トランスフォーマー:Alternation of Cybertron 作:pova
小説って持ってる玩具の種類に縛られない形式なんだなーと今更ながら思いました。
今回はタイトル通りグリムロックのお話です。
地球_アーク_2027年_9月26日_
ギアーズはアークの後部、船底に設けられた燃料貯水槽のほど近くに腰掛け、小さくつぶやいた。
「グリムロック…」
彼の声はとうに空になっているエネルゴン用のプールの中で大きく反響する。
「彼はサイバトロンの生ける伝説だった。アイアコンガードの元隊員にして第一緊急即応部隊の隊長」
この暗い空間には孤独を好む性分の彼以外誰もおらず、しいて言えば貯水槽の底にはエネルゴン目当てのフリズラットら害獣の死骸がちらほらと見えるばかりだった。
「クラスⅣの双砲塔型サイバトロニアンタンクに変形」
「カルペッサの大火、ポリヘックス争奪戦、ザロンバレー戦、フォート・サィク陥落など数々の戦闘において活躍」
「アイアンハイドが一時的な負傷から復帰するまでの短期間ではあるがディセプティコン撃破ランキング一位の記録を保持」
ギアーズはアークから持ち出すよう言われ運び出した機材と眼下の死骸とをちらちらと見やりながら、思い出すようにそう続けた。
「率いていたのはスラッグ、スラージ、スナール、スワープ、スラッシュ、スコーン、スカウル、パドルら通称"ダイナボット部隊"だ」
ギアーズは彼の下で野垂れ死んでいるフリズラットの死骸の数がちょうど八匹だったことにふと気がついた。
「作業の進行は?」
プロールの鋭い声がベース内の作業場に響く。
「あぁプロールちょっと待ってくれたまえ今現在設計の最終調整が終わったところなんだが」
パーセプターは素早く向き直ると手元の端末を軽くかざしてみせた。
そこには生物的な意匠を持ったロボットの三面図が表示されている。
「そもそもなぜボディをタンクから変える必要が_」
「知っての通りグリムロックのスパークはブライテストでね」
パーセプターはほぼ間髪入れずにプロールの疑問に対しての説明を開始する。
「そうだったな」
意図せず彼の丁寧を通り越し冗長な説明の再生スイッチを入れてしまったことを理解してか、プロールの返事には少しの間があった。
パーセプターはそんな彼の逡巡に気づく風もなくジェスチャーと端末の操作と語り口とをにわかに加速させていく。
「ブライテストは強靭かつ輝きの強いスパークを持つ一方で、燃費はもちろん変形そのものの遅さなど多くのデメリットがあるのだけれどその中でも特に大きいものはスパークとボディの結び付きが強過ぎる点でね」
「あぁ」
プロールはひどく億劫そうな顔でうつむきがちに短く返した。
「そうそう例えばポッド内部には彼の胴体部が丸ごと入っていたんだが、これが通常型ならばブレインモジュール・スパーク・トランスフォームコグの三つを適切な配置で収納するだけで保存の手順は済む」
パーセプターは端末の画面を切り替え、簡略化したポッドの構造図と中に収められているグリムロックの図を表示させた。
「そのことなら知っている」
彼の顔に苛立ちとも遠慮ともつかない表情が浮かぶ。
「本来スパークとボディを切り離す処置はそれこそ困難を極めるのだけれど、幸いなことに純化エネルゴンブレードの代替品がこの星の素材と技術で調達出来たんだ完成度も申し分ない」
「それで浮足立っている訳だ」
彼のその言葉を聞くと、パーセプターは一瞬不思議そうな表情を見せた。
「…話を脱線させてしまったな、続けてくれ」
「…彼のボディはもはやその機能を果たしていなくて完全に壊れきっていると言っていい」
「そこまでの損傷が?」
プロールは腕を組み、壁にもたれて片眉を上げるような仕草でそう問うた。
「結局ボディ全てを新造するにあたって元のタンクに機能や質量の近しいオルトモードの中から私の趣味で選んだ訳さほら見てくれたまえ」
パーセプターは自慢げに端末から立体映像を見せた。
それは強靭な後脚と太い尻尾、大きな頭部とそしてそれらとは対照的に小ぶりな前脚を備えた生物だった。
「…土着の大型爬虫類か?これは」
「彼にピッタリだと思わないかこの強靭な大顎と優美なスタイル」
