忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。六十二話です


 ※作中使用の特殊フォントは、〝ライム酒様〟作成の特殊フォントを使用させて頂いています。 
 特殊フォントの反映には時間が掛かる場合がありますので、ご了承ください。


 転スラ書籍版最新刊20巻、読み終わりました!

 めっちゃ面白かったです!!

 あーこうくるのかーとか、え? みたいな展開があり本当に面白かったです。
 Web版との違いがこうなるのかーとかも、うん21巻が、早く読みたい!!!

 







62話 dear my friend Lapras

 

 コハクが待ったをかけても、ギィ以下他の魔王達は黙ってそれを見守っていた。

 

 そう、コハクに戦う気がないのはわかっていたから。 

 ただギィだけは、コハクが何をするのか? それを楽しそうに笑みを浮かべ見ていた。

 

 隔離戦域結界の前に立つコハクは、右手を開き『結界』前に(かざ)す。

 

 コハクの左目の『忍魔眼』が輝きを増し、フッとその輝きを消した。

 

 すると――

 一瞬、結界面にあたる空間が浅くポワンと波打つと、コハクがリムルの張った隔離戦域結界を何事も無いようにすり抜けて来た。

 

(何っ!? 俺の張った結界を、すり抜けて来た?)

《解。個体名:コハクは、こちらの『結界』と自身の結界を同調させすり抜けて来ました。個体名:コハクも同じように隔離戦域『結界』を解析していたと推測します》

『なるほどね……。〝番外魔王〟を名乗ってるだけあって、一筋縄ではいかないか。油断なくいかないとな』

《了》

 

 あっさり隔離戦域結界を突破されて一瞬驚くも、コハクに気付かれないよう臨戦態勢を取るリムル。

 そこへ、シオンがリムルの前に出て、コハクの前に立ち塞がった。

 

()るきはあらしまへんで。 ただ、ほんの少しクレイマンと話をさせてくれまへんか?」

「話だと?」

 

 コハクがほわりと微笑みリムルに頼むと。

 

「何を言って――え?」

 

 それにシオンが割って入って、コハクを取り押さえようと両手を伸ばしたところへ。

 コハクが右足を前に出し、右半身で右足先と右膝の向きを揃え、スッとコハクの右手がシオンの右手を掴み、握手をした形になった刹那――

 

 シオンが右膝を石床に付き崩れ落ちる。

 立ち上がろうとするも完全に力の流れを制御され、どんなに力を入れようとも立ち上がれなかった。

 

 コハクは縦に力の重心を加え、シオンに〝握手落とし〟を仕掛けたのだ。 

 更にシオンの闘気を自身の魔闘気で完全に抑え込んでいた。

 右足の指を大きく開き、重心を一点に集中した右足親指は足袋越しに石床を割り貫いていた。

 

(あれは……合気道の技だったか? 確か、人間だった頃に大手動画サイトで見た気がするけども……)

 

 リムルはそんな事を考えながらシオンに『思念伝達』で、大人しくしろと告げる。

 何故なら、コハクに敵意が感じられず、智慧之王(ラファエル)も沈黙していたからだ。

 

『リムル様、どうして――!?』

 

 組み伏せられたシオンの頭にコハクの左手が乗せられた。

 やられる!、そう思ったシオンだが……。

 

「すまんなぁ。ちょっとだけでいいんや。少しだけ大人しくしていなはれ」

 

 シオンの頭を優しく撫でながらコハクは言う。

 

 その言葉に敵意も殺気も感じられず、シオンは無言で軽く頷く。

 コハクは右手を軽く引きシオンを立たせ、リムルに向き直ると。

 

「魔人リムル。ほんの少し話するだけや。他は邪魔する気はあらへん。よろしおすか?」

「わかった、少しだけなら待つよ」

「へぇ、おおきに」

 

 コハクは軽く微笑みリムルに会釈すると、クレイマンの前まで来る。

 

「コハク、いや、コハクさん、様! 助けてくれ、頼む! 私はまだ、死ねぬのだ! たの――」

「少しだまりや」

「はあ? ぁあ…………」

 

 必死に懇願するクレイマンを余所に、三つ印を切りパンと眼前で両手を叩き合わせ、〝幻想領域〟をクレイマンと自分の周りに展開し、完全にクレイマンの意識を奪った。

 

 そして、右人差し指をクレイマンの額に当てると――「幻遁・幻夢仙境(げんむせんきょう)

 

 うつろいまどわせ 

(うつろい惑わせなはれ)

 

 コハクの展開した〝幻想領域〟に『思考加速』百万倍が施された。

 

 クレイマンの〝魂〟だけが〝幻想領域〟へと引きずり込まれ、コハクの〝思念体〟がクレイマンの〝魔核〟にある精神の〝深層意識〟へと潜っていく。

 

