キタサンブラックに色気を感じました。死んで詫びます。
走るとは何か。
そう訪ねられれば、私は最初に恐怖が出る。
友達からすれば、充実感、爽快感、単純に楽しい、そういうものが当てはまるらしい。前世を含め根っからの引きこもりなので理解は難しいが、なんとなくわかろうとはできる。
ジョギング10kmをなんとか安定してクリアできるようになったある日。
そろそろスピードを上げようという話になってしまった。
気が進まないことこの上ないが、自分の身の為である。
涙を飲んであーだこーだ話し合った末に、
走る恐怖を無くすより先に、
走ることを楽しめるようになれ。という目標がたてられた。
ぬう、難題である。
今現在、義務感のもとリハビリに励んでいる訳だが、
実はそこまで走ることは嫌いではない。
逆に好きでも無い。
『怖い』のと、『辛い』だけなのである。
前者は精神的、後者は肉体的理由である。
まさに種族という名の規格違いと比喩抜きで命に関わるスペック不足である。
私自身、少しでもウマ娘としての気質があるのならば、
「こ、怖いけど....やっぱり走りたい!」
となるのが一般的な復帰傾向らしいのだが....残念ながら我が肉体は空席である。とほほ。
精神の課題に対して、肉体の課題は、結構マシになってきたと言える。
ウマ娘の平均速度の60%、良くて80%。それが精神的負荷を無視すれば出せる、最大速度である。一瞬でパニックになってすっころぶ故、危険極まり無いので出したことはない。推定値である。
人間鍛えればある程度何でもできるものだ。いや種族はウマ娘だが成長力は変わるまい。まして走りに関しては人間以上に成長するのだろう。努力の成果である。
さて、スピードを上げる、となると80%以上を出せということだろうか。
やはり慣らしていくしかないか、しかしどうやって?
普通に走ったら多分大惨事となること必至である。
「マックイーンさんからのアイデアがあるよー。ここに対ウマ娘用特殊繊維大袋ががありまして....」
まて、嫌な予感がするぞ。私は知っている、ブルーちゃん達がそんな顔する時、悪いことを考えてるって!
「愛の鞭だ。許せ。(イケボ)」
「出荷よー。」
「(´・ω・`)そんなー ってやかましい何をすrふごごごごごごご」
この時ばかり小学生ばりの低身長低体重非力を恨んだことは...数度目である。
軽々と抱えあげられた私、ポスっと袋の中に優しく搬入され、四肢を封じられてしまう。
「中に大量のオムツシートと衝撃吸収材ひいておいたから、お漏らしも安心でしょ?」
「下手に暴れたり固まって、走行中に落下したら私達サブトレーナーに殺されちゃうから、安全策なんだよね。許して?」
「そういう問題じゃ無いです!まだ心の準備とか遺書とか辞世の句とか色々あるでしょうが!」
「あははー、カンちゃんの場合冗談じゃねえからそういうこと言わないでね。ね?」
ヒェッ アッハイワカリマチタ
思わぬ気迫に固まる。我ウマ娘の覇気に弱し。空っぽだからね対ウマソウルなんてデフォルト装備すら備わってないのだ。
「よし、じゃタイちゃん並走よろぴく。」
「リャジャー! 手加減無しでかっ飛ばすよー。」
タンッとウマ娘特有の初速を感じる。
景色がぶわっと迫り、横へ横へ移り変わっていく。
