忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件 作:にゃんころ缶
ヒナタは一路、
しかし、何日か馬を走らせていたところ、ヒナタに追い付いてくる者達がいた。
それは、四人の聖騎士達であった。
「ヒナタ様、一人で抜け駆けですか?――」
「――貴方達、何をしているの?」
声をかけて来たのは、アルノー、バッカス、リティス、フリッツの、四名の隊長達だった。
「それはこちらのセリフですよ、ヒナタ様」
「はあ、馬鹿なの? 話し合いに行くのに、抜け駆けも何もないわ」
「またまた、そんな事を言って。まるで決戦に赴く様な装備で言われても、説得力ありませんよ」
「そうですよ、ヒナタ様。私達は、ヒナタ様の犠牲の上に立ちたいなどとは思っていません。栄光は、貴女がいてこそ輝くものなのです」
「そう、そうですってヒナタ様。あの伝言でも、一人で来いとか言ってはいなかったじゃないですか」
口々に、思い思いの事を言う部下達。
そんな部下達にヒナタは、呆れたように溜息混じりで言う。
「あのね、わかっているの? 相手は魔王なのよ? 私が怒りを買ったのだから、これは私の問題。貴方達には何の責任も無いの。命令よ、即刻国へ戻りなさい」
しかし、そんなヒナタの命令にも部下達は首を縦に振らず、従わなかった。
そんな部下達にヒナタはあれこれと言って聞かせたのだが、遂にはヒナタが諦め、「好きにしろ」そう言って同行を認めたのであった。
こうして、人数が五名となったヒナタ達一行。
整備はされているが、荒れた街道をひた進むヒナタ達。
季節は、冬の訪れの予感を感じさせる肌寒い風が、ヒナタ達の頬を撫で上げ通り過ぎて行く。
宿もまばらで、行程によっては野宿をすることもあり、冷え込む夜の寒さにヒナタ達の心身を疲弊させた。
そんな厳しい旅路も十日程でブルムンド王国へと辿り着き、思って以上に消耗した体力を回復させる為に、早々と一軒の宿屋へにと入っていった。
そして、ヒナタ達を着かず離れずで追って来た一人の青年がいた、イチオである。
(以外に早くブルムンド王国へと着きましたね。これは、コハク様に報告をしないと)
宿屋に入ったヒナタ達を見届けたイチオは、コハクへと『思念伝達』を飛ばそうとすると。
そこへ――
「ニャあニャあ、今日はここに泊まるのかニャ?」
「そうだね。ここならそんなに目立たないから、ここにしようか」
「やったニャ。お腹ペコペコニャよ。早く何か食べるニャよ!」
「はいはい。じゃあ、部屋を取ったら下の食堂で何か食べよう」
「ニャ~い」
一人の十七才位の少女と、十二才位の妹なのだろうか、そんなこの時期に似つかわしくない二人組が宿屋へと入っていった。
(ええええええええっ!? 何でツキハ様と、サンコ姉さんがここにいるんだ?)
宿屋から数十メートル離れた建物の屋根の上にいたイチオは、驚きの余り声を漏らしそうになった。
何とか声を上げるのを堪えると、直ぐさまコハクへと『思念伝達』を飛ばした。
『ん? どうしたんやイチオ』
『あ、あのですね。何というか、ツキハ様は隠密行動中なのですか?』
『はい? なにけったいな事を
『あ、あぁー……』
コハクの逃亡中という言葉を聞いた途端、イチオは全てを察した。
それでも、この報告はせねば大変な事になると判断したイチオは、コハクに現状の報告をする。
『……あのスカタンどもはなにしてんるんや! よりにもよって、あの
『はい!?』
いきなり『思念伝達』を通じ、激怒の声を上げたコハクに対してイチオは、条件反射的に返事を返してしまう。
『ええか、イチオ。どんな事が起こっても、ツキハとサンコの正体だけは
そこで、イチオの返事も待たずにコハクは『思念伝達』を切った。
『思念伝達』を切ったコハクは足早にルヴナン支店を出ると、リムルの執務室に向けて『空間転移』して行った。
コハクは、執務室に着くなりリムルに事の顛末を説明し、平身低頭謝罪を入れた。
そんなコハクを見てリムルは、「まあまあ、そこまでツキハ達も馬鹿ではないだろう」と言い、とりあえずの最悪の事を想定した案をコハクと共に考えていった。