「気に食わんな。…動き出したら真っ先に私を噛み殺しに来そうだ」
プロールはパーセプターの満足そうな口振りとはうって変わって不機嫌そうにゆっくりと口を開いた。
「そういえば彼は君を死ぬほど嫌っていたねぇいつかその理由を聞きたいと前々から思っていたんだ」
パーセプターは嗜虐的な笑みをかすかに浮かべ、意地悪げに言った。
「死んでも言わんさ」
「ともかく、グリムロックを復元するのならせめて制御出来る状態にしてからだ」
「彼自身がかいそれとも我々が彼を制御しろと?」
パーセプターは顎部に手を当てて考え込むようなポーズをとった。
「その両方だ…いいか、暴走して大切な拠点を壊滅させるようなことがあってはならないということだぞ」
遮るように鋭くそう言い含めると、プロールは踵を返した。
「承知したよではそろそろ製造した部品の組み立てに取りかからなくては」
「…邪魔したな」
プロールは来た時と同じように丁寧にドアを開け、そしてドカドカと重く響くような足音を出したまま乱暴に閉めた。
「ホイスト!」
「助けてくれ」
「レッドアラート!!」
ホイストがけたたましい爆音とともに感知したのは咆哮とも地響きともつかない重低音だった。
「一体何が起きてるんだ!?」
走ってこちらに向かってくるレッドアラートの後ろには、巨大な恐竜がいた。
あちこちパーツが欠けた未完成な機械仕掛けのそれは足音を地面に響かせ、口から火焔の息を吐いて彼らに迫っていた。
「分かるかそんなこと!突然走ってきて暴れ出し_」
「オレ、グリムロック」
「グリムロック」
「グリムロック」
「グリムロック」
レッドアラートの声を遮るように無機質にグリムロックが叫んだ。
自らの名を機械的に発しながら、その恐竜は獲物を飲み込んだ。
「次から次へとだな!」
眼前でレッドアラートが砕かれ飲み込まれた瞬間、ホイストはかつてトレイルブレイカーのものだった右腕と両脚をグリムロックに向けた。
「フォースバリア!!」
「グォオオォ…」
ホイストは薄くオレンジに光る球状のフィールドにこもり、それはグリムロックの突撃を跳ね返してみせた。
大きくよろけたところにホイストは脚の銃座を連射する。
放たれた弾はバリアをすり抜け、何発もグリムロックに直撃したが、しかし彼は受けた傷も意に介さず平然と起き上がる。
ホイストは右腕が体に馴染んでいないせいかフォースバリアを長くは維持出来ず、その光は今にも消えかかっていた。
「なんなんだ、この怪物は…」
そう呟いた次の瞬間には、バリアは消え失せホイストは呑み込まれていた。
そうしてグリムロックが走り去っていった後、辺りにはいくつかの手と足が散らばり、巨大な足跡が床を歪ませて残っていた。
オプティマスはドーム状の中央作戦室の中で苦い顔をしていた。
「パーセプター」
「ホイルジャック」
「…状況を」
静けさの中に重々しい声が低く響く。
「ホイストとレッドアラートが喰われました」
パーセプターを従えて入ってきたホイルジャックはドームの中央部に駆け降りながら素早く応答する。
「それで、救出は可能なのか」
プロールは睨めつけるような視線を向けつつ、二人にそう問うた。
「グリムロックの腹の中に閉じ込められているだけでしょうし、十分可能かと」
「口から取り込んだものを粉砕・消化する機構はまだ未搭載なもので」
「そんなもの付ける気だったのか?聞いていな_」
「彼の攻撃手段の一つとして足すことになったのでね」
プロールの問いが言い終わるのを待たずパーセプターが早口に返した。
「今彼はどこにいる」
オプティマスはドーム内の中央にある通信端末に基地全体の構造を立体表示させた。
「彼の固有シグナルの反応から言って、この基地の最深部に向かったのではないかと」
「原因に心当たりは?パーセプター」
オプティマスはグリムロックがいると目される最深部の位置関係やルートを計算しながら訊いた。
「今しがたサンダーブラストが姿を消したと連絡がありましたおそらくは彼女の能力で操られているのではないかと」
「鎮圧するための武器が必要だな」
「何か手はないのか」
プロールが焦り気味にうつむき、そう言った。
「もちろんだとも」「この銃を使ってくださいすでに中には非殺傷弾を三発装填してありますので」
