忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件 作:にゃんころ缶
翌日の早朝。
リムルは、いつも通りに一度執務室で溜まった決済書類等を片付けて、シュナの入れたコーヒーを飲んで一服していた。
(さて、この後は闘技場建設現場を視察して、ラミリスの所でも行ってみるかな)
そんな事を思いながら窓の外を眺めていると、執務室のドアをノックする音が軽やかに鳴る。
シュナがドアを開けると、入って来たのはミョルマイルであった。
「おはようございます、リムル様。それに皆様方」
「おはようミョルマイル」
「「おはようございます」」
リムルにシュナやシオンに挨拶をして、リムルの前に立つミョルマイル。
リムルは椅子に座ったまま、朝早くから来たミョルマイルに、どんな用件なのか尋ねる。
「ところで、朝早くからどうしたんだ、ミョルマイル?」
「はい。実はですな、この年の終わり近くに、イングラシア王国の裏酒場街にある地下闘技場で、今年最後の賭け試合が行われるのですが、参考がてらに視察なさいませんか?」
「お! いいなそれ。
「今から四日後のとの事です」
「四日後かぁ……よし、行ってみるか」
「わかりました。それでは私がお供に――」
「シオン、それは駄目だ」
「え!? 何故ですかリムル様!」
リムルが出かけると聞くや、シオンも護衛として行くと言い出すも、リムルから待ったがかかる。
「リムル様。私は第一秘書として、御傍を離れる訳には参りません!」
「うーん。でもな、イングラシア王国は人間の住む街だ。お前さ、擬態とか
「そんなもの気合でどうとでもなります!――」
「ならねえよ!」
「え、え、でも……」
リムルの言葉に、気合でとか言い出すシオンに一喝するリムル。
それにシュンとなったシオンだが、リムルがシオンを優しく諭す。
「大丈夫だって。俺の影にはランガだっているし、お忍びの視察だから無茶はしない。ミョルマイルだっているしな」
「で、ですが……」
「今、人間の国で目立つ事は避けたい。わかるだろ、シオン?」
「はい……わかりました、リムル様」
今が一番大事な時だとは理解しているシオンは、大人しくリムルの言葉に従った。
「ランガ、ミョルマイル殿。リムル様を頼みましたよ」
シオンの言葉に、リムルの影から頭だけをニュッと出したランガ。
「任されよシオン殿」
「了解しましたぞ、シオン殿」
シオンの言葉に力強く答えるランガとミョルマイルであった。
そして、これで用件は終わったのだろうとリムルが席を立とうとした時、ミョルマイルが思い出したように口を開いた。
「そうでした、リムル様。もう一つ大事な案件が御座いました」
「ん? 何だそれは?」
「はい。先だってのベルヤード男爵の件なのですが――」
「あぁ! あの件か」
ミョルマイルから切り出されたベルヤード男爵の件で、思い出したリムル。
そう、ベルヤード男爵の知人の奥方の件だった。
「着いたのか?」
「はい。先程こちらに着きましてで御座います。今は、温泉旅館の方でお休みになられていますが、如何なさいますか?」
「うーん、そうだな。俺が出向のも物々しいから、こちらに来てもらえるのは問題ないか?」
「ええ、問題はないでしょう。執務室で宜しいですかな?」
「ああ、構わない」
「では、早速呼んで参ります」
そう言うとミョルマイルは、足早に執務室を後にする。
暫くすると、ミョルマイルがベルヤード男爵の知人を連れて執務室にやって来て、リムルは応接室の方へと、三人を案内する。
応接室に入ると、ミョルマイルがリムルに二人を紹介し、ベルヤード男爵の知人がリムルに挨拶をする。
「リムル様。こちらが、ベルヤード男爵の知人である、ロンバート男爵様と、その奥方様です」
「お初にお目にかかります、魔王リムル陛下。私が、ミョルマイル殿の紹介に預かりましたブリック・フォン・ロンバートで御座います。そしてこちらは、私めの妻――」
「ブリックの妻、モーラで御座います。お目にかかれて光栄で御座います、魔王リムル陛下。目が見えぬ故の御無礼をお許し下さい」
深く腰を折り頭を下げたロンバート男爵と、目を閉じたまま右足を少し前に出して左足も少し後ろに引き、背筋を伸ばしたままドレスの両端を押さえるように膝を軽く曲げ、挨拶をする奥方。
「よく来てくれたロンバート男爵に、奥方殿。遠慮せずに座ってくれ」
リムルが先に椅子に座り、ロンバート男爵夫妻に座るよう促す。
ロンバート男爵はモーラの手を取り、ソファーに誘導して座らせると自分もソファーに腰を下ろす。
ミョルマイルは座らずに、リムルの後ろへと回りそこに控える。
(へえ。あの奥方、俺が魔王だと聞いて恐れないんだ。ミョルマイルから色々聞いていたのかな?)
