忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。144話です


 ツキハ

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 コハク

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 傭兵商会ルヴナン・真の紋章


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 ※〝打刀〟
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144話 Underground Arena(地下闘技場)(後編

※変幻・人間バージョン/ツキコ

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 バッと宙に舞う土塊(つちくれ)

 

 一気にツキコのところまで飛ぶように近づいたアグラムは、まだ両手両足を広げたまま四つん這いのツキコの頭を右足で蹴り抜く。

 

 同時にツキコの身体が横に弾かれるように飛んだ。

 

 蹴り足の勢いで砂塵が舞い、アグラムの右足が真上に振り抜かれる。

 

 蹴った手ごたえがなかったアグラムは、視線を動かしツキコを捜す。

 そして、視線の右斜め横のところを四つん這いのまま駆けるツキコがいた。

 

 ガウッ ガウッ ガウッ。

 

 (けもの)のような声を上げ、獣走(けものばし)りをするツキコ。

 それはまるで、獣そのもの。

 

「おーーっと出たあー! ツキコの獣走りだあ。この低い姿勢から繰り出される技に、何人の闘士がやられたかあぁ。コイツの前世は絶対に獣人族に決まってるよな!? ハッハァー! さあ、アグラムはこれにどう対処するのか、見ものだぜえ!」

 

 司会の男が興奮気味に声を張り上げ実況する。

 

「フンッ! 俺の足が遅いとみたのか? ガハハハハ、甘いわ!」

 

 アグラムはそう叫ぶとグッと身体を低く沈ませ、ダッと地面を蹴り、ウォォオっと声を上げながら猛ダッシュでツキコを追う。

 

 円形リングの壁の外周に添ってひた走るツキコ。

 その後ろから、巨体に見合わない速さで迫るアグラム。

 

 観客達が声を上げ、自分達が賭けた相手を応援する。

 

(ふーん。やっぱり実況がある程度あると盛り上がるのは、世界が違っても一緒かぁ。開国祭の武闘大会でも実況と審判を入れないとな。審判は……やっぱり強いヤツじゃなきゃ駄目だ。まあ、配下達の誰かが絶対に出ると言い出すのは目に見えてるからな……。いかん……これについては考えるとなんか頭痛くなってくるわ。それよりも実況は誰がいいかなぁ。うーん、そうだな、ここはやっぱり綺麗なお姉さんに頼まないと駄目だろ! うん、決りだ。実況というか、司会進行は女性にしよう。フフフッ)

 

 地下闘技場の賭け試合の司会進行を見つつ、そんな事を考えるリムルであった。

 

 そして、リムルが試合に目を戻した時、状況が一気に動き始めた。

 

 ツキコが壁沿いから一気に壁を駆けあがり、そこから真横に壁を走りながら壁を蹴り。

 

 追い付きて来たアグラムの顔面目掛け飛び蹴りを見舞う。

 

「ウオッ!」

 

 不意に軌道を変え見舞われた飛び蹴りを、急制動をかけるように足を止め、姿勢を低くして(かわ)す。

 

 躱され地面に降り立ったツキコは、間髪入れずに空中にジャンプする。

 

 地面に両手を付いた形になったアグラムは、すぐにツキハの姿を捜す。

 

「いない!? どこだ? 上かぁッ!」

 

 アグラムが左上を見ると、ツキコが膝を抱え前方宙返りをしているところだった。

 

 くるくると三回ほど回り、勢いを付けて右足の踵落としをアグラムの頭上に落とす。

 

「フヒッ」

「ヌオォッ!」

 

 ツキコが冷たい笑いを発し、アグラムは両腕を交差させてツキコの空中前方宙返り踵落としを受けた。

 

 ベギッ。遠心力で威力が増した踵落としでアグラムの両腕が嫌な音を立てる。

 

(クソがあッ! 闘気で防御したのにこの威力かあ。空中で回転して自分の全体重を乗せるとは、どんな頭してるんだよ。(かわ)された時のことを考えてねえのかよ!)

 

 内心で吐き捨てるアグラム。

 

 踵落としを防がれたツキコは一旦間合いを外し、両手を開いた形で眼前に構え、左半身を取る。

 

 アグラムは、少しでも両腕に受けたダメージを散らすように腕を軽く振り、右半身でムエタイのような構えを取る。

 

 トントンと、右足で軽くリズムを取りながら間合いを詰め、アグラムは右ローキックを放つ。

 ズガッ! 鈍い音が響きローキックを放ったアグラムの顔が(ゆが)む。

 

 ツキコの右足がアグラムの右足(すね)を蹴った音だった。 

 

 ローキックが放たれる瞬間に、ツキコの右足がアグラムの蹴り足を迎撃したのだ。

 左足を前に出した形のまま、後ろに引いていた右足の裏で蹴る、蹴り技に対する蹴り技のカウンターである。

 

 この蹴り方は、ツキハが人間の忍びであった頃、大陸から来た無手の達人が使っていた蹴り技で、斧刃脚と呼ばれるものをツキハが取り入れ、自分流にアレンジしたものであった。

 

 ローキックのカウンターなど、格闘技の達人でも至難の技。

 人の筋肉の動きに視線、呼吸や表情などから次の手を読む力に優れていた忍びの頃のツキハ。

 

 魔物に転生してからは、相手の気の流れや魔力に妖気(オーラ)の流れを読み取る能力も加わり、更に洗練されたものに磨き上げられていたのだ。

 

 それでも達人同士の戦い、ひいては魔王クラスになると技の読み合いになる。

 

 今のツキコは忍びの頃の能力を再現しているので、精々地下闘技場の闇闘士レベルの力ではあるが、戦いの経験値はアグラムなど比較にはならない。

 

 

「クソッ! (フェイントを織り交ぜたローキックが(ことごと)くカウンターで返される。何なんだコイツはよ!)」

 

 どんなにフェイント入れても、それが全部カウンターで返され、闘気を纏ったアグラムの両足が悲鳴を上げる。

 

「ウラアァーッ!」

 

 激怒したような声を上げ、左三連ジャブからの右ストレートを放ち、右拳を引きながら体を右に沈みこませ、ツキコの視界外からの左フックを打ち込み、更にそこから右(ひじ)を放つ。

 

 が、ツキコは左右に体を短く振り、その全てのパンチと肘を(かわ)す。

 

「ちょこまかと。クソがっ!」 

 

 眼前にいるツキコに左前蹴りを放つも、ツキコはそれを躱すと、張り付くようにアグラムの身体の周りをクルクルと回るように張り付いていった。

 

「おおーっと、出たあ! 体の大きい相手に対してのツキコのゼロ距離張り付きだあ! これをやられると、ツキコを捕まえない限り一方的に技を叩き込まれるハメになるぞおっ!」

 

 ツキコがアグラムの身体に張り付き回りながら、闘気を込めたパンチを見舞っていく。

 

 ドスッ ドスッ 重く肉を叩く衝撃音が鳴り響く。

 

 アグラムの体のあちこちに、薄く赤い拳上状の(あざ)が浮かび上がってくる。

 

 同じ闘気操作でも、ツキコの闘気操作の方が上であった。

 アグラムの闘気による身体防御が崩されていく。

 

「グッ。ウガッ。俺の闘気による防御を貫通してきやがる。ガッ。このクソチビガ―ッ!」

 

 怒号を上げ、目の前にいるツキコを捕まえようと両手で覆いかぶさるようにするアグラム。

 

 それをツキコはその場にしゃがみ込むと、アグラムの股の間を(くぐ)り抜けて後ろに回り込み、左斜めに伏せた状態で、右足でアグラムの膝の内側を蹴り抜く。

 

 パパン。

 

「ウオッ!」

 

 両膝の内側を蹴られ、前のめりに体制を崩す。

 

 ドガッ! 「なっ!」

 

 そこを更に、ツキコの海老(えび)蹴りがアグラムの尻を蹴り飛ばした。

 

 たたらを踏み数歩前によろめくアグラム。

 

 アグラムは後ろのツキコを見ようと体を左に捻ると、既に後ろに張り付いていたツキコの手の甲で打つ鞭打(べんだ)が左脇腹に打ち込まれ、その打ち込んだ手を上に上げると、降り下ろすように掌打を背中に叩き込んだ。

 

