忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。80話です







80話  影には影を

 

 ここは、イングラシア王国とファルムス王国に挟まれた、北海に面する位置にあり、海より吹き寄せる風で、万年涼しい気候の小国シルトロッゾ。

 

 その、とある館の一室にある大きな暖炉で暖められた大部屋。

 

 ここで今、リムル達とは別に歴史を動かす事になるであろう密談が行われていた。

 

「どうだ、それ以降は」

「問題ないよ、予定通りさね。こちらの動きはバレてはいない」

「フフフ、あの魔女は頭が切れると評判だが、存外大した事はないな」

「だが、油断が出来ぬぞ。あの女の強さは間違いなく、西方最強でしょうからな。〝彼奴(きゃつ)〟を除けば」

「うむ、そうであるな。稚拙な(たくら)みなど、純然たる武力の前では無力。各々方、ゆめゆめ忘れる事のなきようお願いしますよ」

 

 集う五名の老人。

 

 その身なりは極上であり、対魔法仕様の魔宝道具がちりばめられた装飾品で身を飾る老人達。

 中には、いまだ流通量の少ない魔国連邦産の絹織物を用いた衣服を着用している者もいた。

 

 これだけでも、この老人達の財力が窺えるというもの。

 

 そして、この部屋は完全に防諜されていて、更に核撃魔法にも耐えうる作りになっていて、その上これだけの用心を重ねていて尚、この部屋には屈強なAランクの騎士が待機していたのだ。

 

 その老人達に並んで座る、一人の女。

 

 足を組んで答えていたのは、逆立つ赤毛の野性的な美女――〝荒海〟のグレンダ。

 〝三武仙〟にして、十大聖人の一人。

 

 そんな彼女の真の雇い主は、この五名の老人達なのだ。

 五大老と呼ばれる、西側諸国を牛耳る者達。

 

 その中の一人で、純白のゆったりとした衣服を着こなす老人は、獲物を狙う鷲のように鋭い眼光を放っていた。

 凄まじい威圧感を放つ老人の膝の上には、人形のようにふっくらとして愛らしく、サラサラの金髪に桜色の唇をした、まだ十才くらいの少女が座っていた。

 

 この、あまりにも場に相応しくない光景。

 

 しかし、この事には誰も触れようとはしない。それが、当然であるかの如く。

 

 

 何故なら、真ん中に座すこの老人こそ、五大老の纏め役にしてロッゾ一族の首領――

 グランベル・ロッゾ、その人であった。

 

 ロッゾ一族――

 

 西側諸国に根を張る支配者の一族であり、シルトロッゾ王国の王族でもある。

 

 そして何を隠そう、西方諸国評議会創立には、彼等一族の尽力があった。

 ファルムス王国やイングラシア王国のような大国には、彼等一族が紛れ込んでいたのだ。

 

 西方評議会は各国から評議員が選出されている。

 だがしかし、それは建前であり、実際は彼等一族の息がかかった者が大半を占めていた。

 故に、その発言力は大国をも凌いでいたのだ。

 

 ユウキ・カグラザカが立ち上げた自由組合に資金提供をしているのも、ロッゾ一族である。

 

 事実上、西側諸国を支配しているの支配者ともいえる老人達。

 

 その首領がグランベルであり、彼に異を唱える者は存在しない。

 

 シルトロッゾ王国、この国に魔猫は生息していなかった。

 寒さを嫌う魔猫達は、この土地を遥か昔に去っていた。

 だから、ルヴナンの情報網には引っ掛からずにいたのだ。

 

 過去に眷属がシルトロッゾ王国に潜入していたが、各所に設けられた対魔物用結界と、〝とある集団〟との戦闘が相継いだ為、コハクが『儲けにならんから潜入調査は打ち切りや』と、シルトロッゾから手を引いていた。

 

 しかしこれはブラフで、コハクは人間を使った潜入調査に切り替えていて、ルヴナンに雇われた情報屋がシルトロッゾ王国に市民として潜入し、ある〝行商隊〟が国を訪れた時にだけ情報の受け渡しをしていたのだ。 

