忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件 作:にゃんころ缶
ヨウム一行が去って昼になり、忙しさが落ち着いた頃。
来客は次々と訪れてはいるも、彼等も夜の晩餐会に備えて、会談どころの話ではなかった。
リムルと会いたがっている者達は多いようだが、そうした者達は祭りの後に残ってもらい、予定を入れてもらう事にしたリムル。
そうしてリムルは、ようやく自分の時間を確保して、事前の約束通り、イングラシア王国までユウキを迎えに行くことにした。
そしてついでに、学園にも顔を出し、子供達を迎えに行く。
これは、せっかくの祭りなので、自分が教えていた子供達にも祭りを楽しんでもらおうと、リムルなりの配慮であった。
『空間移動』を使い、イングラシア王国に到着したリムルは、迷わず自由組合本部に向かう。
そして、リムルは自由組合本部に入る前に、いつもの仮面を被る。
近代的なガラスの製の魔法制御による自動ドアを抜けて、これまた魔法制御による空調の効いた空間に入るリムル。
その途端、鋭い視線が一斉にリムルに突き刺さるが、それを意に介せずリムルはズンズンと受付へ向かった。
リムルは受付で名乗り、ユウキへと取り次いでもらう。
話は既に通っていたようで、すぐに受付嬢がユウキのいる執務室へと案内する。
「やあリムルさん、久しぶり! 大変だったみたいだね」
「大変なんてもんじゃないよ? ヒナタに襲われるわ、ファルムス王国の軍勢が攻めてくるわ、果ては魔王達から呼び出されるわ、番外魔王の二人は住み着くわで……これでもかってくらいに、色々あったんだよ。それを、大変の一言で片づけられてもねえ?」
「アハハ、それで済むのが、リムルさんらしいよ(へえー。本当に僕達の事リムルさんに言ってないんだ、番外魔王コハクは。契約は絶対、か。ほんと律儀だね、魔物のくせに……)」
リムルはユウキに冗談めかしに答えた。
一方ユウキは、労いの色を言葉に
「ま、ヒナタとも和解出来たし、結果オーライだな、まったく。ハハッ」
「そうらしいね。僕もヒナタとはたまに会って情報交換してたからね。リムルさんの人柄はちゃんと伝えていたけども、ヒナタってほら、かなり疑り深いから」
「ああ、わかるわかる。人の話全く聞かないもんな、アイツ」
「そうそう。自分の目と耳で確かめた事しか信じないタイプ。今までもそれで、僕がどれだけ苦労した事か、はっ、ははっ……」
「だよなぁ……」
「ところでリムルさん」
「ん、何だ?」
「ルヴナンと契約したって本当なのかな?」
「ああ、本当だ」
「そっかぁ。お願いだから、人類に牙を剥かないように、気を付けて見てて欲しいかな」
「うーん。アイツら相手に正直保証出来かねないんだけど、まあ、そこは頑張ってみるさ」
「ふふ。本当に正直だね、リムルさんって」
「そうか? ハハッ――」
とこういう具合に、ヒナタには二人とも苦労させられているという事で、リムルとユウキの会話は盛り上がった。
そこからリムルは開国祭への参加を問うと、ユウキは二つ返事で応じた。
そして席を立つと、誰かを呼びに行ったのだ。
やがて、一人の女性を伴って帰って来た。
「紹介するよ。名前をカガリと言って、自由組合の
そう言ってユウキは、その女性をリムルに紹介した。
(へえ、美人のお姉さんかぁ。お淑やかな
リムルは、紹介されたカガリを見て、そのように内心で感想を言い並べる。
「初めまして、リムル・テンペスト、いえ、魔王リムル様。ワタクシはカガリと申します。お会い出来て光栄ですわ」
「初めまして。ここに来たのは二回目なんですけど、以前はお見かけしませんでしたよね?」
「うふふ、それは仕方ありませんわ。ワタクシ、最近こちらに帰って来たばかりですの。遺跡探索を生きがいにしており、つい先日、西方にある世界最大級の古代遺跡〝ソーマ〟を
