忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件 作:にゃんころ缶
リムルがファルムス王国軍勢との戦いに赴いた後、街の住人達は中央広場に集まり、祈り始めていた。
シュナの指揮の下、結界の維持をする作業の為に。
広場の中央にはシオン達の遺体が安置してあり、シュナの魔法による維持が為されていた。
そして中央にもう一つ、リムルの為に用意された座所が用意されていた。
魔王への進化の儀式を行う為の、安置場所。
それは少しでもシオン達犠牲者の側で進化を行い、蘇生の可能性を高めたいという願いが込められていた。
そこには、周囲を取り巻くように住民達がいて、シュナの側にはミュウランもいた。
シュナは、結界で揺らめく空を見上げ、思う。
リムルは元人間であることを気にしていたが、そんな事は些細な事だと。
……Soul connection……
シュナ達にとっては、〝
その繋がりにより、絶対的な安心感を得ているのだという事を。
それを……どうかリムルにも知ってもらいたと、願わずにはいらない。
この消える事なき多幸感により、自分は常に満たされている、と。
だが、もしも――リムルを失う事になれば……自分は気が狂い、いや――自分からリムルを奪った者に対して、壮絶な復讐をするかも知れない、荒れ狂う憤怒の鬼となって……そう感じざる得なかった。
それは想像するだけで、その喪失感と憤怒の余りの大きさに身震いするほどなのだから。
「リムル様……。私達は、私は、自分以外にリムル様さえいればそれでいいのです。でも……リムル様は、私達の誰か一人でも欠けたら、精神のバランスを大きく崩すのかも、知れない……」
シュナは憂いた表情で呟く。
その言葉に、帰還していつの間にかシュナの側に来ていたベニマルも頷く。
優しく人のいいリムル様が変貌したのには、そうした精神バランスが影響を及ぼしているのではないか?
そう考えるには、説得力があった。
出来るなら……あの、今まで通りの日常が戻ると信じたい。
(魔王になったからって、人が変わったように暴れ出したりしないでくださいよ、リムル様……)
ベニマルは、そう願わずにはいられない。
結界破壊の任務を終え、座所を囲むように待機している、ソウエイ、ハクロウ、ゲルド、ゴブタにリグル、そしてガビルも、そう願う。
リムルの命令。
〝万が一、俺が理性の無い
しかし、そのような事態だけは、何があっても阻止したい。
それは、ここに集いし皆の願い。
「シオン……お前がいつまでも寝てるからだぞ。早く……起きろよ……」
小さく呟くベニマル。
彼等が信じるのは、神ではなく一体のスライム、リムルなのだ。
その信じるリムルが期待を裏切ったことは無い。
今回もまた、彼等の願いは叶うはず、と。
皆は信じて、疑わない。
その時――
《告。個体名:リムル・テンペストの
この街に集う魔物全員の心に響く、〝世界の言葉〟。
皆に、緊張が走る。
リムルが進行して来た敵を、討ち滅ぼす事に成功したのが確認出来たのだ。
そして今、無事に魔王への進化が始まった事を。
ならば、次は自分達が頑張る番だと。
「いいか、気を引き締めろ! 我等が
力強く通るベニマルの声に、呼応する皆。
状況は動き出していく。
シオン達を失う事は、リムルの心を壊す事になりかねない……それこそ世界を滅ぼす魔王となるやも知れない。
そうならない為にもベニマル達は、今自分達に出来る事を精一杯やるだけなのだ。
そこへ、ランガに大切に守られたリムルが帰還する。
シュナが受け取りすぐに豪華なマントで包み、座所へと運び、休ませた。
そんな中、ベニマルはふと思い出す。
目覚めた時に理性があるかどうかを確かめる、合言葉を。
『では《シオンの料理は?》と、問います』
『わかった、「クソ不味い」と、答えたらいいんだな? って大丈夫なのかこれ? 誰が考えたんだよ、こんな合言葉……』
万が一理性が無くなっていた時の為の、合言葉。
渋々リムルは了承したのだが、考えたのはベニマルである。
常に新作の試食を試す役を押し付けられ、被った被害は数知れず……。
しかし今は、そう言う会話を聞いたシオンが、怒って文句を言いに目覚めてくれれば――と言う、願いが込められていた。
そこへ、ベニマルの足元で僅かに空間が揺らいだ。
それに気付いたベニマルが、その揺らいだものへと『思念伝達』を送った。
『サンコか?』
『そうニャ』
『
『いいのニャ。ツキハ様とコハク様には、言って来てるのニャ』