 

 しかし、魔猫がいないので集まる情報は微々たるものであったが、『チリ積でいいんやで』と、コハクの弁であった。

 

 暖かい暖炉の明かりに照らされながら、グランベルが重々しく口を開く。

 

「問題が無ければ、それで良い。しかしダムラダ殿、流石に貴殿達の偽情報は見抜かれたようじゃのう」

 

 薄く笑いを浮かべ、それを指摘する。

 

 グレンダから、法皇両翼会議においてヒナタが利用されていた事に気付いたと、そう報告を受けていたからのグランベルの言動であった。

 

 このダムラダという男。

 

 黒ずくめの衣装に、帽子傘により顔を隠し、高級感漂う衣装。

 それは西側ではみない服装であり、どこか異国風であった

 

 それそのはず、ダムラダ一行は西側諸国の人間ではなかったのだ。

 

「フフッ、問題はありませんよ。ヒナタ・サカグチからの信用は失いましたが、代わりに得るものもありましたから。グランベル(おう)、それは、貴方からの信用ですよ」

「フンッ、笑止。〝東〟の目的は、西に混乱を起こし武器を売る事であろうが。それによって我等が紛争によって疲弊するのを待ち、帝国を動かすのであろう? それを信用などと、笑わせる」

「これはこれは。全部お見通しとは、恐れ入りますグランベル翁」

「不定はせぬか?」

「しても意味はないでしょう? グランベル翁」

「フッ、抜かしよるわ。まあ、いい。それで、本題だが」

「はい」

「ヒナタを排除するという目的は一致する。後は、ルヴナンに対する対応だが、それで間違いないな?」

「勿論です。帝国が西側に進出する最大の障害は、言うまでもなく〝暴風竜〟ヴェルドラと、それに付き纏う〝番外魔王〟の二人でした。ですが今、()の邪竜は、魔王リムルに懐柔されたという。嘘か本当かわかりませんが、交渉可能になったと考えても宜しいかと。ならば、手の打ちようはある。ヴェルドラが交渉可能ならば、〝番外魔王〟の二人も邪竜に従うでしょうから、ルヴナンの脅威は取り除けるでしょう。次の問題としては、西方聖教会が脅威ですな。この組織があるせいで、各国は一つに纏まってしまう。そうなると、如何に帝国が強大でも、西側を落とすのは困難というもの……」

「ほう? 我等は眼中にないと言うか?」

「いえいえ、とんでもない。五大老の皆様方は、利に聡い方々では? 帝国が西側を支配した暁には、そのまま協力して裏から経済を支配しようではありませんか」

「協力じゃと? 我等に帝国と手を結べと? 笑わせるな」

「フフフ、ですが帝国は強大ですよ? 時間は掛かりますが、不可能ではない。それでも、私共と、敵対致しますか?」

「やれやれ、武器商人風情が、グランベル様に対して無礼ではないかい?」

 

 いきなり激昂の声を上げたのは、グランベルではなく、グレンダだった。

 

 懐に忍ばせた異界の武器――ワルサーP99を模した自動拳銃を取り出し、ダムラダに突きつける。

 

 しかし、ダムラダに慌てた様子は見れなかった。

 そう、その武器の恐ろしさを知らないではなく、知ってるが故に慌てないのである。

 

「フフフ、拳銃、それは自動拳銃ですか。西側でも流通してるとは驚きです」

 

 大して驚きもせずに、普通に言い放つダムラダ。

 

「へえ、こいつを知っているとはねぇ。それなのに、えらく余裕じゃないかい?」

「当たり前ですよ、フフッ。〝異世界人〟が西側にしかいないとでも思っているのですか? 我等は武器商人ですよ。あらゆる武器に通じているのが道理というもの。そして我が帝国では、貴女の持つ拳銃は形は違えど、量産に成功しているありふれた武器に過ぎませんよ。いいですか? ありふれた、武器の、一つです」