カガリは、自由組合探索部門の頂点に立つ人物だった。
そして、ユウキが自由組合を立ち上げる前から、遺跡探索に明け暮れていたらしい。
自由組合の前身である冒険者互助組合には参加しておらず、そんなに名が知れた人物ではないとユウキが言った。
しかしその実力は確かなもので、ユウキが是非にとスカウトしたと説明する。
「遺跡の踏破といっても、謎を全て解明した訳ではないのですけどね。最深部までの地図を描き終えたというだけであり、まだまだ謎は残されていますわ。それに、荒らされた形跡も、入られた痕跡もないのに、何というかですね……。こう、何か引っ掛かるというか、違和感というか、不確かな感じを受ける遺跡も多々ありまして、これを解明するのも中々に楽しいものがありますね」
「へえ、そんな遺跡もあるんだね。でも、そこからは探索系の冒険者の仕事だよ。カガリが残した地図があれば、彼等でも十分に探索が可能だと思うしね」
ユウキとしては、一人の優秀な探索者に全てを任せるのではなく、これからは人手をかけた発掘作業を計画していると言った。
若手の育成にもなるし、一石二鳥という考えを示した。
現在カガリは、Bランク以上の探索系冒険者の育成を務めている。
そしてその報酬は、かなりの額になるとユウキは言う。
遺跡から発掘された遺跡品の売り上げから、その一部がカガリへと支払われていたのだ。
組合が遺跡品売買を手掛けて、管理しているらしい。
しかしそこでユウキが、苦笑いしながらこちらでは手が出せない闇オークションでは、かなりの値打ちの品が度々出品されていると話した。
その出所は不明で、尚且つ、その品を出した者の痕跡すら掴めないとぼやく。
それを聞いたリムルはというと……。
(掴めない、か……。スマン、それ、多分、ルヴナンの眷属達だわ。アイツらの中に骨董品収集とか遺跡探索を趣味にしてる集団がいるんだよ。うん、これは俺の国とは関係ないからね? ほんと、ないから)
心の内で言い訳をしながら、俺は知らない、見た事も聞いた事もない事にしよう、そうしようと、心に決めたリムルだった。
(あ、そうだ。遺跡と言えば……)
「ちょっと聞きたいんだけどさ、遺跡の権利って誰になるの? その遺跡がある国が管理しているのかな?」
「うーん、それはちょっと難しいかな。そうだね、今話題になった古代遺跡〝ソーマ〟の場合は、自由組合が管理を受け持っている。でも、その場所が微妙でね。西側諸国が属する地域の更に西、〝不毛の大地〟と呼ばれる砂漠地帯で発見されたんだ」
「そうね、厳密に言えば〝不毛の大地〟とは、魔王ダグリュールの支配領域に面しているのです。なので誰もが恐れて、この地方を支配してる者がいないのですわ。こうした空白地帯に存在する遺跡などは、その所有を訴え出る者などがいないというのが現状なのです。まあ、仮にですが、それを主張する馬鹿がいたとしたら、番外魔王くらいでしょうけども。でも、、
(ん、あの二人? カガリ女史って、番外魔王の事を知っている? ……いや、考え過ぎか。史実や伝承で、嫌というほど悪評や恐れが知れ渡っているから、多分、知識としてだろうな)
リムルはカガリの一言に妙な引っ掛かりを覚えるも、それを気のせいだと流した。
「そうかぁ……。じゃあやっぱり、あそこの扱いは慎重に考えないと不味そうだな……」
「ん? リムルさん、何か気がかりがあるのかな?」
リムルの反応が気になったのか、ユウキが聞き返す。
「実はさ、クレイマンの本拠地に遺跡があったんだよ」
「何ですって? それは本当ですか!?」
リムルがそう言った途端、カガリが喰い付いてきた。
それは、殺気すら感じる、熱い眼差しをリムルに向けるほどに。
リムルは少し驚くも、
クレイマンがやたら財を集めていた事。
部下には、魔法の武具を与えて、戦力の増強を図っていた事。
それは恐らく、その遺跡からの発掘品を利用していたのではと、説明した。
