忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件 作:にゃんころ缶
日が沈み、夜の暗さが増す頃。
クレイマンは、ワインを片手にその時を待っていた。
今宵開催される、
そんなクレイマンだが……。
怒りとも笑いともつかない表情を浮かべ、幾つかの情報を頭の中で分析していた。
先ず、悪い報告があった。
友であるラプラスの忠告を無視し、獣王国ユーラザニアに送り込んだ先兵三千の消息が、完全に途絶えた事。
そして、その後に本隊の一部が獣王国ユーラザニアに向かったが、住民を誰一人として発見出来なかった事。
完全に無駄足を踏んでいたのである。
指揮官ヤムザからの報告に激怒するも、その理由がわからない以上、迂闊な命令は出来ない。
クレイマンは、一旦軍を再集結させ慎重に探索を再開させていた。
そこで見つけたものは――慌てて逃げる住民達の姿。
素早く報告を受けたクレイマンは追撃を即命じ、同時に周辺に斥候を放ち、他に隠れた者がいないか探らせた。
結果、その周辺に数百の住民が隠れていたので、それらの者共を纏めて始末させようとしたのであるが。
あろう事か、その者達は即座に逃亡に移ったのだ。
それを怪しいと見たクレイマンは、更に調査を命じた結果。
数千にも及ぶ避難民が、ジュラの大森林方面へと逃亡中である事が判明したのだ。
隠れ潜んでいた者達は、本隊を逃がす為の囮だったのである。
(小賢しい!!)
激昂した声を心の内で上げる、クレイマン。
ここで初めて、獣王国に住民が残っていなかった理由を悟。
避難民全員が、リムルを頼って大移動を開始していたのだ、と。
しかし――
クレイマンは、ここで誤った情報に踊らされる事になっていた。
逃亡する数千の避難民――
これが、二百数十匹の〝忍魔猫〟達が作り出した、幻影だとも知らずに。
〝大規模幻遁 大蛍火・
〝忍魔猫〟達が広範囲に展開した幻想領域に、地を這う流星の様に走る無数の小さな光球の軌跡。
この無数の蛍火のような光る球が、逃げる避難民の幻を作りだしていたのだ。
これを指示したのは、イチコであった。
ツキハとコハクが〝遊びがてら見学〟に行って良いと、言った言葉。
イチコはこの言葉の意味を、正しく理解した。
手出しは厳禁と言われたが、その他はいいよという事であり。
バレなければ、手出し以外はどんな〝遊び〟をしてもいいよ、との事である。
それでイチコは、全眷属に『思念伝達』で『ちょっと面白い遊びをするんで、希望者はいますか?』と、尋ねると。
皆が『やるにゃ!!』と、声を上げた。
それでイチコが、幻遁を得意とする〝忍魔猫〟を選び――
盛大な〝魔人さんこちら 足音の鳴る方へ〟という、鬼ごっこ遊びを開始したのである。
イチコの〝戦術〟。
クレイマン軍の詳細な部隊配置を見たイチコは、リムルの軍勢が取るであろう作戦に有利に働くよう眷属達を使い、クレイマンの軍勢を攪乱誘導して、リムルの軍勢が陣を築き、各部隊を配置するまでの時間稼ぎを狙ったのである。
そうとは知らない、クレイマン……。
その事でクレイマンを、更に不愉快にさせていく。
『ヤムザ、間もなく
『はっ! 必ずや、その任務全うして御覧に入れましょう!!』
ヤムザの返事に頷いたものの、覚醒が間に合わなかったという事実は覆らない。
その事実に忌々しく思いながら、魔法通信を切る。
一方で、良い情報もあったのだ、が。
クレイマンは――地脈――電波信号と地磁気――を利用して情報を集めている。
それこそが、クレイマンが〝
その力、ユニークスキル『
自分の息のかかった配下を派遣する事で、その目と耳を通じて情報を得る事が可能であった。
今までこの力は、誰にも見破れられることはなかったのだが……。
それを〝番外魔王〟に見破られ、リムルにも看破されてしまう。