 

 平然と答えるダムラダ。

 

 これには五大老も驚愕して口々に、「これを、量産じゃと!?」、「東の帝国、侮れぬ」、「魔物には通じぬかもだが、人には無双の武器じゃぞ……」と、驚きの声を上げる。

 

 そんな五大老を見ながらダムラダは、指をパチンと鳴らす。

 

「なにっ!?」 

 

 ダムラダが指を鳴らした瞬間に、グレンダの首筋にクナイが付き付けられていた。

 

 それは――仮面を被った女だった。

 

 身に付けている装束は、膝丈迄の白い小袖に腕には黒い手甲を付け、脚の(すね)にも黒いピッタリとした脚絆(きゃはん)を巻いていた。

 

 身長は百六十二くらいで、肩より長めの綺麗な銀髪の、〝へのへのもへじ〟が描かれた仮面を被る女。

 

「その引き金に指をかけた瞬間、首を飛ばします」

 

 淡々と冷徹にグレンダに告げる、仮面の女。

 

「な、なに……」

 

 引き金にかけた指を、ゆっくりと離すグレンダ。

 

 

 グレンダ・アトリー。

 貴族でもないのに姓を持つ者。

 

 ロッゾ一族により召喚され秘匿された〝異世界人〟。

 

 とある国の外人部隊で戦闘技術を叩き込まれた、元傭兵。

 世界を渡った事で、その技術は人智を超えるものとなった。

 

 ユニークスキル『狙撃者(ネラウモノ)』を有し、あらゆる銃器を使いこなし、更にはCQC(クローズ・クォーターズ・コンバット)という近接戦闘術にも秀でており、ナイフによる暗殺も超一流であった。

 

 グランベルに召喚された時、魂にグランベルへの忠誠を刻み込まれた、美しき雌豹(めひょう)グレンダ。

 

 そのグレンダが、得も知れぬ恐怖を感じた仮面の女。

 

(ヤバイね、こいつは。アタイが、恐怖を感じるなんて……)

 

「グレンダ。よい、下がれ」

「グランベル様。宜しいので?」

「よい、控えよグレンダ。目的は一緒なのだ。だから、今は敵対する時ではない」

 

 グレンダが突きつけた銃を下げると、仮面の女もクナイを懐に仕舞い、ダムラダの後ろへと下がっていった。

 

「フッ、気配を消し潜み隠れていたか。『空間操作』系の魔法、いや能力(スキル)持ちであろうな。影を潜ませていたか」

「いえいえ、我等武器商人は敵が多い故の備えですよ、グランベル翁」

「しかし、護衛というには少し危険すぎではないか、その女?」

「影ですよ、この者は。〝影には、影〟を、そういう事です、グランベル翁」

「フッ、利に聡いとはよく言ったものだ。確かに、貴殿の言う通り、今は協力した方が得策であろうな」

 

 グランベルは言いながら、ダムラダの発言を吟味する。

 

 ダムラダは嘘は吐かない、しかし厳密に言えば、真実を織り交ぜながら解釈の違いを引き起こさせ、人が勝手に誤解させるような言動を取って来る。

 

 それを踏まえて、一つ一つの言葉を吟味すれば、そこに混ぜられた悪意を見抜くことが出来る。

 

 ならば今回の事は、ダムラダからの警告である。

 帝国と敵対するよりは、手を組む方が得策だ、と。

 

「フフッ。そうですね、いずれは敵対するでしょうが、今は同士ですからね、グランベル翁」

「その通りだな、ダムラダ殿。我等は、ファルムスとイングラシアの天秤を傾ける事を、是とはしない。勢力を一定に保つ、これでバランスを取っているのだ。魔王リムルの目的が何であれ、彼の地を魔王に奪われるのは困るのだ」

