「じゃ、じゃじゃーん!」
殺伐とした戦闘の場に、なんとも場違いな明るい声が木霊する。
自身に、何がおきたのかわかっていないあくあは、目をパチくりとさせながらすいせいさんの隣に座りこんでおり、予想外の人物の登場に、あやめとスバルも戦闘を中断し、声の主へ視線を向けている。
「執行人くん! スバル! すごい音がしてたけど、何かあったの!?」
そんな中、俺達に追いついてきたらしいちょこ先生が、慌てた声をあげつつ現れたが、俺も呆気にとられてしまい、すぐに反応することができない。
「彗星の如く現れたスターの原石! バーチャルアイドルの星街すいせいでーす! すいちゃんは~」
ハッ!?
「今日もかわいい~!!」
すいせいさんの言葉に、条件反射並みに反応した俺は、大声で声を発する。
ーーが。それを言い終えた後の、スバルとあくあの視線がーーなんという冷たさだよ、お前ら。
場の気温が、一気に下がった気さえしてくるぞ。
「さすが執行人くん。言い返事だ!」
パチリと、俺にウィンクしてくるすいせいさんに、咳払いをしつつスイッチを切り替えた俺は、いまだに冷たい視線を向けてくる二人を無視ししーー。
「助かりましたすいせいさん。最高のタイミングです」
と、とりあえず、あくあを助けてくれたことへ礼を伝える。
いや、本当に助かった。
あのままだったら、あくあの顔に傷がつくところだったからな。
「でしょ~。すいちゃんは、そういうタイミングをわかっているのよ。しかし、それにしてもーーいくら同期だからって、二人ともはっちゃけすぎじゃない?」
やれやれというように、ため息をついたすいせいさんは、あやめとスバルへと、注意するような視線をむける。
と、その視線にスバルが注意を反らした瞬間、すぐさまあやめが蹴りを放ち、こちらへとスバルが後退してくる。
「いって~。おい! 加減しろよあやめ!」
「執行人くん。何がどうなっているの? 説明してくれる?」
治療を終えたのか、それとも俺の言った時間を守ってくれたのか……。
追いついてきたちょこ先生が、俺の隣へと来ると、厳しい顔つきでそう尋ねてくる。
「どういったらいいのか……。とりあえず、あやめがあくあを助けてくれていたんです。ですけど、いろいろと会話をしていたら、俺を消すと決めたようで……。それに反対してくれたスバルと一緒に、あやめを止めようとしていたところです」
「……何それ? ふざけているのスバル?」
「大真面目だよ! あいつ、執行人がスバル達に悪影響とか言ってさ。たく、そんなわけないってのに」
「……あやめ」
俺の説明とスバルの言葉に、鋭い視線であやめへと向きを変えたちょこ先生に、あやめも鋭い視線で答える。
「事実だよ。ちょこ先生も、スバルもあくあもみーんな。そこの男がいるから、いまだに人を信じるとか言えるんだよ。人間様なんて、いずれ裏切るさ。余は、それをあの時知ることができたの。だからーー早めにみんなの目を覚まさせてあげるよ」
「あの時って、希望の橋の時? ずいぶん時間がかかったね~。あやめちゃん」
「すいせい先輩……」
あやめの言葉に対して、すいせいさんがそう割りこむと、なにやら憎々しげに、すいせいさんへと視線を向けるあやめ。
「いい加減にしてよ。毎回毎回、余があと少しでやれると思った時に限って、邪魔してきたりしてさ……何がしたいの?」
「何がしたいって、今あやめちゃんが自分で言ってたじゃん。邪魔をしたいの」
「はぁ? 余の邪魔をして、何の得があるわけ?」
「得なんてあるわけないじゃん。すいちゃんはね。ホロライブから、人を傷つける奴をつくりたくないだけなの」
その言葉に、歯をくいしばるあやめ。
そうか……すいせいさんの言っていた別件というのは、あやめのことだったのか。
てことは、あくあが捕まったことを知れたのは、あやめを追っていたからか。
だから、別行動をとっていたと。
