錬鉄の英雄の居る店   作:三和

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やかんを火に掛け、黙ってその火を見詰める…今度は奴の事を思い出す気にはなれない……と言うより、先程見せられたものの衝撃が大き過ぎるのだ…

 

「…そう言えば、私はまだ…彼に関して知らない事の方が多い気がするな…」

 

そろそろ付き合いも長くなって来た…今まではプライベートを尊重する意味も有って、あまり彼自身の事を深く追求する事も無かった(前のバイト先や、家族構成など…彼に関して全く何も知らない訳でも無いが…)

 

「と言うより、彼は意図的に話していない事が有るのでは無いか…?」

 

話して良い内容を選別している…?とは言え、十分と言えば十分だ…家族や当人の持病の有無(突発的に休む可能性も出て来るから、さすがに事情を知っておく必要は有る)

 

それから職業履歴…加えて犯罪歴…もちろん、当人に更生の意思が有るなら私は共に働く上で冷遇などするつもりは無いし、そもそも私は元より…奴も経歴は酷いモノだ…何より奴に至っては、昔よりマシになったとは言え…未だに行動は破天荒で、今でも時折警察の世話になっている程だしな…雇用者相手とは言え、他人の犯罪歴なんて一々気にも止めないだろう。寧ろ、店内で何かやらかしたとしても、それがろくでもない相手を殴ったとかなら…仮に相手が客で有っても咎めはしないどころか、嬉々として自分もついでに殴りに行くのが目に見えている…(確実にオーバーキルになるから、その時は私が止める事になるだろうが…)とは言えだ…

 

「…アレは、どう考えても普通じゃないな…」

 

一連の手際にあまりに無駄が無かった…スピードも一瞬とは言え、私が見失う程速かったから…実は強化魔術を使ったのかと疑った程だ…だが、今考えてみるとあの動きは確かに技術のソレだ…ちょうど、私が部隊所属時代に習ったモノに近い。

 

「…一応…事情を聞いてみる必要は有る、か。」

 

分からない事は多くても、付き合いは確かにそれなりに長い…私自身、もう彼の人柄そのものは大体把握出来ているつもりだ…(今までの振る舞い全てが演技とかならどうしようも無いがな…結局、私の眼が曇っていただけの話だ)

 

まだ不確定だが、それでも確かに私は彼を見て来た…その上で言えるのは、彼はあくまで普通の一般人で人柄もまとも、と言う事だ…魔術師になっていないのかどうかは結局判断しにくいが、外道魔術師特有の雰囲気は確実に無い(見飽きる程に散々見て来たから、最早大抵の奴は目を見るだけでも分かる…)

 

そもそも魔術師以前に…彼が外道なら私以上に"人の悪意"を見て来た奴が気付かない訳が無い(奴は魔術師では無い外道と何度も対峙している…)

 

「取り敢えず、話してくれるかは分からないが…聞いてはみるべきだな…」

 

尤も、真実かは別にして…彼は何となく何かを話しそうな気はする…が、ここまで来ると結局真偽そのものは私が自分で判断するしか無い…ま、そもそも初めから彼を信じる気が無いのなら…結局話を聞いても無駄にしかならんが。

 

 

 

 

 

 

「…では続きを「待ってくれ」…何でしょう?」

 

「いや、さすがにそのまま通せる訳が無いだろう…?」

 

「…さっきのアレ、ですか?……話さないと駄目ですか?」

 

「…そんなに話したくないのか?」

 

「…そこまでは、言いませんが…」

 

「あの…」

 

「何でしょう?」

 

「私も、出来れば聞きたいかな…」

 

「私は…そうですね、貴方はあの力を無闇に振るう気は有りますか?」

 

「……有りません。どうしても必要な時にしか、やりません…手荒だったとは思いますが、あの場は…アレが最適だと思いました…僕は、間違っていますでしょうか…?」

 

「いや、確かに間違ってはいないな…」

 

「…と言うか、今の言い方で僕を信じてくれるんですか?」

 

「私は、信じるよ…まだ短い付き合いだけど…うん、貴方は優しい人だと思う。」

 

「…そうですね、イリヤに同意させて頂きますわ。」

 

「私も信じよう…事情を話してくれるなら、信頼もしよう。」

 

「…参ったなぁ…話さない訳に行かないじゃないですか…と言っても、本当にそんなに大した事じゃないんですけどね…アレは、言わば"護身術"なんですよ。」

 

「護身術…?」

 

アレだけ的確に急所に当て身を入れておいてか?

