忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件 作:にゃんころ缶
魔猫と上位悪魔の一体が話してる隙に、そっと身を起こすラーゼン。
軽く準備運動をし、行動を起こす。
気取られるぬよう、密かに背後に回ろうと移動をすると――
二体の悪魔が既に正面に回っていた。
「ほう、『空間転移』か。お主等、上位悪魔にしてはかなりの古参のようじゃのう」
「「……」」
ラーゼンが話し掛けても、その二体の悪魔は何も答えないし、動く気配もない。
何故ならば、その二体は足止めしか命じられてないのだ。
――その悠然と歩み寄る、美しくも恐ろしい悪魔から。
そして、その少し後ろを、これまた優雅に歩き着いてくる魔猫。
歩み寄って来た悪魔が、ラーゼンの前に立つ。
「クフフフフ。準備運動は終わりましたか? それでは、貴方を拘束させて頂きますね。抵抗したければ、お好きにどうぞ。ただし、殺しはしませんが――痛めつける事は、止められていませんので、御注意を」
美しくも歪な笑顔を浮かべ、男とも女とも取れない中性的な容姿を持つ悪魔は、そうラーゼンに告げた。
「ほう?
ラーゼンは後ろにいる魔猫にチラリと視線を向け言い放つ。
「相手? これは面白い冗談ですね」
ノワールがそう言った瞬間、後ろにいる魔猫が前足を口にやり。
下を向いたまま、ニャニャッと声を漏らしたのにラーゼンは、神経を逆撫でられる。
「何が冗談のものかよ。この悪魔風情が!」
「クフフフ。いいですね、これは楽しめそうです。それでは、少し付き合って差し上げましょう」
ノワールは楽しげに呟き、表情を歪めた。
その笑顔は、見る者の心に深淵の闇の底から湧き出るような恐怖感を与える笑顔だった。
チラリと魔猫が上を向き、ノワールも同様に視線を上に向ける。
魔物如きが揃って視線でフェイント入れるとは小賢しいと、ラーゼンは鼻で笑う。
「舐めるでないわ! 核撃魔法:
事前に仕込み詠唱無しで、簡単な
だがこの手法は魔法が暴発する危険があり、故に
だがら、宮廷魔導師長のラーゼンだからこそ、打てた手法である。
ラーゼンは初手から勝負を掛けたのだ――
<元素魔法>の奥義、〝核撃魔法〟で。
悪魔が顕現するには肉体が必要であり、それさえ破壊すれば滅ぼせはしないが、この世での影響力を失い脅威ではなくなるのだ。
この収束された超高熱線の前では、いかなる魔物もその存在を許されない。
しかしこの時、イチコの猫髭がパチパチと僅かな放電現象を起こしていたのに、ラーゼンは気付かなかった。
勝利を約束された超高熱線が、ノワールへと向かう、が。
ノワールが
「なに……不発じゃと? チィッ、こんな時にかっ!?」
事前に準備する魔法である為、極低確率で威力が劣化するという魔法失敗といった現象が起きる事があるのだ。
この肝心な時にそれが起きたのだと、ラーゼンは判断していた。
実際は――
『失礼をしました、ノワール殿。余りにも分かり易くて、つい。ウフフ』
『いえ、構いませんよ。むしろ、狙い通りにいきましたから。クフフ』
イチコは自分の猫髭を放電みたいに震わせ、向かって来た超高熱線の魔力エネルギーを操作したのである。
ノワールの前で一瞬だけ超高熱線の威力減退を起こし、ノワールが左手で弾いた瞬間にまた威力を元に戻すという芸当をやってのけたのだ。
イチコは相手の放った攻撃魔法を『魔力操作』で、操る事を得意としていた。
ラーゼン如きの魔法では、イチコの思いのままに魔法を乗っ取り操作出来たのである。
しかし、これが魔王クラスや、原初の放った物ならそうもいかない。
格下相手なら、確実に相手の魔法を乗っ取り、操作できるのであった。
「どうしました? 今のは中々お見事でしたが?」
「ぬかせ! 魔法の効果が発揮されねば意味無かろう」
