忍びが転生したら〝異世界珍道中〟になった件   作:にゃんころ缶

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 ※作中使用の特殊フォントは、〝ライム酒様〟作成の特殊フォントを使用させて頂いています。 
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97話 聖と魔 ⑧ シオン無双&ニコ(後編

 

 

 暗殺者の繰り出すショートソードの連撃。

 

 激しく甲高(かんだか)い音を立てて火花が散り、ニコの苦無(クナイ)とショートソードの刃が交差する。

 

 ニコは両手に刃渡り二十センチの苦無を持ち、柄尻(つかじり)の輪に人差し指を入れて手の中でクルクルと回し、逆手に握り構える。

 

 尻尾に掴んだ苦無を入れて、三本の苦無を使う。

 両手の苦無の攻撃に加えて、尻尾に掴んだ苦無が死角から振るわれる。

 

 その死角からの攻撃を暗殺者の男は、かろうじて防いでいた。

 

「へぇー、あれを防ぐのねぇ~。人間のくせに中々にやるじゃなーい。って言っても、仙人級はあるかしらねぇ」

 

 ニコの接近してからの両手苦無の斬撃に、尻尾からの苦無の斬撃が左下から放たれたのを暗殺者の男は右膝を真っ直ぐ上にげ、(すね)に着けた脛当て受け(かわ)していた。

 

 その攻防は見ているレナードの目を釘付けにしていた。

 

「あの尻尾に掴んでいるダガーのようなもの? あれの死角からの攻撃を(かわ)すのか、あの男は……」

 

 ニコの死角から来る苦無の斬撃は、レナードすらギリギリで躱せるかどうかのタイミングで繰り出されており、それを全て防ぎ続けている暗殺者の男の技量の高さにレナードは、感嘆の声を呟くように上げていた。

 

 そしてシオンは、大太刀の刃を上に向け右肩に担いだまま表情を変えず、ニコと暗殺者の男の戦いを静かに見ていた。

 

 しかし、戦っているニコはどこか不満気な顔をして、暗殺者の男に向かって吐き捨てるように言い放つ。

 

「ねぇ、人間の男ぉ。アナタ、傀儡(くぐつ)なのかしらぁ?」

「「「「何っ!?」」」」

 

 いきなりのニコの言葉にレナード達は、思わず声を漏らしてしまう。

 慌ててニコの様子を窺うが、ニコの意識は暗殺者の男に向けられたままだった。

 

 最初に妖気(オーラ)をぶつけた時は、恐怖の感情を喰われているか消されていると考えたニコ。

 

 だが、刃を交える事である違和感に気付いたのだ。

 

「はぁー、つれないわねぇ。いったい誰なのかしらぁ?」

「……」

「喋れないというよりぃ。アナタぁ、中身だけ死んでるんじゃないのぉ?」

「やはりそうでしたか」

「え?」

 

 死人(しびと)、ニコがそう指摘すると、シオンも気付いていたのか相槌(あいづち)を打ち、一人意味がわからないレナードだけ驚きを口にしていた。

 

 ニコが言った中身とは、〝精神〟の事である。

 ツキハやコハク、それに眷属達は悪魔族(デーモン)と同様に魂を認識できる。

 その暗殺者の男の魂に微かな違和感感じ、ニコは中身、精神が死んでると言ったのだ。

 シオンは魂を見る事は出来ないが、天性の勘で暗殺者の男が傀儡だと勘づいていたのである。

 

「アナタの魂の色なのだけどぉ、巧妙にその男の色を保っているけれどぉ、その影に潜むもう一つの色はぁ、誰なの?」 

「……」

 

 最後の言葉は間延びがなく、重く凄まじい殺気が込められたものだった。

 ビリビリと空気が震えるような感覚に、レナード達は口を開くことが出来なかった。

 

 そして暗殺者の男は表情に一切の変化は見られなかったが、内に潜む魂の色が微かに揺らいだのをニコは見逃さなかった。

 

「その小剣の技、確かにその男の技なのだろうけどぉ。ところどころにぃ、私たちがつかう小太刀術に通じるものがあるのよねぇ。アナタぁ、もしかしてぇあの時の女かしらぁ?」

「……」

『甲賀流小太刀術に体術、よねぇ、それ?』

「……」

 

 一向に反応のない男にニコは構わずに、一方的に言葉を吐き出していく。

 甲賀流という言葉を言った時だけ『思念伝達』で暗殺者の男に言ったニコ。

 

「あれからぁ後なのだけどぉ。ツキハ様が教えてくれたのぉ。『お面の女が使う技は、ツキハ様が人間だった頃によく知ってる技なんだと言ってたのよねぇ』うふふ~」

「……」

「はにゃ?」

 

 はぜろ

 爆ぜろ

 

 ニコが『思念伝達』でツキハの名を言ったと同時に暗殺者の男が、残像も残さぬ速さで四つ印を結んだのだ。

 

 それを見たニコも、凄まじい速さで七つ印を結び、眼前で両手を叩き合わせた。

 

 パンッ!

 

「ちょっ!?」

 

 言霊(ことだま)が宙を走る。

 

 えんしんか

 〝呪符結界 円真華(えんしんか)

 

 八枚の呪符が虚空から現れ、円形状にニコを取り囲む。

 

 そして、圧縮されたソフトボール大の輝く魔力球がニコの前に具現化し、一気に爆発した。 

 

 その威力は、ニコ達がいる周辺領域を吹き飛ばすには十分な物だった。

 

 激しい爆発音が大森林に轟き、真っ赤な火炎が直径五メートルの半ドームを形成し、中にいるニコを焼き尽くす。

 

(あれは……忍魔術?)

