忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。
 〝クレイマン編〟最終話です。

 
 ※作中に登場するホワイトフェザー・イーグル(白大爪鷲)は、〝原作〟にはない架空の動物であり、作者の考えた魔獣です。




70話 Last word(最後の言葉) 朱に映える黒い雪

 クレイマンの策謀も完全に(つい)えて、平穏を取り戻した魔国連邦(テンペスト)

 

 細やかな宴から一夜明けて、イングラシア王国内にある、とある建物の一室では……。

 

 

「クレイマンが死んだ」 

 

 そう告げたラプラスの重々しい言葉に、その場に集まっていた者達は思わず沈黙した。

 

「嘘だ! 何かの間違いだ、そんな事がある訳が無い!!」

 

 フットマンが激昂して叫ぶ。

 

 しかし、その言葉に同調するものは……いない。

 

 何故なら、いつもの飄々(ひょうひょう)としたラプラスの姿はなく。

 仮面から覗く右目からは、悲痛な感じが漏れ出ていた。

 

 その事からも、クレイマンの死が本当だと、誰もが悟っていたのだ。

 

「――魔王達の宴(ワルプルギス)が開催された夜、クレイマンとの繋がりが途絶えた。俺の子ともいえるアイツと、連絡がつかなくなったのさ。この事が示すのは……クレイマンが死んだという事実だ。認めたくない……ラプラス、貴方からの報告を受けた今でも信じたくはない、でも……」

 

 そこまで言うとカザリームは、目を閉じ下を向く。

 

 そんな中、すすり泣くティアの声が微かに聞こえていた

 

「僕の失策だ。魔王達を正直舐めていた。もっと慎重に情報を集めて、それから行動を起こすべきだったんだ。〝番外魔王〟の持つ情報網を、もっと活用すべきだった。それにあの時に……」

 

 悔やむように言葉を振り絞ったのは、黒髪の少年だった。

 

 十大魔王、この世界の頂点に立つ者達。

 そんな同格の者達であっても、その力に優劣は存在する。

 

 クレイマンが魔王ミリムへの支配の呪法(デモンドミネイト)を成功させた事で、その事実を失念していた。

 

 いや正確には、試作品である〝支配の宝珠〟を〝番外魔王〟の一人コハクに使用した時に、簡単に抵抗(レジスト)された事で気付くべきだったと。

 

 結果は、ミリムの支配が成功したと思わされた事により、他の魔王達も支配出来るのではと、甘く考えてしまった事なのだ、と。

 

 

「それを言うんやったら、提案したんはワイやで。まさかこないなことになるとは思ってなかったけどな。今更言っても仕方ないわな」

 

 重苦しい空気を裂くように、ラプラスがおどけたように言い放つ。

 

「それにな、今回の件はクレイマンがアホやったんや。ワイは、油断すんなやって忠告したったのに、アイツが調子に乗って失敗しただけや!」

 

 クレイマンを(あざけ)るように言葉を続けていくラプラス。

 

 そこにフットマンが噛み付いた。

 

「ラプラス! そんな言い方はないでしょう!?」

「事実やないか。弱い癖に調子に乗るから、アイツは死んだんや!」

「ラプラスーーッ!!」

 

 怒りを爆発させ、フットマンはラプラスに殴り掛かった。

 その拳を避けずに、ラプラスは右頬にフットマンの拳を受ける。

 

 身体がグラリと揺れるも、その場に踏み止まり、鋭い眼光で睨み返すラプラス。

 

「ええで、やる気かフットマン? 相手したるわ!」

 

 飄々と不敵に笑いながら、ラプラスはフットマンを挑発していく。

 フットマンの怒りの矛先が、全て自分に向かうように。

 

 だがしかし、そんなラプラスの考えは、カザリームにはお見通しだった。

 

「止めろ、お前達! 悲しいのは皆同じだ」

 

 カザリームが一喝し、二人を黙らせる。

 

「そうだね。ラプラス、一人だけ悪役になろうとするなんて、君らしくないぜ? どうせならその役は、君達の雇い主である、僕に譲って欲しいのだけどね」

 

 カザリームの言葉に続いた少年の言葉で、フットマンにもラプラスの態度がワザとだと理解出来た。

 