パーセプターは胸部と背中からパーツを取り出して素早く組み立て、完成した銃をオプティマスに手渡した。
「弾の特性は?」
受け取った銃を軽く構え、感触を確認しながらオプティマスが言った。
「一種のダートガンですね弾頭の先端部から体内へとエネルゴンを固形化させる循環阻害剤を流し込む仕組みになっています」
「一応訊くが、効果は確かか?」
プロールが割り込むようにして訊いてきた。
「正直なところ不安が残りますな」
「グリムロックの表皮はかなり強固なもので急所へ的確に当てる必要があります」
「上等だ」
「エナジーアックスの方はどうなっている?」
「どうにか組み立て直しました」
「出力はかなり落ちるでしょうが…この際ちょうどいいかもしれませんな、フルパワーではグリムロックを細切れにしてしまいかねませんから」
そう言い、ホイルジャックはくたびれたエナジーアックスを手渡した。
「そうしよう、迅速な武装の手配に感謝する」
武装を完了したオプティマスは複雑な基地構造を頭に叩き込み終わり、トレーラーヘッドに変形して素早く駆け出していった。
「彼の容態は?」
プロールは慌ただしく扉を開け、忙しなく訊いた。
「ちょうど検分を完了したところだよ」
「彼がどういった攻撃を受けたかもおおよそ見当がついたのだけれどまずあのねじ切られたフレームとその断面を見るに左腕は砲撃か何かを防御しようとして弾き飛ばされたといったところだろうね続いて右半身は最初は粒子燃焼砲にでもやられたものかと思わされたが溶断面を精査したところ、化学薬品のようなもので構造を分解させられていたらしいという所までは解析出来たので」「…つまるところどうやら君から聞いた話の通りらしいねプロール」
パーセプターは壁に投影した画像を見せながら口早に説明を終えた。
「…わざわざそんな手間をかけて、私には信用というものがないのか?」
反対側の壁に寄りかかり、プロールは嘆息した。
「自分の胸に訊いてみたまえと言いたいが時として記憶にさえ全幅の信頼を置くことが出来ない場合もあるさともかくそれらの損傷はいずれもブレインモジュールやスパークなどの重要な部位に届いていないことは確認がとれた」
からかうような笑みを浮かべて、パーセプターは整然とそう告げた。
「それで…次はどうする?私はホットスポットを治したいんだぞ」
プロールは苛立ちと戸惑いの混ざったような面持ちで、パーセプターを睨んだ。
ホイルジャックが奥の扉から顔を出し、パーセプターに大型の端末を渡した。
「それはもちろん分かってますがね」
「パーセプター、参謀殿にご説明してくれんか」
「こっちは数百年も放置されてた武器の復元で手が離せん」
ホイルジャックはそれだけ言うと扉の奥に引っ込み、向こう側からは微かに鋸の重い駆動音や鎚を打ち付ける音が漏れていた。
パーセプターは端末を受け取り、立体映像を出しながらプロールの方を向いた。
「彼の体はボロボロで治療に耐えきれないからまず治療するにしても外部装置に繋いで回復を図らないといけないのだけれど今我々が持つ外部装置とはすなわちステイシスポッドのみでそれらはどれも空いておらず新造するにしても最も重要な部品である結晶構造スパーク格納容器の素材が手に入らないと言う訳でなぜかと言えばあのクリスタルは元々サイムファーからのみ産出され_」
「少し待て」
プロールはパーセプターの説明を短く遮り、聴覚から彼のブレインへと流れ込んできた情報の奔流の整理を試みた。
「サイムファー…そうかサイムファー!グリムロックだ!グリムロックを代わりに復活させればいいんじゃないか!彼なら戦力的にも申し分ない上に一番大きなステイシスポッドが一つ空くことになるよいやどうしてこんなことに気がつかなかったんだろう」
パーセプターは語り口と表情を一瞬ごとに一変させ、絶え間なく思考とその発信を繰り返し、プロールの記憶容量を圧迫していた。
「おいパーセプター…」
「早速構造の検討に取り掛かろうアークからいくらか道具を持って来なければ」「ギアーズ!聞こえていたら返事をしてくれ!いくつか調達して欲しいものがあるんだが!」
通信先にそう大声で叫びながら、どたどたと駆け出してパーセプターは部屋の外へと消えていった。