「人を傷つける奴をつくりたくない? なら、余達は、傷つけられてもいいっていうの? あくあだって、そら先輩だって傷ついたのに……余達には、耐えろってこと!?」
「そうだよ。すいちゃん達は、どこまでいってもアイドル。他人に笑顔と希望をあげる存在だから、誰かを傷つけていけないの」
「なら、余達の傷はどうすれば治るの! やり返してはいけないなら、この怒りは、どこにぶつければいいの!」
すいせいさんの言葉に耐えきれなかったのかーー刀を振り、近場にある機材を切断するあやめ。
その姿に、ちょこ先生とスバルが、少し顔を下げてしまう。
あやめの言い分は、わからなくない。
俺達は、基本的に彼女達から希望をもらっているが、世の中には、彼女達に心のない言葉をぶつけるやつもいれば、攻撃をする奴もいる。
それの代表格が、いまの世界政府だ。
あやめの癇癪のような言葉に、すいせいさんは、一度俺へと視線を向けてくると、優しい笑みをうかべる。
「でも、執行人くんのようなファンがいてくれる。彼のような人が多くなれば、また昔のようになれるーーまぁ、すいちゃん的には、軍警察の連中なんて、いくらでもボコっていいと思うけどね。でも、一般人は関係ないでしょう? 今のあやめちゃんは、そこの境界線がぐちゃぐちゃになって、人間みんな敵! になってるから、そこは止めさせてもらうさ」
「わかってない。わかってないよすいちゃんも! 人間様の醜さが、わかってないんだ! ……やっぱり、執行人。キミの存在が、みんなを狂わせている!!」
すいせいさんの言葉を否定したあやめは、恨めしいというように、俺へと怒りの感情をぶつけてくる。
俺の存在……。
「させないさ。彼は、そらちゃんが残してくれた希望だよ? この世の中で、まだ私達を信じてくれているファンの一人。それを消すだなんてこと言う悪い子には、すいちゃんの拳骨をくらわせてあげよう!」
そう言いつつ、まるで、俺を守るかのように、あやめとの間に割って入るすいせいさん。
そして、顔だけ俺の方へとむけると、満面の笑顔でーー。
「胸をハリたまえ少年。君がいてくれるからすいちゃん達も、諦めずにいれるんだ」
そう、温かい言葉をかけてくれた。
あぁ……そうだった。
あやめの言葉で、そこまで憎まれるならば、本当に俺がいなくなればいいのかと、少し考えてしまったがーー。
そうじゃない。
あの時も……同じような事を思って、人生を諦めかけていた時も、そらさんが俺に言ってくれた。
『キミはいらない存在なんかじゃないよ。私の歌を好きだって言ってくれたのなら、私の生きる希望の一つなんだもん」
すいせいさんの言葉に、胸が温かくなった俺は、沈みかけていた心をもう一度持ち上げる。
そうだ。
俺を必要と言ってくれる存在がいるのなら、俺が先に諦めてはいけない。
「退いてよ。すいちゃん」
「無理だね。どうしてもこの先に行きたいなら、退かせてみな」
俺を斬ろうとしているのか、あやめが退くように言うが、それを涼しい顔で拒否するすいせいさん。
その返答を聞くや、すぐさまあやめは、跳躍する。
おそらく、すいせいさんを跳び越えて、俺を攻撃するつもりだろう。
その行動に殲滅銃を構えた俺だが、
あやめの落下地点ーーそこに、人が一人通れるほどの穴が開いているのだ。
その穴の先は、先ほどあやめが立っていた場所へと繋がっており、空中で身動きができなかったあやめは、舌打ちをすると元の場所へと降り立つ。
「すいちゃん!!」
「さて。自宅まで送りたかったけど、これからあやめとデートをするからさ。帰り道は、くれぐれも気をつけるんだぞ」
俺への攻撃を邪魔されたあやめが、すいせいさんに怒りをぶつけるが、それをいつもと変わらない様子で受け流すと、中指と親指を擦り合わせ、指を鳴らすすいせいさん。
すると、今度は、あやめとすいせいさんの立っている周囲の地面だけが、ポッカリと消え、二人は
この監獄施設には、地下など存在していない。