「ええ、理解しておりますとも。何より、ドワーフ王国からファルムス王国までの販路を奪われたのは面白くない。良き取引相手だった魔王クレイマン様も、今は亡き者に。魔王リムルには恨みが御座いますので、協力させて頂きますとも。ですので――」

「ヒナタの件だな? それはもう手筈は済んでおる。アヤツは既に術中に嵌った。後は、魔王リムルを挑発して、ヒナタを始末させるだけじゃな」

「ああ、間違いないさね。ヒナタは魔王リムルの伝言により、一人で魔国に向かう事に決めた。後は魔王リムルを刺激して、その怒りをヒナタに向けさせるだけさ」

「頼もしい限りですね。一つお聞きしても宜しいですか?」

「何だ?」

「何故、ヒナタ・サカグチを排除しようとするのですか? グランベル翁の立場なら、あの聖人を利用した方が得策でしょう? と、私共は考えるのですが……」

 

 ダムラダは何気に発言しながらも、グランベルの真意を探ろうとする。

 

 だが、グランベルは全く動じずに、その言葉を一笑に付す。

 

「フッ、至極簡単な事じゃよ。あの女は、強すぎる。西側最強の騎士の名は、伊達ではない。それ故に、魔人ラーゼンや、自由組合のユウキ・カグラザカ、そして閃光のマサユキなど、こうした英雄達共比べても、その強さは際立っておる。貴殿もそう感じたからこそ我等を利用しようと、考えたのであろう、ダムラダ殿?」

「フフッ、フフフ、いやはや全く持って恐ろしい御方だ。手に負えぬ制御不可能な駒は排除、そういう事ですか。まさに理に適っていますな」

 

 お互いに頷き合うグランベルとダムラダ。

 

 そしてそのまま、お互いの役割分担を話し合っていく。

 

 ダムラダは、現在ファルムス王国で暗躍している悪魔の排除を約束した。

 

 グランベルはグレンダに、ファルムス王国周辺の神殿騎士団を動員させるように命じる。

 そして新王エドワルドに協力して、魔王リムルが援助するエドマリス派を追い込み、瓦解させる事を約束する。

 

 更に、ヒナタが魔王リムル討伐に向かったと噂を流し、動きを封じる作戦。

 

 これにより、ヒナタを警戒して、魔王リムル側に援助を出す余裕はなくなるだろうと。

 後は、暗躍している大物の悪魔を始末すれば、英雄ヨウム一味だけなら、容易に始末出来るだろうと考えた。

 

 そして、邪魔者であるヒナタは、魔王リムルに始末されるだろうと。

 

 だがしかし、グランベルには、どうしても払拭しきれない懸念があった。

 

 それは――

 

 傭兵商会・ルヴナンの動きが全く見えて来ない事だった。

 

 グランベルは、傭兵商会ル・ヴナンの支店が魔国に出来たと聞き付けるや、ルヴナンを攪乱させる為、自分の息の掛かった貴族達をルヴナン支店へと放った。

 

 引っ切り無しにルヴナン支店へとへ訪れる貴族や密偵に使者達などで溢れるルヴナン支店、その目論見は半ば成功したとグランベル自身も感じていた。

 

 事実、ルヴナンは新しい契約を受け付けながら日々対応に追われ、ここ最近は目だった動きを見せてはいなかったからだ。

 

「ところで、ダムラダ殿。貴殿はルヴナンの動きは掴んでおるかね?」

 

 唐突に尋ねるグランベル。

 

 それにダムラダは――

 

「いえ、当たり障りのない程度の情報しか掴んでいませんよ。昔から取引のある幾つかの小国との国境警備の契約を更新したとか、そんな程度ですよ。グランベル翁」

 

 大した情報は無いですよというように、つらつらと答えるダムラダ。

 

「ふむ、そうか。しかし、貴殿の護衛の装束は、〝番外魔王〟の装束とよく似ているのは、偶然か?」

「確かによく似ていますね。でも、〝異世界人〟ならこういった事もありますでしょう。私としては、向こうが〝異世界人〟の装束を真似ていると思いますね」

 

