼び寄せましたから」

「なんと!? 眷属の方達を十人ですか。なんと豪儀(ごうぎ)な、グワハハハハ」

 

 リアナの、護衛は一人だけの言葉に少し心配をしたベゼットだったが、ナナミコの発言に豪快に笑いながら納得を示した。

 

「もっとも、私一人でも十分なんですけど、ね」

 

 ベゼットの懸念に対して、少し不満気に返すナナミコ。

 

 実際、人間相手ならば聖騎士団隊長クラスの強さでない限り、人数が何人いようと、ナナミコ一人でガットエランテの仲間達を守る事は造作もないのである。

 

 世界を旅して回る事が大好きなナナミコ。

 これは、趣味と実益を兼ねたお役目であり、ガットエランテ発足時に自分からツキハとコハクに願い出て、キャラバンの護衛役に付いたのである。

 

「ガハハハハッ。ナナミコ殿の腕前は、重々承知しておりますとも。しかしですな、副隊長としての手前、慎重にならざるを得ないもので。このキャラバンにも腕の立つ者は多数いますが、この品の受け取り主……どうにもキナ臭くてたまらんですな」

「ええ。だから、仲間を呼び寄せたんです。山賊や盗賊の(たぐい)とは違うようですから、ね。色々と始末するには好都合ですもの、ロモコ班の班員は」

「ほう。あの部隊員を、呼び寄せたんですかい? それも、十人も」

 

 ナナミコからロモコ班と聞いて、豪快に笑い話していたベゼットとの雰囲気が一転して緊迫したものに変わる。

 

「そうよ。貴方が心配すると思って、さっき〝緊急連絡呪符〟を飛ばしたのよ。そうしたら、直ぐに十人行くと返って来たわ。『空間座標』も送ったから、もう来てるんじゃないかしら? ほんと、魔国連邦(テンペスト)で何してんだか、アイツ等は。フフッ」

「左様ですかい。これは、大変な事になりますな」

「向こうがね」

「ちげえねぇ、ククッ」

 

 ナナミコとベゼットは、お互い顔を突き合わせ、うっすらと口端に笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ、俺達は伏兵に備えてここで待機してますぜ、リアナ隊長」

「では、よろしくお願いね、ベゼット」

 

 リアナはそう言うと、ナナミコと一緒に荷を積んだ(ほろ)馬車に乗り込み、荷受人が待つ古代遺跡へ続く道へと入っていく。 

 

 目的地に幌馬車を走らせながらリアナは、ナナミコに人間に化けるように言い、ナナミコは自分の猫耳と尻尾に手をやり消すと、人間の耳を作り生やした。

 

 そうしてる内に、ナナミコに『思念伝達』が送られて来た。 

 

『お久しぶりね、ナナミコ。お元気にしてたかしら?』

『あら、貴方が来るなんて、そっちは余程暇なの? ロロロオ。それと、お久しぶり、皆は変わりはない?』

『ええ、相変わらずロモコ達も含め皆元気よ。それとね、暇とはちょっと違うわ。まあ今は、あれからの騒動が一段落したところなの。だから手が空いてたのよ。ウフフ』

『そう、それは何よりだわ。で、早速だけど――』

『もう確認したわ。キッチリ三十人いるわよ。皆武装してるから、どう見ても商人ではないし、カタギでもないかしら。でも一人だけ、初老の男がいるわね。黒い執事服に、歳の割に引き締まった身体をしていて長身で白髪の短髪、目付きは穏やかなれど……。ほほう、これはこれは、この男Aランク冒険者並の強さはあるわよ。他にも、二人いるかしらねぇ、Aランク』

『初老の男は多分、バンズ侯爵の執事ですね。元ファルムス王国騎士団の隊長だった、ヤザムでしょう』

『なるほどなるほど。旧ファルムス王国から逃げ出して、向かう先は魔国連邦(テンペスト)、と』

『追手に対抗する為の、この武具なんでしょう。しかし、度し難いですね。ディアブロ様を恐れて、その主である魔王リムル様の所に直接命乞いをしに行くなど、余りにも無計画であり、愚かです。人類と敵対はしない、出来れば共存したい。そう宣言された魔王だからと、舐めてかかったのでしょうね』

『馬鹿な人間……大人しく新王に(ひざまず)けば良いものを』

『あら、珍しいわね。貴方が敵対者を(あわ)れむなんて』

『あらまあ!? 言われてみればそうね、私とした事が、フフッ』

『でも、貴方は比較的温厚だものね、私達眷属の中では。そして、一番怒らせたくはない一人でもあるんだけど』

『あらーん。サンコやニコとは、一緒にしないでくれるかしら~』

 

 ナナミコの言葉に、ロロロオは身体をクネクネさせて身もだえる『思考映像』を送るも、『やめてちょうだい』と、ジト目の『思考映像』を送り返された。

 