そして、この件に関してコハクは、全面的に傭兵商会ルヴナンが責任を取ると言い。
どんな手を使ってでも、ヒナタ達を何事も無くここへ向かわせると、コハクがリムルと約束をする。
急遽、傭兵商会ルヴナン・テンペスト支店が慌ただしくなり、コハクが眷属達に指示を出していく。
「あんの馬鹿どもがぁああああ! ツキハ~ 覚悟しなはれぇ。ものすご~い〝OSIOKI〟を、あげますえ~。うふっ、うふふふ、うははははははっ」
顧客の帰った支店内にコハクの激昂した? いや、どこか楽し気で間違った方向へ突き抜けた声が響き渡っていた。
そして、支店内にいた眷属達の尻尾の毛が、ボワワッと逆立っていたのは言うまでもない。
ツキハとサンコへの、超〝OSIOKI〟が確定した瞬間である。
一方、その頃のツキハとサンコは……。
宿屋に取った一室で寛いでいた。
二人共ベッドに寝転がり、いつ
「ニャー、ツキハ様。いつまで逃亡生活を続けるのニャ?」
「うーん、そうだねぇ……。コハクの怒りが収まるまで?」
「ニャー、それいつまでニャ?」
「明日かも知れないしぃ、明後日かも知れないかなぁ。もしかすると、当分は無理かもねぇ」
「ツキハ様。何も考えていないと白状するニャ」
「そう言うサンコは、何か考えてんの?」
「ニャ~……。無念なりニャ。ツキハ様と同じで、なんにも考えてないニャよ」
「ほらぁー、アンタもあたしと同じじゃん」
「そうなのニャ~」
「ほんと、どうしようかねぇ」
「どうするニャ?」
「そろそろ、ほとぼりも冷めてるといいんだけどねぇ」
「そうニャよなぁ」
「それよりも、この宿屋に手練れがいるよねぇ。それも、冒険者じゃないね、コイツら」
「ニャ~、四人いるニャね。もう一人は、そんな四人より気が小さいニャ」
「うーん、小さいねぇ。これ、上手く気配を抑えてるみたいだけどぉ。まあ、いっか、気にしてもしょうがないわ」
「そうニャね~」
意味もなくベッドの上でゴロゴロ転がりながら結論の出ない考えを言い合う、ツキハとサンコであった。
そんな、どうしようもない事を言い合ってる時に、部屋に荷物を置いてひと段落したヒナタ達が一階の食堂に降りて来て、大きめの四角いテーブルに座っていった。
ヒナタが通路側に座り、リティスがその隣に座る。
向かい側にアルノーとバッカスが座り、通路側の真ん中にフリッツが席を取った。
さっそくヒナタ達は、壁に掛けられたメニュー表を見て、品定めをしていると……。
「しかし、予想以上にこの街は発展していますね」
何とはなくアルノーが口に出した。
「そうね」
ヒナタもそれに答えながら、ブルムンド王国へ入ってからはそれを感じていた。
宿でラフな服装に着替えたヒナタは、窓から街を歩く人達を眺めていたのだが、もう冬も間近だというのに、市場には人が集まり、活気に満ち溢れていたのだ。
大抵この世界の冬では、店を閉める者が多いのだ。
食料などは、保存の効く物を一冬分備蓄し、暖かい春が来るまでそれで凌ぐのが常であった。
最低限の店は開いてるのだが、それも冬真っ盛りには閉まってしまう。
そう、これは極めて珍しい事であり店が開いてるいう事は、客がいるという事である。
こんな田舎の街にも冒険者や旅人が大勢いる、この事実がヒナタ達を驚かせていたのだ。
「見ましたか? 道行く人の着ている服の種類が豊富な事を。イングラシア王国でしか見ないような、豪華な服を着ている人もいましたよ?」
「いやいや、それを言うなら、冒険者達が身に付けている武器防具もだぜ。魔物の素材で出来てる装備みたいだが、信じられない事に、やたら質のいい物が出回ってやがる」
アルノー、バッカスも信じられないと言ったような声を上げた。
「これ、
そして、ヒナタの顔色を
この国が
しかし、フリッツ達にとっては、ルミナス教の教義を完全に無視した行いがまかり通ってる事に、戸惑いを隠せないでいた。
「魔物、魔王と取引をして、発展するなんて……」
リティスは、この国の活気が魔王によってもたらさせられてると思うと、困惑の色を漂わせ呟いていた。
ヒナタもフリッツ達の言葉を聞きながら、本心ではその意見には同意していた。
