忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件 作:にゃんころ缶
お待たせしました。207話です
ツキハ
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コハク
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傭兵商会ルヴナン・真の紋章
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※〝打刀〟
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※作中使用の特殊フォントは、〝ライム酒様〟作成の特殊フォントを使用させて頂いています。
特殊フォントの反映には時間が掛かる場合がありますので、ご了承ください。
突然正体を現したチヨメの目的は、何か?
あまりにも支離滅裂であり、その目的が読めなかったのだ、が――
「チヨメ。ええかげんにしいや。アンタ、
表情を変えずに吐き捨てるように言い放つコハク。
それを聞くとチヨメは。
「あら? わかちゃったの。意外に賢いのね、コハク」
「アンタの性格なら、お見通しや! で、もう一人の腰ぎんちゃくはどこに潜んでるんや」
「はて? 何の事かしら。う~ん、それ、イソギンチャクの間違いではなくて?」
「さよか。相変わらずすっとぼけた性格で安心したでえ。遠慮なくブチ殺せるさかいな」
「ねえ、コハク。お前は、この哀れな者共の死体を見て何も思わないのかしら? ただの人間で力もなく、魔王リムルの進化の
「武器を持った瞬間、老若男女だろうと、それは哀れな人間やない。ただの復讐者であり、戦士や。殺されても文句は言われへん。そないな事わかってて言うやなんて、アホちゃいますか、チヨメ」
「まあ、お前ならそう言うわよねえ。相変わらず面白くないし、つまらないオンナ。嘘でももう少し
自分から問い掛けて、真っ当な答えが返って来ただけの結果に、もの凄くつまらなそうな表情で言うチヨメ。
そして、今度はそれをリムルに振って来る。
「じゃあ、魔王リムルはどう思ってるのかしら? 貴方、元人間なのでしょう? 元人間が人間を惨殺する行為を止めもしないなんて、ちょっと薄情過ぎじゃなくて?」
「人間も何も、今の俺は、魔物であり魔王だ。そして、この者達は俺の領地内で暗殺を企てた。当然の結果だよ。
「あらあ、貴方も中々に魔物しているわねえ。もう、人間の心は捨てたのかしらね」
「捨ててはいない。だがな、固執もしてはいない」
「そこの女! リムル様に無礼が過ぎますよッ!」
「鬼、お前には聞いてはいないの。その口を、閉じてなさい!」
「なッ!? ク、クゥーーッ」
リムルを侮辱する発言にシオンが即座に反応し声を荒げるが、チヨメは凄まじい
「望月 千代女。お前は――」
「チヨメでいいわよ。魔王リムル」
「そうか。なら答えろ、チヨメ。お前の目的は何だ?」
「目的? うふっ。そんなの決まってるじゃないですか、魔王リムル。愛するツキハに会いに来ただけ。これらは、その余興ですよ。お気に召しましたか? うふふふ」
「余興ね。お前、ここから無事に帰れると思うなよ」
「あららら、あらあ~。良い憎しみの感情をお持ちですわねえ。良い、良いわあ~。まだ、元ファルムス王国の騎士達に民を惨殺された事を恨んでいるのね。いえ、その感情をまだ、捨てきれてはいないと、言ったところか知らねえ」
リムルが怒りを滲ませて言った言葉の感情を読み取り、うっとりした顔で言うチヨメ。
しかし、リムルはそれに静かに反論する。
「チヨメ。お前の言う事は当たってはいる、が。もう俺は、憎しみだけで動いてる訳ではない。確かに恨みはあるさ、そして憎しみも持っている、無いと言えば嘘になるからな。だがな、今はお前がやった事に腹を立てているんだよ。俺は、怒っているんだ!」
リムルが叫び、魔王覇気を解放して結界内の空間がビリビリと震えた。
「はあ~。もの凄い魔王覇気だわね。怒っている? 憤怒? コハクじゃあるまいし、面白くないわねえ。ほんーーとぅ――にッ、面白くないわ!」
チヨメは、リムルの魔王覇気に自分の魔王覇気をぶつけ相殺する。
空気の振動音が収まり、静寂を取り戻す結界内。
そこへ――
『チヨメ様。大尉から、そろそろ切り上げて、こちらへ戻れとの事です』
ある女からの『思考加速』付きの『思念伝達』がチヨメに送られて来た。
『あらま。もう、本当にせっかちねあの男は。忌々しいったらないわ。私とツキハの再会を邪魔するなんて。殺してしまおうかしら』
『駄目です、チヨメ様。大尉の実力は一度堪能したでしょう? あの男の切り札は、
『そうね。はあ~、もうもうもうもうッ! いいわ。もう少し遊んだら、帰ると伝えなさい。元々別々に動いていたのに、今回の作戦に限ってあの男が主導権を握ってるんだもの。私でも良かったんじゃなくて?』
『今回は、あの魔王リムルと、特に番外魔王絡みの調査なのですから。チヨメ様が主導権を握ると、暴走するのは確実だと〝
『もう、貴女は昔から物事をハッキリ言い過ぎではなくて? とはいえ、〝元帥〟閣下の直属である私としては、致し方なしなのよねえ』
『はい、その通りです。それに、チヨメ様にはハッキリ物事を言える者でなければ、側近に足るとは言えぬ故に。それで
『ねえ、
『申し訳ありません。
『もう、そこ落ち込まない。この私がこの世界に来て暫くして、苦労してやっと貴女をこの世界に召喚したんだもの。私の右腕はカゲロウしかいないの。嬉しいでしょ、ねえ、カゲロウ』
『はい、感謝しております。御元気なチヨメ様と、また一緒に忍びとして生きる事が出来てるのですから』
『ふふっ。可愛い子。そんな貴女だからこそ、信用も信頼も出来るのよ。さあ、もう一つ嫌がらせをして、帰りましょうか。本当に名残惜しいのだけど、これもお役目、役割はきちんと果たさないと、ね』
『はい。チヨメ様』
そこでプツリと『思念伝達』は切れた。
ツキハの必中の間合いギリギリまで近づくと、コハクに向かって何か言い始める。
「そうそう。コハク、お前はこの結界を完全には解析出来てないでしょ?」
「はあ?」
