忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件 作:にゃんころ缶
他の席にも料理が運ばれて来て、歓声を上げる客人達。
ミリム達が座る一つの円卓にも並べられた、料理の数々。
給仕達が料理を取り分ける中、白いコック服に高さ三十五センチはあるコック帽を被ったシュナがにこやかに微笑みながらリムルのすぐ右後ろに正座で座り、コック帽を脱いで自分の右横に置く。
今日の料理長は二人――シュナと吉田氏である。
誰もがその料理を見て、ただ一人を除いた他は皆、食べたそうにゴクリと喉を鳴らす。
「今日はよろしく頼むぞ。ミッドレイのヤツは頭が固いから、一発で度肝を抜くような美味しい料理を期待しているのだ!」
「うふふふ、承知しましたわミリム様。それでは、ごゆっくりどうぞ」
シュナは微笑んでそれに答え、ミリムを安心させる。
リムルも、ミリムはシュナによく懐いているので、安心した表情を見せていた。
その一方でミリムの隣で、半眼で料理を見ているツキハ。
これから起こるであろう事を、予想しているようだった。
そして――それは起こった。
「――感心しませんな、魔王リムル殿。我等がミリム様に、このような冒涜的な事を教えてもらっては……」
ミリムの従者であるミッドレイの前に料理が出された途端、その口から飛び出たのは料理への非難だった。
そう、このミッドレイこそ、ミリムからの書状にあった〝ミリムの世話を焼きたがる者共〟の代表なのだ。
隣のヘルメスが、祈るような謝るような仕草でリムルを見ていた。
ミッドレイの言葉にリムルが怒らないか、心配しての行為だった。
そんなリムル達を遠巻きに見守るのは、腹も満たされて世間話に
コハクはちゃっかりと、契約主である貴族達の席を回って挨拶をして愛嬌を振りまいて、酒の
やはりそれを遠巻きに眺めて、どうにか傭兵商会ルヴナンと契約出来ないかと、
世間話といっても、こういう場は、先程コハクがリムルに言った通り、情報収集が目的である。
今の貴族達は、魔王ミリムとその仲間達に興味津々なのだ。
(客人達の目が集中してるな……つまりは、自分達が美味しいと感じた料理に、魔王達がどういった反応をしますのか、それを見極めたいんだろう。ミッドレイの発言により、その注目度は跳ね上がってしまった。まあ、これも、これからの通過儀礼みたいなものだな。人と魔物、価値観が違うと言ってしまえばそれまでだが、それでは人と魔人が歩み寄るのは難しい――と、判断する者も出るだろう。それならそれで仕方ないのだけど、今回は大丈夫だ。ミリムのもう一人の従者であるヘルメスも、竜を
なのでリムルは、自信を持ってミッドレイに応じた。
「冒涜的というと?」
と、
「フンッ! 食材に感謝し、そのままの自然な味わいを楽しみつつ頂くのが、我等が古来より定めて来た作法なのです。それをこのような……」
サラダには食べる者の好みによって、各種ドレッシングがかけられるように、ドレッシングが入ったガラスの容器が置かれている。
ポテトサラダに至っては、ジャガイモはすり潰されて原型は留めておらず、小さく切ったハムや、この世界にある玉ねぎとキュウリに似た野菜が同じく小さく切られて入っていた。
「それに、これは何の真似ですか? 肉を焼く、それはいいでしょう」
「肉なぁ、あたしが遊びに行った時は、まんま焼いただ――」
バコン! ミリムの裏拳がツキハの顔面にヒットする。
フニャ~ッと目を回したまま仰向けに倒れるツキハ。
今ツキハに横入りされると、纏まる話も纏まらなくると判断したミリムの〝ツキハ黙るのだ裏拳〟であった。
更に倒れたままのツキハに、バ・ラ・ス・ゾと口だけ動かし、ツキハは口に手を当てたまま、コクコクと頷く。
話を中断していたミッドレイはオホンと一つ咳払いをすると、続きを再開する。
「それにですな、この野菜。訳のわからぬ液体で汚すとは、嘆かわしい。実に嘆かわしいではありませぬか!!」
怒りからか、ミッドレイはその頭に血管を浮かび上がらせて、リムルを睨みながらそう言い放った。
これには料理を用意してくれたシュナもムッとしたのか、その顏から笑顔を消してミッドレイを睨んでいる。
険悪な雰囲気が漂う中、ヘルメスが顔を青褪めさせて、リムルやシュナに向かってペコペコペコペコと頭を下げていた。