そして、ここで問題となるのは――
「それでだ、クレイマンの領土に関して、その他諸々の扱いは俺に一任されているんだ。将来的には魔王ミリムが
「ふーん、そのままリムルさんが管理しないのかい?」
「それはちょっと難しいかな。東の帝国に面する場所だし、防衛線を考えるのが面ど――大変なんだ。現状、そこまで俺達は戦力を回せないからね。それに、ルヴナンに別件で依頼を出す資金的余裕は、今はないんだ。開国祭にかなりの予算を
ここでリムルは、上手く事実を織り交ぜながら、嘘の言葉を入れ込んだ。
クレイマン領は東の帝国との緩衝地帯にある。
険しい山々の間に、〝死の渓谷〟と呼ばれる街道があり、舗装もされていない荒れた道だが、そこを通ればクレイマン領と東の帝国を行き来する事が出来るのだ。
不死系の魔物や魔獣が多い難所ではあるが、クレイマン達がそこを利用していた情報はルヴナンから上がっている。
そして、帝国が何らかの策を巡らせていた可能性を、コハクが指摘していたのだ。
だから、そんな場所に軍を派遣しようにも、今のリムル達には人手が足りないのも事実である。
ジュラの大森林全域を管理するだけでも、かなりの労力になるのだ。
だがしかし、非公式ながらも緩衝地帯には、ある部隊の監視がついていた。
そう、ルヴナン傭兵の斥候部隊と、数名の眷属が交代でその任についていたのである。
特に空の監視は眷属の中でも随一、空を飛ぶ事を得意とする者、千番目の眷属センコが空の監視と防衛の一手を引き受けていた。
いくら緩衝地帯でも、野放しは悪手だと考えた結果リムルは、傭兵商会ルヴナンに依頼を出したのである。
これは〝第一級機密事項〟であり、この事をリムルは、ユウキとカガリには明かさなかった。
リムルとしては、クレイマン領はミリムに任せておいて、万が一にも帝国が動いた時には、全部ミリムに任せてしまおうと考えていたのだった。
「じゃあ、その遺跡を探索しようとするなら、魔王ミリムの許可がいる訳か」
「そうなるな」
「そうですか……。その遺跡にはとても興味があるのですが、何とかしてお邪魔させてもらう訳にはいかないでしょうか?」
「うーん。言えば許可をくれるだろうけど、間違いなく自分も行くと言い出すぞ、アイツ。しかも、そんな面白そうな案件は、無理やりにでも遊び友達のツキハを連れてくるだろうしな」
「そ、それは……」
流石に、魔王ミリムに番外魔王ツキハと一緒に探索は
凶悪極まりない評判のツキハと、やはり同じく恐怖の対象となっているミリムが一緒なのは、そうなるよなとリムルは、カガリを見てそう思った。
(ミリムならついてくる。間違いなく、くる。それも、無理やりにでもツキハを引き連れて。ならば――俺も一緒に行けば問題はないのではあるまいか)
「まあ、どうせ調査はしようと思っていたんだ。だから、カガリさんのようなプロに来てもらえると心強いかな。これも何かの縁だし、俺が自由組合へ報酬を払う感じで調査依頼を出そうと思うんだけど、どうだろう?」
「それはつまり、発掘品の権利はリムルさんが取ると?」
「いや、それは要相談かな。俺としては売り払うよりも、国に博物館も造ってあるからそこに展示したいと思っているんだ。一応はミリムの領土に属しているから、アイツとも相談しないとだしね。今決めるのは難しいかな」
「なるほどね。どっちにしろ、調査はするって事だね?」
「そういう事!」
「なるほど、ワタクシとしても、探索にかかる経費に頭を悩ませなくて済むのならば、その申し出は嬉しい限りですね。魔王ミリムとの交渉をお任せ出来て、番外魔王ツキハも面倒見て頂けるのなら、是非とも引き受けたいと思いますわ」
(カガリさんも、お金目的じゃなくて、学術的興味が先行するタイプだな。ならば、問題ない。ミリムの説得は俺が行うとして、ついでにツキハの面倒も見ようじゃないか)
