忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。184話です

 ツキハ

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 コハク

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 傭兵商会ルヴナン・真の紋章


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 ※〝打刀〟
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184話 エキシビジョンマッチ開始

 

 

 昼の休憩時間も終わり、(ざわ)めき立つ会場内。

 

 貴賓席には、リムルやミリムをはじめ、ヒナタに子供達、それにルミナスやエルメシアなども来ていた。

 

 そして、ガゼルを含め、ブルムンド王や各国の重鎮達が顔を揃えていた。

 

 

 観客達は、一体誰が戦うのか、それを予想する声で(あふ)れていた。

 

「おい、あれじゃないか、魔王様の幹部達の誰かとか?」

「いやいや、特別な試合なんだから、魔王リムル様自身が誰かと戦うんだろうよ」

「うーむ、まさか、〝暴風竜〟ヴェルドラ、とか?」

「いやいやいや、それはないだろう。会場内がパニックに(おちい)るぞ!」

「そうそう。それはないって、あってたまるか! 流石(さすが)に、怖すぎるぞ……」

 

 様々な憶測が飛び交う中、ヴェルドラの名前が出た途端に、ピタリと(ざわ)めきが収まった。

 

 そして、それを待っていたかのように、ソーカのアナウンスが会場内に響き渡る。

 

『さあさあさあさあッ! 決勝戦の興奮も醒め切ってはいないでしょう、皆様方! テンペスト武闘大会第一回記念エキシビジョンマッチの始まりの時間が来ましたぁーーーーッ!! この後には、地下迷宮(ダンジョン)のお披露目も御座いますので、お楽しみをッ!!!』

「「「「「うおおおおおぉーっ!!」」」」」

 

 力強いソーカのアナウンスに、観客達の歓声が会場内の空気を震わすように響き渡る。 

 

『さあ、それではっ! 今回のエキシビジョンマッチに出る御方に、登場してもらいましょう―ッ!!』

 

 西と東の、選手入場の入り口の辺りで、ドーンと花火が上がり、もうもうと煙が立ち込める。 

 

 会場内に設置された巨大魔力式スピーカーからは太鼓の音がドンドンドンと大きく響き、ゴワァーーンとドラの音が鳴り響く。

 

 

 そして、両入口の煙の中に、小柄な人影が見えて来た。

 

 サーッと煙が晴れたその中には、朱色の半小袖に黒のスパッツにも似た半股引(はんだこ)穿()き、脚にはダボッとした白の脚絆(きゃはん)を付け、素足に魔素で作った旅草鞋(たびわらじ)を履いた少女が二人。

 

 一人は背中の真ん中まで伸びた黒髪で、もう一人は肩上くらいまでの黒髪のショートカットの少女。

 

 そして二人とも、人間の耳はなく、頭の上に猫耳を持ち、黒毛短毛の尻尾をふわりふわりと動かしていた。

 

『そうです! 今回だけの最初で最後のガチバトルを見せてくれる御二方(おふたかた)はぁーーーっ、西の番外魔王ツ~~キ~ハ~~~様ぁーッ! そして東の、番外魔王コ~ハ~~~ク~~様ぁ―ッ!』

 

 ソーカのリングコールに、会場内にどよめきが走る。

 

 番外魔王、この世界の住人にとっては、恐怖の象徴でしかない二人。

 

 まさか、番外魔王の二人が出て来るとは誰も予想していなかったのだ。

 

「「「「「!? ……」」」」」

 

 どよめきの後、一斉に言葉を失う観客達。

 

 

「マジ? 何でアイツ()が出てるんだ?」

 

 流石のリムルも、予想外で変な声が出そうになっていた。 

 

 だがしかし、その隣のミリムは――

 

「リムル。お前、何を考えているのだ?」

 

 と、真顔でリムルに問うて来た。

 

「え? いやあ、俺も本当に誰がエキシビジョンマッチに出るか、教えてもらってなかったんだよ。ほんとだぞ。というか、あの二人が戦ったら、何か不味(まず)いのか?」

 

 とりあえず言い訳をしてみるリムル。

 

 すると、ミリムが今からの会話を他者に聞かれたくないのか、『思考加速』付きの『思念伝達』をリムルに送って来た。

 

『不味いだ、と? リムル、ツキハとコハクが本気で戦ったら――』

『戦ったら?』

『この闘技場が、跡形もなく消し飛ぶかも知れぬぞ?』

『え!?……』

 