 

「少々語弊が有りましたね…僕は護身術のつもりで習いましたが、実態は制圧術のソレです…とは言え、普通の人が習うのは合気などの投げによるもっとスマートな物が一般的なので、驚かれるのは分かりますが…ちなみに、僕は合気も一応習得しています…あまり使いませんけどね…打撃主体の物を習ってからは、もうそちらの方が有効な場合が多いので…何より、あの人にカウンターでの投げは危険だと思いまして…」

 

「…色々突っ込みたい事は有るが、先ず…奴に合気は使えないと判断した理由を聞いても良いかね?」

 

「ふぅ…さっきも言った通り、合気は基本的に投げ主体です…それも、カウンター前提の物が大半…そのまま抑え込む術も技術として有りますが…あの人は確実に死に物狂いで抵抗して来て、結果…僕では抑え込むのは難しいと思いまして…」

 

まぁ、彼の体格的に大柄な奴を抑え込むのは術理だけではさすがに無理だな…そもそも奴は冷静になれば容易に外して来るだろう…

 

「何より…」

 

「?…何より?」

 

「あの人…元軍人ですよね?」

 

「!…私は、君に話したか?」

 

「ハッキリ言われた事は無い筈ですよ…ちなみに、衛宮さんもそうですよね?同じ部隊ですか?」

 

「…何故分かった?」

 

「分かりますよ。何せ、僕に打撃主体の制圧術を教えてくれた方も元軍人でしたからね…とは言え、恐らく自衛隊じゃないですね…お二人共、もしかして外人部隊所属でしたか?」

 

「……」

 

見抜かれた理由に一応納得はしたが、それでも驚きは大きいな…

 

「後は蛇足ですが…お二人共、実は元傭兵でもあったりしますか?」

 

「!…私はまた違うがな、似た様なモノでは有るが…一応、奴に関しては確かにそうだ…そっちは何故?」

 

「すみません…そっちはただの当て推量です、元外人部隊所属だと除隊後に傭兵や暗殺者になったりなど…裏社会に流れる方が多いと言う話を良く聞くので…それに、例の軍人の方とまた違う気配をお二人から時折感じましたのでそうなのかと…何か、すみません…」

 

深読みのしすぎだったか…つい、妙な疑いを掛けそうになってしまった…

 

「…ふむ、しかし成程…相手が軍隊経験者だと分かっていて、体格も差が有ったら普通の道場で習うモノを仕掛けるのは確かに危険では有るな…」

 

「少なくとも、あの人と衛宮さん相手に合気は使いたく無いですね…受けてから掛けるのが基本な上、どうしても相手の懐に入らないといけなくなりますし…どう考えてもそのまま抑え込まれて軍隊仕込みの寝技掛けられる未来しか見えませんでしたから…それに…」

 

「それに?」

 

「打撃の方もあくまで"護身用"なんです…アレは、言ってしまえば相手にスイッチが入る前に、奇襲で強引に先手を取って、そのまま相手に反撃させずに落として制圧する技術なんです…あの人が元気な上、冷静だったら…多分、ああも綺麗に決まらなかったと思います…」

 

「そうなのか?かなり洗練された技術だと思ったのだが…」

 

「初見ならそうでしょうね…でも、アレはそう何度も同じ相手には使えません…元々、最終的に攻略される様に出来てますから…」

 

「?…と言うと?」

 

「そもそも、アレに術理とかはほぼ無いんです…単なる奇襲の型でしか有りません…パターンが少ないので、何度も同じ相手に使うと最終的に読まれる様になってまして…本当は"護身術"と呼ぶのも烏滸がましいと…」

 

何となく読めて来た…

 

「…つまり、わざと不完全な形で教えているのか?」

 

「一応、初見の相手になら護身としては使えますから…確かにその辺のチンピラ相手には有効ですし…大抵は一度食らったら、もう挑んでは来ません。」

 

「…本質は軍隊格闘術か?」

 

「…ええ。ちなみに、習ってる内に僕には合っていたのと…その、僕も途中で気付いたんですよ…まだ先が有ると…なので月謝も倍額払うから全部教えて欲しいって言ったら怒られました…まぁ、まさか習っていたものの正体が軍隊格闘術だとはさすがに僕も分かりませんでしたから…とは言え、素質が有るのは確かだから…軍に志願するかと聞かれました…さすがに、断りましたけど。」

 

「…行き先は…私たちと同じ、か?」

 

「ちなみに、どのくらい向こうに居たんですか?あるいは…向こうで出会えていたかも知れませんね…」

 

