忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました。96話です








96話 聖と魔 ⑦ シオン無双&ニコ(前編

 

 

 レナードの前にいる魔人、シオン。

 

 堂々と偉そうに口上を述べた後のシオンは、レナード達を紫の瞳でジロリと一瞥(いちべつ)していた。

 

 

 シオンから発せられる巨大な魔素量(エネルギー)は、Aランクの中でも上位存在と確信していたレナードだったが、その考えを改めざる得ない程のものだった。

 

「これ程とは……凄まじいな。特A級、いや、下手をすれば魔王にすらなれよう」

 

 思わず口に出し呟くレナード。

 

「額の一本角を見るに、敵は鬼人(オーが)の上位種に違いあるまい。あれは、〝妖鬼(オニ)〟だ」

 

 レナードは魔王種に匹敵するという〝妖鬼(オニ)〟だと判断を下した。

 

 〝名持ち〟の〝妖鬼〟。  

 それは紛れもなく災厄級(カラミティ)以上であり、魔王を名乗れば間違いなく災禍級(ディザスター)

 

 過去には、神通力と呼ばれる天変地異をも操る、超常能力を有する個体も確認されていた。

 魔物というより、土地神に近い存在である。

 

 レナードが最大限に警戒を示したのは、間違いではなかったのだ。

 

 

「フンッ! 残念ながらハズレだ。まあ、似てはいるが、私はな――悪鬼(オニ)なのだよ。多分、うん、そうだな。お前達が思ってるほど優しくはないぞ?」

 

 妖鬼(オニ)だと言ったレナードに、シオンは鼻を鳴らしながら平然と返した。

 

(優しいだと? 魔物風情がよく言う)

 

 シオンの言葉に明らかに内心不快な感情を浮かべるレナード。

 

 実際この場にいる者は、シオンが優しいなど思うはずもない。

 

 どこからそんな発想が浮かんで来たのか疑問だが、これはシオンなりの忠告だったのだ。

 

悪鬼(オニ)だと? 対して違いはあるまい。そもそも、我等には関係のない話。貴様が土地神だとしても、我等にとっては邪悪なる魔物にしか過ぎない。我等が神は、唯一神ルミナスのみ!!」

 

 神聖法皇国ルベリオスで認められる神は、神ルミナスのみ。

 そこには例外もなく、唯一の絶対神が神ルミナスなのだ。

 

 西方聖教会を西方聖教会たらしめる絶対真理。

 

 それが土地神であろうと、断じて認める事は出来ない相談であった。

 

 神を名乗らぬならば、見逃そう。

 しかし、そうでないなら、(すみ)やかに滅するのみ。

 

 如何(いか)に強大な力を持とうと、土地神であろうとも、魔王の配下ならば容赦する必要なし。

 

 そうレナードは、己の信念を口にしたのだ。

 

 しかしそう言い放ったレナードに対してシオンは、更に追い打ちを掛けるように、とんでもない言葉を返す。

 

 

「フンッ。お前達の神に興味などない。だから、さっさと質問に答えるがいい!」

 

 ブレないシオンの言葉。

 服従か死か、お前達が選ぶのはどっちなのだ? と。

 

 この言葉は、レナードの逆鱗に触れてしまう。

 

「黙れ! 邪悪なる魔物め。汚らわしいその存在を、この世から消してやる! 放て!!」

 

 激昂して叫ぶレナード。

 

 そしてすぐに、聖騎士達に神聖魔法:霊子聖砲(ホーリーカノン)の一斉射撃を命じた。

 

 神聖魔法:霊子聖砲(ホーリーカノン)、数少ない神聖魔法の攻撃手段の一つ。

 その放たれた聖なるエネルギー弾は、魔素を分解する事で魔物の身体構造を分解する。

 

 人であれば意識を刈り取られるだけで済むが、魔物ならばその存在を分解抹消されてしまうのだ。

 

 これは魔物にとっては弱点である。

 

 〝地・水・火・風〟の四属性と違って、〝聖〟と〝闇〟の二属性は『無効化』出来ないのである。

 

