「……あやめ?」
「そうだよスバル。嫌だな~。もしかして、余のこと忘れたの? あくたんと同じ反応でつまらないぞぉ~」
スバルの絞り出した声に、あいかわらずの陽気な声で返したあやめは、その手に持っている二本の刀を、くるくるとお手玉のように回しつつ答える。
あやめ……。
「お前がやったのか? あの取調室を」
「……キミは、誰だっけ?」
あやめの刀から血が垂れていることに気がついた俺が、たまらずそう質問をすると、さっきのスバルとの会話とはうって変わりーー絶対零度のように冷えた言葉を口にするあやめ。
その様子に、昔はなかったはずの恐怖で生唾を飲んだ俺は、何とか声を絞り出す。
「おっ、俺だ。二年前に会ったろ?」
「……あぁ。白馬くんだっけ? それとも今は、執行人くんだっけ? コロコロ名前変えないで欲しいよね~。人間様って、本当勝手なんだからさー」
やれやれというように、ため息をついたあやめは、俺のことを知っていたのにも関わらず、わざと誰かと尋ねてきたらしい。
なんのイタズラだよ。
だが、今はあやめよりあくあだ。
「執行人くん……」
「あくあ。とりあえず、無事でよかった。ちょこ先生もきてるから、とりあえずここから出よう」
今だ硬直から抜け出せていないスバルに変わり、俺があくあにむかって殲滅銃をおろしつつ、そう言うと、なぜか直線上にあやめが割ってはいってくる。
「ダメだよ。あくたんは、お前様には渡せない」
「……どういうことだ?」
冗談かと思ったが、あやめの殺気に俺は、殲滅銃を再び構えつつ、そう質問する。
……なんなんだ。
先から、あやめの様子がおかしいぞ。
昔は、もっと陽気で、くだらないダジャレにも笑うような奴だったのに……。
今は、どこか俺に対して拒否的であり、なおかつ攻撃的すぎる。
「どういうこと? そんなの、お前様が一番わかっているでしょう? 誰のせいで、あくたんが傷ついたと思っているの?」
「っ! それは……」
「そういうこと。わかったら、回れ右して帰りな。今回は、
くっ!
確かに……そうだな。
俺のせいで、あくあが危険に晒されたのは、間違いない事実だ。
それで、俺のことが信用できないというのなら、仕方がない。
これで、納得した。
通りで、先から俺に対してあたりが冷たいわけだ。
あやめの実力なら、あくあを守り切ることもできるし、何より、人の俺よりも同じ存在の彼女の方が安心できるだろう。
そう判断した俺は、殲滅銃を腰に戻し、言われた通りここから去ろうとするが、何故か、その手をスバルに掴まれてしまう。
「なんだスバル?」
「今回は見逃すって、どういうことだよ。あやめ」
「言葉通りの意味だよ。見逃してあげるの」
「ここにいる奴らや、取調室の惨劇は、あやめがやったのか?」
「そうだよ。私達を先に傷つけてきたのは、こいつらだし。同じ報いを受けてもらったの。おかしいかな?」
そういうと、可愛らしく首を傾げるあやめ。
おかしいかな……だって?
こいつーー本当にあの百鬼あやめか?