 ズバンッ。肉の塊を木の板で叩いたような重々しい打撃音が響く。

 

「オブッ! こ、れは、グボオォッ!」

 

 闘気による打振を打ち込まれたアグラムは、闘気の振動波に内臓を掻きまわされ腹部を押さえ片膝をつく。

 

「フフッ。これであたしの手がアンタの顔に届く。じゃあね」

 

 腹部を抱え片膝をついたままのアグラムに、冷徹に笑い言うツキコ。

 

「何を――」

 

 パアンッ! 鞭で空気を割いたような乾いた衝撃音が、地下闘技場内に鳴り響き渡る。

 

「グボッ……あ、あが、が、がっ……」

 

 ツキコが両手を軽く開いたまま、アグラムの両耳を挟むように打ったのだ。

 

 アグラムの両目がぐるりと白目を()き、目、鼻、耳、口からダラーッと血を流し、声無き声で呻きながら左にドサリと倒れ伏す。

 

 "天牙影千流柔術、死打・双破激掌(そうはげきしょう)

 

「出たああああー! ツキコの殺人技、闘気を頭に叩き込むめちゃくちゃ危険な技だ! アグラムの野郎は死んだかあ!?」

 

 左に倒れたまま身体をピクピクと痙攣させるアグラムを、観察する司会の男。

 

 そして。

 

「残念。ギリギリのところで生きてやがる。だがもう、戦うのは無理だあ! 第一試合の勝者は、ツキコおぉ――ッ!!」

 

 司会の男が勝者の名を高らかに宣言する。

 担架を持った者二人が、アグラムを担架に乗せて闘士控室まで戻って行く。

 

 ワアアーッと歓声が上がり、アグラムに賭けていた観客のブーイングが沸き起こる。

 

(ツキハの使ったあの技、古流空手や古流武術に中国拳法にある禁じ手じゃないか。あれよく死ななかったな対戦相手。しかし、なんだあの戦い方は? うーむ……多分あれだ、忍びが使う本当の殺し合いの戦い方なんだろうか? それが元になっている体術かの、どちらかだろうな。それにしても、まるでアニメやアクション映画みてるような感じだよ。ほんと、能力(スキル)や魔法がある世界なんて、とんでもねえよなぁ……)

 

 ツキコが使った技を冷静に分析して、しみじみこの世界について思うリムル。

 

「これですぞリムル様。あの小さい体格で、並み居る地下闘士を倒して来たんですわい。あの妙な戦い方に凶暴な技。どうです、見ごたえがありますでしょう!」

 

 その横ではミョルマイルが、ツキコに賭けた手の平サイズの小さい木札を握り締め力説していた。

 

(うん、わかっているよミョルマイル君。そのツキコは、ツキハなんだけどね。ククッ)

 

 興奮するミョルマイルを見ながら、内心でクスリと笑うリムルであった。

 

 

 一方、南側の観客席に座るグラブゲとダートは。

 

「おい、ダート。テメエが推していたアグラムが負けたぞ。体格差など意味がなかったな? ああ?」

 

 ダートからアグラムならツキコを潰せると聞かされていたグラブゲが、不機嫌そうに吐き捨てる。

 

 それにダートは、額に脂汗を浮かべながら慎重に返す。

 

「あ、いや、まあ、はい。でも、ツキコの戦い方を分析出来ただけでも、良かったのではないかと。ブロスも対策を立てやすいでしょう」

「うむ。そうだな、万が一にもブロスが負けるなど有り得ん。奴の強さは本物だ。素手で魔物を殺せる者など、そうそういねえ」

「はい、ボス。例え決勝に上がって来ても、ブロスに殺されるのは間違いないでしょう。それに、決勝はかなりの大金が動きますので、ワザとツキコのオッズを高く設定して賭け金を集中させます。それにはもうサイファーの許可は取り付けてあります、ボス」

 

 ボスの機嫌を取りつつ、話していくダート。

 グラブゲは盗聴防止の小さい水晶球みたいな魔道具を懐から隠すように取り出し、起動させる。

 

 ブンと低い音を一瞬立てそれは起動し、グラブゲ達の会話を聞こえなくする。

 

「ふむ。うちの取り分は幾らだ?」

「五割です、ボス」

「半分か……。まあ、お前にしては上出来な交渉だ。あの女狐(めぎつね)に良く半分の取り分を納得させたものだ。サイファーのボス、アネーロ。先代のボスから絶大な信頼を得ていた女……どこか得体の知れない不気味な奴だ」

「はい。若干二十五歳の若さであの組織を纏め上げた手腕は、侮り難いもの。構成員の暗殺者達も手練ればかりで、敵対すれば一夜にして組織は壊滅するでしょう」

「ああ、そうだな。先代もあそこと、傭兵商会ルヴナンに関わる者には決して手を出すなと、口を酸っぱくして言っていたからな」

「でした。特に傭兵商会ルヴナンは正体不明の組織です。最近ではあの噂の魔物達が住む国に支店を置いたにも関わらず、全貌が未だに不明な(いにしえ)からの組織。あの凶悪で残忍な番外魔王の二人が率いる組織など、決して関わりたくないものです」

「全くその通りだ。俺達裏社会に属する者が、決して手を出していい組織じゃねえ。あそこはな……」

 

 集まった賭け金の話から、サイファーのボスの事に触れ、傭兵商会ルヴナンの話になり最後には、グラブゲが自分に言い聞かせるように話を終えた。

 

 闇よりも深い漆黒の深淵に潜む、傭兵商会ルヴナン。

 

 闇に生きる者達が、唯一恐れる闇であった。

 

 

 そんな話をしている内に第二試合も終わり。

 第三試合と第四試合も熱狂の中終わり、準決勝の試合が始まる。

 

 

 準決勝進出の闘士はツキコ。

 

 そして、サイファーの雇われ闇闘士キバリス、若干二十三歳の男性である。

 身長百七十二の、鍛え抜かれた体に、少しくせ毛が混じったツンツン頭の短髪。

 

 この男は、血を見る事がこの上なく好きな、残忍な性格である。

 

「へっへっへ。またこれはこれは、可愛らしい女だねえ。いくつなのかな? お兄ちゃんは嬉しいなぁ。その可愛い顔を、ボッコボコに出来て、骨を折り、血反吐を吐かせる事が出来るなんて……。はあっー、興奮しちゃうなぁ~」

 

 お互いに間合いギリギリで対峙して、キバリスがツキコの身体を舐めるように見回して言う。

 

 そんなキバリスに対して、ツキコは――

 

「キモッ。テメエ、変態か?」

 

 と、返す。

 

「え? ああ、そうだねえ。血を見る事が何よりも好きな、ただの闇闘士だよ。ウクククッ」

 

 ツキコの言葉にも、ニヤニヤと笑いながら否定もせずに返すキバリス。

 

(ウゲェッ。何だあの若い男は、ガチのイカレタ野郎じゃねえかよ。ってか、地下闘技場で戦うヤツらなんてあんなもんか。え? んんん? ツキハのヤツ、こっち見た? 一瞬笑った?)

 

 『万能感知』でツキコとキバリスの会話が聞こえたリムルが、内心で呟いていたところ、いきなりツキコと目が合ったリムルだった。 

 

「おいテメエ、どこ見てんだ? 殺すぞ? ああ?」

「ごめんごめん、ちょっとね。そうイキらなくていいよ、お兄さん。」

「ほう、言うねえ。お前は裸にひん剥いて手足の骨を砕き、観客達にその貧相な体を晒してやんよ! ヒャアッハハハハ」

「あ゛? 今、なんて言った?」

「へ? あ、え、裸にひん剥いて――」

「違う。その後だ」

 

 貧相な体と言われツキコの態度が豹変し、禍々しい殺気をキバリスにぶつけて来て、キバリスが気圧(けお)される。

 

「あー。貧相な体と言ったが、そ、それがどうした!?」

 

 どうにか虚勢を張り、声を張り上げ言うキバリス。

 

「どもしないよ。ただ、ちょーっと、ムカついたかなぁーっと、ね。あたしの体を茶化(ちゃか)していいのは、一人だけだ。今度言ったら、泣いても許してやらないよ? それとお前、対戦相手を二人とも殺したよな?」