「ふむ、なるほど。もしも、貴方の言う効果というものが、私を倒したいというのならば、魔法に頼っていては達成出来ませんよ。それに、貴方の及びも付かない事が出来る――魔物もいるのです」
ラーゼンに対し、不気味なほどの余裕を持ってそう言う。
その言葉が癇に障るが、最後に言われた言葉に妙な疑心を抱き、尚且つ薄ら寒い嫌な予感を抱かずにはいられないラーゼン。
「なるほどな、言いよるわ。ならばこれでどうじゃ! 精霊召喚:
ラーゼンの切り札。
自身の持つ最強の召喚魔法により、勝負に出た。
ラーゼンの前の土が盛り上がりそれは召喚された、硬質の鎧を纏った騎士の姿で。
Aランクオーバーの上位精霊――
上位悪魔など問題にならない、英雄級の者にしか呼び出せない最強の精霊の一柱である。
『あらま、お若いこと』
その上位精霊を見てイチコがおもわず声を漏らす。
(しかし、魔法が不発でなかったならば、この切り札を出すまでもなかったんじゃがのう……。じゃが、この悪魔は不気味じゃ、その後ろにいる魔猫も……何か不吉な感じがするわい。ここは、油断はせぬが良かろうて)
この切り札ならばと、ラーゼンは考えた。
目の前の悪魔だけではなく、後ろに控える悪魔二体と、魔猫も含めて蹴散らして王の救出に向かうつもりなのだ。
だがしかし――
「ふむふむ、なるほど。確かに、悪魔は天使に強く天使は精霊に強く、精霊は悪魔に強い。この三竦みの関係から選択をするならば、上位精霊を呼び出したのは正解です。ですが――」
ラーゼンが召喚したウォーノームを前にしても、ノワールは動じる事はなかった。
「――若過ぎます、ね」
それは知覚すらも超えた動き。
知覚速度を最大に高めたラーゼンの目でも追えぬ速度で、ノワールは動いた。
ウォーノームの頑強な鉱石の鎧の胸に大きな穴が穿たれ、美しいノワールの手が精霊の核を引き千切る。
核を口に咥えて半分程噛み砕き、残り半分を後ろ横にいるイチコに、左親指で弾き放った。
それを口で受け取ったイチコは、おもむろに噛み砕きごくりと飲み込んだ。
「ほら、ね? 蓄積された経験値が足りない力だけの
「にゃあぁ~ にゃにゃ(ほんとですわ。ウフフ)」
ノワールはイチコと共にクフフフと笑いながら、ラーゼンに告げた。
「ば、馬鹿な!! 精霊なんじゃぞ!? 上位精霊じゃぞおおおおおお!!!」
切り札を一瞬で倒されて、ラーゼンは激しい混乱に陥る。
あり得ない、あるはずがないと、脳が全力で理解を拒否していた。
それはおかしいだろう、と。
そんな混乱しているラーゼンに、ノワールが優し気に声を掛けて来る。
「魔法はもう結構です。召喚主様より頂いたこの身体をもっと試したいので、少し趣向を変えましょう」
言うと同時にノワールは指をパチンと鳴らし、自身を中心にした半径二キロメートルの魔法不能領域を展開する魔法を発動した。
「さあ、これで魔法は使えなくなりましたよ。今度は、物理的にお好きな攻撃を試してください」
ノワールの言葉の意味が理解できずに、ラーゼンは戸惑う。
(はあ? なんで魔法を封じたのじゃ? 悪魔に取って魔法が最大の武器のはずでは……。いやいや、それよりも、こんな大魔法を儀式も呪文詠唱も行わずに行使しただと!? いや、こんな事を考えてる場合では、ないわ!!)
ラーゼンは迷いを振り切り、右半身で構えると。
右拳を前に出し、左手は軽く開きへそ前に置く。
ショウゴの肉体を得たラーゼンは、その空手の技も自分のものとしていた。
「参る!!」
気合を込めた声を発し、『乱暴者』で限界まで威力を高めた攻撃は、人の目では追いきれぬ速度でノワールに叩き込まれていく。
無抵抗のノワールに岩をも砕く拳の連打、大木すら簡単にへし折る蹴りが叩き込まれていき、ダメージを蓄積させて――
(――なんじゃと! これは!?)