 

 かろうじて暗殺者の男の手が見えたシオンだけは、暗殺者の男がした事がわかっていた。

 

「何が……?」

 

 一方暗殺者の男が何をしたかわからないレナードは、ただただ半ドーム状に火炎渦巻くその光景を呆然と眺めていて、他の聖騎士達も同様である。

 

 シオン達に被害が及ばないよう、咄嗟(とっさ)に魔力球ごと自分を防御結界で包み込んだニコ。

 

 次第に火球の渦が小さくなり、膨大な熱量の為に大気中の水分が蒸発して、もうもうと立ち込める水蒸気でニコの周りだけ真っ白になっていた。

 

 やがて、立ち込めていた水蒸気も穏やかに流れて来た風に流され、その中心に立つニコの姿が浮かび上がる。

 

 とこどころ焼け焦げて細く白い煙を出していたが、その姿は健在であった。

 

「よくもぉ、お焦げにしてくれたわねぇ。わ~た~し~、少しぃ、頭にきちゃったかもぉ。あは、あははははっ、あはははははぁ~」

 

 少女の顔には似合わない狂気を含んだ、甲高い(わら)い声。

 

 狂乱猫ニコが――

 暗殺者の男を、完全抹殺対象として認識した瞬間である。 

 

 その嗤い声に言いようのない恐怖を感じる聖騎士達。

 

 レナードとギャルドだけは、何とかその狂乱の笑い声には引っ張られずに耐えていた。

 

「チッ。何て(おぞ)ましい笑い声をするんだ、あの魔物は!」

 

 ギャルドは言葉を吐き捨てながら、ニコを(にら)み上げていた。

 

(まさか、あの伝承にある狂乱猫なのか?……。奴を見て、(ほとんど)ど生き残った者がいないという魔物。あの亜人の少女が狂乱猫ニコだったとは、迂闊だ……)

 

 レナードは言い伝えられて来た、狂乱猫ニコの伝承を思い出していた。

 

 そんなレナードたちを見て察したシオンが、口を開いて来た。

 

「お前ら、リムル様に感謝するんだな」

「感謝、だと?」

 

 シオンの言葉に(いぶか)し気に返すレナード。

 

「ニコ姉さんは、お前達が古くから伝承に残し言い伝え知る、狂乱猫ニコです。今回は無益な殺生は避けるようにと眷属の皆へ番外魔王の御二人を通じて、この事を固く守るようにと言っておられたのです。だから、お前達は殺されない。もっともあの暗殺者の男は、その対象には入らないみたいですけどね」

 

 淡々と言い放ったシオンは、そのままレナード達には目もくれず、ニコの方へ視線を向けたままだった。

 レナードは黙ったまま何も返さなかったが、ギャルドは「魔物がそんな事を言うのか!?」などと、嚙みついてきたが、シオンはギャルドの言葉には耳を貸さなかった。

 

 

 じりじりと間合いを詰めてくる暗殺者の男。

 それに対してニコは、両手をだらりと下げ、尻尾も同様にだらんと下げたままであった。

 

 ダンッと大地を蹴り、暗殺者の男が残像を残しニコに迫る。

 

 一瞬でニコの間合いに入った男は、縦横無尽にショートソードを繰り出す。

 

 そのあらゆる方向から来る斬撃を、まるで蝶がゆるりと飛ぶようにゆらりゆらりと体を揺らしながら(かわ)していく。

 

 〝天牙影千流 歩法術・胡蝶ノ舞〟

 

 これは、無手で得物を持つ相手に対して使う体(さば)きであり、独特な足運びをする歩法の一つである。

 

 カンッ カカンッ カラカラン

 

 下駄の音を鳴らし、ひらりひらりと踊るように足を運び、相手の動きに合わせ付かず離れずの間合いを保つニコ。

 

 その動きに暗殺者の男は一度大きく後ろに飛び退(すさ)ると、両手に持ったショートソードをニコに目掛け投げる。

 

 大気を割きニコに迫るショートソードにニコも、両手に持った苦無を投げつける。

 

 ガギュンッと金属がぶつかる音を響かせ、ぶつかり合ったショートソードと苦無が弾け飛ぶ。

 その合間を縫って一本の苦無が、暗殺者の男の喉元目掛け飛んで来た。

 

 ニコが尻尾に掴んだ苦無を投げたのである。

 

 男は眼前に迫る苦無を体を回しながら右手で掴むと、身体の回転に合わせて苦無をニコに投げ返す。

 

 キュンッ。

 

 空気の鳴る音と共にニコが首を左に(かし)げると、右頬を(かす)めるように苦無が凄まじい速さで通り過ぎていく。

 

 ガカカンッ!

 

 頬を掠めた苦無は、ニコの後ろにある大きな樹々を数本貫き止まる。

 

 だが、頬を掠めたと同時にニコは瞬歩で暗殺者の男の前に、いた。

 そして、男の耳元に口を近づけ小声で――

 

「やっぱりぃアナタ、あの時の女、よねぇ~?」

 

 にぃやぁーっと(わら)い言う。

 

 刹那――

 

 ニコの言葉に返すように男はニコの右袖と左襟首を掴むと、そのまま背負い投げのようにニコを、頭から地面に叩きつけた。

 

 ゴシャッ!