「ほざけガキんちょが! 殺した? ああ、そうだが。ここは地下闘技場の賭け試合だぜ。弱いヤツは生き残る価値はねえよ!」

「ほう。まあ、それには同感だけど。でもね、無駄な殺しをやるヤツはしょせん、三流だよ、お兄さん。ウヒヒッ」

「なんだとお、ガキがあっ! いいだろう、テメエはもっとも残忍な形で殺してやんよ!」

「いいよぉ。相手してやるから、おいで。お・に・い・さ・ん。キキッ」

 

 体が貧相と言われムッとしたツキコが、さっきまで漏らしていた殺気を引っ込め、どこかからかうようにキバリスを挑発した。

 

 その挑発にあっさり乗り、先程までとは違ってまたもイキり立つキバリスだった。

 

 威圧し、次は挑発するツキコ。

 極自然に相手の調子を乱す、兵法の基本ともいえる行為。

 

 相手が血を好み、更に頭のネジが二本ほどぶっ飛んだ性格なのを見抜いたツキコ。

 こういう手合いは、忍びだった頃にも幾度となく相手をして来たのだ。

 

 キバリスが如何(いか)に強くとも、戦いにおける経験の差がここに現れる。

 

「さあさあさあ! チャンピオンに挑める最後の予選だあー! どちらがチャンピオンブロスに挑めるのか? 対戦相手を躊躇なくぶっ殺したイカレたキバリスか? それとも、変幻自在、何を仕掛けて来るかわからねえツキコが勝つか? 野郎ども、賭ける相手は決まったかあーッ!?」

 

 司会の男が観客に呼びかけると、ウオォーーッという歓声が返って来た。

 

「ワシはツキコに賭けたぞおー! 闘士ツキコの恐ろしさを存分に味わうがいいぞ、若造があ!」

 

 またもツキコに賭けたミョルマイルも、一緒になって歓声を上げる。

 

(あらら。我を忘れて興奮してんじゃん、ミョルマイル君ってば。そんな俺もツキコに賭けてるんだけどね。ありがとうございますツキコこと、ツキハさん。俺の小遣いが順調に増えていってます)

 

 リムルはツキコに向かって手を合わせ、心の内で礼を言う。

 

 そう、リムルもまたミョルマイルと同じくツキコに賭けていて、お小遣いが増えてウハウハだったのである。

 

「ではあぁーー。存分に殺し合え――ッ!!」

 

 カーンと鐘が鳴り、試合の開始を告げる。  

 

 その合図と共にキバリスが瞬時に間合いを詰め、左右のパンチの連打を見舞い、スッと身を沈め。

 

「シャアーッ」

 

 ツキコに向かって抱きつくように左腹部に頭を押し付け、両手でツキコの両太腿(ふともも)を抱え、タックルを仕掛ける。

 

「なに!」

 

 それに対してツキコは両手を下から差し込むようにして、左腕でキバリスの顔を横に向け、同時にキバリスの左腕を掴み脇を開くように上に上げ、上から覆い被さるように胸下をキバリスの頭に乗せ、自分の両足を開き後ろに投げ出す。

 

 顔を横に向けられると向いた方向にしか力が入らず、左腕を開けられると両脚も掴めない。

 

 俗に言う、タックル切りである。

 

 もし、目潰しが使えるなら、キバリスはこの時点で終わっていた。

 タックルした瞬間に、顔を掴まれ目の横から指を入れられ、目を抉られてそこでトドメを刺されていただろう。

 

 天牙影千流柔術には、こういった組んで来た相手に対しての対処技が複数存在するのだ。

 

 ルールに救われたキバリスであった。

 

 タックルを切ったツキコは、そのままキバリスの首を右腕で抱えるように絞め、後ろにのけ()るように全体重を乗せる。

 

 キバリスは、一気に絞まる首に変な声で呻く。

 

「グギエェーーー。ご、ごのーー!」

 

 締められながらも顎を全力で引き、首の筋肉を絞めるキバリス。

 そしてダンと地面を蹴ると、前方回転の遠心力を利用し無理やりツキコの絞め技から脱出した。

 

「ああー、いてぇなあ、何しやがるクソ女が」 

 

 右手で首後ろを押さえ、首を回しながら悪態をつくキバリス。

 

「チッ。絞め殺してやろうかと思ったのに、残念。キキッ」

 

 ワザと舌打ちをして、馬鹿にしたように笑うツキコ。

 

「言ってろガキ。もうその挑発には乗らねえよ。遊びは終わりだ」

 

 そう言うとキバリスは、表情を消した。

 

「おおーっと、キバリスが本気になったかあ? 第四試合の相手を殺したみたいに嬲り殺すのかああああ!?」

 

 司会の男が興奮気味に叫ぶ。

 

 第四試合。

 キバリスは、相手から散々挑発されてキレ、残像を起こすような速さのパンチで相手を翻弄して、最後にはギブアップを宣言したにも関わらず、対戦相手を殴り殺したのだ。

 

「そう。ならあたしも遊びはやめるね。ウキキッ」

 

 あくまでも挑発を()めないツキコ。

 

 そんなツキコに拳を眼前で構え、無言で間合いを詰め、パンチの連打を放つキバリス。

 すると、それに合わせてツキコは両手をコンパクトに眼前で構え、肘を繰り出す。

 

 キバリスが放つ、残像で拳がブレて見える程の連続パンチ。

 

 同じように残像を残しながら、その拳に(ひじ)を合わせていくツキコ。

 

 ゴシャ! ベギィ! 骨の砕ける音が響き渡った。

 

「うぎゃあーーー! 拳があ、俺の拳があああああああぁ!」

 

 潰れて折れた骨が飛び出した拳を、プルプルと震わせながら(わめ)くキバリス。

 

 キバリスも闘気で拳を強化していたのだが、ツキコの闘気を(まと)わせた肘に、あっけなく拳を潰されていた。

 

 〝天牙影千流柔術殺技 (くさび)打ち・穿牙(せんが)

 

 肘を使った攻防一帯の技を繰り出したツキコである。

 

「クソがぁああああああああ! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! テメエは絶対に殺ぉおおおおおす!」

 

 殺すを連呼絶叫し、キバリスはツキコに向かって猛突進してジャンプ、飛び蹴りを放つ。

 

 悪手。

 

「やっぱ、ただの快楽殺人主義者かぁ。つまらないわ、はぁ~」

 

 どこか残念そうに短い溜息を付き、吐き捨てるツキコ。

 

 こういう戦いの時における飛び蹴りなど、向かって来る、ジャンプして飛び蹴りは、あからさまに意図がわかり過ぎて、不用意を通り越してただのテレフォンパンチと同じ、今から蹴りますよーと教えるテレフォンキックである。

 

 せめて、ツキコが壁を使った一足飛びの飛び蹴りみたいでなければ、奇襲にもならないのだ。

 

 ツキコはスッと体を左横に移動させ、飛び蹴りを難なく(かわ)す。

 

 後は、飛行魔法や『重量操作』系の能力(スキル)を持たなければ、降りてくるだけである。

 

 そしてツキコは、技を放つ。

 

 ドズン!

 

 ツキコの右足震脚が地面を踏み抜き、地面に陥没した足形が出来る。

 

「ゲブウゥ!」

 

 キバリスが何か潰れたような声を上げ、数メートルほど吹き飛んで地面を跳ね転げまわり、仰向け大の字で動きを止め、口から大量の血を吐出して首を力なく右横に向けると、力なく口をパクパクさせる。

 

 〝天牙影千流柔術、打技・雷鼓(らいこ)

 

 キバリスが地面に着地する寸前に右横から右脇腹を目掛け、右の肘だし体当たりの技、雷鼓を放ったのだ。

 

 右脇腹は深く陥没し、折れた肋骨が内臓に突き刺さり(えぐ)っていた。

 

 ツキコがキバリスに近づき、冷淡な目で見下ろす。

 

「グフッ、ゲボォ……な、なんだ、そのわ、ざは、?」

「ただの肘を突き出した体当たりの技だよ」

 

 キバリスは血を吐き出しながら問い、ツキコがそれに淡々と答える。

 

「なんだ、そりゃ……グハッ……。クソが、なんて目を、しやが、る。そん、な目をした、奴はみ、たことが、ねえぇ。お前、は、一体な、にもん、だ……カハッ、ハアァァ……」

 