 

 暗く淀んだ暗黒の海を泳ぐかのように、コハクの〝思念体〟はゆっくりと泳いでいった。

 

 どれくらい精神の深みへ潜ったのだろうか……。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 そこへ。

 

 とんと、穴底に足をつくような感覚がコハクの〝思念体〟に伝わった。

 

 そして、薄暗い光にほんのり照らし出されているクレイマンの思念体が、浮かび上がる。

 

 

 そのクレイマンに煙のように纏わり付き、クレイマンを包み上げている黒い霧。

 

『なんやあれは……?』

 

 コハクは、クレイマンを包み込むように沸き上がる黒い霧を見て、訝し気に呟く。

 

 そんなコハクの気配に気付いたのか、クレイマンがコハクを捜すように叫び声を上げた。

 

『た、助けてくれ、コハク様!! 私は、あのスライムから逃げて、〝あの方〟に報告をしなければいけません。あのスライムを、殺して下さい!! 私の、私の計画を潰した、あの憎きスライムを!!』

 

 クレイマンが叫ぶたびに黒い霧が沸き上がり、クレイマンを包み込むとパアッと花が散るように霧散していくを、繰り返していた。

 

(あの……精神の奥深くに取り憑いているのは……)

 

 コハクはこの現象を見て、ある人物を思い浮かべる。

 

(アイツ、どすか?) 

 

 思念体のコハクが、薄暗い光に照らされたクレイマンの前に現れる。

 

『おお! そこにいたのですか! さあ早く私を――あ、ぁ? ぁぁ……』

 

 懇願するクレイマン顔面に、右手の平を開き当てるコハク。

 

 その瞬間クレイマンは意識を奪われた。

 

(……チッ、これは!? 正体不明な究極能力(アルティメットスキル)の痕跡があるやないか!)

 

 思念体のクレイマンを包む黒い霧の正体――

 

 それは何らかの究極能力(アルティメットスキル)による、精神支配であった。

 

 究極能力(アルティメットスキル)を持つコハクだから気付けた痕跡。

 

(この精神支配は、相手に操られているという意識すら感じさせない、凄まじく恐ろしいものやな。こんな究極能力(アルティメットスキル)を使う奴は誰や……? もしや、アレが出て来たんか? いや……)

 

 コハクは自分の知り得る全ての情報を総動員し、思考する。

 

(あそこだけは流石に潜入出来まへんからなぁ。ほんま、かなわんわぁ。アイツが八十年前位にあっこに突然現れて以来、うちところの諜報員(人間)が何人始末されたか……。東の帝国……本格的に動き始めましたんか? なら――)

 

 思念体のクレイマンは覚醒した姿であった。

 コハクは、立ったままうな垂れているクレイマンの思念体を、おもむろに分解した。

 

 分解された思念体のクレイマンは、黒い霧が沸き上がる鈍く光る球体に変わった。

 その手の平に乗る位の光球を――

 

(さてさて、本当のクレイマンと話をしましょかぁ)

 

 コハクは光球をグッと握り潰しパッと手の平を開けると――

 黒い霧に包まれた光球から、更に小さな光球を分離、取り出した。

 

 コハクが小さな光球にフッと息をかける仕草をすると、フワフワと宙を漂い真っすぐに進み止まると。

 

 無数の蛍が集まり躍るように光の粒子が渦巻き、やがて――

 それは、いつもの高級な白いスーツに身を包み道化の仮面を被った、クレイマンの姿を形どる。

 

『クレイマン、目を開けなはれ。聞こえてますやろ?』

 

 コハクが静かに語り掛ける。

 

『……私は、何を? あぁー、これは……』

『クレイマン。あんさんは、深層意識の奥深いところまで、何者かに支配されてたんやで』

『!?……そう、ですか。〝人形傀儡子(マリオネットマスター)〟と呼ばれたこの私が……操られていたとは……。何とも滑稽な話です、ね』

 

 そこには功に焦ったクレイマンの姿は無く、残虐で狡猾でありながらも中庸道化連の仲間を大切に思い、カザリームを敬愛するクレイマンがいた。

 

 コハクは思念イメージで不可視の椅子を創り、それに腰掛けると軽く足を組んだ。

 

 クレイマンはそのコハクの(そば)まで近づくと、無意識に右膝を付き、コハクに対して(ひざまず)いた。

 

『なあ、クレイマン。時間はたっぷりあるさかい。少し、話をせえへんか?』

『話を、ですか? そうかここは、『思考加速』が施された領域なのですね?』

『せや。今この領域は『思考加速』で百万倍に加速されとるんやで。フフ』

『……恐ろしいものですね。貴女も、持っているのですか?』

『あるで。そして、あの魔人リムルも、もちろん持ってるで』

『あぁ……。この世界で最強の能力(スキル)究極能力(アルティメットスキル)。ユニークスキルしか持たない私では、敵わない訳です、ね』

 