クレイマンの暗号化通信――ツキハとコハクは、現代でいうハッキングをクレイマンに仕掛けていた。
ミュウランの時も、そして――ピローネの見た視覚聴覚情報を、イチコを経由してハッキング、偽の情報をクレイマンに送っていたのだ、それを可能にしているのが権能・〝猫騙し〟である。
この
〝
それは、〝暴風竜〟ヴェルドラの復活である。
その事自体は望ましくは無いが、暴風竜と会話して生き残った人間の言葉が面白かった。
魔物の街から出て来た冒険者風の男達の会話を盗み聞きしたら、予想もしなかった話が聞けたのである。
森の盟主を名乗るリムルがファルムス軍を壊滅させたのではなく、暴風竜の復活に合わせて、その暴風竜の元へ〝番外魔王〟の二人が駆け付けた結果が、全軍行方不明という現状なのだ、と。
この〝番外魔王〟が加担しているのには、クレイマンは激怒して二人を呼び付け違約金を払わせ、今後自分の指示通り動くと言う事で、決着している。
これに関しては、〝番外魔王〟の二人と〝暴風竜〟ヴェルドラがかなり親密な関係にあり、理由は分からないが、五千年経ってもこの不思議な関係が続いているとの調べはついていたので、クレイマンはこれは致し方のない事だとも考えていた。
そしてその暴風竜は、復活したてで
この話は、ジュラの大森林に巨大な魔力反応が生じなかったことが証明していた。
更に、その冒険者達が幸運にも生き延びた事が、その事を裏付ける。
だから本当に、噂に聞くその力はファルムス軍との戦いで極限まで失われたのであろう、と。
これには、ツキハがクレイマンにそのような事を〝
(ふむ。今ならば、邪竜を討伐するのも容易い。それどころか、私の手駒に加えられるかも知れないな、〝番外魔王〟ともども――)
窓から夜空を見上げ、クレイマンは〝夢想〟する。
邪竜は魔物が築いた街をねぐらにしたようで、その地域の情報を集めるのが困難になるが……焦る必要はないとクレイマンは考える。
そう、また〝番外魔王〟に探らせればいいと、ほくそ笑む。
(最悪の場合は、ミリムを差し向ければいいだけの事。それよりも、今は――)
もうすぐ始まる
クレイマン……。
ミリムの力を過信しなければ気付けたであろう、幾つかの不自然な、点に。
いまだに敵に戦死者がいないという、異常性。
そして、バラバラに潜んでいた者達が、合流しているという、点。
更に、先兵三千の死体が、一体たりとも発見されてない、事実。
用心深いクレイマンが見逃すには、あまりにも重要な情報。
だが、不幸な事に現地で指揮していたのはヤムザである。
クレイマンからの信頼が厚いのと、軍を率いて刻々と変わる戦況を見極め、状況判断が出来るかは別物。
だから、需要な情報を見逃してもなんら不思議ではなかった。
もし、現地でクレイマンが指揮していたならば……。
そのクレイマンも、目の前に迫った
それほど、目の前に迫る
また――
普段は引きこもりで有名な魔王ラミリスが、突如追加案件と称して議題の当事者であるリムルの参加を求めて来た。
これにはクレイマンも全くの想定外で、咄嗟に判断が下せず、苦々しく思っている内に、この提案はすんなり通ってしまい、今更反対も出来ようがなかった。
しかし、クレイマンはこれを好機と捉え。
(あの件は、あれでいいだろう。結果として、リムルの化けの皮は剥がれた。ファルムスの軍勢を一人で殲滅した、などというハッタリに騙されるとこだったが、真実は隠せぬものだよ)
そう考え、ニヤリと笑みを浮かべるクレイマン。
(フンッ。邪竜の威を借るスライムが! 光栄に思えよ、この私自らの手で、叩き潰してやろう)
溢れる高揚感と共に、自らの栄光を想い描く。
――だから、見落としてしまった。
戦場で起きている、小さな変化を、違和感を。
――もし、しっかりと〝番外魔王〟を味方に付けていれば。