「そうだったのですか――すみません、ラプラス」

「……ええて。せやけど、会長もボスも人が悪いですわ。せっかくワイが悪役になろうとしとったんを、バラさんでもええやん」

 

 軽く溜息を付き、頬をさすりつつぼやくラプラス。

 

 そんなラプラスのお陰でその場の空気が軽くなり、魔人達は気を取り直し、今後の方針を相談し始める。

 

 そこでラプラスが、西方聖教会で魔王ヴァレンタインとの戦いの事を話し、そこでクレイマンの死を聞かされたと話す。

 

 そのラプラスの言葉を疑う者は、そこにはいなかった。

 

 そしてクレイマンに預けていた拠点が落とされた事をカザリームが話し、しかも極少数の配下だけでそれを成し遂げていたと話す。

 

 それを聞いたラプラス、ティア、フットマンは驚愕の声を上げる。 

 

「なんやて!?」

「嘘っ!?」

「そんな馬鹿な! それではあの戦場で見た魔人達が、あのリムルとかいう魔人の全戦力ではないと……?  いや待てよ! 待て待て待て そう言えばあの水晶には、いやあの時、〝番外魔王〟のイカレ眷属が一人来ていたから、もしや……」

 

 フットマンが何かを思い出しように顔を上げた。

 

「そう。ラプラスが撮影した映像に、鬼人達が映っていただろう? あの一人一人が、特A級に匹敵する戦闘能力を身に付けていると思った方が良さそうだぜ? 後、カリュブディスが倒される前に、不自然にカリュブディスの身体がくの字に折れ曲がったんだ、何の前触れも無しにね。映像には何も映ってはいなかったんだけど。あの状況から考えて、これは〝番外魔王〟の眷属の仕業なんじゃないかと僕は思う。フットマンとティアの所に現れた眷属以外にも、眷属達がいたと考えた方がいいかもね」

 

 この事を聞き、フットマンは唖然として言葉を失う。

 

「――マジで?」

 

 ティアの呟きに、誰も答えなかった。 

 

「あの時点で、戦場にはリムルというスライムはいなかった。〝番外魔王〟もね。考えられるのは戦場を囮にして、本拠地を叩く作戦に出ていたという事。そして、なんらかの形で〝傭兵商会・ルヴナン〟の協力を取り付けていたとも考えられる。それに、あのスライムなら、ワタクシの自慢の防衛網を破っても不思議ではないわ。クレイマンは、〝番外魔王〟の二人を抑えられなかったみたいね」

 

 カザリームがそう告げて、その場にいる全員が、ようやく事の重大性を理解したのである。

 

 そして少年が言い始めると。

 

「だからさ、今後の方針について計画を――」

 

 コンッコンッ

 

 いきなりドアをノックする音が、部屋に響き渡る。

 その場にいる全員が、ギョッとしてドアの方へ振り向くと、そこには。

 

 

「みなさんお揃いですなぁ。ちょっとよろしおすか?」

 

 音も気配もなく、いつの間にか部屋の中にいた人物。

 

 コハクとツキハが部屋の中にいたのだ。

 

 

「……なんや? いつの間に部屋に入ってたんや、姐さん達」

「ほっ……。いつの間に」

「何なのよ、アンタらは……」

 

 警戒心も露わに、戦闘態勢を取っていくラプラスとフットマンにティア。

 

 そこへ、コハクの前に出たツキハが、左腰に差した妖刀時雨の鯉口を切った刹那――

 

「「「なっ!?」」」

 

 チンッ (つば)鳴りの軽やかな金属音が部屋に鳴り響いた。

 

 ラプラス、フットマン、ティアの髪の毛だけが斬られ、一本づつラプラス達の眼前で舞い。

 目の前には、間合いは離れていたにも関わらず、一切の表情が抜け落ち言い表し様のない殺気を放つツキハがいた。

 

 それは、明らかに殺しに来てる顔であり、そこには一欠けらの慈悲すら感じられなかった。

 

 瞬きする間もなく(つば)鳴りの音が鳴った刹那に、ツキハはラプラス達の前に一瞬で移動し、三人の髪の毛を一本づつだけ、斬っていたのだ。

 

 神速の抜刀術、噂に聞いたツキハの剣術を少年達は目の当たりにし、絶句する。

 

