忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせ致しました。143話です


 ツキハ

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 コハク

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 傭兵商会ルヴナン・真の紋章


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 ※〝打刀〟
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143話 Underground Arena(地下闘技場)(中編

※変幻・人間バージョン/ツキコ

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 ダートが帰った後の酒場は外に出ていた客達が店に戻り、いつもの賑わいを取り戻していた。

 

 

 そして、深夜になり店の閉店が近づき、客達が一人、また一人と帰り始める。

 

 店の片づけをしながらジーナがツキハに話しかける。

 

「ツキコちゃん。今日どうする? 部屋ならまだ二部屋空いてるけど?」

「ん? そうだね。空いてるなら泊まるよ」

「まいどー。じゃあ、角部屋が空いてるからそこでいいかな?」

「いいよ、そこで」

「はい、これ部屋の鍵ね」

「ん、ありがと」

 

 ジーナから二階角部屋の鍵を受け取ると、ツキハ二階に上がり自分の部屋に入る。

 

 ツキハは部屋に入ると、外套を壁のフックにかけて、小さい一人用のテーブルの上にショルダーバッグを置いた。

 

 魔法ランプの灯りを消さずにベッドに仰向けに寝転がり、顔を右横に向けて窓の外に広がる漆黒の闇を何とはなしに眺める。

 

 暫くそのままでいると、不意にツキコが窓の外に微かな気配を察知する。

 

 して、気配の持ち主は――

 

『誰、ってヤトコ(八十)か。どしたの?』

 

 ここ、イングラシア王国の諜報活動を担当する眷属達の一人で諜報班のリーダーであり八十番目の魔猫、ヤトコである。

 

 毛並みは薄茶色の短毛種で、シャム猫種の魔猫、(めす)である。

 体は基本薄いこげ茶色だが、顔と耳、尻尾と四本の足先が黒毛になっている。

 

 ツキコがイングラシア王国にやって来た時から(あるじ)の気配に気付き、ヤトコはツキコこと、ツキハが一人になるのを待っていたのだ。

 

 『思念伝達』を飛ばしてきたツキハに、ヤトコが答える。

 

『いえ、ツキハ様の気配を察知したもので、お忍びかと存じましたが代表で顔を出した次第です』

『そう。あれから何か変わった事はあった?』

『いえ、何も。ですが、そうですね……。しいて言えば、少し王族? いや、その周辺が何かキナ臭いかなと――』

『報告は?』

『既にルヴナン支店へ上げております故、ツキハ様のお耳に()ぐに届くかと』

『そっか。なら、引き続き諜報活動よろしくね、ヤトコ』

『はい。お任せあれ。ツキハ様』

 

 そう言ってツキハは『思念伝達』を終えようとするが、何気にヤトコに一言返す。

 

『あ、そうだ』

『はい。まだ御用でしょうか?』

『いんや、ないけども。アンタさ、いつも丁寧な言葉使いで、なんかお役目まっしぐらーって感じだなぁーと、思ってさ。変わらないよね、昔から』

『フフッ。どうにも、性分で御座いますので。もし、お望みであれば、ロモコやサンコみたいな対応も出来ますが?』

『え? いやいや、それはやめて。そのままでいいよ、ヤトコはさ。ただ何となく思って口に出しただけだから。最近魔国にいるヤツらが、言いたい放題だから、ちょっと、あーあれだ、なんかほっこりしたんだよ。うん、そんな感じ』

『左様で御座いますか。でも、それも(あるじ)様の望む我等のお姿なのでしょう? フフッ』

 

 窓の外にいるヤトコは、屋根の上に座ったまま前足を口元に持っていきクスリと笑う。

 

『ま-ねー。よくわかってるじゃん。ククッ』

 

 ツキハもベッドに寝ころんだまま、顔を(ほころ)ばせた。

 

『それでは、わたくしはこれで』

 

 ヤトコはそう言って闇の中に身を躍らせ、静寂に溶け込むように気配を消していった。

 

(ほんと、うちの子達はみんな優秀だわ。さてと、明日の夜までは暇だからのんびりしようかねぇ)

