忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。142話です

 ツキハ

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 コハク

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 傭兵商会ルヴナン・真の紋章


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 ※〝打刀〟
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142話 Underground Arena(地下闘技場)(前編

 

 

 夜も更け、賑わいを見せるイングラシア王国内の酒場街。

 

 その中にある一軒の宿屋の一階酒場も大勢の客で席がほぼ埋まっていた。 

 

 

「ツキコちゃん、真ん中の席が空いたけどそこでいい?」

 

 給仕のジーナが、空いた席に座るようツキコを促す。

 

「うん。いいよ、そこで」

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 ツキコは言われるままに酒場の真ん中にある小さめの四角い木のテーブル席に行く。

 外套(がいとう)を脱ぎ、対面で二つ置かれた背もたれのない木の長椅子の一つに腰を掛け、隣の空いた空間に、外套と旅をする用のショルダーバッグを置く。

 

 この酒場には現在三十人ほどの客がいた。

 

 酒場を兼ねたこの宿屋の作りは、正方形の二階建てで一階が酒場で食事も出来る場所である。

 二階に宿泊用の客室が設けられていた。

 

 宿他の一階の真ん中道側に入り口があり、酒場に入ると両側に木の長方形のテーブルと、二人掛けの同じく背もたれのない木の長椅子があり、左右に二つづつ置かれ真ん中に二人用のテーブルが二つ、奥の左側に二階に行く階段があって、階段横にも四人が座れるテーブルが一つ置かれていた。

 

 そして、右側の奥にL字型のカウンターがあって、更にその奥が厨房になっていた。

 厨房は建物の横長方形に広がり、酒や、料理の素材置くスペースとキッチンに分かれている。

 キッチンでは、宿屋の主人が料理も作り、別に二人の料理人がいて忙しく注文の品を作っていた。

 

 宿屋の女将はカウンターで客の相手をしていた。

 

 ジーナとは別に、給仕をする若い女性がもう三人いた。

 

 カウンターには木の丸椅子が六個置かれて、その全ての席に客が座り酒を酌み交わし談笑し、中々に繁盛している宿屋であった。

 

 それで今二人の客が帰ったので、ちょうどツキコが座れる事になったのだ。

 

「注文は何にする?」

「えーとね。ケガモ(鶏鴨)の骨付きモモ焼きとねぇ、温かいスープにぃ、後はワインかな」

「もも焼きとスープにワインね。それじゃあ、ちょっと待っててね」

 

 ジーナはツキコに対して砕けた感じで注文を取り、奥の厨房にツキコの注文の品を告げに行く。

 

 見た目十七歳くらいのツキコが酒を注文しても誰も(とが)めない。

 この世界では、明確な酒を飲んでは駄目な年齢は決められていないのが現状である。

 

 そこはかなりアバウトなものであり、この世界の十七歳と言えば、駆出(かけだ)しの冒険者や、見習いの騎士などがいて、戦えるとならばもう子供ではないのだ。

 

「はい、ワインお待たせ―。それとウジカ(牛鹿)の干し肉を、一皿サービスするから食べてねぇ」

 

 そんなツキコの席にワインが入ったウッドジョッキが置かれ、ウジカの干し肉が入った皿が置かれた。 

 

 何故ツキコがこの店の主人の娘と仲が良いのか? 

 それは、約四年前にこの店にツキコがふらりと現れてからの付き合いになる。

 

 ツキコことツキハは、不定期ながらもこのイングラシア王国の酒場街にある地下闘技場に度々現れては、闇闘士として地下闘技場で戦っていた。

 

 極度に自分の能力(スキル)を封印した人間型の身体で、この地下闘技場で戦っていたのだ。

 

 その目的はいうと――

 至極単純である、そう、〝技量を磨く〟為である。

 

 大幅な制限を課した人間体で、どこまで戦えるかを突き詰め、楽しんでいたのである。

 

 死の、ギリギリの淵で。

 

 ツキハに死はない。

 しかし、死んだら負けであると、自分に課した制約である。

 

 もし、この地下闘技場で死んだならば、二度とここでの戦いは出来ない。

 そう自分に決めた、ルールであった。

 