「冥土への土産にと、言いたいところだけも、ほんーーとーーに、残念だけど、殺すのは無しなのよ。忌々しいったらありゃしないわ」
「だったらなんやねん(この女はあッ! 東の帝国とつるんで何を企んでるん、や? いや、企みなどあらへん。この女の目的は、うちを殺し、ツキハの、恐らく魂を手に入れる事や。至極単純で、もっとも厄介なモノやで、この女の執念は……)」
「この世界の
「はあ? 何を今更な事を言ってはるんや」
「これね、一つだけ『解析鑑定』出来ないモノがあるのは、知ってるかしら」
「
「まあ、それもあるけれども。もっと、単純で明快な事よ」
そこでチヨメは冷淡な笑みを浮かべると、次の言葉を言った。
「この世界に存在しない、モノ、もしくは自分で新しく創り出したエネルギー体は、初見ではほぼ解析不能なの。だから『解析鑑定』では何もわからない。半分はあっちの
「「「!?」」」
この言葉に、コハクにツキハ、リムルが即座に反応した。
コハクとツキハは、転生する前の忍術の基本形態をこの世界の魔術と融合させた。
そして、闘気法さえも独自の技に発展させたのである。
更に、精神を利用した、
この原理を考えついた者は、未だこの世界にはツキハとコハク、それにチヨメしかいない。
そしてリムルは、ツキハが放った技のエネルギーが謎な理由を、これで知ったのである。
(だからか! あの時『解析鑑定』が効かなかったのは。で、その原理を知った今は……最初の頃よりは解析出来ているな、完全ではないが……)
これは、手法がこの世界に現存する手法ではないので、一部『解析鑑定』が不能になっていたのは、こういう理由があったのだ。
ツキハとコハクはこの原理を知っていた訳ではなかったのだが、チヨメはその原理を知っていたのだ。
何故チヨメがこの原理をリムル達に明かしたのかは、理由がわからない。
だがしかし、自分の能力に絶対の自信を持っているのは確かなのだろう。
「ふふっ。一人を除いては、気付いたみたいね。この世界の住人は、魔物も人間のほとんどが、この世界に存在する
心底怖気が来るような口調で、吐き捨てるように言うチヨメ。
「馬鹿なお前達に、特別に教えてあげる。ああ、ツキハは馬鹿ではないからね。この結界は、半径五十メートル四方を円形状に包んでいるの、上も下もね。
「さよか。〝
「あら、よく覚えていたわねえ。そうよ。私の一番得意とする呪術、〝四門八卦呪〟を基に編み出したこの世界に適合させたモノ。この世界に、私のいた世界の情報はないのだから。この意味、わかるでしょう、コハク。同じように、忍魔術なるものを編み出したのだから、ね。この世界の魔法属性、地、水、火、風、空に、光と闇、最後に魔属性。本当は、
チヨメは瞬時に印を七つ切ると、パンと両手の平を眼前で叩き合わせた。
〝忍法
今までは空間が波打つような通りの景色が一転、草丈一メートル程のススキの生い茂る草原へと変貌した。
空は漆黒で、蒼い月がリムル達を淡く照らす。
うたえおどれ にくしみのれんさ
(歌え踊れ 憎しみの連鎖)
にくいにくい おあいてはいずこ
(憎い憎い お相手はいずこ)
つらなるうらみに このぞうお
(連なる恨みに この憎悪)
つきぬにくしみは ここにあり
(尽きぬ憎しみは ここにあり)
にくしみでみちた そのちからをわがてに
(憎悪で満ちた その力を我が手に)
さあ のろいのうたげを ひらきましょう
(さあ 呪いの宴を 開きましょう)
ツキハとコハクに倒された者達二十名の死体が黒く染まり、グジュッと音を立てながら崩れ解けていった。
ドス黒いその液体みたいなものは、呪いの呻き声を上げながらチヨメを目指して集まってゆく。
ニクイ ニクイ マオウリムル ガ ニクイ コロシタイ コロシタイ コロシタイ コロシタイ
コノ ウラミ オレノ ゾウオ デ マモノ ヲ コロシツクシタイ コロシツクシタイ コロシツクシタイ
ユルサナイ ユルサナイ ユルサナイ ユルサナイ ユルサナイ マオウリムル ユルサナイ ユルサナイ
コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス
「な、何ですかこれは!?」
凄まじい怨念ともいえる声に、たまらずシオンが声を上げる。
やがてチヨメの足下に集まったそれは、無数の黒い蛇のような形をとり、渦を巻きながらチヨメの周囲を泳ぎ回る。
「呪い狂え、
チヨメがそう言うと、憎念の集合体である黒蛇が一斉にリムルに襲いかかった。
「させへん」
コハクが言うと同時に呪符の束を空中に投げ展開し、その呪符はバサアッと百枚程に分かれると、黒蛇を切り裂くように飛び交う。
そして――
「シッ」
ツキハが一瞬でチヨメの前まで接敵すると、横薙ぎ一閃。
ギャインッ! 激しい火花が散り、その
リムルを襲った黒蛇は、コハクの呪符に切り刻まれボタボタと地面に落ちて、シューッと音を上げながら黒い霧状と化した。
「
「何を、今更だよ」
そう言葉を交わした瞬間、二人は再び斬り結んでいく。
ギャン ギキイン ギャリン キインッ バッバッと火花を散らし、ツキハの刃とチヨメの刃がぶつかり合う。
(す、すげえ。あのツキハの猛攻を凌いでるじゃないか。チヨメという女、強い……)
ツキハの斬撃を凌ぐチヨメを見て、リムルは驚きの声を上げた。
そして、チヨメの放った黒蛇をあらかた始末したコハクが、シオンの方に目を移すと――
「なんやて!?」
黒蛇がリムルを襲った時、シオンの空間位置がずらされていて、一瞬で気付かぬうちにリムルから数メートル離れた先に飛ばされていたのだ。
「どうして!?」
シオンが驚きの表情を見せると、それは唐突にシオンの背後の空間が揺らぎ、へのへのもへじのお面を被った女が、何もない空間からズルリと現れた。
「シオン、
コハクが叫ぶよりも早く、その攻撃は打ち込まれた。
ボゴォッ! という鈍い肉が打たれるような衝撃音が鳴り響いた。
シオンは左に身をよじるも、現れたお面の女の右掌底を左脇腹に受けてしまう。
「ガハッ」
「シオン!」
シオンは口から大量の血を吐き、数メートルは吹き飛ばされてしまい、倒れたまま動けなかった。
リムルがシオンのところに駆け寄ろうとすると、足元から黒い霧状のものが立ち昇る。
「何だ、これは!?」
リムルは、自身を包もうとする霧状のモノを払おうと、右手を振ろうとすると――
《いけません、
緊迫したような
(え、先生?)