へその緒がきゅっとしまり、血液が逆流する。
息が浅い。視界の彩度が欠けていく。
頭がじんと痛む。
痛んで痛んで________何もわからない。
「落ち着いて、ヴァーカンシー。私はまだ40km程。今の貴女なら大丈夫な筈。」
声が聴こえる。
麻痺して、凍えそうなほど寒い体が、いつの間にか抱かれている。
あれ、背負われていた筈なのに、いつの間に前で抱かれていたのだろうか。
ひっひっひっひっひっふっふっふーふっふーふーふーふー
詰まっていた息を通す。深くする。
感覚をフルオープン。恐怖心を警戒心に書き換える。
所詮暗示だ。それでも、意識は持たせられる。
「その調子。もう一段階ギア上げるよ。時速45km。」
風。
動く景色。
並び走る車。
テンポ良く響く足音。
タイちゃんの心臓の音。
規則正しい呼吸の音。
後ろからブルーちゃんの気配。
感覚、尖鋭に、して。
「50km」
ターニングライン。
頭蓋の奥底で、変換しきれない恐怖心が集中力を掻き乱す。
涙で景色がぼやける。
想像する。意識を割く。
恐怖心は余裕が無ければ生まれない。
計算する。算出する。演算する。考えを垂れ流す。
恐怖するより先に、別の思考で上書きする。
そう、例えば________二人の走りを解析する。
無駄なことを考える。
神経系、骨格筋系、血管系、循環器系、呼吸器系。
知りもしないことを考える。
無駄な知識を浪費する。
それでいい。今は今をやり過ごし、未来に今を知ればいい。
「55km」
更に尖鋭に。敏感に。
与えられる情報を見逃さず飲み込む。
感情に結び付かせずに無理矢理消化する。
機械的に、兎に角一辺倒に。
この状態を認識する。
知れ。もっと知れ。そして比較する。
あれほど高速に思えたそれは、捉えられるスピードだった。
あれほど煩かった風は、耳を閉じれば感じなかった。
それだけのことを、頭に叩き込む。
次のために。自分で走った時、実践できるように。
「60km」
軋む。恐いうるせえ黙れ。
足掻く。バラバラの一歩手前の意識の綱を握りしめる。
解析は私の得意分野。
それもタイちゃんには密着させてもらえている。
.....走るのに邪魔だろうに。
情報は無尽蔵、映像でも、生でも知ることの無かったウマ娘の走行状態。
霜が降りそうなほど寒いくせに、頭は無性に熱かった。
何かが鼻から垂れる。
胃を逆流するものを噛み締める。
中年を舐めるなってはなしだ________っ!
「よーし70km」
ブツリと嫌な音がした。
神経が焼き切れる、そんなイメージが脳髄を震わせた。
押し寄せる濁流。恐怖。
制御できない体。纏まらない思考。
アカンこれ無理や。
「頑張った。よー頑張った。」
「偉いっ、偉すぎるって!」
「70kmだよ70km、余裕でウマ娘の走りだよ!」
「凄い凄い!このまま慣らしていけばイケるって!」
「はちみー....」
「「あいわかったチョモランマ買ってくる!」」
グロッキーを通り越し顔面蒼白で公園のベンチで寝ること十数分。
精神的負担のみだったことが幸いし、比較的直ぐに復活できたわけだが。
兎に角、酷使した頭には甘いもの=はちみーである。
流石に我がベイビーな喉では吸い込めないので、ちびちび舐める。
ペロペロペロペロペロペロペロペロ.......