 グランベルから仮面の女の素性を暗に問われるも、さらりとそれを躱すダムラダ。

 

「ふむ、その線もあるな。失礼した、ダムラダ殿」

「いえ、お気になさらずに、グランベル翁」

 

 仮面の女から只ならぬ雰囲気を感じ取っていたグランベルだが、(やぶ)を突いて蛇が出るのを良しとせず、それ以上の追及を止める。

 

 仮面の女がグレンダより格上の存在だと気付いていたグランベルは、今この場でもっとも警戒すべき者だと、改めて認識した。

 

(フッ、あの仮面の女からは、〝番外魔王〟の二人と同じ匂いがするわい。ワシの勘がそう言うておる。ここは、覚えておくとしよう。相まみえる事が無ければ良いがな)

 

 グランベルは若き頃に一度、〝番外魔王〟の二人をとある国で見た事があった。

 その時に感じた雰囲気が、仮面の女と同じ匂いを発していたと、グランベルは思い出したのだ。

 

 そして最終確認の為の話を切り出していく、グランベル。

 

「最後に、魔王リムルに関してだが。あの魔王は、他の魔王とは何かが違う。いずれは始末せねばならぬ危険分子だが、今、殺すのはまずい。何しろ、あのヴェルドラを懐柔しておる故な。だが、手は打ってある」

「フフフ、そうですか。では、魔王リムルの事はお任せしましょう」

「ああ、任せておれ。それよりも、貴殿こそ悪魔の始末をしくじるではないぞ」

「はい、言われるまでもなきこと。私共〝東〟には、西方聖教会以上の対悪魔の専門組織が御座います。御心配はありませんとも」

「ふむ、ならば良い」

「それでは、グランベル翁。私共はこれにて――」

 

 グランベルが頷くと、ダムラダは一礼をして部屋から去っていき、その後に仮面の女がグレンダとグランベルの方を見ながら、スーッと影が消える様に姿を消し部屋から出ると、カチャリと扉を閉めた。

 

 その場に残ったのは、ロッゾ一族とその護衛のみ。

 

 身内だけになった途端グレンダが、盛大に声を荒げる。

 

「なんだい、あのクソ陰湿な商人と仮面の女は! アタイ達に舐めた態度を取って、忌々しいったらないね!」

 

 毒づくグレンダ。

 

 そのグレンダを悠然と諭しながら、冷たく鋭い目で扉を一瞥するグランベル。

 

「フッ、まあ、そう言うなグレンダ。あれでも、あの者達は最大の敬意を払っていたのだよ」

「ですが……」

「グレンダ、お前はあの者達の正体を知らぬのだ。裏の顔、武器商人とは気付いておっただろう。それを、利用価値があるからこそ、見逃しておったのだろうが。はてさて、奴らの真の姿を知ったのなら、間違いなくその存在を許しはしなかったであろうな」

「真の姿、ですかい?」

「そうだ。アヤツらこそ、秘密結社〝三巨頭(ケルベロス)〟じゃよ。あのダムラダこそ、そのボスの一人――金のダムラダなのだよ。そして、あの仮面の女、長らく噂でしか語られなかった、〝東〟の影であり、影より深い闇に潜む者なのだ。ここに来て姿を見せたのは、何か意味があるのだろうな。あのファルムス王国軍との戦いの最中、結界を張った神殿騎士団がいる所に現れたとの噂があったのだが、誠であったか」

 

 グランベルの発言に頷く五大老。

 

 五大老が揃う程なのだから、当然その正体も知っていたのだ。

 

 グレンダもそれでようやく納得をする。

 

「へえ、アタイも聞いた事があるよ。〝東〟の裏社会を支配する巨大組織、〝三巨頭(ケルベロス)〟の噂はね。あのルヴナンですら、全容を掴んで無いらしいじゃないかい。確かに、敵対するのはまずい相手さね。そのお手並み拝見させてもらおうじゃないか」