だがーー二人は、あきらかに落下していっている。
二人が落ちていった穴へとむかった俺は、二人の無事を確認するために覗き込んで見るとーー。
穴の底は、清々しい程の広い草原であり、二人揃って、その場所へと自由落下している最中であった。
そうだ。
これが、すいせいさんのアイドル力の強さだった。
『
その能力は、地球上を含む宇宙空間の中から、指定した場所への
宇宙空間でも北極でも、好きな場所へと、どこへでも出入りできる最強の能力の一つだ。
正直、それだけでもすごいことなのだが、すいせいさんの場合は、その規模も規格外。
俺の記憶の中だけでも、一番大きい移動をさせた時は、200人以上の人間をまったく違う場所へと一瞬で移動をさせていた。
俺の視線に気がついたのかーーすいせいさんが顔をあげると、さよらならを告げるように手を振ってくる。
すいせいさん……ありがとうございます。
あやめを、頼みます。
閉じた空間へ、心の中でそう告げた俺は、すでに普通の地面へと戻っているその場から立ち上がり、あくあの元へとむかう。
ずいぶんと遅れてしまったが……やっと迎えに来れた。
「あくあ……待たせてごめん。俺のせいで、怖い思いをさせて……一緒に帰ろう」
拒否される覚悟をしつつも、あくあへと手を差し出せば、うるうると瞳を潤ませつつ、俺の手を掴んでくれるあくあ。
「遅いよ執行人く~ん! あやめちゃんは、怖くなっているし、スバルは頼りないし! わてぃし怖かった~!」
「誰が頼りないだ!!」
「こら、スバル! 話の途中でしょう! きちんと集中しなさい!」
なぜか泣きながらスバルをいじるあくあに、本当に怖い思いをしていたのか怪しく思ったがーー。
でも、本当に無事でよかった。
とりあえず、あくあに苦笑いで答えた俺は、いつから始まっていたのかーーちょこ先生のスバルに対する説教を中断させると、すぐに撤退を始めるのだった。
あやめが管制室を無力化してくれたおかげで、行きとは違い、帰りはいろいろと心配する必要がなくなったのは、不幸中の幸いだったな……。
四人で走っている中、あくあの頬を治療し終えたちょこ先生が、そういえばーーと口を開く。
「あやめに斬りつけられた人達だけど、傷が治ったみたい」
「他人事な言い方だな。ちょこ先」
「あいつらの所へと行く道は、通っていないはずですけどーーどうして、わかったんです?」
俺達が今現在通っている道は、距離的にあやめが侵入した後門側だった為、疑問に思いつつそうきくと、何やらちょこ先生が、白衣のポッケから小さい物体を取り出す。
「ロボ子さんに作ってもらったの。『離れてても健康バッチグー』ていうんだけど。このバッチをつけた人のバイタルを逐一通信で見ることができるのよ~。今回は、血液量で設定していたんだけど、それがある瞬間から止まっているからーーたぶん、普通の回復力が戻ったんだと思うわ」
「ネーミングセンスやっば!」
「ロボ子さん。さすがだね~」
「また、便利な物を創っていましたね。可能性として考えられるのは、あやめが離れたからでしょうか?」
ロボ子さんの作品に対して、あくあとスバルが各々感想を言う中、傷が治った情報に俺が推測を伝えると、三人揃って頷いてくれる。
「あり得るわね。私達のアイドル力も、無制限・無限大じゃないもの」
「わてぃしの『
「便利にみえて、弱点があるのよな~。スバルだって、身体を鍛えていないと、能力に潰されちゃうし」
へー。
てっきり、アイドル力は、何でもできる最強能力だと思っていたがーー落とし穴もあるんだな。
てことは、あのすいせいさんの能力にも弱点があるのか……。
全然考えられないけど。
などと、あと少しで外に出れることもあり、俺達は、すっかり忘れていた。
この施設に、地下はなくとも
バキンという音が頭上から聞こると、続けて何度も同じ音が周囲に響き渡る。
この段階で、荒事になれている俺とスバルは、アイコンタクトで俺があくあを。スバルがちょこ先生を抱えると、左右バラバラへとその場から飛び退く。