だがしかし、彼なら、同じ日本からの転生者リムル・テンペストならば、そう言う事があっても不思議ではない、そうも思っていた。
そんな事を考えながらヒナタは、メニュー表に書いてある、ある品に目が止まる。
すると、タイミングよく宿屋の看板娘が声をかけて来た。
「ご注文はお決まりですか?」
ニコニコと微笑みながら注文を聞く看板娘。
「そうね、ラーメンを頼むわ」
「ラーメンですね! これ、最近の人気商品名ですよ。みそ、しょうゆ、トンコツの三種類が御座います。後、あっさり味とコッテリ味が御座いますけど、如何致しましょう?」
(やっぱり、勘違いではなかったようね。本当にあのラーメンみたいね)
ヒナタは、一瞬名前が同じの食べ物と勘違いしたのかと思ったが、そうではなかった。
看板娘の説明を聞いて、それを確信したヒナタであった。
そして、メニュー表に書いてある別の物も一緒に注文する。
「とんこつをコッテリで頼むわ。後、ギョウザとライスを追加で頼む」
「かしこまりした! 初めてなのにこの注文、お客さん通ですね。それでは、他の方はどのようなご注文でしょうか?」
ヒナタが躊躇なく注文するのを、呆気に取られて眺めていたアルノー達。
「あ、えーと、同じものを」
「うむ」
「わ、私もそれで」
「自分もそれで」
アルノー、バッカス、リティス、フリッツもヒナタの右に
「それで、ヒナタ様。このラーメンという食べ物は、どういった物なのですか?」
「勿論、知っているんですよね?」
「ええ。でも……そうね、貴方達では少し食べるのが難しいかも知れないわね」
「「「「え!?」」」」
アルノーとバッカスがヒナタにラーメンの事を尋ねると、返って来たヒナタの言葉に不安の声を上げる一同。
「ああ、心配しないでいいわよ。この食べ物はちょっと慣れないと、食べにくいと思っただけだから」
ヒナタは単純に、アルノー達が箸を使えないのではと、思っただけであった。
アルノー達からすれば、何か怪しい料理が出て来るのではと、心配になっただけである。
そうしてる内に、注文した料理が運ばれてきた。
ヒナタにとっては、懐かしい香りを漂わせるラーメンに、カリカリに焼かれた香ばしい香りのギョウザ。
アルノー達には、どれも見慣れぬ初めての物。
そう、それは
(割り箸とはね……ここまで拘るのね。どうやったらこの短期間でラーメンとギョウザを再現して、割り箸までを隣国に普及させたのかしらね。流石に疑問に思わざる得ないのだけど……)
そう思いながらヒナタは、割り箸をパチリと割り、湯気を立てるラーメンを見て。
「いただきます」
両手を合わせ小さく呟き、髪がスープに入らないように髪をかき上げ、まずはレンゲでスープを
口の中で一瞬スープの脂が分離して、また交わり、濃厚な深みのあるトンコツスープの味が口の中に広がっていく。
(ああ、これは間違いなく、私のいた日本のトンコツラーメンだわ)
その味を確かめながら、細めの麺を箸に取り口に運ぼうとすると、まだ熱い麺が唇に触れたヒナタは、「チッ」と、舌打ちをする。
「毒ですか!? ヒナタ様、大丈夫ですか?」
それを見たアルノーが声を上げ、心配そうに立ち上がった。
「静かに。心配しないで大丈夫、黙って食べなさい」
心配そうに見る部下達を一喝し、今度は箸に取った麺に小さく息を吹きかけ、そっと口に運ぶヒナタ。
ヒナタは、猫舌であったのだ。
細めの麺に絡むスープに、コシのある麺。
そして、
プルプルとした脂身の部分が、また格別の味わいを出す絶品のチャーシューであった。
もう、二度と味わえないと思った懐かしい味わいのトンコツラーメンが、そこにあった。
ラーメンに集中するヒナタは、冷酷な印象などはそこにはなく、どこか可愛らしさを醸し出していた。
その事に気付かずに、トンコツラーメンを食べていくヒナタ。
次にヒナタが箸を伸ばしたのはギョウザである。
底はカリカリに焼けていて、表はふっくらと焼き上がっていた。
一つ箸に取り、食べてみる。
カリっと音がして、皮が破れ、中の肉汁が口の中に広がり、香ばしい匂いが鼻を抜けていく。