《その霧は、霧のようなものであって霧ではありません。恐らく呪いの集合体であろうと推測します。触れれば、何が起こるか予測出来ません》
(マジか、よ……)
予測出来ないとハッキリ
シオンを囲うようにその霧は輪になって、揺らいでいた。
いきなり何もない空間から現れた、お面の女。
小袖の色は黒で、後はチヨメと同じ装束を着て、黒髪で肩より少し長めの髪で顔の右目部分を前髪で隠した髪型をした女性だった。
そして、お面に手をかけると、ゆっくりと外し、その素顔を晒した。
「「
ツキハとコハクがその女の名を、忌々し気に言った。
「アンタまでこの世界に来てはったんやなって、どこのドアホが呼んだんねん! 誰に呼ばれたんや!?」
「誰にって、決まっているじゃないですか。チヨメ様がこの世界に私を召喚したのですよ。この世界の召喚術式を使って」
「何だと!?」
コハクの言葉に、感情もなく淡々と答えるカゲロウ。
それを聞いたリムルが、怒号のような声を上げる。
異世界人をこの世界に召喚する〝召喚術式〟は、リムルが面倒を見ている子供達が召喚された同じ術式であり、リムルが封印したいと思っている術式であったからだ。
「カゲロウ。駄目じゃない、ネタバラシをしては」
ツキハの斬撃をすり抜けるように疾駆すると、チヨメはカゲロウの横に並び立つ。
ここに、ツキハとコハクに因縁を持つ忍びが、二人揃った。
「すみません。このくらいはチヨメ様も言われるかと思いまして」
「もう、言ってしまったものは仕方はないけど――」
「おい、チヨメ。テメエ、その女を召喚するのに、何人犠牲にした?」
チヨメとカゲロウが話す間に、怒りの形相も
「はい? 何人ねえ……うーん、と」
チヨメは腕を組むと、右手の人差し指で顎をトントンと軽く叩きながら考え込み、そして。
「たくさん、かしら?」
「たくさんだと?」
「いちいち覚えていないわよ、そんな事。たくさんよ、た・く・さ・ん」
「そうか」
低い声でリムルはそう言うと、右手を無造作に横に振った。
ギャンッ! 真空を斬り裂くような斬撃音が響き、チヨメに向かって不可視の真空波が飛んだ。
「あらま」
ギギャンッ! その真空波はチヨメの結界に阻まれて弾かれ、その場で霧散した。
「いきなり女性にこんなもの飛ばすなんて、無粋過ぎるわよ、魔王リムル」
「そうかい。テメエは生きてこの場から帰さねえからな」
「あらあら、怖い怖い。そうそう、貴方の配下ってとても面白い感情を持っているわね。心の奥底に、静かに、静かに
「シオンに触るんじゃねえ!」
激怒したリムルの叫び声が結界内に響き渡った。
時雨と小烏丸を構えたままのツキハとコハクは、『思念伝達』で対策を話し合う。
『ねえ、コハク。あの黒い霧状のもの。あれ、呪いと言うかさ、念みたいなもんだよね?』
『せやろね。完全に解析でけへんから何とも言えんどすけど。リムルとシオンが触れたら、一気に汚染されるやろな』
『ヤバいよねぇ、あれ。あたしが二人に斬り込むから、その間にシオンを助けれる?』
『そら、出来ますけど。あのチヨメや。他に何し込んでるかわかったもんじゃあらへんで。再生はしてるみたいやけど、魔力回路をズタズタにされてるどすな。もう暫くは動けんやろ、シオンは』
『だよねえ。下手に動くと、被害が結界の外にまで及びかねないかぁ。それよか、この変な結界何とか出来ない?』
『多分、うちらの元いた世界の忍術と呪術が基本になってるんやろうけど、チヨメの使う呪術は、詳しくは知らんねん』
『まあ、そうだよねえ。チヨメの呪術は、あたしらの元いた世界でも、めちゃくちゃ厄介な術だったもんねぇ』
『人の負の感情を操る呪術やなんて、ようもあんなもん会得したもんやで。ほんま、かなわんわぁ』
『仕方ない。最悪、あの呪いの集合体さ、あたしが喰らうわ。どうなるかわからないけど』
『ツキハ。いくらうちらでも、あれはマズいで?』
『わかってるよ。でも、憎しみを増幅させてシオンが暴走したらどうなると、思う?』
『あの持ってるユニークスキルは、
『そう。最悪、復活出来ない死人が出る事になる。もしもの時は、頼むよ』
『へえ。うちが何とかしたるさかい、やりなはれ、ツキハ』
ここで二人の会話は終わる。
リムルも黒い霧状の輪がシオンを囲んでいて、近づけずにいた。
(『空間移動』は……。駄目だ、シオンの周りの位置座標が掴めない。クソッ! この結界を何とかしないと……)
リムルは内心で声を荒げ、拳を強く握り締める。
《……》
そして
この呪いの集合体ともいえる、黒い霧状の物体の正体と、結界を打破する為に。
基本
これは一種の賭けであったが、いち
しかし確実な事は、あるタイミングを逃したら、シオンは助からないだろうと、いう事だけである。
シオンのところまで来たチヨメは片膝を付き、シオンの上半身を抱き起すと。
「くっ、くぅ、さ、触るな、私の、こ、心、に」
途切れ途切れながらも、拒絶の言葉を口にするシオン。
「ふふっ。やっぱり、人間への憎悪は完全に消えてはいないのね」
「シオンに触るんじゃねえ。テメエ、ぶっ殺すぞ!」
リムルが激昂して叫んだと同時に、ツキハとコハクが動いた。
「させません」
そう言い、カゲロウが二人の前に立ちはだかる。
「どけ!」
ツキハが叫ぶと同時に刃を即座に鞘に収め、鍔鳴りの軽やかな音を二回響かせた。
〝
最初にカゲロウを中心に、半径三メートルの不可視の輪で空間が固定され。
その不可視の輪が、中心に向かって一気に収束した。
ザシャッ! 腰から上を切断されたカゲロウの胴体が
「チッ、変わり身の術か」
ツキハがそう言うと、人の上半身くらいの丸太に、小袖だけが着せられて転がっていたのだ。
〝幻遁・
その横をツキハが駆け抜けると――
十数メートル上空にジャンプしていたカゲロウが、ツキハの頭上目掛け十字手裏剣を投げた。
「忍法・
技名の声が響き、
さんえい
(散影)
一枚の十字手裏剣が一瞬で百枚に分裂して、ツキハを襲う。
「うらあっ」
ガキュキュキュンッ! ツキハは
ザシュシュッ、ツキハを囲むように十字手裏剣が落ち刺さり、そして。
「
はぜろ
カゲロウが言い放つと、
「しゃらくさいわ!」
と、同時にツキハは叫ぶと、時雨を地面に突き立て、パンと両手を眼前で叩き合わせた。
ドゴゴゴォンッ! 連続した爆炎がツキハを襲う。
コハクがチヨメのいるところまで後四メートルのところで、既に地上へ着地していたカゲロウが立ち塞がる。
「どきや!」
コハクが言うと同時に右回し蹴りをカゲロウに放つ。
それをスッと半歩だけ後ろに下がり
パパパパンッと、右、左の拳が飛び交う。
そして、コハクの右裏拳を躱したカゲロウは、身を引きつつカウンターの左縦拳をコハクの右脇腹に打ち込んだ。
ドスッ! 重い衝撃音が鳴り響いた。
「なっ」
右脇腹を手で押さえ、トンと後ろに飛び
「甲賀流気闘法。まだ、握ってはいませんよ。波紋だけです」
カゲロウは淡々と技の流派を伝え、右手をグーパーと握り見せた。