 

 ツキハからツキコに戻った後、低位活動状態(スリーブモード)に入ったツキコは、朝まで疑似睡眠を取る……。

 

 

 深い夜が明け、朝を迎えたイングラシア王国。

 

 日が昇った早朝から、朝市が開かれ賑わいを見せる露天市場街。

 

 ツキコも宿屋子猫亭の一階で朝食を取っていた。

 

 そんなのんびりとした朝を過ごしているツキコとであった。

 

 

 して一方、魔国連邦(テンペスト)にあるルヴナン支店では。

 

 今日は支店の営業を休み、今年中に終わらせなければならない案件を片付ける為、契約書類や現状進んでいる契約内容の確認などに支店にいる全員が掛かり切りだった。。

 

 事務処理に追われる眷属の女性陣達――

 

 ねえねえコハク様、ツキハ様の偽造予算申請書がまた二十枚も出てるんですけど?

 

 そんなん燃やしてしまい!

 

 あーもう! サンコも便乗して備品購入費申請書出してるしーッ!

 

 はあ!? サンコは後でお仕置きや!

 

 コハク様、ルードネスに所属する者達の宿舎の建設費用ですが、これでよろしいでしょうか?

 

 ん? 見せて見なはれ……ふむふむ……。ええやろ。これで通しなはれ。

 

 コハク様。ルヴナン支店を本店にする計画書ですが、ご確認を。

 

 どれどれ……。ここと、ここを直して、後はそのまま進めなはれ。

 

 えとぉ、コハク様。教授が地上、というか。ここルヴナン支店の敷地に、自分の家兼研究室を移転させたいと、申請書が提出されています。どうしましょう?

 

 ん? ほぉ……。ツキハの工房の隣が空いてますやろ? そこに移転するように伝えなはれ。

 

 え!? そこはツキハ様が激怒するのでは?

 

 かまへん。ところで、この忙しい時期にツキハはどこいったんや?

 

 野暮(やぼ)用とかで、二、三日留守にするとルヴナン支店へ伝えて、イングラシア王国へ行きました。

 

 野暮用? ああ、あれか。ほんま、好きやなぁ……。

 

 

 ――と、こんな感じで多忙を極めるルヴナン支店だったのだ。

 

 そこへ、馬鹿がやって来た。

 

 支店の入り口を荒らしくドカッと開けて、一人の筋骨隆々の大男が、背に戦斧を担ぎ入って来た。

 

「おう。邪魔するぞ!」

 

 大声で叫ぶ大男に、事務処理の指示を出しているコハクが答える。

 

「邪魔するなら、帰りなはれ」

「え? あ、はい」

 

 大男はそう切り返されると、大人しく開けたドアから出ていった、が。

 

 すぐに帰って来た。

 

「危なく騙されるところだったわ! 邪魔するぞ!」

「だから、邪魔するなら、帰りぃ!」

「お!? お、おう?」

 

 この忙しいところを邪魔されたコハクが、目を吊り上げて大男に言い放つ。

 

 タジタジとなる大男は、それでも何とか気を取り直して食い下がる。

 

「邪魔するというのは方便だ。それもわからんか、そこの女は! 俺はわざわざここの傭兵になってやる為に来たのだ。責任者はどこだ!」

 

 コハクをこの女呼ばわりした大男。

 モノを知らないと言うのは怖い。

 

 度々(たびたび)こういう(やから)が来るのは、もはやお約束みたいになってる今日この頃である。

 

 支店にいる眷属の女性達の殺気が静かに解放されていく。

 それすらにも気付かずに(まく)し立てる大男。

 

 眷属の一人がコハクに叩き出しましょうかと言うも、コハクが「いや、ええわ。うちがやるさかい、アンタらは仕事を続けなはれ」と、言う。 

 

「うちが責任者や。うちのとこの傭兵になりたい、と?」

「あ!? お前みたいな小娘が責任者だと!?」

「せや。なんか文句があるんどすか?」

「え? あ、あぁ……」

 

