忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件 作:にゃんころ缶
吐く息が白くなる明け方。
もぞもぞと体を動かし、顔に当たる冷やりとした空気にヒナタは目覚めた。
窓からは薄っすらと日が差し始め、澄み切った空が青みを増していく。
冷たい空気に混じって一階の食堂が開店準備に入ったのか、パンを焼く香ばしい匂いが二階に漂って来る。
(そういえば、昨日の姉妹はまだいるのかしらね)
起き抜けにふと、どこか違和感を感じた姉妹の事を気に掛けるヒナタ。
そんな事を考えながらヒナタは着替えると、朝食を取る為食堂に降りていく。
食堂に降りると、既にアルノー達がテーブルに着いていて、ヒナタを待っていた。
ヒナタは皆に朝の挨拶を済ませると、運ばれてきた朝食を見て口端に薄く笑みを浮かべた。
朝食は、ふわふわ食パンのバタートースト二枚に、少し大きめのフランクフルトが二本、そしてフレンチドレッシングがかかったサラダ。
フランクフルトソーセージは、ケチャップとマスタードを混ぜたものが塗られていた。
(フッ、本当に自嘲しないのね)
これも自分がいた世界で当たり前のように食べていた物。
トンコツラーメン、ギョウザといい、リムルの食に対する拘りが垣間見えて、ヒナタは少し可笑しかったのだ。
またもや見慣れぬ朝食にアルノー達は驚き、この美味い朝食を心行くまで楽しんだ。
朝食も終え、宿を出る時にヒナタは、看板娘に昨日の姉妹はまだいるかと尋ねた。
「あ、あの姉妹なら、朝早くに旅立ったみたいですよ」
「そう、ありがとう。朝食も美味しかったわ」
「ありがとうございます! またのお越しをお待ちしております!」
宿を出るヒナタ達に看板娘は、深々と礼をし、ヒナタ達を見送った。
ヒナタは馬に
「皆、行くわよ」
ヒナタの声で一行は、
ブルムンド王国を出て街道へ出ると、ヒナタ達は驚きに声を失い、しばし無言で馬を歩かせていく。
ゆるやかな
アルノー、バッカス、フリッツ達三人は馬を並べ、口々に、「何だこれは?」、「退屈な程、快調なものだな」、「いやいや、イングラシア王都並みに整備された街道って、これどう考えても、おかしいでしょう!」などと言いながら、綺麗に並べられた石畳の道を見ていた。
街道は真ん中から緩やかな勾配が付けられており、水溜まりなどどこにも無かった。
そう、道の両側には側溝が
ヒナタの横に来たリティスが、ポソリと声を出す。
「というか、魔物の気配もありませんね。森の中も、魔物は少なかったですけど……」
以前調査に訪れていたリティスが、その時の事を思い出すかのように言った。
「そうね。あの姉妹が、街道は安全だと言ったのは本当だったわね」
リティスの言葉に、昨晩話を聞いた姉妹の事を思い出すヒナタ。
そして、リティスの言う通り、街道を覆うように設置された対魔物用結界にヒナタは驚愕する。
街道の凡そ十キロ地点ごとに設置された結界装置の働きで、その周辺に生息する魔物の侵入を防ぐ対魔物用結界が張られていたのだ。
この結界により、旅の安全は飛躍的に向上し、行き交う商人の数も飛躍的に増えて、ブルムンド王国に活気があるのは間違いなくこの街道のお陰であろう事は、ヒナタにも容易に理解が出来た。
聞くより、見た方がいい。
姉妹の姉が言った言葉が、ヒナタの脳裏に思い返される。
ヒナタは、宿の看板娘から、魔国連邦へ行くのは馬でも行けますよと聞かされていた。
え? 馬でと、ヒナタはその時思ったのだが――
(これ程とはね。森に入るから馬は邪魔だと思ったのだけど、本当にいらぬ心配だったわね。となると、この先にある
そんな疑問を抱きながらヒナタは馬にゆられて、道なりに進んでいく。
アルノー達も周辺を見ながら時折何かを小声で言い、ヒナタの後に付いて行った。
