誰もが諦めた。もう無理だと言った。
復活なんて、そんな希望はないと思っていた。
だが、その"流星"は、諦めることはなかった。
挑んで、走って、ぶつかって。
ただひたすらに、勝利を追い続けた。
そうして、流星はもう一度強く輝いた。
まるで、永久に光り輝く流れ星のように。
不滅のウマ娘、その名は、
夢の始まり、旅の始まり
「......え?」
目を開けるとそこは見覚えのない世界が広がっていた。
正面には石像。奥には学校のような巨大な建物。
その正体がなんなのか、俺はすぐに理解した。
いや、違う。正確には見たことがある。間違いない。この場所は、三女神像の前。ここはまさに、
ゲームで見た、トレセン学園そのものだった。
つまり俺は、このウマ娘の世界に、転生してしまったのだ。
「いや、うそ、えぇ......?」
自分でもびっくりするくらい情けない声が出る。
なんとか事実は理解できたが、なぜそうなったのかが理解できなかった。
俺は元々ただの社会人だった。ただ、ウマ娘は大好きで、常日頃から育成をまわすくらいにははまっていた。今日だって、家に帰ってウマ娘をプレイしようとちょっと早めに帰ってきたのだ。しかし、家のドアを開けてから記憶がない。まさか、そこで何かあったのだろうか。だとしても、なぜこの世界に....?
うんうんと頭をひねっていると、パタ、と音を立てて何かが落ちた。
俺は音のする方を振り向いて、その正体を確認した。
音の正体は、小さな手帳だった。見た目からして、トレセン学園の生徒手帳だろう。
「え、誰の.....?」
誰のものか分からず、申し訳ないという気持ちになりながらも中身を確認した。
「ヴァイス、ミーティア...?」
それはどうやら学生証だったらしく、持ち主であろう名前が書かれていた。名前とともに、ヴァイスミーティアというウマ娘の写真が入っていた。
その子は背の小さい青鹿毛のウマ娘で、左の髪の一部に白い模様が入っていた。
「めちゃめちゃかわいいな.....」
俺は思わず声に出してしまった。俺の好きなものを全部詰め込んだような見た目をしているからだ。
見入ってしまうほどに美しい黒、小さな口、硝子細工のような瞳。すべてが俺好みの容姿だった。
この世界が本当にウマ娘の世界ならば、ぜひ会ってみたい。そうすれば俺は確実にその子を推しにするだろう。
「どこにいるんだろう.....」
俺は周りを見渡したが、その子らしき姿は見当たらなかった。
その時、生徒手帳から一枚の紙が落ちた。
「なんだこれ....?」
俺はしゃがみ込んでその紙を拾い上げた。
「なっ......!?」
その紙に書かれていた内容を見て、俺は驚愕した。
紙に書かれていたことを要約すると、俺は三女神像の手違いでこっちに転生してしまったそうだ。転生したはいいが、元の世界に戻すことはできないらしい。その代わり、お前の好きな容姿にしてやったからこの世界で頑張れと、そう書いてあった。
そう、つまり俺は。
俺は、ウマ娘になってしまったのだ。
いや、え?嘘だろ?
....正直、ついていけてない。そもそもウマ娘世界に転生したのすら理解できないし、ましてやウマ娘になったのだ。情報量が多すぎる。確かにさっきから目線がやけに低かったし、声も高かった気がする....
俺は、今の自分の姿を確認するために何かないかと制服のポケットに手を突っ込んだ。
ポケットの中には俺のものとみられるスマホが入っていた。半信半疑でロックを解除し、カメラを起動した。
そこに写っていたのは、端正な顔立ちで、先ほどの写真とそっくりな俺の姿があった。
「え、マジじゃん......」
俺はウマ娘になった驚きと俺好みの顔になった喜びでよくわからない感情になっていた。
...とりあえず、いろいろな表情をしてみる。笑い顔、泣き顔、怒り顔、上目遣いなど....