「ほんま、いけすかんヤツやな。あの時の意趣返しどすか?」
「いえ。事実を言ったまでです」
「さよかぁ。なら、次は握りなはれ。うちも〝打震〟をぶち込んでやるさかい」
「ええ、そうします」
コハクが殺意に満ちた目で言い、カゲロウは表情の抜け落ちた顔で返す。
それを見ていたリムルは、心の内で驚愕する。
(あの二人を相手にして、あの強さ。何なんだよ、あのチヨメとカゲロウという忍びは。間違いなくカゲロウという女も、進化してるだろう。しかも、魔王級に。何故今までツキハとコハクにバレなかったんだ? 何百年も影に潜んで活動して来ていたのか……。忍び、アイツ等がいた世界の、忍び。ここまで徹底して忍べるとは……末恐ろしいものだ)
そう思っているところへ、ツキハから『思念伝達』が飛んで来た。
『リムル。手短に言うよ』
『おう』
それでリムルは察し、短く返事を返す。
『シオンに何かあっても、必ずあたしが助ける。だから、絶対にあの霧状のモノには触れないこと、いいね?』
『わかった。俺は何をすればいい』
『この結界を破る方法を考えて欲しい、コハクだけでは、正直厳しいんだ』
『ああ、そのつもりだ。一つ頼みがある。最悪の場合、俺からといか、ある提案があるんだが、それを無条件で受けてくれないか』
『ん? ……わかった。受けよう』
『じゃあ、コハクにも――』
『今コハクに言った。状況が状況だし、受けるってさ』
『そうか』
『なら、そういうことで』
そこでツキハの『思念伝達』は切れた。
「カゲロウ。もういいわ、こちらに来なさい」
シオンを抱き抱えるチヨメがカゲロウを呼ぶ。
即座にチヨメのところに戻ったカゲロウは、チヨメの後ろで
「さあ、貴女の憎しみを、私に見せてちょうだい」
そう言いながらチヨメはシオンの胸に右手を置くと、一言
「
ザザザザァッとチヨメの右手から、小さな
「あがッ、あぁ、ガアアアアアアアッ!」
獣のような咆哮を上げるシオン。
身体がビクンビクンと波打つように跳ね、チヨメがその手を離し、シオンを地面に横たえる。
シオンは四つん這いになると、ドンッと激しく地面を拳で叩き、ゆらりと立ち上がる。
シオンの体中を小さな梵字のようなものが、極小の虫の大群のように
「おい、シオン!」
リムルが駆け寄ろうとするも。
「リムル、触れたらアカン!」
それをコハクが止める。
「に、憎い。抵抗もしなかったのに、まだ闘えぬ子供にも剣を向けた、騎士、達。憎い、憎い、憎い、人間が、憎いッ! ガアアアアアアアーーッ!!」
ドス黒く凄まじい
「そうよ。その憎しみは貴女の本心。解き放ちなさい、憎悪の波動をッ!」
チヨメの言葉に呼応するかのように、シオンの右目だけが赤黒く染まり光る。
「殺す。殺す殺す殺す殺す殺す、人間は皆殺しだあッ!」
シオンが叫び、獲物を探すかのように首をゆっくりと動かすと、リムルの姿が目に入った。
その顏には幾筋もの帯状の
「シオン。あれが人間よ、元だけど。貴女の大事な者達を殺した、元人間、よ。ふふふ」
チヨメはリムルを指差し、そうシオンに告げた。
「あ、あ、あああ、あ、こ、ろ、す。こ、ろ、す」
シオンはリムルに向かって歩き出し、右手の指を大きく広げ、パキ、パキッと骨を鳴らしながら拳を握る。
そこへ、ツキハが立ちはだかる。
「ど、どけ、ころ、す。ころ、す、ころ、す」
ツキハの頭部を粉砕しようと振り下ろした右拳を、ツキハは左手で受け止める。
ドズン、重低音が響き、ツキハの足元が円形状に浅く陥没した。
「もう、止まらないわよ。その、鬼は。うふふっ」
チヨメが言うやいなや、ツキハが静かに、しかもこの世のモノとは言えないような殺意をチヨメにぶつけて来た。
「ちょっと黙れ。テメエ、うるさいぞ」
「え? え、と……」
それはチヨメすら黙らせる程の、
すぐさまカゲロウが、チヨメを守るように前に立つ。
そしてツキハは、フッと表情を緩めると、シオンの右手を斜めに下に落とすように引っ張り、一瞬で
そして。
「シオン。ちょっと、我慢な」
「ガハッ」
そう言うとツキハは、右手刀でシオンの胸の中心を刺し貫いた。
リムルはそれを見ていたが、ツキハの言葉を信じ、動じる事はなかった。
(な、なんだ!? これ、呪詛か? いや、そんな
呪詛は、ツキハの右手を介して浸食して来て、ツキハはある決断をする。
「り、りむ、る さ、ま。り、り、む、る、さ、さ、ま」
(仕方ない。やっぱり全部喰うか。シオンがこのままじゃ、持たないわ。多分、憎しみの波動から戻れなくなる)
そう決断するとツキハは、シオンの魂の心核に
右手に握られた黒く蠢く、軟式ボール大の球体。
シオンの胸からズルズルと帯状のモノが引っ張り出され、それは無数の触手みたいにツキハの右腕に絡みつく。
「ああ、すっげえまずそう」
「ち、ちょっと、何してるのよツキハ! その呪詛は、貴女の精神を確実に汚染するわよ!」
鷲掴みにした憎念の集合体を食べようとしているツキハを見て、チヨメが声を荒げる。
そして、カゲロウと何か言い合いを始める。
「ねえ、やめなさい! 馬鹿なの? ああ、もう、ツキハが馬鹿じゃないのよ。って、ツキハ! お姉さんの言う事を聞きなさい! 駄目よ、食べちゃ駄目ッ!! ねえ、カゲロウ。あれ、止めて来て」
「無理です。あの状態のツキハを怒らせたら、私、無事では済みませんけど」
「え? あ、ああ、それはマズいわね。でも、止めて来て」
「ツキハ、自分の周りに結界を張っていますね。破るのは骨です」
「え? あ、でも、あれは食べたらマズいって言ってるの。だから――」
「わかってます。でも無理です」
「ねえ、もう嫌がらせは十分したから、帰る?」
「この状況ですんなり帰れると思います? 激怒してますよね、魔王リムル」
「それもそうね。ああ、どうしましょう。困ったわ、ツキハが精神汚染をされるなんて。それはそれで見てみたいのだけど。って、ああもう! 食べるなって言ってるでしょっ!」
まさか、自分が憎念で生み出した呪詛の集合体を食べようなんて発想があまりにも馬鹿げていて、流石に素に戻るチヨメであった。
(あの女、多重人格者なのだろうか? それに今アイツ、嫌がらせってハッキリ言ったよな)
どこか慌てるチヨメを見て、先程の狂気の行動からは想像出来ない姿を見せているのは、どこの誰だ? とリムルはジト目でチヨメを見ていた。
そして。
「うっさい」
そう呟くとツキハは、黒い球体に噛り付き、がぶがぶと喰らってしまう。
そして、腕に絡みついたモノも引き千切りながら全て食べてしまった。
「あ……」
制止を振り切り、マジに食べてしまったツキハを見てチヨメは、間の抜けた声を出してしまう。
口から黒い霧状のモノをポフッとくゆらせて、あぁーと、低い声を漏らすツキハ。
呪詛を抜き取られたシオンをすかさずリムルが保護し、気を失っているので一時避難として『胃袋』へと移動させた。
(ツキハのヤツ、大丈夫なのか?)