とりあえずミリムの件と、ツキハが同行した時の事も自分で面倒を見る事を決めたリムルであった。
「頼めるかな?」
「ああ、その依頼、是非とも自由組合に!」
「楽しみですわ。それではワタクシは、ユウキ様の留守を守る傍らで準備を整えておくとしましょう」
「それじゃあ、お願いしますね。俺達だけ祭りを楽しむようで悪いけど」
「ウフフフ、構いませんわよ。それではユウキ様、楽しんできてくださいませ」
「ああ。それじゃあ、後は任せたよ!」
そう挨拶を交わし、リムルとユウキは組合本部を後にする。
思わぬところで探索の
だがしかし、ミリムとツキハを一緒に遊ばせる事が、
こうしてリムルは、次なる目的地に向かうのであった。
★★いきなりの来訪客、ヒナタ★★
開国祭、二日前の出来事。
ツキハとコハクは昼の警護を終え、コハクは一足先に自宅へと戻って行った。
残るツキハは、夜の警備の打ち合わせをソウエイと夜の部担当の眷属達と行っていた――
「じゃあ、ソウエイ達は迎賓地区に観光娯楽地区を担当ね」
「了解です、ツキハ様」
「それで、ロモコ。アンタらは、テンペストの外周と商工業地区に、全ての路地裏を警戒、わかったね? ロロロオは、それをサポート」
「り、了解ですぅ~」
「任されてよ、ツキハ様」
「で、あたしはルヴナン支店に寄って自宅に戻るから、何かあったら
「「「「「はっ!」」」」」
ツキハがそう言うと、ソウエイ以下ロモコ達は影を消すように散って行った。
そしてルヴナン支店に寄って今日の報告を済ませたツキハは、自宅へと向かう。
いつもはめんどくさがりのツキハでも、
というか、こんな時は真面目に働かないと、コハクの説教地獄が待っているのでやらざるを得ないといったところでもあったりする。
「あー、疲れたぁ。早く遊びたいよ~。はあぁー、風呂入って、一杯やろう」
と、独り
「たーだいまぁ~」
いつもの口調で家に入ると、三人の声が返って来た。
「おかえりやす」
「おかえりなさい、ツキハ様」
「おかえり」
土間に入ったツキハは、一人だけいつもの声と違う事に気付き、囲炉裏の前で魔黒米の吟醸酒を飲んでいる女性を見る。
最初に言ったのはコハクで、次に言ったのがイチコ、そして――
「アンタ、ここで何してんの?」
三人目の声の主に問うツキハ。
「見ての通り、晩御飯をご馳走になってたのだけど?」
そう三人目の女性、ヒナタがそう言った。
「へえー、誰がこの家に入っていいって許可したんよ?」
スーッと目を細めて言い放つツキハ。
そんな事を意に介せずにヒナタが返す。
「コハクだけど?」
「へ?」
コハクと聞いて、思わず間の抜けた声を出すツキハ。
「おい、コハク。あたしの許可は――」
「黙りやツキハ。うちが許可したんや。文句があるなら、うちにいいなはれ。今日のヒナタは、うちの客や」
ツキハが言いかけた言葉を
「ぐぬっ、ぐぬぬぬぬ……」
そう言われて言い返せないツキハは「ま、いいか」と言うと、魔黒米の
ツキハの脱いだ足袋と外した脚絆をイチコが受け取り、
「ツキハ様。先にお風呂になさいます? それとも、晩御飯になさりますか?」
と、イチコがツキハに尋ねる。
「ん~、そうだね、先にお風呂して来るから、その間に晩ご飯の準備お願い」
「
イチコはにこやかに言うと、台所へ向かい、ツキハの晩御飯の準備を始める。
ツキハが風呂に入ってる間コハクとヒナタは、軽い談笑をしながら食べかけの晩御飯を食べていた。
やがて、風呂から上がってきたツキハが紺色の
今日のツキハの晩御飯は、
イチコが晩御飯が載った
ツキハは、カラッと音を立てながら一升瓶を長桶から取り出すと、最近リムルが作ったガラスのコップに並々と冷えた酒を注いでいき、それをゴクゴクと美味そうに半分ほど飲んでいった。
「うまーーッ!」
カタンとコップを置くと、満足気に声を上げた。
そして、切り揃えられたサイコロステーキを、これもまた美味しそうに
