忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。75話です


 ※原作にも出て来る〝御簾(みす)〟とは。
 簾(すだれ)の高級版で、貴人や平安時代の寝殿造りなどで、目隠しに用いた物です。

 ※作中使用の特殊フォントは、〝ライム酒様〟作成の特殊フォントを使用させて頂いています。 
 特殊フォントの反映には時間が掛かる場合がありますので、ご了承ください。








75話 法皇両翼会議 (後編

 

 

 コンコン 

 

 

 

 会議の間の扉をノックする音が、響き渡る。

 

 

 

「入りなさい」

 

 

 

 短く許可を出すヒナタ。

 

 

 部屋の外で扉を守る騎士が扉を開け入って来たのは。

 

 ヒナタの腹心ニコラウス枢機卿。

 続いて、緊張した面持ちでレイヒム大司教が入って来た。

 

 そして、もう三人。

 

 その者達にヒナタは眉を(ひそ)めることになる。

 

 予想もしない人物――〝七曜の老師〟がそこにたのだ。

 

『久しいなヒナタ』 

『息災か?』

『どうしたのだ、何を驚いている?』

 

 流石のヒナタも想定外の事に驚きを隠せなかった。

 

「……なぜ、ここにあなた方がいるのですか……」

 

 と、口をついて呟いてしまう。

 

 

 常に冷静沈着なニコラウスも動揺し、レイヒムに至っては顔面蒼白であった。

 

筆頭(ヒナタ)、その方達は誰だい?」

 

 サーレが少し訝し気な表情をとりながら、ヒナタに問うが。

 それに答えて来たのは、慌てたように口を挟んで来たニコラウスだった。

 

「サーレ! し、失礼ですよ。こちらは、〝七曜〟の御方々ですよ!!」

 

 ニコラウスの言葉を聞いたサーレは、ハッとしてそれに気付く。

 

「〝七曜〟だって? あの、伝説の?」

「ええ、その通りよ」

 

 驚くサーレの言葉にヒナタが肯定した事で、その場にいる全員が起立し礼を取る。

 

 

 ――〝七曜の老師〟と呼ばれる大賢人達。

 

 一人一人が仙人級の超越した存在。

 勇者の育成をも務めたという伝説的な人物達であった。

 

 その存在は完全に秘匿され、表に出る事はなく、伝説として御伽噺や物語で語られるのみ。

 聖騎士ですらその存在を知る者はいない。

 

 それを知る者は、ヒナタやニコラウスを含めた極少数だけ。

 

 西方聖教会の上層部の一部にしか、姿を見せない人物達なのだ。

 

 ヒナタが受けた〝七曜の試練〟とは、この者達から受けたものである。

 

 これは英雄や勇者を選別する為の試練である。

 故に、それを与える役目の〝七曜〟の重要性も、ヒナタは理解出来てはいたが。

 

 だがしかし、ヒナタはこの者達を嫌悪し嫌っていた。

 

 

 実はこの〝七曜〟達、西方聖教会の最高顧問であり、組織の監視と部下の育成の任をルミナスから与えられていた。

 

 それにも関わらず、ヒナタが着任する前は、聖騎士団など名ばかりの集団に過ぎなかったのだ。

 

 ヒナタからすればそれは怠慢であり、到底許せることではなかった。

 

(本当に今思えば、あの時に彼等から力を完全に奪い去ってやるべきだったわね)

 

 と、思う程に。

 

 

 ヒナタのユニークスキル――『簒奪者』には、二つの権能があった。

 相手の力を奪い取る『簒奪』と、学び取る『複写』である。

 

 試練を受けた時、ヒナタは彼等が伝説的な人物だと思っていた。

 だからこそ、ヒナタは『複写』によって彼等の力を学び取り、自身を高めたのだ。

 

 そんなヒナタはある意味、〝七曜の老師〟達の弟子ともいえるのだが……。

 

 それが七曜達には、気に食わなかったのだ

 

 それからは、〝七曜の老師〟達は自身を超えたヒナタを疎んじ始め、事ある毎にヒナタの邪魔をするようになっていた。

 

 西方聖教会の闇に潜み、長きに渡って西方聖教会を牛耳って来た老獪(ろうかい)な者達。

 故に、そんな彼等には、何の生産性も無い。

 

 試練を受けた時にその事を知っていれば、ヒナタは迷わず〝七曜〟を老害として、その能力(スキル)を完全に奪い去っていただろう。

 勇者や英雄を教え導くとも、自身を超える者は許さない。そんな非生産指向の者をヒナタが許すはずもない。

 

