忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。86話です

 ※作中使用の特殊フォントは、〝ライム酒様〟作成の特殊フォントを使用させて頂いています。 
 特殊フォントの反映には時間が掛かる場合がありますので、ご了承ください。


 ツキハ

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 コハク

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86話 『追跡神(ゴッドストーカー)

 

 

 ヒナタ達への対策も終わり、(にわ)かに慌ただしさを(かもしだ)し出していく魔国連邦(テンペスト)

 

 

 そんな日常の中の、ルヴナン魔国連邦(テンペスト)支店。

 

 二階の執務室ではコハクが忙しそうに様々な契約の確認をしていて、(きた)るルードネスの傭兵募集要項の纏めもチェックしていた。

 

 そして、ツキハは……。

 

 

 今日も相変わらず、サンコと遊び回っていた。

 

 何故ツキハがコハクの手伝いをしないのか?

 それは、やると間違いなく大惨事になり、ルヴナンの経営状態が恐ろしい事になるからである。

 

 こういった仕事が嫌いなツキハでも、たまにコハクの仕事を手伝ったりするのだが、始めは真面目に仕事していても次第に飽きて来て、最後には適当に予算を決めてそれを通したり、自分の趣味に予算を当てたりと、傍若無人の限りを尽くし、最後には決まってコハクと大喧嘩する羽目になるのだ。

 

 そんなこんなで、コハクに。

 

『もうやらんでええ! あんさんは遊んでてよろし!』

 

 と、言われ今に到るのだ。

 

 それでもたまにコハクは、「少しはルブナンの経営もお覚えなはれ」と小言を言うものの、半ば諦めてるのが現状である。

 

 やれば出来る子、しかし、やらないのがツキハ。

 戦いと、飲む食う遊ぶが生き甲斐といっても過言ではない、ツキハの日常なのだ。

 

 そんなツキハが今、サンコと一緒に工房で何やら怪しげなものを造っていた。

 

 工房内に置かれた蒸気窯からは、シューッと激しい蒸気が漏れる音が聴こえていた。

 

 この蒸気窯は、リムルの記憶内にある知識を智慧之王(ラファエル)が纏め図面に起こしたもので、それをカイジンに作らせたものだった。

 

 その改良版をツキハが自分の小遣いで、リムルから買った物であった。

 

 この蒸気窯は高温の蒸気を作り出し、その高温蒸気で蒸留器に入れた果実などを発酵させた発酵液を蒸気の熱でアルコールを気化させる。

 その気化されたアルコールは蒸留器の上部にある管を通り、更に螺旋状に巻かれた管を通り冷やされ、また液体に戻るのだ。

 

 そして、その液体を樽で寝かしてブランデーの出来上がりである。

 ツキハは、リムルが林檎のブランデーやウィスキーなどを造るやり方を、そのまま工房に再現していたのだ。

 

 ただし、この二人が作ろうとしているのはただのブランデーではない。

  

 そう、怪しげなツキハ特性密造酒がこの工房で造られていたのである。

 

 二人並んで尻尾をゆら~ゆら~と左右に揺らしながら、管から樽へと流れ落ちる液体をじっと見つめていると……。

 

 

 バシューッと、激しく吹き出す蒸気の音が工房内に響き渡った。

 

 その蒸気音を聴き、ツキハが慌ててサンコに指示を出す。

 

「サンコ! 蒸気窯の真ん中の大きな丸い栓を少し締めて、早く!」

「ニ、ニャ!? この大きく丸いのニャ?」

「そう、それ!」

 

 サンコは、一際大きなバルブを掴むと、キコキコと回し始める。

 

 すると。

 

 ピィーーッと更に激しく蒸気が吹き出す音を立てる蒸気窯。

 

「んん? アンタ、ちゃんと回した?」

「ニャー、こう回したニャよ?」

「あ……」

 

 確かに指示された大きいバルブを回したサンコだが、ツキハが見た限りではサンコは蒸気の栓を締めるではなく、更に開けていたのだ。

 

「それ、開けてるんだけど?」

 

 右回しが締めるなのに、サンコは左に回し、高温高圧蒸気を全開にしていたのだ。

 

 この蒸気窯は、蒸気の力で歯車等を動かすのも兼ねた物であり、カイジンからまだ試作品だから圧には気を付けてくれと言われていたのだが。

 サンコがおもい切り高温高圧の蒸気を全開にしたものだから、蒸気窯が圧に耐えかねて爆発寸前であった。

 

「アンタ、右に回すが締めるって教えたよね?」

「ニャ?」

「首(かし)げんな!」

「え? こっちかニャ? それとも? えーと――」

 

 バキンッ! 