『そうか。また、監視なのか?』
『違うニャ。もしもの時があれば――微力ながら、手を貸すニャよ』
『!?……いいのか、お前――』
『いいのニャ、アチシの独断と偏見で来てるのニャ。ツキハ様とコハク様は寛容なのニャ。アチシが今ここにいる理由は、知ってるのニャ』
『ククッ。変わった眷属なんだな、お前』
『アチシら眷属達は、皆自由で気ままな猫なのニャ。ツキハ様とコハク様は、それをアチシらに望み、許してくれてるニャよ。だからアチシらは、
『そうか、いい主なんだな――〝番外魔王〟は』
『そうニャ、アチシらの大事な主ニャ! それと、ベニマル――』
『なんだ?』
『アチシにも、仲間を失う辛さはわかるニャ……。千年以上前。アチシとニコお姉、イチオ、それにお母様、そして今はもういないお父様が……まだ、ただの魔猫だった頃。来る日も来る日も、生きるので必死だったニャ。上位の魔獣に狩られ、死んでいく仲間達を沢山見て来たニャ。悲しかったニャ、怖かったニャ、何でアチシらは、こんなに弱いんだろうと、思ったニャ。ある時、餌を探しに人里を出た時に、大型の魔獣に襲われた、ニャよ。アチシらを守る為に……お父様は目の前で殺され、喰われたニャ……。そして……アチシらは死にかけていたところを、ツキハ様とコハク様に助けられたのニャ。だからニャ、失う事の辛さは――形は違えどわかるニャ、よ』
『……そうか。ありがとな、サンコ。しかし、何でそんな話を、俺にしたんだ?』
『なんでかニャ……多分、古い昔の事を思い出したからかもニャ。ただ、それだけニャよ』
『わかった。なら、見届けて行ってくれ、我等が主――リムル様が魔王になるのを。そして、お前達が俺達と戦う事になるならば――その時は、正々堂々と、戦おう。サンコ』
『わかったニャ。もし、その時が来たなら、お互い死力を尽くして戦うニャよ』
そこで、ベニマルとサンコの会話は終わる。
サンコは『空間迷彩』を掛けたままその場に留まり、魔王への進化が始まるのを静かに見つめていた。
すると、同じく『空間迷彩』を掛けたニコがやって来て、黙ったままサンコに身体を擦り付ける様に寄り添い、進化の儀式に目を向ける。
進化の儀式を見ながらベニマルは、後は打ち合わせ通りに任務を遂行すればと考えていた。
しかし、ベニマル達は一つ聞かなければいけなかった事があった。
それは、〝
だが、〝それ〟は無意識化の願望を反映し、静かに準備が開始されていく……。
リムルは深い眠りについていた。
意識は深い深い闇の中に落ち、それは行われる――
《告。魔王への進化が開始されました。身体組成が再構成され、新たな種族へ進化します》
《確認しました。種族:
それから、更に――
概念知性であり、自我も無きはずの『
《告。以前より申請を受けていた能力獲得を再度実行……ユニークスキル『大賢者』が進化へ挑戦……失敗しました》
……再度実行します。
――失敗しました。
……再度実行します。
――失敗しました。
……再度実行します。
――失敗しました。
……再度実行します。
――失敗しました。
……再度実行します。
――失敗しました。
――
それは永遠とも思えるループ。
だがしかし――
《告。ユニークスキル『大賢者』が『変質者』を
幾億もの試行を経て、『大賢者』は魔王への進化を得て――超克進化に成功した。
それは、この世界最高峰たる――
自我も持たぬただの
それは……わからない。
……あるいは……
その『智慧之王』の誕生により、ある一つの〝権能〟が呼応し――小さく静かに鼓動を始めていく、誰にも気付かれないよう、密かにゆっくりと。
それはまるで、赤子の寝息の様に。
――来たるべき時に備えて――
それから、更に進化は進んでいき。
『暴食者』は『心無者』を消費統合し、『暴食之王』へと進化した。
だが、
リムルの進化を祝う
進化を祝うお祭り騒ぎ。
サンコとニコは、それを知っている。
何故なら、ツキハとコハクが〝真なる魔王〟への進化を果たしているのだから。
そう、この祭りが――まだ始まったばかりだと。
時を、ランガが呼び出された時に戻す。
眉間を射抜かれ死んだラーゼンは、
目の前で起きた信じられぬ光景を脳が認識をするよりも先に、本能が警告した。
あれは、人の身で勝てる相手ではない、と。
閃光が煌めく度に何百、何千もの兵がなす術もなく死んでいく、ありえない現象。
生き返った後、少しでも生存率を高める為、様子見に徹する事にした。
王を助けたい――しかし、それは無謀とも言える行為。