 そして、地下闘技場が出来て長き年月が経って来たが、名を変え、姿を変え地下闘技場で戦って来たツキハは、未だにこの地下闘技場で殺されてはいなかった。

 

 ちょうど四年前に偽名を変え、この酒場に来たのがきっかけで、ジーナと喋る内に仲良くなり今に至るのだ。

 

 因みにツキハの姿を変えてとは、権能『猫騙し』でツキハの姿の認識誤認を起こさせ、別の姿に見えさせていた。

 

 だから、魔王クラスでなければ、人間社会に紛れ込んだツキハの姿を覚えてる者はいない。

 

 最凶最悪の権能『猫騙し』を使い、ツキハは一人の闘士としてここにいるのだ。

 

「はーい、ケガモの骨付きモモ焼きとスープお待たせー。後は何かある?」

「うーん、今はこれでいいや。何か欲しくなったらまた頼むよ」

「そう、わかったわ。じゃあ、ごゆっくり~」

 

 注文された品をテーブルに置いて、にこやかに別のテーブルに注文を取りに行くジーナであった。

 

 ツキコはワインを一口飲むと、先ず温かい湯気を立ち昇らせるクリーム色のスープをスプーンで(すく)って飲み始め、次にケガモの骨付きモモ焼きに噛り付く。

 

 柔らかく香ばしい肉を食い千切り口の中で美味しそうに噛み締め、ゆっくりと咀嚼(そしゃく)して、ゴクリと飲み込む。

 

(塩とコショウだけの単純な味付けだけど、焼き加減も絶妙で相変わらず美味しいな。このスープも良く煮込まれているし、昔ながらの料理も美味しいよねぇ)

 

 モモ焼きとスープの味に満足しながら、内心で呟くツキコ。

 

 そんなホクホク顔で料理を食べるツキコの間向かい側の席に、いかつい顔したガタイの良い男が、ドカッと勢い良く座り、ツキコに話しかけて来た。

 

「よお、ツキコ。久しぶりじゃねえか。その見慣れない服はどうしたんだ?」

 

 いきなり声をかけてきた男は、現役冒険者三十一歳の男、である。

 

 ツキコの着ている服は、上はグレーのパーカーで、下は、紺色のアーミーパンツに魔獣の皮で作られた、雪や氷で滑らないように靴底がデザインされた冬専用のショートブーツを履いていた。

 

「ん? 何だ、ザンクじゃない。これ? あの最近できた魔物の国で買って来たんだよ」

「「「「「なにっ!」」」」」

 

 今(ちまた)で話題の魔物の国をツキコが口にしたので、酒場にいる男達がざわついた。

 

 とりあえず、ザンクと呼ばれた男が、皆を代表するかのようにツキコに尋ねてくる。

 

「魔物の国って事は、あの最近聖騎士団と揉めた国だよな?」

「そだよ。そこの国はさ、人間も自由に出入り出来るから、ちょっと行ってみたんだよ」

「なるほどなるほど。それで、どうだった?」

「ザンク、顔近い。殴るよ?」

「お! スマンスマン、ついな。ガッハッハッ」

 

 ツキハの言葉に、つい身を乗り出してしまったザンクに対してツキコが不機嫌そうに言うと、ザンクは済まなそうに言いながらも豪快に笑い飛ばした。

 

 それからツキコは魔国について色々と話聞かせ、いつの間にかツキコのテーブルの周りには酒場の男達が集まっていて、ツキコの隣にはちゃっかりとジーナが丸い木のトレーを抱えたまま座り、フンフンと聞いていた。

 

「ジーナ」

「何ツキコちゃん」

「仕事は?」

「んーと、ね。今みんなツキコちゃんのテーブルに集まってるでしょ? だから、わたしも魔国のお話を一緒に聞いてるの。だって注文取れないもん」

「え? あ、そう。まあ、いいや。でね――」

 

 そして、中断した話を続けていくツキコ。 

 

 魔王リムルの人類に対して考え方や、魔物の国に住まう魔物がいかに人間に対して友好的かを説いていく。

 

 更に魔国には、他国にはない特産品や、今ツキコが着ている服なども多数あり、今はまだ値が張るが、そう遠くない内に今着ている服なども手軽に帰るだろうと言う。

 