 聖属性である天使系の魔物以外、神聖魔法:霊子聖砲(ホーリーカノン)を防ぐ事は不可能だった。

 

 レナードの命令を受けて、四方から放たれ迫る聖なるエネルギー弾。

 

 だがしかし。

 

 その聖なるエネルギー弾の性質を見ても、平然と佇むシオン。

 

 手に持つ大太刀の一閃。

 

 パパパパンッと、甲高(かんだか)い掻き消されような音が周辺に響き渡る。

 叩き潰されたエネルギー弾の光の飛沫が、そこに花を咲かせたように輝きながら霧散していく。

 

 シオンは手に持った大太刀で弾き返すではなく、文字通り刃で聖なるエネルギー弾を叩き潰したのだ。

 

(ふむ。何とか出来ましたね。弾き返すではなく、サンコみたいにその場でエネルギー弾を叩き潰す。サンコは簡単ニャよ? と言ってましたけど。存外に難しいものです。『料理人』で最適化して潰しましたから、普通は弾き返すのがいいのでしょうね。それともう一つ、あれも試してみましょう。フフッ)

 

 レナードを見ながら、薄く笑みを浮かべるシオン。

 

 シオンはサンコ達との合同訓練の中、サンコがベニマルが放ったエネルギー弾を全て拳と蹴りで叩き潰したのを見ていた。

 

 それを、即興(そっきょう)で真似してみせたのだ。

 弾き返すよりその場でエネルギー弾を潰して見せた方が、より相手に衝撃を与えるだろうと判断しての行動だった。

 

 その試みは見事的中し、レナードを驚かせた。

 

(あ、有り得ない。弾き返すではなく、聖なるエネルギー弾を叩き潰しただと!?)

 

 

「おい、それが答えか? 服従しないのならば、殺すしかないぞ?」

 

 そして、どうしてこいつら言う事を聞かないんだろうという感じで、もう一度レナードに問うシオン。

 

 しかし、驚きながらもシオンの脅しには屈しなかったレナード。

 

 いくらシオンが土地神クラスの化け物であろうと、既に聖浄化結界(ホーリーフィールド)で捉えられているのだから。

 

 後は結界を維持しつつ、敵の弱体化を待ち、トドメを刺すだけ。

 そのはずなのだが、レナードはシオンの太刀筋を見て、達人クラスであると認めてもいた。

 

 弱体化してるはずなのに、その剣速はレナードに匹敵していた。

 何事もないように振り払われた大太刀。

 その気負いもなく、極自然に剣を振るうなど達人にしか成し得ないものであり、レナードはそこを見抜いていた。

 

 更に、普通ならば聖属性を叩き潰した大太刀も尋常ではなかった。

 魔素を分解するという霊子聖砲(ホーリーカノン)の性質上、それを受けた魔剣などはものの数発で壊れてしまう。

 

 しかし、シオンの持つ大太刀には、壊れる気配など微塵もなかった。

 

 攻撃を続ける四方を守る聖騎士。

 

 

 その時だ。

 

 

 四方を守るその一角、防衛と攻撃を担当していた聖騎士に向けて、霊子聖砲(ホーリーカノン)を打ち返したのだ。

 

(馬鹿な! そんな芸当も出来るのか!?)

 

 驚愕に唇を震わせ、内で言葉を吐くレナード。

 

(聖なる属性を受け流しつつ、更にそのエネルギーを大太刀の刃に纏わせて、次なるエネルギー弾を打ち返して攻撃に転じるなど……。常識的に言って、不可能だ!)

