忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件 作:にゃんころ缶
71話
再び世界は恐怖した。
〝暴風竜〟ヴェルドラの復活。
そして最悪な事に、〝暴風竜ヴェルドラ〟の下に〝番外魔王〟ツキハとコハクが、合流した事。
実際には、
それが、西方聖教会によって公表されたのである。
それに先立ってギルドが発表した、魔王達からの通達が更なる波紋を呼んでいた。
十大魔王が〝
各国の王達は、激変する情勢の対応に頭を悩ませ、小国や貴族達は傭兵商会・ルヴナンに接触する為連絡員を探すが、その連絡員が全ていつもいるべき酒場や、賭博場、暗黒街から姿を消していた。
世界は、変革の嵐が巻き起こした激動の時代を迎えたのだ。
一方、西方聖教会内部もまた、今までにない不穏な空気に包まれていた。
定時報告。これは絶対の規則であり、定時報告が途絶えたという事は、
報告を受けたヒナタは、自ら
神託によって、大聖堂の守護を命じられたのである。
〝暴風竜〟ヴェルドラの復活に伴い、〝番外魔王〟の二人が〝暴風竜〟ヴェルドラに合流した事、それが理由だった。
これは果たして、どちらにとって幸運だったのだろうか……
ヒナタは一度、三度目の番外魔王討伐に初参加して、討伐騎士団を半壊させられている。
この時は、即時撤退命令が下ったので全滅は免れていた。
もしヴェルドラ一体だけなら、ヒナタがヴェルドラの存在を知り、その上で策を
ヒナタの目的はあくまでも
その強大な力を逆に利用して、簡単に事を成し遂げたであろう。
有利なのはヒナタの方であった。
――しかしそれは、あくまでもヴェルドラ一体だけの話。
ある意味人類に取って一番厄介な番外魔王ツキハとコハクが、ヴェルドラの下に合流したという
そう、恐ろしいのは強大な一体の個ではあるが、最も警戒すべきは正体不明の戦力を隠し持っている番外魔王の組織、傭兵商会・ルヴナンなのだ。
傭兵商会・ルヴナンがこの世界に産声を上げて、三千年以上経っている。
その間に、様々な戦場に傭兵を派遣して来た傭兵商会・ルヴナンだが、その構成員の全てが謎なのである。
人間、魔物、獣人、亜人、多種多様な種族で構成される傭兵商会・ルヴナン。
その傭兵が戦場で戦うのだから、普通ならばその人員はわかるはず。
だがしかし、傭兵商会・ルヴナンの傭兵は決して契約した国の兵達とは一緒には戦わない。
人知れず、敵軍の背後を突いたり、将を暗殺したり敵地への潜入工作など、独立した遊撃隊として戦争に参加するのだ。
要人警護、護衛などは眷属が『変化』で男や女に人化して正体を隠す。
戦場に、風のように現れて風のように消えていく、一切の痕跡を残さずに暗躍する傭兵集団。
大国や小国、絶大な権力を持つ貴族達が血眼になってこの傭兵商会・ルヴナンの実態を探った。
しかし……傭兵商会・ルヴナンの実態を探るべく派遣された諜報員は、誰一人として戻ってはこなかった。
払われた犠牲は凄まじく大きく、いつしかどこの国も貴族達も傭兵商会・ルヴナンの実態を暴こうとはしなくなった。
幽霊、ルヴナン、実体は無いのに存在はする。
そうやって人々から恐れられるも、傭兵商会・ルヴナンが味方に付くと勝てるという噂が世界に広がり、今に到るのだ。
この傭兵商会・ルヴナンを率いる番外魔王ツキハとコハクが、ヴェルドラの下にいる。