 ラプラス達は背筋が凍り上がるような殺気をツキハから感じ、一歩も動けずにいた。

 そう、今指一本動かそうものなら確実に自分達は、殺されると。

 

「次は、首ごと〝魔核〟もいきますえ」

 

 細く鋭利に切れ上がった眼で、静かに言うコハク。

 

 ツキハが無言で、柄に右手を添えると――

 

「わかったよ。用件を聞こう」

 

 少年がラプラス達を右手で制して、コハクの顔を真っすぐ見つめる。

 

「ええ子や」

 

 そう言うとコハクは、部屋に置かれているソファーに腰を下ろす。

 コハクの後ろにはツキハが、妖刀時雨の鯉口を切ったまま、立つ。

 

 ラプラスは理解した。いつもコハクの隣にて、気怠そうに喋るツキハはそこにいないと。

 終始無言のツキハ――そう、ラプラスの本能が最大限の警鐘を鳴らし、凄まじく危険だと告げていたのだ。

 

(なんや、あのツキハ姐さんの殺気は……マジもんにヤバイ。今この部屋の空間全てが、姐さんの抜刀範囲やないかい。それに、あの殺気はなんや? ワイらが持つ殺気とは、明らかに質が違うやないか。ワイは生まれてこの方、あんな異様な殺気を持つ者は見た事ないで……? 生まれて? ワイは、会長に……会長に……)

 

 ツキハの強烈な殺気に当てられ、ラプラスの脳裏に何か不確かな物が(よぎ)った。

 しかしそれは、すぐに泡のようにぶくぶくと消えていき、記憶の闇へと葬り去られていった。

 

 そのラプラスをチラリと見てコハクは足を組み、フッと表情を緩め、にこやかに話しだす。

 

「今日来たんは、ちょっとしたサービスなんやで? ふふふっ」

「サービスと、は?」

 

 少年が言葉短めに尋ねる。

 

「うちらな、魔国連邦(テンペスト)に住む事になったんや」

「「「「「え!?」」」」」

 

 いきなりの宣言に驚く少年とカザリーム達。

 

「それでな、傭兵商会・ルヴナンは魔王リムルと、幾つか契約を交わしたんよ。まあこれからは、魔国連邦(テンペスト)に危機が及んだら、うちらは遠慮なく戦力を投入するで、ということや。まあ、うちとツキハが戦場に立つという事やな。あんさんらも知ってますやろ? うちとツキハは、過去に小国を二つ滅ぼしてるんやで。ふふっ」

 

 淡々と話すコハクの言葉に、誰も声を発さなかった。

 

(ククククッ、まいったなぁ。〝番外魔王〟が僕らの敵に回るなんて、ほんと、想定外だよ……。未だ実態の掴めない傭兵商会・ルヴナン。ほんと呼び名の通り、幽霊みたいな組織だよ)

 

 絶望的な言葉を聞きながらも、少年の表情は段々と怒りにも似た笑みを浮かべていく。

 

「まあ、今日は喧嘩を売りに来たんやないで? むしろ、少年。あんさんに買ってもらいたいネタがあるんやけど、どないどすか?」

「ネタ? それは何ですか? 〝番外魔王〟」

「くくっ。あんさんええ顔になってますやないか。それが、本性なんどすか?」

「さあね。それより、ネタとは?」

 

 コハクは組んだ足を組みなおし、ニヤリと口端を上げると。

 

「魔王リムルな、薄々あんさんの正体に気付き始めてますえ。あんさん、今もクレイマンの策とは別に何か企んでるんやないんか?」

「さあ、ね……」

「でもな、魔王リムルにあんさんらの事尋ねられても、何も言わん事も出来ますえ。どうせあの小娘(ヒナタ)使(つこ)うて何か企んでますのやろ? しかしな、あんさんらが今後の方針を練る暇もなく潰すことも、今ここで出来るんやで」

 

 そう言った瞬間、パチンとコハクが指を鳴らすと。

 

 部屋に異常な気配が、十人分突然現れた。

 

「な、なんやこの気配は!」

「ほっ、これは!?」

「ちょ、ちょ、マジヤバいって!」

「既に、この部屋にいたとは、ね」

 

 明確に感じられる気配に、カザリーム達は周りを見渡すが、気配はビンビンに感じるのに十人の姿が見えなかった。

 