 ミリムが真顔で言い放ち、リムルは絶句する。

 

『ところで、リムルよ。ここの結界は万全なのか?』

『あ、ああ。万全だ。二重三重に安全策を講じている』

『そうか。なら、あの二人がガチギレしないのを、祈るしかないのだ』

 

 ミリムは、真剣な顔付を崩さずに静かに言う。

 

『なあ、ミリム』

『何だ?』

『いくらエキシビジョンマッチだからって、キレるってありえなくないか?』

『あの二人は、ヤバイのだ。こういう場所で絶対に戦わせたらダメなヤツなのだ』

『え、何で?』

『それはな、コハクが原因なのだ』

『あ……それ、何となくわかるわ。もしかして、寝技主体の攻撃をなさるとか?』

『うむ、よくわかったなリムル。それで最後は、ツキハがガチギレして、周囲が大惨事になるのだぞ』

『あぁ……それ、その光景が目に浮かぶわぁ……』

 

 (なん)となく、ツキハがキレ散らかしてる姿を思い浮かべるリムルであったが、ミリムが真剣な声でリムルにある事を問うて来た。

 

『リムルよ。防御結界は、本当に万全なのか?』

『ああ。それに関しては、最大の安全を考慮して、最大の防御結界を張っているよ(俺の最大防御、『絶対防御』があるからな)』

『そうか。なら安心なのだな。でも、あの二人の攻撃は時折、ワタシの考えもつかないような事をしてくる時があるのだ。本当に危険になったら、ワタシの防御結界もリムルの結界に重ねよう』

『え? ああ、そうか。その時は頼むよ、ミリム』

『うむ、任せるがいいのだ』

 

 そこでミリムは『思考加速』付きの『思念伝達』を解除し、闘技場舞台に立つツキハとコハクに視線を向ける。

 

 何故ツキハとコハクが、このようなエキシビジョンマッチに出る事を了承したのか?

 

 それは、ミョルマイルのある思惑(おもわく)を二人が聞いたからである。

 

 

 その思惑とは、開国祭二日前に(さかのぼ)る――

 

 ルヴナン支店の応接室に、ツキハとコハク、それにミョルマイルがいた。

 

 今ルヴナン支店は、本店に移行する為の準備が行われており、表向きは支店だが、既に内部の人員は本店の人員と交代していて、魔人に人間、亜人や獣人など様々な種族が業務についていた。

 

 そして、テンペストの住人である数人のホブゴブリンとゴブリナが、研修という名目で本店の者達から事務や受付などの教育を受けていたのだ。

 

 応接室では、ミョルマイルが今回の開国祭における武闘大会の説明をしながら、第一回テンペスト武闘大会のエキシビジョンマッチに、ツキハとコハク二人が出てもらえないかと、交渉をしていた。 

 

「――であるからして、是非御二方(おふたかた)に出場して頂きたいと、こうしてお願いに参った次第であります」

 

 ミョルマイルは、少し緊張した(おもむき)を魅せながら力説していた。

 

「へぇ。せやねぇ……。ツキハ、あんさんは、どないしますか?」

「えー、めんどい。あたしらの技は見世物じゃないしぃ。アンタと戦うと、すぐに寝技に持ち込んで来るから、却下だわ。ごめんね、ミョルマイル」

「まあ、そう言うと思ってましたわ。すんまへんな、ミョルマイル」

「あ、ええ……。それは何とも、はい……」

 

 あっさりと断られ、言葉に詰まるミョルマイル。

 

(はぁ、なんや別の思惑でもあるんやろか? そもそも、うちらをあんなところに引っ張り出そうなんて、その真意はどこや?)

 

 落ち込むミョルマイルを見てコハクは、その真意を聞き出そうとミョルマイルに言葉を投げかける。

 

「なあ、ミョルマイル。あんさんは、うちらをあんなもんに出そうとする真の理由はなんや? なにゆうてもかましまへん。本音を言いなはれ」

 

 コハクは優しい顔でそうミョルマイルに言った。

 

 それを聞いたミョルマイルは、チラリとツキハを見ると、ツキハは軽く(うなづ)き、それを許した。

 

「では、遠慮なくワシの本当の考えを、述べさせてもらいます。一つは今、テンペストは一番大事なところに来ております。これの成功如何(いかん)で、テンペストの行く末が決まると言っても過言ではありますまい。必ず成功させなくてはいけません。その為にワシは、全身全霊をかけてこの(たび)の開国祭に挑んでおる次第であります」

