忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。165話です

 ツキハ

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 コハク

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 傭兵商会ルヴナン・真の紋章


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 ※〝打刀〟
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165話 前夜祭

 

 

 夕闇が魔国連邦(テンペスト)を覆い隠し、あちこちに明かりが灯り始める。

 

 夜の観光娯楽地区は賑わいを見せ始め、人が行き交う。

 

 

 そして、待ちに待った前夜祭。

 

 豪華に飾り付けられた迎賓館の大広間に、各国の重鎮が一堂に会していた。

 

 豪華絢爛な衣装に始まり、ここテンペストで仕入れた豪勢な衣装を着た貴族達が数多く集まっていた。

 

 来ている男女比は、やや男性が多めであり、妻子連れの者も多数いた。

 中には子供まで同伴の者もいて、年齢層も幅広い感じである。

 

 これも、リムル達が信用を勝ち得た証かも知れない。

 

 今回は自由参加という事で、リムルは様々な趣向を凝らしていた。

 

 先ず、定番の立食形式で、テーブルの上に並ぶ様々な料理を各々が好き勝手に楽しめるようにしてあった。

 

 そして、他国では絶対にお目にかかれない光景があった。

 

 それこそが、広間の半分を区切って敷き詰められた〝畳の間〟である。

 

 その区画は、土足厳禁。

 靴を脱いで(くつろ)ぐという習慣がない客人が多い為、そちらに立ち入る者はまばらだった。

 

 だが、人が全くいない訳ではない。

 

 慣れぬ座布団に戸惑いつつも、思い思いに寛ぐ姿もちらほら見て取れた。

 

 ガゼル王もその一人である。

 

 

 リムルはガゼルの席に行き、腰を下ろす。

 

 するとガゼルが、昼間見て回った施設の事を切り出して来る。

 

「リムルよ。あのレールってのは、何をする為のモノだ?」

「今度、その件で相談があるんだ。魔導列車ってのを開発しようと考えているんだよ。是非とも協力をして欲しいと思ってる」

「ほう? 可愛い弟弟子の頼みだ。快く引き受けてやろう」

 

 即断であった。

 

 どうやらガゼルは、試作魔導列車の施設を見て、そうするだけの価値を見出(みいだ)していたのだ。

 

 ガゼルとそんな話をしていたリムルの間の前に、「邪魔するぜ」と言って、見慣れた顔の男が座って来た。

 

 ヨウムである。

 

 ヨウムは堂々とガゼル王の前にドカリと座った。

 ガゼルはニヤリと笑い、ヨウムに酒を注ぐ。 

 

 新興国の王が、堂々と大国の王ガゼルと語り合う。

 これだけでも、間違いなくヨウムの格は、見た者を頷かせるモノとなるだろう。

 

 リムルはヨウムが加わった事で、それ以降は当たり障りのない会話でその場を終えた。

 

 ガゼルの目的は、リムル達が友好的だと見せ付ける事だった。

 その結果、利に聡い者達はリムルやヨウムの評価を上げざるを得ない。

 

 ドワーフ王ガゼルが一目を置く人物――その評価は、取引相手としての価値を高めてくれるのは間違いないだろう。

 

 そして、ガゼルのもう一つの目的。

 

 傭兵商会ルヴナンとの、密接な情報取引関係を見せ付ける事だった。

 

 少し離れたところにツキハとコハクが座って、料理と酒を楽しんでいた。

 前夜祭という事もあり、二人は花柄と(まり)が描かれた、淡い桃色の小袖を着ていた。

 丈は(くるぶし)まであり、いつもの角帯ではなく、紫色の半幅帯の長丈小袖である。

 

 テーブルを挟んで、ツキハとコハクの前には、恰幅の良い中年男性の貴族が座っていて、その隣には同じく中年ではあるが、歳に似つかわず美しい夫人が座っていた。体格はほんわりとふくよかな女性であった。

 