 大男は、腰に手を当てて下から睨み上げるように言うコハクの迫力に気圧(けお)されるが、それでもコハクに対して威厳を保とうと言葉を吐く。

 

「いいか、この俺はな、戦斧を使わせれば――」

「かかってきなはれ」

「はあ!?」

 

 いきなりかかって来いと言われ、キョトンとする大男であった。

 

「傭兵になれるか、うちが見てやるさかい。かかって来いと()うてるんやで」

「け、怪我をしても知らんぞ? いいのか? 死ぬかも――」

「ええから、四の五の()わずにかかって来いと()うてるんや。ほんましょもない男どすなぁ」

「なにーッ! ならば覚悟するがいい!」

 

 コハクの挑発に乗った大男は、支店から出ると背負った戦斧を抜き構える。

 

 そして……。

 

 時折、大男のグワッとか、ウゴッという声が響き。

 

 ドスッ、バゴッと、肉を叩くような打撃音が響く。

 

 ほどなくしてその声と音は収まり、静けさが辺りに漂う。

 

 吐く息も白くなる中、雲の隙間から差す日差しを見上げ、コハクが小さく呟く。

 

「はあ……。暇つぶしにもなりまへんな。地下闘技場どすか。身体能力や能力(スキル)を最低限まで下げて戦う。ようやりますわ。でも、なんや面白そうどすなぁ……」

 

 今夜地下闘技場で戦うツキハを思い呟くコハクの足下には、顔中青く晴れ上がった大男が気絶した状態で転がっていた。

 

 

『あ、リグル。忙しいところすんまへんけど、またアホが一人来ましたんや』

『これはコハク様。ハハッ、またですか』

『笑いごとやあらへんで、まったくもう、この忙しい時期にかなわんわぁ』

『全くですね。わかりました了解です。では、手の空いた者に行かせましょう』

『すまんな。ほな、頼みましたで』

 

 『思念伝達』で大男の引き取りを、警備部隊隊長のリグルに頼むコハクであった。

 

 そして、ツキハと同じようにお忍びで、ここ魔国連邦(テンペスト)からイングラシア王国へ向かった者がいた。

 

 『空間移動』で二人の人物が、イングラシア王国から少し離れた所に現れた。

 

 リムルとミョルマイルである。

 

 『空間移動』の際、魔素の影響を受けないよう『防御結界』で保護したミョルマイルを連れての移動だった。

 

「さてリムル様。夜までにはまだ間があります。如何(いかが)なさいますかな?」

「そうだなぁ……適当に暇潰しでもする?」

「わかりました。それでは、ワシの知る酒場でも行きますか?」

「そうだな。それでいいよ」

「了解ですぞ。では、行きましょう」

 

 そう言うと、リムルとミョルマイルはイングラシア王国へ向かい歩き出す。

 

 時折、ランガがリムルの影から頭だけをニュッと出し、辺りを警戒するように見ては、すぐに頭を引っ込めていた。

 

 イングラシア王国への入国審査を済ませたリムルとミョルマイルは、夜まで時間を潰すべく酒場街に出向きそこで夜が来るまで体を休めるつつ、ミョルマイルが地下闘技場の賭け試合に関わる知人の下へ出かけて行った。

 

 そして、今日夜開かれる地下闘技場の賭け試合に出る闘士の情報を集めに行っていたミョルマイルが、

リムルが待つ席に戻って来る。

 

「リムル様、お待たせしました。今日の賭け試合の状況がわかりましたぞ」

「お。ミョルマイル君の推しの子はいたのかい?」

「はい。闘士ツキコは今夜の賭け試合に出るみたいですな。楽しみでもありますが、その……どうやら地元の裏社会に属する組織の一つ、コルトラと揉めてるみたいでしてな」

「え? 何でまたそんな事になったんだ、ミョルマイル君」

「詳しい事はわからないのですが、どうもお気に入りの宿屋兼酒場の子猫亭という店が、そのコルトラに目を付けられたみたいでして――」

「買収とかか?」

「ええ、酒場街の一等地にあり人気の店みたいですな」

「ふーん。(ツキハのヤツ、お気に入りの店を狙われてキレたりしないよな?)」

「それで、その子猫亭を今後狙われないよう、コルトラ所属の闘士と戦う契約を交わしたそうです。どうやら勝てばその子猫亭からコルトラは手を引くようで。ですが、もし負けたらツキコはコルトラの所属になるそうですな。今夜の賭け試合は荒れる予感がしますぞ。予選から勝ち抜き、最後は地下闘技場現チャンピオンのブロスですからな」