人を傷つけておいて、なにも感じていないなんて。
俺と同じく、驚いた様子のスバルだったが、すぐにその表情を怒りへと変えるとーー。
「おかしいに決まっているだろ! スバル達は、ただでさえ人々から嫌われているんだぞ。あんなことしたら、もっと風当たりが強くなるだろうが!」
と、俺の手を離したスバルは、大声であやめへと言葉をぶつけるーーのだが。
キョトンとした顔をするや、何がおかしかったのか、クスクス笑い始めるあやめ。
「何がおかしいんだよ!」
「おかしいよ。だって、スバルったら、人間様達を基準に考えているんだもん」
「なっ? なに言ってんだよ。そりゃ、人間基準に決まってるだろうが」
「違うよ。バーチャルアイドルは、バーチャルアイドル。人間様の娯楽の道具じゃない。余達こそが、人類を統治するべきなんだよ」
ピシャリと、スバルの言葉を切り捨てたあやめは、視線を俺へと向けると、刀の切っ先をむけてくる。
「人間様達が、余達に何をしたの? 共に生きようとーー幸せな世界を創ろうとした余達に、何をしたの? 答えなよ執行人。余とお前様だけが、あの場所で、その目に焼きつけたはずでしょう?」
……そうか。
あやめーーお前は、希望の橋でおきたあれを見て、その考えに至ったのか。
実は、あの事件の場には、ときのそらと共に同席した者が二人いた。
一人は、もちろん
そして、もう一人が、もしもの時の為にと、守り役として、あやめが同席していたのだ。
そこで、おきたあの凶弾……。
倒れたそらさんを見て、俺が、政府を潰そうと思ったのと同時に、あやめは、人間が許せないと思ったということか。
「答えなよ。執行人」
俺が無言でいたせいか、もう一度同じことを言ってくるあやめ。
その瞳は、答えるまで問い続けると言っているかのように、鋭い。
「あやめ……気持ちはわからなくない。俺も、お前と近いことを思った。だが、世の中には、バーチャルアイドルの人達と生きたいと思っている人がいるんだ。だから、すべての人間を嫌いになるなんてのは、そのーーやめてほしい」
「気持ちがわからなくない? その言葉が、既にわかっていない証拠だよ。お前様は、いつまで余達側にいるつもりなの? お前様も、そのうち裏切るさ。だって、人間様は、追いつめられたら簡単に切り捨てることができるからね!!」
あやめの言葉に、ズキリと胸が痛む。
あやめからしたら、俺も憎い人間の一人……。
だから、
怒気のこもったあやめの言葉に、言い返せなかった俺が唇を噛みしめていると、隣にいたスバルが一歩前へと歩みでる。
「取り消せよあやめ。執行人は、間違いなくスバル達の味方だ。スバル達の為に怒ってくれるし、泣いてくれる。それが、ファンって人達だったろうが!」
「スバル……かわいそうに。あの時の余と同じで、まだ人間様を信じているんだね。ハッキリ教えてあげる。余達の味方は、バーチャルアイドル達だけだよ」
「何度でも言ってやるよ。スバル達の味方には、
スバル……。
ありがとう。そこまで、俺達のことを信じてくれて。
だが、あやめの言っていることも、決して間違いではないんだ。
人間というのは、弱い生き物だ。
群れをつくれば、意にそぐわない者を、平気でつま弾きにする。
それが、人間だ。
「やめてよ。もう、嫌だよ……こんなの」
スバルとあやめがにらみ会う中、ボソリと、あくあが泣きそうな声で呟く。
「わてぃし達は、同期だよ? 言い争わないでよ」
「あくあ……」
「大丈夫だよあくたん。きっと、スバルは、まだ目が覚めていないだけーー」
今にも泣きそうなあくあに対して、そう言いつつ優しい笑みをうかべたあやめは、すぐにその笑みを消すと、鋭い視線を俺へと向けてくる。
「お前様さえスバル達から離れれば、きっと、バカみたいに信じていた余みたいに、みんなが傷つかずに済むはず。予定変更だよ。執行人……お前様を、ここで斬る!」
二刀を翼のように広げたあやめは、そう言うや、すぐさま腰を落として、戦闘態勢へと移行する。
おい。マジかよ!!
「人よ。余の憎しみに恐れおののくが余い! 『
アイドル力を使用したのか、二刀が赤と青のオーラを纏いだす。
まさかーーあれがちょこ先生が治せないといっていた技か!