 

 鈍い音が響き、頭から叩きつけられたニコの首がくの字に折れ曲がった。

 

 そのまま背中から地面に倒れるニコ。

 

 バジュッ! 追い打ちで男がニコの顔面を踏み抜く。

 

 真っ赤な鮮血にも似た魔素粒子を飛び散らし、ニコの頭が踏み砕かれた。

 

 それを見たレナード達はニコが死んだと考えたが、暗殺者の男は更に腹部目掛け踏み抜こうとする。

 頭がないニコの体が瞬時に体を跳ね起こし、その踏み抜かれた足を(かわ)す。

 

 そして、ニコの首から上に掛けて魔素粒子が渦巻きながら集まり、踏み砕かれた頭を再生した。

 

「もう~、なんてことしてくれるのかしらぁ~。ほんとうに、腹がたつわねぇ~。あきゃ、あきゃきゃきゃ~」

 

 一層甲高い声で嗤い、口元を(ひず)ませていくニコ。

 

 両腕を小さく折りたたむように眼前に持って来て、両手は猫手のように構える。

 

 その奇妙な構えに暗殺者の男は一瞬警戒するも、次には躊躇せずにニコに拳の連打をお見舞いする。

 

 右ストレートからの体をその場で回し、左裏拳をニコの顔面に叩き込むように放つ。

 

 その左裏拳をニコは、右肘で迎撃する。

 

 ゴシャッと骨の砕ける音がし、男の左拳の骨が砕かれた。

 男は砕かれた左拳には構わず、右掌底をニコの腹部に打ち込んだ。

 

 ベコンッとニコの腹部がへこみ、打ち込まれた打振が背中へと突き抜ける。 

 

「ギャフッ」

 

 打ち込まれた打振がニコの体内で暴れまわる。

 

「こぉのぉ~」

 

 ドンッと自分のへそ辺りを叩き、打ち込まれた打振を自分が打ち込んだ打振で相殺した。

 

 その時、暗殺者の男の口元にほんの一瞬だけ笑みが浮かぶ。

 

「遊んでるのかなぁ? もう、殺すぅ」 

 

 男が左手の骨を治す為に腰のポーチからポーションを取り出し飲み干した瞬間――

 

 ニコが密着するくらいにまで接近すると。

 

 零距離からの両肘を使った連打を放った。

 暗殺者の男も自分の拳と蹴りで迎え撃つも、全ての拳打と蹴りが、ニコの肘で迎撃され更に肘での打撃を全身にピンポイントで叩き込まれてしまう。

 

 暗殺者の男の放ったパンチを肘で防御すると同時に、拳を破壊する。

 蹴りさえも肘で防御し、同時に両足の甲の骨と、(すね)を粉砕した。

 

(あれは、サンコが得意とする肘を使った攻防一体の肘打ちの技)

 

 ニコが使った技をシオンは知っていた。

 

 ほぼ零距離から放たれ、あらゆる角度から打ち込まれる肘。

 こちらの拳打と蹴りは、その肘で防御され手足を壊されてしまう。

 

 えげつないくらいに相手の拳と蹴り足を壊すことに特化した、打撃技。

 それをシオンは、身をもって体感していたのだ。

 

 抉り込むように右肘を左顔面に打ち込み、更に今度は左肘が右顔面に打ち込まれる。

 そして下方向から右肘が顎を打ち上げる。

 

 そこから胸に数十発の肘が打ち込まれ、その肘の打撃一つ一つに打振が練り込まれていた。

 ピンポイントで体内に放たれた打振が男の体内で渦を巻き、内臓を破壊していく。

 

 〝天牙影千流 柔術殺技 (くさび)打ち・穿牙(せんが)

 

 肘を楔のように一点に打ち込む事から、この呼び名が付いた技である。

 

 まず肺が潰れ、次に肝臓が破裂する。

 次々と体の重要器官が破壊され、ガハッと口や目、耳から大量の血を流して男の動きが止まってしまう。 

 

 そこへ――

 

 ドズンッと地響きにも似た音が響き渡り、ニコを中心にして円形状に地面がへこみ、直径五メートル程の浅いクレーターが形成された。 

 

 ニコが震脚をその場で踏み、トドメの体当たり肘打ちを放ったのだ。

 

 〝天牙影千流 柔術・打技 雷鼓(らいこ)

 

 ツキハ直伝の技である。

 

 暗殺者の男は体をくの字に折り曲げ地面をバウンドし回転しながら数十メートルは吹き飛ばされ、大木に激突してようやく止まった。

 

 激突の重く低い音と共に大木が大きく揺れ、大量の木の葉が周辺に舞い落ちる。

 

 眷属達は、ツキハとコハクから剣術に体術、忍魔術を教え込まれている。

 そこから各々、剣術や体術に忍魔術など、得意な分野を伸ばしていく。

 

 サンコは体術特化になり、ニコは剣術と体術、忍魔術をそつなくこなす。

 イチオは剣術と忍魔術を得意としていた。

 

 そしてイチコは、体術と忍魔術特化型であった。

 

 そんなニコは、普段は苦無を使った技と忍魔術を多用するが、本気で(やり)にいく時は体術も使ってくるのだ。

 

 大木に激突し、ズルズルと崩れ落ちる暗殺者の男。 

 木の葉が舞い落ちる中、カラコロと下駄の音を響かせながら男に近づくニコ。

 

「はぁ……おもしろくないわねぇ」

 

 男の前に立ったニコが、どこか残念そうに吐き捨てる。

 

「憑依か、精神操作の(たぐい)かわからないけどもぉ。ねぇアナタ、ただちょっかい出しに来ただけでしょう? どうあがいてもその男の身体じゃ、これくらいがぁ限界よねぇ?」

 