「は!?」

 

 ツキコことツキハが、何がどうなって裏の組織の闘士と賭け試合をやる事になったのを聞いたリムルが、何で? というような声を上げた。

 

(あー、これ。相手は死ぬんじゃね? とは言っても人間の姿で出てるからそれはないか。でも、そのコルトラという組織はとんでもない相手に喧嘩を売ったもんだ。さて、ツキハ、いや今はツキコか。お手並み拝見だな)

 

 以前ミョルマイルから、ここイングラシアにある地下闘技場の事を聞いた時、闘士ツキコの話を聞かされ、その闘士がどう考えてもツキハだろと気付いたリムル。

 

 そして、今魔国連邦(テンペスト)にいない事を確認済であり、これは決定的であった。

 

 このイングラシア王国にも眷属が十数人潜み、情報収集を行っているのはコハクから聞かされていたので、もしかして今夜にはそのコルトラという組織が消えてなくなるのではと、考えていた。

 

(うーん。大丈夫かな、その組織は? まあ、あれだ、そうそう派手な事はしないだろうよ。一番怖いのは、ロモコ班が出張って来るのなんだけども……。でも、あそこはコハクの直轄(ちょっかつ)だから、ツキハの勝手は出来ないと聞いたから、それは、ないよな……? )

 

 最悪、暗殺部隊ロモコ班が来ないのを望みつつ、リムルはミョルマイルと夜の訪れを待つ。

 

 …………

 

 ……

 

 夜のとばりがイングラシア王国に降り始め、人の往来が増え酒場街が賑わいを見せ始める。

 

 

 酒場街の裏通りにある一角に、地下に降りる階段が一つある。

 

 その入口には、黒服の執事服にも似た服を着た若い男が二人立ち、来場する客から入場券を兼ねた小さな木札を確認して中に客を通していた。

 

 この木札はとある酒場で売っていて、一枚銅貨五十枚であった。

 以外にもリーズナブルな値段だが、本命は客が賭ける賭け金なのでこんな値段なのだ。

 

 リムルとミョルマイルもこの木札を見せて階段を降り、地下闘技場の客席に向かう。

 

 降りた先はすり鉢状の円形の闘技場になっており、壁の高さは三メートル程の高さだった。

 中心の舞台の地面は固い土が敷き詰められていて、大きさは直径十五メートルである。

 

 収容人数はすり鉢状になった観客席に、立ち見を入れて四百人程入れる比較的小さな地下闘技場であった。

 

 この地下闘技場の運営はかなりグレーゾーンな範疇にあり、イングラシア王国に介入されないよう、王国の重鎮(じゅうちん)に属する者に毎年かなりの賄賂(わいろ)が送られていた。

 

 元々が、イングラシア王国の貴族達が奴隷闘士の戦いを人知れず楽しむ為に使用していた地下闘技場で、今は表にその闘技場を移した為に、ある大富豪が地下闘技場を買い取り、暗殺組織サイファーに運営を任せ今に至るのだ。

 

 月に三回開かれる地下闘技場の賭け試合は毎回盛況で、いつも満員で入れぬ者が続出するほどの人気を誇っていた。

 

 続々と地下闘技場へと入って来る観客達。

 一般市民から冒険者や傭兵崩れに富豪、そして裏社会に属する者様々である。

 

 今宵も大金が動くであろう、今年最後の賭け試合。

 

 円形の観客席の南側の一角は、この地下闘技場を仕切る組織の幹部や他の組織の者達が陣取っていた。

 コルトラのボスとダートもこの一角に座れるのだが、今はチャンピオンの控え室にいた。

 

