忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。四十八話です






48話 Refine the skill(技量を磨く)

 

 敵後方の更に奥、最後尾の戦場。

 

 戦場に響く絶叫、それが一つ聞こえるたび、誰かが倒れていく。

 

 神官長ミッドレイが率いる神官戦士団と、ガビル率いる〝飛竜衆(ヒリュウ)〟が激突していた。

 

  

 そんな中、立っているのは数名のみ。

 両者合わせて、既に二百名近くの者が倒れ伏していた。

 

 そして、ミッドレイは無傷。

 

 白い神官服には乱れも汚れも無く、その健在ぶりをアピールしていた。

 

「わーーーはっはっはっ! 貴様達も中々やるではないか。流石は竜の血を引く末裔である!」

 

 愉快そうに豪快な笑い声を上げるミッドレイ。

 

 正面に立って肩で息をしているスフィアを無視し、地に倒れ横たわる者達を眺め言う。

 

「このぉ、オレを無視してんじゃねーよ!」

 

 半人半獣に『変身』したスフィア。

 その大幅に上昇した身体能力で、ミッドレイに迫る。

 

 鋭い爪の右連続突きからの、瞬時にその場で身を左に捻じり、左爪のバックブローを見舞う。

 大気を斬り裂くスピードで、左爪がミッドレイの顔面を襲う。

 

 だが、ミッドレイはそれを読んでいたがの如く、半歩後ろに身をずらしそれを(かわ)す。

 

「なに!?」

 

 右爪を囮に繰り出した必殺の左爪バックブローを(かわ)され、間合いを外されたスフィア。

 一瞬隙が生じたスフィアの間合いは、ミッドレイに制される。

 

「そりゃあ!」

 

 空を切った左腕を取り左手首を極め、そのままミッドレイは体を捻りスフィアの懐に入り。

 スフィアを軽々と背負うと――

 弾かれたようにスフィアの身体が弧を描き、地面に激しく叩き付けられた。

 

「ガハッ!」

 

 投げられた衝撃に顏を(ひず)め、声を上げるスフィア。

 

 一本背負いに似た、竜を祀る民に伝わる独特の投げ技であった。

 

「無視した訳ではないぞ? 魔物が相手では使う機会が少ないから、ワシとしても楽しんでおるさ。貴様のように投げがいのある相手は久々だしのう」

 

 嬉しそうにミッドレイがのたまう。

 

「く、クソォ! オレを、オレをこんなに……」

 

 まるで遊び相手のように扱われ、スフィアの顔は屈辱で真っ赤に染まる。

 

 その時、スフィアの脳裏に体術の手解きをしてくれたツキハの言葉が過っていく。

 

『今日より明日、明日より明後日。今日の自分より、明日の自分は今日より強くなる。この気持ちを持ち続ければ、明日のスフィアは、もっと強くなるよ。まあ、要はさ、戦いは楽しめだ。ククッ』

 

 …………

 

(そうだったな……。今は及ばなくても、この〝戦闘経験〟が明日に……)

 

 そう、認めざるを得ない。

 

 この目の前に立つ、ミッドレイという男。

 スフィアの想像を上回る強者である、と。

 

 そんなミッドレイだが……。

 

 またしてもスフィアを無視して、周囲を見回していた。

 スフィアが立ち上がるのを待っていたのだ。

 

(クッ、完全に格下扱いかよ!? しかもオレの『自己再生』が意味をなさねえじゃねえか……)

 

 事実、スフィアの『自己再生』は発動していなかった。

 何故なら、スフィアの肉体に傷は付いていないので、能力(スキル)によるダメージ回復が発動しないのだ。

 

 スフィアが疲弊しているのは、単純に体力(スタミナ)を削られていただけ。

 地面に叩き付けられた衝撃波は、そのまま肉体の内部へとダメージを蓄積させる。

 外傷ではなく、内部ダメージとして。

 

 しかし、それでもスフィアは決して折れぬ心を持ち、立ち上がる。

 三獣士――〝白虎爪(ビャッコソウ)〟スフィアとして、このまま無様を晒すわけにはいかないから。

 

「テメーみたいな奴が、クレイマンの部下にいたとはね。てっきりヤムザが一番かと思ってたが、やはりオレの勘は正しかったみたいだな」

「ヤムザ、ヤムザ殿ね。あの御仁もそれなりではあったが、ワシの遊び相手が務まる程ではなかったわい。こう見えてワシ、ミリム様の組手(あそび)相手になれるんじゃからのう。そうそう、あの〝番外魔王〟ツキハ様とコハク様とも組手(あそび)出来るからなあ。あの御二人の眷属、イチコ殿とは激しい手合わせもした事もあるぞ。まあこれは、勝負は付いてはいないんだがのう。うわっはははっ」