 

 ククッと楽し気に笑いながらグレンダは言った。

 

 グランベルは膝に座る少女の金髪を撫でながら、(よこしま)な笑みを浮かべグレンダの言葉に頷く。

 

「フッフッフッ、そう簡単にはいかぬであろうよ。何しろダムラダ達が相手にする悪魔は、単なる上位魔将(アークデーモン)ではないのだからな」

 

 殊の外愉快そうに笑うグランベル。

 

 ロッゾ一族の調査によるとその悪魔は、魔人ラーゼンすらも問題としない強さだったと。

 ダムラダ達の実力を試す良い機会ではあるが、グランベルはここでダムラダ達が敗北した時の事も検討する必要があると考えた。

 

「ふむ、そうだな。念の為に、残る二人の〝三武仙〟も巻き込んだ方がよかろうな」

「そうじゃな。念には念をじゃな」

「魔王リムルの手駒を削ぐのも重要じゃ。危険極まりない魔王は、ここで消すべきじゃろうて。ルヴナンが介入してくる前にな」

「ルヴナンには警戒しつつ、連合軍の勝利を不動のものとするのじゃ」

 

 グランベルの言葉に続く五大老。

 グレンダもそれに大きく頷く。

 

「しかし、その悪魔も大きな事は出来まい。衆目の前でその力を誇示すれば、各国の者達への口封じも容易ではあるまい。むしろ、危険であればある程に、その恐怖を目の当たりにした者達が討伐を叫ぶであろう。ならばグレンダよ、お前の役目はわかっておるな? 〝三巨頭(ケルベロス)〟を利用して、悪魔の動きを封じよ」

「ああ、このグレンダ・アトリーに任せな。その仕事、確かに請け負った」

 

 不敵に笑い答えるグレンダ。

 

 ダムラダ達が悪魔を始末できれば良し、万が一失敗しても、連合軍で包囲している以上、悪魔には何も出来ないだろと、考える。

 

 とにかく、悪魔の動きさえ封じれば作戦は成功なのだ。

 

 英雄ヨウム一味だけでは、新王率いるファルムス連合軍には、到底太刀打ち出来ないだろうと。

 

 そして念には念を、残る〝三武仙〟のサーレとグレゴリーも悪魔の始末に参加せる。

 

「それでは、サーレとグレゴリーを動かすように〝血影狂乱(ブラッドシャドウ)〟を動かして工作しておこう。グレンダよ、上手く話しを合わせるのだぞ」 

 

 〝血影狂乱(ブラッドシャドウ)〟、ロッゾ一族の〝影〟である。

 

 その構成員は皆、高い戦闘能力を有し、どんな仕事でも(いと)わぬイカレタ集団。

 

 グレンダの古巣であり、召喚された〝異世界人〟も多く在籍している。

 

 魂に刻まれた契約で縛られ、その忠誠をロッゾ一族に捧げた戦闘集団。

 

 

 グレンダはそれを聞くと、静かに頷き――

 

「アイツらを動かすんだね。ヤスケ(八助)も出すのかい?」

「今回は〝彼奴(きゃつ)〟も出す。ヒナタにぶつけるのも一興かもしれぬが、番外魔王ツキハにぶつけるのも面白かろうて」

「そうかい。あの人斬りを出すなら、アタイも用心しないとね」

「案ずるなグレンダ。お前達には手を出さぬよう、きつく言い含めておく」

「わかったさ。全てはロッゾ一族の為に。そして、アタイの自由の為に」

「うむ。では、いけ」

 

 グランベルの命を受け、意気揚々と部屋を出るグレンダ。

 

 

 パチッパチッ、暖炉の薪が()ぜ、火の粉を舞わせながら乾いた音を部屋に響かせ、暖炉の淡い明かりが、グランベルと膝に抱かれた少女を映しだす。

 

 