――もっとも敵に回してはいけない者、それは〝番外魔王〟。
――ミリムの力を過信し、己の
そんな事は露とも考えず、に。
――気をつけるんやで? 今の時期は無茶をせん方がええよって
せいぜい油断せんようにな――
クレイマンの脳裏に、友の言葉が過っていく。
そんなクレイマンの心の隙間に、小さな不安が顔を出す。
何か、重大な、何かを見落としている不安。
だが、クレイマンはそれを一笑に付した。
(心配するなよ、ラプラス。私は勝つさ――)
顔を出した不安を振り払う様にクレイマンは、ワインを一気に
魔王フレイ。
星の瞬く夜空を、物憂げに見上げていた。
急激に変化した事態――当初の計画など、面影すら残っていない。
もはや、この流れは予想が付かず、結果がどう転ぶか不明であった。
しかし、フレイが慌てることはない。
己を知るフレイは、常に冷静に物事を判断する。
それこそが、〝
吉と転べば良し――もしも、凶ならば。
その時は、フレイ自から動く覚悟もいるだろう。
全ては、
その代価として、クレイマンの頼みを一つ引き受けたのだ。
それは……。
〝獣王国が壊滅する前の事〟
ミリムがフレイのところへ訪れた。
バーーーーンと勢いよくドアを開け。
「やあ、フレイ! 今日も良い天気なのだ!」
満面の笑みで挨拶をする。
その時に両手に嵌めた物を、これ見よがしに見せながら、綺麗な
それは、少女が嵌めるには武骨な、四本の指を守るナックル。
ドラゴンの細工が施された一品で、それなりに魔力を秘めていて、小さな手に握り込まれていて違和感も無かった。
ミリムは「今日は、すこし暑いかな?」など言い、わざとらしく顔を手で扇いだりするものだから、フレイすぐにミリムの意図を察する。
これ以上延々と三文芝居に付き合うのは疲れるので、それとなくミリムが手に嵌めている物を、どうしたの? とミリムが求めてるのであろう、ことを尋ねる。
「あら、まあ! よく似合ってるじゃない。どうしたの?」
ミリムはモジモジしながら――
「知りたいのか? どうしようかなぁ、教えてもいいんだが……。んーーーどうしようかなーーー」
と、勿体ぶって言う。
それが、まあ結構ウザイ。
長年の付き合いで慣れているフレイをして、そう思わせる仕草であった。
だがしかし、フレイより付き合いの長いツキハとコハクは、こんなミリムの仕草など軽く流す。
それはもう、ミリムが涙目になる位には。
ふと、そんな事を思い出し、クスリと心の内で笑みを漏らすフレイ。
「あら、ミリム。私達は〝友達〟でしょう? 教えてくれてもいいじゃない?」
フレイの〝友達〟という言葉に、ミリムの目が輝く。
「そうか! やはりワタシ達は〝友達〟だよな! 良し、教えてやるのだ――」
望んでいた言葉が聞けて、上機嫌なミリム。
楽しそうに、魔物の街の話を聞かせてくれた。
長々と自慢され、幾つもの服を見せられるフレイ。
今まで見た事も無いないようなミリムのはしゃぐ姿は、一度も――
いや、これで二度目であった。
最初に見たのは、そう――
〝番外魔王〟と出会い、〝友達〟になった経緯からその後の話しに続き。
二人に連れられて、様々な人間の国の酒を飲み料理を食べ歩いた話。
この時も、はしゃぐように自慢されたのを思い出した。
「そうそう、ミリム。〝友達〟として、私から貴女にプレゼントがあるの。受け取ってくれるかしら?」
「む、ペンダントだな。貰ってもいいのか? だがこれを貰っても、このナックルはあげないぞ?」
その言葉に、思わず苦笑いを漏らすフレイ。
「大丈夫よ、ミリム。私達の友情の証だもの。〝友達〟へのプレゼントなのだから、気軽に付けてくれると嬉しいわね」
ふわりとした笑顔でそう促すフレイに、ミリムは笑顔で頷いた。
「まかせるのだ!」
そう言い、満面の笑みでペンダントを身に付けたミリム……。
――それは発動した、禁呪法:
