「お前はまたあの子たちの夢を壊すのか!?!?」
静かなトレーナー室に怒号が響き渡る。俺はテーブル越しに胸ぐらを掴まれた。
「なんとか言えよ!!なぁ!!」
俺は真剣な眼差しで彼の目を見つめる。
「.....チッ、もういい、勝手にしろ。」
俺を押さえ付けていた腕が離れ、俺はそのまま椅子に座り込む。
「そのかわり、今度またお前の担当がここから"去る"ことになったら、俺はお前を一生許さない。」
そう言い残して、彼はトレーナー室から出て行った。
「....俺だって分かってるよ。」
誰にも聞こえないような声で一人呟く。外を見ると、大きく背を伸ばした向日葵が咲き誇っており、夏を感じさせてくれる。
そういえば、"あれ"が起きたのもこれくらいの季節だった。忘れられない。忘れられるわけがない。2年前の思い出だ。
今でも夢に出てくるほど、こびりついて離れないあの出来事。それは、
「おつかれ〜。さっきすごい顔でトレーナーさんらしき人が出て行ったけど、なにかあったの?」
ドアを開けながら青鹿毛の小さいウマ娘が入ってきた。その子は左の髪の毛の一部に白い模様が入っており、それが流星のように見えるのが特徴的だ。
「お疲れ様、ミーティア。」
「すごい怒ってるようだったけど、あの人とケンカでもしたの?」
「まあ、そんなところかな。」
俺は適当な言葉で濁す。この子には"あれ"を伝えたくないからだ。出来ることなら、このままずっと黙ったままでいようと思っている。
「あの人って、誰?」
「チーム“サージュウェルズ"のトレーナーさんだよ。」
「それってプチちゃんが入ってるチームのトレーナーさんじゃん!?何したの!?!?」
「まあ、リュートとは昔色々あってね。その因縁がまだ続いてるって感じ。」
トレーナー学校時代に戻ったみたいに、彼、渡邊隆人のことを愛称で呼んでしまう。昔は2人でよく笑い合ったり、一緒に壁を乗り越えたりした。しかし、あの出来事以来、俺とリュートの間には大きな亀裂が生まれた。
いや、生んでしまったのだ。
「...そろそろトレーニングの時間だな。重賞への本格的なトレーニングも始まる。2人で頑張っていこう。」
俺は質問させる隙を与えずに言い放ち、トレーニングの準備を始めた。
「う、うん!そうだね!がんばっていこー!」
ミーティアは少し不安そうな顔をしていたが、元気よく答え、右手を大きく上に上げた。
「先行っとくね〜!」
「怪我だけはするなよー。」
元気よく答えながら、ミーティアはトレーナー室のドアを開けて出ていった。
「....行くか。」
俺はトレーニングメニューが書かれてある紙をメモ用紙と共にバインダーに挟み、トレーナー室を後にした。
8月ももう終わりを迎える日、俺とミーティアはいつものようにトレーニングを行っていた。外の気温は下がることを知らず、まだまだ暑い日が続きそうだ。
そんな天気の中、ターフをまるで流星のように駆け抜けるのは俺の担当ウマ娘、ヴァイスミーティアだ。
「ふぅ〜。どう相棒?タイム縮んだ?」
1200メートルを走り終えたミーティアが、俺の元へと寄ってくる。
「ラスト1ハロン11.4秒、タイム更新だ。」
「ほんと!?やったー!!」
ミーティアが両手をあげて喜ぶ。俺はそれを見て自然と微笑みが溢れてしまった。
ヴァイスミーティア、面白い子だ。この子のことを初めて見た時、不思議な感覚に包まれたのを今でも覚えている。
一目見て何か違う部分や、突出したものがあったわけでもない。
ただ、他の子とは絶対的に違う何かがあると、俺の直感はそう告げた。
惚れた、というほどではないが、何か惹かれるものがあったんだと思う。
セイウンスカイとの並走後に、その感覚が再び訪れた。緩急をつけて逃げるセイウンスカイに彼女は惑わされることなく自分のペースで追走することができていた。やはり彼女は他の子とは違う。改めてそう感じた。
だが、俺が惹かれたのはそこじゃない。その後の選抜レース、彼女は圧倒的な勝ち方をする訳でもなく、ハナ差の2着に敗れた。しかし、俺は、
ーーあの子の走る姿に、夢を見たんだ。ーー
未完成ながらも、全力で壁にぶつかる姿に。
彼女、ヴァイスミーティアなら、俺の夢を託して走ってくれるかもしれない。そう思い、俺はヴァイスミーティアと共に歩んでいくことを決めた。
実際、まだまだ原石ではあるが素質の高さは節々から感じている。磨けばセイウンスカイやキングヘイロー、スペシャルウィークとも肩を並べる、いや、下手すればそれをも凌駕するかもしれないほどだ。
「よし、とりあえず今日はあと2週軽く流して、明日から本格的な調整を始めていこう。」
「りょーかい!!じゃあ、いってくるー!」
そう言ってミーティアは元気よくターフを駆けていった。俺はミーティアのフォームを見て、改善点をメモに書き足していく。
(やっぱり体が小さい分位置取りは不利になりやすい...ゲートとダッシュのメニューを増やすべきか....?それにまだ動きが若干固いな。柔軟を増やしてストライドを大きくするのも...)