 地下闘技場を仕切る組織は、裏社会でも恐れられている暗殺組織サイファーである。

 

 コルトラは、この地下闘技場で戦わせる奴隷闘士の売買を行っていたが、奴隷商会オルトロスの壊滅と共にその奴隷売買のルートが断たれてしまい、奴隷の仕入れが出来なくなって古くから縄張りにしていた酒場街の一角の用心棒代と称した場所代を取り始め、稼ぎの良い店などは乗っ取るように買収していたのだ。

 

 今までは、こんな酒場街の用心棒代などは見向きもしない程に奴隷売買の稼ぎは良かったのだ。

 だが、その主たる財源が消滅してコルトラは苦境に立たされた。

 それは、実入りの良い稼ぎに胡坐(あぐら)をかき、新たな財源を開拓しなかったボスの怠慢であろう。

 

 そして、現地下闘技場のチャンピオンは、元Aランク冒険者であり名をブロス、年齢は二十七歳の男性である。

 

 元々格闘戦が得意な冒険者であったが、無類のギャンブル好きでもあった。

 地下闘技場の賭け試合にもよく来て大金を賭けていたがほとんどが負けで、それにより借金を重ねてしまい、利子が重なり支払いが出来なくなり、やむなく逃亡。

 だがしかし、あえなく見つかって捕まり、支払いの為に巡り廻ってコルトラの奴隷闘士になっていたのだ。

 

 賞金の取り分は、コルトラが九、チャンピオンが一。

 この取り分の一割も、借金の支払いに消えてしまう。

 しかし、衣食住だけはきちんと整っている為、身体を鍛える事も出来る。

 但し、四六時中監視付きだ。

 

 因みに、借りた金の利息は十日に三割、通称トサンである。

 支払い完済まで、後十年は戦わないとならない。

 

 自業自得とはいえ、借金(まみ)れチャンピオン・ブロスの実力だけは本物であるが故、生き延びられているのである。

 

 

 やがて、観客の熱気も高まり、今夜の賭け試合トーナメントが開かれようとしていた。

 

 トーナメントに出る闘士は、チャンピオンを含めて九人。

 

 八人が戦い、その中で勝ち残った一人がチャンピオンと戦えるのだ。

 

 予選の組み合わせが書かれた木の板があちこちで掲げ上げられ、皆が好きな闘士に金を賭け始めていく。

 

 今夜の賭け試合トーナメント優秀賞金は、金貨二百枚。

 

 予選に選ばれた八人は、この地下闘技場では名を馳せた者達ばかりである。

 勿論、ツキコもその一人だ。

 

 

 ――そのツキコが、地下闘技場に入る少し前。

 

 子猫亭にいる店の常連達とジーナ親子を前に、金を賭けるタイミングの話をしていた。

 

「いい? あたしは、絶対に決勝まで勝ち残る。だから、あたしに賭ける時は、最後のチャンピオンとの試合だけだ。多分、あたしの倍率が跳ね上がるから、そこで大金を賭けるといいよ。でも、予選は駄目よ。コルトラに勘ぐられるから、いいね?」

「うん。わかったけど、本当に決勝まで勝ち上がれるの?」

 

 ツキコの言葉に、どこか心配そうに返すジーナ。

 

「大丈夫。今回は遊びは無しだからね、絶対に勝つよ」

 

 不安気なジーナの肩に手を置き、いつものポヤポヤとした顔で言うツキコ。

 

 宿屋の主人ベネットは全財産、金貨三十六枚と銀貨八十枚を入れた革袋を持って同じように不安な表情を見せていた。それをアリッサが優しく(なだ)め、ツキコにに向かって口を開く。

 

「ねえツキコ。本当に大丈夫なんだろうね? この全財産を失ったら、この宿屋も終わりなんだ。先々代から蓄えて来た大事な金なんだから、負けたら承知しないよ。それと、あんたが無事生きて戻ってくると、約束しな。じゃないと、今後一切宿屋の出入りを禁止するからね」

 

 アリッサはどこか怒ってるようにツキコに言うも、表情からは巻き込んだツキコに対してスマナイといった気持ちが表れていた。

 