(この焼き上がりは、完璧だわね……)
ギョウザを食べながら、ライスも食べてみる。
これもまた、噛めば噛むほど甘みが増し、ギョウザとの相性は最高であった。
そんなヒナタを恐る恐る窺っていたアルノー達は、ヒナタの真似をする様に食べ始めていった。
「熱っ!」
「旨いっ! なんだ、これは!?」
「なんなの、このスープ美味しい」
「はあっ、嘘だろ! こんな食べ物があったなんて、信じられない……」
見よう見まねでぎこちなく箸を使いながらトンコツラーメンを食べ、感嘆の声を上げる面々。
そう、ヒナタ達の主食は、固いパンと、塩味のスープに塩ゆでのソーセージ、後は新鮮な野菜のサラダ。
そんな彼等が口にしたトンコツラーメンは、未知なる食べ物でありながら、脳天を突き刺す衝撃を与えるものだったのだ。
味の革命、そう表現するに相応しく、リムルが目指すものの一つでもあった。
自分のいた世界の食、特に日本の食をこの世界に再現する――
この第一歩が、
アルノー達はトンコツラーメンを食べつつ、ギョウザ、ライスと箸を進め、、またも驚きの声を上げていくのであった。
「「旨い! このギョウザも、マジで旨いですね」」
アルノーとフリッツが絶賛する。
そして、もくもくと箸を進める一同。
そこへ、二人の少女が食堂へと降りて来て、ヒナタ達とは離れたテーブルに座った。
ツキハとサンコである。
二人が壁のメニュー表を眺めていると、にこやかに看板娘が注文を取りに来た。
「ご注文はお決まりですか~!」
その声にツキハが答える。
「えーと、トンコツラーメンを一つと、麺は固めで、味はコッテリで頼むよ。後、ライスとギョウザ三人前」
「かしこまりました! お客さん、通の通ですね。初めてではないですね?」
「あ、うん。
「そうですか~。後、そちらの妹さんは何にしますか?」
「アチシは、みそラーメンニャ。バターはたっぷりで頼むニャよ。それとライスに、ギョウザを同じく三人前ニャ」
「かしこまりました! それでは少々お待ちください!」
注文を取ると看板娘は、厨房へと向かって行った。
(麺固め? 何でそんな食べ方知ってるのかしら? 現地民みたいだけど……
テーブルは離れてても、看板娘とのやり取りが耳に届き、トンコツラーメンを食べながら何気に、ツキハとサンコの方に視線をそれとなく移し見るヒナタ。
一見、こんな少女二人が旅をするなど危険極まりないが、こんな事は度々見かけるこの世界では、愚問だわねと、ヒナタは食べる事に意識を戻す。
そんなヒナタの視線に気が付いたツキハは、『思念伝達』でサンコに話し掛ける。
『あー、サンコ。気が付いた? あそこで飯食ってるヤツら。
『ニャ!? ニャ~、マジにあの女ニャ。どうするニャ?』
『どうするもなにも、なにもしない。今ここで、
『油断大敵だったニャよ……。でも、その前に、リムル様にもめちゃ怒られるニャよ』
『だよねぇ。それに、イチオがアイツら追跡してたから、ここにいる事が既にコハクにもバレてるわ。ガチであたしら詰んでね?』
『ニャ~……。それより、食べてから考えるニャよ、ツキハ様』
『そだねぇ。とりあえずは、人に
『はいニャ、姉様』
『アホ、お姉ちゃんだ』
『ニャ!? 間違ったニャ、お姉ちゃんだったニャ』
『はあぁ、ほんと頼むよサンコ。バレたら、ド変態がもの凄い顔して殺しにくるんだぞぉ』
『は、はいニャ!』
そんなお馬鹿なやり取りをしてる二人のところへ、湯気を立てた熱々のラーメンが運ばれて来て、ギョウザの皿もテーブルに置かれていく。
「お! 来た来た。さあ食べよう。いただきまーす」
「いただきますニャ~」
パキッと小気味良い音を響かせ割り箸を割ると、二人はラーメンを食べ始める。
「うまっ! やっぱ美味いわぁ、これ」
「ふニャー。ギョウザの皮がパリパリのモッチモッチで肉汁がジュワッと溢れて美味いのニャー」
ツキハは麺を
宿屋の食堂も宿泊客や街の住人の客などで、徐々に
昨日まで携行食だったヒナタ達も、このラーメンとギョウザの美味しさに箸が止まらなかった。
そして、ヒナタの前に置かれた皿に残る、一つのギョウザ。
そこへ――
パシッ!!