「これで良いな、マリアベル?」

「ええ、ええ。良くてよ、お爺様。この布陣なら、両者身動きが取れないでしょう。魔王リムルは、聖人ヒナタに手こずり、その隙に、ファルムスの内乱を西側諸国の介入によって鎮圧。新王エドワルドの名の下に。そしてエドワルドは、お爺様に頭が上がらなくなるの。ルヴナンの表立った動きが無い今が、好機なのよ」

「そうだね、その通りだマリアベル。我等ロッゾ一族が支配する箱庭に、何人たりとも介入は許さん!!  あのルヴナンでさえもな!!」

 

 ロッゾ一族。  

 

 それは、この世界を支配を目論む者達。

 

「世界は、ロッゾ一族の為に!」

「「「「世界は、ロッゾ一族の為に!!」」」」

 

 その野望は、西方諸国評議会という隠れ蓑の中で、静かに、そして着実に大きくなっていく……。

 

 

 

 

 一方、グランベルの屋敷を出たダムラダ。

 

「ダムラダ殿、私はこれで失礼しますよ」

「ああ、すまなかったな、急遽護衛など依頼して」

「いいえ、これもお役目の一つ。でも、ダムラダ殿に護衛など不必要だったのでは?」

「フフフ、これもパフォーマンスの一つだよ」

「パフォーマンス、ね」

「それで、行くのか、あそこへ?」

「いえ、少し覗きに行くだけです。番外魔王に手を出すなとの言い付けは、守りますよ」

「うむ。くれぐれも自重してくれ。まだ、時は来てはいないからな」

「はい、番外魔王の二人を殺す事が私の使命。そのお許しが出るまでは、この悶々とした気持ちを抑え付けながら待つと致しましょう。それでは――」

 

 仮面の女が五つ印を一瞬で結ぶと、仮面の女の周りに風が渦巻いていく。

 

 やがて渦巻くその風に木の葉が舞い始め、風がいきなりピタリと止むと、無数の木の葉がその場に舞い散り、仮面の女の姿はそこにはなかった。

 

 それを見届けたダムラダ達も、シルトロッゾ王国を後にする。

 

 

 

 

 

 マリアベルを自室に戻したグランベルは、屋敷の地下室へと降りていた。

 

 

 カツン カツン カツン

 

 地下へ降りる靴音が狭い通路に響いていた。

 

 

 グランベルは封印された扉に手を当て、封印を解除する。

 

 闇に包まれたそこは比較的大きめの部屋で、魔法ランプの灯りは消されていて、一本の蝋燭(ろうそく)を立てたスタンドが男の前と左右に置いてあり、ほんのり淡く照らされるその中心に一人の男が正座していた。

 

 部屋に入ったグランベルが、男の背後から名を呼ぶ。

 

「ヤスケ、お前の動く時が来た」

 

 名を呼ばれた男は目を閉じたまま、返事もせず微動だにしなかった。

 

 その男は長い黒髪を、前髪ごと後ろに撫でつけて、髪を高い位置で()った総髪だった。

 俗に言うポニーテールと同じようなものである。

 肌はどこか青白く、不健康に見え不気味な印象を見る者に与えていた。

 

 年齢は三十前後に見え、顔は優男風に見えるが、殺気に満ちた切れ長の目を閉じた姿は、正に人斬りと呼ぶに相応しいものであった。

 

 

 着ている装束は、灰色の小袖に紺色の(はかま)、足には白い足袋を履き草鞋を履いていた。

 

 そして腰には、二本の刀が差してあった。一本は打刀、もう一本は脇差である。

 

 おもむろに静かに立つヤスケ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 スッと右足を前に出し、左手で鯉口を切り鞘ごと帯から三分の一程前に出す。 

 そこで柄に右手を添え――

 

 剣閃が走る。

 

 左から右横まで振り抜かれた刃。

 

 神速の抜刀術、男が柄に右手を掛けた刹那には、刃は右横に振り抜かれていたのだ。

 しかも、その切っ先には、斬られ燃え揺れる蝋燭の芯の先だけが三つ乗っていた。

 