 力の差、それをコハクから聞いても今のクレイマンには嫉妬も憎悪も無く、ただ素直にそれを受け入れるだけだった。

 

『なあ、あんさんに聞きたい事あるんやけど、ええか?』

『ええ、なんなりと』

『さよか。あんさん、東の帝国の商人と取引してましたな?』

『ええ、武器防具その他色々と、取引をしてました』

『ほんなら、こんな男見た事ありまへんか?』

『男?』

 

 コハクは、白い詰襟(つめえり)の服着た短めの髪で精悍な顔付の男の姿を、思念イメージでクレイマンに送った。

 

 それを受け取ったクレイマンは、しばらく思考を巡らせてから口を開いた。

 

『私の記憶では、その男を見た事はありません』

『やっぱりなぁ(どういう手段かわからしまへんけど、完全に記憶を消されたか、記憶が改ざんされてますな)』

『やっぱりとは?』

『え? ああ、こっちの事や、気にせんとき』

『そうですか』

 

 クレイマンが不思議そうに問うも、コハクはまだ推測の域を出ないので、そこは話さなかった。

 

『次やけどな。あんさん、何で焦って強硬手段に出たんや? もう少し大人しくして、水面下で準備してたら結果も違ってましたんやないか? まあ、大体は検討は付きますけど、その経緯が知りたいんや』

『焦る……私、が……?。いや、あのスライムが、私の、私の……。何で、私は……? わからない……』

(無意識化のレベルで精神誘導する……支配の宝珠(オーブ・オブ・ドミネイト)など、比べ物にならん支配力どすな)

 

 クレイマンは仮面を被ったままの顔に右手をあて、何故自分がこのような愚行を犯したのか必死に記憶を探るが……。

 どんなに思い返しても曖昧な記憶の断片しか思い出せなかった。

 

『もうええで、クレイマン。その反応で粗方(あらかた)予測が付きましたわ』

『すみません、コハク』

『かましまへん。あんさんを操った者にも大方見当が付きましたからな』

 

 コハクは自分の予想範囲にいる人物を思い描く。

 クレイマンは跪いたまま、まだ何かを考えているようだった。

 

(ヤツ、どすな。帝国情報局局長タツヤ・コンドウ、〝情報に巣くう怪人〟。後は、元日ノ本の民というというところまでしか掴めてまへんが……。間違いなくコイツが動いていますのやろな。ただ、何の手段を使ったか、究極能力(アルティメットスキル)を持ってるにしても、その正体がわからんのは……かなり〝危険〟やで。なんや、嫌な雰囲気が……漂い始めて、いますなぁ……)

 

 悪魔族(デーモン)と同じく、魂の扱い方に()けているコハクとツキハ。

 そのコハクだからこそ、このクレイマンを操っていた何かを見つける事が出来た。

 

 しかし、その操っていた何かは既に解析不能な残滓と化しており、目的を遂げた時点でその効力を消失したのであろう。

 

 コハクが危険視した正体不明の究極能力(アルティメットスキル)

 このコハクの嫌な予感は、近い未来的中する事になる――(のち)に来る、〝大きな(いくさ)〟の中で……。

 

『コハク。貴女に聞きたい事があります。よろしいでしょうか?』

『ん? ええで、クレイマン』

『ありがとうございます、コハク』

 

 クレイマンは跪いたまま、軽く会釈をすると顔を上げコハクを見て、問いかける。

 

『私の敗因を、教えてもらえますか? 私は、戦力などは十分に準備して、今回の作戦に挑みました。必ず勝てるだけの戦力を準備したにも関わらず、私の軍は敗北しました。何故、敗北したのでしょうか?』

『せやねぇ。まず、さっき言った究極能力(アルティメットスキル)を魔人リムルが獲得していた事やね。あんさんはユニークスキルしかあらへんから、一対一の勝負でも勝てへん。それに、〝劣化覚醒〟やからな、力の差は歴然や。後はぁ……配下の質の差やな――』

『配下の質の差?』

『せや。あんさんは恐怖で支配しとるつもりやろけども、それは――恨みや憎しみに簡単に喰われてまう恐怖や。そんなん、恐怖やあらへん。ギィを見てみなはれ』

『ギィ、を?――』

『あのギィの配下は皆、ギィに恐怖を感じとる、絶対的な支配者としてな。でもな、それは畏怖の念や』

『畏怖の念……』

『あのギィを恐れながらも敬い、従ってるんや。だからな、ギィの為ならその命もいとわん覚悟で戦うんや。ほんま、ギィの配下は戦いになると厄介やで。ようは、配下が主に仕える覚悟の違いや』