優雅に挨拶したモーラの動じてない姿に、少し驚いたリムルだった。
シュナがお茶を運んできて、リムルとロンバート男爵夫妻の前にお茶を並べていく。
リムルは夫妻にどうぞと促すと、ロンバートはモーラの右手を取り、ティーカップの方へと持っていき、モーラはティーカップを手に取り一口飲むと、もう一口飲んだ。
リムルも半分ほど飲むとカチャリとカップを置き、今回の件を切り出していった。
「早速だけど、ロンバート男爵。どうして奥方の目が見えなくなったのか、聞かせてくれないか?」
「はい、リムル陛下。あれは、七年前の深夜でした。寝ていたモーラが突然起きて、光が溢れると申したのです」
「光が、溢れる?」
「はい。モーラ」
そこでリムルはモーラ夫人の方へ視線を移すと、ベルヤード男爵がモーラの右手に自分の手を重ね、次にモーラが話し出す。
「寝ていた時に、不意に頭の中で何かが弾けたのです。最初は、小さく雨粒のような光が次第に大きくなり、やがてそれは、花開く様に光の嵐が巻き起こり……。一気に弾け視界が真っ白になり、その後に訪れたのは漆黒の闇でした。それから七年間、私の視力は失われたままなのです。夫であるブリックがあらゆる
「ふーむ。怪我や病気では無いという事なのか……。そうだ、西方聖教会の神聖魔法は試してみたか?」
「はい。神官の神聖魔法を妻に施してもらいましたが、結果は……」
モーラ夫人の説明にリムルが問うと、それにロンバートが答え、肩を落とす。
「ふむ。それじゃあモーラ殿、目を見せてもらえるかな?」
「はい」
モーラ夫人の返事を聞いたリムルは、早速診察に取り掛かる。
リムルに促され、目を開くモーラ。
そして、リムルは「失礼」と言い、モーラ夫人の目を覗き込む。
(ふむふむ……。ん? 瞳が銀色がかっている? これは……瞳の中で光が渦を巻いて、いる?)
どうにも不可思議な目の状態にリムルは、『解析鑑定』をかけてモーラ夫人を見る。
(うーん……どこにも異常はないみたいに見えるけども……)
『解析鑑定』の結果が出ると、
《告。個体名:モーラの健康状態から推測しても、突発的に視力が失われたというのは不自然です》
『だよなぁ。健康状態は良好だけど、少し痩せているか?』
《是。それと、個体名:モーラの体内を巡る魔力が暴走状態である傾向が見受けられます》
『へ? 魔力暴走?』
(魔力暴走状態で失明とか、あるのか?)