『もう、ナナミコはイケズなんだからぁ』

 

 ……ミ、コ。

 

『はいはい。と、そろそろ着きそうだから、もしもの時は逃げないようにしてもらえる?』

『フフッ。既に、私の幻想領域の結界内よ。魔王でもない限り、出ることは無理だわね』

『ありがとうロロロオ。アイツ等の始末は私一人でやるわ。リアナ隊長も大丈夫、私が結界で守るわ』

『ええ、わかっているわよ。それと、三人ほどキャラバンの方の護衛に付いたから。残る六人は周囲の警戒に当たっているわ。私は、リアナ隊長の近くに潜んでいるわね。報酬は、弾んでね♪』

『うん、そうして頂戴。臨時報酬は魔国連邦(テンペスト)に着いたら、ガットエランテから正式に支払われるから、それまで待ってくれるかしら?』

『了解よ。それでは、私達は『空間迷彩』をかけて、潜んでいるわ』

『わかったわ。ん? あっ!?――』

 

 ナ……コ……ナ……?

 

 ナナミコは、意識の外で自分を呼ぶ声に気付く。

 

「ナナミコ、ナナミコ? どうしたの、さっきからボーッとして――」

「あ、すみません。ロロロオと『思念伝達』で打合せをしていたもので」

「そうだったの。『思考加速』をかけ忘れたのね。フフッ」

「あ、はい……面目ないです」

 

 つい『思考加速』をかけた会話にするのを忘れたナナミコは、手綱を握りながらシュンと項垂(うなだ)れてしまう。

 

 そんなナナミコを見てリアナはクスクスと笑い、古代カラナ遺跡の入り口である、朽ちかけた大きな門の柱が立つ先を指差し言う。

 

「ほら、見えて来たわよ」

「あ、はい」

 

 リアナの声に気を取り直したナナミコが、魔力を集中して再度遺跡周辺にいる気配を確認する。

 

「一、八……十五、二十三……三十。全部で三十人います、リアナ隊長」

「あらあら、またそんな大勢でこんな所に来てるなんて、本当に、困ってしまうわねぇ」

 

 リアナはナナミコの報告を聞き、右手を頬に当て、ワザとらしく困った顔を見せる。

 

 それを見たナナミコが、小さな声で「心にもない事を」と、呟くように返した。

 

 遺跡の門柱の所で馬車を止めるナナミコ。

 

 門柱の先は広く空けていて、半径五十メートル四方の草が生い茂る広場であった。

 

 馬車から二人が降りると、前方の朽ちた遺跡の建物や木々の間から、ぞろぞろと男達が姿を現す。

 皆、腰にブロードソードや、両手に槍、背中に大剣や戦斧、それに弓などを持っていた。

 

 明らかに冒険者くずれか、元騎士や傭兵の(たぐい)の者達であった。

 そして、執事服を着た初老の男性を先頭に、男達が付き従い歩いてリアナとナナミコの前まで来る。

 

 リアナは目深に被ったフードを取らずに、初老の男を見て、口を開く。 

 

「あらまあ、貴方、バンズ侯爵の執事、ヤザム殿では御座いませんか」

 

 優しそうな声でリアナが、執事に言った。 

 

「リアナ殿。お久しゅうございますな」

「ええ、一年と半年ぶりくらいかしらね。先だっての取引に私が行けず、申し訳ありませんでした」

「いえいえ。火急の事ゆえ、こちらも無理な依頼を出しまして、済みませんでした。それと、そちらの娘さんは、護衛ですかな?」

「ええ、そのようなものです」

 

 お互いに手を差し出し、握手を交わしながら挨拶をする。

 

 護衛と聞いて男達の視線がナナミコに注がれる、が。

 それはどこか馬鹿にしたような視線であり、ナナミコが若い女だと、完全に(あなど)ったものだった。

 

 そしてリアナは手を離し、次の言葉を言う。

 

「早速だけど、割符を見せて頂けますか? ヤザム殿」

 

 にこやかに言うと、左手を差し出す。

 

 ヤザムは懐から割符を取り出すと、リアナに差し出す、

 それを受け取ったリアナは、右手に持った片割れの割符に、ヤザムから渡された割符を重ね置く。

 

 すると、カサカサと割符が音立て動き出し、お互いにギザギザに千切れた部分を合わせ、ポワリと淡い光を発すると、一枚の呪符へと変化する。

 

 この割符は、こういった取引の際に使用するもので、コハク特製の呪符なので偽造は不可能なのである。

 

「確認しました、本物の割符ですね。では、ご依頼の品はこちらに」

 

 そう言いながら、乗って来た馬車の荷台を手で指し示す。

 

 ナナミコが荷に掛けてある布のカバーをめくると、そこに刻印魔法が施されたブロードソードとレザーアーマーが並び置かれていた。

 