『私の配下は、ただ恐怖で従ってただけで、その恐怖もいつかは、裏切りに変わると……?』

『せやな、あんさんにも心から従ってる配下もいてるやろうけど、大半はそんなもんや。まあ、直近の配下まで心臓を人質に取って従わせても、真から信頼はされまへんやろ? 恐怖の使い方を間違えたんや、あんさんは』

『……ミュウラン、ですか……』

 

 自分の敗因、それを一つ一つ思い返し己の浅はかな考えや行動を、クレイマンは噛み締めていく。

 

『私は、やりすぎたのですね……』

『いや、うちはそう思わん。まあ、やり過ぎた()うなら、同じ魔王を()めた事やないか? 最初は、ミリム、カリオン、フレイとの遊戯やったんやろ? それに、不必要に魔国にちょっかい出して、魔人リムルの怒りを買ったのが一番大きいと思うで? あれを刺激しいひんかったら、結構油断してくれてたかも知れまへんなぁ』

 

 コハクは組んだ足を組み変え、淡々と言い放つ。

 

『そうでした……。最初は戯れに傀儡の魔王を作るはずでした、が……』

『どこから、こんな状況になったか? やなんて、あのスライムの魔人リムルが出て来てからやおまへんか。まあ、そこから計画に狂いが生じて、あんさんが変な方向に操られていったんやろな』

『そうです。あの豚頭魔王(オークディザスター)をヤツが喰った時から、私の心に、心……が、焦りで……』

『あれや、魔国に喧嘩を売るだけならまだしも、あのヒナタを巻き込んだのは、あの少年の策やろ? ファルムス王国軍の魂であんさんが〝真なる魔王〟の覚醒を目指す。ここまでは、あんさんらの計画や。ただな、その計画をわざと御破算に導いた別の意思があるような気がしてなぁ。あんさんを操った者の目的が、みえへんのや。ほんまに、ややこしい事になりよりますな……』

 

 〝傭兵商会・ルヴナン〟が唯一全貌が掴めない国家、東の帝国――ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国。

 

 一度眷属が潜入しようとしたが、すぐに探知され戦闘になり、やむなく撤退している。

 〝猫騙し〟が完全には暴かれてはいないのに、察知して来たのだ。

 

 そう、帝国には――凄まじく厄介な〝者〟が一人、存在していた。

 

 それからは人間の情報屋を雇い、現地に派遣して情報を収集していたが、派遣される諜報員も命がけの任務だった。

 

(フフ……。また、なんもかんも巻き込んでやるんどすか……〝皇帝ルドラ〟。そろそろやったな、〝あれ(周期)〟が来るのは。かなん(困った)なぁ、なんや楽しなりますやないか)

 

 コハクはさも嬉しそうに口端を上げ笑みを(こぼ)していく。

 

 それからクレイマンは色々な質問をし、コハクはそれに答えていった。 

 

『私は、道具(配下)を道具としてしか使わなかった……。それが、敗因なのでしょうね』

『せやねぇ。配下を道具とする、まあそれもな、弱肉強食の世界ではありや。ただな、その道具には感情があるんやで。いくら主でも、その感情を無視すれば、いつかは破滅を招くんと違いますか? これに関しては魔物も人間も変わりはしませんやろ?』

『感情、ですか……』

『なあ、クレイマン。うちらはなんや?』

『私は、妖死族(デスマン)……魔物であり、魔王です』

『せや。うちらは、魔物や。人間やあらへん。でもな、人間と同じ感情を持ってるんやで? まあ、うちら魔物は強いか弱いかで判断するし、人間とは抱く感情が違うところも多い。けどな、笑ったり怒ったり楽しんだり悲しんだりする感情は、そんなに変わらんと思うで。あんさんも中庸道化連の仲間達と一緒にいる時は楽しかったやろ? カザリームが復活した時は、心から嬉しかったんと違いますか?』

『……確かに。楽しかった。仲間達と語らい、笑っていた……。カザリーム様が復活成された時は、本当に、嬉しかった……。そうか、私はそれを、ほんの少しでも配下と共有すれ、ば……』

『まあ、人間のようにやれとかではないで? 魔王なら魔王らしくあれ、やで』

『魔王らしくあれ……。フフ、皮肉なものですね、私は魔王を名乗りながら、魔王ではなかった、と、いう事ですね。負けるわけです、あのスライム……いや、魔人リムルに……』

『せやな。あんさんのは、魔王を名乗るただの〝暴君〟。そして、ギィや他の魔王達は正真正銘の魔王や。その違いやな』

 

 そこまで言うとコハクの目に殺気が宿り、鋭い眼光でクレイマンを座ったまま見下ろす。

 

『なあ、クレイマン。あんさん、後悔してはるか?』

『え?……後悔……私は……』

 