ここで人心地ついたツキハは、最初に思った疑問をヒナタに問うて来た。
「ねえヒナタ、アンタ何でここにいるの?」
「ただの、最終確認よ。祭り開催期間中のルミナス様警護の為のね」
「へえー。それは、勤勉な事で」
どこか、それ本当の理由と言いたげなツキハ。
「何よ?」
「いや、最終確認って、それだけなのかなと、思ってね」
ツキハはそう言いながら、下から覗き込むようにヒナタを見る。
「はあ……。別に、他に理由があってもいいじゃない。三日という短い日数を楽しむ為には、どんな屋台が出るのか事前に知っておきたかったのよ。悪い?」
短い溜息の後ヒナタは、もう一つの目的は自分の楽しみの為の下見と吐露する。
「なるほどね、そりゃ悪かったわ。自分の為の自由も大事だからね。あ、そうそう、あたしも屋台を出すから、良かったらおいでよ」
「え? 貴女が屋台を出すの?」
「そだよ~。ヴェルドラと一緒にね。ふふ」
ヒナタに嬉しそうに言うツキハ。
「ヴェルドラって、あのヴェルドラなの?」
「当たり前じゃん! ヴェルドラが二人いてどうすんのよ。怒るよ? まったく」
「はいはい、悪かったわねツキハ。でも、祭りを見に来た人達があのヴェルドラって知ったら、パニックになるのではないかしら?」
「あぁ、その辺は大丈夫。あたしもヴェルドラも偽名を使う事にしてるから」
「そう。でも、せっかくの祭りなのだから、自重はしてよね。群衆パニックなんて、御免だから」
「わかってるよ。そこはリムルからも釘を刺されているから、大丈夫よ?」
「ねえ」
「なに?」
「そこで首を傾げて、疑問形にするのは
「あいあい」
ツキハの返答に顔をしかめつつ言うヒナタ。
そんなヒナタをクスクス笑いながら見るツキハであった。
「あ、そう言えば、コハク。ヒナタが客って、何で? 遊びに来たんじゃないの?」
「遊びやないで。あの件や」
「あの件……うーん、何の件?」
「ロイの代わりの件や」
「ああ! あれかぁ」
ロイの名前を聞いて、ようやくあの件を思い出しポンと手を打つツキハ。
「それで、どうなったの?」
「それがな、あんさんが出した依頼料の料金設定全てを吞んだんや」
「ええ? あれ、ボッタクリもいい料金設定なんだけど? 依頼を断らせる為に出したんだぞ! マジかよ、何なんだあの女は!」
「フフッ。ルミナス様の言う通りね。あ、ルミナス様の言葉をツキハに伝えるわね。『どうせ嫌がらせで出した料金設定じゃろう。ならば、受けてやるわ。せいぜい、魔王らしく暴れられる者を寄越すが良い。たわけ猫が!』だそうよ」
クスリと笑いつつ、ヒナタがツキハに言った。
それを聞いたツキハは、顔を真っ赤にして立ち上がり、『空間転移』しようとすると。
「はああ!? ちょっとあの吸血鬼ロリババア、シバキに行ってくるわ――」
「やめなはれツキハ。あんさんが風呂入ってる間に、うちが了承して契約は成立したんやで」
「え? 気は確かか、コハク」
「なに眠たい事
「いや、そこは断ろうよ。気でも触れたんか、コハク?」
「頭爆発してるんか、あんさんは? こんなボッタクリ値段に応じたんや。なら、そこからしっかり頂くんが、うちらやろ!」
「あ、え、いや、はい。いや、でも――」
「でもも、嫌もないさかい、これは決定事項どす。ほんまに嫌なら、今からルミナスのところに行って、キチンと断ってきなはれ!」
「あう……」
依頼を断らせるつもりで出した料金設定が、逆にやり返された形で返って来て、ぐうの音も出ないツキハであった。
契約が成立したならば、契約にのっとった形で交渉しなければならない。
それが、ルヴナンの方針であり、そうやって来たのだから。
あくまでも力に訴えるのは、契約相手が重大な契約違反をした時か、明確な裏切り行為に出た時のみ。
まさか受けるとは思わなかったツキハは、ご丁寧に依頼受諾書まで送付していたのだ。