 

 そう、シオンの行った技は、一瞬のタイミングでしか行えぬ神技であり、それをシオンは平然とやって見せたのだ。

 

 そして、これもサンコの技を見ていて真似てみた技であったのだ。

 

 ベニマルが撃った黒炎弾をサンコは、受け流しつつ自分の手にその黒炎エネルギーを纏わせ、手の平と手の甲でクルクルと黒炎弾を遊び回しながらベニマルに向けて受け返した、攻防一体の技。

 

 受け流し即攻撃に転じる、天牙影千(てんがえいせん)流柔術の受け返しの技。

 

 シオンはそれを、大太刀でやって見せたのであった。

 恐るべきはシオンの天性の勘。

 

 朧流を納めながらも、我流の部分もあるシオン。

 同じく天然の戦闘勘を持つサンコとは、どこか似ている部分があった。

 

 天牙影千流柔術を会得し、そこから更に自分流の〝猫鉄拳〟を編み出したサンコ。

 どこか似ている二人は手合わせもよくしていて、最近では名で呼び合う仲にまでなっていた。

 

 シオンも含めてだが、眷属達との手合わせを行う中で、リムルの配下、特に幹部達のスペックは格段に引き上げられていたのであったのだ。 

 

 特にディアブロなどは、ワザとツキハを挑発をして〝手合わせ(ケンカ)〟をしていたのは言うまでもない。

 

 そんなシオンを見て、レナードは慌てて攻撃を中止させた。

 

 霊子聖砲(ホーリーカノン)を受けた聖騎士は、意識は刈り取られずに済んだが、明らかに表情に動揺が見えていた。

 

 聖浄化結界(ホーリーフィールド)内部からの攻撃。

 レナード達にとってこれは想定外であった。 

 

 聖騎士達は動揺し、レナードもまた驚愕の思いを捻じ伏せ、次なる策に思考を巡らせる。

 

 シオンはシオンで、思いの外に効果が無かった事にイラだっていた。

 このエネルギー弾は魔物には効果は絶大なのだが、人間には効果が薄いと気付いたのであった。

 

 相手を舐めていたせいで結界に囚われたのは不注意だった。

 しかし、そんな話は分かり切った事である。

 自分には自分の考えがある、そう思い返し、これは自分が望んだ結果だと、今一度認識したシオン。

 

(リムル様から注意された聖浄化結界(ホーリーフィールド)係累(けいるい)……。似たような性質を持ち、結界内の魔素濃度が低下し始めていますか。このままでは、私の能力にも影響を及ぼしそうですね……)

 

 こっそりと『空間転移』も試していたが、これも封じられていた。 

 

 しかし、それも想定内の事、そうシオンは考える。

 

 

「おい……(サンコみたいに遠慮なく暴れられたらどんなに楽な事か……)おい、お前ら。私が優しく言ってるうちに、軍門に(くだ)れ」

 

 ぐっと怒りを我慢して、必死に笑みを浮かべて呼びかけるシオン。

 

 そんなシオンは、怒ったら後先考えずに行動し、やった後から考えるサンコを、少しだけ(うらや)ましく感じていた。

 

 普通はそんな事を羨ましく感じてはいけないのだが、やはり二人はどこか似ているのだろう。

 

 そして、完全に上から目線で、聖騎士を歯牙にもかけぬ物言いなのだが、シオンにとっては大真面目に対応していたのである。

 

 当然、そんな道理はレナード達には通らない。

 

「馬鹿め! 結界に囚われて何も出来ない分際で、何を言う。偉そうに、ほざくな!」

 

 シオンの呼びかけに、ギャルドが吠える。

 

 その言い返しに、シオンのイライラが更に募っていく。

 もうシオンの堪忍袋は限界突破しそうにまで膨らみ、今にもブチ切れ爆発しそうだった。

 

 その証拠に、もうサンコみたいに暴れてから考えますかなどと、不穏な事を呟きだしていた。

 

「いいか、私はリムル様より、なるべくお前達を殺さぬように命じられている。今なら殴らずにおいてやるし、はぁ~、そうだな、特別に私の手料理を食わせてやるぞ? どうだ、素晴らしい――」

 

 そこまでシオンが言いかけた時に、キラリと何かが光り。

 シオンの首後ろを目掛け超高速で飛来する物があった。

 

 一瞬の間を狙った、殺気を消した攻撃。

 

 大気を割き、真っ直ぐにシオンの首後ろ目掛け飛ぶ暗殺ダガー。

 