「うん。わかってるよ女将(おかみ)さん。出入り禁止は嫌だから、約束する。必ず勝って帰って来るよ」

 

 ツキコがポヤッとした顔で答えると、アリッサはそのままツキコを立ったまま抱き抱え、「絶対に、生きて戻って来るんだよ」と、小さな声で告げた。

 

 ベネットも金貨の入った革袋を握り締め、うんうんと頷いていた。

 

 一階酒場に集まったザンク達常連も同様に頷き。

 口々に――

 

「今日は大儲けさせてもらい、コルトラに一泡吹かせてやるぞ!」

「勝てよツキコ」

「ツキコ、応援してるぞ!」

「俺の全財産銀貨二十枚賭けるからな!」

「この宿屋を救ってくれ! ここの酒場が俺は好きなんだ。ついでにジーナのことが、ゴニョゴニョ」

「頑張れよ、ツキコ。お前が一番強い! 俺的にはだが、ウハハハハ」

 

 などと、激励(げきれい)していった。

 

 ――そうしてツキコは、子猫亭を後にして地下闘技場へ向かって行ったのだ。

 

 地下闘技場内は、今か今かと賭け試合が始まるのを心待ちにする客で一杯だった。

 客達がざわめく中、地下闘技場の観客席一番前の席に座るリムルとミョルマイルも、ワクワクしながらそれを待つ。

 

 

 そして、チャンピオンの控室では――

 

「いいか、ブロス。ツキコは殺せ。全力で殺しに行け、いいな。アイツは俺達組織に歯向かった。当然の報いだ。生かして奴隷闘士にするハラだったんだが、ボスから殺せとのお達しだ。理由は先程話した通りだ」

「へへっ、宿屋の買収を邪魔されたとはねぇ。でもなダートさん、それは難しいぜ? あの女ツキコは、どう低く見積もっても、中々に強いぜ?」

「わかっておるわ。だが、お前なら出来るだろう? Bランク魔物を素手で倒せるくらいなんだからな。グフフ」

 

 ダートは、控室の椅子に座るブロスの前に立ち、嫌らしく笑いながら言う。

 

 そこへコルトラのボス、グラブゲがブロスに命じる。

 

「ブロス。これは雇い主である俺からの命令だ。ツキコを、この試合で殺せ。まあ、お前のところまで勝ち上がって来たならの話だがな」

「グラブゲの旦那。多分、勝ち上がってくると思うぜ? 俺の勘なんだが」

「グフッ。現チャンピオンの勘か。そりゃ侮れんな。しかし、今回の予選組み合わせは、お前程とは言わないが、かなりの猛者を当てておる。無事勝てるとは思わんがな」

「それでもだ、グラブゲの旦那。だが俺も借金に追われる身だ。旦那の(めい)には従うさ。でだ、無事殺せたら、いくらか褒美は貰えるのかな?」

「五年」

「五年?」

「五年分の借金をチャラにしてやろう」

「本当かそれは!?」

「ああ。コルトラのボスの名に懸けて、約束しよう。奴を殺せ。あんな小娘に舐められたらこの界隈では笑いもんよ。生意気な小娘に、裏の組織の怖さを教えてやれ、いいな!」

「おう、了解だぜ。それにしても五年分の借金がチャラ、か。残りの借金は後五年ここで戦えば……。ククッ、クハハハ、ウワハハハ! わかった、必ず殺して見せよう!」

 

 五年分の借金をチャラと聞いて、俄然やる気を見せるブロス。

 

 こうしてツキコを殺す前提の賭け試合が始まる事となった。  

 

 この賭け試合には、審判を兼ねた司会者がいた。

 

 スラッとした身長百七十二くらいの少しやせ形で、頭はスキンヘッドのにやけ顔の男で年齢は三十くらいに見えた。

 

 首に黒いチョーカーのような物を付けていて、真ん中に赤い宝石が埋め込まれていた。

 その宝石から男の口元に、小さな魔法陣のようなものが浮かんでいた。

 