ラーゼンの打撃は、まるで演武で見せる組手であるかの如く、全て綺麗に柔らかく受け流されていたのだ。
ラーゼンは……今初めて心の底から、理解した。
そんな事は、信じたくも気付きたくもないのに……否応が無しに認めなくてはならなかった。
目の前にいる悪魔。
金の瞳に、赤い瞳孔、白い肌。
美しい黒髪に入る赤と金のメッシュが特徴的で、限りなく人に近い姿。
それは、その悪魔が上位存在である証。
ラーゼンの不幸――
それは下手に強さを極めていた事。
この世界の裏を知り、魔法へのあくなき探求を怠らず、自分の強さを冷静に見極める目を持っていた事。
Aランクと言われる超一流の中でも、頭一つ抜けてたラーゼン。
そうでなければ、その悪魔が放っている恐怖の波動を浴びただけで、戦意を失っていただろう。
むしろ、そうであった方が幸せだったかも知れない。
そして、己が持つ知識と強さが更なる不幸を呼び込む。
ラーゼンは、目の前で起こった全ての事に合点がいった。
ウォーノームを瞬殺したのも、儀式も詠唱もなく大魔法を発動したという事は――
その蓄積された知識と技術、上位精霊も倒せるという上位魔将級である事実。
そこへ、あの上位魔将級の悪魔と親しげにする、魔猫。
とすれば、
ラーゼンに下手な知識や強さが無ければ、目の前の悪魔の強さが異常である事に気付きはしなかった。
だけど、ラーゼン気付いてしまった……知ってしまったのだ。
(も、もしかして、原初――なんという恐ろしい奴を受肉させて、この世に解き放ちよったんじゃあーーーーっ!!)
「イチコ、教えてあげてはいかがですか? クフフフ」
ラーゼンの気付きに合わせる様に、ノワールがイチコに話し掛けた。
それは、悪戯御心が起きた悪童のような笑みで。
『お初に御目にかかります、ラーゼン殿』
いきなり『思念伝達』がラーゼンに送られてきて、一瞬誰かわからず辺りを見回すが、妖しい金色の目で己を見る魔猫に気付き、それが『思念伝達』を送ったと理解した。
「なんなのだ、お前は? 魔獣の中でも、低ランクの
力なく答えるラーゼンにイチコは、優しく労わる様な言葉で話す。
『私は、貴方達もご存じの〝番外魔王〟その眷属にして、眷属の
『ノワール!? 黒の……! お前は、お前は……』
ラーゼンは自分の秘密を寸分たがわずに言い当てられ、更には原初の一柱を古い知り合いと言った事に驚愕で目を剥き、古い記憶の中で……ある一つの古い文献、それも二千年以上前に残された記実が思い起こされた。
〝番外魔王〟の眷属に
〝番外魔王〟の眷属を見た者は限りなく少ない。何故ならば、見た者は殆んど殺されているから。
それは――
〝
魔物を討伐せし騎士達総勢千名
それに立ち向かうは一匹の小さき魔物
キジトラの魔猫は千名もの騎士達と戦いけり
戦場に響くは 優しくも恐ろしい笑い声
その魔性たる声の主は キジトラの笑う猫
狂喜乱舞の笑い声を聞きし騎士達は 一人 また一人と倒れていき
後に残るは 夥しい屍の山なり
その魔物 〝番外魔王〟の眷属にして 壱を預かる魔物
(ば、ば、〝番外魔王〟の眷属の
原初に加えて〝番外魔王〟の眷属の長を目の前にしてラーゼンは……。
全てを理解した今、鋼の意思も全て砕け散り、一瞬にして心が折れてしまった。
「ゲ、ゲン、ショ、ば、ばんあ、ぎゃ、ほぉあああああ……」
言葉にならぬ恐怖の感情。
(む、むり、じゃ。原初の悪魔の一柱に、〝番外魔王〟眷属の長……)
この魔物二体を相手に勝てる訳もなく、ましてや逃げるなど到底不可能な、状況。
ラーゼンは絶望し、その場に力なくへたり込んでしまう。
「おや? もう終わりですか。イチコまで正体をバラしたのは、いき過ぎましたかね?」
その様を残念そうに眺め、呟く。
『ほんとに、貴方は怖い方ですね。それにしてもこの者、もう少しやるかと思ったのですが……』
それにイチコも、こんなものですか? と、どこか残念そうに言った。
ノワールは仕方ないと諦めた様に配下二体にラーゼンを捕えさせ、イチコにどうするか問う。
「イチコ、貴女はどうしますか?」
『そうですね、一度主の所へ戻ります。それではごきげんよう、ノワール殿』
「ええ、それでは、また」
ノワールは指定された街へと向かう。
初仕事を終えた事を報告し、召喚主に褒めてもらう為に。
イチコは、ツキハとコハクのもとへ『空間転移』していった。
誰もいなくなった戦場には、乾いた風が通り向け埃を舞い上げ、草木を揺らす。
そこに残されたのは、
それが異様な光景を放ち――
人のいなくなったテントや天幕が、風にバタバタと音を立て、揺れていた。
二十六話を読んで頂きありがとうございます!
次回の更新もよろしくお願いします!