 シオンが気付いた時には、もう(かわ)しきれない距離にまで迫っていた。

 

 その刹那――

 

 カラ、コロンと下駄の音が響き、虚空から現れた小さな手が、そのダガーを掴み取っていた。

 

「シオンちゃ~ん。油断しちゃ、ダメでしょう~。でも、お姉ちゃん暇してたからぁ、いいんだけどぉ」

 

 間延びした少女の声が、何もない空間から聞こえて来た。

 

「ニコ姉さん、やはり近くにいたのですね」

 

 驚きもせずにシオンはそれに答えた。

 

 すると。

 

 ヂリリ、ヂリッ、チリリッ。

 

 シオンの後ろの空間が、ノイズみたいな音を立てて揺らぎ、亜人の少女の姿が頭から現れていき、胸、腰、足へといき、完全に姿を現した。

 

 それは、肩より上の長さのショートボブにした薄めの茶髪で、顔の右横に黒毛の小さい三つ編みを垂らした、猫種亜人形態のニコであった。

 

 膝丈までの紺色の小袖に、黒のハーフスパッツに似たものを穿き、素足に赤い鼻緒の浴衣下駄を履き、年は十二歳位にしか見えなかった。

 しかも愛くるしい顔付にも関わらず、その年に見合わない狂気を含んだ笑みが、言い様のない不気味な印象をレナード達に与えていた。

 

(魔物の子供? いや、一体全体この子供の魔物から感じる異質な妖気(オーラ)は何なんだ……?)

 

 そんなレナード達を無視してニコは、右手に持った暗殺ダガーを手の指でクルクル回しながらシオンの遥か後ろに隠れる者に、大きな声で問いかける。

 

「ねえ、そこにいるのでしょう~? この暗殺ダガーはぁ、千年以上前の物で、魔物殺しと言われたダガーよねぇ? 貴方、どこの暗殺組織の者かしらぁ?」

「お前、魔王リムルの配下なのか? 何時からそこにいたんだ!?」

 

 レナードが声を荒げニコに問いただすも、ニコはそんなレナードを視野にも入れずに吐き捨てる。

 

「ちょっとぉ、黙っててくれるかしらぁ。私はねぇ、番外魔王の眷属なのよぉ。で、次に言葉を吐いたらぁ。殺しちゃうぞぉ?」

「あの、悪辣(あくらつ)な魔物の眷属だと――なっ!?」

 

 パンッ。

 

 警告を無視して声を出したレナードの右(ほほ)を、見えない何かが凄まじい速度で通り過ぎて行った。

 

 それは、真空波である。

 ニコが背をレナードに向けたまま、右手をほんの軽く振っただけで放った真空波。

 その不可視の真空波が右頬を(かす)めたのである。

 

 レナードは、右頬からツーッと流れ落ちる一筋の細い血を手の甲で拭うと、ニコから漏れ出る異質な妖気(オーラ)にそのまま口をつぐんでしまう。

 

 ギャルドと他の聖騎士も同様で、ニコの放つ妖気(オーラ)に当てられて、身動きが出来なかった。

 

(ニコ姉さんが見る先……認識が阻害されている?)

 

 シオンはニコの視線の先にいる者を見極めようとしたが、どうにもその一点だけが視界がぼやけてしまい、正体が掴めずにいた。 

 

 だが、ニコには見えていた。

 

「ねえぇ、濃い緑色のフード付きの外套(がいとう)を着た男ぉ。私には見えてるのよぉ。それ、姿隠しの認識阻害の魔法を施した、暗殺者御用達の代物よねぇ?」

 

 そこまで言うと観念したのか、ニコが言った通りのフード付きの外套を着た男がシオンの後ろ後方約百メートル先の樹木の間から姿を現した。

 

(フード付きのマントを着た男。暗殺者だと? 何故にこの戦場に潜んでいたのだ。一体何時から潜んでいた? それに番外魔王の眷属の一人。今回傭兵商会ルヴナンは、表に出て来ないのではなかったのか? 誰の差し金だ、暗殺者を差し向けたのは……?)