 ヤスケはそのまま切っ先を、後ろにいるグランベルの方へ向ける。

 

 ポウッと淡く照らし出されたグランベルの顔は、どこか嬉しそうに(ひず)められていた。

 

 ヒュンと刃を右下に振り、蝋燭の芯を落とした刃を鞘に納めるヤスケ。

 闇に包まれた部屋に、ヤスケの声が響く。

 

「拙者に出番とな? また、数多の死人が出るぞ。良いのか、グランベル殿?」

 

 ヤスケは召喚時に魂の制約を掛けられたが、その屈強な精神力と魂の力でその効力を半分までにしか発揮させなかった。

 

 その時に居合わせた〝血影狂乱(ブラッドシャドウ)〟の手練れ五人をあっという間に斬り殺し、最後にグランベルに斬りかかるも、半分残った制約により、グランベルを斬る事が出来なかったのだ。

 

 百五十年前に幕末の日本から召喚された、人斬り――ヤスケ・テラウチ(八助 寺内)

 

 出自不明でありながら真元(しんげん)一刀流という流派の使い手であり、薩摩藩や土佐藩の刺客として京で恐れられていた。

 

 一節では、毛利藩の出自と言われていたりもする。

 

 幾人もの新選組の隊士を惨殺し、新選組からは、八助を見たら逃げろとまで言わしめていた程の豪剣使いである。

 

 そしてある夜に、新選組の隊士三十人と斬り合いになり、その中にいた土方と凄まじい斬り合いの中、あわや最後となった時にグランベルに召喚されたのだ。

 

 制約が半分しか効かないヤスケは、グランベルに様は付けない。

 しかし、半分の効力の為に殿を付け、グランベルに付き従っている。

 

 人を斬る、ただそれだけに喜びを見出し、数多の血を浴びながら己の剣だけを磨く事にしか、興味を示さない、人を斬り過ぎた故の狂人―― 

 それが、ヤスケ・テラウチなのだ。

 

 この世界はヤスケに取って、楽園のような世界であった。

 能力(スキル)――この力によって一対多数の不利など簡単に覆すことが出来、極めれば千の兵とも互角以上に渡り合えるのだから。

 

 五大老はこの危険な狂人を始末せよとグランベルに訴えるも、ヤスケの(たぐい)まれなる剣の腕にほれ込んだグランベルは、そのままヤスケを〝血影狂乱(ブラッドシャドウ)〟の一員として迎えたのである。

 

 〝血影狂乱(ブラッドシャドウ)〟の刺客、ヤスケ。

 一度剣を抜けば、血の雨が降り、屍の山を築く人斬り。

 

「構わん。ヒナタと斬り合うも良し。兼ねてからの望み通り、番外魔王ツキハと斬り合っても構わぬぞ。但し、グレンダには手を出すな、良いな」

「ほう、あの赤毛の西洋人はまだ生きていたのか。それよりも、はぁー……、やっと、あの番外魔王ツキハと斬り合える。ククククッ。聖人ヒナタか、まあ、気が向いたら斬り捨てておこう」

「うむ。出立(しゅったつ)は追って伝える。それまでは、この部屋から出て別室で準備に備えよ。〝番外魔王〟二人の横槍を許すでないぞ」

「あいわかった。ようやくだ、ようやくあの番外魔王ツキハと斬り合えるのだ。ククッ、クククク、クハハハハハ」

 

 闇の中にヤスケの笑い声だけが響き渡り、グランベルは右手をサッと振り、壁にあつらえた魔法ランプを灯すと、地下室から出ていった。

 

 

 

 そして、時を置かずして一つの行商隊がシルトロッゾを後にした。

 

 どの土地にも定住せず、各国を渡り歩き(あきな)いをする集団――

 〝ガットエランテ(野良猫)〟。

 

 十二台の大きな馬車が、一路魔国連邦(テンペスト)に向けて連なり行く。

 

 

 

 




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