「「..........ぶふっ」」
見た目小学生が大きめはちみーを持ってペロペロしている構図である。
色々言いたいが、私は疲れた。本当に疲れた.....。
帰りはブルーちゃんによるとろとろおんぶ走行である。
結構気を使っているのか、振動も小さい。
比較すればするほど、元祖おんぶ走行のマックイーンの体幹の良さが伺いしれる。
あれでメイクデビュー前? 技量の度がおかしくないかと思う。
メジロマックイーンの走り。
ブルーコンコルドの走り。
匂い。発汗。振動。筋肉。音。呼吸。肺活。踏み込み。蹴り出し。
どうにも思考が止まらない。
あの時から、ストッパーが壊れたみたいに、ドロドロとよくわからないことを考え続けてしまう。
ブルーちゃんをもっと強く抱き締める。
「.....カンちゃん?」
声。吐息。鹿毛の髪。風。匂い。空気。服。抵抗。張り。脚の伸び。
「タイちゃん、カンちゃんなんかヤバいかも。息が早くなってる。」
「マジ?.....後、5分ちょいで家だからそこで見よう。今日は無理させちゃったし....」
「大丈夫。大丈夫だよ。ちょっと頭が回り過ぎてよくわからなくなってるだけ。」
「.....過集中かも。よく知らないけど。」
「ゾーン...? 走りに関しては種族的に私らなりやすいとして....多分スイッチ入っちゃったのはあの擬似走行の時かな。.....長いね。こんな長時間続くもの?」
「流石に授業でそんなこと習わんし。もうすぐ家だよ。今日はみんなでお昼寝だ。」
ダブる視界。デジャブが鬱陶しい。
煌めく芦毛。いや違う鹿毛。
安定した、長いストローク。
細かく刻まれるピッチ。
あの子の呼吸。
この子の呼吸。
振動が合う。離れて、また重なる。
遠くだった、あの景色が。
あの日、映像で、前世で、見たイメージ。見た走り。
情景。欠片。気配。蕾。
それは確か、
「着いたよ! 大丈夫っ? ねえカンちゃん。」
私は立っていた。友達が心配そうに私を揺さぶっている。
手で制して、瞬き数度、深呼吸。回りを見渡して。
時間の感覚も正常。何かに異常に惹き付けられる現象も無し。
「だ、大丈夫。ただ、無性に疲れた.....」
へたりこみそうになるほどの疲労感。少し頭痛、
指先が痺れ、冷えた感じは血糖が下がっている証拠だ。
「わかった。肩貸すね。タイちゃん、余っているはちみーを湯煎してくれない?」
「オッケー。砂糖水で粘度も下げとくよ。カンちゃんキッチン借りていい?」
「どうぞ.....自由に使って。」
「よし、今日は私らがご飯作りだ。出来たら起こすからゆっくり寝てて。」
返事も億劫で仕方がない。
そのままリビングのソファーに倒れ、意識は沈んだ。
ウマ娘用特殊繊維大袋
トレセン学園のジャージの繊維にも使われるスーパー繊維で作られた袋。
ゴールドシップ御用達誘拐袋。風評被害である。
切れない。よく伸びる。湿気、熱にも強く。汚れを弾く。
某蜘蛛男の糸をイメージしてくれれば。
ヴァーカンシーのひみつ03
ランニングマシンがお気に入り。
変な癖がつくのはいけないということで長くは走れないが、
景色が動かないという利点はとても大きい。
未だにモーター音に慣れない。
ヴァーカンシーの高スペック保証の世界越えヒトソウルでも、
純粋ウマソウルのスペックに追い付けていない。
イメージとして無理矢理肥大化させて代用しているわけだ。
その代償にヒトソウルは肥大化させている部分に罅が発生し、割れてきている。
そこを修復する材料として、三女神は周囲のウマソウルの余剰部分を利用した。
独自解釈として、固有スキル、または心象領域っていうのは人間でも出せると考えている。逸般人で無いと凄まじく弱くて小さいだけでなのではないかと。
ウマ娘の場合、願いと信仰の集合体であるウマソウルをブースターに人としての想いを展開していると考えている。
自分自身の現実性をその瞬間のみ底上げするのだ。
限定的な現実歪曲現象を引き起こすと言った方がイメージしやすいかもしれない。
では、主人公の場合はどうなのか?
ウマソウルというブースターが無いから一般人と変わらない?
いや、そうではない。
主人公には、一つ、世界すら越えてきた魂が搭載されている。
心象領域の展開能力にしても、ウマソウルブースターには劣るが、迫るスペックは持っている。
後は、ヴァーカンシーのへなちょこ具合をどうにかするだけ。
"走れるようになる"固有というのも、ありとは思わないか?