そんな疑問を頭に浮かべ、リムルはロンバート男爵に問うてみた。
「ロンバート男爵。奥方は、魔法とか使える? もしくは
「いえ、それはないです。私の方もですが、妻の方の家族も
「そっかぁ。うーむ……」
ロンバート男爵の返答に頭を悩ませるリムル。
するとそこへ――
コハクが執務室へ入って来た。
「邪魔するでぇ。リムルはいてはるか?」
「これはコハク様。リムル様は、只今来客中です」
シュナがそれに答える。
「さよかぁ。ルードネスに志願して来た者の三百人分の名簿持って来たんやけど。シュナ、これをリムルに渡しておいてくれはるか?」
「はい。後で、リムル様にお渡ししておきますね」
「頼むで。ほな、また後で来るさかい――」
コハクがそう言って立ち去ろうとした時、リムルはある事を思い付く。
(そうだ。コハクにも見てもらおう。何かわかるかも知れない)
リムルはガバッと席を立つと、夫妻に「少し失礼」と言い、慌てて応接室を出る。
「コハク! ちょっといいか?」
扉を開けて出かかったコハクを、リムルが呼び止めた。
「ん? 来客中やろ? どしたんやリムル」
「ああ、そうなんだけど。ちょっと応接室に来てもらえないかな?」
「はい? かましまへんけども、なんやねん」
「いいからいいから。スマンな」
リムルはそう言いながらコハクを応接室に招き入れた。
コハクの事を簡単に紹介すると、流石にロンバート男爵夫妻は驚いたが、夫人の方は驚くも至って冷静であった。ロンバート男爵の方は、あの悪名高き番外魔王の一人だとわかり、どこか落ち着かないような様子だった。
応接室に入ったコハクが、ミョルマイルとソファーに座るロンバート男爵夫妻を見て、状況が呑み込めないような表情で首を傾げる。
そんなコハクに、リムルが夫妻の事を説明して、奥方の目が原因不明の病に犯されていると話す。
それを聞いたコハクがモーラの近くまでいき、
「なんや、これは……。また、けったいな症状どすなぁ」
「病気ではないみたいに見えるんだよな」
「せやね。これな、病気じゃあらへんで」
「「「「え!?」」」」
コハクが事無げに言った言葉に、リムル達が驚きの声を上げる。
そんな声を聞き流すようにコハクは、モーラに声をかける。
「奥方はん。ちょーっと触るんやけど、よろしおすか?」
「はい。どうぞ」
了承を得たコハクは、右人差し指先でモーラの額の真ん中に触れる。
(ん~。これは、一般人より魔力が高い? でも、魔法は習得してないどすなぁ)
『解析鑑定』でモーラを見て、指先から伝わる魔力の流れを感じ取り、コハクはある結論に至る。
そして、『思考加速』三十万倍をかけた『思念伝達』でリムルに話しかける。
『リムル。原因がわかったで』
『お! で、原因は何だ?』
『魔力回路が一部絡まった状態やねん』
『魔力回路?』
『せや。あんさんもそれくらいは知ってるやろ。体内の魔力が流れる、道みたいなもんや。要するに、血管や神経みたいなもんと、言った方がええかも知りまへんな』
『ああ、そうだな。魔力が流れ、制御する神経みたいなもんか』
『まあ、簡単に言うとな。その魔力が暴走状態になって、目の神経を魔力回路が圧迫してるんや。普通ならもう死んでいてもおかしゅうないんやけど、元々魔素に対する耐性が高いんやろうな。それで、暴走状態でも何とか生きている、という事やねん』
『なるほど。それで目が見えなくなっただけで済んでいると?』
『せやね。
『え!? そうなのか?』
『たま-にあるんや、こんな事が。多分先祖返りやねん』
『先祖返り、だと?』
『ご先祖様の誰かが
『そっかぁ……。でさ、その症状は治せるのか?』
『無理や。今は魔力暴走状態で無理やり体外に
『あぁ……』
『魔力回路はデリケートなんや。あんさんも、シュナの忍魔術修行聞いてるやろ?』