 

 いきなり現れた番外魔王眷属ニコに、正体不明の暗殺者。

 

 流石に状況が呑み込めずに、必死に頭の中で状況整理を行うレナード。

 

 

 暗殺者の男が外套を脱ぎ捨てると、そこには引き締まった体を持つ二十代後半位の青年がいた。

 顔付は、どこにでもいる普通の顔付で、とりあえず目立った特徴のない男であった。

 

 だがしかし、この特徴のない顔が暗殺者の武器にもなるのだ。

 

 暗殺者は他者の印象には残ってはいけない、目立たず目標を狩るには打って付けの顔なのだ。

 

 そう、相手は暗殺の達人である。

 

 森林に溶け込むかのような色のシャツに、皮のロングパンツ。

 そして、厚めの魔獣の皮で出来た胸当てに、肘当て、それに膝当てと(すね)をガードする脛当て。

 

 見た目は軽装だが、皮の胸当てなどには防御魔法が付与されていて、かなりの防御性能を持っていた。

 確実に相手を仕留める武装。

 

 この男は、〝日曜師〟グランがある筋を使って差し向けた暗殺者の一人。

 

 ヒナタを始末する保険として。

 

 ニコが色々問いかけるも、暗殺者の男は腰後ろから小剣(ショートソード)を二本抜き、黙ったままゆっくりと確実に、ニコに近づいて来ていた。

 

「ふーん、そっかぁ。黙して語らず、一流の暗殺者なのねぇ。ならぁ、殺してぇ記憶を頂くしかぁ。ないわよ、ねぇ」

 

 狂気の微笑み。

 

 にやーっと笑みを浮かべ言い、ニコが少しだけ狂乱の妖気(オーラ)を、暗殺者の男にだけ向けて解放した。

 

 一瞬男の動きが止まる。

 

 しかし、また男はニコに向かって慎重に歩を進めて来た。

 

(あらあらあらぁ? この男……感情が食われている? うーんと、消されているのかしらぁ? 感情を完全に消すとぉ、ただの殺しが上手い木偶(でく)の坊になるからぁ、恐怖を感じる感情だけを、消し去った感じかなぁ?)

 

 自分の放った妖気(オーラ)をまともに受けても一瞬動きを止めただけで、構わず自分の間合いに入ってくる男に対して少し(いぶか)()な感情を抱くニコ。

 

 そして男は、ニコの間合いギリギリにまで来ると足を止め、両手に持ったショートソードを構えた。

 

 ニコニコと笑みを浮かべ、男の投げたダガーを(ふところ)に仕舞うニコ。

 

「ふふーん。私の間合いがわかるんだぁ。そこは流石一流の暗殺者だわねぇ。でも、後はいいとこ二流かしらぁ」

 

 ニコは構えもせずに尻尾だけを左右にぶんぶんと振ると、右(たもと)に右手を引っ込め、左袂から苦無(クナイ)を取り出し眼前に放り投げ、それを尻尾の先で苦無の柄を巻き付けるように掴んだ。

 

 左手も袂に引っ込め、そのまま胸の前で両手を合わせるように両袂を合わせるニコ。

 

「さてとぉ。逃げ切れないと悟ったことはぁ、褒めてあげるわよぉ。そしてぇ、記憶が奪われないといった自信もあるみたいよねぇ。さあ、存分に私を楽しませてみせなさいなぁ~」

 

 カカン!

 

 ニコが言いながら、浴衣下駄の音を響かせ――

 それを合図に暗殺者の男がニコに攻撃を仕掛けた。

 

 瞬時にその場からニコの背後に回り込み、両逆手に持ったショートソードをニコの首目掛け斬りつける男。

 

 ギャギンッ。

 

 ニコが尻尾に掴んだ苦無でそれを防ぎ、カカカカンッと、浴衣下駄の音を鳴らしながら逆に男の背後に回り込む。

 

 それに対して男は、左に体を捻りながら左手のショートソードを振り抜き、一呼吸ずらしたタイミングで、右回し蹴りでニコの顔面を狙う。

 

 カンッ!