「…ホイルジャック、ちょっといいか」
取り残されたプロールはしばし啞然とした後、奥の扉を強く叩いた。
「何ですかな」
ひょいと体を乗り出したホイルジャックはそのまま奥へとプロールを促した。
「説明も終わらないうちにパーセプターが出ていったんだが…奴はどうやらグリムロックを復活させる気らしいぞ」
不服そうな口ぶりのプロールをよそにホイルジャックは分解された銃や斧のパーツを慎重に組み上げていく。
「理には適ってますな」
「今ホットスポットの体は…端的に言えば機械に繋いで生かされている状態です。長引く程望みは薄くなる」
「彼もそれは理解しているのでしょう。治療に耐えられない彼の体を回復させるにあたってグリムロックのポッドに入れるのは合理的な判断です」
「あぁして理詰めの話ばかりするようなのは…正直、息が詰まって苦手でな」
プロールがそうつぶやいた時、部屋の作業台の向こうからくぐもった笑い声か聞こえた。
その向こうからオレンジ色の光球の形をしたフォースフィールドが飛び出し、台の上に積み上がった工具箱や材料を跳ね飛ばしながら、壁に激突した。
二人が光球の出て来た作業台の奥に目を向けると、そこにいたホイストが体を縮め、申し訳なさそうに言った。
「…これは失礼。トレイルブレイカーの右手を介して彼のフォースフィールドを使えないかと模索中なんですが、どうやらこの体とは相性が悪いのか不意に強い感情や集中の乱れが発生すると暴発してしまうようで」
「その感情の中には嘲笑も含まれるらしいな」
プロールは冷たくそう言い、頭をわずかに傾けた。
二階層に分かれた構造のアークのブリッジの中で、クリフジャンパーは上部に位置する艦長の席にふんぞり返っていた。
「"ダイナミックなオートボット"を略してダイナボットね…言い出したのは誰だっけか」
クリフはそばにいたラムホーンを抱き寄せ、角を撫でながらふとそうつぶやいた。
「オプティマスだ」
下にいたブロードキャストがその声を聞きつけ、忙しなく動かしていた手を止めて短く答える。
「嘘だろ?」
上機嫌に首を振るラムホーンを脇目に、クリフは反射的にそう言っていた。
「本当だ」
身を乗り出して下を覗き込むようにしながら訊いたクリフをちらと見上げ、ブロードキャストは答える。
「タイガーパックス戦の時にそう言っていた」
「二人は結構古い仲だからな」
クリフの後ろから野太い声がかけられた。
「アイアコンガード時代からよく殴り合ってた」
振り向いた先にはアイアンハイドがおり、ゆっくりとブリッジに入って来ると艦長の椅子に寄りかかった。
「ある時グリムロックの作った王冠のデザインにオライオンが派手過ぎて下品だと文句を付けたなんてこともあった。喧嘩の内容としては俺が知る限り最もくだらないものの一つだ。この戦争が始まった理由の次にな…」
「で、その後は毎回モーターマスターか俺が止めに入る羽目になってたんだ」
アイアンハイドは笑みを浮かべながらクリフジャンパーにそう語り、どこか寂寥感を滲ませた表情を浮かべた。
「センチネルの一声で対コンズの実働部隊が編成されてからもか?」
クリフジャンパーは座面に寝転がり、そう訊こうとしたがラムホーンが彼の腹部の上に乗りそのまま寝始めたため、少し声を落とした。
「相変わらず反目することは多かったが…部下を持つようになったからか、柔軟に動くようになった」
アイアンハイドは懐かしむように目を細め、その口調は穏やかだった。
「互いに協力するぐらいの知恵はついたってか。スラッグと一緒に癇癪起こして街の一角吹き飛ばしてたのは俺の見間違いだったかな?」
クリフはわずかに顔を引きつらせるようにして呆れるようにそう言った。
「いや、確かこの件で彼は26度目の営倉入りを命じられている」
「ガード本部の警備記録にあった、間違いのない事実だが…真っ当に教官をしてた頃のグリムロックしか知らない奴が聞いたらひっくり返りそうな話だ。アフターバーンなど特に」
「死人の心配かよ」
クリフジャンパーはそうにべもなく返し、彼の上ではラムホーンが小さく寝返りを打ち、伸びをしながら大口を開けて咆哮混じりに排気した。
「…でもなんでそんな奴がポッドに入るようなことになった?」