『聞いてる。何度か魔力回路に負荷をかけ過ぎて、危うく魔力暴走状態になりかけたと言っていた。でもさ、何でお前らだけは、そうポンポンと魔力回路を切り替えられるんだ? それこそ摩訶不思議というやつだよ』
『さあな、ようわからしまへん』
『はい? よくわからんで使ってたのかよ!?』
『そう
『忍びの術か。俺のいた日本とは違う、別の世界の忍術』
『まあそれよりもや。あんさんは助けたいんやろ? あの奥方はんを』
『そうだ。俺は、あのモーラ殿を助けたい』
『さよか。なら、一つだけ手があるで』
『なにっ!? どんな方法だ?』
『上位の神聖回復魔法や。あのルミナスが使ったクラスのな』
『え? ルミナスの神聖回復魔法?』
『せやねん。あれなら絡まった魔力回路を修復出来るで』
『ルミナスか……。どうやって頼めばいいんだろ?』
『何
『ええ? コハクさん、頼んでくれないかな?』
『無理や。例え出来たとしても、どんな無理難題な見返りを要求されるか、わかったもんじゃあらへん』
『うー。どうしよ?』
『……はあっ。ほんま、仕方ありまへんな。裏技ならあるで』
『え? 裏技ですか、コハクさん?』
『せやけど、
『え、あ、うーん……。わかった、頼むコハク。で、どうやるんだ?』
『簡単や。うちらは魔力回路を自由に操作出来るんやで』
『そうか! なら、他人の魔力回路も弄れると?』
『正解や』
『あ、でも。コハクも神聖魔法使えるんじゃなかったっけ?』
『へぇ。でも、ルミナスほどの神聖回復魔法は無理やで。あれは、魔法と言うより別もんや』
『なるほど。まあ、そうそう万能じみたトンデモ
『あんさんがそれ
『え?』
『なんでもあらへん。貸し一つやで、リムル』
『お、おう』
『後は、うちが何とかしたる。任せなはれ』
そう言うとコハクは『思考加速』と『思念伝達』を解除した。
現実世界では一秒にも満たない時間である。
『思念伝達』を終えたコハクは、モーラ夫人にある事を尋ねてみた。
「奥方はん。あんさん、死期が近いのを悟っていますやろ?」
「え!? モーラ……」
コハクが言った言葉にロンバート男爵は絶句し、モーラ夫人は黙ったまま少し憂いた笑みをコハクに見せた。
「あんさんの命は持って、後一年あるかないかおすな。魔力暴走したまま七年も身体が持ったのは、奇跡やねん。でも、もう限界が来てる。だからあんさんは、魔王を前にしても恐れず、悪名高いうちを前にしても、
「番外魔王様は、そこまで見抜かれていたのですね。仰る通り何となくですが、近い内に暴走したままの魔力が、私を燃やし尽くすとは、薄々わかっていました」
「さよか。リムルも魔力暴走には気付いておったで。ただ、その特異な体質だけは特定出来ひんかっただけやねん」
それを聞いたロンバート男爵の手はモーラの手をギュッと力強く握りしめ、下を向いたまま唇がワナワナと震えていた。
そして、やおら立ち上がると、コハクの顔を真っ直ぐに見て振り絞るように口を開く。
「ば、番外魔王様、妻は、モーラの命を救う手立ては、ないのでしょうか……。番外魔王様の御力で、何とか出来ませぬ、か……」
ロンバート男爵は、何とか出した言葉の後にコハクの前まで歩み寄ると、
それを何も言わず見下ろすコハク。
リムルは黙ったまま、口を一切挟む事はなかった。
「ロンバート男爵。奥方はんの目を治す事も命を助ける事もできるで。それにその対価は、既にもらったんどすえ」
「本当ですか? しかし、どなたにでしょうか!?」
その言葉を聞いたロンバート男爵はガバッと顔を上げ、コハクを見る。
「リムルや」
「り、リムル陛下に、ですか?」
「せや。ロンバート男爵、魔王リムルは人も魔物も区別はせえへん。ただし、敵意を向けたら、誰であろうとその限りやあらへんけどな」