「……入っていた可能性も有ったと?」

 

「正直迷ってもいたんですよね…その、言い方はあれですが楽しかったので…ただ、人に本物の銃を向けて…且つ、引き金を引く自信なんて無かったので…」

 

「…いや、それで良い…入らなくて、正解だ…」

 

彼は、間違い無くあの地獄に耐えられないだろうからな…

 

「…私からも良いですか?」

 

「何でしょうか?」

 

「何故、護身術を習おうと?」

 

「……」

 

彼の表情が変わった…

 

「…その、どうしても嫌なら「いえ、良いです…話します…」……」

 

まぁ、葛藤するのは分かる…普通護身術を習うと言う事は、それは自分の身を守る必要が有るからに他ならない…つまり…

 

「ねぇ?」

 

「!…イリヤさん?」

 

「嫌なら、良いんだよ?…多分だけど、強くならないといけないほど…嫌な目に遭ったんでしょ?」

 

「…ハァ…ハハハ…貴女には敵いませんね…」

 

「…申し訳ありません、軽率でしたわね…」

 

「いえ、昔の事ですから…そうですね、僕は…いじめられっ子でした…だから、習ったんです…だけど、結局最後まで反撃は出来ませんでしたけどね…でも、今ではやらなくて良かったんだとも思ってます…個人的な私怨でこの力を振るったらそれは…結局向こうと何も変わりませんから…そう思ったら、吹っ切れました…そして、勇気が湧いて来たんですよ。」

 

「?…勇気?」

 

「今の僕なら…守れるんです…全ては無理でも、目に見える範囲でなら大切な人や、同じ様に不当な暴力に晒される人を…だから今では、自分に自信が持てているんです。」

 

「……」

 

今、私は彼に嫉妬してしまった…何故なら、それが私の原点になっていたのかも知れないのだから…私は、ただ"アーチャー"に憧れて…"正義の味方"を目指してしまっただけなのだから…あの男の記憶は確かに地獄そのもの…それでも、確かに居たのだ…奴に救われ、笑顔を浮かべてくれる人たちが…そんな僅かしか無い光でも私には眩しかった…茨の道と分かっていても…私はアイツの目指した"正義の味方"になってみたかった…差異は有ってもアレは私だ…私でもあるいは成れるのでは無いかと思ってしまった…道は険しく、辛く…苦しいと分かっていたのに……そして、信念の欠けていた私は…結局挫折した…そんな、私の持ちえなかったモノを…彼は今確かに持っているのだ…だから、嫉妬した……しかし、そんな醜い気持ちもすぐに消えてしまった…分かるのだ…"敵わない"と。

 

彼なら、きっと現実を見据えられる…決して、間違える事は無いだろうと…今更ながらに奴の忠告が蘇る…私は結局、他人に夢を押し付けていただけだった…人の悪意から目を背け過ぎた…私は、アーチャーにはどうしても成れなかった…いや、所詮何処までも"人間"でしか無い私には初めから無理だったのだろうな…とても残念では有るが、今ならそれも結果として受け入れられる…

 

奴や、そして今目の前に居る彼が居なかったら…私はこの答えに辿り着けなかっただろう…この素晴らしき出会いに対して、私は…何と言えば良いのだろうな…

 

「…衛宮さん?どうかしましたか?」

 

「!…何がかね?」

 

「シェロ?」

 

「ルヴィアも…一体何だと言うのだ…?」

 

「分からないの、シロウ…?今、泣いてるよ…?」

 

「っ…これ、は…」

 

確かに今、自分の頬を流れるモノが有る…そう、か…私は…泣いているのか…それも、感動して泣くなど…一体何年振りだろうか…

 

「…すまない、君には訳の分からない事だと思うが言わせてくれ…」

 

「?…何でしょうか?」

 

「…ありがとう…私は、君に出会えて良かったよ…」

 

「…本当に訳が分かりませんね…」

 

「すまないな…私にも、今は上手く説明出来る自信が無い…」

 

感情が全く制御出来無い…私も初めての経験だ…人はここまで感情が暴走するものなのか…

 

「取り敢えず、悲しくて泣いてる訳ではないようですし…僕は落ち着くまで待っていますよ。」

 

「ほらシロウ、コレ使って?」

 

「ああ、すまない…」

 

イリヤから渡されたハンカチを押し付けるが、涙は中々止まらない…ハァ…全く…今までここまで泣いた経験など無い…一体、どうすれば良いのかまるで分からない…早く、止まってくれ…

 

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