「ん? あれは何だ?」

 

 リムルが小さく呟いた時、それの正体が判明する。

 

「さあ、野郎ども、時間だあぁッ! 今夜も過激なショーの始まりだあッ!」

 

 地下闘技場内にその男の声が響き渡り、一斉に地下闘技場内に歓声が沸き起こる。

 

(おお。マイクみたいな機能があるのか、あの魔法陣が仕込まれている宝石には。なるほどなるほど。地下闘技場内四隅に設置した魔法陣から、あの男の声を増幅して出しているのか――)

 

《告。拡声術式の解析に成功。これにより、更に高度な拡声術式の構築が可能です》

 

(ん? 流石智慧之王(ラファエル)先生。いつもながら仕事がお早い事で。これ、開国祭で使えるな)

 

 リムルの考えを先読みするように智慧之王(ラファエル)の解答が返って来て、素直に感心するリムル。

 

 

 

「ではでは、第一試合。闘士ツキコ VS 闘士アグラムだぁ―ッ! 年はツキコが十七、アグラムが二十九だ!」

 

 円形リングの東西入口からツキコとアグラムがリングへと入場してくる。

 

 そして、円形リング南側の壁際上の席が司会席になっていた。

 

 この司会をする男は、能力(スキル)遠目(とおめ)を持ち、数百メートル離れた小さな虫でさえ判別できた。

 なので、たかだか十五メートルくらいの距離なら闘士の状況を見極められるのだ。 

 

 リング中央にやって来た二人。

 

「ハッハー! こりゃ何の冗談だぁー。身長百五十三の闘士ツキコに対して、アグラムの身長は百九十一だあ! 大人と子供、いやいや、大人と赤子のようだぜ。もはや、勝負あったか!?」

 

 司会の男がおどけたように言い放ち、観客のブーイングや歓声が飛び交う。

 

 あからさまにツキコを潰す為の組み合わせだった。

 

「いやはや、どうも最初からツキコを潰す気の組み合わせですな。あからさまに仕組まれましたな、これは……」

 

 これを見たミョルマイルがどこか残念そうに言う。

 

(まあ普通そう見るよな。でも、あれの中身はツキハだから、何が起こるのやらだ。恐らく天牙影千流柔術の技を使うだろうから。それにしても俺のいた世界では有り得ない組み合わせだな。まず、勝負にならない。でも、この世界では身体強化の魔法や、能力(スキル)があるからそれも成立するんだろう。能力(スキル)に関しては身体能力強化しか認められていないようだから、その強化度合いによるだろうな。しかし、凄い熱気だな。俺の国の武闘大会もこれくらい盛り上がせられたらいいな)

 

 来たる春に行う開国祭の事を思い、ツキコの対戦相手を見ながら分析をするリムル。

 

「さあテメエら、賭ける相手は決まったか? 賭けた相手が勝つお祈りは済ませたか? ツキコの体重は44.8だ。これは痩せて見えるように見えて、鍛えて引き締まったボディーだあ! 対してアグラムの体重は98.6だ! まるで鎧のような筋肉だぜ、これは! そして、二人の体重差は、53.8だあぁ―ッ! ルールは、簡単、たった三つだ。噛みつき、金的、目潰し、これ以外なら何でもOKだ。はあ? 何でこの三つだけ駄目だって? そりやわかり切った事だぜ。何故なら、簡単にくたばっては面白くはないからなぁー。相手が死んでも、この地下闘技場ではお(とが)めはねえ。いくぜ、存分に死闘を繰り広げな!――」

 

 カーン! 