そう、ルミナスに自分の意図を察知され、完全に墓穴を掘った形になったツキハだったのである。
こうしてツキハは折れ、仕方なくコハクとヒナタを交えた、派遣する魔王役の眷属は誰にするかの話し合いになった。
「魔王みたいに暴れるいうんなら、ニコでええんやないか?」
「コハク。万が一ニコがブチ切れたら、誰が止めんのよ。わざわざあそこに止めに行くなんて、あたしは嫌だからね」
「え? それ、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。確実に死人が出るけど?」
「そう。なら、ニコ殿はやめてちょうだい」
最初に名が挙がったニコは、即却下された。
それからサンコの名が挙がるも、ツキハが「サンコはあたしの〝
次にツキハがロモコでいいじゃんと言うと、コハクが「アカンアカン。ロモコは切れたら何やらかすかわからんし、めっちゃ危ないねん。優柔不断が一転して、殺戮ワッショイになりますえ」と、即断りを入れてくる。
それからは、やれアイツならよくね? いやアレはアカンとか、次から次へと名が出ては却下されていく眷属であった。
そして、それを黙って聞いていたヒナタが――
「ねえ、貴女達の眷属って、問題児しかいないの?」
と、どこか呆れたように言う。
「うん、こんな感じのあたしの眷属です」
「せやね。これが自慢の、うちの眷属やねん」
ヒナタの言葉に、悪びれもせずに、堂々と返すツキハとコハクであった。
「ツっ……」
わかってはいたが、こうも堂々と返されると、次の言葉を失い額に手をやるヒナタ。
「お!」
するとそこへ、何か閃いたように手をポンと打つツキハがいた。
「ムツオで良くね? アイツ今、警備のお役目しかないから、凄い暇してるだろうし。性格的に打って付けじゃん」
そう一人の眷属の名を告げるツキハ。
「せやねぇ。ムツオなら適任かも知れまへんなぁ」
ツキハの意見に同意するコハクであった。
そして、早速ムツオを呼びつけるツキハだった。
暫くして、ガラッと引き戸が引かれる音がして、短髪白髪の人間が入って来た。
「あー、ツキハ様。何か用っすか? あ、コハク様もお疲れ様です」
挨拶しながら入って来たのは、夜の警備で人型に変幻しているムツオで、着ている服は、濃紺色の着流しの男用着物で、
「来たねムツオ。夜の警備中に悪かったね」
「いやあ、それはいいんですけど、って……? 何で聖騎士団長ヒナタがここにいるんですかい!?」
挨拶をしながらいきなり目に飛び込んで来た囲炉裏端に座るヒナタを見て、ムツオは声を上げる。
「抜くんじゃねえぞ。今のヒナタは、ルヴナンの客だ」
ツキハの声に、ムツオはビクッと手を震わせ、刃を三分の一ほど抜いた辺りで手を止める。
「客、ですかい?」
ムツオは、右眉をピクリと跳ね揚げ、
「そうよぉ。コハクが受けて契約が成立したの、さっきね。だから、ヒナタは客だ」
「そ、そうですかい。ルヴナンの客なら、仕方ありませんね」
一応納得したムツオは、大人しく野太刀を空間収納に仕舞う。
そして、不機嫌そうに言うムツオ。
「で、俺に何をしろと?」
土間に立ったまま腕を組み、とても面倒くさそうな表情を浮かべる。
(ほんと、ツキハとコハクの眷属達って、
ツキハとコハクの眷属達のこんな対応は、宴会の時の滞在時に何度か目にした事があっても、やはりどこか信じられないといった感じのヒナタだった。
「アンタさ、神聖法皇国からというか、ヒナタから要請があった時にだけ、ニャンコ魔王として神聖法皇国ルベリオスで、適当に暴れて来てよ」
「はああ!? 気は確かか!? ニャンコ魔王!? 馬鹿かツキハ様は!」
「アンタよりは、馬鹿じゃないよぉ」
「いやいやいやいや、あんなバ、じゃなく、おっかない魔王がいるところで暴れるとか、冗談じゃねえ!」
言葉のはずみで、ババアと言おうとしてヒナタに睨まれ、慌てて訂正するムツオ。