 いきなり〝後悔〟してるか? と、コハクに問われ言葉に詰まるクレイマン。

 仮面に隠されて表情は見えないが、クレイマンの隠された素顔には明らかに動揺が走っていた。

 

 暫く思案した後、クレイマンが口を開く。

 

『私のやった事には、一切の後悔はありません……。あるとすれば、自分の画策した策が甘かった事。己の実力に気が付かず……自惚れ、借りた力を自分のモノと勘違いした事です。もっと大局的に物事を見極めなかった自分を、私は恥じる。私を信じて任せてくれた仲間達に、顔向けが出来ません。そして、何よりも一番の後悔は……ラプラスの忠告を聞かなかった事です』

 

 言い切ったクレイマンは、顔を上げたままコハクを見つめていた。

 

 するとコハクの殺気がフッと消えて、どこか嬉しそうにほわりと笑みを浮かべる。

 

『さよか……。あんさんが魔国に仕出かした事を悔いるようなら、今この場でうちがあんさんを殺すつもりやったんや。たとえ、あの魔人リムルと全面戦争になるとしても、な』

『何を言っても、殺されると思ってました。覚悟の上で、私の本当の気持ちを言っただけです』

『うちらはな、人間とは違う。だから、人間みたいに己の仕出かした事を悔いるようなら、それはもう、魔物でも魔王でもあらへん。ただの魔物以下人間未満の何かや。人間が魔王を恐れるのは人間とは価値観も違うし、たとえ一国を滅ぼそうとも、そこに後悔の念など微塵もないから恐れられるんやで』

『魔王とは、何なのか? それを私は、魔王という存在はただこの世界最強の存在だとしか、認識していなかった』

『最強ねぇ……。クレイマン、最強の存在になりたければ、己の持つ〝(アーツ)〟を磨かなあかん。与えられた力だけで満足したら、あかんのや。〝技量を磨け〟。まあこれは、うちとツキハの持論やけどな。フフフ』

『己の技量を磨く……。コハク、何故貴女達は、そんなに〝技量を磨く〟という事に固執するのですか?』

 

 生まれ持った強力な力を更に鍛えるという行為に、疑問を覚え問うクレイマン。

 

『フフ。そんなん決まってるやおまへんか。うちとツキハの自由を奪おうとする者共が現れた時に――ぶっ殺す為なんやで』

 

 小首を傾げ、狂気を含んだ笑みで返すコハク。

 その笑みを見たクレイマンの背筋に怖気(おぞけ)が走る

 

『な、なるほど。そんな理由なのですね……。コハク、貴女は不思議な魔物だ。まるで人間と魔物の両方の思考を持つ存在みたいに見えます』

 

 コハクが魔物でありながら、両方の思考を熟知しているように感じたクレイマンは次の言葉を口にする。

 

『あ、貴女は、いったい何者なのですか……?』

 

 クスリと薄く笑うとコハクは――

 

『うちか? うちとツキハはな――元人間や』

『は!? 元人間と……いう事は――』

『せや、うちとツキハは〝転生者〟なんや。そして、魔人リムルもな』

『な……ん、と……』

 

 その言葉を聞いてクレイマンは、驚愕で言葉を失う。

 

 魔王レオン・クロムウェル。

 レオンは元人間から魔王になった存在。

 だが、そのレオンでも転生者ではない。

 

 そう、魂だけでこの世界に〝界渡り〟して来て、魔物として転生するなど、今までは前例すらなかった。

 

 魂だけの〝界渡り〟は、魂が〝界渡り〟に耐え切れずに消滅してしまうから。

 

 「あり得ない……」、クレイマンは思わず口に出してしまう。

 

 だがしかし、その定説を覆す存在がクレイマンの前にいた――〝番外魔王〟コハクが。

 戦った魔人リムルが、会場に来ているツキハが。

 

 コハクは「フフッ」と笑みを零し、クレイマンに言った。

 

『せやねぇ。この薄暗い景色は辛気臭くてかなわんわ。ちょっと、景色変えましょかぁ?』

 

 そう言いながら右手をサッと軽く横に振ると。

 クレイマンが見る思念イメージの景色が一変した。

 

 その景色は……。

 

 快晴の空の中、小高い山にクレイマンがいて、そこから見下ろす位置に大きな集落が見えていた。

 

『こ、ここは?』

『ここはな、うちとツキハが人間の頃に住んでいた――忍びの集団が住む〝乱破(らっぱ)ノ里〟や』

『忍び? 乱破ノ里!?』

 

 その説明を聞くと、クレイマンの意識の中にコハクが思念伝達を使い、記憶の一部を見せていく。

 

『忍び、戦乱の世……。傭兵として、戦う、戦闘集団……』

 