一抹の不安を抱きながらも、一応チヨメとカゲロウの出方を窺うリムル。
「ち、ちょっと、本当に食べたわよあの子。どんな影響が出るかわからなくてよ」
「チヨメ様。マジにツキハが切れたらどうします?」
「
「チヨメ様は、一度ブチ切れたツキハに、半殺しにされましたからねえ」
「そうなの。あの時の傷が原因で忍びを引退する羽目に、って今はそんな事はどうでもいいでしょうがあ!」
「事実なので」
「え? ま、まあ、いいでしょう。そのまま精神を汚染されても、私が全てを受け入れてあげるわ。そう、問題はないのよ。何が起こるかは別にして、うん、大丈夫大丈夫、よ、ね?」
「知りませんよ」
もう、なるようにしかならないと、どこか自分を落ち着かせようとするチヨメである。
それにカゲロウが淡々と否定する。
(くそぉ。人の憎しみの感情に呼応して浸食して来るのかよ。めんどくさ! ほんと、普通の感情してたら、一瞬で引っ張られるじゃん。あぁー、ほんとめんどくさい。腹立つわ~。何か、めっちゃ腹立つわぁ……)
ズゾゾゾと、ツキハの肌の表面を這い回る呪詛の帯。
それは、異様な光景であった。
(なんやなんや!? 〝魂の回廊〟を通じて、うちまで浸食して来てはるやないか。うっとこの
コハクはツキハとの繋がりを残したまま、眷属達へ繋がる〝魂の回廊〟を遮断した。
(これでよろしやろ。さてと、急がな、ツキハがいつまで持つかわからしまへんな。やりますか、この呪詛というか、憎悪の集合体の解析を……)
この世界の呪術に当てはまる術式は……
アカン、どれも該当なしや
ん? んんん!? いつぞやの呪いの石板の術式に、ちょっと似てはるか?
違うどすな うちらがいた元いた世界の呪術……
やっぱりこれどすか あの忍びが使う呪符術の名残……
武田の〝歩き巫女〟だけが使う 呪術 これや しかし どないして これを組み込んだんや?
術式は わかったんやけど この意味不明な念は 何なんや……?
憎しみの感情 負の感情を
「ああぁ、めんどくさ。クソがあ――ッ! みんな、ぶっ殺してやるぅ―――ッ!!」
「はいい!? (ツキハがキレよりましたやん。いや、これって、暴走しはった? 暴走……もう、どもなりまへん。えらいこっちゃあッ!)」
まさかの精神汚染がツキハの怒りの感情に火を付け、更にブチ切れさせて怒りが天元突破したツキハ。
ツキハは憎しみではなく、際限なく沸く怒りの感情に呑まれ暴走してしまう。
チヨメの呪詛は精神汚染を引き超す事は出来なかったが、それよりもマズい状況を引き起こしてしまったのだ。
コハクがドン引きするくらいに。
しかも――
ヂリッ ヂリリッ ヂヂヂヂッ ヂリッ ヂリリッ
「ガアアアアアアアッ!」
ドンッ! ツキハを中心にして半径数メートルの黒色の魔素粒子が激しく揺らぎながら円形状に立ち昇る。
「ねえ、あれ何かしら? あの
「馬鹿ではなく、異常ですね。あの
チヨメとカゲロウは、ツキハの
そして、ツキハの怒りに呼応して〝番外権能〟? が、覚醒しようとしていた。
(はあ!? アカンアカンアカンアカン! 完全に起きようとしてるやないか。ちょお――ッ。起きたらアカン! 寝てなはれ! なに、起きて来よるんか、このボンクラ権能があッ!!)
ツキハの怒りの波動に反応して、コハクの〝番外権能〟? まで覚醒を始める。
(なんやこれ? チヨメの呪詛というか呪いの集合体……なッ!? これ、
必死に暴走の兆候に抵抗しながらコハクは、ある事に気付いたが、しかし。
(ツキハの方は、もう時間の問題やな。あれは、もう止まらへん。このチヨメの結界も暴走の手助けをしてはるな。ツキハの暴走、チヨメの結界、うちの暴走も止めなアカン……。駄目や、流石に全部の対処は、無理や。仕方ありまへんな)
コハクは覚悟を決めると、リムルに『思念伝達』を送る。
『リムル』
『お、大丈夫かコハク? この状況、どうする? 俺に協力出来る事はあるか?』
最悪の状況に到ったのを理解していたリムルは、コハクの安否を気遣いながらも、打開策を模索する。
『あんさんな、全力で防御結界を自分に張りなはれ』
『え? なんで?』
『ハッキリ言いますで。ツキハは、暴走状態に陥ってるんや』
『暴走だと!?』
『せや。だから、もう何が起こるかわからん。このチヨメの結界解析も間に合わへん。とりあえず、この結界内でツキハもろとも自爆するさかい、あんさんは全力で防御しなはれ、ええな』
『自爆って、ツキハがヴェルドラに使った、あれか!?』
『せやで。あれを最大火力で発動させるんや。そうすれば、ツキハとうちは暫く死んだ状態になるさかい、その隙に脱出してんか』
『チヨメとカゲロウは?』
『あれも無事では済まへんやろうから、撤退すると思うで』
『そうか。本当にツキハとお前は、無事に復活出来るんだろうな?』
コハクの言葉に念を押すリムル。
『そない怒ったように言わんでもよろし』
『俺だけ助かっても、意味がないからな。助かるなら、お前達も含めてだ。これは譲れない』
『はあ、ほんま、あんさんは人が良すぎるで。こういう時は自分と配下であるシオンを優先しなはれ』
『すまんな。これは性分なんだ。だから、お前とツキハの無事も必要なんだよ』
『最大火力でこれを放ったら、どうなるか、うちにもわからんのや。約束は出来ん。それに、ツキハの暴走を抑えな、どっちみちえらいこっちゃ。なんもかんも破壊しつくさんと、ツキハは止まらへんで――』
コハクがリムルに答えた時――