「とにかく、四の五の言わずに、お仕事やりな。これ、決定事項だから」
「おい、ツキハ様。今ここで、下剋上すんぞ?」
「やってみな。魂を塩漬けにして、百年くらい壺に封印してやんよ」
「あ゛あ? やってみろよ、こんの、守銭奴馬鹿
「ふーん。いいよ、表に出な」
「上等だ、ゴラアッ!――」
「待ちや」
「へ!?」
表で一戦やらかそうとするムツオを、コハクの冷え切ったような一言がムツオに浴びせられた。
「そこまでや、ムツオ、自重せんかい。客の前で醜態晒したら、うちが許さへんでぇ。それでもやるなら、覚悟しいや」
「へ、は、ほ、はい……」
ドスの効いた声でムツオに言い放ち、それに完全に
「ツキハもいい加減にしなはれ。あんさんらが、ガチでやりあうと、ルヴナン敷地内がえらい事になるさかい。じゃれ合いは、迷宮でやりなはれ。ほんまに、しょうもない事で、うちの手を
「へいへい」
「す、すんません、コハク様」
コハクの小言にツキハは
そこへヒナタが、素朴な疑問をぶつけて来た。
「ねえ、コハク。ちょっと聞くけど、いいかしら?」
「なんえ?」
「もしもだけど、ニコ殿かサンコ殿が、ツキハとガチで戦ったら、やっぱりこの敷地に多大な被害が出るのかしら?」
そう聞かれたコハクは、コップに残った吟醸酒を飲みながら――
「被害? まあ悪くても、ここら辺一帯が跡形もなく消し飛びますやろな」
事無げにそう言って、酒を飲み干したコップをコトリと
「アイツらは、別格なんだよ。悔しいがな……」
コハクの言った事にムツオが小さく
それを微かに聞き取ったヒナタは、意を決してコハクとヒナタを、交互に見ると、キッチリと正座をし姿勢を正すと――
「お二人にお願いします。どうか、このムツオ殿を、ロイの代わりとして、お貸し願いたい」
荒ぶった態度に暴言のムツオ。
しかし、同じ眷属であり仲間でもあるニコとサンコに対して、その力を認めているという発言。
そう、ムツオはただの
何故ならば、〝己を知り相手を知れ、そして、技量を磨け!〟 が、ツキハとコハクの教えなのだから。
ツキハとのやり取りは、眷属特有のコミュニケーションの一環であり、ツキハもムツオも、そこはわかっているから出来る喧嘩なのである。
むしろこれがあるからこそ、主と眷属との関係が保たれていると、どうにもこうにも不思議な主従関係が存在していたのであった。
聖騎士団長でもあるヒナタがこれをどこまで感じ取ったのかは、わからない。
しかし、どこか、思うところがあったのだろう。
ニコとサンコは、どうみてもオーバーキル過ぎる。
ロモコは、不確定要素が多過ぎる。
他の眷属も、どうもこの依頼に向いてはなそうだった。
しかしムツオは、加減さえしてくれれば、ロイの代わりを十分に果たしてくれると、ヒナタは判断したのだ。
何よりもヒナタには、ムツオが魔王らしく傍若無人の振る舞いを、素で出来そうに見えたのだった。
「ムツオ。あんさんに
ムツオは
「いいかい、ムツオ。相手を怪我させてもいいけど、殺しは厳禁。アンタなら、それくらい造作もないでしょ? 報酬は、期待していいぞぉ。ククッ」
「はい、ツキハ様。仰せのままに」
ツキハの言葉に
「ヒナタ。言っとくけど、ムツオは強いよ」
「ええ、その漏れ出る
ツキハがニヤリとした表情で言うと、同じくヒナタもニヤリとして返す。
そこでコハクがパンパンと手を叩き、言う。
「はいはい。後は、ヒナタと打ち合わせをやりなはれ、と、言いたいところやけど、もうすぐ開国祭や。祭りが終わった後でええかいな、ヒナタ?」
「ええ、構わないわコハク」
こうして、ロイの代わりの魔王役をやる者が決まり、とりあえずムツオは夜の警備へと戻って行った。
それから二時間ほど三人は酒を酌み交わし、雑談じみた会話を繰り広げ、ヒナタが予約している迎賓地区の旅館に帰ろうとすると、コハクが呼び止める。
「もう帰るんか? 何ならここに泊まっていきなはれ。せや、うちの部屋で寝てもええで」