 次々と流れ込んで来るコハクが見せる記憶映像にクレイマンは、初めて見る〝異世界人〟の世界に驚きの声を上げながらも、見入っていった。

 

 しばらくするとそれは途絶え、穏やかな風が吹く中コハクが里を見下ろしながら佇んでいた。 

 

 その隣に近付き立つクレイマン。

 

『この景色は、私のいる世界に似ているようで、似ていない不思議な景色ですね』

『せやろ? フフフ。この小さい山は……うちとツキハが小さい時にな、里を眺める為によく登ってたんやで。ええ景色やろ?』

『美しい……。〝異世界〟にも、こんな景色があるのですね……』

 

 見下ろす景色に感嘆の声を上げたクレイマンの頬を、心地よい風がそっと吹き抜けていく。

 

 そこへ、里を見下ろす景色を眺めながらクレイマンが、コハクに対して唐突(とうとつ)に問う。

 

『コハク、貴女は眷属、いや、配下に対して恐怖で従えているのですか?』

『うちらの配下どすか? いきなりな質問どすなぁ。フフッ、うちらはな――』

 

 コハクは小悪魔のような笑みを漏らし、クレイマンに自分達が配下に対してどのように接しているかを教えた。

 

 それは、クレイマンに取ってとても信じられない事であり、とても面白く楽し気に思えた。

 

『そんな事を……。ククッ、クク、ハハッ、ハハ』

 

 小刻みに肩を震わせ小さく笑い、やがてその笑いは大きくなっていく。

 

『基本、配下を自由にさせているのですね。なんて面白い事を考えるんだ、貴女達は! ハハハハ、ワハハハハハハハ』

『おもろいやろ? ウフフフ』

『それに、〝一年に一度〟ですか。なんともはや荒唐無稽(こうとうむけい)でいて、貴女達らしいものですね。ククククッ』

 

 左手を仮面越しに顔に当て、笑い言うクレイマン。

 そして、笑いを止めると次の言葉を静かに言った。

 

『貴女達なら、世界を手に入れる事が出来るのではないですか? 何故、世界を手に入れようとは思わないのですか?』

『うちらがどすか? やめてーな。そんなんめんどくさい事やりますかいな。うちらは、誰が世界の頂点にいようとも、自由に楽しく生きれればいいんや。下手にてっぺん取ってみなはれ。それこそ、世界中の魔物や人間を敵に回して気の休まる暇もあらへんやないか。そんなんは、どこぞの少年にでもやらしとければよろし。うちらの自由を奪わなければ、誰でもよろしいんや。ただ、うちらの自由を奪うならば、その者らを全力で――潰すで。フフッ』

『なっ……』

 

 最後の言葉を言ったコハクの纏う気が一変した。

 それはクレイマンに、言い様の無い底知れぬ恐怖を抱かせる程に。

 

『〝あの方〟の目的も知っていたとは……。本当に恐ろしい魔人だ、貴女とツキハは……』

 

 クレイマンは完全に理解した、〝あの方〟が絶対に敵に回すなと言った事を。

 自分にはない、この圧倒的な覇気。

 

 そして、ある事をふと……思い出す。

 

(そうでした、天災級(カタストロフ)の〝番外魔王〟。あの〝竜種〟や、ギィ、ミリムに並ぶ、天災級(カタストロフ)とされた魔人の二人。失念していました。これも、操られていた弊害なのでしょうか……)

 

 そう、支配しようとしたミリムも、上手く利用しようとしたコハクとツキハも同じ天災級(カタストロフ)である事を、今の今まで失念していたクレイマン。

 

『どうしたんや、クレイマン?』

『いえ、何でもありません』

 

 何かを考えてるように腕を組み右手で顎を触るクレイマンに、コハクがどうしたんやと問うと。

 それに何でもないといったように、クレイマンは返す

 

 それからは、様々な事をお互い話していった……〝幻想領域〟内の時間は緩やかに流れて行く。

 

 里の西の山に夕日が揺らめきながら山陰に真っ赤な日を落とし、その陰から(からす)の群が山のねぐらへと帰っていく。

 

『あの鳥は、なんですか?』

『ん? あれは(からす)や。こっちの世界にもいるやろ?』

『なるほど。こちらでは(からす)と呼ぶのですね……』

 

 そう言うとクレイマンは黙ったまま、(からす)の群が山へ帰って行くのを、いつまでも眺めていた。

 

 そんなクレイマンが、ポツリと呟く。

 

『私は、死ぬのですね』

 

 それを聞いたコハクは無言で頷いた。

 

 そして――

 

『なあ、クレイマン。あんさんが最後に言葉を伝えたい者は――いるんか?』

 

 コハクの淡々とした言葉がクレイマンの耳に、刺しこまれる。

 クレイマンは夕日を見つめたまま、ポツリポツリと明かりが(とも)る里に目を落とすと。

 