「知らんが…スラッシュ、スカウル、スラージ、スナールはその時に死んだそうだ。錆の海から逃げて来たって聞いたが」
アイアンハイドはますます渋い顔になり、そう言った。
「ショックウェーブのラボぐらいしかないだろ?あそこ………あぁ、そういうことか、気の毒なこった」
クリフジャンパーは背もたれの方をちらと向き、静かにつぶやいた。
「で、今向こうで暴れ回ってんだろ?行かなくていいのか?」
「オプティマスさえいれば大丈夫だ」
アイアンハイドは自信満々に腕を組み、唸るようにそう言った。
「何で?」
「彼以上にグリムロックの対処法を心得てるオートボットはいな_」
「そのオプティマスから通信だ!…アイアンハイドに来てくれと言ってる」
二人の会話をブロードキャストが鋭く遮った。
「加勢しろと?」
アイアンハイドは急いで身を乗り出し、ブロードキャストに問うた。
「いや…どうも妙だな」
側頭部を押さえるようにしながらブロードキャストは聴覚を研ぎ澄まし、かすかに眉をひそめるような仕草をした。
床に残されたグリムロックの巨大な足跡と彼の口から漏れ出たであろうエネルゴンを追って、オプティマスはトレーラーヘッドの姿となって基地の最奥をひたすら走っていた。
行き止まりらしき巨大な空間でかすかに咆哮が響いた。
「グリムロック!!」
「ホイストとアラートを解放しろ!」
オプティマスの怒声が遠くまで響く。
重い足音で床を鳴らし、空気を震わせてグリムロックが姿を表した。
びっしりと生え揃った金属の牙の隙間からは紫のエネルゴンが漏れ出し、ゆっくりと滴り落ちていた。
「グ…」
「誰だ…敵か」
「…私だ」
オプティマスの口調には怒りが滲み、かすかに低く震えていた。
グリムロックは彼をもう使われていない古い名で呼んだ。
「…オライオンか」
「そうだ、お前の敵じゃない」
「そしてお前が飲み込んだ二人もそうだ。彼らを解放しろ」
オプティマスはマスクを取り、説き伏せるようにゆっくりとそう言った。
「ならどこだ?敵は…オレの敵は」
「オレ達の敵は?」
グリムロックは取り乱し、首を強く左右に揺らした。
ベチャベチャと音を立てて紫の飛沫が床に散った。
「そんなものはここにはいない!」
「…お前がそうか」
グリムロックはそう言い、続けざまにオプティマスに凄まじい速さの体当たりをかました。
重い衝撃音と、少し遅れてバネの弾けるような音、そして金属のねじ切れるような音が暗い空間に響いた。
「私を敵に回すか…!」
大きく弾き飛ばされたオプティマスは軽く頭部を振って立ち上がり、斧と銃を背中から取り出した。
「…お前もそうだ。メガトロニックスと組んで戦争など始めるからだ」
グリムロックは口腔から火炎を吐き、彼の蒼かった目は内側から赤く染まった。
オプティマスは両脚を軽く動かしつつ、首を捻って損傷度を確かめた。
「聞くに堪えん」
そう告げて彼は左手の銃を一発撃つと同時に真っ直ぐ走り出した。
放たれた特殊弾はグリムロックの胸部中央に直撃したが、表面の装甲には刺さりもせず、多少の綻びを生じさせるばかりであった。
「オレを黙らせてみるか?」
そう言いグリムロックは前脚で軽く胸元を払うと、ドタドタと床を踏み鳴らした。
「そうさせてもらおう…いつぞやの喧嘩の続きといこうかグリムロック!」
右手に持った斧を掲げ、オプティマスは力強く叫んだ。
その場で銃を素早く投げつけて注意を反らし、助走をつけて跳び上がった。
「力比べだ」
オプティマスは落下の勢いのまま両手で斧を力強く振り下ろした。
「頭目としても戦士としても、成長は感じられない」
グリムロックはオプティマスの攻撃を右の前脚だけで受け止め、動きの止まったオプティマスの左腕を肩口から食いちぎった。金属を噛み砕く音とフレームの軋むような音が暗い空間に響き渡った。
「お前の方こそ何か変わった気でいるらしいが…」
片腕を失ったオプティマスは大きく後ろに飛ばされ、憎々しげに吐き捨てた。
グリムロックは片足を強く地面に叩きつけた。
「トランスフォーム…!」
そう叫ぶと彼の体はゆっくりとロボットモードへと変形していく。
「今の自分を見てみろオライオン!」