 

 長い口上を済ませると司会の男は、自分が座る席の横に吊り下げ置かれた鐘を木槌で勢い良く叩き、試合の開始を告げた。

 

(なるほどな。死闘を長引かせる為に、敢えてその三つだけは禁止か。そして、殺しは有りと。まあ、地下闘技場の賭け試合だから、当然だよな。人の生き死にの娯楽。これが成立する世界……昔の俺なら嫌悪感まっしぐらだろうよ。でも、何故かツキハの戦いにワクワクする俺が、いる。フフッ……)

 

 司会の男のルールを聞いてリムルは、つい三上悟の頃の自分を思い出すも、今では魔王としてこの世界に適合してしまった自分に、何とも言えない笑いを内で漏らす。

 

 

 対峙するツキコとアグラム。

 

「ハハッ。えげつない戦い方をする奴だと聞いていたが、こんな小娘だとはな」

「そりゃどうも。しかし、アンタ、デカイねぇ。ちょっと手こずるかなぁ。ウヒッ」

「ハッ。一撃で沈めてやるよ、小娘」

 

 アグラムは両手を眼前に構え、間合いを詰めていく。

 対してツキコは、無防備にもスタスタと歩き、間合いを詰める。

 

 黒髪モヒカン頭のアグラム、黒皮の少しダボッとした半パンに上半身裸のスタイル。 

 

 ツキコは、シュナが作った黒のハーフスパッツに、上半身は白布のサラシを巻いただけのスタイル。

 

 そして、闘士は靴などは履くことは許されず、二人とも裸足である。

 純粋な格闘戦を楽しむ為、そう決められていたのだ。

 

 お互いに、間合いギリギリのところで足を止め、睨み合う。

 

 アグラムは、やや右半身の構えで、左足を軸に右足を前に出す。

 

 ツキコは、左半身に左手をやや開き気味で胸元に、右手も同じように開き気味でへその辺りに置き構える。

 

「シィッ!」

 

 アグラムが短い気合を発し、右ローキックを放つ。

 

 バシィッと重く乾いた音が響き、ローキックを喰らったツキコの右足は身体ごと吹き飛ばされる。

 

 ツキコは吹き飛ばされながらも、ザザーッと地面を四つん這いになり三メートルほど横滑りして止まり、地面に低く伏せたままになる。

 

「おおーっと、アグラムのローキックでツキコが吹っ飛んだー! 流石にこの体格差では、無理があったかあ!」

 

 司会の男が興奮したように解説する。

 

(アイツ、蹴られる瞬間に何かしたか? 確かにダメージがありそうに見えるけども、どこか……?)

 

 ハクロウに鍛えられる日々の中、身に付いた戦う相手への観察能力。

 その観察眼が、先程のローキックで吹き飛んだツキコの様子に違和感を覚えていたのだ。

 

 朧流を極めたハクロウからの教えは、急速にリムルの戦う力を押し上げていた。

 この、砂が水を吸収するかのようなリムルの順応性が、リムルの強さの一つではあるだろう。

 

 ツキコは四つん這いのまま、俯いていた。

 

 それを見たアグラムは、油断はせず慎重に近づいていく。

 

「ハハッ、右足が壊れたか? どっちにしろ、もうろくに立てまい。次で楽にしてやろう」

 

 ツキコの三メートル手前で足を止めて、様子を伺うアグラム。

 

 下を向いたままツキコの口元が緩む。

 

(フヒッ)

 

 聞き取れないほどに、(かす)かな笑いを漏らすツキコ。

 

 アグラムは、トドメを刺すべく両手を地面につけると、身体を(かが)め、右足を後ろに引き両膝を曲げ、まるで陸上選手のクラウチングスタイルみたいな恰好で全身の力を溜めていく。

 

 このスタイルでツキコのところまでダッシュし、顔面を蹴り上げるか、立ち上がったところにタックルを決め、そのまま倒してマウントを取り、顔面殴打で勝負をつけるつもりのアグラム。

 

 

「フッ。これで終わりだ」

 

 そう言った瞬間、アグラムの右足が地面を蹴り上げ、大量の土くれが宙に舞う。

 

 アグラムの身体がツキコに向かって弾かれた様に、撃ち出された。

 

 それを見た観客達は、終わったと誰もが思った。

 

 ミョルマイルも、「なんと、あのツキコがこれで終わるなんて」と、思わず声に出していた。

 

 

 しかし、四つん這いのまま動かないツキコの両手両足は静かに力を溜めていた。 

 

 アグラムはそれには気付かずに、ツキコ目掛けて突進する。

 

 

 





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