 

 道化の仮面が顔から外れ地面に落ちて、カラカランと乾いた音を立てる。

 

 

 静寂な時を置き、やがて……。 

 

 

 ツーっと一筋の細い線がクレイマンの右頬を伝い、小さな球となって地面に落ち、弾けた。

 

 

 

『私、が……涙。まさか、この、私が……』

 

 濡れた右頬を右手でそっと撫で、その右手を見つめ呟く。

 

『なんも不思議やあらへんで。悪党だろうと、善人だろうと、悲しければ涙は流れるもんや』

『わた、私は、どうしても謝らなければいけない、者がいる……』

 

 クレイマンの心に浮かぶ者、それは――

 

『〝親愛なる友、ラプラス(dear my friend Lapras)〟に……。最後の言葉を、伝えたい……』

 

 震える唇を噛み締め、絞り出した言葉。

 

 その言葉にコハクは――

 

『助ける事は出来まへん、が。その言葉を届ける手助けは、してあげますえ』

『え? まさか、そんな事が出来るのですか?』

『うちなら出来る。クレイマン、あんさんはその対価を(なに)で払いますんや?』

『それは……』

 

 対価、それを聞いたクレイマンは少し考えて、コハクの方に向き直る。

 

『もう、私には何も残ってはいません。だから――今残っている私の全てを、貴女に――』

『そか、商談成立やな。なら、〝今〟のあんさんをラプラスのところまで連れて行ってやりますえ。でもな、伝えた後は――』

『わかっています、コハク。貴女は優し……いえ、ほんの少し、甘いのですね』

 

 優しいと言おうとしたが、自分に向けられたのは優しさではなく。

 恐らく興味の対象として手を差し伸べられただけだと、ほんの少しだけの甘さをもらったと。

 

 クレイマンはそう感じた。

 

『そうどすか……。ほな、いくで』

 

 素早く八つの印を結ぶ。

 

 すると、思念体のクレイマンは瞬時に分解され、思念映像の景色も元の薄暗闇に戻る。

 

 薄暗い空間に、青白い呪文が浮かび上がり、言霊(ことだま)が紡がれていく。

 

 

 わかれたもう こんぱくの ともしび 

 わかれたもう 魂魄の (ともしび)

 

 うつろい ただよい ながれつくは こくうのほそみち 

 うつろい 漂い 流れつくは 虚空の細道

 

 そこにみえるは げんせの とびら 

 そこにみえるは 幻世の 扉 

 

 とおりませい くぐりませい 

 とおりませい くぐりませい 

 

 ぬばたまの はてたむくろを ぬぎすてて 

 ぬばたまの 果てた骸を 脱ぎ捨てて 

 

 いくは とこよの よるのみち 

 いくは 常世の 夜の道

 

 

『幻遁・冥導連理(めいどうれんり)

 

 口元に構えた二本指を立てた右手を、右下に切るように振り。

 

 パンッ!

 

 眼前で両手を叩き合わせた。

 幻想領域内の空間に、心地よい乾いた音が響き渡る。

 

 黒く侵食されたクレイマンの魂から、蛍火のような小さな光りの球が分離して来た。

 

 コハクが左手を差し出すと。

 

 その光りの球は、コハクの左手にふわりふわりと漂い乗る。

 

 そして、魔素粒子が光りの球の周りで緩やかに舞い踊り、やがてそれは――

 黒く光るビー玉位の大きさに形成されていった。

 

 相半魂(あいはんこん)、クレイマンがクレイマンであった記憶の欠片と魂の欠片が詰められた魂玉(こんぎょく)

 

 コハクは、この唯一残った僅かな部分だけをクレイマンの魂から分離したのだ。

 

『すまんな。でも、これも因果や。あんさんが背負う、(ごう)なんやで』

 

 コハクの柔らかな言葉に、相半魂(あいはんこん)の玉の中心で小さく燃える紫色の炎が、それに答える様にゆらりゆらりと揺れ動いていた。

 相半魂(あいはんこん)の魂玉を優しく握ると、スッと袂の中に入れる。

 

 漆黒の幻想領域空間に一人残ったコハクは、もう一人のクレイマンの叫び声を耳にするも――

 

 その声は完全に無視して、おもむろに〝幻想領域〟を解除する。

 

『解』

 

 現実の時間帯に帰還したコハク。

 

 現実での過ぎた時間は、僅か、0.6秒程だった。

 

「終ったで。すまんかったな、魔人リムル」

「いや、いいさ」

「え? えぇ?」

 

 コハクがクレイマンの額に右人差し指を当てたと思ったら、クレイマンとの会話が既に終わっていて、シオンが(え? いつ話したの?)みたいに間の抜けた声を出した。

 

(そうか、『思考加速』百万倍の意識領域を創ったのか。ほんと、恐ろしいヤツだな)