 そう、この貴族夫妻は、ノルベルト・フォン・リッケンバッカ公爵と、その妻エイダ・フォン・リッケンバッカである。リッケンバッカ夫妻は、リムルに挨拶を済ませた後、この席に来てツキハとコハク達と料理と酒を楽しんでいたのだ。

 

 ノルベルト夫妻にはプリシラという名の、歳は二十一歳になる一人娘がいる。

 

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 プリシラはシャルフューズ騎士団の団長であり、今回は毎年恒例の騎士団総出の実戦訓練に出ているらしく不在であった。

 

 四人は何やら楽しい談笑を繰り広げており、時折ツキハの笑い声にノルベルトの笑い声も混じり、賑やかであった。

 

 するとそこへ、ガゼル王がやって来て、「楽しいところ、失礼する」と、にこやかに四人に挨拶をした。

 

 ノルベルトはガゼル王に気を利かし、ツキハとコハクに少し席を外しますと言い残し、妻を連れて立食テーブルの方へと向かって行った。

 

 この時ガゼルが、「あの貴族の夫妻は誰だ?」と尋ねると、コハクが「古い知り合いや」とだけ返し、ガゼルは「そうか」とだけ答え、後は一切その事には触れなかった。

 

 古い知り合いと聞いたガゼルは、当然の事ながらノルベルトをルヴナンの顧客だと判断してしまったのだ。

 

 番外魔王であるツキハとコハクの前に座るガゼル王を、会場に来ている者達が固唾(かたず)を飲んで注視する。リムルとは違い、あの悪逆非道と言われる番外魔王には、流石の貴族達もおいそれとは近寄れなかったのだ。

 

 中には勇気を振り絞り、番外魔王コハクに情報の売買をして欲しいと申し出たものの、「今夜は前夜祭やさかい、そないな不粋な真似はやめなはれ」と、ニッコリ顔で断られてしまっていたのである。

 

「楽しんでおるようだな、番外魔王ツキハ、番外魔王コハクよ」

「まあね~」

「ガゼル陛下も楽しんでいるようで、何よりやねぇ」

 

 そう言って、三人は顔を見合わせて酒の入ったグラスをカチンと軽く合わせると、一気に酒を飲み干して行く。

 

 これを見た者達は、あの番外魔王と親しげに話すガゼルを、どこか羨ましそうに見ていた。

 そう、これだけ親しそうに話すのは、密接にルヴナンと情報の買い取りをしている事に他ならないからだ。

 

 ある者は、「何とか祭り中に契約を結ばねば」とか、「どうやったらルヴナンと契約出来るのだ?」等々、皆が口々にヒソヒソと小声で話していた。

 

 それを横目で見ながら、フッと薄い笑みを浮かべるガゼルであった。

 

 各国が欲しがる傭兵商会ルヴナンの情報。

 裏であれ表であれ、どんなに優秀な諜報員ですら得る事が出来ない情報を持っているのだから。

 

 そんな訳で、ガゼル王の目論見はほぼ達成出来たと言えよう。

 

 そして、傭兵商会ルヴナンと契約を交わしている小国の代表や貴族などは、それを見てほくそ笑む。

 

 そんな中リムルは、前夜祭の前にテンペスト自慢である温泉の大風呂を体験し、支給された浴衣を着て、畳の間で寛ぎお互いの姿に感想を述べあっている姿を見て、満足そうに笑みを浮かべる。

 

 温泉を楽しんで来た者がチラホラと増えて来ているのも、嬉しいところであった。

 

 リムルが上座に向かう為移動していると、リムルと一対一で話したいという者も出て来た。

 

 しかし、この場で全員と話すのは無理な相談であり、上手くタイミングの合った者とだけ挨拶を交わしつつ、リムルは上座に向かう。

 

 今日のリムルは人型形態である。

 初めてリムルを見る者もいて、好奇の視線が集中した。

 

 リムルが魔王と知って青褪(あおざ)める者や、逆に観察するように眺めてくる者まで様々である。

 

 そんな視線を意に介せず、リムルは軽く挨拶をして、宴を始める事にした。

 