 最後の最後で底知れぬ恐怖をツキコに感じながら、深く息を吐くとキバリスの命の火が消えた。

 

 そんなキバリスを黙ったまま見下ろすツキコは、キバリスが死んだのを確認して、(何者? 忍びさ)と、小さく呟くように言い、入場して来た西口へと向かって歩き出す。

 

「なんとぉおおおおおお! ツキコがキバリスを殺したあああああッ! 殺しを楽しむ奴は三流とツキコが言ったが。正にその通りになったーー! 準決勝の勝者は、ツキコだあー―ッ! さあさあさあさあ、次の試合で今年最後の地下闘技場の賭け試合トーナメントは終わりだあ! テメエら、最後の賭けは存分に金を使えよなあ! それじゃあ休憩の時間だ。すぐに再開するから、待ってろよー!」

 

 ツキコの勝利が告げられ、地下闘技場チャンピオンであるブロスとの戦いが決まった。

 

 そして、オッズが発表される。

 

 ブロス・1.2倍

 

 ツキコ・10倍

 

 明らかにチヤンピオンが勝つと予想された倍率であった。

 

 観客が賭けの木札を買う為に、売り場に殺到する。

 

 大穴狙いでツキコに賭ける者や、ツキコファンの観客達がこぞってツキコに賭けていく。

 大半はブロスに賭ける者が(ほとん)どであったが、今年最後の賭け試合であって、かなりの金額がツキコにも賭けられた。

 

 そして、ジーナ達はツキコに全財産を賭け、ミョルマイルは堅実に持ち分の三分の一をツキコに賭ける。

 

 リムルは、金貨三枚から二十枚まで増やしており、全部をツキコに賭けた。

 

(フッフッフッ。勝てば、金貨二百枚! 大金だね、やったね! これは純粋な俺の小遣いだからな! 遠慮なく使えるってもんだ!)

 

 ツキコの正体を知っているリムルからしてみれば、イカサマをしてるも同然であったが、そんな事は気にしないリムルであった。

 

 

 それからブロスの控室では、グラブゲとダートが念押しに来ていた。

 ツキコの戦い方を見て、少し焦り始めていたのだ。

 

「ブロス。勝てるんだろうな?」

「ああ、任せなグラブゲの旦那。この水晶球で見たヤツの戦い方は、大体把握したよ」

「ほおお。それは頼もしいな」

「まあ、大船に乗ったつもりで見ていてくれよ。ヤツの闘気の練り方は恐らくだが、俺より下だ。あの程度の闘気なら、俺は完璧に防げる」

「そうか。だがな、一つ言っておく。万が一お前が負ければ、組織に多大な損失が出る。その時は、お前の命で(あがな)ってもらうぞ。いいなブロス?」

「わかっているさ、グラブゲの旦那」

「ブロス。必ず殺せよ、ツキコを――」

「了解だ、ダートさん。気乗りはしないが、借金の為だ。確実に殺すぜ」

「その言葉忘れるなよ。行くぞダート」

 

 グラブゲはブロスのやる気を確かめると、ダート共に観客席に戻って行った。

 

 喧騒が地下闘技場内を包む中、決勝の時間がやって来た。

 

「さあ待たせたな、野郎ども! 今年最後の賭け試合の始まりだあ! 先ずは、フリーの女闘士であり、今夜のチャンピオンブロスに挑戦する、ツキコの入場だあ――ッ!」

 

 司会の男の紹介が終わると、西側入口から入場して来るツキコ。

 ワアーッと歓声が沸く中、ぽやーっとした笑顔で拳を握った右手を上に上げ、中央に向かって歩き行く。

 

「さてお待ちかね、この地下闘技場の現チャンピオンであるブロスの入場だあ――ッ!! 今年最後の試合で、どんな戦い方を見せてくれるのか!? ツキコはチャンピオンに勝てるのか? まあ、そりゃ無理だろうなあ。なんせチャンピオンは、Bクラスの魔物を素手で殺せる猛者だからなあ! 可愛い顔が潰れるのは見たくはないが、この俺としても……・なんてな、あの可愛い顔がグシャグシャになるのは胸が躍るぜえ!」

 

 言いたい放題の司会の男。

 

 だが、ほとんどの観客達からのブーイングは起こらない。

 

 そう、地下闘技場で行われる賭け試合に出るという事は、こうなるのを覚悟して出るという事なのだから。

 

 ジーナ達が司会の男に向かってブーイングを入れるが、地下闘技場内の喧騒に掻き消されていた。

 

 東の入場口からブロスが入場して来て、更に観客達の歓声が高鳴る。

 

 ドン ドン ドン 観客達が一斉に床を踏み鳴らし、地下闘技場に重低音が鳴り響く。

 

「それではあ――! はじめぇええええええ――ッ!!」

 

 カーン!!

 

 一際(ひときわ)高く、開始の鐘が鳴らされた。

 

 

 ブロスはオーソドックスなボクサースタイルで構えながらステップを踏み、ツキコの間合いに入っていく。

 

 拳を闘気で纏ったジャブ、ストレート、フック、アッパーが、高速連打で繰り出される。

 

 ガガッ ガッ ゴガガガ。

 

 ツキコはそれを肘で迎撃するも、ブロスの拳は砕けなかった。

 

「硬いな、アンタの拳」

「フッ。アンタのそれは、キバリス戦で見たからな」

 

 そう言ったブロスは、左ストレートを放ったと同時に体を左に回転させ、右のバックブローを放つ。

 

 チッ。

 

 それをギリギリで躱したツキコの鼻先を、拳が(かす)る。

 ツキコは掠った瞬間後ろに飛び退(すさ)って、一旦間合いを空けた。

 

 ツーッとツキコの鼻から一筋の血が流れ落ちて来る。 

 

「いいフェイントからの裏拳だわ」

 

 鼻血を腕で拭きながら、ブロスの攻撃を褒めるツキコ。

 

「それはどう、も!」

 

 スパン!

 

 間合いを外したツキコの前まで瞬時に詰め寄り、蹴りを放つブロス。

 その蹴りが、ツキコの顔面を捉えた。

 

 それは只の蹴りではなく、右ミドルキックと思わせてからの、足の軌道を変えた右ハイキックだったのだ。

 

「アガッ」

 

 左顔面に蹴りを喰らい、右にぐらりと傾くツキコ。

 

「悪いな。お前に時間を与えると、何仕掛けて来るかわかったもんじゃないからな」

 

 そう言うとブロスは、ツキコにパンチの猛ラッシュをかける。

 

 パパパパン、ドズッ、ガッガガガガ!

 

 ツキコの右目じりが切れ鮮血が飛び散る。

 

 初撃の数発を喰らったツキコは、ぐらつく足を踏ん張り、両腕で顔面をガードした。

 腹部と両腕に闘気を集中させ、ブロスの猛攻に耐える。

 

 容赦なくパンチの連打を浴びせるブロス。

 その間、息を止めたままであった。

 

 パンチの勢いにツキコの体が徐々に壁際に追いやられる。

 

「セイヤッ!」

 

 ブロスは掛け声と共に、その場で右に身体を(ひね)り、ツキコの腹部に右後ろ回し蹴りを叩き込む。

 

 闘気を足に集中させた後ろ回し蹴りの威力は、数メートル後ろの壁までツキコを吹き飛ばす。

 

「げふっ」

 

 勢い良く背中から壁に激突したツキコの体がバウンドして、前のめりになる。

 

 ブンッ。

 

 ブロスの身体が軽く二重にブレると、砂塵を残して消えた。

 

 そう、ブロスも瞬動法に似た、高速移動技が使えたのだ。

 

 一瞬でツキコの前まで移動して、ツキコの頭を両手で抱えると、膝の連打を放つ。

 

 ドガッ ドガッ ドガッ、膝の連打の中ツキコは身体を左に捻り、頭を(つか)むブロスの右手小指を左手で握り絞め――

 

 ベギッ。

 

 一気に折った。

 

「グアッ!」

 

 骨の折れた激痛に顔を(ゆが)めるブロス。

 

 そこで間髪(かんぱつ)入れずにツキコは、ブロスの髪を両手で(つか)み。

 自分の両足をブロスの両太腿(ふともも)に乗せると――

 壁を背に、両足で思い切り前に蹴り飛ばした。

 