しかし、そんなミッドレイは気にもせず、言葉を続けていく。
「自然の恵みに対して、何たる不遜! 貴方様の領土ではお好きになされば宜しいかと存じますが、我等がミリム様までも巻き込むなど、言語道断ですぞ!」
もほや言いたい放題のミッドレイである。
しかし、長き年月の中で食して来た文化を急に変えろというのは無茶であると、リムルは理解しているのだが――
この食材への理論を展開させるミッドレイも、
これでは、ミリムがリムルに頼むのも頷けるというものである。
リムルは『思考加速』をかけつつ、冷静に考えてみた。
(あれだよな、彼等と舌の味覚を感じる構造が違うのなら問題だが、ツキハに一度聴いたら、味覚を感じる部分は一緒だと言っていたっけ。こういうのって、自分が絶対に正しいと信じ切っていて、人の話に耳を貸さないタイプなんだよなぁ、一番手強いともいえる。でもな、彼の思想には正当性が欠片もないんだよね。何しろ彼、ミッドレイが
――と、楽観的に考えていたリムル。
だがしかし、それは甘過ぎるというものだった。
「このようなものは、断じて認める訳にはいかんのです!!」
ピシッ。何か、感情が弾けるような感覚を察知するツキハ。
(ヤバッ、キレかけてるじゃん。しらねーぞぉ、あの鬼っ
勝利への大前提は、一口でもいいからミッドレイに食べてもらう事。
それなのに、ミッドレイが手を付けなければ、リムル達の完敗である。
ミリムが困ったようにリムルを見る。
ツキハは「ウサギじゃないのよ。あたしはネコなのよぉ~」と、意味不明の言葉を呟いていた。
ヘルメスも、お手上げというように天を仰いでいる。
これだけ騒ぎが大きくなると、人の目も多く集まってしまう。
エルメシアに相手にされなかったような小者達まで集まる始末。
コハクは傍観者に徹していて、こちらの様子を観察していた。
そう、君子危うきに近寄らずを貫くコハクである。
これだけの衆目の前でミッドレイに言い負かされたとなると、事はリムルの
(どうするよ、この険悪な雰囲気。うーーむ、一口でいいから食べてくれさえすれば……)
「リムルよ、ミッドレイがこんなに頑固だとは思わなかったのだ。ワタシから言って、別室に控えさせた方がいいか?」
ミリムが気遣うように、リムルに言ってきた。
そこへ。
「それ、やめた方がいいと思うよ。何の解決にもならないと思うから」
ツキハがミリムに、ポソリと呟くように言った。
ミリムがツキハの方を見て、「では、どうするのだ?」と小さな声で言うと。
「まあ、大丈夫じゃないの。そろそろ、誰かさんがキレる頃だと思う」
その言葉にミリムはハッとして、その誰かを見る。
ツキハは、とある誰かさんの、静かに湧き起こる感情の嵐を感じ取っていたのだ。
そうとは知らずにヘルメスも、謝罪の言葉をリムルに告げてきた。
「スイマセン、うちの神官長が。普段から怒りっぽいけど、悪い人ではないんですけどねえ……。まさか食べ物の事で、ここまで怒るとは思いませんでした」
「うーん。食べてもらえれば理解してくれると、甘く考えていたかなあ。強制するのは本意じゃないし、仕方ないか……」
リムルは、機会は今日だけではないし、また日を改めてからでも良いだろうと結論付ける。
今はこの場を取る繕うのが先決――リムルはそう考えて、一旦この問題は先送りにしようと決めた。
だがしかし――
『くるよ』
『うむ』
『思念伝達』でツキハがミリムに宣言すると。
問題の先送りを、納得出来ない者が行動を起こしたのだ。
ダ――ンッ!
という、高らかな音が会場に響き渡った。
ツキハとミリムが正座したまま、条件反射でピョンと跳ねる。
シュナが突然、質の変わった笑みを浮かべて、ミッドレイの前のテーブルを力強く叩いたのである。
その勢いに、目を丸くするミッドレイ。
音に驚いたのではなく、何が起こったのか理解出来ないといった様子だった。
そう。
今のシュナの速度は、ビックリするくらいに速かったのだ。
油断していなくても、反応が出来る者が少ないほどに。
「な、何をなさる!?」
「黙りなさい!!」
笑顔のままに目を
そしてスープの皿を手に取り、ミッドレイに突き付ける。
「見て下さい、このスープ、具材が沢山入っているでしょう? これこそが、リムル様の理想とする姿なのです」
(ふあ? どういう意味?)
