忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。139話です

 ツキハ

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 コハク

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 傭兵商会ルヴナン・真の紋章


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 ※〝打刀〟
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139話 貸し一つやで

 

 

 

 翌日の早朝。

 

 

 リムルは、いつも通りに一度執務室で溜まった決済書類等を片付けて、シュナの入れたコーヒーを飲んで一服していた。

 

(さて、この後は闘技場建設現場を視察して、ラミリスの所でも行ってみるかな)

 

 そんな事を思いながら窓の外を眺めていると、執務室のドアをノックする音が軽やかに鳴る。

 

 シュナがドアを開けると、入って来たのはミョルマイルであった。

 

「おはようございます、リムル様。それに皆様方」

「おはようミョルマイル」

「「おはようございます」」

 

 リムルにシュナやシオンに挨拶をして、リムルの前に立つミョルマイル。

 

 リムルは椅子に座ったまま、朝早くから来たミョルマイルに、どんな用件なのか尋ねる。

 

「ところで、朝早くからどうしたんだ、ミョルマイル?」

「はい。実はですな、この年の終わり近くに、イングラシア王国の裏酒場街にある地下闘技場で、今年最後の賭け試合が行われるのですが、参考がてらに視察なさいませんか?」

「お! いいなそれ。何時(いつ)開かれるんだ、それ?」

「今から四日後のとの事です」

「四日後かぁ……よし、行ってみるか」

「わかりました。それでは私がお供に――」

「シオン、それは駄目だ」

「え!? 何故ですかリムル様!」

 

 リムルが出かけると聞くや、シオンも護衛として行くと言い出すも、リムルから待ったがかかる。

 

「リムル様。私は第一秘書として、御傍を離れる訳には参りません!」

「うーん。でもな、イングラシア王国は人間の住む街だ。お前さ、擬態とか変化(へんげ)出来ないだろ?」

「そんなもの気合でどうとでもなります!――」

「ならねえよ!」

「え、え、でも……」

 

 リムルの言葉に、気合でとか言い出すシオンに一喝するリムル。

 それにシュンとなったシオンだが、リムルがシオンを優しく諭す。

 

「大丈夫だって。俺の影にはランガだっているし、お忍びの視察だから無茶はしない。ミョルマイルだっているしな」

「で、ですが……」

「今、人間の国で目立つ事は避けたい。わかるだろ、シオン?」

「はい……わかりました、リムル様」

 

 今が一番大事な時だとは理解しているシオンは、大人しくリムルの言葉に従った。 

 

「ランガ、ミョルマイル殿。リムル様を頼みましたよ」

 

 シオンの言葉に、リムルの影から頭だけをニュッと出したランガ。

 

「任されよシオン殿」

「了解しましたぞ、シオン殿」

 

 シオンの言葉に力強く答えるランガとミョルマイルであった。

 

 そして、これで用件は終わったのだろうとリムルが席を立とうとした時、ミョルマイルが思い出したように口を開いた。

 

「そうでした、リムル様。もう一つ大事な案件が御座いました」

「ん? 何だそれは?」

「はい。先だってのベルヤード男爵の件なのですが――」

「あぁ! あの件か」

 

 ミョルマイルから切り出されたベルヤード男爵の件で、思い出したリムル。

 そう、ベルヤード男爵の知人の奥方の件だった。

 

「着いたのか?」

「はい。先程こちらに着きましてで御座います。今は、温泉旅館の方でお休みになられていますが、如何なさいますか?」

「うーん、そうだな。俺が出向のも物々しいから、こちらに来てもらえるのは問題ないか?」

「ええ、問題はないでしょう。執務室で宜しいですかな?」

「ああ、構わない」

「では、早速呼んで参ります」

 

 そう言うとミョルマイルは、足早に執務室を後にする。

 

 暫くすると、ミョルマイルがベルヤード男爵の知人を連れて執務室にやって来て、リムルは応接室の方へと、三人を案内する。

 

 応接室に入ると、ミョルマイルがリムルに二人を紹介し、ベルヤード男爵の知人がリムルに挨拶をする。

 