「なにっ!」

 

 ズザザザー、蹴り飛ばされたブロスは腹ばいのまま五メートルほど地面を擦り滑り止まる。

 

「あー、痛ぁ。好き勝手やってくれちゃってぇ」

 

 顔の右目じりから流れる血を右手で(ぬぐ)うと、胸に撒いたサラシでその手を拭くツキコ。

 

 蹴り飛ばされたブロスも身体を起こすも、すぐには追い込みをかけなかった。

 ブロスは折れた小指を引っ張り、無理やり骨を繋げる。

 

「ツッ……。躊躇なく折って来るか」

 

 フラフラと体を揺らすツキコを敢えて警戒し、慎重に間合いを詰めていくブロス。

 

「お前に対しては、油断も慢心もしない。確実に仕留める」

 

 セイッと、短い気合を発し、三日月蹴りを繰り出すブロス。

 

 その蹴りにツキコは、姿勢を低くして地面に右片手を付き、ブロスの足を刈るように左足の水面蹴りを放つ。

 

「させん!」

 

 ブロスは、蹴り足の着地と同時に腰を落とし、水面蹴りを防御した。

 ツキコがすかさず右片手から左片手つきに変える。

 

「シィッ」 

 

 ツキコが息を切るように吐く。

 

 バシン!

 

 ブロスが防御した刹那、ツキコの右足が下から襲い来て、ブロスの顔面を蹴り抜く。

 

「何、下からもう一つの蹴りだと!」

 

 鼻ごと蹴られたブロスは、タ~ッと鼻血を垂らしながら後ろによろめく。

 

 ツキコが放った蹴り技は、水面蹴りが囮で、本命が右足からの顔面蹴りである。

 水面蹴りが決まれば良し、防がれたら右足からの蹴り上げを放つ、二段構えの攻撃技である。

 

 〝天牙影千流柔術、蹴技(しゅうぎ)・幻舞二連脚〟

 

「足癖の悪いのは、アンタだけではないんだよぉ」

 

 ニヤリと、不敵に笑みを浮かべる言うツキコ。

 

「ハッ、そうだな。簡単に殺せるかと思ったが、そうもいかないな。全く、予定が狂うじゃねえか」

「そんな事だろうと思ったよ。ウククッ」

 

 吐き捨てるように言ったブロスの言葉に、スーッと鋭利に細くした目付きで(わら)い返すツキコ。

 

「おおーっとぉ。完全に追い詰められたツキコが殺されるかと思ったがあ。なんとあの状況を持ちこたえ、あのブロスに一撃を入れたぞお! これは、驚きだあー!」

 

 ブロスの猛攻を跳ね返したツキコに、司会の男が驚きながら実況した。

 

「うーむ。ここまでツキコが追い込まれたのは、初めて見ましたな」

「え? そうなの?」

 

 ミョルマイルが少し深刻そうに言うと、それにリムルが驚き聞き返す。

 

「ええ。今までの賭け試合でも、あそこまで猛攻を受けた事は無かったのですよ。これは、ピンチですかな……」

「へえ、そうなんだ(ってかさ、ツキハのヤツ、どこまで身体能力を落としているんだろう?)」

 

 リムルがそんな事を思っていると。

 

《告。個体名:ツキハの身体能力は恐らく、人間であり忍びだった頃まで弱体化させていると推測します》

 

 リムルの疑問に速やかに答える智慧之王(ラファエル)

 

『ほおぉ……忍びだった頃ねぇ。あの二人のいた世界の日本て、この世界の冒険者クラスくらいの身体能力を持っていたのかな?』

《是。恐らく、少なくともCまたはBランク魔物相当の身体能力を有していたと推測します》

『ええ? ちょっと待った。冒険者ではなく、何で魔物ランクなの?』

《告。個体名:ツキハとコハクが今まで話して来た情報を照らし合わせてみても、魔物と比べるのが妥当だと判断します》

『あ、そう。うーむ、魔物ねえ……。やっぱ、アイツらのいた世界の日本はどこか特殊なのか、な?』

《情報不足により回答不能》

『あ、うん。そうだよね。アイツらでさえも、そこら辺はよくわからんと、言ってたもんな。でもなあ、能力制限してまでやる意味あるのかな?』

《告。限定された制約の中での鍛錬だと推測します》

『ふむ。ん? そうだそうだ、ディアブロも言ってたっけ。如何に制限された戦いの中で勝ちを得るのか? その過程が面白いと言っていたな。〝技量を磨く〟、かぁ。俺も今度、ハクロウとの修行で試してみるかな。でも、ギリギリの中での戦いって、本当に大丈夫なのだろうか?』

主様(マスター)の懸念は起きませんのでご安心を。地下闘技場の闇闘士のレベルに合わせていても、個体名:ツキハことツキコを殺せる者などいません。磨き抜かれた技と、千年以上(つちか)った戦闘経験の差は、覆す事は不可能です。主様(マスター)の賭け金は、間違いなく金貨二百枚となって返ってくるでしょう》

『あ、はい。 うん、わかってるよ。あのツキハだもんね。よし、結果はわかっているけども、応援しよう!』

 

 智慧之王(ラファエル)が、冒険者ランクではなく、魔物のランクと言い表したのに更に疑問が沸いたリムルだったが、智慧之王(ラファエル)の情報不足という回答にどこか納得をしてしまうリムルであったのだ。

 

 ツキコとブロスが間合いを一気に詰め、パンチの応酬となる。

 

 時にはフェイントを織り交ぜ、足をピクリと動かしたり、パンチと見せかけて蹴りを放つツキコとブロス。

 

 お互いの拳が頬を掠り、防御した腕ごとお構いなくパンチを見舞うブロス。

 ツキコの腕に青(あざ)が浮かび上がってくる。

 

 ブロスが左ジャブから、右フックを打とうとフェイントをかけ。

 ツキコがそれに反応した瞬間後ろに回り込み、ツキコの腰を両手で抱え裏投げを仕掛けようとするも――

 

 その刹那ツキコは、腰を完全に抱え切られる前に後ろのブロスに向かって押しながら身体を思い切り弓なりに曲げ、一気に身体を回転させた。

 ツキコは腰を抱えたブロスの両手を振りほどき、お互い向き合う形になる。

 

 ゴシャ!

 

 向き合ったと同時にツキハとブロスの拳が、お互いの顔面を捉え殴る。

 

「うがっ。あたたた」

「グガッ。クソが!」

 

 後ろによろめき、顎を(さす)る二人。

 

「何だあああ、あの返し技は!? ブロスの裏投げを防ぎやがったあ!」

 

 この戦いを見て、観客の歓声が一段と高く沸き起こる。

 

 チャンピオンの猛攻もそうだが、ツキコの返し技が見たこともない技ばかりで、司会の男や観客も興奮極まりなかった。

 

 一方、観客席にいるグラブゲは足をカタカタと揺らしながら、あからさまに不機嫌そうにダートに命令する。

 

「ダート」

「はい、ボス」

「万が一が起こった場合。子猫亭の家族を皆殺しにしろ。いいな?」

「は、はい。了解ですボス」

「証拠は一切残すんじゃねえぞ。わかったな?」

「はい。では、サイファーに依頼を出しましょうか?」

「駄目だ。あそこは、こんなチンケな殺しは請け負わん。うちの手練(てだ)れを総動員しろ」

「わかりました。声を掛けて手配します」

「ああ、そうしてくれ。いいか? ついでにツキコが生き残った場合、奴も確実に消せ」

「了解しましたボス。あの家族とツキコ、纏めて消して見せましょう」

「抜かるなよ、ダート」

「ハハッ」

 

 不穏なやり取りを済ましたグラブゲとダート。

 はなからツキコとの約束を守る気は無かった、グラブゲであった。

 

 

「認めよう。お前は強い。だがな、俺の鍛え抜かれた筋肉の防御は崩せない。闘気を纏った俺の筋肉は、魔鋼より強固だ!」

 

 そう言うとブロスは、こぉーっと息を吐きながら全身の筋肉を絞め、闘気を練り上げていく。

 顔面を両腕で覆い、完璧な防御態勢を取るブロス。

 

「ふーん。じゃあ、その筋肉の鎧を壊してやるよ」

 