 ツキコ事ツキハは、さり気なく魔国連邦(テンペスト)の宣伝をしていき、最後に次の言葉で締めくくる。 

 

「まあ、あれだ。大国と比べて遜色なく安全な国だよ。魔物に対して敵対したり、犯罪行為などをしなかったら人間の国と同じだね。冬が終わり春を迎えたら、魔国の開国祭が行われるから、皆も行けるなら是非行ってみると良いよ」

 

 そこでツキコの話は終わり、話を聞き終えた者達は自分のテーブルに帰りながら、口々に――

 

「魔物が友好的ねぇ。本当かね?」

「いや、行った本人が無事帰って来て言うんだから、間違いないだろう」

「魔物の国かぁ。冬が終わったら行ってみるか」

「良いなツキコが着ている服。変わった服だけど、着心地は良さそうだよな」

「冒険者が楽しめる催しがあるなら、是非行かないとな」

「魔物かぁ……。魔王リムルだっけ? ほんとに人間に大して友好的なのかな?」

 

 などと、様々な意見が飛び交う。

 

 それを聞きながらツキハ、内心でほくそ笑み。

 

(うんうん。興味は引けたみたいだね。これで大衆や末端の冒険者や傭兵などに、この情報が伝わればいいかな)

 

 そう思いながらツキコは、ウッドジョッキに入ったワインを飲み干し。

 お代わりをジーナに頼み、すぐさまジーナが並々と注がれたワインが入ったウッドジョッキを持ってくる。

 

 この酒場に来ている客の冒険者や庶民の者達は皆、闘士ツキコのファンであった。定期的に開かれる地下闘技場の賭け試合で、たまにふらりと参加するツキコに賭けて儲けた者ばかりである。

 

 まあ、そればかりではないが、このどこかめんどくさそうに話す少女がいざ地下闘技場で戦うと、その豹変ぶりに驚くも、その類まれなる体術のキレと、多彩な技の数々に純粋に惚れ込んだ者達もいた。

 

 地下闘技場の世界では、不定期参加ながらも人知れず隠れた人気を誇るツキコなのだ。

 

 そして、今年最後の地下闘技場の賭け試合に参加するツキコを、皆待ちわびていた。

 

 ガヤガヤと騒がしい酒場の音に心地よさそうな顔しながらツキコは、二本目のケガモ(鶏鴨)の骨付きモモ焼きを頼み、焼きあがった二本目の骨付きモモ焼きにかぶりつく。

 

 そこへ、バンッ! 激しくドアを開けて、いかにもカタギではない六人の男達がドカドカと荒らしく酒場に入って来た。  

 

「おうおう。今日も盛況で何よりだ。本当にいい店だよなあ。なあ、アリッサ」

 

 六人の中で黒い毛皮のコートを着た、短髪刈上げの細めの目をした小太りの男が店を褒めるようでいて、嫌味たっぷりに下卑(げび)た笑いを浮かべ、カウンターの中にいる女性に言い放つ。

 

 カウンターの中にいる女性、この宿屋の女将であり経営者でもある宿屋の主人の妻である。

 

 年齢は四十を過ぎているが、長い髪をポニーテールみたいにして少しふっくらとした中々の美形であった。

 

 小太りの男はカウンターに座る客に向かって、どけと(あご)を横に短くクイッと動かし、席に座っていた男達は黙って席を立ち、カウンターから離れて行った。 

 

(ぁあ? 誰だ、あのデブ男は? あぁ……えーと、そうだ、思い出した。ここら辺を縄張りにしている裏組織のコルトラの幹部の一人で、ボスの腰ぎんちゃくのダートじゃない。何してんだよ、あたしのお気に入りの店で。ロモコ呼んで消すか?)