 低くく小さい声で男の耳元で(ささや)くニコ。

 

 大木に背を預けたまま力なく項垂(うなだ)れている男は、既に死んでいた。

 

 しかし、ニコの言葉に反応してか、男の口が微かに動き、ニコにだけ見える言霊(ことだま)が男の口元に浮かび上がる。

 

 にどめね なかなかにたのしかったわよ では またね こねこちゃん

 (二度目ね 中々に楽しかったわよ では またね こねこちゃん)

 

「あ゛あ゛?」  

 

 ニコが怒りに満ちた声を出したと同時に、宙に浮かんだ言霊が霧散した。

 

「私ぉ子ども扱いにするとはぁ、こんど会ったらぁ、ぜーったいにぶっ殺すわよぉー!」

 

 一気に怒りが頂点に達したニコは言葉を吐き捨てると、死んでる暗殺者の男の胸ぐらを右手で掴み、軽々と自分より上に持ち上げる。

 

 左手だけで印を切り、ピッと左手を真横に切ると、右手に掴み持ち上げてる暗殺者の男が真っ赤な炎に包まれた。

 

 超高温の炎は一瞬にして暗殺者の男を、灰に変えた。

 風に吹かれて灰が舞う中、ニコが右手で何もない宙を掴む。

 

 そして、その掴んだ何かを口に持っていき、ごくりと飲み込んだ。

 

「まずっ……。なんなのかしらぁ、このマズい魂わぁ~」

 

 ニコが食べたのは暗殺者の男の魂だった。

 感情を一部消され、何かの術で操られていた魂は、ニコにとって美味しいものではなかったのだ。

 

 

 一方、大森林の東側奥深くでは――

 

 大森林の中にある大きな岩の上に一人の若い女性があぐらをかき座っていて、右手指に挟んだ一枚の呪符を眼前に構え、顔にはへのへのもへじが描かれたお面を被っていた。

 

 すると、いきなりその呪符が青い炎を上げ燃え尽きてしまう。

 

 燃え尽きた呪符は、暗殺者の男に精神を憑依させ操る術。

 

 

 軽く息を吐きその女性は立ち上がる。

 

「ふぅ。これだけ離れていれば、これが限界ですね。しかし、番外魔王の一桁番号眷属は、確実に魔王級の力は持っている。あの時もそうだったけど、狂乱猫ニコ。天牙影千流を習得した、侮れない魔物だわね。となれば、眷属は皆、天牙影千流を使う忍び集団……」

 

 そう呟きながら女性は、その場から東の帝国へと『空間転移』していった。

 

 

 ニコと暗殺者の男の戦いが終わった後のレナード達は――

 狂乱猫ニコと暗殺者の男の戦いを見て、聖騎士も含め戦意が消えかけていたのだ、が……。

 

 

 ニコが暗殺者の男の魂を喰った事で、レナード達の闘志に再び火をつけてしまっていた。

 

「いくら卑劣な暗殺者であろうと、人の魂を喰らう邪悪なる魔物め!!」

 

 ギャルドが完全に気を取り直した力強い声で叫ぶ。

 

「いかに綺麗ごとを言おうとも、しょせんは魔物。魔物と交渉などあり得ぬ!」

 

 レナードも気迫の(こも)った声で言い、シオンとニコを睨む。

 

 ニコの妖気(オーラ)に当てられていた聖騎士達も軽く頭を振り、レナードの指示のもと陣形を立て直していく。

 

 

「あらら~。ごめんなさいねぇ、シオンちゃん。なんか、よけいに火をつけちゃったみたい~」

「いえ、構いません。更なる恐怖を見せればいいだけです」

「ん~、シオンちゃんもぉ、火がついちゃったぁ感じなのかなぁ?」

 

 完全にいつもの調子に戻ったニコがシオンの前にまで行くと、ちょいちょいと手で頭を下げるように促す。

 (かが)むようにニコの顔に自分の顔を近づけるシオン。

 

 すると、シオンの耳元で。

 

「あのような(やから)の魂はねぇ。ツキハ様コハク様からぁ、喰ってもいいとお許しをもらってるから大丈夫なのぉ。このことは~、リムル様も了承済なのよぉ」

「そうですか。まあ、そんな事だろうとは思ってましたよ」

「うふふ。じゃあ、お姉ちゃんはあっちで見てるからぁ、がんばってねぇ~」

「ええ、ニコ姉さん以上の恐怖を見せつけてやりますよ。フフッ」

「言うわねぇシオンちゃん。なら、お姉ちゃん期待してるわよぉ~」

 

 周りには聞こえないように極小さな声でポソポソと話す、ニコとシオン。

 

 言い終えたニコはくるりとシオンに背を見せると、暗殺者の男が激突した大木まで歩いていく。

 

 幹の大きさは直径三メートルはある木の前で止まると、ニコが右手を真横に振った。

 

 ピシッと割れるような音を出し、大木が地上一・五メートルの辺りから綺麗に切断されていた。

 

 ニコがトンと大木を押すと、ザザッーと木の枝を大きく揺らしながら反対側に倒れ行く。

 

「えい」

 

 カンッ。

 

 右前蹴りでその大木を軽く蹴った。

 

 蹴られた大木は激しく枝を揺らしながら木全体が振動し、そして――

 バガンッと大きな破裂音が鳴り響き、大木が粉々に粉砕された。

 

 ニコが大木に、凄まじい振動波を送り込み、内部から爆散させたのだ。

 

 バラバラと粉々になった木の破片と木の葉が降り注ぐ中ニコは、顔を天に向けると。

 