 

「はニャ!?」

 

 おろおろと、両手で掴んだバルブを右に左に回すサンコだが、勢い余ってバルブを破壊してしまう。

 

 際限なく蒸気の圧力が高まる蒸気窯。

 

「おバカ! なに壊してんのよ!」

「ウニャ~、ごめんニャさいー」

 

 そう二人が言った瞬間――

 

 ドォゴオオンーーッ!

 

 大轟音と共に入り口側の壁が盛大に吹っ飛び、ツキハとサンコが爆発した蒸気窯の爆風に吹き飛ばされて来た。

 

 ザシャッーー! 地面をスライディング状態で抉りながらキャットタワーの根元に激突する二人。

 

 重々しい音が響き、ぐらぐらと揺れるキャットタワーから寝ぼけた魔猫形態の眷属十数匹がバタバタと落ちて来た。

 

『『『『『何が起きたー!?』』』』』

 

 地面に落ちて来た眷属達は、むくりと身体を起こし辺りを見回す。

 

『『『『『あー、また馬鹿やってんのかツキハ様とサンコは……』』』』』

 

 頭からキャットタワーの根元に激突して、うつ伏せ気を付け状態になってるツキハとサンコを見た眷属達は呆れたように言い捨て、皆キャットタワーに登っていき小屋に入ると扉をパタンと締める。

 

 

 暫くして起き上がる二人。

 

 体に付いた土と埃を落とすと、工房を見て溜息を吐く。

 

「あーあ、せっかく乾燥させてた魔タタビがびしょ濡れじゃん」

「はニャ~、見事に爆発したニャ。これが〝お約束〟というものかニャ?」

「違う。アンタがバカだから爆発したんだよ」

 

 半目でサンコを見ながら言い放つツキハ。

 

「バカは爆発しないニャ。でも、ニコお姉はたまに爆発するニャ」

「何言ってんの、アンタら姉妹は年中馬鹿爆発じゃない」

「ニャ? 猫使いが荒い(あるじ)が何か言ってるニャ」

「ほおー、お仕置きがほしいの?」

「や、や、やってみろニャ。バ、ハ、ァ?」

 

 怒り始めるツキハに、サンコはプルプルと震えながら小声で超絶危険な単語を並べてしまう。

 

「あ゛あ゛!? サンコ、怒らないから、もういっぺん言ってみな?」

 

 顔は笑ってるが目が完全に笑ってはいないツキハの怒気のこもった低い声が、サンコの耳に突き刺さった。

 

 サンコの尻尾の毛はボワッと逆立ち、両猫耳は後ろに伏せ両目が激しく泳ぎまくる。

 

「ニャッ? あ、え、えーとニャ、バ、バゥ、バァ~、シュナが作ったババロア? ニャフッ♪」

 

 両手を握り口元に当て、精一杯可愛く小首を(かし)げて言うと。

 

「しね」

 

 バゴン!!

 

「ふぎゃああああああ! ぁ……」

 

 超OSIOKIゲンコツ炸裂。

 

 打振全開ゲンコツで地面に首まで埋まり、白目を剥いて気絶するサンコ。

 

 工房まで戻って来たツキハは、疲れたように呟く。

 

「くそー、乾燥魔タタビをすり潰して粉にしないと、魔タタビ酒が造れないのにぃ。後でサンコに、魔タタビの天日干しの番を乾燥するまでやらせよう。しかし、派手に入り口側の壁が吹っ飛んだな。ゴブキュウに修理頼まないと駄目だわ、これ。それで、蒸気窯はと……全壊じゃん。サンコにからくりを使わせたあたしが、馬鹿だったわ。はぁー、あの蒸気窯高かったんだよなぁ。仕方ない、ちょっとコハクの仕事手伝う振りして、臨時予算を作ろう。うん、そうしよう」

 

 ブツブツと独り()ちながらポンと手を打つと、ルヴナン支店へと向かうツキハであった。

 

 

 ツキハとサンコが造ろうとしていた酒は――

 

 闇のオークションで高額な値段で取引される、ツキハ特性〝魔タタビ酒〟。

 