 ヤザムが一本のブロードソードを手に取り、軽く振って感触を確かめる。

 振るたびに、刃に添って火炎が巻き起こり、ボッボッと燃え盛るような音を鳴らす。

 

 次にレザーアーマーを手に取り、執事服の上着を脱ぎ身に着けると、胸の真ん中を力強くドンッ! ドンッ! と叩く。

 その度に小さな魔法陣が叩かれた場所に浮かび上がり、衝撃を吸収すると、掻き消えるように消えて行った。次に、近くの男から手渡された短剣で同じく胸の中心を思い切り刺すも、その短剣の刃先が乾いた金属音を響かせ砕けた。

 

 満足したように頷くとヤザムは、他の者にも剣とレザーアーマーを身に着けるよう首をクイッと動かして促し、皆が馬車に集まり武具を身に着けていった。

 

 そしてヤザムは、リアナに向き直る。

 

「リアナ殿、良い品ですな。それで、お代はいかほどで御座いましょう?」

 

 どこか鋭い眼光を放つような目付きでリアナに、品の値段を尋ねて来るヤザム。

 

 それを意に介せず、リアナはフードの奥で笑みを浮かべながら答える。

 

「それは、見ての通り、魔国連邦(テンペスト)で作られた武具。性能は勿論の事、扱いやすさも一級品。剣もレザーアーマーも、お一つ金貨五枚で、計、金貨三百枚と、言いたいところですが、お得意様でもあるバンズ侯爵の御注文。金貨五十枚を値引きしての、金貨二百五十枚で結構ですよ」

 

 リアナの返答にヤザムは無言で頷くと、後ろに控えている一人の男に目配せをすると、その男は壊れた遺跡の方に走っていき、何かを言いながら一本のロープを引っ張ると、鎖付きの手枷に繋がれた五人の若い娘が顔を下に(うつむ)いたまま出て来た。

 白い生地のワンピースに似たノースリーブの服一枚に、素足に皮で作られたサンダルみたいなものを履き、寒さと恐怖から来るものなのか、身体を小刻みに震わせる娘達。

 

 首には〝魔法道具(マジックアイテム)〟の黒い革のチョーカーを()められていて、五人とも声を封じられていた。

 

 その娘達を見たリアナの右眉が、フードの奥で微かにピクリと跳ねた。

 

 年齢的には、五人とも二十代前半位に見える娘達であった。

 だがしかし、この娘達にはある身体的な特徴が一つ、見られたのだ。

 

 そして、リアナが静かな声でヤザムに問う。

 

「ヤザム殿。その娘達は、エルフではなくて?」

「ええ、その通りですよ。正真正銘のエルフの娘達です」

「エルフの奴隷が禁じられているのは、御存じですよね?」

「それは、百も承知です。これは、とある奴隷商会が早急に金に換えたいと申して来まして。それをバンズ侯爵様が買い受けたのですが、やむにやまれぬ事情が出来ましてですな。こちらとしては、このエルフの奴隷で支払いたいと、バンズ侯爵様のお言葉です。上手く売れば、倍の金貨六百は下らぬでしょうな」

 

 そのやり取りを聞いていたロロロオが、ナナミコに一言だけ『思念伝達』を飛ばして来る。

 

()る?』

『いえ、リアナ隊長の言葉を待つわ』

 

 それにナナミコも手短に返し、そして目だけを動かし、男達を見回す。

 

(先程からヤザム以外、一言も声を出していませんね。それに、私達をそれとなく包囲するように動くその様は、手練れですね。良い戦士達を集めたものです。しかし、あの武具を身に着けての戦闘力はどんなものでしょうか? 見たところ、皆、何らかの『能力(スキル)』持ち……身体操作系が主で、後は、単純に筋力アップや、防御系ばかり。それにしても法術士(ソーサラー)が一人もいないとは……!? なるほど、そうですか。全員が援護魔法も攻撃魔法も使える、オールラウンダーですか。それにしても、よく集められたものです。かなりお金を払ったのでしょうね、バンズ侯爵は。さて、Aランク相当が三人、後は、BとC……久しぶりに楽しめるかな? ウフフフッ)

 

 『解析鑑定』で男達の力量を測り、ナナミコは右袂の中に右手を静かに引っ込めると、指の間に呪符を挟み持つ。

 

「ヤザム殿。私達ガットエランテが、金貨や銀貨などの通貨以外の支払いは受け付けぬと、知っているでしよう?」

「はい。それを承知で頼んでおるのですよ、リアナ殿。そのエルフの娘達の価値は、特定機密商品に(あたい)しますぞ。裏の商いもやられているガットエランテならば、この娘達を(さば)くのも造作もないでしょう?」

 