 

 その蹴りをニコは、身体を後ろにのけ()らしながら左足で男の蹴り足を真上に蹴り上げる。

 

 蹴り足を蹴り返され、態勢を崩した男の右足は真上に蹴り上げられていた。

 

 ズシャッ! 態勢を崩しながらも男は、のけ反ったニコの身体目掛け(かかと)落としを見舞う。

 

 カンッ、カカン。

 

 ニコは放たれた踵落としを、のけ反ったまま頭頂部だけを地面に付けると、頭を支点にした後方転回でそれを(かわ)す。

 

 後方転回で身体を跳ね起こしたニコは、軽やかなステップで浴衣下駄を鳴らし、その場でクルリと一回転して止まる。

 

「へぇー。あの態勢から踵落としを繰り出せるなんてぇ、中々の体幹能力だわねぇ。お姉ちゃん感心しちゃうわよぉ。うふっうふふふ~」

 

 コロコロと笑うように言い、妖しい上目遣いで暗殺者の男を見るニコ。

 

 暗殺者の男は依然として黙したままで、また二本のショートソードを眼前に構える。

 

 

 その二人の攻防を見ていたレナードが、思わず声を漏らしてしまう。

 

「あんな木靴で何故あのような動きが出来るんだ? それに、ただの暗殺者じゃない男の動き。どうしてあんな凄腕の暗殺者が、ここにいるんだ……?」

 

 レナードも剣の達人にまで上り詰めた男。

 二人の戦いを見て、尋常ではないものを肌で感じ取っていた。

 

 特に、ニコの履く浴衣下駄が戦いに不向きな事は見てわかった。

 しかし、ニコは難なく暗殺者の男の動きについていき、暗殺者の男より早く動いていたのに驚きを隠せずに、自然と口にしていたレナードだった。

 

 そんなレナードの言葉に、シオンがやれやれと言ったように口を挟む。

 

「あれは、浴衣下駄という履物です。ニコ姉さんは、裸足であろうと浴衣下駄であろうと、何ら変わらない動きが出来るんですよ」

「ユカタゲタ?」

「ええ、そうです。あれでも全然本気を出してませんけどね」

「あれで本気ではない、と?」

「ええ。ニコ姉さんが本気を出したら、今の私では五分と持ちませんよ。今は、ですけどね」

「……」

 

 ぶっきらぼうに言いながらも〝今は、ですけどね〟を強調するシオン。

 いかにもシオンらしい言葉であり、荒ぶる〝悪鬼(オニ)〟の片鱗(へんりん)を垣間見せる。

 

 土地神クラスのシオンから、ニコが本気を出したら五分と持たないと聞かされ言葉を失うレナード。

 

 

 だがしかし、そのシオンの恐ろしさをすぐに味わう事になるだろうとは予想だにしないレナード達。

 

 

 ニコと暗殺者の男との戦いが終わった後は……。

 

 

「うふっ、うふふふふぅ。いいわよぉ、その目。正に暗殺者の目ぇ。中々においしいそうな魂なのかなぁ~。あは、あはははははははーー」

 

 暗殺者の男の凄まじく殺意のこもった眼光に、ニコは嬉しそうに(わら)い声を上げる。

 

 狂気は御馳走。

 最高の味の、甘味。

 

 狂乱猫ニコ。

 

 

 その姿を見て生き残った者は数少ない。

 

 ニコの気まぐれで生かされた者のみが、ニコの本性を記憶に焼き付ける。

 

 

 全てが終わった時、レナード達は――

 

 狂乱猫ニコの、伝承を思い出す。

 

 

 

「遊びは終わりにしましょうかぁ~、あはん、あはっ、あははははは~」

 

 

 カラン カカッ カン

 

 

 軽やかに鳴り響く下駄の音が、暗殺者の男の命の終わりを宣告する。

 

 

 




 この作品を読んで頂きありがとうございます!

 次回、〝シオン無双&ニコ(後編〟を、よろしくお願いします!





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