「シロウ…何かあった?」
お盆にカップとポットを乗せてキッチンから出て来た私に向かってイリヤからそんな質問を投げかけられる…
「…すまないが、質問の意味を図りかねる…私はただ紅茶を入れる用意をしていただけなのだが…」
確かに先程まで考えがモヤモヤとはしていたが…
「イリヤスフィール、それでは言葉が足りませんわ…シェロ、顔色が悪いですわ…何かありましたの?」
正直、驚いた…
「……そんなに…顔に出ているか?」
「ええ。比較的、この中では付き合いの短い僕が分かる程にはハッキリと。」
「…そうなのか…いや、大した事では無いよ…少し…考え事をしていてな…」
こうして感情が表に出やすいのがアーチャーと私の明確に違う点の一つでも有るのだろう…一度完全に壊れた事で感情の値を最早任意でゼロにする事が可能なアーチャー…本来の衛宮士郎の様に色々大きく欠けてはいても、壊れきってはいない私…人としては正常の範囲なのだろうが、こうして気を抜くと色々悟られてしまうのは欠点と言うべきか…それとも…いや、それを考える意味が無いな…
「その…宜しいんですのよ?体調が悪いのでしたら続きは後日でも…」
「……いや、次がいつになるかは分からないからな…全部は無理でも今の内にキリの良い所までは話しておきたい…」
凛の事が有るし、この後は店の準備も有る…それ以上にこれ以上ルヴィアには先程私の抱いた物に気付かれたくない…
「そう、ですか…」
心配そうにするルヴィアを見て、やはり奴を傷付けるべきでは無いのだろう…と、思う…しかし…それと奴をどうする方が良いのか、と言う問いとは別問題と言う結論を出している私も居る…友人だとは思ってなくても、我ながらここまで鬱屈した感情を奴に抱いているとは先程まで気付いていなかったが…
「そう心配しないでくれ、騒がしい人間がいきなり二人も居なくなって…色々と余計な事まで考えてしまったと言うだけの話だよ。」
改めて凛はまだしも奴の存在まで何だかんだ救いにもなっていたのだと感じる…最も、こうして居なくなると奴をどうすべきだったのかと考えてしまうのだが…全く、何故今になって自覚するのか…
「そうですか…何も無いなら宜しいのですが…」
「シロウ…無理しなくて良いんだよ?」
「…大丈夫だよ、義姉さん。」
イリヤを安心させたつもりだった…しかし、彼女は微妙な顔をしている…
「どうしたのかね?」
「シロウ…本当に大丈夫?」
「何がだね?」
「あ、やっぱり自覚無いんだね…今、私の事を義姉さん、って…」
「そう、なのか…?」
私が聞くと三人が揃って頷いた…成程、思った以上に今回の一件が響いている様だ……何せ妙な思索に耽るくらいだしな…まぁタチの悪い事にアレは確実に私の本心だったりするのだが…
「…どうやら、凛の事がそれなりに堪えてはいる様だ。ただ…体調そのものは別に影響が無い。話を続けよう…」
私はそう言ってお盆の上のカップを各々の前に置いて行く…
「それなら良いけど…それで、取り敢えず私の事から話せば良いのかな?…と言っても私の事については三人とも知ってるよね?」
「取り敢えず僕はイリヤさんがホムンクルスで有る、と言う事しか知らないのですが…」
「あ、話してなかったっけ?」
「まぁ完全に身内の話だからな…イリヤ、君も恐らく無意識の内に省いたのだろう…」
まぁ今の彼女はホムンクルスかも未だハッキリしない訳だが…
「ちなみに私も又聞きで、あまり詳しくは聞いていませんわ。」
「あー…そう言えばルヴィアにもちゃんと言ってなかったかも…だって知ってると思ったし…」
「まぁ、嫌なら無理に言う必要は無いんじゃないか?君にとっては辛い話にもなる…」
「私も…そうしたいんだけど…聖杯戦争の時の私の行動を話すとなると私自身の事を詳しく話さないとならないから…うん…だから、話すよ…」
カップを両手で持ち、何かを堪える様な顔をしながらカップに口を着け傾ける…少ししてカップを口から離すと彼女は口を開いた…
「…私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン…小聖杯にして、先の第四時聖杯戦争の参加者が一人…魔術師殺し衛宮切嗣とホムンクルスにして、先の小聖杯アイリスフィール・フォン・アインツベルン…二人の間に産まれた娘…先の戦争でお母様は亡くなり、父のキリツグは消息を絶った……私一人をアインツベルンの屋敷に残して。」
「でも実際はキリツグは本当は何度も私を迎えに行こうとした…が、先の戦争の有る出来事が原因でキリツグは身体を病んでいて…結局…私を助ける事は出来無かった……私は…そんな事すら知らなかった…」