 

 そこまで言うとミョルマイルは、一度言葉を区切り、大きく深呼吸をする。

 

 そして。

 

「二つ目は、この世界に古くから生きる人類の恐怖の象徴の一つでもある番外魔王コハク様、ツキハ様と、リムル様が対等の立場であるという事を、世界に知らしめしたいのです」

「ふーん。契約主という立場以上の姿を、人間達に見せたいと、いうことなの?」

「はい。そうであります」

「ふっふふふ。そこまで言わはるか、ミョルマイル。なんや面白い事を考えますなぁ、あんさんは」

 

 対面に座るツキハがミョルマイルの考えを読み取り、コハクがスーッと足を組み、ソファーの(ひじ)掛けに左腕を載せて体を少し左に(かたむ)けて、妖しく笑みを浮かべた。

 

(こ、これは……。読めぬ、相変わらず表情からも言葉使いからも、感情が読めない……そう言えば……)

 

 ミョルマイルは商売人という職業(がら)、人の感情を読み取る事に()けている。

 

 しかし、ことツキハとコハクに至ってはその(すべ)も通用せず、二人がどう答えるか、もの凄い勢いで頭を回転させるミョルマイル。

 

 だが、ある言葉をミョルマイルは思い出す。

 そう、リムルが以前ミョルマイルに放った言葉を――

 

 ――『ミョルマイル君。ツキハとコハクなんだけど、何考えてるか、本当に読めないよね。でも、それを読み取るというか、感じられる方法が一つだけある。それはね、〝尻尾〟だ。ランガなどは嬉しいと、尻尾を盛大に振るけども、猫というか、猫種の魔物は、それと逆なんだ。盛大に尻尾を振る時は、凄まじく機嫌が悪いと思った方がいい。よくツキハがさ、会議の時に尻尾で、パシーンパシーンと何かを叩く音を立てるだろ? アレだよ。それで、嬉しい時や機嫌の良い時は、尻尾を上にピーンと立ててるかな。尻尾の振り方で様々な感情を表したりするんだよ猫は、ね。(ただ)しだ、あの二人とか眷属に関しては、それを逆手に取って、ミスリードも仕掛けて来るかも知れないから、そこは、注意だね』――

 

御二人(おふたり)の尻尾は……揺れてはいない。うーむ、微動だにしていない、か。ならば、機嫌は悪くないという事だな。何言っても構わないと言った事は、本当だろう。だがしかし、言葉は選ばない、と…… んん? いや、待て待て。選び過ぎても恐らくこの件は御破算だわい。本音を言えと申したコハク様に、本音を一つでも隠したら悟られる……。ええーい、ワシはリムル様にどこまでも付いて行くと誓ったのだ。こんな事で臆しては、他の幹部の皆様に顔向けが出来んわ)

 

 慎重に言葉を選ぶという選択を、完全に捨て去ったミョルマイルは、意を決してコハクとツキハに向き直る。

 

「この国の将来は、三日間の開国際に凝縮されてます。それも、ほぼ成功でありましょう。それで、後は――武闘大会におけるエキシビジョンマッチで、御二人の凄まじい戦いを、観客達の目に焼き付けて欲しいのです」

「ねえ、ミョルマイル。それだと、武闘大会を喰っちゃう事にならない?」

「いえ、それは問題ありません。武闘大会決勝戦の後に、エキシビジョンマッチを行ってもらいます」

「そうなんかぁ。決勝戦の興奮冷めやらずのところにもう一発ガツンと入れてくれ、そう()わはるんやな。でも、うちらが本気で戦えば、武闘大会場そのもが危険になりますで。その備えが出来とるのはわかってるんやけど。しかしな、ほんまに大丈夫なんか? 生半可な結界ごときは、うちらの技は貫通しますでぇ」

 

 どこか楽しそうに口元に笑いを浮かべるコハク。

 

 それを見たミョルマイルは一瞬躊躇(ちゅうちょ)するも、しっかりとした言葉を言い放つ。

 

「それも問題は、ありません。リムル様が、万全の備えを()いてくれますからな。ガハハハハ」

 

 そう言うとミョルマイルは、高らかに笑う。

 

 コハクとツキハはそんなミョルマイルを見て、益々妖しい笑みを深めていく。

 

「ワシの目的は、観客達に恐怖を味合わせた番外魔王である御二人を、我が国に住まわせ、尚且(なおか)つ、我が国のルールを遵守していると、この事実が欲しいのです。噂などではなく、確固とした事実を。リムル様が、貴女方を、我が国に限っては、本当に抑えているのだという事実を――見せ付けたいのです」 