「リムル様。こちらが、ベルヤード男爵の知人である、ロンバート男爵様と、その奥方様です」

「お初にお目にかかります、魔王リムル陛下。私が、ミョルマイル殿の紹介に預かりましたブリック・フォン・ロンバートで御座います。そしてこちらは、私めの妻――」

「ブリックの妻、モーラで御座います。お目にかかれて光栄で御座います、魔王リムル陛下。目が見えぬ故の御無礼をお許し下さい」

 

 深く腰を折り頭を下げたロンバート男爵と、目を閉じたまま右足を少し前に出して左足も少し後ろに引き、背筋を伸ばしたままドレスの両端を押さえるように膝を軽く曲げ、挨拶をする奥方。

 

「よく来てくれたロンバート男爵に、奥方殿。遠慮せずに座ってくれ」

 

 リムルが先に椅子に座り、ロンバート男爵夫妻に座るよう促す。

 ロンバート男爵はモーラの手を取り、ソファーに誘導して座らせると自分もソファーに腰を下ろす。

 ミョルマイルは座らずに、リムルの後ろへと回りそこに控える。

 

(へえ。あの奥方、俺が魔王だと聞いて恐れないんだ。ミョルマイルから色々聞いていたのかな?)

 

 優雅に挨拶したモーラの動じてない姿に、少し驚いたリムルだった。

 

 シュナがお茶を運んできて、リムルとロンバート男爵夫妻の前にお茶を並べていく。

 

 リムルは夫妻にどうぞと促すと、ロンバートはモーラの右手を取り、ティーカップの方へと持っていき、モーラはティーカップを手に取り一口飲むと、もう一口飲んだ。

 

 リムルも半分ほど飲むとカチャリとカップを置き、今回の件を切り出していった。

 

「早速だけど、ロンバート男爵。どうして奥方の目が見えなくなったのか、聞かせてくれないか?」

「はい、リムル陛下。あれは、七年前の深夜でした。寝ていたモーラが突然起きて、光が溢れると申したのです」

「光が、溢れる?」

「はい。モーラ」

 

 そこでリムルはモーラ夫人の方へ視線を移すと、ベルヤード男爵がモーラの右手に自分の手を重ね、次にモーラが話し出す。

 

「寝ていた時に、不意に頭の中で何かが弾けたのです。最初は、小さく雨粒のような光が次第に大きくなり、やがてそれは、花開く様に光の嵐が巻き起こり……。一気に弾け視界が真っ白になり、その後に訪れたのは漆黒の闇でした。それから七年間、私の視力は失われたままなのです。夫であるブリックがあらゆる伝手(つて)辿(たど)り、回復魔法士やポーションなどを私に試しましたけども、どれも効果はありませんでした」

「ふーむ。怪我や病気では無いという事なのか……。そうだ、西方聖教会の神聖魔法は試してみたか?」

「はい。神官の神聖魔法を妻に施してもらいましたが、結果は……」

 

 モーラ夫人の説明にリムルが問うと、それにロンバートが答え、肩を落とす。

 

「ふむ。それじゃあモーラ殿、目を見せてもらえるかな?」

「はい」

 

 モーラ夫人の返事を聞いたリムルは、早速診察に取り掛かる。

 

 リムルに促され、目を開くモーラ。

 そして、リムルは「失礼」と言い、モーラ夫人の目を覗き込む。

 

(ふむふむ……。ん? 瞳が銀色がかっている? これは……瞳の中で光が渦を巻いて、いる?)

 

 どうにも不可思議な目の状態にリムルは、『解析鑑定』をかけてモーラ夫人を見る。

 

(うーん……どこにも異常はないみたいに見えるけども……)

 

 『解析鑑定』の結果が出ると、智慧之王(ラファエル)がある事をリムルに告げる。

 

《告。個体名:モーラの健康状態から推測しても、突発的に視力が失われたというのは不自然です》

『だよなぁ。健康状態は良好だけど、少し痩せているか?』

《是。それと、個体名:モーラの体内を巡る魔力が暴走状態である傾向が見受けられます》

『へ? 魔力暴走?』

 

(魔力暴走状態で失明とか、あるのか?)