今にも向かってきそうなあやめに対して、さすがに迎撃体制をとった俺は、先手に殲滅銃の引き金を引く。
狙いは、あやめの太もも。
そこさえ撃ち抜けば、機動力を削げるはずーー。
そう思っての攻撃だったが、すっかり俺は、失念していた。
彼女は、人間ではなく、鬼であるーーということを。
発砲と同時に、床が踏み込みで砕けると、あやめは、予想の倍以上の速さで接近してくる。
虫でも払うかのように、飛来する弾丸を片手で切り捨てたあやめは、俺が二発目を放とうとする頃には、自身の間合いの中へと俺を捉えていた。
そして、上段から振り下ろされる、容赦のない刃ーー。
ヤバイ……。
これは、確実に斬られるぞ。
死を直感すると、世界がスローモーションになるとよく言うが、まさしく今がそれだ。
迫る赤い刃が、俺の前髪へと触れる。
くっ、そっ!
迫りくる死に対して、目を閉じようとした俺だが、その絶望的な視界の中に、緑と黄色が合わさった服が、突然うつりこむ。
バチン!
目と鼻の先で、鉄がハジける音がしたかと思えば、今度は、健康的な足があやめの右顔側面へと迫る。
その攻撃を、左手の柄でぶつけつつ威力を削いだあやめは、くるくると空中でキレイに回転すると、少し離れた場所へと着地。
フッ、フゥー。
一瞬の攻防の後、大きな呼吸音が隣から聞こえた為、俺がそちらへと視線を向けると、寒くないというのにーー真っ白な息を吐くスバルが、見慣れた構えで立っていた。
その事実を確認した所で、ようやく俺の体感が、元のスピードへと戻る。
今の一連の行動ーー。
あやめの振り下ろした刀の側面を、
まさか、あのスピードに追いついたのかよ……スバル。
いやいや、そこに驚くところじゃないぞ俺。
「どうして、邪魔をするの? スバル」
「執行人を傷つけるつもりなら、あやめーーお前でも、容赦はしないぞ。次は、覚悟を決めて、攻撃してきな」
思い通りにいかないからか、イラついたような顔をするあやめに、睨みつつそう言い放つスバル。
お前……少しでもタイミングがズレていたら、一生消えないかもしれない傷が、ついていたかもしれないのに……。
それなのに、俺を護ってくれたのか。
「スバル。余に勝てると思っているの? 人間よりのスバルが、鬼の余に」
「甘くみるなよあやめ。人間も進化してるんだよ。執行人、援護しろ!」
俺へとそう言ったスバルは、クラウチングスタートをきる姿勢になると、あやめと同時に地面を踏み抜く。
っ!
……やるしかない。
他でもない相棒がやるというのなら、あやめを、ここで無力化する!
そう覚悟を決めた俺は、殲滅銃の撃鉄部分を左へと倒す。
すると、すぐにロボ子さんの明るい声が、耳へと届いてくる。
『連射モード!』
まるで、その声に答えるかのように、殲滅銃の発射口から、撃鉄部分までが左右に割けると、そこから同じ形の物が複数現れ、撃鉄部分が扇状に展開する。
この殲滅銃が、何故信号機と命名されているのかというと、それは、三つのモードが存在するからだ。
一つは、普通の拳銃と同じ通常モード。
もう一つは、一撃必殺を旨とする
そして、空気中の物質から無限に弾丸を作り続け、秒間25連射を行う、この連射モード。
この三つを、好きなときに切り替えることができ、あらゆる状況に対応して、敵を殲滅する。
故にーー信号機型殲滅銃。
そして、今使用しているこの連射モードだが、あまりにも空薬莢のとびちりが激しいことから、俺へと跳ばないようにするため、このように撃鉄部分が扇状に変形している。
「ロボ子さん! 視力補正全開で頼む!!」
『おっけ~。行くよー!』
AIロボ子さんの協力のおかげで、二人の動きが鮮明に見える。
交戦距離に入ったスバルに対して、あやめが振り下ろしをおこない、それに対して、手首を掴むことで阻止するスバル。
そして、同じタイミングで膝蹴りを放つと、その場から一度距離をとる二人。
ここだ!
バリバリバリバリ!