「忍魔術火遁、炎蛇(えんじゃ)

 

 術名を口にして、三つ印を結び、左手を真横に切った。

 

 えんじゃ

 (炎 蛇)

 

 言霊が宙に浮かび上がり、ニコの足元から蛇の形をした炎が巻き起こり、とぐろを巻くようにニコの体を回りながら天に向かう。

 

 炎蛇はニコの頭上数メートルのところで渦を巻くように回りながら、降り注ぐ木の破片と木の葉を一片たりとも残さず焼き尽くす。

 

 灰となった破片と木の葉は、吹かれる風に巻かれていずこへと飛んで行った。

 

 

「ほっ」

 

 ぴょんと軽く飛び、切り株だけになった大木にちょこんと座るニコ。

 

 事も無げにこの破壊行為を見せたニコだが、既に戦意を取り戻し、シオンとニコを魔王級と見定めたレナード達を動揺させる事は出来なかった。

 

 それを察したのかニコは、(たもと)から小さな可愛い、三百五十ミリリットルアルミ缶位の大きさのひょうたん型水筒〝酒樽君〟を取り出すと、クピクピと中に入ったものを飲みだす。

 

 この時レナード達は、ニコの本当の恐ろしさを知らなかった。

 そう、あまりにも自然にそれを行っていたのだから。

 

 この事は、すぐに知ることになるのであった。

 

 

 

 ニコが完全観戦状態に入ったのを皮切りに、シオンとレナード達の戦いが再戦される。

 

 

「さて、さっきの続きになるが。お前達、もう一度だけ言う。軍門に降るか否か、どっちだ?」

「無駄だ。我等聖騎士は、如何なる魔物との交渉には応じない。これが、答えだ」

 

 それを聞いたシオンは、先程のニコの戦いを思い出すように、ニィッと口端を(ほころ)ばせると。

 

「そうか、よく言った! ならば、ニコ姉さん以上の恐怖を見せて、お前達を従えるまで!!」

 

 そう叫ぶなりシオンは、右手に持った大太刀を地面に叩きつける。

 叩きつけたその衝撃で大地が()ぜ、数多(あまた)の小石が宙に舞い上がる。

 

 シオンはその内の一つを掴むと、目の前にいる聖騎士に目掛けて、投げつけた。

 

「ーー!?」

 

 声を出す間もなく、一瞬。

 

 激音が鳴り響く。

 

 シオンの前にいる聖騎士の前で、何かが小爆発を起こした。

 投げつけた石が、聖騎士の構える盾を粉砕していたのだ。

 

 凄まじい威力の石の投擲(とうてき)

 いまだ聖浄化結界(ホーリーフィールド)に囚われていてもこれである。

 

 弱体化してるはずなのにこれならば、結界がなければ被害は甚大なものとなっていたであろう。

 

「油断するな! 精霊武装にもっと力を集中せよ!!」

「おう、お前達気合い入れろよ! 相手は魔王だと思え!!」

 

 レナードとギャルドが、団員を鼓舞する。

 

 盾を砕かれた聖騎士が慌てて、光の盾を構築し直す。

 

 

 そんなレナード達を見てシオンは、どこか悔しそうに地団駄を踏んでいた。

 今の一撃で一人倒すつもりが、それを失敗したので悔しがっていたのだ。

 

 そこへニコが、「シオンちゃん力み過ぎぃ~。あはははは」とケラケラと笑う。

 

 ニコの戦いを見てから、レナード達に対して怒り心頭だったシオンなのだが、今は闘争本能をニコに刺激されたのか、如何にレナード達を屈服させようかと、その手段を考えていたのだ。

 

「そうだな、一つ提案がある」

「魔物との交渉はしない。さっき言ったはずだ」

「まあいいから聞け。さっきも言った通りなんだが、私はお前達を殺すなと命じられている。だからその上で、お前達に実力の差というヤツを見せてやらねばならんのだ」

「……」

「先程の小石も手加減して投げたのだが、これが案外難しい。ニコ姉さんにも言われたのだが、あまり力み過ぎて本気を出すと一人二人は殺してしまいそうでね――」

「何を言う、ハッタリだ!」

「聞くな! 魔物の言葉に惑わされてはいかん!」

 

 シオンの言葉に思わず反応する聖騎士達。

 

 その反応を見て、ニヤリと笑みを浮かべるシオン。

 

「うんうん。聞く気になったようで、何より。で、その提案なのだが――」

「耳を貸すな! これ以上ヤツの妄言を――」

 

 シオンの言葉をギャルドが遮《さえぎ》ろうとした、その瞬間。

 

 ギャルドの右耳が激しい圧迫感と熱さを覚え、続いて空気が破裂するような音と共に衝撃波が通り過ぎ、鼓膜を破壊する。

 

「ツッ……」

 

 ギャルドが衝撃波で脳震盪を起こさなかったのは、普段から鍛えているお陰であった。 

 それでも軽い眩暈(めまい)が襲い、足元が少しふらつくギャルド。

 

「な、何が起こった!?」

 

 レナードがそう呟き気味にいい、ギャルドに振り向くと。

 

 遥か後方の大木が根元から、ミシミシと(きし)む音を上げながら倒れる光景が目に飛び込んで来た。

 

「――なっ!!」

 

 一声だけ発し、言葉をなくすレナード。

 耳から流れる血を右手で押さえるギャルドもまた、何が起きたか悟っていた。

 

 シオンが手首のスナップだけで石を投げた。 

 言葉にすると、ただそれだけである。

 