 少年は顔を右手で押さえ笑いを漏らしながら、コハクの対面にあるソファーにドカッと腰を下ろした。

 

「まいったなぁ。本当に僕らを殺す気で来たんだ。ククッ」

「少年、平和な日本という所からの〝召喚者〟にしては、ほんまにこの世界に適応してますなあ。面白いくらいに」

「そりゃどうも。褒められてるのかな?」

「せやで。正直に褒めてるんやで、少年」

「そう。で、どうするんだい、番外魔王コハク。僕もたたでは、()られないよ?」

 

 コハクと同じように足を組み、笑顔の中に殺気を漂わせていく少年。

 

 コハクは、それに氷のような微笑で返し、残像を残すような速さで九つ印を結び、パンと両の手を叩き合わせた。

 

 すると、三十枚の呪符が現れ、コハクを中心に輪を作る。

 ブーンと低いモーター音みたいな音を立てながら、三十枚の呪符が仄かに光りながら回転を始めていく。

 

「あんさんの奥の手はもう承知やで。うちらには通用せんかったのを忘れてはいませんやろ? この呪符はな、あんさんが動くより先に起爆しますえ。その威力は――イングラシア王国を、軽く半壊させる事になりますやろなぁ」

 

 少年の奥の手、ユニークスキル:『封殺能力(アンチスキル)』、これはスキルや魔法攻撃全てを無効化出来る、凶悪な能力(スキル)

 しかし、これも万能ではない。一度ツキハとコハクは少年と相対した時に、〝ある事〟でこの能力を逆に封じ、少年を叩き伏せている。

 

 後に、この『封殺能力(アンチスキル)』は、〝とある者〟によって再度敗れる事になるのであった。

 

 そして、コハクの言った事はハッタリではなく、事実だと直ぐに少年には理解出来た。

 

 何故なら、一枚一枚の呪符からは、途方もない魔力に似た何かが溢れ出ていて、その正体もわからないエネルギーに、少年とカザリーム達に戦慄が襲い来る。

 

「既に、詰んでいたのか僕達は……」

 

 覚悟を決め、カザリーム達に顏を向け精一杯の笑みを見せた。

 

 すると、カカンッ いきなり下駄の音が軽やかに響いた。

 

「ひっ!」

「ほほっ!」

 

 ティアとフットマンのすぐ近くで聞き覚えのある下駄の音が鳴る。

 すると、ズルリとした粘り付くような気配が二人の背中にべったりと張り付き、ティアとフットマンは何かに憑りつかれた様にキョロキョロと、見えない何者かの姿を探す。

 

 それを見た少年は深い溜息を一つ吐くと――

 

「わかった。買おう、そのネタという口止め料を」

「ほんに、ええ子や、少年。ふふふっ」

「遅かれ早かれバレるのなら、遅い方が僕としても都合がいいからね」

 

 少年は、コハクのネタ売買(口止め料)に応じた。

 

 パチン 再びコハクが指を鳴らすと、コハクの周りに展開して回転していた呪符が、サァーッと崩れるように霧散していった。

 

 そして、異常な気配を漂わせていた十人の見えざる者達は、一人、また一人と部屋から気配を消していった。

 

「ところでさ、番外魔王コハク。一つ聞いていいかい?」

「なんえ?」

「今ここにいた十人の気配は、貴女の眷属なのかな? それも一から十までの」

「せやで。一から十までの眷属や」

「ほんとまいったなぁ、史実通りなんてね。『真に番外魔王が動く時、それに付き従う十の眷属。一から十の番号を与えられし、死の歌を歌う魔物達』。正体も二番以外は、未だ不明の一から十の眷属。そして、その下にいる九百九十の眷属。本当に、魔王リムルより貴女達の方が、よっぽど厄介だよ」

「ふふっ。おおきに」

「それで、口止め料はいくら払えばいいのかな?」

「こんだけ頂きましょか」

 

 幾らと聞かれ、コハクは指一本を立てて見せた。

 

「高いねぇ、金貨千枚か――」

「――桁が一つ違いますえ」

「え?」

「金貨一万枚やで、少年」

 

 金貨一万枚、それを聞いた少年は苦笑いを浮かべつつ、コハクに言った。

 