「ミリム……魔王ミリム様ってか!? って事は、お前等が、竜を祀る民だったのか? それに、ツキハ様コハク様と組手をしたって、しかもイチコ殿とも……ハハッ。そうかそうか、あの御二人を相手に組手が出来るのか……」

 

 道理でと、()に落ちたスフィア。

 

 魔王クレイマンの配下にしては、ここの者達は毛色が違い過ぎたのだ。

 戦いそのものを楽しみ、敵を倒す事に頓着していないにも関わらず、他の魔人達に比べて圧倒的に強かった。

 

 スフィアは、ツキハとカリオンが手合わせするのを思い出していた。

 手合わせという死闘にも似た戦いの中、二人はとても楽しそうに戦い、それはとても美しく見え。

 その、怨恨も憎しみも無い純粋な戦いに、自分もいつかそんな戦いが出来たらと、思っていた。

 

(出来るかな、オレに……カリオン様……)

 

 そして、一つの戦いが決着を見る。

 

「おっ!? あの龍人族(ドラゴニュート)、ヘルメスを倒したぞ! わははは、中々やるのう!」

 

 実に楽しそうに、ミッドレイは笑う。

 

 ヘルメスの相手はガビルであり、たった今ガビルの槍に打ちのめされたところだった。

 

「ちょ、ミッドレイ様。笑ってないで、助けて下さいよ!?」

「馬鹿め、貴様の負けじゃい。そこで大人しく、反省してるがいい」

 

 地面に仰向けに転がり助けを求めるヘルメスだが、ミッドレイはそれを一笑に付す。

 

 案外余裕が見て取れたのだろう。それに、ガビルが(とど)めを刺す気がない事も感じ取っていた。 

 

「さて、これで残ったのはワシを含めて三名か。ワシの部下達と互角とは、お主の部下達も素晴らしい戦士だぞ。能力(スキル)に頼るではなく、きちんと肉体と精神を鍛えている証拠よな。見事だぞ、お主等」

「これは、褒められて喜ぶべきであろうな。我輩、ガビルと申す。貴殿はミリム様の……?」

「うむ! 竜を祀る民のミッドレイとは、ワシの事よ」

「オレは、スフィアだ。三獣士のスフィア! クレイマンの部下には名乗る名は無いが、ミリム様の部下なら別だぜ」

「うむ。スフィア殿にガビル殿か、覚えておこう。で――」

「――ミッドレイ殿、一つ聞き、いや教えて欲しい事がある」

「ふむ。なんだ?」

「イチコ殿と戦ったと言ったよな?」

「ふむ、いかにも」

「教えてくれ。イチコ殿は、オレよりどのくらい強かったんだ?」

「今のお主では、両手すら使わずに倒されるであろうな。あの御仁は、ワシですら手こずるからのう」

「そうか……。オレはツキハ様やコハク様の戦いは見た事があるんだ、しかし、御二人の眷属の戦いは見た事が無いんだ」

「そうであろうな。あの御二人の眷属達は、滅多に人前では戦わんからな。ワシは、たまたまミリム様が御二人の眷属との戦いが見たいと申してな。それで、イチコ殿と手合わせ出来たのだ。あれは……本当に楽しい戦いであったわい」

 

 ミッドレイはスフィアからの質問に答えながら腕を組むと、あの時の戦いを思い出したかのようにとても嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「〝番外魔王〟の眷属。我輩も噂くらいしか聞いた事は無いが、その実態を見た者は――生きてその場から帰れぬと聞いておる」

「あの御二人の眷属達は、皆強いぞ。それこそ、能力(スキル)に頼らない鍛錬を、千年以上続けておるからな、今現在もな」

「なんと、そんなにもであるか……。我輩も、もっと精進せねばならぬな」

「そうだな。オレも、もっと強くなりたい」

「なに、お主等も日々精進すれば、直ぐに追いつくであろう。お主等は見所がある。わっはっはっはっ」

 

 ミッドレイは心底嬉しく思い、豪快に笑う。

 魔物は、持って生まれた身体能力故、それに溺れがちになる。

 特に能力(スキル)持ちなどは、それが顕著に出るのだ。

 