 ここで控えていた給仕達が一斉に動き出し、リムルが最近硝子(がらす)職人達に作らせたガラス製のビールジョッキが配られていく。

 

 中にはたんまりと小さい気泡を上に立ち昇らせる液体が注がれていて、上方には白い泡がこんもりと厚い層を形成していた。

 

「ええと本日は、よくぞお出で下さいました。ワタクシが、この度魔王となりましたリムル・テンペストです。今日は難しい話を抜きにして、皆さんには是非とも、我が国の料理を堪能して頂きたく思います。えーと長話は苦手なので、先に始めた方達も、今この場に来た方も含めて、前夜祭の宴を始めましょう!」

 

 全員が、リムルに注目をする。 

 

「では、乾杯!!」

 

 リムルの音頭に合わせ、皆がビールジョッキを軽く上に掲げ、近くの者とカチンとジョッキを合わせ鳴らした。

 

(ふふ。料理とは、おもてなしの心。俺達の誠意が伝わればいいんだけどな。各テーブルには、給仕を控えさせてある。声をかければ、料理を取り分けるように、ベスタ―が厳しく教育をしてくれた。準備は万全だ!) 

 

 リムルは麦酒(ビール)を飲みながら、そう思った。

 

 そして、この冷えた麦酒(ビール)に歓声が上がる。

 

 乏しい炭酸系しか飲んだ事のない人々にとって、魔国連邦製(テンペスト)のビールは衝撃だったのだろう。

 

 何しろこのビール、キンキンに冷えている。

 しかも、ビールジョッキを冷やしておくという、徹底した日本式のサービスを教え込んでいたのだ。

 

 リムルもこの点だけは、妥協しなかったのであった。 

 

 そして更に、エルフのお姉さん達がお酌をしてくれる。

 

 このエルフのお姉さん達は、ガットエランテと勇者マサユキ一行に助けられたエルフであった。

 助けられたお礼に、せめてお手伝いだけでもと、申し出てくれたのだ。

 後、ジュラの大森林から迷宮に引っ越して来たエルフの村のお姉さん達も同じく手伝いを申し出ていたのである。

 

 これがまた、大盛況。

 

 見目麗しいエルフのお姉さん達が、各種酒類を持って会場を回る。

 ドレス姿に見慣れた者には、浴衣姿のエルフは扇情的に見え、中には長い髪を日本式に上に結い上げ(かんざし)を差しているエルフのお姉さんもいて、得も知れぬ色香を漂わせていた。

 

(ふっふっふっ。異世界日本の、女性が着る浴衣の破壊力、特と味わうが良い、男ども! 何しろ、こう、浴衣の胸元が、ね。ふふふ。計算通りだわ。和洋折衷(わようせっちゅう)、ここに極まれりだ。ふははは) 

 

 エルフのお姉さんの浴衣姿に、内心で声を上げるリムルもご満悦の様子。

 

 格式ばった装いの貴族達に交じって、浴衣姿の貴族がいるという異様な光景。

 

 これは、リムルが意図して創り出した光景ではあるが、かなり混沌としたパーティになったようだ。

 

 しかしリムルは、これが当然であるという態度を崩さず、客人達の様子を観察していく。

 

 テーブルに並ぶのは、シュナと吉田氏が腕によりをかけた、料理の数々。

 贅沢を極めたような王侯貴族でさえ、その料理に舌鼓を打つ。

 

 更にそれだけではなく、会場の一角、和と洋の境界線上に開けられた空間に、大きな魚が運ばれて来た。

 

 それは、凄まじく硬い骨格と、鋭い槍のような頭部を持ち、そこだけで言えばカジキマグロのような頭に酷似したともいえ、角部分を除いてさえ全長は四メートルにも及び、凶悪な姿をした大型魚。

 

 槍頭鎧魚(スピアトロ)といって、海の魔物の一種であり魔魚である。

 

 何故こんな大型魚を運んで来たのかと言うと。

 