 

 ここまで言うとミョルマイルは、いつしか(ひたい)(にじ)んでいた汗に気付き、それをポケットから出したハンカチで(ぬぐ)う。

 

「ふふっ。ガー坊とエラルド公が〝描いた()〟を、現実に見せたいという訳やな。まあ確かに、うちらが武闘大会エキシビジョンマッチで暴れ倒して、それをリムルが抑える、というのは説得力ありますさかいな。ええで、エキシビジョンマッチに出ても。ツキハ、あんさんはどないするつもりや?」

「そだねぇ。めんどいけど、それも必要なら仕方ないか。契約の一環として、出てもいいよ。でもね、一つ条件があるかな」

「一つ、ですか?」

 

 条件があるとツキハに言われ、ミョルマイルは身を乗り出すようにゴクリと唾を飲み込む。

 

「あたしとコハクが手合わせすると、ガチで戦う事になるから、それでもいいなら出てもいいよ」

「えーとですな、長年の相棒たるコハク様と、本気で戦う事になる、と?」

「うん。あたしは、ヴェルドラは勿論、本気の手合わせには、誰であろうと一切手を抜かない。それが相手に対する礼儀だと思ってるから。ミョルマイルが知るところでは、ディアブロかな。アイツとは、幾度もガチで殺し合いをして来てるんだ。決着は、未だについてないんだけどね。だから、コハクと戦うって事は、そういう事なんだよ」

「はい……」

 

 いつもの気怠(けだる)そうな感じではなく、スッと触れたら切れそうな表情でそう言ったツキハ。

 

(こ、れは、言葉が出な、い……。これまでに数多(あまた)の敵と幾度となく死闘を繰り広げて来た、ツキハ様でならの言葉。ワシには、重過ぎる。コハク様とは長年の相棒でありながらも、ライバル、とは違うな。恐らくそれ以上のモノがあるのだろう。ヴェルドラ様との手合わせも本気の戦いをしていると、シオン殿から聞いた事がある。ワシには到底(とうてい)わからん世界だが、戦いを生業(なりわい)としてきたツキハ様の矜持(きょうじ)なのだろう、か……)

 

 己の自由の為に、常に強くあろうとするコハクとツキハ。

 その一端(いったん)を知ろうとするミョルマイル。

 

 内心ミョルマイルは、コハクとツキハを恐れていた、がしかし、今では少し違う感覚を抱くようになっていた。

 

(悪……最凶の悪……。フッ、見た目に騙されると、とんでもないしっぺ返しが来るのは、間違いない。畏怖(いふ)さえ覚える御二人は、この世界で怒らせたらいけない者の中に入るのだろうな。当然、その中にリムル様も入る訳だが……。魔国連邦(テンペスト)の未来。それに関わることが出来るワシは……(なん)と幸運なんだろう。ククッ……)

 

 様々な事を思い考えるミョルマイルは、これからの事を見据(みす)えながらも、まだ見ぬ未来に心を躍らせ、心の奥底から湧き出る含み笑いを抑え込む。

 

 そして、静かに立ち上がると、コハクとツキハに深々と礼をする。

 

「コハク様、ツキハ様。宜しくお願い致します」

 

 それを受けた二人は座ったままで、表情は一切崩さず言葉を返す。

 

「へぇ。よろしおす、出ましょ」

「いいよ、わかった。でも、今回だけだからね」

 

 と、静かにミョルマイルの要請を、受諾した。

 

 こうしてコハクとツキハは、エキシビジョンマッチに出る事になったのだ――

 

 

 会場内にソーカのアナウンスが走る。

 

『今回のエキシビジョンマッチに出る御二人は、最初で最後の試合になりますッ! 観客の皆様、悪の権化(ごんげ)たる番外魔王の見た目に騙されてはいけません。可愛いとか美人とか、その容姿に見蕩(みと)れると、その首が落ちてしまい()ねない―ッ、超絶危険な少女の二人だぁあ――――ッ!! これは、エキシビジョンマッチというより、デスマッチに限りなく近いっ! さあ、その苛烈(かれつ)なる戦いを、目に焼き付けろおぉ――ッ!!』

 

(おいおい、そこまで言ってもいいのか? まあ、言ってる通りなんだけど)

 