 ツキコはそう言うと、両手を後ろ手に組み、コキキッと指を鳴らしながら両拳を中指のところだけ少し出っ張らせて握り絞める。

 

 この握る形は中指一本拳といい、肘での攻撃の(くさび)打ちと同じ、一点だけを狙い壊す打撃である。

 

 

 ツキコは両中指に闘気を集中させ、ゆらりとブロスの前に立つ。

 

「いくよ」

 

 ダンと左足を踏み込み、左拳を打ち上げるようにブロスの右脇下に打ち込む。

 

 ドズッ。肉を抉る音が鳴る

 

「ぐおっ!」

 

 ツキコの一撃に、防御を固めたブロスが短い呻き声を上げた。

 

 ドズッ、ドゴォ、ズムッ。右脇腹、左脇腹、左脇下と続けさまに中指一本拳を叩き込んでいくツキコ。

 

 その(たび)にブロスは、苦痛に顔を(ゆが)め呻き声を上げる。

 

「ウグゥオォー。何が、起きたんだ? 俺の、防御が……ぐはあぁっ」

 

 ブロスの打ち込まれた部分が、赤く血が(にじ)み指の先ぐらいの陥没した跡がついていた。

 

 大きく息を吐き、片膝をつくブロス。

 

 面ではなく、点。

 突き出した中指の部分でツキコは、ブロスの筋肉の隙間にこの拳を叩き込んだのだ。

 

 いくら鍛え頑強にした筋肉といえど、魔鋼みたいに一枚の板ではない。

 筋肉には必ず隙間という筋肉の薄い部分がある。

 この筋肉同士が合わさる継ぎ目みたいな薄い部分に打つのが、ツキコの中指一本拳である。

 

「あが、はぁはぁ。何本かの肋骨にひびがはいったか……」 

 

 胸を押さえ、苦しそうに息をして呟くブロス。

 それでも負けるわけにはいかないと、短く息を吸い。

 今度は、長く細く息を吐きながら息を整える。

 

「この防御を崩されたことは、今までなかったんだが……。皆、拳や足を壊しまうからな。その拳の握り、初めて見た。何ていう技だ?」

 

 攻撃をしかけもせずに、息を整えたブロスの前で左半身で左拳を開いたまま眼前に構え、右拳は中指一本拳のままへそ前に置き構えていた。

 

「〝楔打ち・中指一本拳〟と言うんだけど、あたしは普通に、(くさび)打ちと呼んでいるよ」

「そうか。もしかして、パンチを迎え撃ったあの(ひじ)もそうなのか?」

「そだよ。キバリスを殺した肘打ちは、また種類が違うけどねぇ」

「クッ、ククク。いやあ、世の中は広いよなぁ。外には、まだまだこんな技があるんだな。この感じ……忘れてたわぁ。お前、その若さで一体どんな鍛錬を積んだんだよ。ハハッ」

「簡単なことだよ。日々鍛錬、これだけよん」

「なんだそれ、答えになってねえよ。まあ、いいさ。俺はな、借金の為にここで闇闘士をしている。その期間は、後十年戦わなくちゃならねえ。でだ、お前を殺せば五年短縮の、残り五年だ。しかしだ、どうにもお前を殺せる気がしねえんだわ、これが。だがな、俺も地下闘技場のチャンピオンだ。この足が動く限り闘おう。勝敗は、生か死だ!!」

 

 諦めない。

 理由はどうあれ、ブロスは微塵も闘いを投げる気はなかった。

 

 不敵な笑みを浮かべ、ツキコに向かって構えを取ると、ツキコもそれに答え不敵な笑みを返す。

 

「さあ、やろうかツキコ」

「ああ、やろうブロス」

 

 フッと砂塵を巻き上げ、二人の姿が消える。

 

 ガガッ、南壁際付近に現れたツキコとブロス。

 

 パンチの連打がツキコを襲う。

 

「ハアッ」 

 

 パンチの連打から上段左回し蹴りを放つブロス。

 

 それを半歩身を引き(かわ)すツキコ。

 その蹴りを躱したツキコを、ブロスは一歩踏み出し渾身の左ストレートを放った。

 

「ウラアッ!」

 

 ボッと、空気を()く音が鳴り、ツキコの顔面を襲う。

 

 ツキコはその左ストレートを右手で受け流し、そのままブロスに密着するように左に回りながら、ブロスの背後に回り込み後頭部に左肘を叩き込む。

 

「グオッ! やらせるか!」

 

 カウンターのように肘を喰らったブロスが膝をつきかけるが、態勢を崩しながらも右後ろ回し蹴りを見舞う。

 

 体を後ろに少しのけ反らして、その蹴りも(かわ)していくツキコ。

 

 だが躱された同時にブロスが身体全体の力を抜き、脱力した。

 

 後ろ回し蹴りと共に回転した体は、ツキコを真正面に捕らえたまま力なく立ってるように見えた。

 

 その刹那――

 凄まじい速さでブロスの右手刀が放たれた。

 

 ザグッ!

 

 鳩尾(みぞおち)を狙った手刀が、ツキコの胸の真ん中辺りに突き刺さる。

 

 サラシの真ん中下辺り三分の一ほどが綺麗に縦に避けて、そこから血が滲み、ブロスの右手を伝ってポタリポタリと(したた)り落ちる。

 

 手刀に最大限の闘気を込め、予備動作無しに放つ、ブロス必殺の貫き手であった。

 この手刀による貫き手で、ブロスは数多くの魔物を仕留めて来たのだ。

 

「ハ、ハハッ。この手刀で貫く俺の技は、今まで防がれた事、なかったんだよ、なぁ。これに、反応するとか、お前、理不尽だ、ぜ……カハッ、ガハッ、ゲホッ」

 

 喉に込み上げて来た血を吐きながら、力なく言うブロス。

 

 ツキコに刺さった貫き手は、真剣白刃取りみたいに両側からツキコの両手で挟み込むように止められていて、ブロスの右手指の第一関節までしか貫かれていなかった。

 

 手刀を受けたと同時に、ツキコのカウンタの一撃がブロスに蹴り込まれていたのだ。

 

 ブロスの鳩尾(みぞおち)には、ツキコの右足親指がずっぷりと突き刺さっていた。

 

 〝楔打ち・足親指一本蹴り〟 

 

 足の人差し指を、親指の爪に重ね置き支えながら足の親指で急所を蹴る、楔打ちの足指版である。

 

「なんとおおおおおおッ! ブロスの必殺の手刀による貫き手を防ぎやがったああああ! そしてツキコのあの技は何だ? 足の指でブロスの胸を貫いてるなんて、何て足癖の悪い女なんだぁあ――ッ!」

 

 皆が息を飲んで勝敗の行方を見守る中、司会の男が声を張り上げた。

 

「チッ……口ほどにもない。闇闘士チャンピオンが聞いて(あき)れるわ。役立たずのクズが!」

 

 ブロスの負けが確実なものとなった今、観客席からゴミでも見るような目付きで吐き捨てるグラブゲ。

 

「おい」

 

 低く冷たい声で横に座るダートに向かって顎をクイッとしゃくり、それを受けたダートは黙ったまま席を立ち、地下闘技場を後にする。

 

 その一部始終を限定解除した『万能感知』で見ていたツキコは、何事かを呟くように唇を動かす。

 

 ツキコの足の指がブロスの胸から抜かれ、ぽっかりと丸く空いた穴から血が脈打つように流れ出していく。

 

 

「これですぞ。ツキコの変則的な技と闘い。いやあ、本当に見ごたえがありますなあ!」

 

 リムルの横で、さっきまで固唾を飲んで闘いを見ていたミョルマイルが興奮冷めやらぬように言う。

 

(ツキハのあの技。確か、空手や古流武術にあった技じゃなかったか? そうだ、中国拳法にもあったような……えと、そう、龍頭拳だったかな? まあ、これで勝負は付いたな)

 

 ツキコの〝楔打ち中指一本拳〟を見て生前の記憶から、その技と同じモノがあったのを思い出すリムル。

 

 

「まだ、だ。まだ、俺は立って、いるぞ」

 

 口と胸の穴から血を流しながら、震える左手でツキコの左肩に手を置き、まだ闘おうとするブロス。

 

「もう、終わりだよ」

 

