忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。218話です

 ツキハ

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 コハク

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 傭兵商会ルヴナン・真の紋章


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 ※〝打刀〟
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218話 目の上のタンコブ

 

 

 ここは北方の小国、シルトロッゾ王国。

 

 

 今まさに、とある会談が行われようとしていた、

 

 

 盗聴防止の結界が張られた会議室。

 

 向かい合うのは、老人と少年。

 

 少年は、自由組合総帥であるユウキ・カグラザカ(神楽坂優樹)

 

 そして老人は、自由組合の大口出資者である西側諸国評議会の重鎮にして、ロスティア王国の公爵。

 老人の名は、ヨハン・ロスティア。

 

 そう、ヨハンはその姓の通り、現ロスティア王国の王の兄であり、裏の顔は五大老の一人でもあった。

 

 

 密談は常に、この地、シルトロッゾ王国で行われる。

 

 西側諸国の目を誤魔化すには、この辺境の小国は最適な場所であった。

 

 何故ならこの地には、西側諸国で最高の腕前を誇る、諜報機関の隠れ家あるからだ。

 ルヴナンには及ばないにも、人間社会での諜報はかなりの精度を誇る。

 

 そしてこの地には、魔猫が生息しておらず、ルヴナンの目が届きにくい西側諸国唯一の国。

 対魔物結界も、グランベル・ロッゾ一族が代々研鑽を重ね改良して来たもので中々に厄介なものであり、おいそれと侵入出来ないのも理由だった。

 

 だから、リアナ・アルクセールが定期的に行商隊を率いて商いと情報収集をしていたのだ。

 一応、(ヘルバ)も住み着いてはいるが、ロッゾ一族の警戒がきつく、内情は余り掴めてはいない。

 

 長年に渡る人の流れと、市場に流れる金の流れ、それと評議会の一部メンバーがこの国に定期的に訪れているのを掴んではいた。

 

 それに、『転移魔法陣』で訪れるの者は把握しようがないが、そこは怪しい者だけに焦点を絞り、コハクが『追跡神(ゴッドストーカー)』で転移した痕跡の魔力を追跡して転移座標を特定、出入りしている者を掴んでいたのだ。

 

 それは事細かく、日時、時間、月内に訪れる回数など、一切漏らさずに記録されている。

 どんな会話をしているかなどはわからなくとも、これだけで十分に相手を揺さぶれるのだから、空恐ろしいものがあるだろう。

 

 魔物の〝忍び〟、魔王クラスとその配下がやれば、それがどれだけ厄介極まりないかわかるだろう。

 まあ、ルヴナンの歴史は古く、一緒にするのは無理があるというのかも知れない。

 

 しかし、ルヴナンを除けば、人類生存権の外に目を向け、魔物の脅威に脅威に備える為に設立された諜報機関。

 

 故に、その諜報員の質はかなり高い。

 

 それが、シルト対外情報局である。

 

 この世界の諜報組織をピラミッドに例えれば、頂点がルヴナン、その下がシルト対外情報局、更にその下にドワルゴンの暗部、そして各国の諜報機関があるが、魔国連邦(テンペスト)のソウエイが率いる藍闇衆(クラヤミ)がメキメキと力を付けつつある今、二番手の座を手にするのは時間の問題であろう。

 

 

 だからこそ、秘密の会談はこの地で行われるのである。

 

 

「さて、報告を聞こうか」 

「ああ。僕が怪しいと、魔王リムルに完全にバレたみたいだ。あでも、番外魔王が口止めの契約を反故にした訳ではないよ。アイツ等は、良くも悪くもこちらが牙を剥かない限り、契約は守るからね。まあ僕としては、東の商人を使ったり、あらゆる流通ルートを迂回したり証拠は残してはいないけどね」

「ならば、言い逃れは可能なのではないか?」

「それ、部下達にも言われたんだけど。言い逃れして僕が無事って保証はないだろ? 相手はあれでも魔王なんだぜ? 下手に怒らせれば、それこそ虎の尾を踏む事になる。いや、先に猫の尾を踏む事になるかもね。魔王リムルにバレた時点で、番外魔王と交わした口止めの契約は終了だから」

 

 ユウキがヨハンの問いに答える。

 

 リムルに自分が怪しまれていると、更に番外魔王との口止めの契約の事も包み隠さずに報告した。

 