 ノリノリでツキハとコハクを悪と称するソーカに、リムルは内心苦笑いを浮かべる。

 

 これは、ミョルマイルからソーカに、ありのまままの、過去から現在までの番外魔王の姿を好きに言ってもいいと言われていたからである。

 

『さて、このエキシビジョンマッチにルールはありません。しかし、試合時間は一時間となります。勝敗は、その時間内に立っていた方の勝利ですッ! よって、審判のディアブロ殿は、この試合の見届け人となります』

 

 一度アナウンスを区切りソーカは、円形の会場内をゆっくりと見渡しながら、アナウンスを続ける。

 

『さて、観客の皆様方におかれましても、もし、番外魔王の御二人が暴走したら、と、お考えでしょうがッ! 御心配には及びません。何故なら! 我等が魔王リムル様が、この闘技場内に安全策を何重にも(ほどこ)しているからですッ! ではでは前置きが長くなりましたが、試合開始ですッ!!』

 

 そう言うとソーカは、スーッと後ろに下がり、ツキハとコハクから距離を取る。 

 ディアブロも同じく距離を取って行く。

 

 ツキハとコハク、既に相対した瞬間から、二人の戦いは始まっている。

 いつ戦いが始まってもおかしくない状態だった。

 

 お互いに手を伸ばせば届く程の距離まで近づき、歩みを止めた。

 

「何年ぶりやろな、こうやって手合わせするんは」

「うーん、数十年ぶり、かな?」

 

 そう言い二人は、お互いの足を牽制し合うように蹴り合う。

 

 ガッ ガッ バシッ ガガッ

 

 お互いに足を払うように蹴ったり、(すね)や足の甲を踏もうと、下段蹴りを繰り出し、それを蹴り返すように防御する二人。

 

「ほんま、昔から足癖が悪いどすなぁ、ツキハは」

「いやいや、アンタもなかなか足癖悪いよ、ね!」

 

 ツキハが語尾を強く強調すると同時に、コハクの右足の甲を上から踏み押さえた。 

 

 バシッ

 

「痛っ。なにすんねん」

 

 鋭利に細めた目で、吐き捨てるように言うコハク。

 

 それはまるで手でやる指相撲を、足でやるかのような足相撲であった。

 

 会場内に設置された大型魔力式スクリーンに映し出されたその攻防に観客達は、何か拍子抜けしたような感じに(おちい)ったが、次のツキハの攻撃に、度肝(どぎも)を抜かれる。

 

 ツキハ何も言わず、ニヤリと薄い笑みを口元に浮かべると。

 

「シッ」

 

 短く息を吐き、右手の()き手をコハクの顔面に放つ。

 

 コハクはそれを右手で受け防御する。

 

 ツキハの右貫き手はまだ、コハクの右手に触れたまま。 

 

 間髪入れずに、ズバンと重々しい衝撃音が響くと同時に――

 コハクが両足を踏ん張ったままザザザーッと闘技場舞台を滑るように、十数メートルも吹き飛ばされてしまう。

 

 コハクは右脇腹を左手で押さえ、やられたにも関わらず、薄気味悪い笑みを漏らしていた。

 

「ええ? 今のは、ただのパンチ?」

「いや、あれは縦拳だろう」

「俺には、正拳突きに見えたのだけど……」

 

 観客達は一瞬何が起こったのかわからず、無防備にコハクが拳を受けたようにしか見えなかったのだ。

 

 正確には、ツキハが左縦拳を見舞っただけである。

 

 〝(きょ)〟と(じつ)

 

 ツキハは、右貫き手を〝実〟の攻撃とし、〝虚〟、つまり右貫き手を、防御したコハクの右手に触れさせたまま、そこにまだ攻撃があるという〝(じつ)〟を置き。

 

 〝虚〟、コハクの防御の空白地帯、つまり右脇腹に〝虚〟の攻撃である縦拳を打ち込んだだけである。

 意識をしない攻撃、相手にそれを悟らせない、それが〝虚〟なのだ。

 

 もし、ツキハが右貫き手を引いて左縦拳を見舞ったら、完全にコハクに(かわ)されていただろう。

 何故なら、右手を引いた時点で〝実〟がなくなり、〝虚〟が消え失せるからである。

 

 そして。

 

「見たか、リムル。あれが、〝虚〟と〝実〟を交えた、ツキハの攻撃だ。そして、コハクもそれを使って来るのだ」

「ああ。あれを(かわ)すのは、至難の技だな……」

 