 シオンの投げた拳大の石が、音速を超えてギャルドの右耳を(かす)め、そのまま後ろの大木に命中してこれを貫き砕いたのである。

 

 そう、これは外れたのではない。

 狙いは正確で、ギャルドの右耳を(かす)めるようにピンポイントで狙い投げたのだ。

 

 それで、次のセリフである。

 

「人の話を聞かぬ耳は必要あるまい? 大人しく私の話を聞け」

 

 シオンの後ろで切り株に座るニコが、キャキャッと笑いながらパチパチと拍手をしていた。

 ニコ的には先程の石の投擲は合格点であり、シオンもその拍手に嬉しそうに口元を一瞬緩め、また引き締まった顔に戻る。

 

 ニコの大木粉砕に加え、次はシオンの大木砕き。

 

 これには聖騎士も大人しくなった。

 

「この、化け物め……」

 

 ギャルドも憎々し気に呟くも、動けないでいた。

 

 レナードにしても、もはやシオンの言い分を聞くしかないと、気付いていた。

 

 あの、手首だけのスナップで投げた石の投擲。

 

 その威力を見れば、直撃をもらえば、団員が殺されかねない。

 〝精霊武装〟といえども。完全に衝撃を防げる訳ではないのである。

 

 狂乱猫ニコの大木粉砕は、番外魔王の一桁番号眷属だから出来たこそだと思っていたレナード。

 だがしかし、シオンもまた、それと同等の事をやってのけたのである。

 

 有言実行。

 

 シオンはニコに宣言した通り、間違いなくレナード達に恐怖を与えた。

 ニコと同じ手法を使って。

 

 〝十大仙人〟である〝火〟のギャルドでさえも反応出来ない超速弾を、ただの団員レベルで回避するのは困難。

 

 もし、次がくれば……。

 

 ここで判断を間違うと、戦死者が出ると考えたレナード。

 

(やむを得ぬ、か。大人しく話を聞くのが正解だろう。時間が経てば、それだけヤツは弱体化するのだからな)

 

「話を、聞くだけ聞こう」

 

 レナードはそう答えるしかなかった、団員の命を守る為に。

 

 シオンはレナードの返答を聞き、満足そうに(うなづ)き――

 不敵に微笑みながら、爆弾発言を落とす。

 

「いいか、よく聞け。今からお前達の最大の攻撃を、私に向けて放て。それを私が受けて耐え切ったら、私の勝ちだ。そうしたら、大人しく私の軍門に降るがいい。どうだ?」

 

 それを聞いたニコは。

 

「あはははははぁ~。シオンちゃん、サンコちゃんと同じ思考なんだぁ。ウケるぅ~、お姉ちゃんお腹いたい~。うきゃきゃきゃっー」

 

 両足をバタバタさせて、腹を抱えて笑い転げるニコ。

 

 レナードもまた、自信満々に言ったシオンを、呆れた顔で眺めるも、ふと、脳裏に小さな疑問が生じる。

 

(まてよ……ひょっとして、本気で私達を殺したくないのではないか?)

 

 このレナードの考えは当たっていた、何故なら最初からシオンはそうとしか発言していないのだから、当然である。

 

(だとすると、あの狂乱猫ニコが私達に手出しをしないのも、頷ける。その真意はどこに……)

 

 しかし、レナードが考え込む暇もなくギャルドが吠える。

 

「いいぜ、その提案に乗ってやる。お前ら、俺に霊力を同調させろ。レナード、制御は任せたぜ! ヤツは、あまりにも危険過ぎる。生かしてはおけん!! ヤツの次はあの狂った猫だ!!」

 

 名を呼ばれ我に返ったレナードは、ニコにも敵意を向けたギャルドを見て、ニコの方にも視線を向けるが、既にレナード達に興味はないのか、相変わらず両足をパタパタさせて見た目の歳に見合わぬ妖しい笑みを浮かべ、ひょうたん型水筒〝酒樽君〟の中に入ったものを、クピクピ美味しそうに飲んでいた。

 

「ま、待てギャルド! 少し話を――」

「うるさいわ! いいから、さっさとやるぞ!!」

 

 もう止まらないギャルドに(うなが)されるまま、力を集中させ始める団員達。

 聖浄化結界(ホーリーフィールド)の天頂に集う聖なる力の奔流(ほんりゅう)は、魔力へと還元され、ギャルドの魔力を増幅させる。

 

 これをレナードが制御しなければ、団員四名の魔力が暴走してしまうだろう。

 

(そうだな、戦いの最中に迷っている暇などない。あの魔物は、自らそれを望んだのだ。ならば、恨まれる筋合いなどない)

 

 六対一が卑怯などと甘い考えは抱かない。

 魔物、それも魔王級を相手にするならば、至極当然な事。

 

 そう、邪悪なる魔物には如何なる手段を用いても勝つ――

 勝利してこそ正義なのだ。

 

「わかった、ギャルド。制御は任せろ!」

「おう! 喰らいな、〝極炎獄霊覇(インフェルノフレイム)〟――ッ!!」

 

 烈火の如き激しい気性を見せたギャルドの、極炎が踊り狂う。

 

 炎の精霊王の力を一部借りて行使する、精霊魔法の究極攻撃。

 

 ギャルド一人では到底扱いきれぬ巨大な力が、シオンの頭上から降り注いでいく。

 その熱量は、核撃魔法:熱収束砲(ニュークリアカノン)をも凌ぐ。

 

 魔素構成する霊子をそのまま利用した、純然たる破壊エネルギー。

 

 それをシオンは―― 

 