 ツキコはポソリと告げると、ブロスの左腕を自分の左肩に乗せ。

 自分の左腕でブロスの首を抱えるように抱きしめて、右手を左手で掴む。

 

 ブロスは左腕をやや上にした形でツキコに抱きしめられる形になり、右腕はだらりと下に垂れ下げたままだった。

 

 これは立ったままの絞め技、立ち三角絞めである。

 

 ツキコは両腕に力を込め、力の限りギューッと締め上げていく。

 

 ブロスは絞められながらも抵抗しようとするも、何故か体の動きが鈍く感じた。

 ただ締められるだけで苦痛が一切無く、抗う力を失うブロス。 

 ブロスの足が力を失い徐々に下がっていき、それに合わせてツキコも絞め上げながら姿勢を落としていく。

 

 やがて、ブロスの視界がスーッと(せば)まり、目の前が黒く染まる……。

 

「ぁ、ぁ……ぅぅ……」

 

 この間、約五秒。

 

 完全に落ちたのを確認したツキコは、そっとブロスを地面に寝かせた。

 

 何故かこの光景を、観客達は声も出さずに見ているだけだった。

 

 まるで、死闘を繰り広げた相手を(いた)わるような仕草に見えていたのかも知れない。

 

「おお? チャンピオン気絶したのか? 抱きしめられたまま昇天とは、一部の者には羨ましい行為だろうなあ。ワハハハハ。さてさて、チャンピオンの様子は、と」

 

 一瞬その様子に見とれていた司会の男が、慌てて口を開いた。

 

 ブロスの状態を確認すること、数秒。

 

「何て事だあ。チャンピオンの意識は完全に飛んだぁああー! これは大番狂わせだぜえ。今年最後の賭け試合は、何とフリーの闘士ツキコが制したあ! 勝者、ツキコおおおおおお――ッ!!」

 

 ワアアアアーッと歓声が上がり、地下闘技場内の空気が震えた。

 

「勝った、勝った。ツキコちゃんが勝ったよぉーー」

「そうだね……ツキコが勝ったね。約束を守って、くれたね……」

 

 ジーナが涙を流しながらアリッサに抱きつき、アリッサも込み上げる感情を押さえジーナを抱きしめる。その横でベネットが目頭を押さえながら、うんうんと頷いていた。

 

 ザンク達も賭け札を頭上に掲げて、ウオォーーと叫んでいた。

 

「やりましたぞ! ワハハハハ、やはりツキコが勝ちましたな」

 

 嬉しそうにリムルに笑顔を見せるミョルマイル。

 

「そうだねミョルマイル君! 小遣いも増えたし、色々参考になったよ」

「それは何よりですな。お誘いして良かったですぞ」

「そうだねそうだね。じゃあ、配当金を受け取ったら帰ろう」

 

 リムルはそう言うと、配当金受け取り窓口へ急ぎ、金貨二百枚を受け取った。

 

 それを人に見られないように『胃袋』へ仕舞うと、上機嫌でミョルマイルと魔国連邦(テンペスト)へと帰って行ったリムルだったのだ。

 

 

 こうして、今年を締めくくる地下闘技場の賭け試合は幕を降ろした。

 

 多大な損失を出したサイファーだが、コルトラが今回の損失を全額負担する事で話はついた。

 

 怒り心頭のグラブゲはアジトに戻り、子猫亭の家族とツキコを消したという報告を待つ。

 

 そんなグラブゲの片腕ともいえるパウザが、荒れるグラブゲを宥めていた。

 

「ボス。だから言ったではないですか。あまりダートに好き勝手やらすなと」

「ハッ!? そんな事言ってもな、ああ見えて金の匂いには敏感な奴だ。それを使わずして、どうするんだ! あ゛あ?」

「お怒りはごもっともですが。あのツキコというフリーの闘士、素性が全く掴めんのですわ。どこを探っても、出てくるのは傭兵であり、フリーの闘士という情報だけなんです、これが」

「はあ!? この街に住んでるんじゃないのか?」

「いえ。不定期にこの国に姿を現す、放浪者ともいえる女ですよ」

「あの、年でか?」

「はい。あの強さがあれば、一人旅など問題は無いでしょうな」

「チッ……放浪者か。なら、背後関係すらもわからんか」

「仰る通りで。しかしボス、どうにも薄気味悪いんですわ。あの女から手を引いた方が良いかと」

「何だと? あんな小娘にメンツを潰されて組織が成り立つか!」

 

 アジトにある十畳程の応接室にある豪華な椅子に座るグラブゲは、激しくテーブルを叩き怒鳴り、部屋にいる十人の配下達の顔も、ツキコへの怒りで険しくなる。

 

(はあ……嫌な予感しかしねえんだわ。荒事にならなければいいんだけどな……) 

 

 荒ぶるグラブゲを宥めすかしながら、パウザは内心で深く溜息をつく。

 

 

 地下闘技場から夜道を帰るジーナ親子。

 

 その後ろから、外套(がいとう)を来た四人の男達が静かに後を付けていた。

 

 ジーナ親子が近道の裏路地へと入ると、男達は無言で示し合わせて腰に差した毒が塗られた短剣を抜き構えると。

 

『やれやれ、(あるじ)様の予想通りですか』

 

 不意に男達の脳内に響く若い女性の声。

 

 真っ暗な路地裏の奥でキラリと光る小さな目が、建物の入口に置かれた樽の上に二つ並んでいた。

 

「ん? 魔猫?」

 

 一人の男がそう言った瞬間、首元にスーッと線が走ると、その線から一気に鮮血が噴出した。。

 首を切られた男が、ドサリと音を立て道に倒れ伏す。

 

「「「何奴!?」」」

 

 残る三人が警戒して魔猫に向かって短剣を構えるが、フーッと魔猫の姿が掻き消えていった。。 

 

「幻影、か?」

 

 一人の男が小さく声に出すと。

 

「「うぎゃあー」」

 

 二つの悲鳴が、男の耳に飛び込んで来た。

 

 男二人が喉元を両手で押さえながら、斬られた喉から血が溢れ、口から血の泡を拭きながらドサッと倒れていった。

 

 吐き息も白く、残った男が真っ暗な路地裏で首を回しながら、灯りのある通りに出ようと後退(あとずさ)る。

 

「どこだ? どこにいるー!?」

『運が無かったと、諦めなさい』

 

 またも頭の中に声が響き、男は闇雲に短剣を振り回す。

 

「くそ。姿を見せろ! どこだ? どこにいる!?」

「ここにいますよ」

「え!? ――ウアッ……ァアア……」

 

 男の眼前をシャム猫種の魔猫が飛ぶように横切り、魔猫が人語を話した事に驚いたと同時に男の喉が、ヤトコの爪で斬り裂かれた。

 

 シューーッと空気の漏れる音共に、喉から霧のように血が噴き出し、男はガクガクと体を揺らしながら倒れ絶命した。

 

 道に降り立ったヤトコは、四人の死体を敢えて始末せずに、離れた所にある建物の影で報告を待つダートのいる場所まで『空間転移』した。

 

「チッ……何してやがるんだ。あの家族殺すのに、手間などかからないだろうが」

 

 夜の寒空の中、白い息を吐きながら愚痴るダート。

 

 そこへ、ダートの首後ろの空間が揺らぎ、女性の手がダートの喉元に伸びてきた。

 

「ひっ! あ、あ、何だ、この手は……」 

 

 若い女性の手が、ダートの喉元をガッと掴んだのだ。

 

「コルトラの幹部、ダート。貴方の手下の手練れは私が殺しました。もっとも、手練れと呼ぶには、あまりにもお粗末な者達でしたけども」

「え? 誰、だお前ぇぇ、おお、グ、エェェェェ」

 

 掴まれた喉が、女の手によって握り潰すように絞められた。

 

「誰? 幽霊です。いいですか、もうあの御方と、その周りにいる者達に関わるのは、お()めなさい」

「幽霊? お、お、お前はル――」

「そこまでです。その名を言うのならば、死にますよ?」

「へあ? あ、ぁぁ」

 

 ダートは、幽霊と聞きある名を思い出すも、ヤトコの外気より冷たい殺気を向けられ、恐怖で言葉を失う。

 

「いいですか? 二度とあの御方と、その周りにいる者達に近づくのはやめなさい。貴方の命など、いつでも狩れるのですから」

「は、はっ、は、はひ」

 