「ハハッ、いくら僕でも、金貨千枚が限界だよ。一万枚は、法外過ぎやしないかい?」

「なに眠たい事いいますのや。あんさんらが、今後の方針を練る時間が出来ますのやで? 一万でも安い位や。世界征服を企むんなら、そんな器の小さい事でどうしますのや」

「なっ!? 本当に忌々しいなぁ、そこまで調べが付いていたなんてねぇ。どうやって調べたんだい?」

「手の内バラすアホがどこにいますのや。払うんか? 払わへんのんか? どっちにしますのや?」

「どんなに掻き集めても、金貨二千枚が限界だよ。番外魔王コハク」

「舐めてますんか? 少年」

「まさか、貴女達を舐めるなんて、それこそ今殺されてしまうじゃないですか。いやだなあ――」

 

 ニコニコと言い訳をする少年に、コハクが重く()し掛かるような声でゆっくりと(言葉)を吐いていく。

 

三巨頭(ケルベロス)帝国皇帝近衛騎士団(インペリアルガーディアン)。東の商人」

 

 上目遣いに少年を見て、口角をニィッと上げ薄い嗤いを浮かべるコハク。

 

「……フッ。どこまで、掴んでいるんだい?」

「さあ、どこまでやろうな。ふふっ」

 

 コハクが組んだ足の膝に置いていた両手の指を動かそうとしたら――

 

「払うよ。でも、明日まで待ってくれ。こちらも色々と準備があるんでね」

「へぇ、かましません。ほな、明日また来ますえ。ツキハ、明日の受け取り頼むで」

「あいよ」

 

 コハクはふわりと微笑み、ツキハに明日の金貨受け取りを頼み、ツキハがそれを了承する。

 少年は深く溜息を吐いた後、コハクにある疑問を投げた。

 

「番外魔王コハク。何故、味方になったスライムに対して、僕達の事を言わないんだ? それに今ここで僕達を殺しておかないと、またスライムの邪魔をするよ?」

「せやねぇ。あんさんらはええお得意さんやったから、うちのサービスみたいなもんや。もう、依頼を受ける事は出来しまへんやろ? だから、最後にお得意さんへの義理みたいなもんやな」

「義理か、また律儀なことですね、番外魔王コハク」

「ふふっ。まあ、気まぐれの義理やと(おも)てくれなはれ」

「ハハッ。気まぐれの義理が、金貨一万枚とはね」

「そら当たり前や。何事にも対価が必要なんやで、少年」

「確かに。しかし貴女は、よく人間の事がわかってるみたいだ。その着てる服は、丈を短くした小袖ですよね? もしかして貴女達は、戦国時代からの転生者なのでは?」

「うちがか? くくくっ、あははははは。うちが、転生者? あんさん戦国時代っていつの時代なんや?」

「えーと、僕のいた世界では、五、六百年前の時代だったかな?」

「五、六百年前? はあっ、時代が合いまへんで。うちとツキハはもう五千年は生きてるんやで。それにこの服は、昔にこの世界に来てた〝転移者〟が着てた物を気に入ってな。それからは、ずっと着てるんやで。うちらは魔素で服を作れますさかい。他になにかあるか?」

「いえ、ありません。確かに、時代が離れすぎていますね。失礼、変な事を聞きました(やっぱり、違ったか。五千年前は縄文時代になるからねぇ。それでも、限りなく黒に近い灰色なんだと思うんだけど。本当に、ただの魔人には見えないんだよねえ。あの二人は)」

「かましまへん。それじゃあ、そろそろお(いとま)しますえ」

 

 少年はコハクにカマをかけるも、それを笑いながら一蹴するコハク。

 海千山千を超えたコハクには、あまりにも弱いカマかけだった。

 

 訝し気な顔を向ける少年に笑顔を向けたまま、コハクはソファーから腰を上げる。

 ツキハは、鯉口を切ったままの時雨の柄頭をグッと右手の平で押して、僅かに出していた刃を鞘に納めた。

 

 コハクはドアまで来て一度少年達の方を向き、おもむろに『思考加速』百万倍でラプラスだけに『思念伝達』を飛ばした。 

 

『ラプラス。明日の午後に、ここへ一人で来なはれ。誰にも()うたらあきまへんで。あんさんに渡すもんがあるんや』

『渡すもん? 姐さん……この場所やな?』

 

 思考イメージで、来いと言われた場所の映像が送られてきた。

 