 今現在ヒナタは、彼等から学んだ力を、アルノー達隊長格に伝授して鍛え上げている。

 ヒナタの思考は、戦力の底上げ、自分の学んだ力を教え導き、強者を一人でも多く育てる事。

 それが自分の理念に(かな)うものであり、はてはルミナスの意向に沿うものだから。

 

(……ルミナス様は、きっとそれが目的で、私に〝七曜の試練〟を受けさせたのでしょうね)

 

 そう考えたヒナタは、ルミナスの慧眼を称賛する。

 

 ヒナタからみれば、〝七曜〟は次代を育てる役目を放棄して、ただただ自己保身に走ってるようにしか見えない。

 

 しかし、そんな〝七曜〟をルミナスが放置してる以上、そこに何らかの意図があると考えたヒナタは、表立って彼等に逆らう真似は慎んでいる――。

 

 

 全員が礼を解き、着席するのを待ってヒナタが。 

 

「それで、本日は何の御用なのでしょう?」

 

 と、皆を代表して言った。

 

『フフフ。そう警戒するではない』

『うむ。そこな大司教レイヒムが、魔王リムルの情報を持ち返って来たのであろう?』

『そう、我等も興味があるのだよ』

 

 頭の中に直接響く声――『思念』により〝七曜〟が答える。

 

 その答えにヒナタは、さて、と冷静に思考を始める。

 

 現在現れた〝七曜〟は三名、全員ではない。

 ヒナタの主観だが、特に自己保身が強い者と思われる者達だった。

 

 中でも今いる、火を司る〝火曜師〟アーズは、シズエ・イザワの足元にも及ばない実力しかなく、ヒナタが『簒奪者』を使うまでもなく試練をクリア出来た相手だった。 

 

 それを何故か、自分からは力が奪えなかったのだと勘違いして、常にヒナタを見下した態度を取り、ヒナタの頭を悩ませる一人であった。

 

 残る二名は、〝月曜師〟のディナと、〝金曜師〟のヴィナ。

 二人の目的は不明だが、恐らくアーズに協力しているのだろうとヒナタは推察する。

 

(厄介だわね。ルミナス様の命令で、今回は大人しく話を纏めなければいけないのに……)

 

 ヒナタはそう思いながら、一抹の不安を感じた。

 今ここで邪魔をされると、和解の道を閉ざされてしまうかも知れない、と。

 

 しかし、三名の目的が見えない今、レイヒムの話を聞く事が重要だとヒナタは考え、一度思案を止める。

 

 

 そこへ、三人に促されてレイヒムが説明を始めていく。

 

「わ、私は、愚かでした。恐ろしい、余りにも恐ろしい者を相手にしてしまった。あれは、紛れもない正真正銘の魔王です。我等の手で、新たなる魔王を誕生させてしまったのです!」

 

 あの惨劇を思い出して感情が高ぶり、レイヒムは目を血走らせて叫ぶように訴えた。

 惨劇の中誕生した魔王の一部始終を。

 

 魔王誕生の状況説明を聞くにつれ、サーレ達にも動揺が走る。

 

 余りにも桁外れな戦闘能力の高さに、驚きを禁じ得なかったのだ。

 

 ただ一人ヒナタだけは、冷静にその説明を聞いていた。

 

 何故なら、ヒナタは〝番外魔王〟ツキハの放った凄まじいエネルギーの光線を体験している。

 この事は完全に口外禁止とされ、ヒナタ以下討伐隊の生き残りにも箝口令(かんこうれい)が出され、サーレ達ですらこの事は知らされてはいなかった。

 

 唯一、聖騎士団の中で、魔王級の魔物と戦ったヒナタ。

 この討伐隊は、各国の精鋭を寄り集めた混成討伐隊で、西方聖教会からはヒナタだけが派遣されていたのだ。

 

 〝七曜〟の命により。

 

 だからヒナタは、この魔王リムルが放った攻撃を冷静に分析していく。

 

 対魔結界や大規模範囲魔法専用の防御結界は(おろ)か、聖なる結界までも意味を成さない光の攻撃。

 

「そんな魔法は、聞いた事もないよ……」

 

 説明を聞きながら、サーレが小さく呟く。

 障壁すら貫通する攻撃、あんな攻撃を前にすれば、自分達では対処できない可能性があると。

 

 しかし、ヒナタは分析した結果を予測していった。

 

 レイヒムの報告より推測した答えは――

 太陽光線を収束した攻撃であろうと。

 

 その予想を裏付けるように。

 

『ふむ。グラン様が得意とする、陽光魔法に似ておるな』

『なるほど、光を屈折させる魔法か。それならば、対魔結界で封じられるであろう?』

『あれに、そこまでの威力はないはずじゃ』

 

 〝七曜〟達が意見を述べる。

 