 そう、この五大老ヨハンこそ、ユウキの上司に当たる人物なのだ。

 とはいえ、そこはビジネス的な関係であり、それを維持しているのは互いに利があるからだった。

 

 ユウキがたった数年で自由組合を発展させた裏には、五大老ヨハンの協力があってこそ。

 

 だから、ユウキが下手に出ているのも、それが理由だからである。

 

「大老は、魔王リムルが邪魔だと仰せである。ユウキよ、貴様の失敗が原因だぞ?」 

「へえ、どういう意味だい?」

「貴様が、魔王クレイマンと共謀していた計画よ。あれが成功していれば、忌々しい東の商人共を通さずとも、帝国と交易が可能となっていたのだ。後は、数百年後のヴェルドラ消滅を待つだけで、ジュラの大森林は脅威ではなくなっていたであろう。あの番外魔王共も、多少は大人しくなるというものであっただろうな。それどころか、カリオンやフレイといった魔王から、我等を守る壁となったハズなのだ。それを……」

「いやいや、それは仕方ないだろう? あんなイレギュラーな存在が発生するなんて、計画時点で読み通せるものか。ましてや、あの番外魔王共と契約を結ぶなんて誰が想像出来る?」

 

 このヨハンもまた、ユウキ達の計画を知る者の一人だった。

 

 

 魔王達が共謀していた遊戯に手を加え、自分達に都合がいいように物事を動かす。

 

 それが可能だった、理由――

 

 

「そうね、そうなのよ。仕方ないのよ。あんな化け物が、私達の邪魔をするなんてね。でも、貴方なら勝てたのではなくて?」

 

 音も無く開いた扉から入って来た少女、マリアベル・ロッゾこそが――

 

 全ての計画の全ての計画の(ひな)形を提案した張本人だったからだ。

 

 マリアベルは豪華な椅子にちょこんと座り、この部屋は三人となった。

 

 

「お、おお、マリアベルか。グランベル翁は?」 

「御爺様はいないわ。今日は私一人なの。それより、答えが聞きたいのよ」

 

 マリアベルはヨハンの相手をせずに、ユウキへと視線を向けた。

 

「――無理だね。魔王リムルだけでも厳しいのに、〝暴風竜〟ヴェルドラに、番外魔王ツキハに番外魔王コハクまでいるんだぜ? アレは無理だ。人にどうこう出来るような相手じゃないね」

「ヴェルドラを見たの?」

「ああ。人の姿に化けていたけど、自分はヴェルドラだと名乗っていたよ。しかもだぜ、あの番外魔王ツキハとじゃれ合ってたんだぜ? それでさ、番外魔王ツキハが魔猫化して、ヴェルドラの頭の上に乗って、鼻の頭をペチペチと叩いていたんだ。信じられるかい? まあ、古くからの伝承が本当だったと証明されたのは、本当に皮肉が効いて可笑(おか)しかったけどね」

「それは、本当なの?」

「ああ。魔王リムルと番外魔王コハクを除いた、その場にいた皆の目が点になっていたよ」

「そう。何とも言い難いものね」

 

 聞かれたままに、素直に答えるユウキ。

 

 それを当然と受け入れるマリアベル。

 

「とにかく、魔王リムルはヴェルドラと番外魔王を封じる鍵なのよ。あの邪竜と邪猫は、放置して置けば世界に災いを()き散らすの。御爺様がそう仰られていたわ」

「その通り。グランベル翁もまた、彼の邪竜と邪猫が共に暴威を振るった時代を知っておられる。〝神〟があれほどまでに警戒しておるのも納得だと、常に口にされておったわ」

「そんなヴェルドラを魔王リムルは手懐(てなず)けたのよ。しかも、番外魔王もセットでね。これに手出しをするのは危険極まりないの。でも……我等ロッゾ一族の繁栄の為には、何としても魔国連邦(テンペスト)の台頭を潰す必要があるのよ」

「厄介な話だ。ユウキよ、貴様が本気を出せば、魔王リムルを倒せるのではないか?」

 

 二度目のヨハンの質問が、ユウキに飛ぶ。

 

 マリアベルの問い掛けと合わせて、都合三度目の質問。

 

 ユウキならば、魔王リムルに勝てるのではないか?