 この別命、〝ネココロ〟とも呼ばれる酒は、世の貴族達が全財産を投げ打ってでも欲する酒であったのだ。

 

 この乾燥魔タタビ粉末と微量な魔素の調合比率は、ツキハ独自なので誰も真似できない。

 

 以前はワインに混ぜて作っていたが、魔国連邦(テンペスト)に住んでからは、目を付けていたブランデーの作り方を覚えて、もっとアルコール度数の高い魔タタビ酒を造る事にしたのだ。

 

 そして、試作品を造り試飲したら――

 アルコール度数四十五度でありながら、豊潤な林檎の香りに溢れ、強烈な酩酊感が襲い来て、同時に凄まじい高揚感が押し寄せる不思議酒、〝魔タタビ酒・ネココロ〟改。

 

 しかもこの〝ネココロ〟、どんなに飲んでも悪酔いはおろか、二日酔いもしない、滋養強壮、魔力回復、体力回復ありで、猫種獣人や魔人には効き目二倍のとんでも酒。

 

 危険な中毒性はないが、その甘美な美味さに皆が愛してやまない至高の一品。

 

 美味しい美味しい魔タタビ酒を、百五十三年周期で造り続け、約二千年。

 改良に改良を重ね、いまでは至高の一品と呼ばれるまでに至った〝ネココロ〟。

 

 百五十三年毎に百本だけ作られ、闇オークションに出品されるこの酒は、一本金貨数百枚の値が付く程であった。

 

 ツキハが美味い酒を飲みたい欲求から辿り着いた魔タタビ酒であり、趣味と実益を兼ねたお遊びである。

 ただ、取れる魔タタビが百五十三年周期なので、百五十三年に一度の楽しみなのだ。

 

  

 ツキハがルヴナン支店へと行って暫く経つとサンコが目を覚まし、辺りをキョロキョロと見回す。

 

 そしてテクテクと歩き、入り口壁が吹き飛んだ工房へやって来ると。

 

「あニャニャー、見事に壁が無くなってるニャ。でも、アチシにあんなコムズカシイもの使わせるツキハ様が悪いニャよ。だいたい、いつも通りワインに仕込めばよかったのニャ。それを、それを……」

 

 サンコは思い出したように体をプルプルと震わせ、怒りを爆発させる。

 

「じょ、じょ、じょうきん窯? なんニャそれは! アチシには意味不明ニャ! ツキハ様のバカタレー! ――」

 

 入り口側の柱をドンと蹴り飛ばすサンコ。

 

 ゴギギィ。

 

 辺りに木の軋む音が鳴り響くと柱が折れ、いきなり工房の屋根が壁の無くなった入り口側に傾き落ちて来た。

 

 ドドンッ!

 

「あニャ!? ニャぁー……」

 

 入り口側に屋根が落ちて傾いた衝撃で、反対側の屋根も無残に崩れ落ちていった。

 ガラガラと崩れていくツキハの工房、全壊である。

 

 目の前で崩れ落ちた工房を見て、サンコは目を大きく見開いたまま固まっていた。

 

 そこへ。

 

「あら~ サンコちゃんなにしてるの~」

 

 カラカラと浴衣下駄を鳴らしながら、ニコがやって来た。

 

「ニャ? ニャァー、ツキハ様の工房が全壊したニャよ」

「全壊? え~と、全壊の前にぃ、サンコちゃんが柱を、蹴っ飛ばしたわよねぇ~?」

「ふニャ!? み、み、み、見てたのかニャ、ニコお姉?」

「うん、みてたわよぉ~。アハッ」

「はニャぁー! 今すぐ脳みそを捨てて来るニャ、ニコお姉。そして、綺麗さっぱり忘れるニャよ! ってかニャ、たのむから黙ってて欲しいニャーー!」

 

 コロコロと笑い言うニコの前に走り寄り、ザシャーとスライディング土下座して頼むサンコ。

 そんなサンコを笑いながら拒否するニコ

 

「それはイヤ~。だってぇ、ツキハ様の工房を壊した犯人を庇うとぉ~。もの凄いOSIOKIが待ってるものぉ。お姉ちゃん、そんなもの願い下げよぉ~。アハハ」

「そこを何とかたのむニャよぉおおおお!」

 

 ガバッと顔を上げて、涙目でニコの足元に(すが)りつき懇願するサンコ。

 