「小聖杯アイリスフィールの予備として産まれて来た私…ホムンクルスは元々短命…お母様が小聖杯に姿を変えて第四時聖杯戦争が終結している以上私に出番なんて本来無かった筈…でも、イレギュラーが起きた…第四時聖杯戦争から僅か11年…本来60年に一度だけ行われる筈の聖杯戦争…でも、第五時聖杯戦争は始まってしまった…私はコレをチャンスだと思ったの。私はずっとキリツグはアインツベルン…お母様を裏切り、私の事を捨てたと聞かされていた…」
「…だからお爺様から聖杯戦争に参加して今度こそ勝利する様に言われた時…私は…お母様と私を捨てたキリツグに復讐するチャンスだと思った…正直、お爺様は私が本気で勝てるとは思ってなかったみたいだし、どうせ期待されてないなら好きにやってやろう…そう思って…」
「でも、私のお世話をしていたホムンクルスたちとこの冬木市までやって来て…嘗て拠点にしていたと言う衛宮邸…聖杯戦争に参加するなら今回もそこを使うだろう…そう思って私のサーヴァントのバーサーカーを連れてやって来た時…私は不思議に思った…そこに居たのは"衛宮"士郎と名乗る赤毛の少年だけで、キリツグは何処にも居なかったから…」
「私はすぐに分かった…あの子は…キリツグの息子なんだって…許せなかった…私を捨てた癖に新しく子供を儲けたのが…何より、苦しんで来た私の存在も知らずのうのうと生きてるその子が……まさかあの子がキリツグの養子で…御三家…それも私の家が嘗てやった事が原因で本当の家族を喪っていたなんて…私は知らなかった…何も分かっていないのは…私だけだった…!」
そこで私は口を挟んだ…私に対する罪悪感からか、顔を歪めるイリヤを見ていられなかったせいもあるが。
「イリヤ、急ぎ過ぎだ…それでは私とルヴィアは分かるが…彼には何の事か分からない…それに、私は今更気にしていない。」
もちろん、全く気にしていないと言えば嘘にはなるが…そもそも私自身はあの病室で目覚める前の事は本当に何も覚えていないのだから気にしようも無い。
「そう、だよね…ごめんなさい…」
「いえ…そもそも僕の方は元々部外者ですし構いません…それに、それも後で分かるのでしょう?」
「まぁ、詳しい話は私が後でしよう。」
元々…第四時聖杯戦争より更に以前…第三次聖杯戦争でのアインツベルンのやらかしはイリヤの死後に分かった事だ…彼女にもそこまで詳しくは話していないし、私から話す方が良いだろう…
「…続けるね?もちろん私はシロウの事情は何も知らなかった…でも、本来この恨みはキリツグにぶつけるべきもので息子のシロウには何の関係も無い…そもそも私の事自体ろくに知らされてなかったんだろうって言うのも何となく分かった…でも、理解出来ても納得するのとは別…私は…私が一人でいる間ずっとキリツグと一緒に居たシロウに嫉妬してしまった…そして、私の個人的恨みは息子であるシロウに責任を取らせるべきだ…そうやって自分を正当化したの…こんなのお門違いだって…分かってた筈なのに…」
「だから私はあの日もシロウを見張ってた…アーチャーはよっぽどシロウを嫌ってたんだろうね…霊体化しても先ず隠し切れない強大な気配…アーチャーは明らかに私とバーサーカーに気付いていない振りをしていた…最も、私はその時点ではシロウに何かする気は無かった…恨みを晴らすなら正当に…誰にも文句のつけられないやり方で…だから、どう見ても何も知らないシロウが聖杯戦争を辞退するなら私は…手を出すつもりは無かった。」
「一応、戦争に参加するなら中立地帯で有る教会では事を起こせない…だからあの時も見張ってた…そして出て来たシロウがリンに聖杯戦争に参加すると言った時…私はほくそ笑んだ…これでキリツグの息子であるシロウを断罪する権利が回って来たと思った…そして、私はバーサーカーをけしかけたの。」
イリヤが一旦口を閉じる…ふむ、ここからは私も語るべきだろう。
「…教会を出て家までの道中…彼女は現れた…雪の様に白い髪…やけに整った容姿の彼女…彼女は『聖杯戦争に参加してくれてありがとう…会って早々で悪いんだけど殺すね…』その言葉と共に筋骨隆々且つ、私たちより二回りは大きい男が目の前に現れた。」
「その時、私の連れていたサーヴァントはバーサーカー…真名はヘラクレス…具体的な逸話とかを詳しく知ってた訳じゃないけど単純に知名度ならこの日本でも相当に有名…そうでなくてもバーサーカーには絶対とも言える反則級の宝具が有る…先ず間違い無く、この場でシロウとリンにアーチャー…三人とも殺せる筈だった…」
「ちなみにその宝具とは?」