これだけで不確定要素が強まり、ヒナタの勝つ確率は限りなく低くなるのであった。
最悪、聖騎士団全滅とヒナタ死亡いうシナリオも容易にあり得たのである。
ともかくとして、両者にとって最悪の事態は、
ヒナタは大聖堂へ続く道を歩いていた。
穏やかな日差しに包まれ、目を細めるヒナタ。
この国は豊かだ。
歩きながらヒナタは思う。
誰も飢える者はおらず、道端には物乞いもいない。
誰もが各々に適した職に就き、その役目を全うする。
そして、有能な者が劣った者の補佐をする。
管理された調和。
これにより国民は、皆一様に幸福な生活が保障されていたのだ。
神の名の下に与えられる、平等なる社会。
理想的とも言える管理社会。
その完成された国家が、目の前に広がる聖なる都だった。
ヒナタはすれ違う人々の表情を、何とはなしに観察していく。
皆一様に笑みを浮かべ、穏やかな表情で歩いていた。
(聖都は、今日も平和ね……)
そんな人々を見ながら、少し気になる事があった。
いや、この都にいるといつも感じていた、疑問。
ある言葉を聞いてから、それが最近強く感じる様になっていた。
それは――
番外魔王討伐の時に、番外魔王ツキハがヒナタに向けて放った言葉。
『ふーん。〝幸せな檻の番人〟が直々にあたしらを、討伐に来たんだ』
〝幸せな檻の番人〟、この言葉がどこかひっかかり、妙な違和感をヒナタに与えていた。
しかし、ヒナタにとってこの聖地は、間違いなく理想の都であった。
ヒナタの壮大なる理念。
この西側諸国ひいては全世界を、争いの無い平和な社会にする事。
それがヒナタの想い描く、未来の世界の姿。
だが、現実は残酷であり、あまりにも過酷だった。
イングラシア王国と神聖法皇国ルベリオスでは、その様相は天と地ほどの開きがあった。
この事がヒナタが抱いた妙な違和感と合わさり、毎回問いを自身に投げかける。
自由な都イングラシア、管理され調和のとれたルベリオス
正に相反する性質を持った国家であり、政治形態から主義思想に到るまで、あらゆる面で対照的なのである。
そして、その差を
大聖堂に隣接している教育施設から、子供達の声が聞こえて来る。
授業に遅れそうなのか、数名の子供達が廊下を走り建物に向かっていた。
足の速い子が足の遅い子の手を引いて、廊下を走り抜けていく。
よく見る日常でいて、何の問題もないような微笑ましい光景。
けれどヒナタは、その光景に同一ではない何かを見出していた。
(イングラシア王国では……)
ヒナタはイングラシア王国で見た光景を思い出す。
(あの時はどうだったのだろう?……)
遅刻しそうな子は門をすり抜け、足の遅い子は間に合わず教師の説教を受ける事になる。
間に合った足の速い子は、足の遅い子をからかって、自分は得意げな顔を浮かべる。
もしも、足の速い子達が足の長追い子の手を繋いで走っていたら?
間違いなく全員が間に合わず、教師に怒られる事となるだろう。
それを回避するには言うまでも無く、早く起きたらいいだけの事なんだが。
どうしても比べてしまう、本当に些細な事だからどうでもいい事であるにしても、つい考えてしまう。
(何が、違うんだろうか……? 足の速い子が優しくない? いや違う)
その子は、遅れた子をからかってはいたが、馬鹿にはしていない。
何より、遅れた子はバツの悪そうに笑っていて、教師に怒られつつも楽しげであった。
すると、ここルベリオスではどうだ?