「う~ん、仕方ないなぁ。じゃあ、しばらくは黙っててあげるからぁ。さっさと、逃げなさいなぁ。ツキハ様が戻ってきたら、即バラしちゃうからねぇ~。アハッ」

「うニャー、恩に着るニャ!」

 

 ニコの言葉を聞くやいなや、サンコはボフッと魔素粒子を撒き上げると。

 忍魔猫化形態を取るやいなや、凄まじい勢いでその場から三毛猫サンコが脱兎の如く逃げていった。

 

 

 …………

 

 ……

 

 

 そして、二時間が経過して。

 

 予算偽造が上手くいったのか、ニコニコとした顔でツキハが工房へ戻って来る。

 

 先に修理要請をしたゴブキュウ達がいたのだが、全壊した工房を見て立ち尽くしていた。

 

 

 戻って来たツキハに気付き、ゴブキュウが開口一番――

 

「ツキハ様、これ。半壊じゃなくて、全壊ですぜ」

「へっ?」

 

 言われて工房をよく見ると、屋根が工房を押し潰していて、ぺしゃんこになった工房だけがそこにあった。

 

「えーと、なんで?」

 

 確かにここを離れる時は、入り口の壁だけが吹き飛んだだけだった。

 

 しかし今は、工房の形を成してるのは、工房を押し潰した屋根だけである。

 

 

 カラン カラッ カランカラン

 

 浴衣下駄の音がツキハの後ろから聞こえて来た。

 

 下駄の音に後ろを振り返り、ツキハはニコに工房を壊したか? と聞く。

 

「ニコか。ねえ、アンタがこれやったの? それとも、工房を壊した犯人知ってる?」

 

 明らかに不機嫌さを増すツキハに、ニコはどこか楽しそうに答えた。

 

「ちがいますよぉ~。それをやったのぉ、サンコちゃんなのよ~。エイッと柱を蹴飛ばしてぇ、逃げていったのぉ。ウフフッ」

 

 ニコは両手を小袖の袂に入れ、口元に持っていきクスクスと笑い言う。

 

 それを聞いたツキハの尻尾がワサワサと激しく左右に揺れ動き、両拳を握り締め。

 

「サンコ、どこいったぁあああ!」

 

 激怒したツキハの怒号が辺りに響き渡った。

 

 

 そんなツキハを見ながらニコは。

 

「あっちに逃げたわよぉ」

 

 と、サンコの逃げた方向を指差した。

 

 指差された方向をギッと睨むと、ツキハはいきなりその場から重い衝撃音とともに飛び去って行った。

 

 ツキハが飛び去った後に残されたゴブキュウ達は、「どうするんだこれ?」と、呆然としていたら。

 

「お金はもらってるんでしょう?」

 

 ニコがおもむろに、ゴブキュウ達に声をかけ尋ねて来た。

 ゴブキュウが「もらってる」と答えると。

 

「なら、さっさと建て直してちょうだいなぁ」

 

 そうゴブキュウ達に言い、ニコは潰れた工房の屋根を壊していき、何かを探し始めた。 

 

 工房敷地内に散らばった魔タタビを見つけると、目を輝かせるニコ。

 

 その魔タタビを大樽に入れながら、ニコは。

 

「少しだけもらっても、いいわよねぇ。犯人おしえたご褒美だものぉ」

 

 そう言うと、袂の中に魔タタビを幾つか放り込んでいく。

 

 魔タタビを集め終わったニコは大樽に蓋をして、作業を始めたゴブキュウ達の邪魔にならない所まで運び、ちょこんと大樽の上に腰掛けた。

 

「お姉ちゃん、暇だなぁ~」

 

 気怠そうに呟き、脚をプラプラさせながら何とはなしにゴブキュウ達の作業を眺めるニコであった。

 

 

 一方、ルヴナン支店では……。

 

 コハクが目を吊り上げ一枚のB4位の大きさの臨時予算申請書と書かれた紙を見ながら、プルプルと手を震わせていた。

 

 それは、とある臨時予算申請書。

 

 魔国連邦(テンペスト)に来るまでは羊皮紙や木の板に書いたりしていた契約事項だが、今ではリムルが作った上質な紙を優先的に分けてもらい、ルヴナンの傭兵契約や予算申請などに使うようになっていたのだ。

 

 臨時予算申請書には、秘密工作資金・金貨五百枚と書かれていて、様々な項目が記されていた。

 そして、臨時予算申請者はサンコと記されていて、更に予算承認をしたのがツキハと書かれたものだった。

 