グリムロックは真っ直ぐ腕を伸ばしてオプティマスを指さした。
「勇猛さは無謀さに変わり、使命感は冷徹さに変わり、自信は傲慢さに変わった。醜いな…所詮二代目のプライムよ」
体内にこもった高熱の影響か、グリムロックのバイザーは嘲るように歪み、朧げに赤く光っていた。
「醜くて結構だ。勝つためなら、終わらせるためなら私などいくらでも醜い怪物になってみせる…プライムは自由のための称号だ。戦いのための称号ではない!」
オプティマスがそう言いかけた時、彼も気がつかないうちに、その胸からは青いかすかな光が漏れ出していた。
「片手だけで何が出来る?」
食いちぎったばかりの左腕を見せてグリムロックは挑発した。
「片手だけでも変形は出来る…戦うこともな!!」
そう叫び、オプティマスはトラックに変身した。
左腕が構成する車両の左側面が丸ごと欠落しており不安定な状態であったが、その重量がない分より鋭く加速していく。
「お前にそんな器があるのか?相も変わらず生意気な…!」
グリムロックは腕を投げ捨て、地面を踏みつけてそう唸った。
「お前は!相応しくない!!」
感情的にそう叫ぶとグリムロックは姿勢を低くし、加速しながら迫るオプティマスを前に拳を構えた。
大きく振りかぶった巨大な右拳がそのまま彼に激突し、その破壊的な一撃が赤いトラックを大きく抉り飛ばす…
と思われたが、グリムロックの右ストレートは空を切った。
そのコンマ数秒の後、オプティマスの突進がグリムロックを弾き飛ばした。
オプティマスは一瞬宙を舞ったグリムロックに追いつきそのまま引き摺りながら、尚も加速する。
「いいか!我々の状況を教えてやる聞けグリムロック!!」
そう叫び、オプティマスは旋回を始めた。
こぼれ落ちた両者のパーツが地面に掠り一瞬火花を立てては凄まじい速さで後ろへと流れていく。
「アークは墜落した!このどことも知れない未開で、原始的な星に!!ここがかつてサイバトロンとそこに残る仲間を見捨ててまで選んだ旅路の終着点だ!」
引っ張られるように傾いたグリムロックの片脚が床に触れ、火花の軌跡は尾を引いて円を描いた。
「そのうえ我々は今なおディセプティコンの脅威にさらされている有様なんだぞ!それもこの星ごと!!」
「部下の数はサイバトロンを出発した時の半分にも満たない!」
オプティマスは減速して変形し、グリムロックは勢いのまま弾き飛ばされた。
倒れ伏したグリムロックにオプティマスがゆっくりと迫る。
時折転びそうになりながらも、片脚を引きずるようにして歩いていた。
オプティマスは最初に銃を落とした場所まで戻るために旋回したのだとグリムロックが気づいた頃には、彼は残った片手でそれを静かに拾い、迷いなく構えた。
「共に戦わなければ…生き残れないぞ」
「生きるために戦っているのか、戦うために生きているのか…その区別さえまだ付けられないお前に_」
そう忌々しげに唸ったグリムロックの頭部は今や半壊しており、割れたマスクの内側からは食い縛ったかのような剥き出しの歯が並んでいた。
「頭を冷やせ」
グリムロックのかつてオートボットのエンブレムがあった胸部へ向けて、オプティマスは二発、銃を撃った。
グリムロックは自分がどこにいるのかも分からぬ状態で機械に繋がれていた。
重い駆動音が暗い部屋に響いたかと思えば、突如扉の開閉音と共に外から何かが彼に迫ってきた。
外の通路から漏れた光が角ばった紫のシルエットを照らす。
「グリムロック」
かけられたその声に抑揚はなく、一片の感情さえ汲み取れないものであった。
「…グリムロック、気がついたようだな」
グリムロックは四肢を拘束された状態でもがき、唸った。
「あぁそう吼えるな」
揺らめく黄色の目が、グリムロックを真っ直ぐと見つめていた。
何かを操作する音がした後、部屋は照明で照らされ、グリムロックの両隣にはそれぞれ二人づつ彼の仲間が同様に拘束されたまま並んでいた。
彼らは皆、半ば同化するように無機質な箱型の機械に囚われていた。
グリムロックは怒りと混乱のさなか、自分に視線を向けてきているその目をただ睨みつけていた。
「事態が呑み込めていないらしいが…ダイナボット。君らは揃って見ての通り虜囚の身だ。私には君達に頼みたいことがある。少しその体を貸してもらいたいのだが…」