駆けていく子供達は、皆一様に同じような表情をしている。
そう、皆穏やかな笑顔。
管理された社会に構築された、幸せなコミュニティ国家。
彼らは与えられた役割を全うするだけ。
聖都ルベリオス、この国は自分達だけで完結している。
〝争いの無い平等な社会を作り出す事〟、それこそがヒナタの生きる目的である。
しかし、それは理想論であり、現実的には不可能に近い。
ヒナタもこの世界を目の辺りにしてそう思っていた。
だが、諦めかけていたヒナタの目に映ったルベリオスの姿は、ヒナタの理想そのものだったのだ。
完全管理され社会、それは競争を生まない。
これがつまり、ヒナタの理想とした姿の実現であったのだ。
神聖法皇国の政治形態は、言ってみればコンピューター管理社会に近い。
一個の強大なオペレーティングシステム、OSによって統括されたコミュニティ。
そう、ルベリオスの市民を一個のプログラムに例えればしっくりくるかもしれない。
人間社会だと平等をうたいながらも、そこには明確な上下関係が存在し富の分配に不平等が生じる原因となり、格差は拡大していく。
そんな支配階級を生み出さない仕組みが、絶対なる〝神〟の支配である。
コンピューターという物が存在しない世界での〝神〟がOSの役割を持っていると見てもいいだろう。
建国当初から法皇庁が上位存在として君臨しているので、国民の不平等は生じないという理屈だ。
当然、他国との外交も全て
神の下の平等――詭弁ではあるが、これが千年以上は続く神聖法皇国ルベリオスの事実なのであった。
それも当然なのである。
何しろその強大なる神ルミナスの正体こそ――
魔王――ルミナス・バレンタインだったのだから。
ルミナス・バレンタイン。
絶対者にして、本物の魔王である。
そして、ヒナタが唯一敗北した相手。
〝番外魔王〟との戦いは途中撤退となった事から、ヒナタの中では敗北にカウントされてはいない。
絶対者の前では、人の価値など等しく同じである。
完全なる管理もルミナスからすれば容易く、家畜を管理しているようなもの。
だから、それ故に理想郷は実現する。
ほんの少しだけ血液を吸い取り、そこに含まれる生気を
上位の者であればそれさえも必要はなくなり、永劫の時を生きていけるのだ。
エサである人間が幸福であればあるほど、その血は格段に美味となる。
それだからこそ、他国に比べても人々の生活は豊かなものであった。
もし、大量の生気を吸い取る者がいたならば、それは大問題となる。
しかし、それはルミナスによって固く禁じられているのだ。
末端の
それこそ、西側諸国では類を見ない公平さで。
だからヒナタはルミナス教の公平さを信じ、自分の理念と正義を志して西方聖教会に入団した。
公平に民を救済する
ヒナタは、高校の入学式の時に偶然に次空間の乱れに巻き込まれてこちらの世界に来た『転移者』異世界人である。
その時に世界の言葉から告げられたユニークスキル、『
『
だがしかし、この能力にも弱点は存在し、後にそれが露見する事となる。
因みに奪えない時は、鑑定結果が『対象外』となる。
番外魔王ツキハと剣を交えた時は、鑑定結果『妨害』と出て、何も奪えなかった。
これは、『猫騙し』の妨害効果によるものだと思われる。
『
このユニークスキルにより、この世界に放り出されるように転移したヒナタは、生き延びることが出来た。
そして、師でもある
学園では同郷の少年、
そこで、シズに剣術を習うも、ユニークスキルの力もあってか、剣の腕は直ぐに師のシズを超えてしまう。
そうしてる内に考え方の違いから、シズの下からヒナタは去った。
去り際に――
『道に迷った時は、私を頼って欲しい』
そう言われたものの、頼るつもりはなかったヒナタ。
頼りたい……でもそれは、甘えだ――そうヒナタは自分に言い聞かせた。
これ以上あの人に甘えてはいけない、自分の力でこの世界を渡り歩かなければ、と。