『せや。ええか、必ず一人で来るんやで』

『了解や……』

 

 ラプラスの返答を聞いたコハクは『思考加速』を解除して、ニッコリと別れの言葉を告げた。

 

「あんじょうやりや、少年。では、さいなら」

 

 コハクが先に出て、ツキハが少年達の方を向きながら最後に部屋から出て行った。 

 

 二人が出た瞬間、部屋を包んでいた威圧の空気がパアッと晴れた感覚に、少年達は一気に大きく息を吐く。

 

 ドサッとソファーの背もたれに深く体を預ける少年。

 カザリームも疲れたように壁に背をもたれかける。

 ラプラス達も安堵の息を吐き、張り詰めた警戒を解いていた。

 

 そこへ、少年が先に口を開く。

 

「僕達は、これから暫くは大人しくしておこう。クレイマンの事は残念だけど。魔王達と敵対して復讐するには、僕達の力はあまりにも足りなさ過ぎる。あの番外魔王までが、敵に回るんだ。多分、今度あの二人に出くわしたら……次はないだろうね。世界を征服するという野望を達成する為にも、今は、我慢の時だと思うんだ」

 

 少年の言葉に頷く一同。

 

「でもさ、やられっぱなしは(しゃく)だろ? 僕達は手は出さないけど、口は出せるんだぜ? 番外魔王コハクも多分それを読んで、僕達を見逃したんだと思う。邪魔をするならやってみろってね。それが去り際の言葉にあったと僕は感じたんだ。本当に何を考えてるのかわからない魔人だよ、まったく……。それに、クレイマンから全てを奪ったあのスライムには、少しくらい仕返しをしておこうと思うんだ」

 

 少年は口元をニヤリと歪め、薄い笑いを浮かべていく。

 

 こうして魔人達は、表舞台から一旦退場をする。

 

 そしてコハクは、敢えて少年達の監視を解くように、イングラシア王国に潜伏する眷属に伝えた。

 

 コハクもまた、少年達が何を企むのか楽しんでいるのだろう。

 

 戦乱の世、そう呼ぶに相応しいこの世界、様々な人の思惑が飛び交い、それに魔人や魔王達が絡んでくる。

 そんな世界に忍びであった頃の血が騒ぐ二人なのかも知れない。

 

 

 少年と中庸道化連は、深く、静かに、闇に紛れ、姿を隠す。

 それは、来るべき復讐の日に備えるかの如く、その牙を磨き、研ぎ澄ましていく。

 

 

 

 

 

 

 ――翌日の午後を少し回った頃――

 

 

 ラプラスに告げた場所は、イングラシア王国領内に連なる山脈に位置する渓谷だった。

 その渓谷の上からは小さな村が見下ろせていて、渓谷の崖の縁に大きな木がある場所。

 

 コハクは高い崖の上にある大きな木の根元から、下に見える村を眺めていた。

 

 そこへ――

 

「来たで、姐さん」

 

 ラプラスが、コハクの後ろから声を掛けやって来た。

 コハクは周囲を探るような仕草を見せ、ラプラスの前に歩き近づく。

 

「ちゃんと一人で来たんやな。カザリーム達にも、あんたのボスにも()うてまへんやろな?」

「誰にも言ってないで。ワイは、一人や」

「さよか。ほな、これを」

 

 そう言うとコハクは、ビー玉位の黒いガラス玉のような物をラプラスに手渡した。

 その黒い玉の中心では、小さな紫色に光る炎が揺らめいていた。

 

「なんやねん、これは?」

「あんさんの、大事な人や」

「大事なやて?」

 

 訝し気に、右手に持った黒い小さな玉を見つめながら崖の縁まで歩いていくと――

 

『やあ、ラプラス。私だ』

 

 いきなり『思念伝達』に似た思念が、ラプラスの頭の中に飛び込んで来た。

 

『なっ!? お前……クレイマンなんか?』

『そうだ。ラプラス、ようやく君の声が聞けたよ』

『クレイマン! お前死んだはずやなかったんか!?』

『そう、私は死んだんだ。魔王リムルに、負けてね……』

『それじゃ、何でこの玉の中からお前の声が聞こえるんや!?』

『今は、私は死んでるともいえるし、死んでないともいえる存在なんだ。期限付きだけどね』

『期限付きやと? それは、どういうこっちゃクレイマン?』

『私は、汚染された本体から切り離された、魂の欠片ともいえる存在なんだ』

『なんやて……。誰がそんなありえん芸当をやったん、や……』

 