そしてーーその直後。
轟音と共に、天井が突き破られる。
土煙が舞う中、俺は、状況が飲みこめていないあくあを、一度後ろへと下がらせつつ、殲滅銃を抜く。
「最悪だぜ。ネズミの侵入を数匹許しただけで、この有り様だ……やってくれたな! 害悪共!」
土煙から悪態をつきつつ現れたのは、白い制服は軍警察と変わらないがーー上着のボタンを閉めずに羽織っているだけで、頭髪を金髪のモヒカンにした屈強な男。
178センチある俺から見てもデカイとわかるので、おそらく2メートルはあるかもしれない。
その男は、人の身体ほどある鉄球を肩へと担ぐと、俺らに順番に視線をおくり、激しい舌打ちをする。
「野郎一人に、連絡にあったバーチャルアイドル三人かよ。情報より、何人か足らないがーー逃げられたってことか? 下っぱ共に任せていねぇで、さっさと来るべきだったぜ」
そう言うと男は、首を左右に倒し、肩に担いでいた鉄球を地面へと落とす。
「この施設を預かっている
獅子道は、そう声を発すると鉄球を素早く回転させ、俺の方へと投げてくる。
その行動に、後ろにいたあくあをすぐさま抱えた俺は、滑り込みでその鉄球を避けるーーのだが、なんて剛力だ。
鉄球がぶつかった壁が、へっこみやがったぞ!
「スバル! あくあとちょこ先生を連れて、先に行け!」
「はぁ!? バカいうなよ。こんな筋肉男が目の前にいるのに、お前一人置いていけるか!」
悪いと思いつつあくあをスバルへと投げた俺は、慌ててあくあを抱き止めたスバルに、撤退するようにつげる。
あの男が、胸につけている弓を引いている人間が描かれた狩人のバッチ……見間違いでなければ、
軍警察は、狩人のバッチの色によって、自身の階級を示しているのだが、その中でも銅色は、狩猟部隊であることを示している。
つまりーーこの獅子道は、先ほどの奴らとは実力がけた違いなのだ。
みんなで相手にすれば、簡単に倒せるがーー時間を取られて、援軍なんてこられたら最悪な結末になる。
それに、あくあも捕まったことで精神的に消耗しきっているはずだ。
どちらにしても、早めに撤退することに越したことはない
「急げスバル! 俺よりお前の方が速いだろ! 二人を安全圏に置いたら、迎えにきてくれれば、それでいい!」
「なっ!? ぐぅ~わかったよ! あいつのバッチ見ただろうな? 簡単にやられたら許さねぇからな!!」
俺の言葉に、納得したくない様子のスバルであったが、俺より速い。という言葉に、しぶしぶ頷くと、両脇にあくあとちょこ先生をそれぞれ抱えて、その場から一気に走り出す。
「おいおい! 逃がすわけねぇだろうが!」
「ロボ子さん! 連射モード!」
スバル達が立ち去るのに気づいたのか、獅子道が鉄球を引き戻した為、すぐさまAIロボ子さんに連射モードに移行することを伝えた俺は、撃鉄を倒す。
ロボ子さんの了承の声を聞きつつ、あやめの時のように変形した殲滅銃を、すぐさま獅子道に向け、容赦なくあびせる。
バリリリリリ!
普通の人間ならば、これで絶命している。
だが。相手は、あのバーチャルアイドルとも渡り合える、狩猟部隊の人間だ。
当然、そんな簡単には、倒れてくれずーー鉄球を地面へと落とした獅子道は、両腕を顔の前でクロスすると、すべての弾丸をその身体で受けきってしまう。
チィ!
普通の弾丸では、動きを止めるくらいにしか、ならないか……。
スバル達が鉄球の範囲から逃げきったのを確認した俺は、連射モードをやめ、通常モードへと殲滅銃を戻す。
「……このガキ。テメーは、投獄なしの死刑確定だ」
「やれるものなら、やってみろよデカブツ。いつまでも、お前らが狩る側だと思うなよ」
スバル達を捕り逃したことにイラついた様子の獅子道が、俺へと殺意をぶつけてくる。
がーーそんなもの、あやめの拒絶に比べれば、怖くもなんともない。
覚悟しな。
今日が、お前の命日だ!!