《個体名:コハク。この状況の打開策の提案があります》
『アンタ、誰や』
《あの呪詛という憎念の集合体、どうにか出来るかも知れません、この結界を含めて》
『アンタ、というか、あの時のアレやろ?』
コハクが警戒心も露わに問い返した。
《あの時のアレという表現は適切ではありませんが、そうです、アレです》
『さよかぁ。今は時間があらへん。話聞こかぁ――』
コハクがそう了承した時。
『あ゛ぁ?』
暴走状態のツキハが、ゆらりとコハクの方を見た。
と、同時にコハクが。
「ツキハ、あっち!」
大声を上げてチヨメの方を指差した。
「「え?」」
それを見ていたチヨメとカゲロウは、不意を突かれたような声を上げる。
「ガウッ!」
「ちょっとおッ!?」
一目散にチヨメ目掛けてツキハが襲いかかる。
カゲロウはツキハの目標がチヨメに確定したのを確認すると、スッとチヨメの前に出る。
「何してるの?」
「今のツキハは、ブチ切れた状態です。私が
「はい? あれって、対策出来るのかしら?」
「流石に無理です。チヨメ様、ご武運を」
「ちょっと何言ってるかわからない、ってか、きゃあああああああッ!」
カゲロウの間合いに飛び込んで来たツキハが、拳の連打と蹴りの応酬を見舞い、最後に縦拳の〝打震〟をカゲロウにぶち込んだ。
その威力にカゲロウは吹き飛び、地面をバウンドしながら結界の
そのままズルズルと地面に落ちて、完全に意識が飛びかけていた。
「な、なん、ですか、この、馬鹿げた威力の〝打震〟、は、震動波の
左腕で防御したカゲロウの腕はボコボコと波打つと、一気に腕全体が付け根から破裂した。
破裂した傷口は鮮血を噴き上げ、それを右手で押さえながら再生の呪符を押し当てる。
(再生が遅い……この打震は、普通では、ないですね。ま、マズいです……)
いつもなら瞬時に再生出来るハズが、ゆっくりな再生スピードにカゲロウは焦りを見せる。
一方チヨメは、ツキハと交戦中であった。
「ち、ち、ちょっと、落ち着きなさいツキハ! ねえ、お姉さんの言う事を、聞い――」
「ウガアアッ!」
「ま、待って、この、持てと言ってるでしょうがあああッ!」
ツキハの猛攻を受けながらも、それに対応するチヨメ。
二人の拳が交差し、蹴りが飛び交う。
『これで、ほんの少しは時間稼ぎが出来るやろ』
《了。先ず、この結界を個体名:コハクの幻想領域に書き換えましょう》
『ほんま、末恐ろしい
《先ず、あの正体不明のエネルギーの原理を所望します》
『はあ、いきなりやな。対価は相当なモノになるで。ええのんか?』
《それについては、事が収まった時に交渉を》
『さよかぁ。まあ、よろしやろ。時は一刻を争う状態どすからな。あれはな、うちとツキハが考案した、魔素ではない、精神をエネルギーに変換した、
コハクは『思考加速』をかけながら、
……
…
『
『せや。既存の力では、想像を超えるモノがうちらを襲った時に、対処できしまへんやろ。そういうところから、考えついたねん』
『はあー。正直凄いなその発想は。既存の力を鍛えるだけではなく、未知のエネルギーの創造かあ。俺もそこまでは考えつかなかったわ』
《なるほど。その
『でもな、うちは自分の暴走化を抑えるだけで手一杯やねん。どうするんや?』
《告。その分はこちらで補助します。個体名:コハクは、暴走化を止める事に専念して下さい。あの異常な〝時空震〟ノイズが強まっています》
『ちょっと待ちや! アレが聞こえるんか、アンタら』
《聞こえます》
『ああ、俺も聞こえてる』
『なんちゅう事やねん。何でアンタらにも、って、今はどうでもええか。それは後で話そか』
《了》
『ああ』
そして、
『あれは、
『チヨメは、呪術に関しては、天才と言われた女や。
コハクは忌々し気に言うも、チヨメの実力は認めていた、同じ〝忍び〟として。
《では個体名:コハク――》
『なあ、その呼び方はやめなはれ。何や気分が悪うなる。敬称はいらへん。許したるさかいコハクと呼びや』
《了。ではコハク。
『うちらも、〝忍び〟であり、
《では、
ヂリリリリリッ チリッ チリリッ ヂリッ
『くうぅー』
『おいコハク? 大丈夫か!』
『だ、大丈夫やと、言いたいんやけど、ツキハの暴走化が激しいどす、な』
《緊急で個体名:ツキハとの〝魂の回廊〟を閉鎖しますか?》
『アンタ、そんな事も出来るんか。でもアカン。うちとの繋がりを消したら、本当に止まらへんで、ツキハは。
《了。コハクの精神力を
(なんやねん、この術の構築速度は……本当にいち
コハクの頭上に呪符の束が具現化すると、それは一斉に分かれて憎念結界の外周に沿って円形の陣を張った。
(呪符? 何をするつもりですか、コハクは)
カゲロウは左腕の再生をしながら、いきなり現れた呪符を
チヨメの方はツキハを相手にするだけで手一杯で、呪符には気付いてはいなかった。
《対憎念結界符起動》
「はあ!? いつの間に呪符を展開、あいたああーーーーッ! 何するのよ、ツキハあっ!!」
暴走化したツキハと互角に戦うチヨメが、外周で輝く呪符に気が付くも、ツキハの攻撃が激しくてそれどころではなかった。
カゲロウも受けた〝打震〟が体内で暴れ回っていて、
バチッ! バチチチッ! 何かがショートするような音を響かせ、憎念結界の空間が揺らめき、明滅を繰り返していく。
(なになになにっ!? 私の結界を書き換えて、というより、浸食してるの? はあ! 有り得ないでしょうがッ!)