恩師であるシズの言葉はとても嬉しかった、しかし、生来の頑なさがそれを許さなかった。
聖騎士団に入団して、ヒナタは二年で聖騎士団長にまで上り詰めた。
そして、東の商人からシズがスライムの魔物に殺されたと聞かされ、恩師の仇を取るべくイングラシア王国で、リムルを襲撃したのだ。
(自分が自分である為には……。強くなるしかないのよ)
道行く民を見ながら昔の事を思い出していて、ふと呟いていたヒナタ。
思うはあの日の事。
教会内部で地位が上がり、教会の実態を見たヒナタ。
ルベリオス法皇――その正体は、ルイという名の
この法皇ルイが魔王ロイ・ヴァレンタインの双子の兄だった事実。
魔王と結託しその権威を保つ、そのあまりにも人を馬鹿にした
激怒した。
怒りのあまり単身〝奥の院〟へと乗り込み、魔王ロイと法皇ルイの二人を粛清したヒナタ。
しかし、ここでヒナタも致命傷を受け、死を待つばかりとなった。
その時、その場に一人の美少女が現れた
『
銀髪の美少女。
青と赤の
漂う覇気は凄まじく、今まで死闘を演じていたルイやロイが赤子同然に感じられていた。
人智を超えた美貌に、上位者としての風格。
少女は『二人とも、妾を置いて死ぬことは許さぬ』そう言い放ち、死んだはずのルイとロイが少女の力の波動を浴びて復活したのだ。
圧倒的存在。
ヒナタは、それを目の辺りにして死を覚悟し、消えゆく命の灯が消えるのを待っていた。
絶望がヒナタの心を黒く染め上げていく。
その時。
『人間、
そう告げられた言葉が、ヒナタの耳に刺さる。
と同時に、少女から発せられた暖かい光が、ヒナタの命をそこに繋ぎとめた。
傷一つなく復活したヒナタに、少女が――
一週間の猶予をやるから、〝七曜の試練〟を乗り越えてみせろ。そうしたらその時こそ、本気で相手をしてやろうぞと、少女はヒナタに言った。
そして。
ヒナタは試練を見事に乗り越えた。
師事した相手の能力を『簒奪』する事で、人知を超える力を得たヒナタ。
力を得たヒナタは、身命を
が、力及ばずルミナス・バレンタインに敗れ、その軍門に
敗北を知っても尚心が折れなかったヒナタは、よりしなやかな
神の右手、万物を配する〝
神聖法皇国ルベリオス。
ここはルミナスあっての平等で公正な社会であり、もし彼女が失われたら……。
それは、秩序の崩壊を意味する事になる。
だからヒナタにとって重要なのは、ルミナスの存在である。
理想郷を維持するには、不断の努力と覚悟が必要なのだ。
だがしかし、ヒナタは
もしも、万が一ルミナスが人類の敵になるならば、ヒナタはルミナスを断罪しなければならない。
それは不可能に思えるが、ヒナタには不退転の覚悟があった。
それ故に、今日も己を鍛え続けるのだ。
そんな思いを今一度思いだしつつ歩いていると、いつの間にかヒナタは目的の場所へと辿り着いていた。
そこに待つのは、今や同士となった法皇ルイである。
ヒナタが来たのを見ると、ルイは信じ難い事をヒナタに告げる。
「昨夜、弟が死にました」
(昨夜? 大聖堂に謎の侵入者が現れ撃退した、昨夜に……?)
その日の夜ヒナタは、人と会う予定があったが、神託に命じられそれらを全てキャンセルして予定を変更していた。
そのお陰で聖地を汚さずに済んだはずだったのである。
「冗談でしょ? ロイは
「本当ですヒナタ。君が討ち漏らした侵入者が、ルミナス様より先に帰還したロイと遭遇したのでしょう」
「まさか、ね。私を見るなり逃げ回られたから、追跡は出来なかったけど……」
ヒナタの言葉にルイは、聖地の防衛がルミナス様から受けた命令であり、撃退でないと言い。
「その筆頭騎士が、私なのだけどね。でも、あの程度の相手に殺されるなんて、ロイも存外に不甲斐ないわね」
ロイの兄である法皇ルイを前にして、不敵に笑うヒナタ。
真の魔王であるルミナス・バレンタイン。
そして、腹心たる双子の兄弟、ルイとロイ。
兄ルイは、法皇として表舞台を牛耳る。