何かを弾く乾いた音が響いた。
それは、フリッツが何気にヒナタの皿のギョウザに箸を伸ばし、ヒナタの箸に弾かれた音だった。
「何をしてるフリッツ。それは、最後に食べようと残しておいた私の得物だ。横取りは許さないわよ」
目が座ったヒナタの鋭い眼光と、背筋が凍るような殺気にも似た冷えるような圧に、フリッツは思わず固まっていた。
「あ、す、すいません。あまりにも美味しかったもので……」
「はぁ。足りないなら、追加でもう一皿頼めばいいでしょう?」
呆れた様なヒナタの声を聞くなり、慌てて追加のギョウザを頼む四人。
だがしかし。
「あ、すいませんね、お客さん。あそこのお客さんが頼んだので、最後だったんですよぉ」
ツキハとサンコの方をチラリと見ながら、看板娘が残念な事実を告げる。
看板娘はそんなフリッツ達をよそに、他の客の注文を取りにフリッツ達のテーブルから離れていった。
ギョウザの美味しさに取り付かれたフリッツは諦めきれないのか、ツキハとサンコの方を見て、意を決したように立ち上がると。
スタスタと、ツキハとサンコのテーブルへと歩き近づいていった。
そして、ニコニコとした顔でツキハに話し掛けるフリッツ。
「あー、お嬢ちゃんたち、いきなりですまないのだけど。そのギョウザを一皿、譲ってもらえないかな? あ、ちゃんとお代は払うよ。銀貨一枚でどうだろう?」
なんとフリッツは、ツキハにギョウザを銀貨一枚で譲ってくれと交渉をし出したのだ。
ツキハはというと、ラーメンの丼を両手で持ち、トンコツスープを飲みコトリとテーブルに置くと、上目遣いでフリッツを見上げながら怠そうに言う。
「うーん、ダメ。これ、めったに食べれないから、諦めて」
「え? 銀貨一枚だよ? なら、銀貨二枚ならどうかな?」
「ごめん、諦めて(うぜぇー。なんだこの聖騎士は! そんなにこのギョウザが欲しいのか!)」
素っ気なく返すツキハに尚も食い下がるフリッツだが、ツキハが駄目そうだと見たフリッツは、今度はサンコの方に声を掛ける。
「えーと、妹さんかな? 出来たらお兄さんに、そのギョウザを銀貨一枚で譲ってもらえないかな?」
声を掛けられたサンコは、明らかに不機嫌そうに返す。
「ニャ? お姉ちゃんには銀貨二枚と言わなかったかニャ? なんでアチシは一枚になるんニャ?」
「え? に、ニャ? あ、そうだったね、ごめんごめん。銀貨二枚で譲ってもらえる?」
「去れ、ドアホ。このギョウザは誰にも渡さんニャ」
「そこを何とか、ね? お嬢ちゃん、小さい体でそんなに食べたら、お腹が痛くなるよ?」
「よけいな世話ニャ。食べ盛りだから、これでも足りないのニャ」
「な、なるほど。でも、さっきから語尾にニャが付くのはなんでなのかなぁ?」
「ほっとけニャ、ボケ」
「アハ、アハハハ。妹さんは辛辣だなぁ」
どうしてもギョウザが食べたいフリッツは、しつように食い下がるのだが、ツキハもサンコも頑として譲ろうとはしなかった。
そんなフリッツを、先程から見ていたヒナタは、見かねてツキハとサンコのテーブルの方へやって来た。
「そこまでよフリッツ。いくらギョウザが美味しかったからって、そこまでしつこいと、二人に迷惑だわよ。にべもなく断られた時点で貴方の交渉は決裂したのよ。諦めなさい」
「あ、すいません。少し大人げなかったですね」
「少しではなく、だいぶよ。後は私が謝罪しておくから、貴方はテーブルに戻りなさい」
「はい、わかりました」
ヒナタから
「連れが迷惑を掛けたわね、ごめんねさいね」
「ん? いいよそのくらい、気にしなくても」
「そう、ありがとう(何……? この姉妹から感じる、違和感は……)」
ヒナタの謝罪にツキハも、柔らかく返す。
「それよりも、ちょっと貴女に尋ねたい事があるのだけど、いいかしら?」
「いいよ(はあ!? 謝罪が終わったら早よ自分のテーブルに帰れよ!)」
いきなりの問いにツキハは、内心毒づくも、表情は一切崩さずに淡々と返した。
ヒナタは、ツキハとサンコのテーブルに来て二人を見た途端、言い様の無い何かに襲われていた。
それは微かな違和感、ヒナタの本能が何かが違うと告げていたのだ。
「さっきチラッと聞こえたのだけど、
「そうだよ。旦那様の御使いでここに来て、明日帰るんだよ」
「旦那様? 商人の旦那様なのかしら?(この感じ……気配……どこかで、会った?)」
「うん」
「小さい妹を連れて旅なんて、危険ではない?(人、よね? 魔物の気配とは……違うわね。でも、どこか……わからないわ。気のせい……?)」
「え? あぁ、
「街道が安全? それはどういう事なの?」
「お姉さん達さ、
「ええ、そうよ」
「なら、あたしが説明するより、自分の目で確かめた方が早いよ」