「厳密に言えば物じゃないわ…先ずバーサーカーの宝具は実質二つあって、一つは十二の試練…コレは元々宝具と言うよりバーサーカー…ヘラクレス自体の肉体特性…簡単に言うと仮にサーヴァントの命とも言える霊核を破壊されても11回までならバーサーカーは必ず蘇生する…そしてそもそもBランク以下の攻撃は仮に宝具の真名解放すら無効化し且つ…一度受けた攻撃には高い耐性が付き、実質同じ攻撃では殺せない…仮に破るなら他の六人のサーヴァント全員で挑んでやっとかしら…最もそれでも本来は六回しか殺せないけどね…そしてもう一つは射殺す百頭…コレはバーサーカーの使う武技そのもの…何をするかは状況によっても変わるけど基本的には超高速でほとんど同時に複数の方向から飛んで来る九連撃を放つ技…防ぐので有ればよほどガードを固めるか、同じ場所に同数連撃して迎え撃つしかない…」
「それはまた…勝てるんですか…?」
「普通なら…あの場で私が勝ってたと思う…」
「では…イリヤさんの方が勝てなかったと?」
「…私の方に甘さが出た形になるのかな…あの時、アーチャーがバーサーカーを抑えに回ったの…」
「私は凛とともにその場をアーチャーに任せ、そこから離脱してサーヴァントを呼ぶ事にしたんだ…」
「『良いわ!呼びなさい!今のシロウを殺しても意味が無いからね!』…うん、まぁ…あの時の私はそう言ったけど…呼ばせない方がすぐに殺せたのは間違い無いね…そうでなくても結局あの時先に退いたのは私だったし…でも、サーヴァントもついてないシロウをそのまま殺すのは正当性が無い…シロウは仮に参加表明を既にしていたと言っても…ろくに抵抗も出来無いシロウをバーサーカーの力でただ押し潰すのは私のプライドが許さないし、その程度じゃ私の気も晴れない…それなら呼び出されたサーヴァントをさっさと倒してシロウを絶望させてからジワジワと嬲り殺しにしてやりたい…そう思ったから。」
「随分淡々と物騒な事を言いますね…いや、先の話を聞けばイリヤさんだけを責めようとも思えませんが…」
「ううん…良いの。結局、間違っていたのは私…でも、その時はキリツグに対する私の憎悪をシロウに向けていたの…あの時も間違ってるのは本当は分かってたけど認められなかった…だって、それを認めてしまったら…私の怒りを否定する事になる…この想いを何処にぶつけたら良いか分からなくなる…そうなったら私の方が壊れる…そう思っていたから…」
「そして、イリヤは逃げる私と凛を追おうとはしなかった…アーチャー一人でバーサーカーを止められる訳が無いのは私と凛にも分かっていた…彼女は敢えて私たちを逃がしたのだと…私と凛は気付いていた…」
「彼女の目的は分からない…だが、このチャンスを無駄にする訳には行かない…私は凛に続く様にして召喚呪文を唱えた…」
「…ほとんど無我夢中だった…呪文に使われている言葉の意味なんて分からないままただの凛の言うソレを復唱するだけ…こんな事に本当に意味なんて有るのか…そんな事を考えていたら召喚陣が光り始めた…」
「凛が驚く私に集中する様怒鳴り、再び詠唱を続け…やがて視界が塗り潰されるほど強い光に私は目を閉じた…そして続いて巻き起こった突風に私は吹き飛ばされた…地面に転がり、身体を起こしながら目を開ける…そして最初に目に入ったのは一人の騎士甲冑を身に付けた人物が剣を持って立っている姿だった…その人物がこちらに歩いて来て私の足元で足を止めた。」
問おう。貴方が私のマスターか。
「…彼女の言葉は耳にこそ入って来たが、正直その時の私はあまりの事態に完全に思考が停止していてな…すぐには声を出す事も出来無かった…まぁ私たちの方へ近付いて来た凛に彼女が剣を突き付けた事で漸く我に返ったがな…」
あの時は大変だった…融通の利かないセイバーに凛はマスターでは有るが、同盟相手で敵じゃない…そう説明したが当時の私の説明が拙いせいか中々理解を示そうとしてくれなかった……凛の方は向けられた殺気でまともに言葉を発する事が出来ず、私の方もその影響を受けて説明がたどたどしくなっていたせいも有るだろうが。
「まぁとにかく時間はかかったが、私と凛は何とかそのサーヴァント…セイバーを説得し、アーチャーとバーサーカーのいる場所まで急いで戻る事にしたんだ……最もセイバーは途中で私だけを脇に抱えて、現場まで魔力解放でまるで砲弾か何かの様に一気に突っ込んで行った為に凛は完全に置き去りになったがな…」
まぁ…アレは本当は私がセイバーの行動を諌めるべきだったのかも知れない…最もあの時は急に抱えられて私の方は完全にパニックになっておりそれどころではなかったがな…正直、自分が彼女のマスターであると言う自覚もまだハッキリ持てていなかったしな…