 実はこの魚、見た目からは想像もつかない、ふくよかな味をした身を持つ魚なのだ。

 (よろい)のような外骨格の中には、マグロにも似た赤身が隠されていた。

 

 これは、リムルがゴブタとツキハと釣りを競っていた時に、偶然ゴブタが釣り上げた魚だったのだ。

 見た目がアレなので、捨てる前にリムルが『解析鑑定』をしてみれば、何と、毒はなく、栄養価の高い赤身を持っている事が判明した。

 

 試しに三人で食べてみれば、とろけるような味わいに驚いた。

 特にリムルは、あのマグロとほぼ一緒な味に、懐かしさを覚えたのだった。

 

 それで今回は特別に、獲れたての槍頭鎧魚(スピアトロ)を用意したのだ。

 

 即席カウンターが運ばれて来て、その中央にはハクロウ。

 そして目の前には、捌くべき槍頭鎧魚(スピアトロ)が置かれていた。

 

 そう、リムルが元いた世界の日本でやっていたマグロの解体ショーみたいに、槍頭鎧魚(スピアトロ)の解体ショーの始まりである。

 

 クロベエの鍛えた技物の長包丁を駆使して、先ずは頭を落とし、次に巨大な赤身を背骨から切り分けていくハクロウ。内臓はなどは、(あらかじ)め先に処理されていた。

 

 鮮やかな手付きで赤身と、トロ、中トロ、大トロと切り分けるその姿は、何とも芸術的な手腕であった。

 

 そして大皿に、刺身となって盛り付けられていく。

 中央には、白いサシが入った大トロ、そして、それを囲むように中トロ、トロと並べられ、更に赤身がそれらを囲む。

 

 客人達はそれを、物珍しそうに眺めていた。

 

 すると今度は、ハクロウが寿司を握り始める。

 

 リムルがこの世界に再現した、日本酒、白米、味醂(みりん)に醤油。

 これだけ揃うと、かなり料理の幅が広がっていた。

 更に傭兵公国シャルフューズからは、各種スパイスを輸入して、カレーライスまでも再現している。

 

 リムルとしては、この世界で本格的な寿司を食べられると思ってはいなかった。

 

 で、寿司を握るハクロウは、幼い頃、祖父からこの寿司について聞かされていたそうだ。

 

 それを聞いたリムルは、ハクロウの祖父の異世界人〝荒木白夜(ビャクヤ・アラキ)〟は、江戸時代の人間なのではと推測した。

 

 この〝荒木白夜(ビャクヤ・アラキ)〟と幾度となく剣を交えたツキハに聞いてみても、戦国時代か、リムルが言う戦国時代の後の、江戸時代に剣を磨いた武士だろうと言った。

 

(ま、いつの時代の人間でもいいさ。美味い寿司が食えるなら、オールオッケーってなものよ)

 

 そんな事を考えるリムルであった。

 

 

 立食用のテーブルは、大勢の人で賑わっていた。

 

 そんな人を掻き分けながら、眼鏡をかけた一人の若い女性が皿を持って忙しく動き回っていた。

 で、やおら冷えたビールジョッキを給仕から受け取ると、それを一気にゴクゴクと飲み干して、ドンと勢い良く空になったビールジョッキをテーブルに置く。

 

「かぁ―――ッ、うま――ッ! 何これ、キン、キン、に冷えてるじゃないよ。もうほんと――にッ、悪魔的美味しさじゃないかあッ!」

 

 そう声を上げるのは、教授である。

 

 唯一の〝隠形術〟を駆使して、誰にも気取られずこのパーティに参加して、飲み食いしていたのだ。

 当然ながら周りは誰も、教授の事を気にもしない。あのヒナタとユウキにガゼルでさえ、教授の存在に気付いてはいない。

 

 そして、人知れずツキハの頼んでいた大トロをかっ(さら)って。

 

「おお! うまぁ――ッ! 何これ、マグロと変わらない味じゃないよぉ。うひゃー。たまらないねぇ。宴、最高――ッ!!」

 

 と、歓喜の声を上げる教授であったのだ。

 

 そんな中、ハクロウがせっかく握った寿司と盛り付けた刺身に、誰も手を付けようとしていなかった。

 

 ただ客人達は、遠巻きにそれを眺め、「あ、あの魚は、たしかAランクの……」と、聞きかじった事を口走る者もいた……。

 

(うーん。スピアトロの恐ろしい姿を見て、萎縮しちゃったのかな? ま、誰も行かないのなら、俺が先陣を切って、お?)