そして――これが獣王国壊滅の前に起きた、出来事だったのだ。
………………
…………
……
その時の回想を終え、フレイはそっと溜息を吐いた。
ミリムを支配下に治めたクレイマン。
その圧倒的な暴力を持って、フレイに対してもクレイマンは高圧的に接して来る。
今では、クレイマンに命じられるままに、フレイは協力を余儀なくされていた。
だが、それは自業自得であると自嘲するフレイ。
クレイマンなど信じた自分が愚かだったのだ、と。
しかし、こうも思うフレイ。
クレイマンは狡猾で油断のならない魔王だが、自信家で自分の力を過信し過ぎている、と。
――だからこそ、クレイマンには物事の本質を見抜けないと、も。
そしてフレイは、幸運にも本質を見抜く観察力を持ち合わせていた。
それは
他者を道具としてしか見ないクレイマンでは、決して気付く事の出来ない事実。
フレイは、自身の直感を信じ、賭けに出た。
その一つは――
ミリムに禁呪法:
フレイはその瞬間、小さな違和感を感じていた。
二つ目は――
クレイマンの居城で、ツキハとコハクに会った時。
二人が去り際に、コハクがクレイマンの視線を僅かに遮るように自分の前を通り過ぎ様に見せた……。
あの口端を上げ、フッと浮かべたコハクの笑み。
その時フレイは、底無しの殺意に一瞬襲われた……魔王である自分が、一瞬でありながらも恐怖を感じたのである。
コハクの浮かべた笑みに、隠された殺意。
今までフレイが感じた事のない、凄まじい殺意だった。
仄暗い闇の底からスーッと伸びた手が、心臓を鷲掴みにする感覚。
一度だけミリムが聞かせてくれた、二人の隠された本性の一部。
『よいか、フレイ。絶対に、ツキハとコハクを怒らせては、駄目なのだぞ。あの二人は、普段ぽよよよんとしておるのだが……。一度火が付けば、ワタシでも抑えるのが大変なのだ。もし、間違って二人を怒らせたら、すぐにワタシに言うのだぞ。絶対だぞ!』
ミリムが聞かせてくれた言葉を、今一度噛み締めるフレイ。
(クレイマン、貴方……。怒らせてはいけない者を、怒らせたのかもね……)
この事でツキハとコハクが、一切ミリムの事に触れない事をフレイは不気味に感じていた。
その静かに迫る殺意は、一体誰に向けられるのか……?
〝番外魔王〟――魔王では無いのに、魔王と同等の強さを持つ、魔人。
最古の魔王と対等に戦え、あの〝白氷竜〟ヴェルザードとも戦える、ツキハとコハク。
そして、種族:幻魔。
この、初めて聞く種族名……。
これについてフレイは、一度調べている。
古代の文献を読み漁り、一つの記実を見つけた。
それは――割れた石板に記されし古文。
割れて所々欠けてなくなっており、それを解読すると……。
幻魔という種族は、太古に絶滅している種族だと記されていた。
割れて欠けた石板に一部記されていたのだが、種族:げんの所で一字欠けていて、それが魔なのか? それとも……もっと別の文字なのか? いくら考えても皆目見当もつかず。
それをフレイは、恐らく幻魔だろうと推測した。
ミリムにも尋ねた事があって、その時「知らないのだ」と言ったミリムの目が一瞬泳いだのを見逃さなかったフレイであったが、それ以上は聞かずにいた。
多分これは、自分が知っていい事実ではないのだろうと、判断したのだ。
一連の事を思いながら、フレイはフッと軽く溜息を漏らす。
やたら勘の鋭いミリム、そして〝傭兵商会・ルヴナン〟のツキハとコハク。
そんな事により、フレイは賭けに出る事を決心したのである。
(クレイマン、貴方の命、もう長くはなさそうね)
フレイは密やかに、今後の手順を確認し――
そっと笑みを浮かべていく。
四十二話を読んで頂きありがとうございます!
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