 〝日曜師〟グラン、〝光〟を司り、〝七曜達〟の(おさ)であり、その力の一つが太陽光の収束なのだ。

 

(馬鹿ね。魔法で陽光を屈折させたのではなく、何らかの手段で陽光を収束して反射させたのでしょうね。でなければ、容易に結界で防げるはず。多分……水と風の精霊の協力、かしら? でも、それを為すには、相当の演算能力が必要となる……。しかし、あの〝番外魔王〟ツキハの攻撃に比べたら、対処は容易いわね。あれはまるで、SFアニメに出てくるような荷電粒子砲じみたものだったしね。太陽光を利用した攻撃は、種がわかれば、光を乱反射する(チリ)を空中に散布して、後は熱を散らす防御膜を展開すれば無効化できるわね)

 

 恐るべきはヒナタの洞察力。

 レイヒムの説明だけで、リムルの太陽光を利用した攻撃の欠点に気付き、ツキハの放った光線の正体もある程度の予測を立てるヒナタであった。

 

 余談だが、ヒナタはツキハが放電していたのと、光線に物理と魔力の両方の力を感じ取って、自分がいた日本で見たアニメやSF映画などに出て来る光学兵器と照らし合わせて推測していたのだ。

 

(話を聞く限り、やはり向こうの世界の科学知識を利用しているのね。それならばこちらの世界の人間には理解できず、対処も困難でしょう。そうなると、〝番外魔王〟ツキハの攻撃もそうかなと考えるべきだけど、流石に無理があるかしら、ね。しかし、魔王リムルは魔法防御の穴を突くあたり、抜け目ない上に頭もいいようだけど……)

 

 ヒナタはそうリムルを判断した。

 

 確かに以上なまでの演算能力を有し、複数の魔法を同時に操るその力は脅威である。

 だが、本物を知るヒナタからすれば、リムルに対してそこまで恐れる必要がないように感じていたのだ。

 

 しかし、ヒナタのそんな判断は早計に過ぎなかった。

 

 レイヒムの話には、まだ続きがあったのだから。

 

「お待ちください。その正体不明の攻撃は、確かに凄まじかった。フォルゲン殿も為す術もなく殺され、ラーゼン殿も打つ手なし。万近くの騎士達が、その攻撃の前に倒れたかと思います。ですが――」

 

 そこで口を閉ざすレイヒム。

 

 額に脂汗を浮かべながら、乾きヒューヒューとなる喉にゴクリと唾を飲み込む。

 恐怖に打ち震え、声を絞り出していく。

 

「――もっとも恐ろしいのは、その後でした……。次の瞬間、戦場が静寂に包まれたのです」

 

 大怪我を負い叫び声を上げる者、重症で気絶した者、意味もなく大地を転げ回り声を上げる者、恐怖に狂い逃げ惑う者、そんな者達の狂乱に満ちた狂騒が戦場に奏でられていた。

 

 それなのに、いきなり全ての音が消えたのだと、レイヒムが言う。

 

「どういう意味?」

 

 訝し気にヒナタが問う。

 

「言葉通りです、ヒナタ様。戦場にいた二万の軍勢、その生き残った者全てが、私とラーゼン殿、エドマリス王以外、その瞬間に死んだのです。私は、それを見て理性が吹き飛び、恐怖のあまり気絶したのです……」

 

 そうレイヒムは、告白した。

 

 会議の間が静寂に包まれた。

 

 二万の軍勢をたった一体の魔物が皆殺しにした……

 その事実を前に、誰もが言葉を失う。

 

 緊張に支配された空間の中、皆が想起した伝承があった。

 

 

 たった一体で都市を滅ぼし、魔王となった者達と、魔王でもない魔人二体が、小国を滅ぼした伝承を――

 

 そしてヒナタも思い出す……ルミナスから直接聞いた話を。

 

 

 西方聖教会の前身が発足したのは、千数百年前と言われていた。

 正統な系図を辿っても、千二百年前までは記録が残っている。

 

 ヴェルドラとツキハとコハクに王国を滅ぼされ、この地に移ったのが二千年前。

 その不死性と理不尽さは論外で、まともに相手をすれば損害が大きくなるだけ。

 

 ツキハとコハクはもとより、ヴェルドラの気紛れで人類が滅ぼされては食料(エサ)に困る。

 なによりも、上質な生気は人からしか得られないからだ。

 

 ルミナス達のような超越者ならばともかく、下位の吸血鬼族(ヴァンパイア)にとっては死活問題となった。

 

 そこでルミナスは仕方なく、共存共栄の仕組みを考えて、人類の保護に動いたのであった。

 ルミナスが神と(あが)められるのも、過去に人々を救い導いた実績があるからだ。

 