 

 そんな疑問を頭に浮かべ、リムルはロンバート男爵に問うてみた。

 

「ロンバート男爵。奥方は、魔法とか使える? もしくは能力(スキル)を持っているとか?」

「いえ、それはないです。私の方もですが、妻の方の家族も能力(スキル)持ちはいませんし、魔法は使えません」

「そっかぁ。うーむ……」

 

 ロンバート男爵の返答に頭を悩ませるリムル。 

 

 するとそこへ――

 

 コハクが執務室へ入って来た。

 

「邪魔するでぇ。リムルはいてはるか?」

「これはコハク様。リムル様は、只今来客中です」

 

 シュナがそれに答える。

 

「さよかぁ。ルードネスに志願して来た者の三百人分の名簿持って来たんやけど。シュナ、これをリムルに渡しておいてくれはるか?」

「はい。後で、リムル様にお渡ししておきますね」

「頼むで。ほな、また後で来るさかい――」

 

 コハクがそう言って立ち去ろうとした時、リムルはある事を思い付く。

 

(そうだ。コハクにも見てもらおう。何かわかるかも知れない)

 

 リムルはガバッと席を立つと、夫妻に「少し失礼」と言い、慌てて応接室を出る。

 

「コハク! ちょっといいか?」

 

 扉を開けて出かかったコハクを、リムルが呼び止めた。

 

「ん? 来客中やろ? どしたんやリムル」

「ああ、そうなんだけど。ちょっと応接室に来てもらえないかな?」

「はい? かましまへんけども、なんやねん」

「いいからいいから。スマンな」

 

 リムルはそう言いながらコハクを応接室に招き入れた。

 

 コハクの事を簡単に紹介すると、流石にロンバート男爵夫妻は驚いたが、夫人の方は驚くも至って冷静であった。ロンバート男爵の方は、あの悪名高き番外魔王の一人だとわかり、どこか落ち着かないような様子だった。

 

 応接室に入ったコハクが、ミョルマイルとソファーに座るロンバート男爵夫妻を見て、状況が呑み込めないような表情で首を傾げる。

 

 そんなコハクに、リムルが夫妻の事を説明して、奥方の目が原因不明の病に犯されていると話す。

 

 それを聞いたコハクがモーラの近くまでいき、(かが)みこむように見開かれたモーラの目を見る。

 

「なんや、これは……。また、けったいな症状どすなぁ」

「病気ではないみたいに見えるんだよな」

「せやね。これな、病気じゃあらへんで」

「「「「え!?」」」」

 

 コハクが事無げに言った言葉に、リムル達が驚きの声を上げる。

 

 そんな声を聞き流すようにコハクは、モーラに声をかける。

 

「奥方はん。ちょーっと触るんやけど、よろしおすか?」

「はい。どうぞ」

 

 了承を得たコハクは、右人差し指先でモーラの額の真ん中に触れる。

 

(ん~。これは、一般人より魔力が高い? でも、魔法は習得してないどすなぁ)

 

 『解析鑑定』でモーラを見て、指先から伝わる魔力の流れを感じ取り、コハクはある結論に至る。

 そして、『思考加速』三十万倍をかけた『思念伝達』でリムルに話しかける。

 

『リムル。原因がわかったで』

『お! で、原因は何だ?』

『魔力回路が一部絡まった状態やねん』

『魔力回路?』

『せや。あんさんもそれくらいは知ってるやろ。体内の魔力が流れる、道みたいなもんや。要するに、血管や神経みたいなもんと、言った方がええかも知りまへんな』

『ああ、そうだな。魔力が流れ、制御する神経みたいなもんか』

『まあ、簡単に言うとな。その魔力が暴走状態になって、目の神経を魔力回路が圧迫してるんや。普通ならもう死んでいてもおかしゅうないんやけど、元々魔素に対する耐性が高いんやろうな。それで、暴走状態でも何とか生きている、という事やねん』