しばらく一行は、馬をゆるやかに走らせていたら――
前方から、狼に乗る
「気付かれたのか!?」
アルノーが緊張した声を上げた。
「待ちなさい。そんな様子ではないわ」
警戒するアルノー達に、ヒナタは冷静に指摘する。
その指摘通り、ホブゴブリン達は雑談をしているのか、笑い声まで聞こえて来たのだ。
見通しが良いこの道、ホブゴブリン達もヒナタ達に気付き、近づいて来る。
ホブゴブリンの一人が片手を上げ、親し気にヒナタ達に声を掛けて来た。
「よう、アンタら見ない顔だな。商人、ではなそうだし、冒険者かな?」
「ええ、そんなところよ」
「なるほど、そうかそうか。君らの仕事の成功と旅の無事を祈るよ。そこでだ、大丈夫だとは思うが、一応注意しておくぞ」
そのホブゴブリンはそう言って、口調を改めた。
「この街道を始めて使う君らに、この街道の注意事項を説明をさせてもらうよ――」
そう言って、ホブゴブリンは話始めていく。
一つ。街道にゴミを捨てない。
二つ目。この街道上での喧嘩は
三つ目。野宿をする場合、十キロ地点ごとにある水飲み場を利用する事。
四つ目。ニ十キロ地点ごとに交番があるので、そこで野宿すればより安全だと言う事。
五つ目。お金があるなら、四十キロ地点ごとに宿屋があるので、そこを利用すれば良いとの事。
最後に。困っている者がいたのならば、最寄りの交番に必ず連絡して欲しいとの事。
等々と、説明が次々とされていった。
「それとだ、いいか? 十キロ地点ごとに輝く石板があるんだが、それには絶対に手を触れないように。もし間違ってそれを壊したのなら、厳しい罰則と損害賠償金が与えられるからそのつもりでな」
輝く石板、それが対魔物用結界を張っている魔法装置なのだと、ホブゴブリンが言う。
その注意事項の説明は、本当に魔物なのかと疑ってしまう程に、細かく説明されていた。
「ええ、親切に説明をありがとう」
「なーに、いいってことよ。この街道は、俺達みたいな者が巡回しているから、何かトラブルでも起こった時には言うといいさ」
そのホブゴブリンは、自分達は巡回警備隊の者だと言い、去ろうとしたところにヒナタがある事を問うた。
「ねえ、ちょっと尋ねるのだけど。早朝に、十七才位と十二才くらいの姉妹がここを通らなかったかしら?」
宿屋であった姉妹がどうにも気に掛かったヒナタは、巡回警備隊の者ならば、この姉妹を見たのではないかと思い尋ねた。
「旅をする姉妹? うーん、どうだかなぁ……」
尋ねられたホブゴブリンは、狼に乗ったまま腕を組み、考え込んでると――
「ああ、あの姉妹か!」
もう一人のホブゴブリンがポンと手を打ち、声を上げた。
「見たの?」
「ああ、早朝に、乗り合い馬車に乗ってるのを見かけたよ。よく御使いでブルムンド王国へ行くのを見かけていたから、その姉妹だろうな」
「そう、ありがとう(良かった。乗り合い馬車なら歩くより速いし、安全ね)」
乗り合い馬車に乗って帰ったと聞いたヒナタは安堵し、教えてくれたホブゴブリン達に礼を言い、一路
この姉妹、実態はツキハとサンコなのだが、コハクがリムルに報告した時点でリムルが万が一の対策を施し、街道の巡回警備隊の者全員に『思念伝達』で、女二人男三人の冒険者風の一行に、もし姉妹の事を尋ねられたら、早朝に乗り合い馬車に乗って
それが今の事であり、ヒナタは姉妹の事を、ホブゴブリンの言葉で人間だと信じてしまったのだ。
微かな違和感も先程の会話で消え去り、ヒナタは当初の目的だけに注視していくのであった。
ツキハの権能『猫騙し』、世界の言葉すら騙す程に凶悪で厄介な能力。
五千年もの長き間、人間や魔物に正体を偽り隠し、騙し生きて来たのは伊達ではなかったのだ
ホブゴブリン達と別れたヒナタ達は、どこか不思議なものを見た様な感覚に落ちていた。