 全ては、暴れ回ったヴェルドラと、それに便乗して暴れたツキハとコハクのせい。

 

 自然災害よりも性質(たち)が悪く、対応には苦慮したそうだ。

 

 故に、天災級(カタストロフ)と称され、現在では特S級と呼ばれ、人の手に余る存在とされている。

 

 

 しかし、大破壊を起こした者は他にもいた。

 

 現時点で特S級に認定されているのは、四体の〝竜種〟のみ。

 だが、それはあくまでも世間に対する表向きの話。

 

 伝承では、二体の魔王と、二体の魔人が大破壊を行ったと行ったと記録されていた。

 

 それこそが、〝暗黒皇帝〟ギィ・クリムゾンと、〝破壊の暴君(デストロイ)〟ミリム・ナーヴァの二柱(ふたり)であり、〝抜刀戦魔(ソードマスター)〟ツキハ・イザヨイと〝忍魔閃舞(ソーサリーダンサー)〟コハク・ヤミヨの二体である。

 

 世間では、ツキハとコハクは魔王ではないが、魔王から外れた魔王という認識になっていた。

 だから、〝番外魔王〟という呼称もすんなり受け入れられていたのだ。

 そう、人類からすれば魔王を名乗らずとも、それと同等という事になる。

 

 魔王は全てS級指定なのだが、この四者のように裏事情で特S級と指定される存在もいるのだ。

 

 

 ルミナス(いわ)く――〝魔王種〟は覚醒する。

 

 大破壊によって大量の人の〝魂〟を得て、想像を絶する進化をした〝魔王種〟の覚醒。

 この正しく覚醒した魔王が――〝真なる魔王〟を指す。

 

 更に覚醒には段階があり、魔王の中には〝竜種〟に匹敵する者がいるという。

 

 ギィとミリムに至っては、〝竜種〟以上だとルミナスは考えていた。

 

 そう、〝真なる魔王〟のルミナスでさえも、敵わないらしいのだから。

 

『ミリム相手ならば、出し抜く事は出来るでしょうね。戦いも、良い勝負が出来ると思うわ。でも、最後は必ず敗北するのよ』

 

 と、ルミナスは言う。

 

 ならば、ギィは?

 

『ハッ! (わらわ)では、話にならないわ。忌々しいけど、アレは別格よ』

 

 ヒナタからしても絶大な力を持つルミナスが、ギィを別格だと断言したのは、ギィの力が別次元の強さを持つのだろうとヒナタを(うなづ)かせた。

 そして、そんなギィと互角に戦ったという逸話の残るミリムもまた、ヒナタの想像が及ばぬ化け物なのだと。

 

 では、ツキハとコハクは?

 

『アレは、正直言ってわからぬ。魔王達の宴(ワルプルギス)でギィから聞いたが、あの二人も〝真なる魔王〟に覚醒していると聞かされた。確かに(わらわ)が見た感じでも、覚醒していたわ。溢れ出る妖気がそれを物語っていたわね。でもね、戦えば(わらわ)が勝つと思えたのよ。あのヴェルドラと(わらわ)の国を滅ぼした時よりは、確実に強くなっていたわ。それでも、勝てると思えたのよ……』

 

 ヒナタに話しながらルミナスはここで一旦言葉を切り、何かを思案して話を続けた。

 

『そう、何か、不気味なのよ。そう感じとれる何かが、いえ、そう感じさせられているのでは、ないかと。千年以上ぶりに見た、アレ等は、以前とは違う不気味さを持っていたわ。アレ等とは戦うな。(わらわ)の本能が、そう告げていたの、よ』

 

 そう言うとルミナスは軽く息を吐き虚空を見つめ、スッと視線をヒナタに戻すと、アレ等とは絶対に戦うなときつく言い含めたのだ。

 

 ヒナタは、ここまで警戒心を露にするルミナスを始めて見た。

 そんなルミナスが戦うなと言うのだから、ツキハとコハクもまた、何か得体の知れない強さを持つのだろうとヒナタは、今一度確信した。

 

 そんな化け物達を区分する、特S級。

 

 人類の力を結集すれば、特S級の魔物に対処可能だとしているが、それは希望的観測なのである。

 

 何故? それは人類という枠組みに勇者も含まれているからだ。

 

 しかして、勇者不在の現在、人の手には負えないというのが現実なのである。

 

 

 そして、現在の魔王達は――

 別格であり、魔王リムルも例外ではない。

 

 ルミナスの見立てでは、リムルもまた覚醒していると断言した。  

 

 語るレイヒムの言葉が、それを裏付けるには十分であった。

 

 

 ヒナタと同様、他の者も思い出していた――

 恐るべき覚醒魔王の存在を……。

 