『なるほど。それで目が見えなくなっただけで済んでいると?』

『せやね。能力(スキル)を持たないのに魔素量(エネルギー)だけが増えてもうて、体内に発生した魔力の行き場がなくなってしまった結果やろうね』

『え!? そうなのか?』

『たま-にあるんや、こんな事が。多分先祖返りやねん』

『先祖返り、だと?』

『ご先祖様の誰かが能力(スキル)持ちやったんやないか? それが不完全な形で具現化して、魔力だけ増大したんやろな。その影響で魔力が暴走状態になった。そして、身体にえらい負荷がかかって魔力回路が一部破損して絡まったんやろうて』

『そっかぁ……。でさ、その症状は治せるのか?』

『無理や。今は魔力暴走状態で無理やり体外に魔素(エネルギー)を排出してるけども、七年もようもったほうやで。アンタなら、この意味はわかるやろ、リムル?』

『あぁ……』

『魔力回路はデリケートなんや。あんさんも、シュナの忍魔術修行聞いてるやろ?』

『聞いてる。何度か魔力回路に負荷をかけ過ぎて、危うく魔力暴走状態になりかけたと言っていた。でもさ、何でお前らだけは、そうポンポンと魔力回路を切り替えられるんだ? それこそ摩訶不思議というやつだよ』

『さあな、ようわからしまへん』

『はい? よくわからんで使ってたのかよ!?』

『そう()うてもなぁ、うちらは印を切る事で魔力回路を操作してるだけやねん。多分やけども、前世が関係してるんと違いますやろか?』

『忍びの術か。俺のいた日本とは違う、別の世界の忍術』

『まあそれよりもや。あんさんは助けたいんやろ? あの奥方はんを』

『そうだ。俺は、あのモーラ殿を助けたい』

『さよか。なら、一つだけ手があるで』

『なにっ!? どんな方法だ?』

『上位の神聖回復魔法や。あのルミナスが使ったクラスのな』

『え? ルミナスの神聖回復魔法?』

『せやねん。あれなら絡まった魔力回路を修復出来るで』

『ルミナスか……。どうやって頼めばいいんだろ?』

『何()うてますねん。そんなん自分で考えなはれ』

『ええ? コハクさん、頼んでくれないかな?』

『無理や。例え出来たとしても、どんな無理難題な見返りを要求されるか、わかったもんじゃあらへん』

『うー。どうしよ?』

『……はあっ。ほんま、仕方ありまへんな。裏技ならあるで』

『え? 裏技ですか、コハクさん?』

『せやけど、()こうつくでぇ? リムル』

『え、あ、うーん……。わかった、頼むコハク。で、どうやるんだ?』

『簡単や。うちらは魔力回路を自由に操作出来るんやで』

『そうか! なら、他人の魔力回路も弄れると?』

『正解や』

『あ、でも。コハクも神聖魔法使えるんじゃなかったっけ?』

『へぇ。でも、ルミナスほどの神聖回復魔法は無理やで。あれは、魔法と言うより別もんや』

『なるほど。まあ、そうそう万能じみたトンデモ能力(スキル)を持つものはいないしな。ハハッ』

『あんさんがそれ()わはるか?』

『え?』

『なんでもあらへん。貸し一つやで、リムル』

『お、おう』

『後は、うちが何とかしたる。任せなはれ』

 

 そう言うとコハクは『思考加速』と『思念伝達』を解除した。

 現実世界では一秒にも満たない時間である。

 

 『思念伝達』を終えたコハクは、モーラ夫人にある事を尋ねてみた。

 

「奥方はん。あんさん、死期が近いのを悟っていますやろ?」

「え!? モーラ……」

 

 コハクが言った言葉にロンバート男爵は絶句し、モーラ夫人は黙ったまま少し憂いた笑みをコハクに見せた。

 