「え? うーん、そうね。どこかこの家落ち着くから、そうさせてもらおうかしら」
それを聞いたツキハが、目をまん丸にして黒魔猫化する。
ヒナタを見上げながら、信じられないといった風に言った。
「なあ、ヒナタ。アンタさ、頭、大丈夫か?」
「え? 失礼ね、意味不明よツキハ」
「うん、アンタがそうなら、あたしは何も言わない。泊まっていけばいいよ。じゃあ、ごゆっくり~♪」
そう言うとツキハは、スタスタと自分の部屋に行き、前足で
ヒナタはこの後宿を取ろうとしていたので、コハクとツキハの家に泊まる事にした。
そして、コハクに促されて二階の部屋に入るとヒナタは入り口で立ち止まり、コハクに向き直る。
「ありがとう、コハク。遠慮なく貴女の部屋を使わせてもらうわね」
「え? いや、一緒に寝よ――」
「それじゃあ、おやすみなさい」
ヒナタはそれだけ言うと、ぴしゃんと襖を閉めて、ご丁寧に襖が開かないように、封印の魔法をかけてしまう。
「あ、そうそう。私、寝てる時に部屋に入られるの嫌いなの。だから、鍵の魔法をかけさせてもらうけど、気を悪くしないでね」
襖越しに優しく言うヒナタである。
「せ、せやね……」
コハクは襖の前で力なく答えると、トントンと階段を下りて行った。
そして、自分の目論見があっさりと崩れたコハクは、ツキハの部屋の襖をガタガタと鳴らす。
「開けなはれ、ツキハ。まだ、起きてるんやろ? はよ、開けなはれ」
「やだよ。なにアホな事言ってんのよ。そこの板の間にでも布団敷いて寝ればいいじゃん。ド変態猫は、立入禁止だから。諦めて、そこで寝なよ」
「何であんなしょうもない床で寝なあかんのや。いいから開けなはれ、はよ、はよ」
しつこくガタガタと襖を揺らすコハクに、とうとうツキハが切れ、勢い良く襖を開ける。
「ダアーーッ! うるせー!!」
バゴン! ズババババァッ!
「きゃう!」
ツキハがコハクの頭にチョップを思い切り入れ、更に電撃まで流す技が炸裂した――
それは、〝コハク撃退用電撃チョップ〟だったのだ。
バチバチッと体中に蛇のように走る電撃と、打振を打ち込まれたコハクは、仰向けに倒れたまま目を回し、意識が飛んでいた。
「朝までそのまま寝てろ!」
ツキハはそう吐き捨てると、パシンと襖を閉める。
しかし、数分で目を覚ましたコハクは――
「ツキハの、いけず」
と、小さく呟きながらツキハの部屋の襖にコソコソと何か細工をして、夜の街へと消えていった。
かたやヒナタは、部屋の空間内に音を遮断する魔法をかけていたので、この騒ぎは一切聞こえてはいなかった。
朝起きて、二階から下りて来たヒナタが目にしたのは……。
ツキハの部屋が、入口から奥の壁に向かって吹き飛んでいる光景だった。
綺麗にツキハの部屋の中だけを破壊した、絶妙に威力を調整した爆裂術式、〝ツキハお仕置き用・爆裂さん〟だったのだ。
「何があったの?」
とりあえずヒナタは、部屋の真ん中でボロボロになって横たわるツキハに声をかける。
「ふ、ふす、襖を開けた、ら、何か、ピカッと光って、ドカンときて……ふにゃぁぁ。コハクの、ヤツめえぇぇぇ……」
そうコハクは、部屋に入れてもらえない腹いせに、ツキハが朝起きて襖を開けたと同時に、爆裂術式が発動する仕掛けを施していたのだ。
まあ、こんな事では死なないし、怪我も負わないツキハではあるが、何とも凄まじい
ヒナタは、
「ふふ。本当に仲がいいのね、貴女たち」
口に手を当てクスリと笑い言う。
それにツキハは――
「ど、どこが、よ……」
と、プルプル震える右手を上げ言うと、パタリと手を降ろし、そのまま目を回して動かなくなってしまう……。
因みにヒナタは、コハクの性癖をルミナスから聞いていて、知っていたのだった。
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