 

 リムルがそんな事を思っていると、ツキハがコハクを連れて即席カウンターの左側に座った。

 

「コハク。これめっちゃ美味いから、食べてみ」

「へえ。この魚があんさんの言っていた魚かいな?」

「そだよー。ハクロウ、トロ、中トロ、大トロと赤身を頂戴! あ、そうそう、山葵(ワサビ)マシマシで!」

「はい、少々お待ちを。コハク様は、何になさいますか?」

「せやねぇ、うちも同じものを頂きましょか」

「承知しました。では、急ぎ握りましょう」

 

 そう言うとハクロウは、赤身の塊から大トロなどを切り分け、寿司を握り始めた。

 

 ツキハとコハクは給仕からビールジョッキを受け取り、先に出された赤身の刺身をツマミにしてビールを飲み始める。

 

 そしてリムルも即席カウンターの真ん中に来て座り、ハクロウに注文をする。

 

「いただくよ」

「おお、それでは、(しば)しお待ちを」

 

 リムルの注文を受けて、握り終えたツキハとコハクの寿司を二人の前に出していく。

 

 出された寿司を見て、コハクの目が大きく見開かれ、そして。

 

「なあツキハ。これ、ほんまに食べれるん?」

「え? 何言ってんのよ。食べられるに決まってるじゃない」

「せ、せやかて。白い脂身? に赤身が混じった、何やけったいなモンやないか。あんさん、うちに嘘ついてるんやないやろな?」

「んなわけあるか! いいから食べてみなよ。舌が、飛ぶぞ」

 

 と、そんなアホなやり取りをしてる間に、リムルの寿司も出来上がった。

 

 リムルは出された大トロのネタの方だけに醤油をつけ、一口でそれを頬張(ほおば)る。

 

 ツンと香り高い山葵(ワサビ)と、口の中でとろけるような大トロの旨味が合わさり、極上の味わいとなって口の中で弾け飛ぶ。

 

「うまぁーーーーぃ!!」

 

 思わず声が出るリムル。

 

 それを見ていたコハクが、大トロを半分ほど、恐る恐る口にする。

 

 そして……。

 

「うまっ!! 何やこれ、めっちゃ美味いやないか!」

「だろう? 最高に美味いだろう、コハク」

「だから言ったじゃん。美味しいって」

 

 コハクの歓喜の声にリムルが答え、ツキハが大トロを口に放り込みながら、半呆れ声で返す。

 

「最高だよ、ハクロウ」

「そうでしょうな、リムル様。せっかくの美味なる(さかな)が残らぬのではと心配しておりましたが、どうやら不評のようで残念です。ですが、この後の晩酌は楽しみですわい」

 

 ハクロウ達が食事を摂れるのは、お客さん達が帰った後になるので、酒の肴として残った刺身を狙っていたようだ。

 

 だが、ハクロウの思惑は、外れる事になる。

 

「その大トロを、ワサビ抜きで握ってもらえるかしら?」

 

 と、そんな子供発言をする者が現れたのだ。

 

(最初から大トロを狙って、ワサビ抜きだと!?)