「なるほど。ありがとう、邪魔をしたわね」
「いいよ別に」
「帰りの道中も気を付けてね、貴女達」
「お姉さん達も、良い旅を」
「貴女達も、良い旅を」
小さな違和感を二人に感じたヒナタだったが、ツキハの権能『猫騙し』の効果で確信にはいたらず、何よりも
それでも、ツキハとサンコの違和感に気付いたヒナタの洞察力は侮れないものがあり、西側最強の剣士と謳われた実力は伊達ではなかったのだ。
ヒナタがテーブルを離れてから、ツキハとサンコはさっさとギョウザを
またヒナタも自分のテーブルへと戻ると、最後のギョウザを美味しそうに食べ、残るトンコツスープを飲み干していった。
「ご馳走様。とても美味しかったわ。お代はここに置いておくわね」
看板娘に声を掛け支払いを済ませると、ヒナタは席を立つ。
それを見た部下達が慌てて残ったスープを飲み干していると。
「慌てなくても良いわよ、部屋に戻るだけだから。それと、一応言っておくけど、そのスープはカロリー高いから太るわよ」
ヒナタの一言に動きを止めたのは、リティスだった。
「えっ、カロリー? あ、でも、ヒナタ様も……」
「私はね、太らない体質なの」
言いながら部屋へと戻るヒナタの後姿に、聞き慣れないカロリーという言葉に首を
宿屋の食堂も終わり、灯りが落ちて、辺りの静けさが宿屋を包んでいく。
そんな静けさの中、黒猫と三毛猫が、二階の窓から飛び出していった。
黒猫はツキハ、三毛猫はサンコである。
宿のお代は先払いで済ませてあるので、朝立つヒナタ達と鉢合わせしないようにこっそり宿屋を後にしたのだ。
『コハク様。ツキハ様とサンコが宿を出ました』
『それで、どこに向かったんや?』
『あの方向からすると……
『さよか。ならイチオは、引き続き監視を続けなはれ』
『はい、コハク様』
ツキハとサンコが宿を飛び出したのを確認したイチオが、すかさずコハクに『思念伝達』を飛ばし報告をする。
そんな事は露知らず、凄まじい速さで街道を駆け抜けて行く、二匹の忍魔猫。
そして、夜も更けた
音を立てずにルヴナン支店敷地の結界をすり抜けていく、忍魔猫のツキハ。
『罠は……ないな。いいぞサンコ、入っておいで』
先に結界をすり抜けたツキハが罠の有無を確かめて、無いのを確認するとサンコを呼び寄せた。
『ニャ~。ここからどうするニャ、ツキハ様?』
『う~ん。何食わぬ顔でいればいいんじゃない?』
『ニャぁ? それを無策と言うのニャよ、ツキハ様』
『お黙りサンコ。こういう時は、
『OSIOKIは勘弁ニャよ~』
『大丈夫だって、いつもの事じゃない』
『なんでツキハ様は、そう懲りないのニャ?』
『だって、猫は自由なんだもん、いいじゃん』
『はニャー、そう来るのニャねぇ。うニャ!?』
『どしたのサンコ?』
『思念伝達』で話していたサンコが、何かを見つけたようね声を出す。
それは――
三メートル四方の檻だった。
入り口は上に上げてあり、その入り口を絞める扉の仕掛けに、これ見よがしに金貨の袋が置いてあった。
それを見つけたサンコが、訝し気ながらも檻に近付いていって、周りを確かめていた。
『ニャはぁー。金貨の袋があるニャ~♪』
『バーカ、明らかに罠じゃん』
これ見よがしの罠にツキハが吐き捨てる。
『わかってるニャよ、ツキハ様。見て見て、こっち側なら外から手を伸ばして金貨の袋を取れるニャよ!』
サンコは檻の入り口とは反対の後ろ側に行き、前足でピッとそこを指す。
『だからぁ、触るなって言ってるじゃ――』
ツキハがそう言おうとして、サンコが前足の爪に金貨の革袋を引っ掛けた瞬間――
それは、発動した。
ブンッ! サンコとツキハのいる空間がブレた瞬間に、目の前の檻が空間移動して来て、入り口がガシャンッと激しい音を立て閉まり、二人を檻の中に閉じ込めてしまったのだ。
『はあっ!?』
『ほニャッ!?』
〝コハク特製 捕獲術式・
今まで檻の外にいた二人だったが、いきなり空間の座標位置が変わり、自分達がいる空間に檻が瞬時に空間移動して来て閉じ込められたのだ。
そんな二人は、びっくりしたような声を上げる。
「な、なんじゃこれー! くそ、これコハクの仕掛けた罠じゃんかー!」
「は!? え? だ、出すニャーー! ここから出すニャよぉーー!」
囚われた同時に変幻を解除した二人は、両手で檻の鉄格子を掴んで、ガシャガシャと揺らし壊そうとしたが、鉄格子はビクともしなかった。
「はがああああああ!」
「うニャあああああ!」
両手では駄目と判断した二人は、両足も鉄格子に掛けて、思い切る鉄格子を引っ張り壊そうと試みたところへ――
パリッ パリリッ。
檻全体が蒼白い放電現象を起こし始める。
「は?」
「ニャ?」
そして。
バリバリッ! バリリリーッ!