 前を見たままミリムが言い、リムルが呟くように返す。

 

 無意識の中に、技を置く。

 これは、天牙影千流(てんがえいせんりゅう)極意(ごくい)の一つであった。

 

 ツキハは追撃もせず、舞台中央でコハクがやって来るのを待つ。

 コハクに対して下手に追撃をしようものなら、確実にカウンターが返って来るのを知っているから。

 

「ようもやってくれはりましたな。追撃に来たら、しばいたろ思うてたんやけど、そうはなりまへんなぁ」

「アンタに追撃とか、確実に返し技を喰らうのはわかっているもの。それにさ、効いてもいないのに右脇腹押さえるとか、どんだけよ」

 

 コハクは縦拳が当たった瞬間に、右脇腹に無意識に〝魔闘気〟を集中させ、打ち込まれた縦拳による打振を緩和していたのだ。

 

 意識の外での攻防。

 

 この二人が、ユニークスキルしか持たない頃からギィや原初、他の魔王に抗う事が出来たのは、この卓越した戦闘センスを持ち合わせていたからに(ほか)ならない。

 

 舞台中央に来たコハクが事無げに言った事に対して、ツキハはあっけらかんとした返しを言った。

 

『おおーーーっと、あれだけ吹き飛ばされたのに、ダメージがほとんどないのに驚きだあッ! 一体、あれだけのダメージをどうやって防いだのでしょうかあーーっ!』

 

 一瞬の事で我を忘れていたソーカが、すかさずアナウンスを入れる。

 

「ほな、お返しをしましょかぁ。ツ~キ~ハ~」

 

 そう言うとコハクは軽く両手を開いたまま、右斜め構えの右半身を取り、両手をスーッと上に上げる。

 

「ん、踊り?」

 

 一風変わったコハクの構えに、リムルが、え? というような声を出す。

 

「来るぞ。コハクの鞭拳が」

「鞭、拳? (えーっと、なんか人間だった頃に……そう、あれって、確か大手動画サイトで見た、手の甲や手の平で相手を打つ拳だったよう、な……)」

 

 リムルはミリムから鞭拳と聞き、元いた世界のとある武術家が使っていたのを動画サイトで見た事を思い出す。

 

「ド変態の鞭拳か、相変わらず似合い過ぎて笑いが出るよ、コハク」 

 

 そう言いながらツキハは、(ひじ)を使った攻防、(くさび)打ちの構えを取る。

 

 ドンッ ズムッ パン パパパンッ 

 

 コハクの鞭拳が、あらゆる方句からツキハに襲いかかる。

 

「なっ、この、くそっ」

 

 乾いた音を立て、手の甲や(てのひら)で打ち付けられるツキハ。

 

 肘の楔打ちで迎撃しようとするも、コハクの両腕がまるで柳の枝のようにユラユラと揺れながら、肘の迎撃をすり抜けて、コハクの両手が打ち付けて来るのだ。

 

 コハクの右手の甲がツキハの顔面に打ち付けられようとするのをツキハは、左(てのひら)で受け止めた瞬間――

 

 ズガッ! 

 

 分厚(ぶあつ)い木の板を叩くような激音が響いた。

 

「ヤバっ!」

 

 そう声を上げた時にはツキハの体は前のめりになり。

 

 バギッ! 肉を叩く衝撃音と共にツキハの右顔面を、コハクの鞭拳が打ち貫いた。

 

 そのままツキハは左方向に地面を派手に転がりながら舞台端まで飛ばされてしまう。

 

 そして、場外へと転がり落ち、た。

 

『おおおーーっと、何が起こったあーーーーッ! ツキハ様は場外かあっ!!』

 

 派手に転がり滑りながら舞台端まで行ったツキハ見て、ソーカが声を上げる。

 

 そう、ツキハは、コハクの〝実〟の鞭拳を受け止めた瞬間に、〝虚〟の左下段前蹴りで軸足の右(ひざ)を蹴り抜かれていたのだ。

 

 そして、態勢を崩されたツキハは体が前のめりになり、無防備な顔面に鞭拳を入れられたのである。

 

 エキシビジョンマッチルールに、場外負けはない。

 

 それでも、ツキハが場外に落ちたのか確認に走るソーカが見たものは―― 

 

 

『こ、これはッ!?』

 

 ソーカの驚愕のアナウンスが、会場内に響き。

 

 それに合わせて、うおおおおおぉーっと、観客達の歓声が一斉に上がった。

 

 

 





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