「あの、ヒナタ様――」
「待って、落ち着きなさい。少し考えたいから、話しかけないでくれるかしら?」
そう言ってアルノー達を黙らせると、ヒナタはもの思いに
また無言の時間が過ぎ、馬の蹄の音だけが耳に入って来る。
そして、一時間が過ぎた頃。
何とはなく路肩にある距離標識に目をやるヒナタ。
その標識は、現在位置がわかる様に一キロごとに設置され、首都リムルの西門をゼロ地点とし、そこから距離数が割り振られていたのだ。
(私のいた世界では見慣れた光景ね。あと何キロ行けば目的地に着くか、または、宿まで何キロかとか……。この世界の距離を表す単位を無視して、キロを使う、か。自分に理解しやすい表示でやる。これはある意味、加速度的に開発を進めるのには有効かも知れないわね……。そして、いずれこの界隈では、この、キロが主流になるかも知れないわね)
ヒナタは、宿まで後何キロと書かれた標識を見て、この方式なら旅もかなり安全になるであろう事は、簡単に理解出来た。
更にヒナタが目を疑ったのは、乗り合い馬車の停まる停留所まであり、どうやら定期的に中央都市リムルとブルムンド王国を行き来しているようだった。
これなら、突発的に体調を崩した時に、歩かずに乗り合い馬車に乗って目的地に行ける。
事実、旅人や商人を乗せた乗り合い馬車と幾度かすれ違ってもいたのだ。
これらを
やがて水飲み場が見えて来て、ヒナタ達はそこで休憩を取る。
(綺麗な飲み水が、無料で利用出来て、しかも飲み放題……?)
流石のヒナタもこれを見て、
〝水は無料〟という、日本人的な感覚を、このような危険な世界に適応させるなど、その自重無き行為に、少し文句を言ってやりたい気分に
(いくらなんでも、これはやりすぎじゃないかしらね……)
ヒナタは馬に水をやりながら、自分も喉を潤していく。
すぐ隣の水飲み場では旅人が、感謝の言葉を口にしながら皮の水筒に水を汲んでいた。
その旅人を見ながら、ヒナタはある事を思い出す。
イングラシア王国のお気入りの喫茶店で、ユウキと定期的に情報交換を行っていた事を。
ユウキは言った。
リムルは、本気で魔物の国を発展させるつもりだと。
それだけでなく、西側諸国とも友好的な関係を築きたいと。
この喫茶店で最近出されるようになったブランデーケーキは、豊富な酒類をリムルから簡単に仕入れられるようになったお陰で完成したケーキだとユウキは言った。
ユウキは言った。
リムルは、どこか他の者とは違う、規格外だと。
余裕があるというか、先を見越した感じがするとも言った。
そして、リムルと敵対するのは、オススメはしないと。
そう、自由組合はリムルに味方すると、暗に
この時の、ユウキの思惑がどうあったのかはわからなかったが――
その時は返事をせずに、流したヒナタであった。
最後にもう一つ、ユウキが言った言葉があった。
『いいかい、番外魔王には絶対に触れては駄目だよ。アイツらは、規格外とか通り越した何かだからね。何が起こるかわからない。先が、読めないんだよ。あの魔物は、ね』
(確かに、ね。余裕がなければ、こんな事は思いつかないでしょうね。番外魔王の二人か……あれは、魔王であって魔王ではない、魔王から外れた魔物。一度は敗れたけど、対策を講じれば……)
リムルの事を考えながらユウキの言った言葉を思い出し、軽く首を横に振るヒナタ。
そこで、一旦はその考えを置いて、街道の両脇に広がるジュラの大森林へ目を移す。
(ジュラの大森林の、開発か……)
ここは、多種多様な魔物が生息する、ジュラの大森林。
この危険な場所で、安全に旅が出来、飲料水の確保が出来る。
旅先での水の確保は最重要であり、もし水が無くなれば、それは死を意味する。
魔法が仕えれば水を生み出せるが、そうで無い者は、自力で水を見つけなければいけない。