激しい雷撃が、ツキハとサンコを包みこんでいき――
コハクの対精神生命体攻撃術式、〝次元雷撃呪符・
「あきゃああああああ!」
「はニャぎゃああああ!」
空間を歪ませ襲い来る雷撃に、容赦なく感電させられるツキハとサンコ。
数秒程放電現象で明るくなったルブナン支店敷地に、また闇が訪れると同時に、プスプスと白い煙を上げ檻の中にうつ伏せで倒れている、二人の姿があった。
「あ、あ、なんちゅうもん、作りやがった、の、よ。いき、てるかぁ、サンコぉ」
「ニ、ニ、ニャァァアアア~」
辛うじて意識を保っていたツキハがサンコに呼び掛けるも、声にならない声を出しながらサンコは完全に失神していた。
そこへ、何の表情も無いコハクが、いつの間にか檻の外に来ていた。
光の抜けた不気味な目で、倒れている二人を見下ろすコハク。
「ほんま、ようもあんな小細工をして、逃げはりましたなぁ、ツキハ」
一切感情の籠っていない声に、ツキハは動じずに言い返す。
「べ、別にいいじゃん。ほんの、おふざけじゃない。そう、怒らないでもいいじゃんよ。元々は、あたしとあんたで作った組織なんだし」
「ほーん。うちは、五百年前に言いましたえ。眷属だけなら、それも多少は目を
「あ、えー、忘れてないよ? そのエル姐さんばりの顔で言うのやめない? 地味に怖いんだけど……」
「なに
「え、あ、なんかごめん。もう、二度としません」
「流石にあれを、ごめんで済ませるほど、うちは
「ええ……」
「とりあえず起きて、檻から出なはれ。
コハクが右手をサッと振ると、ガシャリと入り口の鉄格子が上に上がる。
そしてツキハは、淡々と言うコハクに逆らう事も出来ず、まだ失神しているサンコを抱えると、大人しく檻から出て来た。
檻から出て来て、
しかし、このいかにも反省しましたという態度はフェイクである。
早くコハクの説教から解放されたくて、反省しました、許してねと、全身で訴えていたのだ。
ツキハは、コハクに怒られるとこのような態度でいつも、コハクの説教から逃れていたのだが……。
しかし、今回だけはそれも適わなかった。
そんなツキハの思惑を見透かしたコハクは、一片の情もなくツキハに告げる。
「あんさんに、〝OSIOKI〟をくれてやりますえ」
「はあ!? 〝OSIOKI〟? ふざけんな!」
「あ゛あ!?」
「ふあっ……ゴメンナサイ」
〝OSIOKI〟と言われて文句を返すツキハだったが、有無を言わさない圧でツキハを黙らせるコハク。
「まずサンコは、
「はニャ!?……」
いつの間にか意識を取り戻したサンコが、ツキハの右脇に抱えられたまま絶句する。
「で、あんさん、一晩だけうちの抱き枕になりなはれ」
「はああああああ!? 抱き枕って、頭爆発してんのか、このド変態がああああああ!」
「黙りや!!」
「あ、はい……」
抱き枕と聞いて、盛大に文句をぶちまけるツキハに、コハクが一喝して黙らせた。
「ほんま、反省してまへんなぁ。追加や、あんさん、裸で抱き枕になりなはれ」
「へっ? 裸……?」
裸抱き枕と言われて、一瞬思考が停止するツキハ。
だが、徐々に思考が働き始めると、コハクに食って掛かった。
「あんたに裸とか、血に飢えた魔獣に餌をやるより、超絶危険じゃないかあ! 千歩譲っても、服着ての抱き枕でいいだろうが! 絶対に裸抱き枕とか、勘弁よぉおおお!」
「それで?」
「え? それでって、裸抱き枕はイヤなんだよと、言ってるんだけど?」
「せやから、それで?」
「だからね、裸は勘弁してと――」
「あんさん、あの
「あ、うん。でも、なんも騒ぎを起こさなかったんだけど?」
「不用意おすな。ここ最近、気がたるんどると違いますか?」