 クレイマンからの言葉にラプラスは、わかってても自問するように呟いた。

 

『コハク様だよ、ラプラス。私の願いを聞き届けてくれたんだ』

『……なら、会長のところに、これを持っていけば復活できるんやないか、クレイマン?』

『それは、無理だ……ラプラス』

『なんでや!? 魂の欠片がここにあるんや、記憶の移し替えもできるんちゃうか?』

『ラプラス。それは無理なんだよ。私は、君に〝最後の言葉(Last word)〟を届ける為に――コハク様と取引をしたんだ』

『……何を差し出したんや?』

『残っている、私の全てだ。だから、もう私の魂は妖死族(デスマン)のそれでは、無くなっている。恐らく、全盛期のカザリーム様の力を持ってしても、私の復活は……不可能だよ。それだけ、コハク様の力は強大なんだ』

『……』

 

 クレイマンの魂の欠片、それがあればもしや会長の力でクレイマンを完全復活させる事が出来るのではと、一縷(いちる)の望みをかけたラプラスだが。

 

 その望みは、クレイマンの言葉で空しくも消え失せてしまう。

 

『……アホ、が』

 

 振り絞る様に出した言葉に、ラプラスの黒い玉を持つ右手の指がわなわなと震え、黒玉を握り締めようとするも、その手は閉じられなかった。

 

 空にかかる雲が太陽を覆い隠し、ラプラスの影が薄くなる。

 

『ラプラス。私は、君の忠告を聞くべきだった。友である君の言葉を無視した私を、許して欲しい』

 

 太陽を隠していた雲が通り過ぎ、暖かく柔らかな日差しがラプラスを照らしていく。

 

『私の親愛なる友、ラプラス――すまなかった』

 

 クレイマンが言葉を届けた瞬間、ラプラスの背後から風が通り抜けて行った。

 その風は(そば)にある大木の枝葉を揺らし、ザーッと小波のような音を奏でる。

 

『……ワイこそ、もっと(つよ)うお前を……止めるべきやった……』

 

 そっと黒玉を握り締めると、空を流れる雲を見上げていくラプラス。

 

 ピュイー 鷲に似た真っ白な羽毛を持つ、ホワイトフェザー・イーグル(白大爪鷲)が、大きな翼を広げ風に乗り、グライダーのように渓谷の間を滑空していく。 

 

 静寂の時間がラプラスとクレイマンの間に緩やかに流れて行き、風のざわめきがラプラスの耳を撫でる。

 

『なあ、クレイマン。お前は、後悔しとるんか?』

『ああ、してる。君達と二度と同じ時間は、過ごせないのだから』

『さよか……』

『フットマンは、怒っていたのだろうな』

『激怒してワイに殴り掛かりよったわ』

『フフッ。君は一人で……。ティアは泣いていたのかい?』

『ああ、お前の死を哀しんで泣いていたで』

『カザリーム様は、こんな私に失望したのだろうな』

『会長はな……最後までお前の死を、信じたくないと……言ってたんやで』

『ボスは……』

『後悔しとったで、自分の失態やて』

『そうか……私は、君達に、本当に大事に思われていたんだな』

『アホか。なに当たり前のことを言ってるんや。今も昔も、クレイマン――お前はワイらの大事な、仲間や』

 

 握りしめた右手を開き、黒玉を見つめながらラプラスは、静かに力強く言った。

 

 風に(なび)いた道化の服が、バタバタと音を立てる。

 

 

 それから、ラプラスとクレイマンは昔に合った事や、今までの事を笑い混じりに話していき、それを柔らかな眼差しで見ているコハクがいた。

 

 その空間には悪も善も無い、ただただ穏やかな時間だけが、二人の間を通り過ぎて流れて行く。

 

『正体不明の精神を操る力か……』

『そうだラプラス。その力から解放してくれたのが、コハク様だ』

『その正体不明の精神を操る力も大概やけど。ほんまあの姐さんも、大概やな。ククックククッ』

『そうだな、クククッ』

 

 声を押し殺して笑うラプラスの仮面が小刻みに震えていた。

 