 

 ツキコは、骨付きモモ焼きをほおばりながら、いきなり物騒な事を内心で呟く。 

 そんな事を言いながらも、今回はお忍びの遊びで来ているのでルヴナンを動かす事は出来るはずもなく、とりあえずツキコは成り行きを見守る事にした。

 

「ダート、何用だい? 邪魔するのなら帰っておくれ」

「グヒヒヒ。そう邪険にするなよ、アリッサ。なあ、あの件は旦那のベネットと考えてくれたんだろうな? 返事の期限は半年後だと俺様は言ったよな? その期限が明日だ。さあ、早く返事をきかせてもらおうか? グフフ」

 

 酒場にいる客達がダートを睨むように見ていたが、ダートの手下五人が酒場にいる客達に睨みを利かせ、客達は何も言えなかった。

 

 仮にも裏社会の者達である、いくら冒険者が強くても、裏社会の者達を敵に回す事のリスクは知っている。一般の客なら尚更なのだ。

 

 だから、客達は黙ってみているしか出来なかった。

 

 

「何度も言ってるだろ。この宿屋は売らないよ! さあ、もう帰っておくれでないかい」

 

 アリッサはきっぱりと断ると、酒場の入口を指差した。

 

「ほうほう。この俺様の頼みを断ると?」

「何が頼みだい。(てい)の良い脅しじゃないか。ふざけるんじゃないよ」

「グッフッフッフッ。良いのか? 俺様にそんな口を、聞いても良いのか?」

 

 カウンター越しにアリッサの顔を下から覗き込むように言うダート。

 

 ジーナともう三人の給仕の女性は、早々に厨房に避難していた。

 

 奥の厨房でベネットが心配そうにアリッサを見るも、アリッサは出てくるなと首を浅く横に振る。

 

「グフッ。そうかそうか。そんなに俺様に逆らいたいのか、アリッサ。いいだろう、少し怖い眼にあった方が賢くなるのかな? グフフ」

 

 ダートは嫌味たっぷりの笑いを混じらせ、右手を上げて指をパチンと鳴らす。

 

 すると、五人の手下達が酒場にいる客に向かって、店を出ろ! 早くしろ! と怒鳴り散らし、客達は(いきどお)りを隠しながら、次々と店を出て行った。

 

(ふーん、何の事はない。ここ場所もいいし集客も高いから、売り上げに目を付けたのか。最初は他の組織から守ってやるから、用心棒代寄越せから。それを断られてからの、宿屋を寄越せに転じたと、言うところかな? ここほんと立地条件良いもんなぁ。二年前にボスが代替わりしてから、かなり強引な手口が増えたと言ってたっけコハクが。なるほどなぁ、そりゃここも目を付けられる訳だ。まあ元々先代ボスは、別の所で儲けていたんだけどぉ……。あ! もしかして〝オルトロス(奴隷商会)〟が潰された弊害か? 最近潰されたって、ルヴナン支店に情報が入って来ていたから、それかぁ。奴隷売買の下請けだったものね、コルトラって。うーん、どうすっかな。下手に騒ぎ起こすと、コハクが鬼の形相で説教してくるしぃ。最悪、殺しは……。やっぱ、それは無しだわ)

 

 ツキコは話の内容から状況整理をして、更にルヴナンに上がってる情報から、コルトラの置かれてる現在の状況を推測する。

 

 客が全員酒場を出て、客はツキコ一人だけになっていた。

 

 ツキコはそんな事を気にもせずにワインを飲みながら、骨付きモモ焼きを食べていると――

 

 手下の一人の男がテーブルに近づき、ツキコに大声で言った。

 

「おい、そこの女! って、まだガキじゃねえか。何生意気に酒なんか飲んでやがるんだ。早く店から出ろ!」

 

 そう言うと手下の男は、テーブルを派手に蹴り飛ばした。

 

 ガラガラッとけたたましい音を上げテーブルが転がり、テーブルに乗った皿などが床に散乱する。

 

「あー、何するんだよぉ。こぼれたスープはもう戻ってこないんだぞぉ(あー、めんどくさ。まあ、売られた喧嘩は買うさぁ)」 

 

 ツキコは長椅子に座ったまま、右手に骨付きモモ焼きを持ち、左手にはワインが入ったウッドジョッキを持って、どこかめんどくさそうに言った。

 

「おいアンタ等、店の客に手を出すんじゃないよ!」 

「ああ!? 何訳のわからない事を言ってやがるんだ、ガキがっ!」

 

 アリッサがそう叫ぶも、手下の男はツキコに正面から掴みかかろうとした。

 

 男がツキコの前に近づいた瞬間、ズガッと鈍い音が響いた。

 

「ぐえっ!」

 