 

「コハク、様!! 助け――」

「何眠たいこと言いますのや? あんさんの生殺与奪権は、うちにはあらへん。あんさんも魔王なら、最後は潔く魔王として――散りなはれ!」

「え、は、あ、ぁぁ……」

 

 命乞いを懇願するクレイマンに、コハクは覇気を込めた言葉で返し、その圧の凄まじさにクレイマンは押し黙ってしまう。

 

 コハクは隔離戦域『結界』の前まで歩いていくと、最初来た時と同じように『結界』をすり抜け、ツキハの前まで歩いていった。

 

「おつかれ。話、出来た?」

「せやな、出来たで」

「そっか」

 

 ニッと笑いながらツキハは言い、コハクもクスリと笑い返す。

 

 

 

 そして――

 

 

「じゃあな、クレイマン。これが、俺の怒りだ。大切な仲間を殺された――俺の、怒りだ」

(生かしておくと、また災厄の種になるお前を生かす道理はないよ。それに、お前のお陰で俺の中の甘さは死んだんだ。もう二度と、俺の甘さで仲間を失うのは……まっぴら御免なんだ)

 

 クレイマンを見るリムルの目には、一片の慈悲など籠っていなかった。

 ただただ、冷淡な目でクレイマンを見下ろしていた。

 

 

 両膝を付いたままのクレイマンは、みっともなく逃げようとするが、それをリムルが許さない。

 

「た、た、助けてくれ、フットマン! 助けて、ティア! 死ねない、私はまだ死ねない! こんなところで死ねるものかーーーーっ!!」

 

 床を四つん這いで這いずり逃げるクレイマンの頭の上に、リムルの右手が乗せられる。

 

 リムルの手の平にあたる空間が(ひずみ)、捻じ曲がっていく。

 

「お、お助け下さい、カザリーム様――」

 

 クレイマンは石床に落ちている壊れた仮面に手を伸ばし、祈るように握り締めると―― 

 

 ヒュゴゥッ!

 

【挿絵表示】

 

 

 

 無様に騒ぎ立て抵抗していたクレイマンは、一瞬にしてその場から、消えた。

 

 リムルの『暴食之王(ベルゼビュート)』により、魂までも喰い尽くされ、リムルの中で純粋な魔素(エネルギー)へと変換されていく。

 

 そして、その過程でクレイマンは、地獄の苦しみを味わう事になるのだ。

 

 汚れた魂であれ、邪悪な魂であれ、善良な魂であれ、死は等しく平等である。

 

 魂も〝心核〟も分解されて、魔素(エネルギー)へと変換される中……。

 儚くも悲し気な一つの思念が、最後の微かな〝()〟を放つ。

 

 すると――

 

 

 ――ああ、ラプラス。君の言う通りだった。私は少し、やり過ぎたようです。

 君の忠告通り、大人しくしていれば良かったよ……。

 本当に、君はいつも正しいな――

 

 

(え? 今クレイマンの声が 聞こえた 気がした?)

 

(後悔か? どんな悪党でも後悔するのか?……)

 

(悪党か、どれが正義で、どれが悪なんだろうな……)

 

 クレイマンのやった事は許される事ではない。

 

 しかし、自分も二万の軍勢の魂を喰らった。

 国を攻められ、仲間を殺されたから。

 

 その軍勢の中には帰りを待つ家族がいる者もいるだろう、望んで戦いに身を投じた訳では無い者もいるかもしれない。

 

 そんな事をふと考える、リムル。

 

 だが、リムルはそんな考えを飲み込んだ。

 

(覚悟は決めている。これはもう、何があっても揺るがない。なら、行くだけだ。俺の、信じた道を……)

 

 少しだけ目を伏せ、すぐさまキッと顔を上げてシオンとランガを見つめ、静かに頷くリムル。

 それに応じる様にシオンは満面の笑みで返し、ランガは〝ワオーン〟と一声高く鳴いた。

 

 

 

 ここに、〝喜狂の道化(クレイジーピエロ)〟が演じた演劇の幕が、下りた。

 

 

 

 ――演劇の主人公〝喜狂の道化(クレイジーピエロ)〟は、 弱いと馬鹿にした スライムの魔物に

 

 哀れにも喰われ その身も心も 魂すらも 残らずに 死んだ 

 

 しかし 〝喜狂の道化(クレイジーピエロ)〟は 死ぬ間際に

 

 親愛なる 友の事を 思う

 

 その時に 流した 一筋の 涙

 

 それは…… 

 

 

 何かを捜すように 虚空の空へと 

 

 

 昇って 

 

 

 いった

 

 

 

 

 




 六十二話を読んで頂きありがとうございます!
 
 それでは、次回の更新もよろしくお願いします!









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