 

 その質問に対するユウキの答えは――

 三度目とは同じではなかった。

 

「ヒナタでも勝てない相手だぜ? 僕が戦っても、倒すのは難しいと思うよ。ただ、条件次第では勝率がグンと上がるだろうけど。あ、そうそう。言われる前に言っておくけども。番外魔王の二人を倒すのは、本当に無理だからね。アレは、異様、異質、とにかく人が抗える存在ではないよ。今の魔王達、八星魔王(オクタグラム)より(たち)が悪い。何故魔王を名乗らないか不思議なくらいだよ、全く」

 

 ユウキは、暗に魔王リムルだけなら何とかなると、言うように答えた。

 

 そして、番外魔王の二人の事は無理だと釘を刺して来る。

 

 そんなユウキをマリアベルは凝視し、思案する。

 

「……それで、貴方はどう動くつもりなの?」

「魔王リムルと敵対するのは、避けるというのが僕の基本方針だね。そして、番外魔王の二人を刺激しない事。仮に、魔王リムルに勝てても得はないし、支払う犠牲の方が大き過ぎるというのが僕の予想だよ。それに、魔王リムルに手を出せば、必ずルヴナンが動く。ハッキリ言って、今ルヴナンとの全面戦争は御免(こうむ)る。ルヴナンが持つ戦力の実態が未だに掴めないんだから、自殺行為にも等しいというのが、ルヴナンに対する僕の本音だね。もっとも、番外魔王の二人と眷属達がいるというこそが、ルヴナンをルヴナンたらしめている事実だろうよ」

 

 そんな事を言いながら、ユウキは自分達の今後の予定、カガリ達と遺跡調査に出向く事などを話し出す。

 

 と、このように、ユウキはマリアベルに命じられるままに、クレイマンから得た情報も流していたのだ。

 

 それを利用して、マリアベルやヨハンは動いていたのである。

 

 

 ……マリアベルは考える。

 

 

 魔王リムルの排斥、あるいは無害化、これは何としても実現したい事柄。 

 

 そうでなければ、ロッゾ一族の悲願は達成出来ない。

 

 番外魔王の二人が率いる傭兵商会ルヴナンに関しては、こちらから敵対しなければ向こうも仕掛けてはこない。

 

 だから、今は魔王リムルを何とかするという事が優先される。

 

 何千年も深き闇に潜っていたルヴナンが表に出て来た、魔国連邦(テンペスト)という表に。

 故に、ルヴナンの実体を暴く事も今までよりやり(やす)くなるのではと、マリアベルは考えていた。

 

 仮に、魔王リムルと手を組めば、世界征服も容易に出来るかも知れない、が。

 

 

 マリアベルの選択は、そこにはなかった。

 

 

 そう、支配者は常に一人――これは世の常である。

 

 

 そんな魔国連邦(テンペスト)は、わざわざマリアベル達の土俵に乗り込んで来た。

 

 西方諸国評議会(カウンシル・オブ・ウエスト)に加盟したいという意志表明は、マリアベル達の狩場を荒らすという宣戦布告に他ならなかった。

 

 故にマリアベルは、魔王リムルを脅威と認識していたのだ。

 

 魔王リムルを排斥する――口で言うほど簡単なものではない。

 

 マリアベルは自分の目で魔王リムルを観察すべく、開国祭に参加してみた。

 絶対に何もしないという約束の下、グランベルを説得して自ら出向いたのである。

 

 その結果、自分の考えが正しかった事を確信したのだった。

 

 魔国連邦(テンペスト)は、あまりにも魅力的な都市だった。

 

 そこは欲望と歓喜に満ち溢れており、やがて新たな時代を築く流行の最先端になるだろう。

 

 今後国交が開かれ、各国との交流が深まれば深まるほどに、彼の国の価値は高まる。

 いや、必須ともいえる存在になるのは明らか。

 

 そうなれば、ロッゾ一族の一存だけでは何も決められなくなってしまう。

 

 

(そうね、そうなの。全ては魔王リムルの狙い通りなのよ……)

 

 そう考えるだけで、マリアベルは忌々しさで暴れたくなる衝動に駆られるも、何とかそれを飲みこむ。

 

 そして、冷静に今後の対策を思案する。

 

 

 とにかく、倒すという選択は論外。

 

 