 だがしかし、目の前の二人は違った。

 

 ガビルはヘルメスを打ち倒すも慢心せず、更なる精進を口にした。

 スフィアは何度も投げられ、地面に叩きつけられようとも、立ち上がって来た。

 

 ミッドレイは腕を組んだまま一頻(ひとしき)り天を仰ぎ笑い、いきなりその笑いをスッと止めた。 

 

 キッと引き締めた顔でミッドレイは、二人に語る。

 

「もう一つ教えておこうかのう。ワシは、人間ではないぞ」 

 

 それを聞いたスフィアが、声を上げる。

 

「やはりか! アンタ、いやミッドレイ殿は、人間しては強すぎるというか……。こう、何か違和感を感じていたんだ」

 

 スフィアの返した言葉に、面白そうに頷くミッドレイ。

 

「人間、というものが何を指すのかというならば、答えは簡単であるよ。我等はそこのガビル殿と同じく、龍人族(ドラゴニュート)だ」

「なんと!? 我輩達と同じ?」 

「うむ、その通り。違うのは、蜥蜴人族(リザードマン)からの進化ではなく、ドラゴンが〝人化〟して人と交わったその末裔である、という点だろうな。だが、その本質は同じだぞ」

 

 そう告げて、ミッドレイは笑う。

 

「なるほど……。そういえば我輩の妹のソーカも、人の姿に化けておったわ」

「道理でな。人間にしちゃあ、強すぎる訳だぜ……」

「とは言うがな。本来の姿に戻れる者などほとんど残っておらぬ。そこに倒れるワシの部下達も、誰一人として、『竜体変化(ドラゴンチェンジ)』や『竜戦士化(ドラゴンボディ)』などの能力を獲得出来ておらぬしな。最早、人間との違いなどないも同然よな」

 

 そう言い、ミッドレイはスフィアを見る。

 

「だが、その力は継承されておる。我等は竜を祀る事で、その身に宿す血を決して忘れはしないのだ。これで、よろしいかな? スフィア殿」

「ああ、別に人間だろうと魔物でも関係ないさ。オレが知りたかったのは、ミッドレイ殿の強さだ。そして、そのミッドレイ殿と互角に戦えるイチコ殿の事。弱っちぃ人間が鍛えた強さなのかどうか。その人間が、イチコ殿と戦えるのは何故か? その一点。聞けば、人間と変わらないというね。それならばその努力には敬意を払うべきだって、思っただけさ」

 

 スフィアの返答にミッドレイは、ふむと頷きながら――

 

「わはははは、ワシと同じ考え方だな。確かに強さとは、生まれ持ったものと後天的に身に付けたものがある。魔人が弱いのは、生来の力に頼り過ぎるからよな。だから魔素量(エネルギー)の大小などで、その強さを決めつけるのだ。真の強さとは、目に見えぬものなり。技量(レベル)こそが、唯一無二の確かなる指標よ。もう一つ付け加えれば、ツキハ様とコハク様は、最初ミリム様と戦った頃は魔素量(エネルギー)がミリム様より遥かに劣っていたのだ。だがな、それでもミリム様が本気を出さざるを得なかったのだよ。恐らくは、相当な鍛錬を積み重ねて来たのであろう。〝番外魔王〟、これ程までに技量(レベル)を磨く事に貪欲(どんよく)な魔人は、そうそうおるまいな」

 

 そう話を区切ると、ミッドレイは二人を交互に見る。

 

 ガビルは、感慨深いものであるなと頷いていた。

 

 スフィアは、なるほどと深く納得をする。

 

 スフィアは生まれつき強かった。

 努力などせずとも、大抵の魔物を上回る戦闘能力を有していたのだ。

 

 膨大な魔素量(エネルギー)に、(ほとばし)妖気(オーラ)を見ただけで、魔人すらもスフィアを避けた程なのだ。

 

 その力を存分にふるう戦闘センスも持ち合わせてもいた……だが、それだけである。

 

 しかし今、ミッドレイの言葉で自分が技術(アーツ)を磨いてこなかったと、気付き――

 そして、ツキハが言った〝今日よりは明日〟、これは日々技術(アーツ)を磨く事だとも気付いた。

 

 スフィアは、〝戦闘経験〟を重ねれば強くなると思っていた。

 そう、それは間違いではない。戦闘経験値も必要な要素である。

 