「あんさんの命は持って、後一年あるかないかおすな。魔力暴走したまま七年も身体が持ったのは、奇跡やねん。でも、もう限界が来てる。だからあんさんは、魔王を前にしても恐れず、悪名高いうちを前にしても、(こわ)なかったんやろ?」

「番外魔王様は、そこまで見抜かれていたのですね。仰る通り何となくですが、近い内に暴走したままの魔力が、私を燃やし尽くすとは、薄々わかっていました」

「さよか。リムルも魔力暴走には気付いておったで。ただ、その特異な体質だけは特定出来ひんかっただけやねん」

 

 それを聞いたロンバート男爵の手はモーラの手をギュッと力強く握りしめ、下を向いたまま唇がワナワナと震えていた。

 

 そして、やおら立ち上がると、コハクの顔を真っ直ぐに見て振り絞るように口を開く。

 

「ば、番外魔王様、妻は、モーラの命を救う手立ては、ないのでしょうか……。番外魔王様の御力で、何とか出来ませぬ、か……」

 

 ロンバート男爵は、何とか出した言葉の後にコハクの前まで歩み寄ると、(ひざまず)(こうべ)を垂れる。

 

 それを何も言わず見下ろすコハク。

 

 リムルは黙ったまま、口を一切挟む事はなかった。

 

「ロンバート男爵。奥方はんの目を治す事も命を助ける事もできるで。それにその対価は、既にもらったんどすえ」

「本当ですか? しかし、どなたにでしょうか!?」

 

 その言葉を聞いたロンバート男爵はガバッと顔を上げ、コハクを見る。

 

「リムルや」

「り、リムル陛下に、ですか?」

「せや。ロンバート男爵、魔王リムルは人も魔物も区別はせえへん。ただし、敵意を向けたら、誰であろうとその限りやあらへんけどな」

「はい。重々承知を致しております。番外魔王様」

 

 コハクがロンバート男爵に告げた言葉を聞き、モーラ夫人がロンバート男爵に呼びかけた。

 

「ブリック」

 

 モーラはソファーから立ち上がると右手を差し出し、それを見たロンバート男爵は立ち上がりモーラの傍まで行くと、差し出された手をそっと引き、リムルの前まで誘導した。

 

 そして二人してリムルの前に跪くと、感謝の言葉を述べた。

 

「リムル陛下。この度の寛大なる御心、感謝の念に堪えません。このロンバート、陛下の目指す人類と魔物の共存共栄に、微力ながらお力添えをさせて頂きたく存じます。そして、番外魔王コハク様、本当にありがとう御座います」

「本当に、本当に感謝致します。魔王リムル陛下、番外魔王コハク様」

「ああ。ブルムンド王国とは同盟関係にある。これからも、宜しく頼むよロンバート男爵」

「へぇ。たまたまうちがここに来たから出来た事や、運が良かったと思いなはれ。ほな、始めましょか」

 

 二人のお礼の言葉にリムルは笑顔で答え、コハクも柔らかい表情で返し、治療を始める宣言をする。。

 

 コハクは、モーラ夫人にソファーに寝るように促すと、次の言葉を言う。

 

「ええか、奥方はん。今からあんさんの絡まった魔力回路を修復するで」

「魔力、回路ですか?」

「せやねん。この世界に生きる者達は、魔物であれ、人間であれ、皆が身体の内に持つものなんや。目には見へんけどな。でな、これを修復しても、増大した魔素量(エネルギー)は元には戻らんねん。まあ、魔力も溜め込むだけは溜め込むのは、普通の人間の身体には毒や。せやなぁ、簡単な初歩の魔法でも覚えて、毎日適度に使いなはれ。生活魔法でもなんでもええやろ」

「はい。仰せの通りに、番外魔王コハク様」

「ええ子や。ほないくで」

 

 そう言うとコハクは五つ印を切り、両手を眼前でパンと叩き合わせ、モーラ夫人の胸の真ん中に右手を置いた。

 

 その様子を心配そうに見守るロンバート男爵。

 