「フフフッ、不足なし! と言いたいところですが、まあいい。恐怖を与えるには、手っ取り早くこうするのが早かろう!」

 

 嬉しそうに笑い、大太刀を構えるシオン。

 

 ニコが「シオンちゃん~、脳筋はダメよぉ。あははっ」と、コロコロ笑いながら言う。

 

 次の瞬間――

 

 降り注ぐ熱波、〝極炎獄霊覇(インフェルノフレイム)〟を問答無用に叩き斬ったシオン。

 

 斬り裂かれた熱波は、左右に分かれ、炎の飛沫を巻き散らす。

 樹々に燃え移れば大火災に発展する勢いなのだが、何故か樹々の方に向かった炎の飛沫だけが、何かの衝撃波で次々と消えさっていた。

 

 その衝撃波の正体は。

 

 いつの間にか拳大の石を拾っていたニコが、その石を握り砕き小さな石に変えて左手の平に乗せたまま、右指でその小石の塊を一つ一つ弾き飛ばして炎の飛沫を消していたのだ。

 

 そして、〝極炎獄霊覇(インフェルノフレイム)〟を叩き斬ったものは、シオンのユニークスキル『料理人(サバクモノ)』の権能である。

 

 一見、何も考えていないようなシオンなのだが、実は様々な能力(スキル)を行使していた。

 

 まずエクストラスキル『多重結界』で防御。

 次に、『天眼』と『魔力感知』で相手の弱点を探りつつ、『料理人』の『最適行動』によって、熱波の流れを見破ったのだ。

 

 後は、その熱波の流れを遮断。

 (すなわ)ち、斬る事によって攻撃の直撃を回避したのである。

 

 とはいえ、叩き斬った熱波の余波でシオンの露出している皮膚は、焼け(ただ)れていた。

 顔の左半分などは焼け焦げ皮膚が炭化していたのだが、そこは『超速再生』を持つシオン。

 瞬く間に綺麗な皮膚へと再生され、元通りの姿となる。

 

 見るからに出鱈目な行動にも見えるが、理にかなった防御だったのだ。

 

「私の勝ちだな。さあ、約束通り結界を解き、私の軍門に降れ」

 

 堂々としたシオンの宣言に、答えられる者はいなかった。

 

 四人の聖騎士達は、レナードとギャルドをチラリと見るが、それだけであった。

 狂乱猫ニコに続き、シオンの現実離れした光景を見て、思考が完全に麻痺していた。

 

 彼等聖騎士の誇りが、たった今打ち砕かれた瞬間である。

 

 だが一人、ギャルドだけは納得も打ち砕かれもしていなかった。

 

「ふ、ふざけるなよ、化け物風情が。その結界がある以上、貴様には何も出来ぬわ! いささか癪だが、このまま持久戦と洒落込もうではないか!」

「お、おい、ギャルド!?」

 

 ギャルドの往生際が悪く負けを認めようとしない態度に、レナードは驚く。

 短気であれ、ギャルドは潔い男だったのだ。

 

 (どうしたんだ、ギャルド……?)

 

  そんな事を考えていると、何やらシオンの雰囲気が最初と同じになり始め、それどころではなくなるレナード。

 

「フンッ、これでもまだ認めないのか? 本当に度し難いな。もう、殺すしかなくなるぞ……」

 

 シオンの剣呑(けんのん)さが段々と深くなり、身体から妖気(オーラ)が漏れ始める。

 そしてニコもまた、同じように妖気(オーラ)を身体に漂わせ始めていた。

 

(なんだ、この二人は、これほどとは……!? こんな化け物二人が本気になったら、我等では直ぐに全滅、いや魂すら残らぬかも知れないな。聖浄化結界(ホーリーフィールド)があるとはいえ、怒らせるのは絶対にまずい――)

 

「ギャルド、これ以上ヤツを刺激するな! 狂乱猫ニコの方も同じだ! ここは一旦矛を収めて――」

「馬鹿が! 聖騎士に敗北は許されておらぬ。そんな事も忘れよったか!!」

 

 ギャルドを(なだ)めようとしたレナードだったが、その物言いは、普段のギャルドからは想像も出来ない姿であり、まるで別人が喋っているようでもあった――

 

「お、お前は、だ――」

 

 ギャルドに対してレナードが、決定的な疑いを抱く前にそれは起こった。

 

「しかたない。フンッ」

 

 シオンの掛け声が響くと同時に、パリィーンという済んだ音色と共に結界が、シオンの持つ大太刀によって斬り裂かれた。

 

 聖騎士達の自信の源である、聖浄化結界(ホーリーフィールド)が目の前で砕け散ったのである。

 

「な、何だと、馬鹿な……」

「聖なる結界なんだぞ!!」

「信じられない、夢か? これは夢なの、か?」

「魔素を遮断してるんだぞ。何故魔物が聖なる結界を壊せるんだ――ッ!?」

 

 恐怖が心を鷲掴みにするのに(あらが)うように、聖騎士達は口々に叫ぶ。

 

 それに答えるようにシオンが淡々と言い始める。

 

「やはりな。高密度の『多重結界』という訳ではなかったか。純粋に法則を(いじ)った『特殊結界』。法則を弄るのは私の得意とするところ。私はな、料理が得意なんだ! 希望するなら、この後で料理をご馳走してやるぞ?」

 

 すかさずシオンの後ろの方から、「お姉ちゃんは、遠慮するからねぇ~。わかったかしらぁ~」と、念を押すようにニコが言い放つ。

 

 そんなレナードは何を言われたのか分からなかったが、シオンが何をしたのかは理解出来た。

 

 シオンは自らのユニークスキル『料理人』で、聖浄化結界(ホーリーフィールド)の及ぼす結果を弄ったのだ。

 

 事象、法則の書き換え。

 

 自ら望む〝結果〟を対象に上書きする能力――

 『確定結果』である。

 

 シオンの『料理人(サバクモノ)』の真骨頂でもあった。 

 

 この能力(スキル)のお陰でシオンの料理は、美味しくなるのだ。

 こんな凄まじい力を今までシオンは、残念な用途にしか使用していなかった。

 

 だが、それを戦闘に用いれば、どうなるのか?