「えっ.....かわいい.....」
わかってはいたが、何をしてもかわいい。もう容姿から弱点がない。
髪型はウルフカットというのだろうか、さらさらヘアーで長すぎず短すぎずちょうどいい。瞳の色も、上が白で下に行けば行くほど灰色になっている。ウマ耳も特徴的で、たまにぴこぴこと動く。左の耳だけに白いメンコがかぶせられていた。さらに、頭のてっぺんにちょこんとはねているアホ毛が俺の心にとどめを刺した。耳先もアホ毛も、上の方は少し白みがかかっていた。
...好奇心で、自分のウマ耳に触れてみる。
「や、やわ...」
毛がふさっとしていて、程よく柔らかい耳は、触れると少しくすぐったく、ピクっと横に動いた。
「さて、マジでどうするか....」
一通りいろいろなことをこの体で試したので、そろそろ本格的にどうしようか考えている。
生徒手帳に書いてあったことを基に情報を整理すると、俺、ヴァイスミーティアはドイツから留学しに来たらしく、地元ドイツの選抜レースを大差で勝った経歴がある。いやこれすごいな。意味不明なくらい強いじゃん。身長やスリーサイズもなぜか載っている。身長は小さめで、体型で言うとライスシャワーに近い感じだった。胸はノーコメントで。おそらく三女神が申し訳程度で書いてくれたのだろう。
「俺もここにいるってことはレースに出なきゃいけないよな?目標ってあるのかな?」
ゲームのウマ娘にはレース目標がある。URAファイナルズとアオハル杯は、各ウマ娘ごとに目標レースが異なる。しかし、最近追加された新シナリオ、Make a newtrackは目標レースというレースがない。レースで稼ぐポイントで目標を達成する。もし目標の決め方が前者2つと同じだった場合、俺の勝ち目はほぼ0だ。ゲームでは、世代関係なくウマ娘達が出走する。つまり、全距離にその距離で歴史に名を刻んだウマ娘と走らなければならないのだ。俺もモブウマ娘と同様に蹴散らされるのがオチだろう。
「オープンクラスなら俺でも残れるか...?」
ウマ娘から競馬にも興味が湧いて、少しだけ調べたことがある。中央競馬で結果を残せなかった馬は地方に移籍することになる。そこでも結果を残せなかったらこの世界では引退になるだろう。ただ、中央でもオープンクラスになれば俺でも1勝くらいはできるだろう。そこから何勝かしてオープンクラスに入ることができれば、俺でも中央で残れるチャンスはある。
ウマ娘が大好きな俺にとって、毎日推しを眺められるかもしれないのだ。意地でも中央で結果を残してここに残ってやる。
ふと周りを見てみる。そこには通路を歩いているダイワスカーレットや、騒がしい様子で走り回っているゴールドシップに、それから全速力で逃げているメジロマックイーン、仲良く語り合っているメジロパーマーとダイタクヘリオスなど、その風景はアニメやゲームで見たトレセン学園そのものだった。
「うーん、とりあえずトレーナーに見つけてもらってデビューしなきゃ。流石につかないなんてことないよね?」
そもそもトゥインクルシリーズでデビューするためにはトレーナーに担当としてついてもらう必要がある。そのためには、日々のトレーニングでトレーナーに見つけてもらったり、選抜レースで好成績を残す必要がある。アプリのウマ娘ストーリーでは、ほとんどの子が選抜レースに出走していた。やはり選抜レースに出るのが手っ取り早いのだろうか。
「まあG1レースに勝ちたいとか天皇賞春秋連覇とか、そんな大層な目標はないし、オープンレースで一喜一憂するぐらいでいいか!」
俺は内心とてもワクワクしていた。オープンで残るくらいなら簡単にできるだろう。楽しみだ。ゲームで見たこと実際に会えるなんて。
紆余曲折あったが、とにかく俺のウマ娘生活が幕を開けた。
よし、今日から存分にかわいいを摂取して頑張るぞ!