 ヤザムは一切の表情を崩さずに、淡々とリアナに言い放つ。

 

「フフフッ。貴方もくどいですね。現金以外は受け付けぬと、申しましたよ?」

「ふぅ……左様ですか」

 

 リアナの返答にヤザムは残念そうに呟くと、横にいる男に、行けというように顎をしゃくる。

 するとその男は、素早い動きでリアナの背後に回り込む。

 そして、右手に持った短剣を喉元に突きつけ――

 

「大人しく、!?――」

 

 だがしかし、それと同時にナナミコも動いていた。

 

 男がリアナの背後に回った瞬間には、ナナミコも男の背後に回り込んでいて、短剣を持った右手首を、自分の右手で掴むと同時に右腕ごと右真横に引っ張りながら、男の右脇に自分の左肩を乗せ。

 そのまま逆間接状態にして、左肩を支点に左足を男の足の前に出して、男の右腕を折りながら体落としで前方に投げた。

 

「グワッ!」

 

 ベギッと鈍い音が響き地面に叩きつけられ、男の腕が曲がってはいけない方向に曲がる。男が呻き声を上げながらも身体を跳ね起こし、折れた右腕を押さえ後方に飛び退(すさ)っていく。

 

 近くにいた仲間の一人がすぐさま男に回復薬(ポーション)を振りかける。

 折れ曲がった腕が元の位置に戻り、折れた骨もあっという間に再生された。

 

「何だ、今の動きは?」

「目で追えなかったぞ……」

「一瞬でアイツの背後に回ったなんて」

「何もんだ? あの女のガキは」

 

 一瞬の出来事にざわつく男達。

 

「その見慣れぬ体術に装束。娘、お前は何者だ?」

 

 温厚そうな表情を完全に消し、殺意の籠った声でナナミコに問うヤザム。

 誰もがナナミコの動きを目で追えなかったことで動揺する中で、一人冷静なヤザムであった。

 

 その問いにナナミコは、リアナの「よしなに」という言葉を聞き、両手を頭の上に乗せ下を向き。

 ゆっくりとまた顔を上げると、人間の耳が霧散して消え、猫耳が二つ頭の上に生えて来て、お尻の尾骨に当たる部分から黒色短毛の尻尾が生えてきて左右にゆらりと揺れ動く。

 

「貴様、魔物か!?」

 

 ヤザムが叫ぶと、全員が一斉に剣を構え、攻撃態勢を取る。

 

「はい。番外魔王の配下であり、七百七十七番を(たまわ)った眷属です。お見知り置きはしなくて結構ですよ。フフッ」

「「「「「なっ!?」」」」」

 

 番外魔王の眷属と聞いて、ヤザムを含む全員が絶句する。 

 

 しかしそんな中、ヤザムは元ファルムス王国騎士団の隊長であったこともあり、直ぐに平静を取り戻し、状況を分析する。

 

(番外魔王の眷属は、強さで言えば、Aランク相当と言われている。ならば、ここにいる三十人で押し切れよう。Aランクが私を含め三人、Bランクが二十一人に、後はCランクが六人。うむ、いけるな。しかし、ガットエランテが傭兵商会ルヴナンと繋がりがあるとは、この情報、何としてもバンズ侯爵様へ持ち帰らなければ。フッフッフッ、西方評議会にこの事を伝えれば、あの魔王リムルがいかに狡猾で危険な魔物か、世界に知らしめる事が出来ますな)

 

 そう考えながらヤザムは、じりじりとナナミコを扇状に囲んでいく男達に指示を出す。

 

「完全に囲むではないぞ。同士討ちは避けよ! 剣に付与されている火属性魔法の最大火力で一気に仕留める。高い金を出してお前達を雇ったのだ、成果を見せよ!」

 

 しっかりとした大きな声が、周囲に響き渡る。 

 

 ナナミコは、リアナを自分の後方から外れるように、ゆっくりと動く。

 両手を袂に入れたまま、自分を囲む三十人の男達を静かに見渡す。

 

 さっきまでは日が差し明るかった遺跡周辺も、空に広がった暗灰色(あんかいしょく)の雲がいつの間にか完全に日光を遮り、薄暗くなっていた。

 

 ヒュウーッと風が遺跡の中を通り抜けていき、馬車の(ほろ)がバタバタと風に煽られ音を立てる。

 

 ナナミコに向けられた、刻印魔法付与式ブロードソードの剣先が、ポワッと赤く光り輝き始め、やがてそれは人の拳大の大きさから、バスケットボール大の火球を作り出す。

 

 そして、ヤザムが右手を真上に上げると――

 

(はな)てぇ――ッ!」

 

 掛け声と共に右手を降り下ろした。

 

 

 一斉に撃ち出された三十もの真っ赤に燃え盛る火球が、ナナミコ目掛けて襲い来る。

 

 

 





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