弟ロイは、魔王として裏世界を支配する。
そして魔王ルミナス・バレンタインは、神として全てを統べるのだ。
それが、ルミナス達が目指す世界。
故にルミナスは院政を敷き、〝奥の院〟へと引き篭もって、表舞台から姿を消したのだ。
そして、代理として魔王になったロイが、昨晩殺された。
ロイは決して弱い魔人ではなかった。
生まれながらにして
もちろん、種族固有能力も有しており個体数は少ないが、上位魔人と呼ばれる者の中でも頭一つ飛び抜けた戦闘能力を持つ種族なのである。
かつては、一度戦った事があるヒナタだからこそ、その実力は知っていた。
であれば、侵入者がロイより強かったのだと、ヒナタは認識した。
「でも、ルミナス様が無事であったなら、問題はないわね」
そう言いながらヒナタは、「もっとも、心配する必要はないでしょうけど、ね」と、小さく呟く。
ヒナタの言葉にルイが静かに言った。
「問題ならあるとも。今までルミナス教を信仰させる為の脅威として暴れさせていたロイが死んだ事により、我等が教義への信仰心が薄れるやも知れぬ。邪竜ヴェルドラが復活し〝番外魔王〟の二人が邪竜の下に合流したというのに、ジュラの大森林も安定しているようだしな」
「そうね……」
そう答えつつヒナタは、自分が取り逃がしてしまったスライムが原因だろうと見当をつけていた。
これに関しては、言い訳が出来ないとヒナタは考える。
完全に自分のミスであり、それを一番自覚しているのがヒナタ本人なのだから。
リムルと言う名のスライムは、完全に消滅させたはずだった。
(信じられないわね。あの状況から逃げ出せるなんてね。用心深いとは思ってはいたけど、私の想像以上だったわ)
ヒナタは、自分の手から逃げ
「邪竜に関しては知らないけど、〝番外魔王〟は、三度目の討伐の時私が失敗しているものね。出来るものなら入念な準備を持って今一度討伐に当たりたいところだけど……。今や監視と言う名の〝手出し厳禁〟指定されたから、討伐はもう無理ね。それに森が安定しているのは、あのリムルというスライムを私が逃がしてしまったからでしょうね」
「ふむ。それに関しては私も独自に調査してみたが、ファルムス王国の軍勢が壊滅させられたのは間違いなさそうだ。ヴェルドラ復活して番外魔王の二人が合流した時期から逆算しても、そのリムルというスライムの仕業だと断定できるよ。かなり厄介な相手だったようだな」
「ええ、そうね。私が遭遇した時が、
「君とあろうものが、同郷と訴えられて、手心を加えたのかね?」
「まさか。ルミナス様の目的と、あのスライムの目的は一致しないわ。彼の思想は理解できたけど、あのまま放置しておいては予定が狂うわ。だから、あの街を排除しようとしたのに……」
「ふむ……。天使が、動くか」
「ええ。今はまだいいけども、既に町から街へと発展しているわ。あの勢いで更に街を発展させると、間違いなく動くわね」
「それは困るな。こちらの準備がまだ完了していない。次の〝天魔大戦〟では、完全勝利を目指したいものだ」
「そうね。天使如き、完膚なきまで叩き潰さないと、駄目ね。その為にも、時期が早まるのは面倒だし、困るのよ」
ヒナタの言葉にルイも賛同し頷く。
その理由は不明、しかし行動原理は明確だ。
それは、発展し過ぎた文明を滅ぼす事にある。
大戦が起きれば罪無き
そうした禍根を断つ為にもヒナタは軍備を増強し、天使の軍勢の完全撃破を目論んでいたのだ。
それと同時にルミナス教の布教に努め、人類の連携を確かなものにしようと考えていた。
これこそが、ヒナタの信じる神であるルミナスの意思に沿うと信じて。
だからリムルの行いは、そんなヒナタの思惑を邪魔していた事になるのだ
それに
(知性があり、理性的で、人と分かり合える魔物達か。そんな彼等を巻き込むのは少々心苦しくはあるけれど……。魔物は敵であるというルミナス教の教えは、絶対なのよ。何よりも優先すべきは、〝天魔大戦〟での勝利なのだから)