「はい。重々承知を致しております。番外魔王様」
コハクがロンバート男爵に告げた言葉を聞き、モーラ夫人がロンバート男爵に呼びかけた。
「ブリック」
モーラはソファーから立ち上がると右手を差し出し、それを見たロンバート男爵は立ち上がりモーラの傍まで行くと、差し出された手をそっと引き、リムルの前まで誘導した。
そして二人してリムルの前に跪くと、感謝の言葉を述べた。
「リムル陛下。この度の寛大なる御心、感謝の念に堪えません。このロンバート、陛下の目指す人類と魔物の共存共栄に、微力ながらお力添えをさせて頂きたく存じます。そして、番外魔王コハク様、本当にありがとう御座います」
「本当に、本当に感謝致します。魔王リムル陛下、番外魔王コハク様」
「ああ。ブルムンド王国とは同盟関係にある。これからも、宜しく頼むよロンバート男爵」
「へぇ。たまたまうちがここに来たから出来た事や、運が良かったと思いなはれ。ほな、始めましょか」
二人のお礼の言葉にリムルは笑顔で答え、コハクも柔らかい表情で返し、治療を始める宣言をする。。
コハクは、モーラ夫人にソファーに寝るように促すと、次の言葉を言う。
「ええか、奥方はん。今からあんさんの絡まった魔力回路を修復するで」
「魔力、回路ですか?」
「せやねん。この世界に生きる者達は、魔物であれ、人間であれ、皆が身体の内に持つものなんや。目には見へんけどな。でな、これを修復しても、増大した
「はい。仰せの通りに、番外魔王コハク様」
「ええ子や。ほないくで」
そう言うとコハクは五つ印を切り、両手を眼前でパンと叩き合わせ、モーラ夫人の胸の真ん中に右手を置いた。
その様子を心配そうに見守るロンバート男爵。
リムルはその時、コハクの右手の平から無数の極小の光の線が走り、モーラ夫人の体内に吸い込まれるように消えたのを見た。
一瞬、小さくうっと唸ったモーラ夫人であったが、
(やっぱりなぁ。この魂に連なる
コハクは魔力回路を修復させるついでに、モーラ夫人の魂の記憶に少しだけ触れ、先祖の血筋を
(ふーん、なるほど……。奥方はんの母親が分家筋おすか。ユニークスキル持ちの直系から分かれた血筋なんやな。これは、ほんまに
集中するように目を細め、ブツブツと小さく呟くコハク。
そんなコハクを見ながらロンバート男爵は、ソファーの背もたれ越しに何かに祈るように両手を握りしめていた。
(あれは……魔法じゃないよな? コハクが印を切った瞬間に見えた無数の光る線は、何だろう?)
コハクの行っている行為に疑問を浮かべたリムルに、
《告。個体名:コハクが行った行為は自分の魔力回路を、個体名:モーラの魔力回路に接続したものと判断します》
『え? そんな荒業みたい事をやっているのってか、出来るのか?』
《是。忍魔術、恐らく幻遁と神聖魔法を応用した独自のモノかと推測します》
『へえー。でさ、詳細はわかるのか
《否。重要部分が妨害されて詳細が掴み切れません》
『
(先ずここやな。心臓に近いところの魔力回路が破損して、そのままになってるどすな。ここを……)
コハクを目を閉じ、更に集中力を高めていった。
自分の魔力回路を神経のようにモーラ夫人の体内に広げ、モーラ夫人の魔力回路に接続して、暴走している魔力を正常な流れに導く。
(……ふう。ここはええな。残るは頭部の目の神経に当たるところの
…………
……
(よし……
スッと目を開けたコハクは、短く一つ息を吐く。
「はあっ……終わったで」
コハクは、モーラ夫人の胸から手を離し、そう皆に告げた。
直ぐにロンバート男爵がモーラ夫人の傍に来て、優しく体を起こす。
まだ目を閉じたままのモーラ夫人に、コハクが声をかける。
「奥方はん。ゆっくりと、目を開けて見なはれ」
モーラ夫人は言われた通りにゆっくりと、目を開けていく。