 仮に成功しても、残されたヴェルドラと番外魔王がどう動くか不明だからだ。

 ヴェルドラだけでも相当厄介なのに、そのヴェルドラと何千も行動を共にして来た番外魔王の二人がいる。

 

 特に、あろう事かヴェルドラを愛するという、番外魔王ツキハの存在がネックにもなる。

 

 これは伝承で語り継がれて来た一つの事なのだが、それはユウキの説明で実証されてしまった。

 

 ならば、伝承にあるヴェルドラを討伐しようとした古の国がどうなったかは、語らずともマリアベルには理解出来た。

 

 番外魔王ツキハ一人に、壊滅寸前まで追い込まれたのだろうと。

 

 ならば、精鋭二万の軍勢を単騎で滅ぼすような化け物の魔王リムルを、野に解き放つなど愚の骨頂であった。

 

 もしもだが、魔王リムルに手を出し、ヴェルドラが動く。

 それに呼応して番外魔王ツキハが動く、番外魔王コハクと傭兵商会ルヴナンもそれに追随して動く。

 

 結果、倍々的に脅威が増えるばかり。

 

 考えるだけでも、マリアベルは内心で頭を抱える羽目になってしまう。

 

 

 となれば、無害化だが――とれる手段は、威圧か懐柔しかない、が。

 

 威圧は、ミューゼ公爵が既に失敗していた。

 

 マリアベルの仕込みでお膳立てして、国際ルールに(のっと)って魔王リムルに恩を売ろうとした。

 しかしその結果は、ルールを守って上での意趣返しを喰らったのである。

 

 更に想定外だったのは、あの行商隊ガットエランテの隊長リアナが、魔国連邦(テンペスト)に付いた事であった。

 

 マリアベルの中では、限りなく黒に近いグレーな存在の、ガットエランテ。

 

(ガットエランテ……シルト対外情報局で裏を探っても、裏にいる存在は出て来ない。私の予想ではルヴナンと繋がりがあるのは間違いないのだけど、確信が持てないのも事実なのよね。ガットエランテ、元いた世界のイタリアの言葉で、野良猫、自由な猫、彷徨える猫などの意味合いを持つ言葉。これを偶然と捉えるには無理があるのよ。絶対に何かしらの繋がりがあるハズなのに、何も出て来ない。御爺様達は、ただの(いにしえ)からの行商隊と結論付けてはいるのだけども……)

 

 ガットエランテに関しては、どうにも確信が持てないマリアベルだった。

 

(そうなのよ。下手に(やぶ)をつついて蛇を出すのは愚かなの……)

 

 評議会参加を希望する魔王リムル。 

 

 反対するのは簡単。

 

 

 マリアベルは、戦争を見越して穀物を買い占めるだけ買い占めていた。

 

 そして今回、ファルムス王国の内乱によって、民草が備蓄していた食料まで世に出回っている。

 

(野党に扮して、都市周辺の村々を焼いてもいいのよ。そうすれば……駄目、駄目なのよ。そんな事したら、村々と傭兵契約してるかも知れないルヴナンに、こちらの動きを察知されるかも知れないの。本当にもう、忌々しいったらないのよ) 

 

 何かちょっかいを出そうしたら、影のようにそっと現れる傭兵商会ルヴナンの、影。

 

 

 それならば、このまま食料品の値段を吊り上げて、市場に流通するパンの量を制限するのも可能。

 小国などは少し締め上げるだけで、日々の食事にも困窮するようになる。

 

 食べ物の恨みは恐ろしく深い、特にこの世界では。

 その怒りは、戦争を起こした者へと向かう。

 

 無知な者共を扇動するなど簡単で、全ての責任を魔王リムルへ向けさせるなど造作もない話だった。

 

 その結果――小国の代表達は、魔王リムルの評議会加盟に反対するだろう。

 

 マリアベルならば、実行可能な策だったのだ、が。

 

(……これも、駄目なのよ。魔法による食料運搬は出来ない――というのが常識だったけど。あの魔王はそれを可能にしてるみたい。鮮度の高い食事で彩られた晩餐会の様子からも、それは間違いないと思うのよ。それに、ドワーフ王ガゼルや、サリオン皇帝エルメシア、そんな大物と繋がりがある以上、受け入れた方が問題は少ないハズ。後、気になるのは幾つかの小国(・・・・・・)が、独自の食料流通ルートを持ってる事かしらね。まあでも、古くからの小国ばかりなので、昔からの流通ルートが残っているとも言えるかもなの)

 

 マリアベルはある事が気にかかるも、それを一蹴した。

 

 

 そうすると、取れる策は懐柔するという事しか残っていない。

 

(懐柔するなら、()ずは会って共闘を持ちかけるの。条件が折りえば……いいえ、それは駄目なの。臆しては、駄目なの。私は〝強欲〟のマリアベル。相手が魔王であろうとも、きっと支配してみせるのよ!!)