そう考えながらヒナタは、今一度自分の心に問うていた。
最小の犠牲で済むのならば、ヒナタは迷わず実行に移すだろう。
冷徹な合理主義者、それがヒナタ・サカグチなのである。
「だが、結果的には君が失敗して良かったのかもしれない」
そんなヒナタを見ながらルイが言う。
「どういう意味なのかしら?」
「ジュラの大森林に出現した脅威、これに対して西側諸国は一丸となるだろう。懸念すべきは〝番外魔王〟二人の行動だが、傭兵商会・ルヴナンで人類に対して商いをしてる限り、良くも悪くも表立っての敵対行動はとらないと考えるよ。だから、ロイが死んだ今、西側諸国が人類共通の敵として認識してくれると思わないか?」
「……そう上手くいくかしら? そうは思えないけど」
ヒナタは答えながら、でも、と考えた。
(考えようによっては、良かったのかも知れないわね。ジュラの大森林が安定するのは望ましいし、その存在が人類との共存を望むのならば、それはそれで好都合だものね。でも、リムルというスライムがファルムスの軍勢を本当に虐殺したならば、見過ごす事の出来ない脅威なのだけれどね……)
あらゆる事を想定して思案するヒナタ。
「私に情報を持ち込んだ東の商人なんだけど、昨夜も会う約束があったのよ。ルミナス教の命令がなければ、私はここを留守にしていたわ」
「ほう? なるほど、それはそれはタイミングの良い事だな」
「ええ、良すぎるでしょう? あの東の商人達は、私を利用しようとしていたという事ね。そう考えると、リムルを始末しなかったのは、正解と言えるでしょうね――」
ヒナタは最後に、「負け惜しみだけど」と、付け加える。
しかしと、ヒナタは思う。
出る杭は打たれる。
ファルムス王国の侵攻は凌いだようだが、復活した〝暴風竜〟ヴェルドラと、それに合流した〝番外魔王〟の二人の脅威がリムルを襲うだろう。
あろう事かリムルはリムルは自らを、、魔王と名乗った。
それにより、十大魔王の怒りを買い、昨夜の
「――そうだろうとも。我等の準備が整うまでは、あの地を東に対する防波堤とする方が良いだろうね。それもこれもそのリムルとやらが、
「確かにね。果たして無事でいられるのかしら?」
「ふむ。間もなくルミナス様がお戻りになられる。そうすれば、結果は明らかになるだろうとも」
「……ロイの死をお伝えするのは憂鬱だけど」
「荒れるだろうな」
「そう、ね。私と違ってあの方はお優しいから」
「ふむ。それを言うなら、私もだな。弟が死んだというのに、まったく悲しい気持ちにならない」
そう答えたルイにヒナタは、肩を
それから二人は会話を止めて、静かにルミナスの帰還を待つ。
緩やかに時間は流れ。
そして――
「ルミナス様がお戻りである! 控えよ!!」
先触れが走り、大聖堂が
それからヒナタとルイは、予想もしない事を聞かされることになる。
――場所は奥の院へと移った――
神聖法皇国ルベリオスの中央部に
その本部敷地を抜けて真っすぐ進んだ位置に聖神殿があり、その奥に霊峰の入り口へと繋がる大聖堂がある。
更にそこを抜け山道を進むと、〝奥の院〟へと辿り着く。
そこは神聖法皇国ルベリオスにおいて、もっとも神聖不可侵な場所であった。
そこで
「――というのが、昨夜の出来事よ。あの忌々しい邪竜と邪猫が、どこまでも
あからさまに不機嫌さを
ヒナタが最初にロイの死を報告していた事が、その怒りに一層火を付けたようである。
(馬鹿な子)
そう小さく呟いただけで、感情を一切覗かせずに普段通りの尊大な態度を崩さなかった。
冷静なままに、魔王達との会談をヒナタ達に伝えていたのだが……。
ヴェルドラとツキハによって、自分の正体をバラされたと話す時に、その美貌を怒りに染め上げたのである。
一気に我慢していたものが解き放たれたかの如く、それは激しくヒナタ達を威圧した。
「ロイも、ロイじゃ!