この世界に来て2週間、5月に入ってすぐのころ、俺はあるところに来ていた。
伝わる熱気、轟音とも取れる大きな歓声、今日は学園内で年4回しか行われない選抜レースがあるのだ。
「すごい歓声...これが選抜レース....」
俺はこっちに来てからそれなりに走る練習や体力づくり、コース取りなどの基礎的なトレーニングをこなしてみてわかったことがある。
予想以上にこの体はポテンシャルが高いのかもしれない。
何をしても人並みに、いやウマ並みにできてしまうのだ。さすがにG1を後に勝つウマ娘には数歩劣るが、モブウマ娘には負けないくらいには能力が高い。それに加え日々の因子厳選で習った効率のいい練習の踏み方や、体力がなくて怪我しそうなときは本を読んだりと、持っている知識でそれなりに頑張ってみた結果、なんと、同年代の1600メートルのタイム3位を記録できてしまった。
「いやーでもなぁ....」
それでも俺が自信無さげなしているのには理由があった。今日の選抜レース、芝マイル戦には黄金世代であるスペシャルウィーク、セイウンスカイが出走するからだ。
後の日本総大将と二冠馬、まともに走っても負けるのがオチだ。というか同世代が黄金世代の時点でかなり詰みかけている。
「まあ別に大敗しなければいいか!気楽にいこーっと。」
正直勝てるなんて思っていない。歴史に残る功績を残した名馬に、ただの人間だった俺が勝てる方がおかしいのだ。俺の目標はあくまでトレセン学園に残ること。わざわざこの子達に勝つ必要がないのだ。
それに、俺はもともとウマ娘じゃないからか、走ることがそれほど楽しいと思わないのだ。もちろん、勝つことが嫌いなわけじゃない。むしろ勝負事は大好きなくらいだ。
それでも、苦労に結果が見合ってない感が否めないのだ。走ることが楽しけばそんなことはないのかもしれないが、肝心の「走る」ことが楽しくないんじゃ、ただ辛いだけなのだ。
トレセンにいる子に走るのが嫌いな子は居ないだろう。走るのが嫌いだったらそもそもここにこないはずだ。
でも俺は、来たくてここに来たわけじゃない。いやウマ娘は好きだが。俺はそもそも"走るウマ娘"としての大事な部分が欠如しているのだ。その状態でスペシャルウィークやセイウンスカイに勝つ?冗談もいいところだ。
「今回の選抜レース、芝1600メートルの注目ウマ娘を紹介します!まずはスペシャルウィーク、次いでセイウンスカイ!」
俺の評価は大体3番人気といったところか。かなり高いが上の2人に勝てる気がしない。
「んっ、んー.....」
ゲートの前で少し背伸びをして、軽く準備運動をした。いよいよ選抜レースが始まる。
「各ウマ娘ゲートに入っていきます!」
俺は静かにゲートに入る。ウマ娘の中にはゲートが嫌いな子がいるが、俺はかなり好きな方だ。周りを見てみると、周りのウマ娘の反応はかなり差が激しい。かなり落ち着いた様子でゲートを開くのを待つ子もいれば、そわそわしたり落ち着かない様子のウマ娘がいる。
「さあ、各ウマ娘ゲートに収まり、体制完了しました!」
ひとときの静寂が訪れる。俺はふぅ、と小さく息を吐いた。
その直後、ガタンッ!