 

 それしかない、そう決断した――マリアベル。

 

 ユニークスキル『強欲者(グリード)』の権能には、対象を意のままに操る方法がある。

 

 それは、対象の欲望を支配して、自分の望む通りの行動を起こさせるという、力。

 ユウキに対して行っているように、本人の自覚なくマリアベルの支配下に置けるのである。

 

 この方法は、二つ存在する。

 

 

 先ず一つ目。

 

 マリアベルの欲望で相手の欲望を塗りつぶし、同じ目的を持たせて協力者に仕立て上げる方法。

 この方法の弱点は、会話出来る距離でしか発動出来ない点だ。

 

 その上、遅効性の毒のように、影響が出るまでに時間が掛かる事であった。

 

 相手に疑われないように、更に不自然にならないように、何度かの機会に分けねばならなかった。

 

 とすれば、〝欲望(どく)〟の注入量が制限される事となるのもネックだったのだ。

 

 

 で、それよりも手っ取り早いのが、二つ目の方法。

 

 それは、ユニークスキル『強欲者(グリード)』の権能で、強引に支配する方法である。

 

 時間を掛けずに一気に〝欲望(どく)〟を注入する事で、自我すらも破壊した操り人形にしてしまえる方法。

 

 もっともこれだけ強力ならば、それなりに代償もあり危険な技でもあった。

 

 それは、対象の欲望の大きさによっては、ある程度の時間が掛かる事にある。

 

 精神攻撃の(たぐい)であるこれは、もし能力(スキル)を持つ者に感づかれでもしたら、マリアベルのような幼女では、あっけなく返り討ちに合うからだ。

 

 それが魔王リムルのような強者ならば、たった数秒の時間さえあれば、マリアベルを殺すには十分な時間となるだろう。

 

 このたった数秒がマリアベルにとって、致命的な時間と成り得るからだ。

 

 だから、幼きマリアベルがグランベル翁を前に諦めたのは、これが理由だったのである。

 

 

 問題となるのは、時間と、対象の欲望の大きさが(かなめ)になる。

 欲望が大きければ大きいほど、支配が容易くなるのだ。

 

 では、対象の欲望が小さかったとしたら?

 

 権能の影響力もそれに比例して、小さくなるのは道理。 

 

 小さな欲望を刺激して膨らませる事も出来るが、疑われる可能性も高くなる。

 

 時間、それは頻繁に会わねばならないといった、リスクが発生する事。

 支配力があるとはいえ、万能ではないのだ。

 

 だからユウキに至っては、五大老ヨハンを通じて密談をする間柄。

 

 支配するのも容易だったのだ。

 

 

 さて、問題となる魔王リムルなのだが。

 

(近くで見たけど、魔王リムルの欲望は小さかったみたいなの。あれだけ大それた行動を起こしておいて、反則なのよ……)

 

 晩餐会に参加したマリアベルは、直接魔王リムルを目にしている。

 

 その時に確かめたのが、リムルの欲望は支配するに足りるかどうかだった。

 

 で、リムルの欲望は、支配がギリギリ出来る程度の量しか感じられなかったのだ。

 

 更に都合のいい事に、番外魔王の二人も晩餐会の席にいたので、視てみたのだが……。

 

 マリアベルが感じ取ったのは、伝承や史実に書かれている通り、自由への欲望が視えた。

 それは巨大な渦が巻くような果てしない、自由への願望と欲望。

 

(ッ……)

 

 流石のマリアベルも、あまりにも桁違いの欲望? の大きさに一瞬目眩(めまい)がしたほどだった。

 

(何なのかしら、アレは……。欲望というのも(おぞ)ましい、何かなの。御爺様が言った通り、アレの内面に触れたら駄目なの。番外魔王、アレは一体何者なの……?)