 

 その答えが今、レナード達が味わっている絶望。

 

 確定された望む結果を出すというその能力の前には、いかなる防御も意味を成さない。

 対抗手段は、より強き想いにて結果を上書きするしかないのだ。

 しかしそれは、法則を弄れるのが前提となり、同系統の力を持たぬ者には対抗手段はないのである。

 

 この『料理人』を使いこなすためにシオンは、ツキハと毎日手合わせをしていた。

 その中で、様々な能力(スキル)を使う事の基礎を学び、多種多様な能力(スキル)の組み合わせも覚えた。

 

 どんなに天性の勘を持っていても、基礎が無ければどこかで成長が止まる。

 だからツキハは、手合わせの時は基礎を徹底的に教え込む。

 

 シオンは天性の勘の良さから、メキメキと能力(スキル)の使い方が上達していた。

 

 しかし、そんなシオンが全力で『料理人(サバクモノ)』をツキハに使用しても、一度も勝ててはいなかった。

 

 『確定結果』で弄った攻撃をツキハに放っても、何故かありのままで返されていたのだ。

 もし、法則を弄って返したのなら、同じ能力(スキル)を持つシオンには分かる。

 

 だがしかし、ツキハからはそんな法則書き換えの予兆すら感じられなかった。

 シオンは手合わせの度に、その原因を突き止めようとするが、未だにその原因は判明していない。

 

 『料理人(サバクモノ)』が、完全覚醒して進化したならば、それはわかるかも知れない。 

 

 だから今は、シオンの本気の手合わせに付き合えるのはツキハだけなのだ。

 

 

 そして、レナードも天才であるが故に、シオンの能力(スキル)を正しく悟った。

 

 恐怖の、二文字である。

 

 理解しても尚、常識の範疇を超えた攻撃。

 

 レナードの心は、恐怖という闇に黒く塗りつぶされていく。

 

 だが隊長として、最後まで希望を捨てる事は許されない。

 ならば、ここは生き延びてチャンスを待つべきである。

 

「ありえん……こんな、馬鹿な事が、あっていいはずがない……何故、こんな化け物が……」

 

 うわ言のようにように呟くギャルドを尻目に、シオンがトドメの言葉を言い放った。

 

「はあっ……。お前ら、私の事で驚いているが、ニコ姉さんの事は、何も不思議に思わないのか?」

「……えぇ?」

 

 シオンの言葉に力なく答えるギャルド。

 

「いいか、ニコ姉さんはどこから現れた?」

 

 このシオンの言葉にレナードが何かに気付き、小さく呟いた。

 

「そ、そう言えば、お前の後ろか、ら。ま、まさ……」

 

 そこでレナードの声が止まる。

 

「そう、ニコ姉さんは、お前らが張った結界を、何事もないようにすり抜けてるんですよ」

 

 その場にいる全員が理解した。

 絶対にあり得ない、聖浄化結界(ホーリーフィールド)のすり抜け。

 

 極々自然にニコがシオンの周りを動き、暗殺者の男と戦ったものだから、完全に失念? いや目に見えていてもそれが当たり前のように見えていたレナード達。

 

 聖なる力で形成された結界は、魔物には壊せないし、出る事は(かな)わない。

 そんな固定観念が生み出した、誤認である。

 

 結界内にいるように見えて、いないようにも見えていたレナード達。

 

 ツキハの権能『猫騙し』の恩恵は、こんな事にも作用していたのだ。

 

「原理はわからないのですが、多分お前らの結界を何らかの方法で、自分の結界で同調させ、すり抜けてたのでしょうね」

「不可能だ……魔物には、聖なる力を同調させるなど出来ぬ、出来ぬ、出来ぬ……」

 

 ガクッと両膝を地面に落とし項垂れ、何事かを繰り返し呟くギャルド。

 

 

 全てを理解し、シオンとニコの恐ろしさを体感したレナードは、決断を下す。

 

「――降伏する。出来るならば、部下達には寛大な処遇を期待したい……」

 

 レナードは、まるで夢から醒めたような心地の中、震えるような声でそう宣言する。

 

 

 レナードの降伏宣言を聞き、シオンがようやく満足そうに笑顔を浮かべ、ニコに向かって親指を立てる。

 

 それにニコも、ぽわぽわした笑みを浮かべながら、シオンに向かって親指を立て見せる。

 

 

 そんなシオンをレナードは、初めて真っ直ぐに見つめた。

 

 シオンの裏表もない笑顔に、ニコのぽわぽわした笑み。 

 

 

(こんな恐ろしい魔物でも、我等人間と、同じ笑顔をするんだな……)

 

 レナードは一度天を仰ぎ見て、深く息を吐いた。

 

 

 

 ここに、レナード、ギャルド、四人の聖騎士。

 

 それに暗殺者の男との戦いは、終わりを告げる。

 

 

 だが……。

 

 

 遠くではまだ、ヒナタとリムルが戦っていた。

 

 

 





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