スバルが離れたことで、あやめのみを狙い射つことができた俺は、すぐさま遠慮なしに連射する。
先ほどの「点」での攻撃ではなく、当たればどこでもいいという「面」での攻撃ーー。
その攻撃に対して、あやめは、バク転を連続でしながら回避していく。
だが。それを追うように俺が弾丸の雨を浴びせ続けるとーー。
ギギギギギギギン!
これ以上後退することができないと判断したのか、立ち止まったあやめは、二刀を素早く振り続けると、俺の連射した弾丸を全て、斬り捨てていく。
おいおい……。
冗談じゃないぜ。
背後の液晶画面は、蜂の巣になってるってのに、かすり傷一つつかないのかよ!
「スバル。三秒だ!」
「わかった!」
このまま射ち続けても、無意味だと判断した俺は、スバルに三秒後に射つのをやめることを、簡略化して伝える。
1……2……3!
心の中で三秒数えた俺が、射つのをやめると同時に、スバルが飛び出す。
ーーが。スバルの動きでそれを察知したのか、後方の液晶へと跳び蹴りをすると、天井へと向かい、さらにそれを蹴ってスバルに接近するという、まさかの三角蹴りを披露するあやめ。
そこからの攻防は、ハッキリ言って凄まじい闘いだった。
あやめの攻撃に対して、刀の側面を殴ったり、あるいは蹴ったりして、反らすスバル。
スバルの拳や蹴りに、同じく蹴りや刀の柄でもって、防ぐあやめ。
あまりの迫力のある攻防に、周囲の機材や床板が飛び散りはじめる。
……これが、人の動きなのか?
あやめは、鬼としての力があるから、まだあの動きをするのはわかる。
だがーースバルは、俺と同じく人間だ。
いくらあいつのアイドル力が近接戦闘に特化したものだとしても、ここまでの戦闘ができるものなのか?
AIロボ子さんの手助けがなければ、俺だって目で追えているかどうかの速度だぞ。
繰りひろげられる攻防に対して、介入すらできない俺が棒立ちしていると、視界の隅で突然あくあが動き出す。
「もう、やめてー!!」
彼女からしたら、大切な仲間ーーしかも、同じ苦しみや、楽しみをわかち合ってきた同期だ。
それが、目の前で本気のケンカをしていたら、たまらないだろう。
だがーーいくらなんでも、危険すぎる!
泣きながらあやめとスバルの元へとむかうあくあだが、あの二人があくあの存在に気がついたとしても、急に止まることは、難しいだろう。
それほどの速さでの攻防を、あの二人は現在しているのだ。
冷静な状態のあくあなら、それくらいわかるだろうが、今のあくあは、家族同然の二人の戦闘のせいで、冷静さを失ってしまっている。
すぐさまあくあを止めるために、左手から吸盤を取り出した俺だが、あくあの方が、距離的には二人に近い状況だ。
助けられるかどうか……ギリギリの距離。
接近するあくあの存在に、やっと二人共気がついたのか、焦った表情をうかべるが、あくあは、既にすぐそこまで来ている。
スバルが防いだ刀が、あくあの方へとその刃をむけーー。
そこへと、突っ込むように走るあくあ。
くそ!
間に……合わない!?
あくあへ目掛けて投げた吸盤が、宙をまうがーーあくあにくっつくより前に、刀がぶつかる方が早い!
あくあは……ダメだ。泣きながらだからか、目をつぶっていて、刀の存在に気づいてない。
最悪な状況に焦る中、あくあの後方ーー何もないはず空間が、まるでガラス破片が散るように砕けると、そこから伸びてきた白い手が、あくあの襟を掴むと、強制的に後ろへと引っ張る。
それにより、あくあは、刀にあたることなく、無事しりもちをつくだけにとどまった。
殺伐とした空間に現れた、救世主……。
その人物は、青い髪の毛を踊らせると、ニッコリと、あやめとスバルに微笑む。
なんてーーベストなタイミングでの、登場だ。
彼女の姿に、自然と口角が上がってしまう。
最高のタイミングで現れたその人物は、俺らと別行動していた、始まりのバーチャルアイドルの一人。
星街すいせい。その人だった。