 男が前のめりに倒れ込み、男の頭がツキコが座る膝の上にまで来た時に、左手に持ったウッドジョッキで男の右顔面を思い切り殴りつけたのだ。

 

 殴りつけたウッドジョッキはバラバラに砕け散り、変な声を上げ床に転がる手下の男。

 

 残っていたワインがバシャバシャと床に飛び散った。

 

 ツキハは男が近づいた時に、左足の踵で踏むように男の右膝を蹴り飛ばしたのだった。

 右膝を蹴られた男は、軸足を蹴られて前のめりに倒れたのである。

 

 それを見たダートが残った手下に怒鳴る。

 

「何やってんだ! さっさと半殺しにしてしまえ!」

 

 二人目の男がツキコの右斜めから襲い来ると、やはりツキハは座ったまま、さっきと同じように男の右膝を蹴り飛ばし、倒れた男の後頭部に、踵を落とす。

 

 うごっ! またも変な声を上げて、気を失う男。

 

「このメスガキがあぁっ!」

 

 今度はツキコの後ろから襲い来る三人目の手下の男。

 

 ツキコは立ち上がると、後ろ足で長椅子を後ろに倒し、そのまま後ろから向かって来る男の足元に向けて、長椅子を蹴り飛ばす。

 

 ガアアーッとけたまましい音を響かせ、床を滑るように動く長椅子。

 

 もの凄い速さで滑り来た長椅子を手下の男は(かわ)せず、そのまま足元を(すく)われて床に倒れ込む。

 

 そこへツキコが近寄り、倒れた男の顔面を横から蹴り飛ばした。

 

 グリッと勢い良く男の顔が横を向き、声も出さずに意識を飛ばされる。

 

 ここまでツキコは無言のまま、手下の男三人を倒す。

 

「ほら、言わんこっちゃない。見た目が少女だからと舐めるからだ」

 

 床に転がる手下の男達を見て、酒場の入口で見ていた客の一人が吐き捨てる。

 

 残った四人目の手下は、隠し持った短剣を抜き、ツキコの真正面から。

 五人目の手下も短剣を抜き放ち、ツキコの左から斬りかかって来た。

 

「はぁ~。なっちゃないわ、短剣の扱い方が」

 

 ツキコはポソリと呟くと、右手に持った骨付きモモ焼きを口に咥える。

 

 ズムッ! ダンッ! 二つの衝撃音が鳴り響く。

 

 手下の男二人は、カランと床に短剣を落とし、腹部を押さえたまま、床に前のめりに倒れ伏し、白目を()いて失神した。

 

 一瞬にして、短剣を持った男二人を倒した技、それは。

 

 先ず、正面から来た男の短剣を左手で(さば)きながら正面から来た男の右側に回り込み、左側から襲い来る男に背を向けた形を取ったツキコ。

 

 左側の男に背を向けた瞬間――

 

 二人の男の視界から、ツキコが消えた。

 

 床に両手を付くようにしゃがみ込み、左側の男の腹部目掛け、右足で蹴り抜く。

 そう、海老(えび)蹴りである。

 

 そこから体を起こすように、真正面から襲い来た男の方に体を向けながら、左手で短剣を持った腕を押さえながら右縦拳を腹部に見舞ったのだ。

 

 これを一瞬の間でやったツキハの姿は、まるで二人の男の視界から完全に消えたように見えただろう。

 

 技名は無く、天牙影千流柔術の打撃技の組み合わせの一つに過ぎなかった。

 

「ああ、え? 何者だお前は? どこの組織の女だ!?」

 

 ダートの連れて来た手下五人は、決して弱くはない。

 そこらのゴロツキ共ならば、軽く倒せる実力は持っていた。

 

 それが、若い少女にしか見えないツキコに、簡単に倒されたのを見てダートは、能力(スキル)持ちか、どこかの組織の訓練された暗殺者か何かと勘違いしたような言葉を吐いた。

 

 先程の余裕を見せた態度はどこかに消え、明らかに動揺するダートであった。

 

 ツキコは口に(くわ)えた骨付きモモ焼きの残った肉を食べてしまうと、骨を右手に持ったままカウンターに座るダートの隣の椅子に腰を降ろす。

 