激昂したルミナスは、ロイの慰めの言葉を聞いても怒りは収まらなかった。
「弟は幸せ者です。これだけ、ルミナス様に思ってもらえて――」
「黙れ! これでは、
「それは違います、ルミナス様!」
「黙れと言うておる!――」
これは、強いて言えば運が悪かった。
誰が悪いと言う訳でもない。そうこの場にいる者は理解している。
「申し訳ありません。私が取り逃がしたばかりに……」
ヒナタがそう口にすると。
「良い。そなたは
そう言いながらルミナスは表情を引き締め、ヒナタとルイを見据える。
「良いか。邪竜は復活し、邪猫共がそこに集うた。そして、リムルという新たな魔王が生まれた。これはもう、覆る事なき事実じゃ。その対策を考えねばならぬ」
「はい」
「心得ています」
ヒナタとルイは同時に頷いていく。
「そのヴェルドラと〝番外魔王〟を、私が始末してきましょう」
そうヒナタが提案するも。
「ヒナタよ、そなたは確かに強くなった。
そうルミナスは断言する。
「その通りだよヒナタ。あの邪竜と邪猫は、それだけ凄まじい存在なのだ。あれは、本当に
と、その言葉に、当時を知るルイも賛同する。
「それほどなのですか? 本当に番外魔王も
〝竜種〟以外に
そして、番外魔王ツキハとコハクの二人だけだった。
ヒナタは、この魔王を名乗らず、ただの魔人が
だがしかし、ルミナスとルイから聞かされた今、そう信じるに足る言葉であった。
「しかしヴェルドラは、〝勇者〟によって封印されたのでしょう?」
番外魔王はいざ知らず、ヴェルドラは人の手によって封印されたのだから、自分にも可能だとヒナタは考えた。
「良いかヒナタよ。アレは、自然エネルギーそのものじゃ。荒れ狂う暴風ならば、魔法で制御することも出来よう。だがな、あの邪竜には意思がある。剣では斬れず、魔法は通用しない。そして、ヤツが暴れて起こした衝撃波は、下手な魔法以上の破壊力を伴い地上を破壊し尽くすのじゃ」
心底忌々しそうに、ルミナスは語る。
それに頷くルイの表情は、
ルイの脳裏に過る、あの日の出来事で。
「あれは悪夢でした……。あの美しかった
「ルイよ、思い出させるでない。ヴァンパイアの知恵と技術の結晶だったあの城も、今や記憶の中にしか存在せぬのだ。無いものを願っても、栓無きことよ」
「はい……その通りですね」
そんな二人の様子を見てヒナタは、ヴェルドラと番外魔王という存在が危険な相手だと理解した。
(それでも万一の場合は――私が斬る)
二人の言葉を聞いても尚、ヒナタはそう決意する。
ルミナスが、ここまでに警戒し危険視する相手、それが〝暴風竜〟ヴェルドラであり、〝番外魔王〟ツキハにコハクなのだ。
「ヒナタよ、
ルミナスに、そうまで言われては、ヒナタは頷くしかなかった。
だがしかし、ヒナタには喉に刺さった
それは、リムルと
(リムルを魔物と断じて、会話を無視したのは失敗だったかしらね……)
そう、教義を守る意味でも対応は間違ってはいない。
しかし、その結果が今に繋がっている。
それが、東の商人の思惑だったとしたら?
ヒナタは、まんまと
(忌々しいわね。まるでこちらの思惑を読み取ったように情報を流してくるなんて。と、すると……もしや、内通者がいるのかも?)