 

 強欲や欲望とは違う何かに触れた気がしたマリアベルは、それからは一切番外魔王の二人を視ようとはしなかった。

 

 ただ、魔王リムルとは違う何かを、感じ取ってはいた。

 

 

(やはり、魔王リムルを支配するのが、目的の近道なの。最悪、奥の手を使えば――)

 

 これが成功すれば、魔王リムルはマリアベルの言いなりとなる。 

 

 そうなれば、リムルが懐柔したヴェルドラまでも、マリアベルの意のままに出来る。

 ついでに、番外魔王ツキハも番外魔王コハクもそう出来るだろう。

 

 神すら恐れる邪竜と、神すら(あざむ)く邪猫二匹を、マリアベルが支配する――

 

 それはマリアベルにとって、魅力的な考えであった。

 

 

(先ずは観察するのが先決なのよ。その上で対策を考え、より安全な方法できっと魔王リムルを従えてみせるのよ! 番外魔王は、ゆっくりと慎重に、攻略するのよ。焦ったらアレは、確実に感付き私の肌に鋭い爪を突き立てるわ。一辺の慈悲もなく、ね)

 

 マリアベルは、そう決意した。

 

 そうと決まれば、後は作戦を立てるだけ。

 

 

 ユウキは魔王カザリームことカガリが、魔王リムルを遺跡に案内すると言った。

 

 

 それを聞いたマリアベルは、策の一環として利用出来そうだと考えた。

 

 

「手紙を出すわ。魔王リムルを評議会に誘って、反応を窺ってみるのよ」

「魔王は応じるだろうか? まさか、番外魔王の二人も来たりはしないだろうか?」

「それは大丈夫よ、ヨハン。彼は、西方諸国評議会(カウンシル・オブ・ウエスト)への加入を熱望していたもの。それに、番外魔王の二人も付いて来たなら、それはそれで好都合なのよ。アレの悪辣さは、この世界の誰もが知ってる事だもの」

「不思議な話だな」

「リムルさんは、人類との共存を望んでいたからね。自分達がルールを守ると示す事で、配下の魔物達が安全だと証明したいのさ」

 

 ユウキの説明に、マリアベルは納得をするも――

 

(馬鹿ね。ルールに縛られるという事は、自由を失うのと同義なの。何があっても自由は決して手放さない、あの番外魔王の二人がいい例なの。魔王としての武力を捨て人と同じ立場に立つなど、本当に馬鹿なのよ) 

 

 そう、魔王リムルの行動は、マリアベルからすれば愚かの極にしかみえなかったのだ。

 

 

「ならば、その望みを叶えてあげるのよ。そして、私の〝欲望(どく)〟で染め上げてみせるの」

 

 子供ながらの言葉使いだが、どことなく大人以上の冷ややかな笑みを浮かべるマリアベル。

 

「怖い怖い。ユウキ・カグラザカとて、聖人ヒナタに並ぶ強者であろうに。本気で戦えば、魔王リムルに勝つ算段もあるほどのな。そんな強者を従え、更には魔王までも狙うのかね? 番外魔王の二人は除くとしても」

「ユウキの野望は大き過ぎるの。本人は私に操られている事すら自覚せず、自分の意志で交渉していると思い込んでいるのよ」

 

 ユウキ本人を前にして、言い放つマリアベル。

 

 そんなマリアベルの言葉を、ユウキは何も言わずに聞き流している。

 

 それほどに、マリアベルの支配は完璧なのだろう。

 

 

「魔王リムルもまた、マリアベル、君の前では赤子のようなものだろうね。それで、君の支配は万全なのかね? 番外魔王の二人にも利くのではないか?」

「どういう意味かしら?」

「い、いや。私はただ、君の支配が破られはせぬかと心配になっただけだ。そんなに強力ならば、番外魔王の二人にも利くのではと思っただけなのだ」

 

 うろたえるヨハンに、マリアベルは冷たい視線を向ける。

 

「要らぬ心配なのよ。一度染めた欲望は、二度と元には戻らないの。私の欲望を上回らない限り、ね」

 

 そこでマリアベルは、スッと目を細め、次ぎの言葉をヨハンに言う。

 