「あんのスカタンがぁ、やりよりましたな! ここ最近なかったから油断してましたわ。珍しく事務仕事手伝うと()うて来たから、喜んでたのに……。まだまだうちも、甘いどすなぁ」

 

 呆れ顔のコハクは、文句を口にしながら大きく一つ溜息を吐く。

 

 二時間前にいきなり執務室に来て、「暇だから仕事手伝おうか?」と言ってきたツキハにコハクは、「どうしたんや、いきなり?」と(いぶか)し気に問うも、めったにそんな事を言わないツキハなので、契約事項や予算申請が記された書類のチェックを頼んだのだ。

 

 ツキハは「あいよー」と返事をして執務机に積まれた書類束を一つ抱えると、めったに座ることの無いコハクの隣にある自分の執務机に座り、もくもくと書類のチェックを始めた。

 

 コハクはツキハが大人しく仕事を始めたのを確認すると、自分の仕事に没頭していく。

 

 そして、二時間が経ち。

 

 一通りチェックを済ませたツキハは、書類の束を机の上でトントンと揃えると、コハクに「じゃあ、予算申請書は下に出しておくね」、そう言いながら一階の事務所に降りて行った――

 

 一枚の偽造書類を紛れ込ませて。

 

 

 暫くして、事務担当の眷属が一枚の書類を手にコハクの所に来た。

 ツキハの臨時予算申請書偽造が、バレたのである。

 

 そう、ツキハはこうやって自分の趣味に使うお金を私的に捻出する事がたまにあるので、コハクは眷属達に怪しい予算申請などは即自分に報告するようにと、申し付けていたのだ。

 

「まーた何か悪さしてますんか? ……あ!? あれどすか?」

 

 コハクはブツブツと呟くと、ある事を思い出した。

 

 百五十三年周期で取れる、魔タタビの事を。

 

「はあぁ、まったくしょうもない。仕方ありまへんな、ツキハを捕まえにいきますか」

 

 独り()ちながらコハクは一階に降りていき、顧客応対に忙しい眷属達に「ちょっと、出てくるで」、そう言い残してルヴナン支店を後にするコハク。

 

 先ずコハクが向かった先は、ツキハの工房である。

 

 コハクが目にしたのは、瓦礫を片付けたゴブキュウ達がちょうど建て直し作業を始めていたところだった。

 

 全壊したツキハの工房を見て、コハクは不思議そうに言葉を吐く。 

 

「なんや、これ? 何をどうしたら、こうなるんや?」

 

 訝し気に首を傾げながら呟いていると、近くで大樽の上に腰掛けているニコを見つける。

 コハクはニコの所まで行き、この惨状の顛末を見たかとニコに尋ねた。

 

「よくわからないんだけどぉ。サンコちゃんがぁ、なんかやらかしてぇ工房が爆発したみたいかなぁ。後は、知らないです~。あ? ツキハ様わぁ、工房破壊したサンコちゃんを追って行きました~」

 

 ニコニコと間延びした口調で話すニコ。

 

 それを聞いたコハクは、顔に右手を当て。

 

「まーたあの二人か」

 

 と、呆れ顔で吐き捨てた。

 

 そして、ニコにツキハはどっちに向かったのかと聞き、おもむろに権能『追跡神(ゴッドストーカー)』を全開にした。

 

 先ず、この場から飛び立ったツキハの魔力を追跡しようとしたら、パリッと、周囲に小さい放電現象が周囲に走った。

 

 その瞬間、ルヴナン敷地周囲に無数の呪符が現れ、ツキハの魔力と妖気(オーラ)をあらぬ方向に撒き散らしながら飛び散っていった。

 

「はあ!?」

 

 一瞬間の抜けた様な声を出すコハク。

 

 だがしかし、その顔には冷ややかな笑みが(こぼ)れ落ちていた。

 

 漏れ出る妖気(オーラ)にゴブキュウ達がビクッと体を跳ねさせると、すかさずニコがゴブキュウ達の周りに呪符結界を飛ばし保護した。

 

 現れた呪符は、ツキハの作った特製呪符であった。

 

 しかしコハクは、その呪符が現れ飛び散る前に一枚だけ掴み取っていた。

 

 すぐさま掴み取った呪符を『解析鑑定』にかけると、呪符の正体はあっさり判明した。

 

 呪符の術名は、〝対コハク用・追跡妨害呪符・惑わす君〟

 