そんなことを考えながら今後メニューを組み立てていた、その時だった。
「きゃあっ!?」
叫び声がして、慌ててコースに視界を移す。そこにはターフ第四コーナーを回ったあたりで転んでいるミーティアの姿があった。
瞬間、頭に嫌な予感がよぎる。
「っ...!」
気づけば俺は走り出していた。ウマ娘ほどではないが、自分の出せる限界のスピードでミーティアの方へと向かう。
頼むから無事でいてくれ、と言う願いを込めて。
「ってて.....あぶないあぶない...」
俺はラチを乗り越えて、ミーティアの元へと駆け寄った。
「大丈夫?怪我は?してない?」
しまった。よそ見をして、担当の子を危険に晒すなんて。トレーナーとして失格だ。
「あー。ごめんね相棒!ちょっと足が絡まっちゃって...」
「痛むところは?」
「ないよ!全然だいじょーぶ!」
「よかった.....」
俺は深く息を吐き、自分を落ち着かせた。
ある言葉が、俺の中で反響する。
「トレーナー.....私...もう走れないの.....?」
「ねえ.....教えてよ......トレーナー....」
「私はもう.....レースに出れないの.....?」
「.....ぼ............いぼ.....おーい...あいぼー?」
視界に意識を戻すと、心配そうな顔でミーティアが俺の顔を覗き込んでいるのがわかった。
「....悪い、考え事してた。」
あんな気持ちを、ミーティアにはさせない。させちゃいけない。
「ミーティア、続きはどうする?怪我がないならいいけど、後から痛んだりすることもあるし、中止ならこっちでスケジュールの調整も....」
今日のトレーニングを中止にするなら、明日のメニューを少し重めにして、明後日からの調整でレースに向けて仕上げていくことになるか?いや、もう少し待ったほうがいいか?
様々な考えが頭の中で交差する中、ミーティアが申し訳なさそうな顔をしながらこちらを向いていた。やはり怪我をしているのだろうか。
「どうかした?やっぱりどこか痛い?」
「そうじゃなくて.....相棒.....手が震えてるよ?どうかしたの?」
そう言われ自分の右手を確認すると、小刻みにだが確実に震えていた。
「...いや、なんでもない。」
くそ、この子たちが楽しく走れるように全力を尽くすのがトレーナーの仕事だろ。この子を怖がらせてどうするんだ。
「相棒、もしかして疲れてる?なら、今日はお休みにしよう?」
ミーティアは俺の手を優しく握り、震えを止めてくれた。彼女の優しさが心に染み渡る。
「でも...」
「いーからいーから!ほらほら、片付けして帰るよー?」
「....わかった。ありがとう。」
率先してトレーニング用具を片付けるミーティアに、俺は素直に従うことにした。
あれからすぐ片付けを済ましてシャワーを浴び、自室のベッドへ沈むように倒れ込んだ。
結局、余計な心配までかけて気遣われてしまった。まったく、俺はまだまだトレーナーとして未熟だ。そう思いながらも、ミーティアの優しさを受け入れている自分がいるのも事実だった。
もう少し気遣いをできるように....しなくちゃな.....
それ以上の考えは浮かんでこず、俺はそのまま意識を手放した。
「嫌だ....まだ走りたいよ....」
「トレーナー....なんとかしてよ.....」
「私には....走ることしか残ってないのに....」
「それすらも失ったら....私はどうなるの.....?」
「お願い.....トレーナー.......助けてよ....」
「....!.....はぁっ....はぁっ....」
また、この夢か。
「はぁ........クソ.....」
妙に息が苦しい。あの夢のせいなのだろうか。
先程風呂に入って流した汗は、入る前と変わらないほどかいていた。
頭の中で、さっきの続きが再生される。
やめろ。ちがう。俺はただ、
もう何度言ったかわからない言葉が喉元で引っかかった。
「あの子は特別なんだ。きっと俺の夢を実現してくれる。みんなに、希望を与えてくれる。だから、
ヴァイオラ、どうか、あの子を最後まで走らせてやってくれ。」
俺はいつも身につけているネックレスを握りしめて、彼女に願うようにそう呟いた。
ネックレスには12個の星が描かれており、一つ一つが一等星のような輝きを放っている。
今から3年前、彼女から贈ってもらったもので、俺は肌身離さず身につけるようにしている。
これが唯一の罪を償う方法だと、俺は考えているから。
ミーティアに、あんな思いをさせたくないんだ。だから頼む。
あの子を、守ってやってくれ。
消えゆく意識の中、ただそれだけを願い、俺は眠りについた。