 人々の不安を悪戯に煽らない為に(おおやけ)にはされてはいないが、確かに存在する人類の脅威、天災級(カタストロフ)の魔物。

 

 始まりの〝竜種〟は力を失い、何故か再誕する気配がなく、残る三体の内一体は最近まで封じられていたが、厄介な事に復活してしまい、最悪な事にツキハとコハクがそれに気付きヴェルドラの下に駆け付けた。

 

 そして、今話題の魔王リムルに(くみ)している。

 

 その魔王リムルは、単体で二万の軍勢を殺戮してのけた。

 

 それは、かつて行われた二名の魔王と、二名の魔人と同等の行為。

 大破壊には及ばないものの、大量の人の〝魂〟を得た可能性は高かった、いや間違いなく得たであろう。

 

 重苦しい沈黙が、会議の間を支配する。

 

 単なる〝魔王種〟と〝真なる魔王〟とでは、その存在に天と地ほどの隔たりがある。

 この場にいる者ならば、それをよく理解しているだろう。

 

 その重い沈黙を破り――

 

「そうか。やはり魔王リムルは〝覚醒〟していると見るべき、か……」

 

 静かにヒナタが呟く。

 

 その言葉は刃と化し、静寂の空間を斬り裂きながら、沈黙という鎖に縛られた者達の心を揺り動かした。

 

「その通りだろうね。どうする? ここで放置するとかなり不味いよね? 手が付けられなくなる脅威になるんじゃないかな?」

「落ち着け。魔王リムルが元人間というならば、しかも人類との共存を願っているのならば、無理に戦う必要はないはずだ」

「そうね、まずは向こうの出方を見るべきね」

「だが、二万もの騎士達を一切の躊躇(ためら)いもなく葬ったのは事実……。それは、紛れもなく脅威です。このまま魔王リムルを信じていいものか……」

 

 最後に言ったレナードの言葉こそ、この場にいる全員の本音であった。

 

 

 戦争とは、民族同士の文化の違いから始まり、領土の奪い合い、異なる宗教同士の対立、独裁国家の他国侵略など、理由は様々である。

 

 人類ですらこれなのだ。

 

 相手が魔王となると、簡単に信用するのは(おろ)か、まず歩み寄って対話からなど困難であろう。

 

 何時(いつ)でも討伐可能ならまだしも、急激な成長を見せているリムルに、聖騎士達や近衛師団の面々にとって、対処不可能になる前に勝負を挑むべきという意見はもっともである。

 

 しかし、ヒナタは揺るがない。

 

「皆、黙りなさい。神託は絶対よ」

 

 ヒナタはキッパリとそう宣言する。

 

 何を聞かされようともヒナタの意思は、変わらない。

 法皇直属近衛師団筆頭騎士にして聖騎士団長であるヒナタは、神聖法皇国ルベリオスを導く者として、模範となり毅然とした態度で聖騎士達を統率しなければならないのだ。

 

 ヒナタが意思を変えるとしたら、それはルミナスの意思に沿う場合のみだけ。

 

 だからヒナタは、迷わずに断言する。

 

 

 これで会議も終わりかと思われた、が――

 

 まるで、ヒナタの足元の影から忍び寄るように、悪意が(から)みついてくる。

 

 

『それより、レイヒムよ。他に伝言(・ ・)とかは、ないのだな?』

 

 成り行きを見守り一切口を出さなかった〝七曜〟が、会議の終わりを宣言しようとするヒナタを制止した。

 

 〝七曜〟の声を聞いたレイヒムは、思い出したように慌てて水晶球を取り出し、それを(うやうや)しくヒナタに手渡した。

 

「そ、そうでした。魔王リムルより、ヒナタ様への伝言だと、これを――」

「伝言ですって?」

 

 不審に思いつつ、それを受け取るヒナタ。

 

 その水晶球は高価な魔法道具でもあるが、誰でも使用出来る映像記録装置。

 証拠能力が手紙より上とされ、国家間の交渉にもよく使用される代物であった。

 

 ヒナタは早速それを再生してみる。

 

 映し出されたのは美しい少女、いや魔王リムルその人だった。

 

 どこか師匠でもあったシズエ・イザワを彷彿とさせる、その素顔。

 だがその素顔は、とても冷たく感情の色がまるで見受けられない。

 

 映像越しでもハッキリとわかる、溢れ出る覇気。

 

(……驚いたわね。数カ月前とは、まるで別人――)

 

 そう思い映像を凝視していると、映像の中のリムルと目が合った。

 

 これは、偶然なのだろうか……。

 

 知らずヒナタは、自分が緊張していることに気付く。

 