しかし、開けた目の視界は、霧がかかったように白くぼやけていた。
だがそれも、段々と霧が晴れるように視界が徐々にハッキリして来て、
「み、みえ、見えます……」
「モーラ……」
「ブリック……」
ロンバート男爵は片膝を付き、モーラの両肩にそっと手を置いた。
モーラ夫人は、七年ぶりにみる夫の顔の両頬に手を添えると、ロンバート男爵の目を見つめた。
すると、夫人の目には涙が溢れて来て、今にも零れ落ちそうになる。
やがてその涙はモーラ夫人の頬を伝い、スーッと流れ落ちて床に落ちた。
そしてロンバート男爵は片膝を付いたまま、ソファーに座るモーラ夫人を抱きしめた。
暫くの間応接間に静寂の時間が訪れる……。
時折モーラ夫人のすすり泣く声が響くも、次第にそれは小さくなり、二人は抱き合った体を話すと、立ったままロンバート男爵夫妻を見ていたリムルとコハクの前に来る。
そして、ロンバート男爵が口を開く。
「魔王リムル陛下、番外魔王コハク様。この御恩は、私の一生を掛けてでも報いて見せます」
「うむ。しかし貴方は、ブルムンド国王に仕える身。その国王に背かない範囲で尽力してくれればいいさ」
そう言うとリムルは右手を差し出し、それに答えるようにロンバート男爵は立ち上がり、しっかりと差し出されたを握った。
モーラ夫人も同じように立ち上がり、リムルの手を握った。
そして、今までリムルの隣にいたコハクを捜すように視線を動かすと、既にコハクは応接室の扉の前にいて、ロンバート男爵とモーラ夫人の方へ向き直る。
「助かったよコハク。ありがとう」
リムルがにっこりと笑顔で言うと、コハクは「へぇ」と一言だけ返す。
ロンバート男爵とモーラ夫人はコハクに向かって深く腰を折り、礼をする。
「ほな、いくで。モーラ、魔法の取得、おきばりやす」
そう言ったコハクの顔は、十七歳の頃の顔ではなく、千年以上生きた女の顔をしていた。
カチャリと扉を開けると、静かに応接室を後にするコハクであった。
モーラ夫人は、今日初めて名前で呼ばれたのが嬉しかったのか、礼をしたまま笑みを浮かべ「ありがとう御座います」と、小さく呟いた
(え!? へえー、コハクのヤツあんな顔もするんだなぁ……)
いつもとは違う顔を見せたコハクに一瞬
すると、執務室にいるシオンが不穏じみた気配を漂わせてきたので、慌ててロンバート男爵夫妻に、今日はどうするのかと聞き。
ロンバート男爵は今日一泊して、明日ブルムンド王国へ帰ると言った。
それならばとリムルは、晩方に細やかなる会食を開くがどうかと提案し、ロンバート男爵夫妻はそれを快く受けた。
こうしてロンバート男爵夫妻は、楽しい一日を
ロンバート男爵夫妻を見送った後のリムルは、闘技場建設現場へと足を向けた。
そんなリムルとは別に、
《個体名:番外魔王コハク。やはり気付いているのは間違いないでしょう》
《
《しかしあの二人の中に潜むアレは……》
チリッ チリリ チリリリリッ ヂリッ
不意に襲う、解析不明な情報の嵐。
《このノイズは……?》
《遠い、遥か遠い創世の頃のアーカーシャの記録に……記録……存在……? ……無? ☆△×■命◇? ★≒*◇〃域? ……》
ヂリリッ ヂヂッ チリッ チッ ヂッ
やがてそれは、波が引くように鳴りを潜め、音を消す。
《今のは? 一瞬流れてきた記憶? 記録? ……解析不能。再度解析鑑定……一部解析成功。先程のは時空震ノイズ。発信源は……不明。個体名:コハク、個体名:ツキハ。この二人とは、一度話さなければならないかも知れません。
その正体が掴めないも、番外魔王ツキハとコハクに関係があるのではと推測した
そして、ある事を決断する
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