 リムルはその時、コハクの右手の平から無数の極小の光の線が走り、モーラ夫人の体内に吸い込まれるように消えたのを見た。

 

 一瞬、小さくうっと唸ったモーラ夫人であったが、()ぐに穏やかな表情に戻る。

 

(やっぱりなぁ。この魂に連なる系譜(けいふ)にユニークスキル持ちがいたんやな……)

 

 コハクは魔力回路を修復させるついでに、モーラ夫人の魂の記憶に少しだけ触れ、先祖の血筋を辿(たど)った。

 

(ふーん、なるほど……。奥方はんの母親が分家筋おすか。ユニークスキル持ちの直系から分かれた血筋なんやな。これは、ほんまに(まれ)なケースやねぇ……)

 

 集中するように目を細め、ブツブツと小さく呟くコハク。

 

 そんなコハクを見ながらロンバート男爵は、ソファーの背もたれ越しに何かに祈るように両手を握りしめていた。

 

(あれは……魔法じゃないよな? コハクが印を切った瞬間に見えた無数の光る線は、何だろう?) 

 

 コハクの行っている行為に疑問を浮かべたリムルに、智慧之王(ラファエル)が答えてきた。

 

《告。個体名:コハクが行った行為は自分の魔力回路を、個体名:モーラの魔力回路に接続したものと判断します》

『え? そんな荒業みたい事をやっているのってか、出来るのか?』

《是。忍魔術、恐らく幻遁と神聖魔法を応用した独自のモノかと推測します》

『へえー。でさ、詳細はわかるのか智慧之王(ラファエル)先生?』

《否。重要部分が妨害されて詳細が掴み切れません》

能力(スキル)隠蔽ね。まあ、そうだわな。いくら傭兵契約を交わしているからといって、おいそれと手の内を見せる訳ないしな』

 

 智慧之王(ラファエル)の返答にリムルは納得を示し、コハクの治療を注視していく。  

 

(先ずここやな。心臓に近いところの魔力回路が破損して、そのままになってるどすな。ここを……)

 

 コハクを目を閉じ、更に集中力を高めていった。

 自分の魔力回路を神経のようにモーラ夫人の体内に広げ、モーラ夫人の魔力回路に接続して、暴走している魔力を正常な流れに導く。

 

(……ふう。ここはええな。残るは頭部の目の神経に当たるところの(から)まりを……)

 

 …………

 

 ……

 

(よし……(ほぐ)れた魔力回路を元通りに馴染ませて……。ここで魔力を全身に巡らせ……。うん、きちんと魔力が巡り始めはりましたな)

 

 スッと目を開けたコハクは、短く一つ息を吐く。

 

「はあっ……終わったで」

 

 コハクは、モーラ夫人の胸から手を離し、そう皆に告げた。

 

 直ぐにロンバート男爵がモーラ夫人の傍に来て、優しく体を起こす。

 

 まだ目を閉じたままのモーラ夫人に、コハクが声をかける。

 

「奥方はん。ゆっくりと、目を開けて見なはれ」

 

 モーラ夫人は言われた通りにゆっくりと、目を開けていく。

 

 しかし、開けた目の視界は、霧がかかったように白くぼやけていた。

 だがそれも、段々と霧が晴れるように視界が徐々にハッキリして来て、(うつむ)き加減に見下ろしていた自分の両手の平が、鮮明に映し出されていった。

 

「み、みえ、見えます……」

「モーラ……」

「ブリック……」

 

 ロンバート男爵は片膝を付き、モーラの両肩にそっと手を置いた。

 

 モーラ夫人は、七年ぶりにみる夫の顔の両頬に手を添えると、ロンバート男爵の目を見つめた。

 すると、夫人の目には涙が溢れて来て、今にも零れ落ちそうになる。

 

 やがてその涙はモーラ夫人の頬を伝い、スーッと流れ落ちて床に落ちた。

 

 そしてロンバート男爵は片膝を付いたまま、ソファーに座るモーラ夫人を抱きしめた。

 

 暫くの間応接間に静寂の時間が訪れる……。

 