「いいじゃない、気付かれずに宿も出て来たんだし」
「全財産没収」
「はえ?」
「選びなはれ。全財産没収か、一晩だけの裸抱き枕。どっちや?」
「マジに言ってるの? 冗談よね、コハク?」
「ふふふっ」
「あぁー(マジの目じゃん……。裸抱き枕か、全財産没収か、くわあああああっ)」
コハクが本気の時の目を見せたので、ツキハは盛大に心の内で焦り捲っていた。
両目はグリグリと泳ぎ、裸抱き枕のリスクと、全財産没収のリスクを激しく脳内で天秤にかけるツキハ。
しかし、その結論は決まっていた。
全財産没収、ツキハの財産はかなりの額に上る。
それこそ、上級貴族が裸足で逃げるくらいには。
コハクもまた、かなりの財産を持っているのは言うまでない。
ツキハは、また一から貯めるのはもの凄く大変なので、やむなく裸抱き枕になるのを決断するのであった。
「わかった……。でも、お触りは無しだからね?」
「観念しはりましたか。まあ、後ろから抱きしめるだけで、勘弁したりますえ」
「ほんっとーに、抱きしめるだけだからね! 抱きしめるだけだよ!」
「わかってますえ。二度も言わんでよろし」
ツキハが折れたので、コハクは手早くサンコをロープを使って布団でぐるぐる巻きにすると、キャットタワー下段の枝に吊り下げる。
精神生命体は逆さに吊り下げられても、身体的に何ら影響はない。
だが、そこはコハク、疑似的に頭に血が
幻遁・〝
これがサンコに掛けられた術式名である。
「うニャニャニャ~~。め、目が回るニャよぉ~。ウゲゲ~、気持ち悪いニャよほほほぉ。おたすけニャぁあ~」
哀れサンコ、またもツキハの悪さに巻き込まれ、共に〝OSIOKI〟をもらはめになったのであった。
そして、時間はまだ零時を回った頃。
コハクはツキハを連行し、自宅へと戻って行く。
自宅に戻ったコハクは、ツキハの部屋に入ると――
「さあ、ツキハ。裸になって、布団にねなはれ」
「くっ……わかったよ」
パッと、魔素で作ったいつもの忍び
部屋の明かりを消し、同じく服を掻き消したコハクが、そっと横になったツキハの後ろに密着するように寝そべっていく。
そして後ろから両手を回し、優しく抱きしめていった。
「ねえ、動かさないでよ、その手。ねえってば」
「ふふ、うふふっ。ツ~キ~ハ~」
「なっ!? 言ってるそばから、どこ触ってんのよ!」
「うふっふふ~♪ うちは、うちは、もう~」
「うらぁ! へそ触るなし! こらあー、胸揉むなー! 約束が違うだろうがぁあー!!」
「うふふっ。逃げたら、全財産没収しますえ~♪」
「このっ! って、どこに、こらっ、そこは、だめだって……だめ……」
「ほうぅ、うふふふ~。はふ、はふぅ、はぁふぅ~」
「くっ、ぶっ殺すぞ! ごらあっ、あ、そ、ほんと、だめだって、マジ、やめろおおおおおお!!」
「うふふっ。まだまだ夜は、長いおすえ~♪」
「やめ、ね、やめて、くそぉおお、ごめん、マジゴメン。もう本当にしないから、ゆるしてぇええええええ!!」
「うふ。か~ん~ね~ん~し~な~は~れ~」
「あっ、あぁあああああああ! だ・れ・か・た・す・け・てぇーーーー!!」
虫も寝静まった夜の、ルブナン支店敷地。
逃げるに逃げれないツキハと、ド変態が暴走を始めるコハク。
明け方までツキハの絶叫と、コハクの妖艶な声が部屋に響き渡っていた。
そして、キャットタワーで寝ている眷属達は、サンコの呻き声に――
『『『『『やかましいわ!』』』』』
と、容赦の無い言葉を浴びせるのだった。
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