旅慣れた商人や冒険者ならば、旅先のどこで水が確保出来るかなどは地図などに記してあるのだが、普通の旅人ならば、そういった水の情報を金を出して買うかしかなかったのだ。
一見やりすぎに見えるリムルの行為だが、これは人や物資の流れが円滑になり、ひいては相互の国家間での発展にも繋がる。
そんな危険極まりない不可侵領域を、誰でも行き来出来るように開発するなど……。
誰も思いもしない。
出来る出来ないではなく、想像すら及ばぬ事柄である。
だがしかし――
それをやったのが、魔王リムル・テンペストなのだ。
(……そうね。でも、今なら彼の目指すものの意味が、理解出来るかも知れないわね)
転生者リムル、この同じ日本人の魔物であり転生者の考える国が、見えて来たようなヒナタであった。
そうして水飲み場を後にして、更に二時間程進む。
やがて、街道上に七つある宿の、最初の宿屋が見えて来た。
ヒナタ達はそこで一泊する事にする。
ここも一階は食堂になっていて、二階と三階が客の宿泊部屋になっていた。
食事も終え、皆が食後のお茶を飲んでいると、ヒナタが開口一番皆に問う。
「さて、落ち着いたところで、皆の意見が聞きたい」
そのヒナタの問いに、皆が口々に自分の感じた意見を話していく。
アルノーは、魔王リムルが凄まじく有能な王であると共に、街道がこれほど安全に整備されていれば、その安心感は人を呼び込み、ファルムス王国を経由する街道は間違いなく衰退するでしょうと、述べる。
そして、続いてバッカスが重々しく口を開く。
旅先では、魔物もそうだが、商人や旅人を狙う盗賊ななどがいて、更に病気や怪我なども怖いと話す。
しかし、この街道では人の往来も多く、定期的に乗り合い馬車が行き来している。
馬車が壊れるなどのトラブルも、この人の多さなら対処できるでしょうし、何より他の街道より安心感が違うと話す。
「ですね。困った時に助けが期待できる環境というのは、お金に代えられない安心感がありますものね」
「金銭面でも、高額な護衛団を雇う必要がなくなります。それこそ、最低限の護衛だけですみますね。それだけでも、ねぇ……」
バッカスの言葉に、リティスとフリッツも同意する。
意外にも、リムルに好意的な意見が多かった。
「それで、ヒナタ様。後は魔王リムルがヒナタ様の謝罪を受け入れてくれればいいんですがねぇ……」
バッカスが何気に口にした言葉に、ヒナタ以下皆も同意するように静かに
「そうね。誠心誠意謝ってみれば、許してくれるかも知れない。でも、それを受け入れず、どうしても一騎打ちを望むのなら受けるしかないのだけど、ね……」
そう言いながら、ヒナタは小さな一つの疑問を引き
何故、今更リムルが一騎打ちを望むのか?
色んな事を想定して思案しても、それだけはわからなかった。
自分のした事が許せないにしても、それが戦う理由とは思えなかったのだ。
〝覚醒魔王〟になったから、力を見せつけたい?
これも、そんな浅はかな考えを持つ者には、到底思えなかった。
どうにも煮え切らない疑問を抱きつつ、その夜は遅くまで談義したヒナタ。
そして、朝を迎え、また旅は順調に進んでいく。
七日目の夜を迎え、宿屋で体を休めるヒナタ達。
明日には、首都リムルに着く。
そこで、リムルと再開する事になるだろう。
絡み合う悪意が迫る中、ヒナタの思いはどこに……。
そのヒナタ達とは別に、一つ前の宿屋で休む男がいた。
追い付いて来たのは、ヤスケ・テラウチ。
部屋の中で、腰に差した打刀と脇差を抜きベッドに置くと、暗くなった外を窓から眺める。
その顔には、どかか楽し気であるも、薄く口端を上げた歪んだ笑みを浮かべていた。
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