 だが、今持てる技を更に洗練された技術(アーツ)に磨きあげる事は、思いつかなかったのだ。

 

 ツキハの言葉、多くは含まれてはいないが、一番大事なものが含まれていた。

 カリオンの頼みで、たまに戦士団に体術の手解きはしていたが。

 それはあくまでも基礎であり、獣王国には獣王国の技術(アーツ)があるので、それを阻害しない範囲でしかツキハは教えていなかった。

 

 しかし、ツキハのこの言葉は、手解きをした者には一度は掛けていた言葉であったのだ。

 

 この言葉の〝真意〟に気付く者は、強くなれるよと言ったツキハなりの教えであった。

 言われてやるのではなく、自分から強くなるにはどうすればいいのか? それに気付いた者だけが次のステージに上がれるのだ。

 

「じゃあ、オレはもっと強くなれるって事だな」  

「わははは、その通りだな。実戦に勝る経験はないし、そこから更に、己の技術(アーツ)を磨き上げればよいわ。だがな、闇雲に戦いを重ねればいいというものではないぞ? 胸を貸してやるから、かかって来るがいい」

 

 腕を組んだまま悠然とミッドレイは、言い放つ。

 

「我輩とスフィア殿が同時にか? それは(いささ)か自惚れ過ぎではないか?」

 

 ガビルの問いに、ミッドレイはフッと口元に笑みを浮かべ、尚も言う。

 

「フンッ! 小僧共、なんなら両腕を使わずに相手をしてやるぞ?」

 

 そこまで言われて、ガビルも黙ってはいない。

 

「スフィア殿――」

「ああ、同時に行くぜ。コイツは強い、それを認めようじゃないか!」

 

 言うと同時にスフィアが大地を蹴り、ミッドレイの間合いに飛び込んだ。

 それを追随するようにガビルが同様に地を蹴り、ミッドレイの間合いに飛び込む。

 

 ミッドレイ、スフィア、ガビル、三者の激闘がここに始まった。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 同時刻、ヤムザとアルビスの戦い。

 

 

 その戦いは激しさを増していたが、やがて決着の時が訪れようとしていた。

 

 拮抗していた二人の戦いは、ヤムザが先に切り札を切って来たのだ。

 

「ハハハッ、流石は三獣士! この私と互角とは恐れ入る。だが、これで私の勝利が確定した!!」

「なんですって?」

「私の切り札が、この魔剣だけだと思ったか? 貴女は確かに強い、私と互角に戦える。それは認めよう。しかし! 私が二人いればどうかな?」

 

 そう叫ぶと、ヤムザは左手に嵌めた腕輪の魔力を解放する。

 

 その腕輪は〝鏡身の腕輪(ドッペルゲンガー)〟。

 装着者と同一の分身を生み出す、魔宝道具(アーティファクト)だった。 

 

 生み出された分身は装備品も含めて同じ。

 そう、今アルビスは二人のヤムザを同時に相手をしなければならないのだ。

 

 本物が互角である以上、アルビスは圧倒的に不利な状況に追い込まれたといえよう。

 

 それなのに――

 

「どうだ、私の軍門に(くだ)るなら、命は――」

「それで?」

「――なに?」

「そんな小細工で、私を()るつもりなの? 所詮はクレイマン如きに仕える魔人ね。御粗末すぎる切り札ですこと」

 

 アルビスは全く動じず、それどころかヤムザを馬鹿にし煽っていった。

 

「ならば死ね!」

「あなたがね」

 

 ヤムザが激昂するよりも早く、アルビスもまた、奥の手を見せる。

 

 上半身は美しい女性、下半身は黒い大蛇。

 

 それはアルビス本来の姿、『獣身化』である。

 

 アルビスは近接格闘を得意とするスフィアやフォビアと違い、遠距離魔法型の戦士だと思われていた。

 だが、実際は違う。

 獣王の配下に相応しく、アルビスもまた近接戦闘を得意とする、戦士なのだ。

 

 しかしそれは、二人とは毛色の違う近接戦闘であった。

 

 金色の錫杖(しゃくじょう)を額に(かざ)し、その瞬間錫杖(しゃくじょう)は消え、アルビスの額に黄金の角が生える。 

 

 完璧に抑え込まれていた妖気(オーラ)が解放され、大気が渦を巻くようにアルビスを包み込んでいく。

 アルビスの力が大幅に増大したのだ。

 

 二段階の『変身』――それがアルビスの奥の手であった。

 