ツキハとの戦いの中、自分が展開した結界が書き換えられて行くのに驚きの声を内心で上げるチヨメ。
《結界書き換え率……四十三% 呪詛浄化率……三十八%》
コハクの術式を応用した
「もう、何なのよおッ!」
想定外の連続に、怒りの叫びを放つチヨメ。
ガガガガッ! ツキハの連続パンチを全ていなし、チヨメはツキハの両手首を
が、その瞬間ツキハがチヨメの両手首を掴み返し、右足の親指をチヨメの喉元に突きつける。
その刹那、チヨメは両手首を振り切り、後ろにのけ
ドズッ! ツキハの腹部にチヨメの右踵がめり込み、そのまま吹き飛び地面に転げながら倒れ伏す。
(ふあ!? あの状態のツキハを蹴り飛ばした? それにツキハと同じ蹴り技を使っていた。アイツ等の体術って、もしかして同じ源流なのかな)
リムルは二人の体術が似通っているのに気付き、元は同じなのではと思う。
そう、ツキハの
そして――
《結界書き換え率……百% 呪詛浄化率……百% 対呪結界・
キキイイイイィンッ! 空間の断裂音が響き、憎念結界が書き換えられ、
その範囲は、憎念結界と同じ広さであった。
蒼白い光とともに、浄化された空間が広がる。
どこか息苦しい感覚が消え、そこは活性された
「まっ!? 何て不愉快な空気なのかしら。私の結界を書き変えるなんて、万死に値するわよ!」
怒髪天を突くとはこの事、迫りくるツキハを大技で止めるチヨメ。
パンッ! チヨメが八つ印を切り、単拍手が空を鳴らす。
のろいのはいよ わきおこり このものらをくらいころせ
(呪いの灰よ 沸き起こり この者らを喰らい殺せ)
〝呪殺・
チヨメの足元から黒い灰が巻き上がり、渦を巻きながら円を描くように広がっていく。
それは、全てを腐らせ分解消滅させる、黒き呪いの灰。
「お前ら皆、呪い喰われるがいいわ! あ、ツキハは別よ♪」
しかし、倒れていたツキハがむくりと起き上がり、凄まじい唸り声を上げる。
「にゃぁああ、う゛にゃああああああああっ!」
ヂリリリリリッ チリリッ ヂッ ヂヂヂッ
両足を肩より大きく開き。両拳を腰に当て腰を低く落とすと、尻尾が放電現象を始め、バチバチッと嫌な音を立て始め、口の中に超魔導粒子球を形成していくツキハ。
「あ、アカン! 制限なしで超魔導粒子ビームを撃つ気やで、ツキハは」
「はあ!? なあ、それ撃ったらどうなる?」
リムルは驚くも、何故か冷静に問い返してしまう。
「結界ごと貫通して、この通りは
「へええ。って、それマジにヤバくね?」
リムル、もはや手遅れ感が増していく。
「それにあの黒い灰、触れたら身体が呪いで浸食されて、恐らく分解されるで。ほんま、次から次へとしょうもないもん作りよってからに、あの、ド変態女がッ!」
「とりあえず、あの黒い灰をどうにか、ってか、ツキハもどうにかしないとって――」
《あの黒い灰は
『やりなはれ!』
『先生、頼む!』
《了。
やがてそれは黒呪灰とぶつかり合い、灰神楽は黒呪灰の侵入を防ぐように激しく雷鳴のような稲妻を
「ふふっ。同じような灰を作ったわね。でも、私の
チヨメは声高く
《告。暫くは抵抗出来ますが、あの黒い灰は呪いと憎念、それに個体名:チヨメの強力な精神力によって生み出されていて、意思を持った灰ともいえるでしょう。いずれ灰神楽も突破される可能性があります。そこでコハク。提案があります》
『なんや、言ってみなはれ』
《
『なんやて!? いくら何でも、うちがそないな事許すわけあらへんやろ!』
《コハク。こちら側からダイレクトに干渉出来れば、個体名:ツキハの暴走を抑える事が出来ます。そして、あの超魔導粒子の爆発を用いて、黒い灰を一度だけ相殺します。時間がありません。個体名:ツキハは発射態勢を終えようとしています》
(言ってる事はわかるんどすが、うちらの手の内も丸裸になる危険性が大や。しかしや、ツキハの暴走化も止めなアカン。あああ、もう! ほんま難儀な事やで、全く! いくら『思考加速』をかけて考えても、現実の時間はありまへんな。これを知ったらツキハ、怒るやろなぁ……)
考えた末に、コハクは
『ええやろ。その提案乗りましょか。しかしや、こちらにも条件があるさかい、それを飲むどすか?』
《了》
『うちらの深層意識、そして、全ての
《……》
『なあ、いち
《気のせいです》
『はあッ!? それがおかしいと
《気のせいです》
ここでコハクと智慧之王の押し問答が勃発する。
(あ、コハクもそう思ったか。何かさぁ先生、本当に感情がある
リムル、諦めの境地に至る。
『ああ、ほんま腹立つ
《……了》
『何や、その気に食わないような返事はッ!』
《気のせいです》
『ほんまに、感情があるんちやいますか?』
《気のせいです》
『ああ、そうどすかあ。なら、さっさとやりなはれ。
《了。では、
『何か言わはったか?』
《気のせいです》
『いてもうたろか?』
《……》
《では、個体名:ツキハに浸食している呪詛を解析――成功しました。そうですか。個体名:ツキハの精神を浸食するには呪詛力が足りなかったようですね。憎しみの感情に対しての耐性があまりにも強すぎます。だから怒りの感情がそれに反応してたのですね。尋常ではない怒り。もう半分ほど個体名:ツキハに喰われていますね、この呪詛は。最後の抵抗で怒りの感じに侵食しようとしたのですね。個体名:チヨメの憎念……これはとても危険だと判断します。情報を保存したいのですが……これが存在する限り何が起きるか推測出来ません。非常に残念ですが完全浄化を決行します》
《個体名:ツキハの
八枚のマイクロ呪符から照射されたサイコビームは、一点に集中して取り付いている呪詛を焼きながら浄化していく。
これは、リムルの元いた世界の癌治療に使用されるガンマ線治療を参考に
あっという間に焼き尽くされ浄化されたチヨメの呪詛。
《全ての攻撃術式の緊急停止――成功しました。》
かさず
キュウウゥンッと、エネルギーが減退するような音が響き、ツキハの超魔導粒子の異常増幅と暴走化が停止した。
「はえ?」
我に返ったツキハの第一声は、状況を理解していない声だった。
そして間髪入れずに
《超魔導粒子を緊急解放。続いて爆縮開始――内包した
「え? 誰? おい、何勝手に人の技を発動してるのよ!」
訳がわからず、周りをキョロキョロするツキハ。
「何してるの、あの子。あら、ツキハの身体が光り始めていってる? え、え? ちょっと眩しくてよ」
「チヨメ様。これ、マズくないですか?」
「はい? そ、そうね。逃げる?」
「もう、手遅れかと」
「あらまあ……」
同じく起こっている現象に訳がわからず、戸惑うチヨメ。
そこへ、左腕の修復が終わったカゲロウがチヨメの横に来て他人事のように言った。
クワァーッと眩く輝くツキハの身体。
そしてそれは、フッと
《
「誰よ! 勝手に、ちょっとお―ッ!」
慌てるツキハを無視して、
《
掻き消えた輝きが一瞬で戻り、その膨大なエネルギーは結界内を凄まじい輝きで満たし、黒呪灰だけを掻き消した。
「はああああッ!? 私の
全てを呪い、侵食して存在ごと分解する黒呪灰を打ち消されて変な声を出すチヨメ。
そして――
《
リムルに向けた
『任せる、先生』
《了》
そう答えた
「チヨメ。お前の生み出した黒い灰は浄化した。憎念を媒介に生み出したモノ。この黒き灰は、全てを呪い侵食分解するのだろう? 空間座標認識も妨害済だ。大人しく降伏しろ」