 同郷のどこかお人好しなリムルという印象。

 

 その印象が強過ぎたせいで、どこかで自分はリムルの事を甘く見ていてたのかも知れない――

 と、ヒナタはそう理解した。

 

 そして――

 

『相手してやるよ。俺とお前の一騎打ちでな』

 

 それを裏付けるようなメッセージが、流れた。

 

 ――魔王リムルは激怒している。邪魔だったクレイマンを始末し、次はヒナタの番だ――

 

 と、そこにいる皆が理解したのである。

 

「ど、ど、どうしますか、ヒナタ様?」

 

 ニコラウスが珍しくも動揺しながら、ヒナタに問う。

 

 そこへ、ヒナタが答えるより早く――

 

「ヒナタ様、俺に命令して下さい! 俺が隊を率いて、魔王を討ち取ってまいりましょう!」

 

 熱血漢のアルノーが勢い叫ぶ。

 

「おいおい、さっき手出し無用だと筆頭(ヒナタ)が言っただろう? しかも〝覚醒〟している可能性があるならば、余計に手出しは厳禁だよ。ここは、素直に相手の申し出を受ける方がいいと思うな」

「そうよアルノー。ヴェルドラがいて、ツキハとコハクがいる。ましてや、未だに実態が掴めない〝傭兵商会・ルヴナン〟がいるのだから、こちらに勝機はない。いえ、勝てるにしても、こちら側に甚大な損害が出る。相手が一騎打ちを申し出ている以上、ここはヒナタ様に任せる方が確かだわ」

 

 サーレに同意するのはリティス。

 

 もし、総力戦になった場合、被害の予測がつかない。恐らくその被害は、とんでもないものになるであろう。

 

 それならば、神聖法皇国ルベリオス最強騎士ヒナタが出るのは、悪い手ではないと、サーレもリティスもヒナタの勝利を信じているからこそ、そう言っていたのだ。

 

 

 ヒナタは、今の話の検討に入った。

 

 アルノーの、部隊を率いての討伐は、論外。

 国家を巻き込もむと、それこそリティスが言うように、悲惨な総力戦になってしまう。

 

 立地的に見ても、西側諸国を巻き込んだ世界大戦になる。

 そうなると、守るものが多い自分達の方が不利である上に、ルミナスの望みとも一致はしないし、それをヒナタも望まない。

 

 今の段階で厄介なのは、ヴェルドラとツキハとコハクに、〝傭兵商会・ルヴナン〟である。

 被害を最小限に抑えるという意味ならば、魔王リムルからの一騎打ちという申し出は、願ってもない話であった。

 

 だがしかし。

 

(さて……どうしたものかしらね)

 

 思案するヒナタ。

 

 今更ながら、状況が判らぬままに魔物の国へ、魔王討伐に向かわなかったのは幸運と言わざる得ない。

 ヒナタは、ルミナスの慧眼に感謝する。

 

 相手が覚醒して、〝真なる魔王〟へと進化しているのなら、兵力の数は全く意味を成さない。

 精強な兵であっても、ある一定の強さを持たないと役には立たないのだ。

 

 それは、ファルムス軍勢の生き残りが、たった三名という事実が証明している。

 

 ――いや、それは違う。

 

 リムルがファルムス軍と戦った時は、まだ覚醒の前だったはず。

 そう、ファルムス軍を滅ぼす事で、進化に必要な〝魂〟を得たから。

 

 覚醒もしていない状態で、二万の軍を滅ぼした……。

 

(化け物ね、本当に……)

 

 ヒナタは、リムルと戦った記憶を思い返してみても、そこまでの強さがあるとは思えなかった。

 しかし、それは女性である自分だから手加減したのではと、ヒナタは考える。

 

 では、何故そんな相手が、今になって自分を殺そうとするのか?

 

 そもそも、人類と共存したいと考えるリムルが、それをひっくり返すような事を何故するの、か?

 

 ヒナタの疑問は尽きない。

 

 と、なると、他に理由があると考えられる。

 

(やはり、不自然だわね。事情が変わったの? それとも……魔王に進化して、人の心を失った!?)

 

 強大な力を得たならば、人の心など簡単に壊れてしまう事がある。

 

 それが、覚醒した魔王ともなれば……。

 

(いや、それはないわね。人の心が壊れた魔王が、人の味方をするというのも変な話だわ……)

 

 ルミナスは、リムルが人類との共存共栄を宣言したと言った。

 人の心がないのならば、リムルの自分の望む国を作るという宣言に意味がなくなってしまう。

 

(だめね、情報が欠けているわ……)

 

 ヒナタは、自身の『数学者』でも正解を導き出せないほどに、隠された真実があるように思えた。

 

(そもそも、この水晶球はおかしい。記録領域は大容量のはず。でも、再生されたのは、あの一言のみ……) 

 

 ヒナタは、どう考えてもそこに、隠された意図があるように思えてならなかった。

 

 そう――

 

(何で、〝火曜師〟アーズはリムルからの伝言があるとわかったの? 何故?)