『あぁー馬鹿だねぇ、ヤムザの奴。アルビス嬢ちゃんの本性を、引き出しやがったよ』

『ほんと、馬鹿……』

 

 アルビスの二段階『変身』を見た、トウコとナコは呆れたように吐き捨てる。

 

『終わりましたね。あの魔人』

『相手の力量を計れぬ者など、()られて当然ではあるな』

 

 さも当然といったように、イツコとヤオが言い放つ。

 

『これで魔王の配下とか、何かの冗談か? ウヒャヒャッ』

『まあそう言うなムツオ。あれでも一応は、我等が主様の顧客の配下なんだぞ』

『ああ? コオ、アイツ等は顧客じゃねえ! 主様に暴言を吐きあまつさえ良いように利用しようとしたクレイマンなど、只の迷惑客でしかねえよ!』

『ムツオよ、お主の気持ちもわかる。だがな、ツキハ様がいつも申しておるではないか。依頼を達成するまでは、どんな大馬鹿な者でも、客だと。今は、辛抱じゃ。依頼が終われば、好きに()ってもよかろう、よ』

『あ、ああ。……そうだな』

 

 ムツオの言葉にコオが返すと、半ギレで更に返すムツオにヤオがやんわりと(さと)(なだ)める。

 

 

 そんなやり取りの中、周囲の空間はアルビスの支配下に置かれていく。

 

 大気に満ちた妖気(オーラ)が紫電を発し始める。

 

『来ますよ』

 

 イツコが言うと、そこにいる〝忍魔猫〟達が、アルビスに注視していった。

 

 

「ちょ!?」

 

 ただならぬ雰囲気に包まれた周囲の空間に、ゴブタが驚愕し叫ぶ。

 今のアルビスには、敵味方の区別がつくとは思えず、生存本能が危険だと警鐘を鳴らす。

 

「ゴブタさんといったわね。許可は出すので、さっさと退避しなさいな」

「言われなくともそうするっすよ! 総員退避!!」

 

 ゴブタの命令が飛ぶと同時に、狼鬼兵部隊(ゴブリンライダー)はその領域から脱兎の如く逃げ去った。

 

「馬鹿め、一人で我等全員を相手にするだと?」

「舐められたものだ」

「まったく、その通り。よほど死にたいとみえる」

 

 生き残っていた上位魔人達が口々に叫び、アルビスを取り囲む。

 

 だが、本来の姿を見せたアルビスは、そんな言葉など意に介さない。

 

「フフフ、ハハハハ、アハハハハハハ!! 死ね、愚か者どもよ!!」

「なに!?――」

 

 咄嗟に気付いたヤムザだが、既に手遅れだった。

 

 いきなり吐血して倒れていく魔人。

 みるみるうちに足元から石化し、砕け散る魔人。

 ぐずぐずと身体が腐りはて、そのまま塵となる魔人。

 

 様々な状態異常に(むしば)まれて、死んでいく上位魔人達。

 ヤムザには、それを防ぐ手段などなかった。

 

「き、貴様ぁーーーー!!」

 

 近距離特殊戦闘、それこそがアルビスのもっとも得意とする戦法である。

 

 〝黄蛇角(オウダカク)〟――アルビスの黄金の角は、死の象徴なのだ。

 

 ヤムザは、完全に勝機を失ったと悟る。

 

「投降せよ。さすれば捕虜として、お前の命だけは保障してやろうではないか」

 

 アルビスの申し出。

 

 これを受けるしか、ヤムザに生き残る道は残されてはいなかった。

 

 何故ならば――

 アルビスの『天蛇眼(ヘビノメ)』で睨まれただけで、ヤムザが()めてる〝鏡身の腕輪(ドッペルゲンガー)〟が砕け散ったからだ。

 

 武具破壊の効果まで有るらしく、ヤムザの分身は戦う前に消滅してしまった。

 

(まずいな……私の手足まで痺れ始めた。時を置かずして戦闘行為が困難になるだろうな……。三獣士、なんという強さなのだ!?)