「あたしか? フリーの闘士で、傭兵もやっている小娘だよ。コルトラの幹部のオッサン」

「な!? お前、何故それを知っている!」

「地下闘技場で賭け試合に出ていればさぁ、いやでもここら辺の裏の組織の事くらい、耳に入るよ」

「はあ? 賭け試合? 地下闘技場だと……!?」

 

 ダートの問いに、少しだるそうに答えるツキコ。

 

 そしてダートは、地下闘技場に出ていると答えたツキコの言葉で、やっとツキコが不定期に現れては、賭け試合に出ている娘だと気付く。

 

「お前、あのえげつない試合をするツキコだな!?」

「えー。えげつないとか酷くないオジサン?」

「何を言う! 俺はまだ三十九歳だ!」

「あ、そう。でさ、オジサン。ここの酒場売れって言ってたよねぇ? どゆこと?」

 

 ツキコは手に持ったケガモの足骨をピコピコ動かしダートを骨で指しながら、ポヤッとした顔付で聞いた。

 

「お前みたいなゴロツキには関係はない事だ。首を突っ込むな、小娘!」

 

 精一杯威厳を保つように言うも、握りしめた拳はプルプルと、小刻みに震えていた。

 

「うーん。もう、アンタらさぁ、あたしに喧嘩を売ったんだから、関係はなくないよ?」

「フン。屁理屈を言うではない。とにかく、これは俺達組織の案件だ。それとも、首を突っ込んで一人でコルトラと戦争でもする気なのか?」

 

 腐ってもいっぱしの悪党であるダート。

 

 徐々に落ち着きを取り戻して来て、ツキコに対して脅しをかけてくる。

 

「戦争ねぇ」 

「傭兵もやっているのなら、一人で戦争など出来ぬ事くらい承知しているだろう? 俺の手下に手を出したのは目を(つぶ)ってやる。もう、関わるな」

「うーん。そうは言っても、この酒場はお気に入りの店だからさぁ、無くなったら困るんだよねぇ、あたし的には、ね」

 

 そう言うとツキコは、手に持った骨をカウンターにあった空皿に置き、スーッと目を細めた。

 

 その異様な目付きにダートはブルッと一度体を震わせ、カウンターの席から立つ。

 

 倒れて気を失っている手下の所にいき「起きろお前ら!」と、一人一人蹴っ飛ばしていった。

 

 カウンターに左手で頬杖(ほおづえ)を付きながらそれを見ているツキコ。

 

 手下達が目を覚まし起き上がると、ダートはツキコに向かって自信満々に言った。

 

「そうだお前。俺の所の闘士ブロスと戦え。まあ、お前が決勝まで勝ち上がれればだがな。そうしたら、この店は諦めてやるぞ。どうだ?」

「いいよ、それで――」

「ツキコちゃん! 駄目!」

「ツキコ!――」

 

 ツキコがあっさりとその条件を飲むと、ジーナとアリッサが慌てて止めに入り、それをツキコは左手で制しながら「大丈夫」と一言だけ言い、二人を黙らせた。

 

「グフフ。なら、決りだな。いいか? お前が負けたらコルトラの奴隷闘士になれ。死ぬまで戦わせてやるわ。グッフッフッフッ」 

「いいよ、その条件で。言っとくけど、あたしが勝ったら二度とこの店に手を出すんじゃねえぞ?」

「グフッ、勝てればな。いいか、今ここにいる皆が証人だ! 逃げるなよ小娘。グッフフフ」

「あんたもなぁ」

 

 ダートは捨て台詞のように言葉を吐き捨て、「行くぞ!」と、手下を引き連れて酒場を後にした。

 

 酒場の外で成り行きを見ていた客達がぞろぞろとまた入って来て、心配そうにツキコに言う。

 

「おいおいツキコ、大丈夫なのか?」

「どうすんだよアンタ。コルトラのところで闘士などしたら、身体がぶっ壊れるまで戦わせられるぞ!」

「やめとけ、な!? やめとけってツキコ」

「でももう、ダートの奴の条件を飲んじまったんだぞ。もう、逃げ場はないよな……」

 

 逃げ場はないといった言葉に、皆がしゅんと押し黙ってしまう。

 