 

 リムルはそんな発言をした者を見て、心の声爆発。

 

「子供か?」

「女ならそこは、ワサビマシでいけよ」

「うるさいわね、鼻にツンとくるのが苦手なのよ。それとツキハ。ワサビマシとか、喧嘩売ってるの?」

 

 その偉そうな人物は、言うまでもなくヒナタだった。

 

 夜会用のシンプルな赤色のナイトドレスを着て、当たり前のような顔して寿司を注文して来たのだ。

 

「ま、ワサビは好みが分かれるところだろうな。初めて食べるものにはキツイと思う。俺も中学までは、結構苦手だったし。だが、大人になった今、ワサビの風味まで楽しめてこそ、通だろうヒナタ!」

「何が通よ。そんなのどうでもいいし、美味しければそれでいいわ」

「そだね~」

 

 ヒナタに鼻で笑われ、ツキハにトドメを刺されたリムルである。

 

(おいツキハ、お前はどっちの味方なんだよ!? まあ、それも正論ではあるけども。ヒナタめ、相変わらずの合理的回答だ。しかしツキハのヤツときたら、まあ、アイツにそれを求めるなんて、ムリだな。ハハッ、ハッ、ハハハ、ハッ……)

 

 心の内で乾いた笑いを漏らすリムル。

 

 そんなヒナタの前に、ハクロウから皿が差し出され、それを受け取って満面の笑みを浮かべるヒナタ。

 

 そしてヒナタはそれを一つ摘むと、ネタ側に醤油をチョンチョンとつけると、ゆっくりと口に入れ、目を閉じる。

 

「はあ……本当に最高だわ。お刺身に、お寿司まで……。少し腹が立つけど、貴方を尊敬するわよリムル」

 

 満足した表情で言うヒナタに、笑顔でそれに頷くリムル。

 

 するとそこへ。

 

「それじゃあ、僕も一つ頼むよ。あ、僕は子供じゃないので、サビ有で」

 

 何んと、ヒナタに続き、ユウキまでやって来た。

 軽くヒナタに嫌味を言う当たり、最初からこちらの様子を窺っていたのだろう。

 

 早速、出された皿を受け取ったユウキは、ヒョイと大トロを頬張(ほおば)った。

 

「お! うっわ、口の中で溶けた!! いやあ、こっちでこんなに旨い寿司が食べられるなんて、ちょっと感動もんだよ」

 

 と、そんな事を言いながら、嬉しそうに刺身にも手を出すユウキ。

 

 そんな中ツキハとコハクは、大皿に盛られた刺身盛り合わせを、冷えたビールを飲みながらあっという間に平らげ、直ぐに同じ盛り合わせを注文していた。

 

 そこへヒナタが、ユウキにチクリとした嫌味を言う。

 

「やはり、淡水魚とは一味違うわね。自由組合に依頼しても断られたし、魔法で転送出来ないから諦めていたけど、これからは少し楽しみが増えたわ」

 

 ヒナタは一度、魚料理が食べたくて、ユウキに魚の運搬を依頼した事があったらしい。

 

 しかしながら、それは(いささ)か難易度が高過ぎたのだ。

 

 これには色々な問題が多過ぎて、引き受け手がいなかったのが現状である。

 

 仮に、氷の魔法で凍らせて運搬しても、それだけの量の氷を運搬の間、何日も維持をするのは術者にとって、かなりの負担となる。道中の盗賊団などの襲撃にも備えなければならず、ハッキリ言って割に合わないのだ。

 

 で、ワサビの件のお返しとばかりに、そんな話題を持ち出したヒナタであった。

 

「仕方ないだろう? 北の海は大型種が多数棲息していて危険過ぎるし、南は、距離の問題で運搬が困難。(なん)にしろ、どうやっても採算が合わないんだから」

 

 ユウキはそう答えて、困ったように苦笑いを浮かべた。

 

 

(やっぱりな。予想通り、普段から内陸に住んでいる者には、生の魚を食べる機会がほとんどないみたいだね。

 内陸にある魚は、川で獲れた淡水魚か、干し魚がメインだものな。

 あのかたい干し魚を叩いて叩いて叩きまくって、(ほぐ)した干し魚を三日三晩水につけ置いて、やっと食べられるんだから。

 まあ、冷凍保存する手段がないんだから、それも当然か。

 でも、干し魚を用いた煮込み料理も存在するので、後は流通の問題だけだ。

 なら、この機会を利用して、この国でのみ食べられる美食の存在を知ってもらおう。

 時間はかかるが、流通網を整備する予定だしな。それまでは、我が国で独占させてもらおう)