手短にチヨメの黒呪灰の性質を言い当て、降伏を促す。
しかしこれはハッタリであって、もしチヨメが再び憎念を増幅させて呪詛の集合体を生み出せば、次に浄化出来るかは五分五分の確率だったのだ。
だから
「あらまあ。そこまで解析していたなんて、あの御方様が警戒するだけはあるわね。でもね、
焦る様子もなくチヨメは言った、そして。
「空間座標認識の妨害? 舐めるんじゃないわよ、小僧」
《来ます》
「もう、全力で行こう」
「せやな」
「え、え、なに?」
一人ツキハだけは、頭の中に響く
チヨメが再び黒呪灰を生み出そうと印を結び、カゲロウは小太刀ではなく、柄の両側に鍵状のモノが左右にあり、先端が鋭利になった刺突武器、
だがそこへ、唐突に『思念伝達』がチヨメに飛ばされて来た。
『ねえ、いつまで遊んでいるの』
それは穏やかながらも、有無を言わさない
「ひゃいッ!」
チヨメが裏返った声を出し、リムル達は何が起こったという顔になる
「「「え?」」」
そして、どこか慌てた様子のチヨメがそこにいた。
『あ、あ、遊んではいませんよ、元帥閣下』
『そう。もう、帰って来なさい。気は済んだでしょう?』
『はい。ですね、はい、もう十分に遊びましたわ』
『作戦の邪魔だけは駄目よ』
『はい、十分に承知しておりますわ』
『色々と報告も聞きたいから、帰りなさい。いいわね』
『承知しましたわ、元帥閣下』
『カゲロウも、いいわね』
『御意』
そこで『思念伝達』は終わった。
「今日はこのくらいにしてあげるわ。今度会った時には、コハク、お前は必ず殺してあげる。残虐に、惨めにね」
「さよかあ。でも、空間座標認識を妨害されて、どこへ逃げるんや。大人しく捕まりまはれ。もの凄い拷問をプレゼントしてあげますえ。ふふっ」
「舐めないでよね、コハク。私が何も策を用意していないとでも思っているのかしら?」
「なんやて?」
小馬鹿にしたような口調でコハクに言うチヨメ。
「チヨメ。逃げ場はないと思うよ。大人しく、降参しな」
正気に戻っているツキハがチヨメに言うも。
「ふふっ。愛する貴女の言葉でも、それは聞けないわね。またね、ツキハ」
そう言った刹那、チヨメとカゲロウの身体が二重にブレた。
「逃がさねえ!」
リムルがそう叫び、『
「実体が、ない?」
そうリムルが言った時、既にチヨメとカゲロウは『逆召喚』術式を発動していたのだ。
二人の周囲を無数の木の葉が舞い踊る。
チヨメは魔国に来る前に、とある場所に自分達を強制的に召喚する魔法陣を用意していたのだ。
これは、チヨメとカゲロウに危険が及ぶと自動的に発動する方式だった。
だから、リムルが『
恐らく、空間座標認識を妨害されるのを想定していたのだろう。
「今度会う時は、本気で
ザザザァッと木の葉群れが高速でチヨメ達の周りで渦を巻き始め。
〝忍法逆召喚・木ノ葉返し〟
チヨメの甲高い笑い声とともに、渦を巻いていた木の葉が一斉に全方位に散った。
そして、チヨメとカゲロウの姿はそこから消えていた。
「コハク。追えた?」
ツキハがコハクに、権能『
「へえ。今度は逃がさへんかったで。でもな、よりにもよってアソコや」
「駄目って、どこに転移したの?」
「あれな、多分『空間転移』やあらへん。うちに見えているのは、複雑な魔法陣の上に二人がいるどすな」
「凄いなお前。アレを追跡出来る権能か。 しかも見えているって――」
「はあ、奥の手の一つが丸見えやないどすか。何してますねん、アンタは!」
《……》
「え? 誰に言ってんのコハク?」
意味がわからずコハクに尋ねるツキハ。
「話せば長くなるから後で話しますえ、ツキハ」
「え、あ、うん」
「でなリムル、推測やけど、アレは自分を強制的に設置した魔法陣に召喚させる術式おすな」
「逆召喚魔法かあ。用意周到なヤツだな。で、どこにあるんだ、その魔法陣は?
「帝国領の国境線の内側や」
「そうか。それは手出しが出来ないな。全く何しに来たんだよ、アイツらは……」
リムルはコハクからそう聞くと、大きな溜息を一つ吐いた。
「決まってるどす。ほんまに、ただの嫌がらせやねん」
「だね。ほんと、ド変態な性格は相変わらずだったね」
「せやねえ、ほんましょもないド変態女や」
「本当に嫌がらせかよ! しかし、嫌がらせにしてはマジに危険なヤツらだったよな」
「ああもう、どこの大馬鹿がチヨメを召喚したんだよ、ほんと迷惑千万
「せやな。ほんまその国滅ぼしたいどすな、綺麗サッパリに」
「「「疲れた、はあぁーー」」」
三人揃って長い溜息を同時に吐いた。
「ところでさ、あの襲って来た人達の魂って残ってる?」
リムルがそれとなく、殺された者達の魂の存在をコハクとツキハに聞いた。
「な-んも残ってはいないおすえ。あれだけ憎念に浸食されたら、魂すら消え失せるどすな」
「だね。あの憎しみの集合体が魂が変化したものだから、その時点で魂ではない何かだよ、リムル」
「そうか……」
二人の返答を聞いて、リムルは静かにそれを受け入れた。
もし、魂が残っていれば、せめて二人に襲って来た者達の魂を冥界に送ってもらおうと考えたリムルだった。
「ほな、この領域に展開した結界、
パンッ。軽やかな単拍手が鳴り、解除の
かい
(解)
コハクが幻想領域を解除すると通常空間に切り替わり、いつもの通りの賑わいが三人の目に飛び込んで来た。
どこか疲れたような顔の三人は、元来た道を戻って行く。
そして戻りながらリムルがポツリと言った。
「とりあえず、俺の庵に行こうか。積もる話もあるし。それに、シオンも無事みたいだし、一応検査しないとな」
「せやね。ほんま、しょうもない女に出会ってしもうて、気分悪いわ」
「え? 積もる話って、なに?」
「ああ、まあ、庵に着いてから話すよ」
「ねえ、あたしが暴走してる間、二人に何かあったの?」
「庵に着いてから話しますさかい、大人しく歩きなはれ」
「ねえ、何があったの? ねえ、ねえ、ねえええ!」
「黙りや! ――」
ゴズンッ!
「ウギャッ!」
あまりにツキハが煩いもので、コハクがツキハの頭にゲンコツを落として黙らせる。
コハクとツキハが人間の頃にいた世界の忍び、
何故チヨメがこの世界に召喚されたのか、偶然か必然か、それは誰にもわからない。
帝国の忍びとして活動して来た、チヨメとカゲロウ。
この二人の実力は片鱗しか見られなかったが、確実に脅威となることは明白であった。
何故なら、今の今までコハクとツキハに〝歩き巫女〟としての活動を悟らせなかったのだから。
同じ異世界の〝忍び〟である、チヨメとカゲロウ。
次にコハクとツキハに相対する時は、真の戦いになるだろう。
※ カゲロウのスペックです ※
種族:仙忍(半精神生命体)
加護:変わり者ノ抱擁
称号:
魔法:元素魔法系変換忍術 核撃魔法
技術:甲賀流気闘法
固有スキル:多重結界、魔力感知、変化 思考加速
アルティメットスキル:
???? 森羅万象 詠唱破棄 時空間操作
耐性:物理攻撃無効 状態異常無効 精神攻撃耐性 自然影響耐性 聖魔攻撃耐性 痛覚無効 耐熱耐冷耐性
※ 先行き若干能力の修正はあるかもですが、ほぼこれで決まっています。
この作品を読んで頂きありがとうございます!
次回の更新も宜しくお願いします!