ヒナタは、信じたくはないが、教会内部に東の商人と内通している者がいる可能性に思い至る。
だとすれば、天使に対抗すべく準備をしている事も知られていると見て間違いはない。
そこを突かれて、ヒナタにリムルを排除させようと画策したのだろうと、ヒナタは考えた。
(内通者の存在を、疑うべきね。ともかく、今はこちらの問題に注力して、内通者はゆっくりと炙り出すとしましょう)
とりあえず内通者に関しては、後回しにしたヒナタ。
「――はい。ですが……新しく魔王となったリムルに関しては――」
「放置するしかなかろうよ。幸いにも、〝神敵〟と正式に触れを出してはおらぬだろう?」
「ですが……」
「何か問題でもあるのか?」
「はい。あの街は既に発展速度が異常です。このまま発展を続ければ、天使の侵攻を速める可能性があります」
「ああ、それがあったわ。羽虫如きに
ルミナスは、天使など取るに足らぬと考えているのだろうとヒナタは理解し、その意に沿うべく了承する。
そして、もう一つ問題になるのは――
「それと、〝魔物は人類共通の敵〟というルミナス様の考え――ルミナス教の教義を、あの街の者達が根本から覆す事になりますが……」
ヒナタの問いにルミナスは、苦々しい表情を取る。
既に叩き潰す事も容易に出来ず、かと言って今の教義に正当性が無くなるのは、何としても避けたい。
千年以上も掛けて育てた民の信仰を失うのは、許容出来ない話であった。
そこでルイが「邪悪な魔王として、我等の良き共犯者になってもらうというのは?」と、進言するも。
「無理じゃな。あのリムルという新参の魔王はな、楽しく過ごせる国を作りたいそうじゃ。人間の協力が必要不可欠だから自分が守ると、
ルイの案はルミナスによって否定される。
「それにな、『それを邪魔する者は、人も魔王も聖教会も、全て等しく俺の敵だ』と、ね。せめて人と交流していなければ、ルイの言うような案も採用出来たものを……」
ルミナスは、忌々しそうに述べて、
ヒナタはルミナスの言葉を聞いて、リムルの「俺は転生者だ」と言った言葉が真実だったのだと悟った。
人の話しを聞かないという思い込みの激しさと頑なさ、そんな悪癖が自分にはあると自覚したヒナタ。
それが今回最悪の形で、ヒナタの身に降りかかったのである。
神ルミナスが魔王ヴァレンタインと同一人の存在だとは、まだ気付かれてはいない。
ならば、最悪の場合は自分が一人が犠牲になろう、そうヒナタは思った。
「それでは、今は様子見しか出来ませんね」
「うむ、そうじゃな。下手に動くでないぞ? 堂々としておれば良い。言い訳をすればする程に泥沼に
「魔王リムルに関しては、どう致しますか?」
ヒナタが思案してる間に、次々と対応が決まっていく。
「ふむ……そうよな。リムルは政治的取引に応じる相手であろうよ。それと、西側諸国は上手く誤魔化しておくが良い。それでいいな、ヒナタよ?」
ヒナタは問いかけているが、ルミナスからの返答は決断であった。
ならば、異存はないといったように頷くヒナタ。
「承知しました」
「遺恨が残りそうか?」
「……少し。以前、あの者を殺そうとしましたので」
「そうであったな。だがな、それを根に持って
それは、自らの正体を明かしてもいいという、ルミナスの意思であった。
だがしかし、ヒナタはそれを良しとしない。
「善処します」
本音を隠し通し、そう答えてルミナスの前から辞したのだった。
ヒナタが次に行動を起こし密かにテンペストへ向かうのは、これから一か月後になる。
聖魔対立、この行方は、ある者達の策謀によりヒナタは魔王リムルと再び相対する事になるのだが......。
ヒナタは元来た道を帰りながら、番外魔王ツキハが言った言葉を、今一度考える。
〝幸せな檻の番人〟ね……
確かにそうだわね 否定はしない
でもね 番外魔王ツキハ 貴女は一つだけ 間違えているわ
私が番人をしているところは――
檻ではなく 砦なのよ
〝幸せな砦の番人〟 それが聖騎士団長である 私の守るべき場所なのよ
歩きながらヒナタは、腰に下げているレイピアの柄をギュッと握りしめて――
ゆっくりとその手を緩め、空を見上げた。
流れる雲を見上げながら、差し込む日の光に目を細め、今一度魔王リムルと会うべく準備を進めていく。
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