「噂は本当だったってのか」
グリムロックの隣にいたスカウルが平然と言った。
部隊の中で一番の巨体の持ち主は引き剥がされた手足をそこらに転がされた状態で機械の中に押し込められていたが、彼はそれに特段動じる風もなかった。
「そうともスカウル。オートボットが掴んだ情報の通り私はここで究極の兵士を作る研究を行なっている」
「なぜ知っているとでも問いたげな顔をしてくれるな…その情報を流したのは私だ。ショックかな?」
「くだらんな」
グリムロックは嘲るように短くそう言い、落ち着きを取り戻して辺りを見回した。
「結果的にオートボットは不足していた実験台を補ってくれた。予測通りに」
「御託なんぞ聞きたかねぇ」
「殺るならさっさと殺れ!」
スラージとスナールの恫喝を聞き流し、ショックウェーブは演説を続けた。
「これからもたらされる結果の前には…諸君らを確保するまでのドロイドやビーコンの損失など物の数ではない。君ら五体はこれから完全に革新的かつ非常に有意義な実験に用いられることになる。コードは"Beast"としよう」
「まったく…私達は何番目の実験体な訳?」
スラッシュが不愉快そうに口を開いた。
「ふむ」
「ついこの前までその場所にいた七番目がどうなったかは…知らないままにしておきたまえスラッシュ、その方が皆幸福というものだ…さて全員目覚めたようだし、既に機材の準備も整った」
「それでは私の理論の検証、それに付随する侵襲的な外科的措置がグリムロック、貴様とその仲間達の体を歪めていく様をこの目でしかと見させてもらおう」
「私達に何をする気だ」
グリムロックは愉快そうに語るショックウェーブに対して、怒気を滲ませながらそう詰め寄った。
「じき分かるさ。なるべく耐えてくれたまえ、旧式君…意地とやらの見せ所だよ」
ショックウェーブは黄色の目を全開にしてグリムロックの顔を覗きこみ、あざ笑うようにそう宣告した。
「そして…全ての手順が終了した時、諸君らはこれまで互いに信頼し支えあってきた仲間とより一層、親密になれるだろう。私が保証する」
照明が赤色に染まり、部屋全体が振動を始める。
「"諸君ら"と複数形で呼べなくなる前にあえてこの古い、古い言葉を送ろう」
「…宇宙を一つに_」
その言葉を最後に、その部屋に並べられていた五つの命は器ごと、その形を歪められた。
特注の電磁柵を挟んで、二人は相対していた。
グリムロックはズタズタに裂けた体でただ座り込んでいた。
「オレの攻撃を…見抜いていた、訳か」
オプティマスをわずか見上げ、グリムロックはそう呟いた。
「左腕を食わせたのは…わざとだな?」
「オレが、右拳で殴って…来るのを勢いを殺さずに、回避するために…」
「片腕の分がないというだけで走行姿勢は随分と不安定になった。もし転がっていたらと思うと分の悪い賭けだったが、真正面から来る敵には馬鹿正直に対応する…私の記憶の中のグリムロックはそんな戦い方だったからな」
オプティマスの左肩の接合部はほんの少し掠っただけのグリムロックの拳によって更に損傷し、散り散りに裂けた結果、フレームの接続さえままならない状態となっていた。
「…何がお前をそうさせたんだ、グリムロック」
オプティマスはグリムロックを見下ろし、厳然とそう問うた。
「お前、には…分かるはず…だ」
グリムロックはうつむいて胸部を手で押さえ、ただ痛みをこらえていた。
「オライオン、お前の率いていた"第四"がどうなったか、俺は…オレは、覚えている。忘れられるはずもない」
「お前だって知っているはずだ…この苦しみ」
「仲間を失うこの痛みを」
オプティマスはいくつか指の欠けた右手でマスクを付け直し、左腕のあった場所を見て言った。
「違いがあるとすれば…私は彼らを失ってなお止まることは許されなかった。しかしその過程で多くの間違いを犯した。お前の言う通り、誤った選択をした」
グリムロックはその無機質な顔に虚ろに笑みを湛え、自嘲混じりに告げた。
「今更それを悔やんでも…償ってやり直す方法はないぞ」
「こんなどことも知れない星ではなおさらだ」
悲痛な顔をして、オプティマスは押し黙った。
「…お前はしばらくそうやって頭を冷やしていろ。そこが相応しい場所だ」