と大きな音を立ててゲートが開いた。
「スタートです!!10番ピーススクラッチタイミングが合いませんでした!」
俺はゲートが開いた瞬間、思いっきり脚に力を入れて飛び出した。
「先行争いです!セイウンスカイが先手を取ったか!?いやその外からヴァイスミーティア!ヴァイスミーティアが先頭に立ちました!」
走る速度の違いには無理やり慣れた。何度も走り込みをして、下を見ずに前をひたすら見て走る。これが俺が恐れずに走れる唯一の方法だった。
「ヴァイスミーティアの半バ身ほど後ろにセイウンスカイが追走しており、そこから2バ身ほど離れて....」
俺はまだ中段でレースを進めるほどの勇気がない。この世界のレースは競馬と同じで音が凄まじいのだ。それに加えウマ娘の耳は人間よりも敏感に作られているので近くで聞くと本当に恐ろしい音が聞こえるのだ。マジで怖い。
「スペシャルウィークはここ!中段のインでじっと仕掛けるタイミングを伺っています!!」
俺が先頭を切りたかったもう一つの理由が、先頭の景色が本当に綺麗だったのだ。サイレンススズカの固有スキルである、「先頭の景色は譲らない...!」と言うのも納得がいく。走るのは好きではないが、この景色だけは走っててよかったなと思えるほど綺麗だった。
「さあ、最終コーナーを回って直線へ差し掛かる!!」
「はぁ...はぁ....はあぁ....!!」
俺は直線に向いた頃にはもう体力が底を尽きかけており、段々とスピードが落ちていくのが感じられた。もう先頭を維持するのは厳しいだろう。
「さあ先頭はヴァイスミーティアだが、セイウンスカイがこれに並んで来ている!セイウンスカイがそのまま交わして先頭に立った!」
ああ、やっぱりだ。いともたやすく俺は交わされ、あっという間に差をつけられた。セイウンスカイの背中がどんどんと小さくなっていく。
「さあセイウンスカイこのまま押し切るか!?いやしかし!外からスペシャルウィーク!スペシャルウィークが突っ込んできた!!」
俺はなんとか上がってくるスペシャルウィークに食らいつこうとしたが、そんな俺の想いを打ち砕くように離されていく。
「スペシャルウィークが差し切るか!スペシャルウィークが差し切った!!先頭はスペシャルウィーク!スペシャルウィークが先頭でゴール!!」
俺は2着から5バ身離された3着でレースを終えた。
「はぁっ.....はあっ....っはあ....」
俺は絶え絶えになった息を整えようと必死に呼吸を繰り返した。
やっぱりそんな簡単に勝てる世界じゃないと、俺は痛いほど感じさせられた。
「はぁ〜....」
俺は寮の部屋のベッドで大きくため息をついた。
「ミーティアちゃ〜ん?そんなに大きなため息つくと幸せが逃げちゃうよ〜?」
この声の主はディープチェインという、俺の同室の子だ。この子はゲームでは見たことがない子だった。ただ、モブウマ娘と言うにはあまりにもスタイルが良過ぎる。背が高くてボンキュッボンのダイナマイトボディ。髪もサイドアップで非常に可愛らしく、モコモコしていて触り心地が良さそうだった。
「いや〜、今日のレースがね...」
「でもミーティアちゃん頑張ったじゃん〜!あの2人に逃げて3着はすごいよ〜!」
周りのウマ娘からするとそうなのだろう。しかし、俺からすると案の定といった結果だった。まあ元々勝てるとは思っていないし、トレーナーがつけばそれで万事解決なのだが。
「ありがとう。でも.....あの2人強過ぎるよぉ....」
俺は非常に悩んでいた。あのレースの後、セイウンスカイとスペシャルウィークにはスカウトの声が結構かかっていたが、俺には1人も来ていなかった。やっぱりあの2人の陰に隠れてしまっているのだろうか。
だとしたらかなりまずいかもしれない。最悪このままトレーナーが付かずに退学だってあり得る。それだけは何としても阻止したい。
「でもしっかり自分のペースで走れてたし、次はきっと勝てるよ〜!」
このディープチェインと出会ってからなるべく女の子っぽい言い方を心がけるようにした。男らしい発言はなるべく控えるようにして、かわいらしく見せるようにしている。
「...うん、ありがと、プチちゃん!よーし!元気出てきた!」
「うんうん、ミーティアちゃんはそうしてるのが一番だよ〜。次もがんばってね〜!」
そう言われて俺は気が引き締まる。次の選抜レース、もしくは早いとこトレーナーを見つけなければ。まだまだトレセン学園を堪能したいのだ。
今回の敗因は、スタミナと恐怖心。スタミナはトレーニングでどうにかするとして、問題はこの恐怖心だ。どうすれば治るかな....
俺は不安を抱えながらも、次の日のトレーニングに向けてベッドに潜り込んだ。
この時の俺はまだ知らない。この軽い考えが、今後の俺のウマ生を大きく左右することになるなんて。