あの魔物の気を次に引けば、今度こそ確実に死ぬであろう事をラーゼンは、理解していたのだ。
あれは、まごうことなき
そのラーゼンは今――あり得ない程の恐怖に支配されていた。
生き残っていた万に近い騎士達が、一瞬にして命を奪われた現象など、伝承に残っている〝番外魔王〟の記実でしか見た事が無かったが……。
それを今この時、まざまざと見せ付けられたのである。
ラーゼンは心の内で思う。
(なんなのじゃ、あの化け物は、聞いておらんぞ……。伝承にある〝番外魔王〟に、匹敵するとでも言うのか……)
そのラーゼンは、まだ心までは折れてはいなかった。
何故なら、王を救うのだという忠誠心があるからである。
もし、ラーニングが死を覚悟し特攻していたならば、運が良ければその魔物を倒せていたかも知れない。
殺せないにしても、王を救い出すという目的は達成できたであろう。
されど、それは遅すぎた……慎重すぎたのだラーゼンは。
――対策は既に、立てられてしまっていたのだ。
狼のような魔物が召喚され、人からスライムになった魔物を大切に咥えて、分岐した尻尾でエドマリス王とレイヒム大司教を背に縛るように巻き付け、疾風の如くその場から去っていった。
後に残るは、三体の
仮面を被った魔物がスライムになったのを見て、驚愕したが同時に納得もしたラーゼン。
(なるほどな。やはり、あれが主だったようじゃな。あれだけの大魔法を使ったのじゃ、魔力が尽きるのも当たり前じゃろうて。あの悪魔召喚は、護衛目的かのう……。ならば、王を救い出すチャンスがあるやも知れぬな――!?)
そう考えてるラーゼンの目に、ありえない光景が飛び込んで来た。
召喚された悪魔三体の内、真ん中の悪魔がある一点を凝視していて――
するとそこから、キジトラ種の魔猫が空間を歪ませて現れて来たのだ。
『やれやれ……ですね。見つけますか、極僅かな空間の揺らぎを見逃さないとは――流石は原初、ノワール殿ですね』
イチコは『空間迷彩』を解除しながら、悪魔三体の前に歩いていく。
「クフフ。久しぶりですね、イチコ。いつ以来ですか、貴女と会うのは」
『お久しぶりです、ノワール殿。八百四十年ぶりでしょうか? フフッ』
「ほお、もうその位経ちますか。あの忌々しい猫女の眷属にして、思慮深き貴女は変わりませんね」
『忌々しいは余計ですよ、ノワール殿。お互い永遠を生きる者、そうそう変わりませんよ。そんな貴方も、相変わらずですね。フフ』
イチコの〝相変わらずですね〟の言葉に、両側に控えた悪魔が前に出ようとすると、ノワールがそれを止める。
「止めなさい、お前達では――歯が立ちませんよ。見た目で判断する愚か者は、私の眷属にはいないはずですが?」
ククッと笑いながらもその冷気を浴びせたような声に、前に出ようとした悪魔二体はすぐに後ろに下がる。
『で、ノワール殿。あれは、どう始末するのですか?』
イチコもラーゼンの存在に気付いており、ノワールに問う。
『クフフ。捕らえよと――偉大なる
『なるほど、貴方らしいと言うか、相変わらずの異端ぶりですね。ウフフ』
『手出しはご遠慮願いますよ? イチコ』
『ええ、わかってますとも。そんな、無粋な真似は致しません』
イチコの問いに『思念伝達』で返す。
ノワールが何故、一眷属でしかないイチコに親し気に接する事を許しているのか?
それは、二千年前にノワールの眷属、それも伯爵位の悪魔と戦い勝利し、その戦いぶりをノワールが気に入り、イチコに気軽に接する事を許したのである。
ツキハとコハクの眷属にしては、礼儀正しく常に冷静沈着でいる、が。
しかれど、それとは相反する一面を持つイチコ。
その一面が、ノワールが気に入った理由かも知れない。
(なんじゃ、あれは……魔猫、か? 何故低ランクの魔猫如きが、あの上位悪魔と親し気に話をしておるのだ? 解せぬ……)
ノワールと親し気に話してるイチコを見てラーゼンは訝し気に思うが、上位悪魔三体と魔猫一匹なら勝てる――そう考え、死体の影からそっと身体を起こす。
だがその考えは、間違っていた。
その悪魔は、ラーゼンなど単なる得物にしか見ていない。
召喚主に与えられた仕事、それを果たして褒めてもらう、今後の為に――そういう理由で生かされているだけの、哀れな得物なのだ
その盛大な間違いに気付く時が、まもなく来る。
二十五話を読んで頂きありがとうございます!
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