 時が過ぎるのを忘れる程に話に没頭する二人。

 

 

 やがて、日が傾き始めていて、山陰に掛かる朱色に染まる夕日が、ラプラスとコハクを照らす。

 

 それは逆光となり、二人を黒く彩り、まるで影絵のように映し出していた。

 

 

『そろそろ時間だ、ラプラス』

『さよか』

 

 クレイマンが終わりの時を告げ、ラプラスは少し寂し気に返す。

 

『ここに〝喜狂の道化(クレイジーピエロ)〟クレイマンの演じた全ての演劇は……幕を閉じる。カザリーム様を、フットマンを、ティアを、ボスを……どうか、ドウカ、助けてやって、ク、レ。そして……私達の悲願成就を心から願ってい、ルヨ、ラプラス』

『当たり前や。ワイに任せとき、クレイマン』

『スマナイ。も、モウ、意識が、ゲンカイに……ラプラス。ワタシノ、と、モよ、さ、ら……バ、ダ………………』

 

 最後の言葉を言い、クレイマンの声は途絶えた。

 同時に、黒玉の中心で仄かに燃え揺れていた紫の炎が、フッと立ち消える。

 

 ザザアァッー 強い風が渓谷を走り抜けていく。

 

 その風に大木の木の葉が無数に舞い散り、乱舞するように渓谷に躍り出る。

 

 

 朱色の夕日の逆光の中、無数の木の葉は黒い影となり、渓谷の中へと舞い落ちていった。

 

 

 ――それは季節外れの雪のように

 

 (はかな)くも 〝朱に映える黒い雪〟となり 

 

 ラプラスを黒く染め上げていく――

 

 

 

 黒玉をそっと握り締めると、ラプラスはコハクの前まで歩み寄り。

 

「預かっててくれるか? 姐さん」

 

 そう言い、黒玉をコハクに差し出す。

 

 

「それは、あんさんの大事なものやろ? もうそれは抜け殻や。あんさんが持っときなはれ」

「いや……。ワイより、姐さんの方がいいような気がするんや。頼む、預かっててくれんか?」

 

 この時ラプラスは、自分より、このクレイマンの黒玉を何故かコハクに預けていた方が、良い気がしていた。

 その理由はラプラスにはわからなかったが、その方が最善だと思っていたのだ。

 

「頼むわ、姐さん」

「わかりましたえ。なら、預かりましょ。あんさんが持ちたくなったら、いつでも取りに来たらええ。それまでは、うちが大事に預かっておきますさかい」

「恩に着るで、姐さん」

 

 コハクは黒玉をラプラスから受け取ると、そのまま(たもと)に仕舞った。

 

「ほないくわ、〝番外魔王〟の姐さん」

「へぇ。あんじょう気張(きば)りなはれ、〝享楽の道化(ワンダーピエロ)〟ラプラス」

「気張れとはそれ、敵に言うセリフとは違いまっせ。ククククッ」

「せやな。ふふふっ」

 

 コハクとラプラスは顔を見合わせ、軽く笑い合う。

 

 

 そして、二人は互いに背を向けると。

 

 

「「ほな、さいなら」」

 

 別れの言葉を告げ、それぞれの帰るべき場所へ向けその場を後にする。

 

 

 後に残るは、日が完全に沈み訪れた静寂と、漆黒の闇に映る村の灯りだけ。

 

 

 

 

 

 ここに、クレイマンが起こした戦いの全幕が下りた。

 

 

 アンコール(ヴェルドラとの決闘)のカーテンも下り、〝エピローグでの口上(クレイマンの言葉)〟も終え、世界は次なる舞台の準備を始めていく。

 

 舞台を降りたクレイマンの代わりに、代役(決闘)を演じたツキハは、コハクと次なる(舞台)を探し、歩き始める。

 

 

 ツキハとコハクの異世界〝珍道中〟。

 

 

 これからどこに向かい、何を見るのか?

 

 

 新たなる(舞台)へと、二人の〝珍道中〟は続いていく。

 

 

 

 

 





 クレイマン編を読んで頂いた皆様、大感謝です!!

 いつも誤字報告有り難う御座います!
 この話でクレイマン編の終了です。

 そして、新たなる章、〝聖魔対立・ヒナタ編(仮)〟が始まります。

 それでは次回の更新もよろしくお願いします!!




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