 

 ヤムザの敗因、それはアルビスが三獣士の中で最強だった事であろう。

 

 指揮官を任される事が多いアルビス。

 滅多にその強さを発揮する事は無い。

 

 それ故に、三獣士の纏め役として見られる事が多く、その実力は低く見られていた。

 

 ヤムザもその一人で、アルビスの真の実力を見誤っていたのだ。

 

 

 決着は付いた……。

 

 だがしかし、これで終わりではなかった。

 

 

 クレイマンは狡猾で、部下の裏切りを絶対に許さないのだから……。

 

 ヤムザが申し出を受ける、その決心をしたその時――

 

 ――それを、私が許すはずないだろう?――

 

 ヤムザの心の中に、クレイマンの声が響き渡る。

 

「え、え?」

 

 思わず声を出すヤムザ。

 

 すると――

 ヤムザの身体が意思とは関係なく、勝手に動き出していく。

 

「や、やめ、止めろ!! お止めくださいクレイマン様!! クレイマン様ぁああああああ!!」

 

 右手が懐を探り、禍々しい紫紺の宝珠を取り出す。

 それを今度は、口元に近付けていく。

 

「やめ、止めろぉーー!! む、ムグゥ!!」

 

 必死に歯を食いしばり、宝珠を遠ざけようとするも、それは儚い抵抗であった。

 

 クレイマンの仕込み技――〝操り人形(マリオネット)〟。

 

 ヤムザの身体は、自分の意思に反して動き、やがてそれは……。

 

「何をしているのです?」

 

 アルビスが疑問を投げかけた時、宝珠はヤムザに飲み込まれていった。

 

「はぅ? あ、ブグワァ、ウゴゲッゲゲ……グボゲボゴァアアァーーーー!!」

「一体、何が!?」

 

 困惑しながらも身構えるアルビス。

 

 すると、ヤムザの身体から幾本もの触手が伸び――周囲に転がる死体を無差別に取り込み始める。

 それは死体を取り込むたびに、醜く膨れあがっていった。

 

 

 アルビスの制御する空間内に、抑え込めぬ程の魔素(エネルギー)が膨らみ、空間内の温度が急激に下がり始める。

 

 キンッ キキン 空間内の大気中にある水分が急激に下がった温度の為に、凍り付く音が響く。

 

 白い靄のような物が次第に空間内に渦を巻き始める。

 

 それは、氷雪を纏った暴風。

 

 更に死体を喰らい、膨張し、やがて……爆散する。

 

 

 グギャォオオオンッーーーー

 

 

 爆散した中から現れたものは――巨大な一つ目の竜。

 その体は鮫に酷似しており、体長は優に五十メートルを超える。

 鮫のように尖った頭の下に大きな目玉が付いていて、頭の上部は硬質な角のように固まっていた。

 胴体には申し訳程度の手足が付き、背には大小二対の翼が生え、全身は硬質な鱗で覆われ、その強固な防御力を彷彿(ほうふつ)させる。

 

 暴風大妖渦(カリュブディス)の、出現であった。

 

 これは、魔物としての〝核〟を持たず、暴れるだけ暴れて消える時限消滅型の魔物。

 だが、一時的とはいえ、その力は本物に匹敵する。

 

 何よりその本質がとても厄介で、喰う事への欲求が本物となんら変わりないのであった。

 

 それ故にヤムザが使用を躊躇った禁じ手であり、クレイマンが仕掛けた巧妙な罠だったのだ。

 

 カリュブディスは、空に飛び立とうと背に生えた二対の翼をゆっくりと羽ばたかせ。

 徐々にその巨体を宙に運んでいく。

 

 戦場に木霊(こだま)するカリュブディスの咆哮。

 

 

 その異質な妖気(オーラ)に戦場で戦う者達が一斉に戦いを止め、禍々しい気配に背筋を凍らせる。

 

 

「こりねえな。また厄介なものを」

「アホだニャ、クレイマンの配下ヤムザは」

 

 カリュブディスが宙に飛び立とうとするのを見つめ、ベニマルが静かに言う。

 それにサンコがやれやれといったように返す。

 

 

 戦場の死体を取り込みながら、更にその力を増大させていく、カリュブディス。

 

 ヤムザだけではなく、氷結魔剣(アイスブレード)をも取り込んだカリュブディスは、周囲から熱を吸収し、辺り一帯の気温を急激に低下させていく。

 

 妖気(オーラ)を氷結大魔風に変換し、周辺を氷雪と暴風が荒れ狂う。

 

 

 それを、凄まじい怒りに満ちた形相で睨む、アルビスがいた。

 

 

「忌々しいクレイマンの、クソッタレめがぁーー!!」

 

 

 アルビスの絶叫が、暴風の中に響き渡る。 

 

 

 

 




 四十八話を読んで頂きありがとうございます!

 次回の更新もよろしくお願いします!







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