「番外魔王はね、欲望ではない、何かを持ってるの。それも、とてつもなくどす黒く渦巻く何かを。アレは、私の勘だけど、感情の一つ、その一つが抜け落ちてるの、すっぽりと、ね。それが何かわからないけど、感情ある生きとし生けるものが持つ、感情の一つだけがないのよ」

「マリアベル、本当に君ですらわからないのか?」

「ええ。悔しいけど、全く見当も付かないの。でも、何かが抜け落ちているのは、確かよ。アレが持つ欲望は、強欲以外の何か。正体がわからなければ、対処の仕様がないのよ。感情はね、全部が揃ってこそ感情なの。一つだけないとか、そんなの絶対に有り得ないの」

 

 そこまで言うとマリアベルは、短く一つ溜息をついた。

 

 それにヨハンは、黙って頷くしかなかった。

 

「そうなのか……そ、そうだろうとも。私とて、君を信用しているぞマリアベル」

 

 五大老ヨハンは、マリアベルの機嫌を損ねないようにそう言った。

 

 グランベルに次ぐ、実質ナンバーⅡがマリアベルである。

 

 五大老だからといって、安泰ではないのだ。

 もし、何か重大な過失でもしようものなら、簡単に首を()げ替えられるのだから。

 

 それに、マリアベルを怒らせでもしたら、ヨハン自身までも精神を支配されかねない。

 

 グランベルに血の契約を捧げたからこそ見逃されてはいた。

 だがしかし、マリアベルが当主となったなら、それも疑わしいとヨハンは考えている。

 

 だからこそヨハンは、マリアベルを怒らせるような真似は絶対にしない、出来ないのだ。

 

 

「ここで聞いた事、他言無用なのよ?」

「当然だよマリアベル。私もまだ、死にたくはないからね」

「賢明な判断なの。それでは、ヨハン。魔国連邦(テンペスト)の魔王リムルに宛てて、手紙を出して欲しいのよ。内容は今から書くから、次の議会前には届くようにお願いするわね」

 

 そう言うと、マリアベルはヨハンの返事も聞かずに手紙を書き始めた。

 

 高級な紙に筆を走らせるマリアベルを見て、ヨハンは恐ろしさを感じ得なかった。

 

 たかだか十歳の小娘でありながら、マリアベルの態度は人を使う事を当たり前だと感じる者のそれだった。

 

 支配者の風格すら漂わせるマリアベル。

 五大老の一角であるヨハンでさえ、頭が上がらないのである。

 

「わかったよ、マリアベル。私に任せてくれても構わないとも」

 

 ヨハンはそう答え、ユウキを伴って静かに部屋を後にする……。

 

 

 ヨハンとユウキが去った後も、マリアベルは思案を続けていた。

 

 マリアベルには、時間だけはたっぷりとある。

 

 企画し、立案し、計画通りに実行に移す。

 

 

 マリアベルの手駒はたくさんいる。

 

 

(楽しみね、楽しみなのよ) 

 

 

 誰も信用しないマリアベルは、今日も一人でもの思いに(ふけ)る。

 

 

 様々な事を考慮、思案していると――

 

「チッ……」

 

 必ずといって、ある影があちこちに顔を覗かせて来て、小さく舌打ちをする。

 

 

 ――全く、何故か重要なところで、ルヴナンの影がチラつくの

 

 西方聖教会から、〝触れざる者(アンタッチャブル)〟認定された、番外魔王ツキハに、番外魔王コハク  

 

 それが率いる傭兵商会ルヴナン

 

 千年以上も組織の実態を掴ませないって、異常なの、有り得ないのよ

 

 御爺様ですら、未だに実態を掴めずにいる、傭兵商会ルヴナンの全貌(ぜんぼう) 

 

 

 本当に、目の上のタンコブなのよ

 

 

 でも、でもでも、私が絶対にその全貌を暴いてみせるわ

 

 

 みていなさいなの 

 

 

 邪猫二匹とも、必ず私の欲望で染め上げて、飼い殺しにしてあげるの

 

 魔王リムルの後は、番外魔王ツキハ、番外魔王コハク

 

 

 その日が来るのを、大人しく待ってるがいいの。――

 

 

 筆をおいたマリアベルは。

 

 

 口元に子供らしからぬ笑みを浮かべ。

 

 

 天井を静かに見上げていた。

 

 

 





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