「お前も檻の内側にいた方がずっと楽だろうにな…まだ無茶を続ける気か_」
「まだもうしばらくはな」
オプティマスは右手で軽く目元を覆い、そう遮った。
足取りのおぼつかないままのそのそと歩いて去っていくその姿を、グリムロックはただ眺めていた。
「私に話とは何かな、プライム」
画面の向こうの将軍は常通り、柔和な表情を浮かべて穏やかに訊いた。
「グリムロックの処分について、先程休眠状態とすることを我らの技術チームから提言されました」
オプティマスは画面に向けて屈み込み、左肩を隠すような姿勢をとった。
「そう何度も暴れられては困るからな…私もそうするべきだと思うよ。先程プロールから聞かされた彼の事情を思うと気の毒ではあるが」
「…それとグリムロックが基地の奥底で暴れたおかげでそこに秘蔵されていた資料などが散乱してしまったことなのですが_」
「その件なら聞いている。片付けは手間取っているようだな…あそこにはそれなりに秘匿性の高いものが所蔵されていてね」
将軍の視線が鋭くなり、声色が低くなる。その口調に相手を慮るようなものはなく、相手の出方を伺うようにゆっくりと言葉を発した。
「グリムロックを檻の中まで運ぶのにもアイアンハイドと二人がかりで随分と手間がかかりましたが、あのような単なる力仕事よりも細々とした資料の片づけの方がよほど我々には不向きです」
「ところで将軍、秘蔵された資料の中に気になるものが写っていたのですが」
「何かな」
「アークが埋まっていたあの山の写真、それに…ショックウェーブが他のサイバトロニアンと戦っている写真です。どちらも数十年は昔のもののはずだ」
「そもそもショックウェーブはサイバトロンに留まりこの星に来ているはずがない!…将軍、何が起こっていたのか。私はオートボットの代表として詳細な説明を求めます」
「君らにそこまでの機密を知る権限を与えた覚えはないのだが…報告はもういい。今は腕の修理に専念したまえ」
将軍は有無を言わせぬ強い口調で遮り、重く唸るようにそう言い渡した。
「人類はつい最近になって我々の存在を知ったものと思っていましたが…違うようですね」
オプティマスが毒づくようにそう言い終え、交信が終了するのと、彼の左拳が画面を殴りつけ液晶の破片が辺りに散らばるのとはほぼ同時だった。
「なぁサンダーブラストよ」
「何よ」
「結局俺があいつの腹の中に押し込められた原因はお前なのか?」
「半分はそう。半分だけね」
「そもそもあたしは逃げ出そうとした訳じゃなくて、拘束を解きたかっただけ。私のシークレットパワーは常に完璧な制御が出来るものではなくてね…グリムロックを引き寄せてしまったのはあたしが気を抜いてたから起きた不慮の事故よ」
「それで?」
「あの子は拘束具を噛みちぎってくれてね」
「自由の身にしてくれたお礼に軽く撫でてやったら暴れ出しちゃって…あの見た目で結構ウブみたい」
「…多分その後すぐにあんたが喰われた」
「半分どころか全部お前のせいじゃないか…」
「しかも自由になったらなったで結局外に出ただろうが」
「あんたが連れ戻しに来てくれるか試したの」
「居場所は勘で分かったでしょ?」
「分かったさ…俺の超感覚はこういう時にだけは役に立つらしい」
「腹の中から引きずり出されて腕を付け直されて、すぐお前を探しに行ったよ。まったく、何が俺を試しただ…見え透いた嘘も終わりにしろ」
「ここにいたんじゃネメシスに連絡の取りようもないし…いよいよ本格的に鞍替えを考えるべきなのかも」
「もし万が一お前がオートボットの一員になるというのなら歓迎…は難しいが真っ当に扱われるよう努力する」
「へー優しいんだ…でも、あたしオートボットについた覚えはないんだけど」
「…この前強いやつの味方だとか言って_」
「あれあんたのことなんだけど。あたしの能力がまるで通じない上に見透かしてくるようなのは他にいない」
「これからもついてくから」
「驚いたな…獣の腹の中にいた方がマシだったなんて」
今後投稿するものと話の順番は多少変えるかもしれません
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