 

 ユウキとヒナタの話を聞きながら、そんな事を考えるリムルである。

 

 ツキハとコハク、リムルにヒナタやユウキなどが、カウンター席で寿司を楽しんでいても、そこは食文化の違いからくる躊躇(ちゅうちょ)なのか、あるいは番外魔王がいる為恐れから近づかないのか、寿司や刺身に手を出す人はいなかった。

 

 番外魔王に関しては、既に魔国に住んでいるので、隠す必要なしとのリムルの判断であった。

 だから、前夜祭にも出るようにと要請していたのである。

 

 しかし今、ヒナタにユウキまで寿司を絶賛した事で、その流れが変わろうとしていた。

 

「リムル殿。それを我等にも頂けるかな?」

 

 ガゼル王の座る一角から、立ち上がって来た者は言う。

 

 そう、天翔騎士団の団長ドルフである。

 

「ええ、どうぞ。出来次第運ばせますね」

 

 リムルの言葉に反応したハクロウは、目にもとまらぬ速さで、寿司を握り、大皿に刺身を盛り付けていく。

 

 握り寿司を並べた大皿と、刺身を盛り並べた大皿に、お吸い物。

 

 その大皿に、お吸い物を手早く運んでいく、エルフのお姉さん達。

 

 畳の間で寛ぐガゼルやヨウム達の前に、大皿が置かれていった。

 

 さて、その反応は?

 

「――何んと、流石であるな」

「くはっ、こりゃあ美味い!!」

 

 ガゼルは、今日この日にリムルが用意した、冷やした大吟醸酒を楽しみつつ、刺身をつまむ。

 それで出た感想が、流石の一言である。

 

 ヨウムはヨウムで、貴族らしからぬ正直さで、初めて食べる握り寿司に夢中になっていた。

 

 そしてそれは、その席に座る者達全員の反応と一致していた。

 

 口々にこの料理を賛辞し、握り寿司や刺身を堪能する。

 

 そんなガゼル達の反応を見ていた者達は多い。

 

 そして――

 

「ワ、ワシも、ワシもそれを頂きたい!」

 

 一人の貴族がそう叫ぶと。

 

 後は、雪崩(なだれ)式に、ハクロウへ注文が殺到し始めた。

 

 一気に、大反響である。

 

 リムルがそんなハクロウを見ると、嬉しそうな反面、少し残念そうな表情を浮かべていた。

 

(あららぁ。あの調子では、酒の肴は残らないだろうな。実は、もう二匹スピアトロを確保しているんだ。後で、こっそり差し入れるとしよう。もう一匹は、ツキハが持っていったからなぁ)

 

 そう、リムルが確保したスピアトロ三匹の内一匹を、ツキハが金貨十枚で買っていっていたのだ。

 

 買うというより、リムルが出し渋っていると、リムルの前に来たツキハがリムの手の中に金貨十枚を握らせて、囁くように「シュナには内緒の、お小遣い」と、言い。それにリムルは、ニッコリと微笑み「仕方ねえな」と言いながら、ツキハに売ったのである。

 

 とまあ、そんなこんなで宴は進んでいく。

 

 

 ここまでは、大成功と言っていいだろう。

 

 

 和洋どちらの料理も、大好評である。

 

 今日は自由参加にも関わらず、参加してくれている者は多い。

 

 今後も魔国連邦(テンペスト)と交流するなら、こういう食材も流通出来ますよというアピールを、リムルは忘れない。

 

 そうここまでは、リムルの予定通りなのである。

 

 

 順風満帆に宴が進むと思えたが……。

 

 

「た、大変です!!」

 

 そう叫びつつ、一人の兵士が会場に駆け込んで来たのだ。

 

 

 どうやら、一波乱起きるような予兆が、押し寄せて来た。

 

 

 





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