リムルの戸惑いを置き去りに、シュナは言葉を続ける。
「魔王ミリム様の下には、
有無を言わせぬ迫力を見せて、シュナはミッドレイにスプーンを握らせた。
(勝ったね。良かったじゃんミリム)
誰にも聞こえないような小さな声で、ミリムにだけ
それを聞いたミリムは、満面の笑みを浮かべ、静かに頷く。
シュナの勢いに呑まれたのか、ミッドレイは言われるがままにスープを口にする。
(俺は諦めかけたというのに、シュナはこうも簡単に……)
流石のリムルも、シュナには脱帽である。
そこまでいくと、結果は予想通りのものとなるのであった。
「――ッ!!」
ミッドレイの顔が驚愕に染まる。
「こ、これは――ッ!?」
「どうです、美味しいでしょう? これが〝調和〟というものなのです。一つ一つの具材が自己主張を抑えて、混じり合うも全体として完全な味わいになるように、と。このスープには、そうした願いが込められているのですよ」
「う、美味いです。ワシが今まで食べたどの野菜よりも……このひと
(そりゃそうだろうよ。料理もされていない野菜と比べれば、シュナの料理の方が美味いのは当然。ミッドレイにとっては、画期的な発見だったみたいだね。本当に、良かったよ)
ミッドレイの美味いを聞き、ようやくリムルの顔に笑みが
「あのう、そんな風に可哀想な人を見るような目で見るのは、止めて頂けると嬉しいんですが、ツキハ様……」
ツキハがミッドレイとヘルメスを見ながら、うんうん、と頷いていたのだ。
流石に同じにして欲しくはないと、その態度が雄弁に物語っている。
(うん、確かにそう言いたい気持ちはわかる。俺も大手ゼネコンのサラリーマンをやっていた時に、部下が正しい事を言っていても、絶対に認めようとはしない上司がいたしね。それなのに、何かあったら連帯責任になるから始末に負えないというか、理不尽なものだったよなぁ……)
そんなヘルメスの気持ちを理解してかリムルは、俺はわかっているよと、頷いてみせたのだった。
そして、そうこうしてる内にミッドレイがスープを飲み干して、コトリとスプーンをテーブルに置いた。
シュナが、そのミッドレイを見て声をかける。
「どうでしたか?」
シュナの問いかけに、どこか満足した表情で「美味かった」と、ハッキリと答えるミッドレイ。
「わかってくれたのなら、良いのです。ですが、これだけは覚えておいて下さい。料理とは、この一品で完結していないのだ、と」
表情をホワリと和らげて、ミッドレイを諭すシュナ。
スープの美味さを知った今、ミッドレイもその言葉を受け入れるように答える。
「どういう意味ですかな?」
と、真面目な顔付で答えるミッドレイ。
それにシュナは、答え言う。
「このスープがミリム様が支配する新たな国だとすると、こちらのパンがブルムンド王国です。そして、このステーキが新興国家ファルメナス。フォアグラのテリーヌがドワーフ王国だとすると、この海鮮料理が魔導王朝サリオンという感じでしょうか。それで、この料理に使われている各種スパイスが、傭兵商会ルヴナンになります。料理の味を引き立てもすれば、壊しもする。ある意味、取り扱いが難しいといっても良いかもしれません。組み合わせは様々。料理とは、一品だけで成り立つものではないのです。そしてそれは、国家やそれに連なるものも同じ。広く深く繋がる事で、より豊かな満足を得られるように、それこそが、リムル様の望む世界なのです」
言い終えると、心からの笑みを浮かべるシュナ。
ミッドレイはその言葉に感じ入ったのか、並べられた料理に視線を落として、無言で考え込んでいた。
それはミッドレイだけの話ではなく、遠巻きに様子を窺っていた者達も同様。
シュナの話の中に、国という例えを出して、何故傭兵商会ルヴナンが出るのだと首を捻る聡い者もいた。
そう、シュナはシャルフューズの事も言っていたのだが、これはまだ口外してはならぬ事なので、敢えて傭兵商会ルヴナンと言い、更に、国に〝連なるもの〟として例えたのだ。
事実シュナは、嘘は言ってはいない。
その事で誰しもが、番外魔王が領地を持っているのでは? と疑う者などは、一人もいなかったのである。
「そ、そうであったか……」
「国家同士の繋がり、確かにそれは重要である」
「国家に連なるもの。傭兵商会ルヴナンの存在は、もはや、無視出来ものになるやも知れぬ。国に帰ってから一度、あの傭兵商会ルヴナンと如何様な契約が結べるのか、検討せねばな……」