 

 レイヒムは状況説明しかしていない、にも関わらずアーズは『伝言とかなかったのか』と聞いて来た。 

 このピンポイントで伝言という単語を言ったのにヒナタは、不自然であると気付いていた。

 

 ヒナタの心に、小さな疑惑が沸き上がる。

 

 〝七曜〟への疑惑、が。

 

 しかしヒナタは、その疑惑を押し隠し表情すらも崩さない。

 冷静に、静かに、些細な事も見逃さずに、推測を重ねていく。

 

 だが残念な事に、欠けている情報が多過ぎた。

 

 いつもと同じように淡々と計算し、答えを導き出そうとしても、ヒナタは正解に辿り着く事は出来なかった。

 

 ならば、唯一カチリと〝一部分だけ固まったピースの先(一騎打ちの申し出)〟へ行くだけ。

 

 ヒナタは迷わず――

 

「やれやれね。相手から指名された以上、私自ら説明に出向くしかないようね」

 

 軽く短い溜息を洩らしつつ、ヒナタはそう結論を皆に告げた。

 

 リムルが一騎打ちを望むのなら、それもやぶさかではないが、本当に話し合う余地がないのか?

 

 会えば答えが出る――

 

(――どちらにせよ、こうなった以上は私の手で、決着を付けるしかないでしょうね)

 

 そう決断した、ヒナタだった。

 

「危険ですヒナタ様! 魔王リムルに害意がある以上、出向く必要はありません!」

 

 ニコラウスが慌てて制止するも、ヒナタの意思は変わらない。

 

「とにかく、相手の意思を確認せねば、答えは出ないでしょう? 何はともあれ、一度会って話をするべきでしょうね」

 

 ヒナタはそう言って、この話題を終わらせようとした。

 

 そこへ、待ったをかける〝七曜〟達がいた。

 

『フフフ。その決断や、(いさぎよ)し!』

『神ルミナスの御加護が、お前を守るだろう』

『魔王リムルは確かに脅威。捨ておけぬ』

『案ずるな。話し合いが不調に終わっても心配はいらぬぞ』

『お前なら倒せるであろう』

『だがヒナタよ。お前は忘れておる』

『左様。あの邪竜と邪猫の存在をな』

如何(いか)にお前とて、あの邪竜と邪猫は倒せぬ!!』

自惚(うぬぼ)れてはならぬ、ヒナタよ』

『あの邪竜にはいかなる攻撃も通用せず、邪猫を殺し切る事は叶わぬ』

『だがしかし、ヒナタよ。安心するが良い』

『お前に、コレを授けよう』

『この、竜破聖剣(ドラゴンバスター)をな』

 

 ヒナタに、一方的かつ好き勝手に言い募る〝七曜〟達。

 

(やれやれ、本当にあからさま過ぎるわね。まだ話し合いに出向くと、言っただけなのに、もうリムルと戦う事が前提になってるなんてね。フッ。貴方達の目的は、私にヴェルドラとツキハとコハクを始末させる気なのね。いえ、或いは――)

 

 〝七曜〟はルミナスが認めた、元人間であり、彼等の忠誠はルミナスに捧げられている。

 だから、ルミナスが厄介に思うヴェルドラとツキハとコハクを、始末しようとするのは理解出来るのだが……。

 

 〝七曜〟達の目的はそれだけではないと、ヒナタは気付く。

 

 そう、〝七曜の老師〟達は恐れていたのだ。

 新たな才能が見出(みいだ)され、ルミナスの寵愛(ちょうあい)が、その者に向かうのではないかと。

 

 だからこそ、後進の育成にも積極的ではない。

 それどころか、才能ある者を邪魔者として排除しようと動くのだろう。

 

(愚かな者達だわ。ルミナス様にとって、害悪でしかないと思うのだけど)

 

 それでもヒナタは、絶対に表立って動いたりはしない。

 判断を下すのはルミナスであり、勝手に動くのは(もっ)ての(ほか)だとヒナタは考えるから。

 

 だからヒナタは、平然とした顔でこう答える。

 

「謹んで、お預かり致します」

 

 〝金曜師〟ヴィナが差しだした竜破聖剣(ドラゴンバスター)を、ヒナタは両手で(うやうや)しく受け取る。

 

 

 それを見て〝七曜〟達は、満足そうに頷き。

 