 時折モーラ夫人のすすり泣く声が響くも、次第にそれは小さくなり、二人は抱き合った体を話すと、立ったままロンバート男爵夫妻を見ていたリムルとコハクの前に来る。

 

 そして、ロンバート男爵が口を開く。

 

「魔王リムル陛下、番外魔王コハク様。この御恩は、私の一生を掛けてでも報いて見せます」

「うむ。しかし貴方は、ブルムンド国王に仕える身。その国王に背かない範囲で尽力してくれればいいさ」

 

 そう言うとリムルは右手を差し出し、それに答えるようにロンバート男爵は立ち上がり、しっかりと差し出されたを握った。

 

 モーラ夫人も同じように立ち上がり、リムルの手を握った。

 

 

 そして、今までリムルの隣にいたコハクを捜すように視線を動かすと、既にコハクは応接室の扉の前にいて、ロンバート男爵とモーラ夫人の方へ向き直る。

 

「助かったよコハク。ありがとう」

 

 リムルがにっこりと笑顔で言うと、コハクは「へぇ」と一言だけ返す。

 

 ロンバート男爵とモーラ夫人はコハクに向かって深く腰を折り、礼をする。

 

「ほな、いくで。モーラ、魔法の取得、おきばりやす」

 

 そう言ったコハクの顔は、十七歳の頃の顔ではなく、千年以上生きた女の顔をしていた。

 カチャリと扉を開けると、静かに応接室を後にするコハクであった。

 

 モーラ夫人は、今日初めて名前で呼ばれたのが嬉しかったのか、礼をしたまま笑みを浮かべ「ありがとう御座います」と、小さく呟いた

 

(え!? へえー、コハクのヤツあんな顔もするんだなぁ……)

 

 いつもとは違う顔を見せたコハクに一瞬見蕩(みと)れるリムル。

 

 すると、執務室にいるシオンが不穏じみた気配を漂わせてきたので、慌ててロンバート男爵夫妻に、今日はどうするのかと聞き。

 

 ロンバート男爵は今日一泊して、明日ブルムンド王国へ帰ると言った。

 

 それならばとリムルは、晩方に細やかなる会食を開くがどうかと提案し、ロンバート男爵夫妻はそれを快く受けた。

 

 

 こうしてロンバート男爵夫妻は、楽しい一日を魔国連邦(テンペスト)で過ごし、次の日の朝にはブルムンド王国へと帰って行った。

 

 ロンバート男爵夫妻を見送った後のリムルは、闘技場建設現場へと足を向けた。

 

 

 そんなリムルとは別に、智慧之王(ラファエル)は番外魔王が自分の存在に気付いている事を悟り、どのような対策を取るか思案していた時に、不可思議なノイズに襲われる。

 

《個体名:番外魔王コハク。やはり気付いているのは間違いないでしょう》

主様(マスター)の脅威となるか否か、見極めなければなりません》

《しかしあの二人の中に潜むアレは……》

 

 チリッ チリリ チリリリリッ ヂリッ

 

 不意に襲う、解析不明な情報の嵐。

 

《このノイズは……?》

《遠い、遥か遠い創世の頃のアーカーシャの記録に……記録……存在……? ……無? ☆△×■命◇? ★≒*◇〃域? ……》

 

 ヂリリッ ヂヂッ チリッ チッ ヂッ

 

 やがてそれは、波が引くように鳴りを潜め、音を消す。

 

《今のは? 一瞬流れてきた記憶? 記録? ……解析不能。再度解析鑑定……一部解析成功。先程のは時空震ノイズ。発信源は……不明。個体名:コハク、個体名:ツキハ。この二人とは、一度話さなければならないかも知れません。主様(マスター)の為にも……》

 

 智慧之王(ラファエル)を襲った意味不明な時空震ノイズ。

 

 その正体が掴めないも、番外魔王ツキハとコハクに関係があるのではと推測した智慧之王(ラファエル)

 

 そして、ある事を決断する智慧之王(ラファエル)であった。

 

 

 





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