「だから、大丈夫だって。アンタらもあたしの強さを知ってるだろ? ね? 痛っ――」

 

 ツキコが皆に心配しないように言っていると、いきなりパカンという音が響き、ツキコが頭を押さえる。

 

 後ろから涙目のジーナが、木のトレーでツキコの後頭部を(はた)いたのである。

 

「もう、何やってんのツキコちゃん。こんな事にならないように黙っていたのに。何でコルトラの幹部なんかと喧嘩するの! わたしのところの問題なのに、巻き込んでしまったじゃない……」

 

 そう言うとジーナは下を向いたまま、目に溜まった涙を床にポツポツと落としすすり泣く。

 

「泣くなってジーナ。あたしが帰って来た時にたまたまアイツらが来て、たまたまあたしに喧嘩売っただけじゃん。そっちこそ気にすんな」

 

 ツキハはジーナの肩を優しくポンポンと叩きながら慰める。

 

「ツキコ。本当にスマナイねえ。こんな事になっちまってさ」 

「いいよいいよ、女将さん。成り行きだし、女将さんも気にすんな」

「でも、そうは言っても、アンタの事がねえ……」

 

 意図せずに巻き込んでしまった事にアリッサは、肩を落とし言葉を失う。

 厨房の奥では、主人が頭を抱え唸っていた。

 

 酒場の客達も、この宿屋とツキコの身を案じるも、良い案が一切浮かばずに唸るばかりであった。 

 

 そんなジーナ達を見てツキコはハアッと短く息を吐くと、皆の方を見渡しながら言った。

 

「ねえ、アンタらさぁ。明日の地下闘技場の賭け試合さ。全財産アタシに賭けなよ」

「「「「「え!?」」」」」」

 

 ツキコの言葉に、皆が一斉に驚き声を上げる。

 

「まあ、全財産は無理だろうから、大金を賭けなよ。あたしにさ」

 

 ニッと笑みを浮かべ言うツキコ。

 

 そこにジーナが恐る恐る聞いてきた。

 

「ねえツキコちゃん。本当に勝てるの? ブロスって、七ヶ月前にコルトラの所に所属して、負け知らずだって聞いたよ?」

「ああ、ジーナの言う通りだ。アイツは、ちとヤバい。かなりの強さだぞ」

 

 ジーナの懸念にザンクが同意するように言葉を付け加える。

 

 それにツキコは。

 

「へえー、そうなんだ。面白そうだねぇ」

「なっ? 面白そうってお前――」

「ザンク。そんなに強いの? ソイツ」

「ああ、俺が言うのもなんだが、掛け値なしに強い」

「ふーん、そうなんだ」

 

 ジーナとザンクの説明に、面白そうと答えたツキコ。

 

 それを聞いた客達が何言ってんだよコイツというような目で見るが、構わずツキコは言葉を続ける。

 

「じゃあさ。尚更あたしに賭けなよ。明日はあたしも本気を出すから」

「「「「「ええ?」」」」」

 

 またしてもツキコの言葉に驚く全員。

 

「なあ、ツキコ。ちょっと聞くけども。もしかして、今までの賭け試合は本気ではなかったのか?」

「うん。試合用の本気を、殺すつもりの本気に切り替えるだけだよ、殺さないけどね。ククッ」

「「「「「!?」」」」」

 

 そう言ってクスリと笑ったツキコの顔が笑ってはいるけども、どこか人の顔ではない何かに感じた皆の背筋に、冷たい汗が流れた感触に襲われた。

 

「どしたの?」

 

 その皆の雰囲気を感じ取ったツキコが問うも、全員が無言で、何でもないといったように激しく首を横に振る。

 

 今年最後の地下闘技場の賭け試合に出る為イングラシア王国にお忍びでやって来たツキコことツキハ。

 

 いつものようにお気に入りの酒場に行ったら、ひょんなことから運悪く? 騒動に巻き込まれたツキコ。

 

 こうして、明日の地下闘技場の賭け試合で、コルトラの抱える闘士と戦う事になったのだ。

 

 番外魔王ではなく、一人の闘士として戦うツキコ。

 

 能力の(ほとん)どを封印しての戦いは、どうなるのか?

 

 

 賭け試合のトーナメントは、明日の夜開かれる。

 

 

 





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