 ダートの後ろで気配を感じられるのは、ヤトコの手のみだった。

 首を右に回し後ろ目で見るも、見えるのは、何も無い空間から伸びて来てる手だけだった。

 

「それと、闘士ツキコに向けた刺客も私が始末したので、悪しからず」

「ほひゃひゃ?」

「では、今夜その命があった事に感謝して、私の言った言葉をその胸に刻みなさい」

「ひゃふ!」

 

 そう言ったヤトコは、指先の爪を伸ばして、ダートの喉元を薄く切った。

 

 赤い線が走り、ツツーッと小さい血の玉が浮かび上がり、ダートが慌てて喉を押さえる。

 喉を押さえたままダートは、ヤトコの気配が消えたのを確認して、砕けるようにその場に両膝を付き座り込む。

 

「奴は、傭兵もやっていた……。よりにもよって、傭兵商会ルヴナンの、傭兵だったのかあぁぁ……」

 

 冷え切るような夜空に(またた)く星を見上げ、何て奴を敵に回したんだと後悔したダートであった。

 

 恐怖に包み込まれたダートは全力で走り自宅に帰ると、カバンに金目の物をありったけ詰め込んで、行き先を誰にも告げずに行方を(くら)ましてしまう。

 

 その後のダートの行方を知る者は、誰いない。

 

 

 そして、地下闘技場を出たツキコは、グラブゲのアジトに来ていた。

 

 入口にいる手下達を次々と倒しながら、グラブゲがいる部屋へと向かうツキコ。

 

「テメエ、何もんだ!? グギャッ」

「誰だこのガキがあー。ぶげぇ」

「おい、止まれ! 止まれって言ってんだろうが! ギャブゥ」

 

 廊下で次々と倒される配下達の声が響き渡る。

 

 ガチャ! 勢い良く扉を開けるツキコ。

 

「邪魔するよぉ~」

 

 いつもの間延びした、めんどくさそうな口調で入って来る。

 

「誰だ、お前は!?」

 

 部屋にいる配下十人の内の一人が、小剣を片手にツキコに襲い掛かる。

 

 配下の一人が右手に持った小剣で斬りかかろうと振り上げた瞬間――

 ツキコの前蹴りが柄頭(つかがしら)を蹴り抜く。

 

 柄頭を蹴られた小剣は、男の手から抜け飛び天井に刺さり、ツキハのダンと踏み込んだ右足と同時に右掌底が男の胸に打ち込まれた。

 

「げふっ」

 

 口を大きく開け、舌を突き出したまま床に倒れ昏倒する配下の男。

 

 それを見て、パウザが怒鳴る。

 

「お前ら、手を出すんじゃねえ! そいつは、お前達では歯が立たん」

 

 ツキコを囲もうとした配下達が、その声に従い後ろに下がっていく。

 

「よっと」

 

 ツキコはその場でトンとジャンプすると、天井に突き刺さった小剣を掴み引き抜く。

 

 引き抜いた小剣を持って、グラブゲとパウザが座る椅子の前にあるテーブルを挟んで、真向かいの長椅子に腰を下ろすツキコ。

 

 そこで手に持った小剣をテーブルに置き、グラブゲの前に差し出し――

 

「ねえ、あたしに剣を向けたという事は、あたしと()り合うという事で、いいんだよね?」

 

 ゆっくりと、表情も無く下を向いたまま淡々と言い放つツキコ。

 

「いい度胸だツキコ! 今すぐその首をかっ切って晒して――」

「ボス!」

 

 座ったまま身を乗り出して小剣を掴もうとしたグラブゲを、強い言葉で止めるパウザ。

 

「パウザ、お前――」

「ボス。コイツ、駄目な奴ですわ」

「あ?」

 

 目を()いてパウザを睨み付けるグラブゲは、その言葉を聞いて疑念の顔になる。

 

 グラブゲが黙ったので、パウザはツキコにある事を問う。

 

「ツキコ。もしかしてだが、お前、あそこの傭兵か?」

 

 問われたツキコは顔を上げると、無言のまま口端をニィッと少し上げ、薄く笑みを浮かべた。

 

 その笑みを見たパウザとグラブゲは、全てを察した。

 

 ツキコは、傭兵商会ルヴナンの傭兵の一人だ、と。 

 

「ボス。あそこの傭兵なら、うちの組織など一人で壊滅させますぜ。ブロスが負けるハズだ。この件からは一切手を引く、いいですね?」

「あ、ああ、わかった。それでいい」

 

 パウザの言葉を素直に聞くグラブゲ。

 

 今一状況が飲み込めない配下達だったが、グラブゲとパウザの様子から、ツキコがただの闘士じゃない事だけは理解したのであった。

 

「じゃあ、あたしは帰るよ。あ、そうだそうだ」

「何だ?」

 

 ツキコが立ち上がり、何かを思い出し、パウザが訝し気に尋ねる。

 

「ブロスの事なんだけど。あたしにここまで傷をつけたヤツは久しぶりだから、称賛に値するよ。負けたけど五年短縮してあげなよ。アイツはまだまだ強くなる。そうしたら、アンタらの儲けも増えるだろう? また、闘いたいしさ。いいよね?」

「わかった。五年短縮しよう。だが、残り五年はキッチリ稼がせて借金を返してもらう」

「うん、それでいいよ。あ、そうそう。もう一つ忘れてた」

「まだ何かあるのか?」

「あたしと、子猫亭の家族に差し向けた暗殺者は殺したから」

「そうか。うちの手練れを殺されたのは痛いが、それに関しては文句は言わん」

「なら良かった。じゃあ、行くわ」

 

 そう言うとツキコは、グラブゲのアジトを後にする。

 

 この一件で大きな損失を出したコルトラは、後にサイファーに吸収されるのであった。

 

 

 

 地下闘技場賭け試合から夜が明けた、朝。

 

 あの夜、子猫亭に来なかったツキコを心配して一睡もしていないジーナが、大欠伸(おおあくび)をしながら店の前を掃除していると、ザンクが小走りで子猫亭にやって来た。

 

「あら? ザンクじゃない。おはよう」

「おう、オハヨウ。ジーナ、お前あれから寝てないのか?」

「うん。ツキコちゃんが子猫亭に来なくて心配だったから」

「そうかぁ。そうだこれを」

 

 と、言いながらザンクは小さい木の板の手紙をジーナに渡す。

 

「これ、ツキコちゃん?」

「ああ。今朝早く、ツキコの知り合いという女が来てな、これをジーナに渡してくれと頼まれたんだ」

 

 そう言われジーナは、木の板に書かれた文字を読んでいく。

 

 ――ジーナごめん。急用が出来たから、日が昇る前に立つ事にした。

 ちゃんと稼いだみたいで安心したよ。

 言った通り、勝っただろう。フフフ。

 

 今度またこんな事があったら、酒場街外れにある〝BARモウチュール〟に行くといいよ。

 そこのマスターにあたしの名前を出せば助けてくれるから。

 

 それじゃあ、またねー。女将さんと旦那さんにヨロシク!

 

 ツキコより、ジーナへ――

 

「馬鹿……。お礼言えないじゃない。今度って、また数ヶ月後になるじゃない……」

 

 ジーナの頬を涙が伝い、木板に落ちて、インクで書かれた文字がジワリと(にじ)んでいった。

 

「ほんと、気まぐれで魔猫みたいな子だよ、ツキコちゃんて……」 

 

 寂し気にポツンと小さく呟くと、グイッと服の袖で涙を拭き、空を見上げるジーナ。

 

 どんよりと重く垂れ込めた雲から、粉雪が舞い落ちて来て、鼻の上にふわりと乗る。

 白い点が空に広がるのを暫く眺めるジーナ。

 

 やがて、辺り一面を白く染めるほどに雪が舞い散り、ジーナはザンクに「朝食はまだでしょ?」と言い、二人して子猫亭に入って行った。

 

 

 ツキコとしての遊びが終わり、ツキコはツキハへと戻る。

 

 魔国連邦(テンペスト)へと帰ったツキハは、またリムル達と地下迷宮(ダンジョン)創りに精を出す。

 

 

 これは――

 

 気まぐれで、自由な日々を謳歌するツキハのちょっとした日常の一コマで、あった。

 

 

 





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