「然り。しかし、魔王リムル陛下が、そこまでお考えであったとはのう……」
「素晴らしいではないか! 料理の一品でさえ、塩加減を間違えると、途端に不味くなる。それを、様々な料理を調和させて、フルコースとして完成させようというのか。なんと言う、実に、実に魅惑的な構想である事よ!!」
とまあこんな具合に、興奮したように語り合う者達まで出る始末であった。
(うーむ。俺はそこまで考えてはいなかったよ。まああれだ、シュナの勢いある説得が、見事に人の心に訴えかけたようだな。こんな、立食用の統一感のない料理の数々で、よくもあんな事を思いついてぶちかましたものだ。本当に、シュナは凄いな)
リムルは素直にシュナに、感心した。
これは言葉だけの力だけではなく、シュナがリムルの思いを汲み取り、美味なる料理という言葉を紡ぎ、繰り出した
価値観の相違――それを恐れていた人々も、料理を例とした〝調和〟という言葉に、人と魔物が手を取り合える未来があると、夢を見たのだろう。
「さて、納得をして頂けたようですし、料理は温かい方が美味しいですよ。ミリム様、カリオン様にフレイ様、そしてツキハ様。それに従者の方々も、冷めないうちにどうぞ」
シュナに促され、待ってましたとばかりにミリムが料理に食いついた。
「美味しいのだ!!」
至福の笑み。
それが答えなのは、一目瞭然である。
難しい言葉などはいらない。その顔を見れば、何も言う事はないのだ。
「そうか……ワシが間違っておったのですね……。ミリム様はずっと、ワシが過ちに気付くのを、待って下さっておられたのか……」
ミリムの美味しそうに料理を食べる姿を見てミッドレイは、ポツリと言葉を落とす。
長い時を経てようやく、ミッドレイは己の過ちに気付いたようだ。
これからは、ミリムに出す食事も確実に変わる事だろう。
「さあさあミッドレイ様、こんなところで落ち込まれても、周囲の人からすればうっとおしいだけっすよ? 冷めない内に食べましょうよ!」
空気を読まずというか――いや、敢えて読まなかったヘルメスがそう言った事で、再びミッドレイの頭に、血管が浮かんだ。
「き、貴様……」
「な、何ですか? そんな頭をメロンみたいにして――」
「わはははは! いいではないかミッドレイよ。ヘルメスの言う通り、さっさと食べねばワタシが全部食べてしまうぞ?」
「ほんと、早く食べなって、タコみたいに頭を真っ赤にしてないでさ。他の料理も美味しいぞぉ」
「チッ、命拾いをしたなヘルメスよ。今日はミリム様にツキハ様と、この素晴らしい料理に免じて、貴様の無礼を見逃してやるわい!」
そしてその場は、笑いの渦に包まれ、人も魔物も関係なく、皆の心が一つになったかのように。
すると、今ままで礼装用の小袖を着て正座をしていたツキハがやおら立ち上がると。
「ああー、もう限界だわ、これ!」
そう言って右手をバッと払うと、早や着替えの魔法で紺色の
それを見たミリム達の笑い声が、会場に心地よく響き渡った。
リムルはそんなミリム達を見ながら、離れたところに立つベニマルと目が合う。
『お前の妹は凄いな』
『そうでしょう? 自慢の妹です』
『そうだろそうだろ。本当にシュナは、頼りになって凄いよ』
リムルは『思念伝達』でそう褒め伝えると、ベニマルから当然ですと頷き返された。
そんなリムルのやり取りをベニマルが同じく『思念伝達』でシュナに中継していたので、それを聞いたシュナが頬をほんのり赤く染めて、奥へと引っ込んでしまったのだった。
そしてそれから後、十八時から二十一時までの予定だった前夜祭は、二時間も延長して続けられる事になった。
参加を見合わせていた各国の要人達が、エルメシアの参加を聞き付けて続々とやって来たのが理由の一つである。
余談だが、ミッドレイやカリオン達が大食らいで、なかなか満足しなかったというのも理由の一つとして付け加える必要があるだろう。
こうして、各国の重鎮への宣伝を兼ねた前夜祭は、ちょっとしたハプニングもあったが、大盛況のうちに無事に終了したのであった。
明日から始まる開国祭。
大盛況だった前夜祭の余韻を残したまま、夜は
この作品を読んで頂きありがとうございます!
次回の更新もよろしくお願いします!
166話と167話の誤字報告をして頂いた読者様、本当にありがとうございました!