『うむ。上手く事を運ぶが良い』

『もしもの場合は、その剣がお前を守るであろう』

『よいか、万が一失敗したのならば、責任はお前が取るのだぞ』

 

 そう言い残すと、〝七曜の老師〟達はその場を去った。

 

「ヒナ――」

 

 聖騎士達がヒナタに声をかけようとするも、ヒナタはそれを手で制する。

 

 「それでは、各自それぞれの役目を全うするように。これにて、会議は終了するわ」

 

 ヒナタは、御簾(みす)の向こう側にいる法皇ルイに視線を向け、会議の終了を宣言した。

 

 

 こうして、法皇両翼会議は終了したのである。

 

 

 会議の間からは全員が退室して、静けさが辺りを包んでいく……。

 

 

 すると、石壁の向こう側から、チッチッと小動物が鳴くような声が聞こえて来た。

 

 壁と壁の間の隙間の通り道に、一匹の体長十センチにも満たない小さな(ネズミ)がずっとそこにいたのだ。

 そのただの鼠はタタッと走り出し、壁を抜け石床の下の隙間に入り、地下下水道に降りていき――

 都市の外を目指し走り抜けていった。

 

 郊外に出たネズミは都市の外に広がる平原を駆け抜け、小さな森の中にある一本の木を見つけ登っていった。 

 

 その木の中間あたりの太い枝に座り、木に背を預け休んでいる青年がいた。

 

 黒髪両サイド刈り上げベリーショートの二十才位の男。

 黒毛の猫耳に、白毛の長い尻尾が、木の枝から垂れ下がっていた。

 顔は到って普通で、イケメン寄りだが目は細く、糸目である。

 

 着ている装束は、通常丈の草色の小袖の裾を捲り上げ、腰に巻いた角帯に挟み込んだスタイル。 

 穿いてる股引きは薄いグレーで、ピッタリとしたロングパンツタイプ。

 (すね)には、やはりピッタリとした黒色の脚絆を巻いていて、白の足袋にワラジ(草鞋)を履いていた。

 

 その青年は、神聖法皇国ルベリオスを外から監視している――

 

 イチオである。

 

 木に登って来た鼠は、イチオの肩に乗り、右腕を伝っていき開いた右手の平にちょこんと座った。

 

「おかえり。ご苦労様」

「チッ、ヂュッヂュッ」

 

 イチオの呼び掛けに、ネズミは一声鳴いて答える。

 

「それじゃあ、君の見て来た事聞いて来た事を、見せてもらうね」

 

 パパパッと左手だけで、印を三つ結び、言霊(コトダマ)を発す。

 

 きおくのかがみ

 (記憶ノ鏡)

 

 〝幻遁・鏡水仙〟

 

 ポワワワーッと淡い光が鼠を包み込んでいった。 

 

(ふーん……なるほどなぁ、アイツ等が動いたか。ふむふむ……なんと? ふーん……え、ええっ!? うわあぁー、何ていう物を出しやがったんだ!。コレ、竜破聖剣(ドラゴンバスター)とか、ツキハ様が聞いたら、大激オコ間違いないじゃないか……。馬鹿どもが間違ってもツキハ様のいるところで、この剣の名前を言わないのを祈るしかないね。とばっちりは御免です……)

 

「ありがとう。もう帰っていいよ」

「ヂュッヂュッ」

 

 一通り鼠の記憶を見たイチオは、自分の匂い(妖気)をつけて鼠を解放した。

 この鼠についた微かな匂いは、当分の間自分を捕食する動物から身を守ってくれるのだ。

 

 神聖法皇国ルベリオスにいる魔猫や、その他の動物にしか嗅ぎ取れない匂いは、あのルミナスでさえも感知は出来ない。

 

 何故なら、それは無害であり、匂いとして他の動物にだけ嗅ぎ取れる物に変換しているので、感知系能力(スキル)には引っ掛からない。

 

 言ってみれば何でもない、ただの匂いなのである。

 

 流石に魔王ルミナスがいる国への潜入は不可能なので、外から小動物、(おも)に鼠などを使役して神聖法皇国ルベリオスの情報を、細々と集めていた。

 

 そして、この小動物を扱う事に()けたイチオが、神聖法皇国ルベリオスの情報収集を担っていたのだ。

 

 

「さてと、もうしばらくはあの〝魔女(ヒナタ)〟も動かないだろうね。帰ってコハク様に報告しよう」

 

 そう呟き木の枝からトンと下に飛び降りると、イチオは『空間転移』で魔国連邦(テンペスト)へと、転移していった。

 

 

 これから一カ月が過ぎた後に、ヒナタは動き出す。

 

 

 




 この作品を読んで頂き有り難う御座います!

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