「なんやこれ……。ほおー、えらいけったいなもん作りましたなぁ」

 

 みるみるうちにコハクの目が鋭利に細くなり、両眉が吊り上がっていく。

 

 そうこれは、あらかじめツキハが何かあった時の為に、ルヴナン敷地内に事前に仕込んでいた囮呪符だったのだ。

 

 しかし、その呪符の効力は意外にも単純なものであった。

 コハクが『追跡神(ゴッドストーカー)』を使うと、それを探知して瞬時に起動し、呪符内に仕込まれたツキハの魔力と妖気(オーラ)を撒き散らしながら、あらぬ方向に飛び去る様にセットされていたのだ。

 

 その意図を察したコハクは、掴んでいた囮呪符を握り潰し消滅させると、ツキハの気配と存在を『追跡神(ゴッドストーカー)』で探っていく……。

 

 無数に飛び散った囮呪符の痕跡を一つ一つ潰しながら、『追跡神(ゴッドストーカー)』の見えざる手を伸ばしていく。

 

 だがしかし、そこはツキハ。

 自身の気配は偽り隠し、周囲の気配に同化させて、更に囮呪符とも気配を同調させていたのだ。

 

(チッ。ほんま、段々と手口が巧妙になって来てますなぁ。でもなツキハ、うちの『追跡神(ゴッドストーカー)』を舐めたらあきまへんでぇ)

 

 心の内でそう呟くとコハクは、六つの印を瞬時に切った。

 

 そして、二本指を立てた右手を口元に持っていき、言霊(ことだま)を紡いでいく。

 

 さぐれやおよろずのかみのて

 (探れ八百万(やおよろず)の神の手)

 

「いけ、〝神の手(ゴッドハンド)〟」

 

 静かに術名を発し、二本指を立てた右手を真横に切る。

 

 術の発動と同時に、コハクの周りに現れ出でた極小で殆ど透明の八百万の神の手が、あらぬ方向に飛び散った囮呪符を追い伸びていった。

 

 コハクは目を(つむ)ったまま、神の手が囮呪符を潰していく様を感じ取っていた。

 

 一つ、また一つと潰されていく囮呪符。

 

 瞬く間に無数の囮呪符が潰されていき、妨害効果が薄くなったその時――

 

 コハクは閉じていた目をスッと開け、口端をニィッと上げ一言呟く。

 

「み~つ~け~た~」

 

 権能『追跡神(ゴッドストーカー)』を使用したコハクの、忍魔術。

 

 これは、いつぞやの〝へのへのもへじのお面〟を被った女忍びに、転移した痕跡を囮で攪乱させられた時に悔しい思いをしたコハク。

 

 その思いが、あらゆる痕跡を攪乱された状況の中でも、『空間転移』や『空間移動』などで逃げた者を追跡できる術を開発していたのだ。

 

 それがこの、忍魔術・〝神の手(ゴッドハンド)〟である。

 

 ツキハを見つけたコハクは、ツキハのいる場所へと『空間転移』していった。

 

 

 逃げたサンコを追うツキハ。

 

 そして、そのサンコを追うツキハを、更に追っていくコハク。

 

 果たして、サンコとツキハの命運は?

 

 そんなサンコとツキハの逃げる先は……?

 

 

  

 折しも、そんな馬鹿な事を繰り広げるツキハ達を余所に――

 

 

 ヒナタ達は……。

 

 

 ブルムンド王国へと近づいていた。

 

 

 ヒナタを追って来た聖騎士達は――

 アルノー、バッカス、リティス、フリッツの四名。

 

 副団長のレナードはヒナタの留守を守る役目があり、これには来れなかった。

 

 かといって隊長達が全員来るわけにもいかず、仕方なく隊長同士でクジ引きをして、外れたギャルドも残る事になり、この四名がヒナタを追って合流して来たのである。

 

 

 刻々と迫る聖魔対決。

 

 

 〝七曜の老師〟、ロッゾ一族、〝三巨頭(ケルベロス)〟、暗躍する黒幕達。

 

 この思惑に利用され、翻弄される新王エドワルド。

 

 気付かぬうちに思ってもいない方向に進まされている、ヒナタ・サカグチ。

 

 

 そして、ロッゾ一族の刺客。

 

 人斬りヤスケ・テラウチ。

 

 

 絡み合う糸が一つの方向に捻じれ集まり、一つになるかの様に、様々な思惑が収束していく。

 

 

 




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