ーーいや、きっと幻聴だ。
そうに決まっているとわかっていても、周囲へと視線を向け、そらさんを探してしまう。
すると、あり得ないことにーー透き通った身体のそらさんが、獅子道と俺の間に、手を広げつつ、まるで遮るように現れたのだ。
バカな……。
「どっ、どうして……」
『ダメ! ーーくん! これ以上、キミのきれいな手を汚さないで!!』
どうして、今になってこんな幻視が見えるんだ!
今までだって、何度も人を手にかけてきたんだぞ。
なのにーー。
どうして今になって、泣きそうな顔のあの人が見えるんだ!
今にも雫がこぼれ落ちそうな瞳で、必死に俺に立ち止まるよう伝えてくるそらさん。
あり得るはずがない。
だというのに……どうしても、引き金が引けなくなってしまう。
どうして……。
「うぉぉ!」
「なっ! ぐぅ!」
と、そんなそらさんの幻に気をとられていた俺は、突如振り上げられた獅子道の腕に対して、寸前でなんとか反応をしたもののーーモロに、その豪腕を身体へとくらってしまう。
真横へと数回地面をバウンドした俺は、油断していたこともあり、殲滅銃を簡単に手放してしまった。
くそ!
「最後の最後で油断したな。それで、暗殺者か。笑わせてくれる!」
慌てて立ち上がろうとした俺だが、追撃の蹴りをもらってしまい、しりもちをその場につく。
そして、額へと突きつけられる殲滅銃……。
完全な、形勢逆転だな。
「終わりだ人類の汚点……死ね!」
勝ち誇った顔の獅子道が、引き金を引こうと、その指を動かす。
が……。
押し込まれる瞬間、俺と獅子道が、同時にあることに気がつく。
施設の壁がーー《揺れている?》。
これには、さすがの獅子堂も気になったようで、俺への警戒を緩めないまま、すぐ隣の壁へと視線を向ける。
ズウン……ズウン!
音源が、どんどんと俺らの所へと近づいてくるとーー。
次の瞬間、獅子道の立っていた近くの壁が、物理的に吹き飛び散らす。
なっ!?
「ふぅ~。どうやら、間に合ったみたいだな。執行人」
「すっ、スバル……」
人が余裕で通れるほどの大きさを、壁に空けつつ入ってきたのは、ニッコリと微笑む大空スバル。
これには、さすがの俺も唖然としてしまった。
まさかと思うが、この美少女アイドル……外から、壁をぶち破りまくって、ここまできたのか?
「ぐぅ! スバル? まさか、大空スバルか! 警視庁のイメージガールが、バーチャルアイドルだったとでも言うのか!」
「イメージガールだけじゃないけどね。ほら、この通り。きちんと警部補です。はい」
スバルによる壁破壊によって、真横へと吹き飛んだ獅子道は、俺の言葉で、スバルのことを思い出したらしく、怒りのあまり、声を張りあげる。
ーーが、涼しい顔でその言葉を受け止めたスバルは、自身の身分を示す桜紋の手帳を広げると、口をへの字にしつつ獅子堂へと見せる。
なんだあの顔。
俺だったら、絶対に腹立っているな。
「失態だ! これだから、生ぬるい警察など!!」
「お前らよりは、断然正義を貫いてるけどな。さて。スバルの仲間を傷つけたんだ……覚悟できてんだろうな、おっさん!」
手帳を懐へとしまったスバルは、獅子道をそう言いつつ、睨みつけると、右足を下げ、右ストレートを放つ姿勢をとる。
その構えに、口角をあげつつ殲滅銃を向ける獅子道。
あれは……攻撃が予想できるからと、完全に油断仕切っている顔だな。
「
ーーバカな奴だ。
大きく息を吸い終わったスバルは、床を踏み砕くと、まばたきの間に獅子道の懐へと入り込み、構えから察していた通り、右拳を叩きつける。
ドゴンッッ!!
……普通、腹を殴られただけなら、少しよろめくくらいだ。
だが、スバルの拳はそんなに弱くはない。
獅子道の巨体に拳を沈めつつ、背後の壁へと叩きつけると、吸収できなかった威力が、壁にすら伝わり、大きく陥没する。
その力は、人を軽々と投げ飛ばしたり、数メートルの距離を、一足で駆け抜けたりなど、爆発的に活性化される。
俺との戦いで、すでにカチカチフルアーマーが限界を越えていたこともあったのかーースバルの拳に、なす術なく完全に白目をむいた獅子道は、その場へと倒れこんでしまう。
「よし。大勝利~。立てるか? 執行人」
両手を叩き合わせると、俺の方へかけてきたスバルが、笑顔を浮かべつつと手を差しのべてくる。
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう、スバル」
「よし! よく言えました~。執行人くんは、偉いですね~」
俺からの礼が聞きたかったのか、それとも、バカにしているのか……。
よくわからないが、助けてもらったことは事実である為、礼をのべると、何やら嬉しそうにバシバシ背中を叩いてきやがる。
いてぇよ、バカ野郎。
「でも、よく無事だったな。頭から出血スゲーけど、平気か?」
「なめるんじゃねぇよ。狩猟部隊の人間なんざ、一年前に越えてるっての」
「その割には、スバルが来ないとヤバかったんじゃね?」
などと言って、ツンツン肘で突っついてくるスバルに、少しイラッとした俺は、仕返しに疲れたからという理由をつけて、思いっきり寄りかかってやる。
「どぉわ! おっも!! 寄りかかるなよな~。まったく」
「うるせぇ。こっちは、狩猟部隊の一人を倒したんだぞ? これくらいの褒美があっていいだろ? 本当に疲れたんだからな」
「はいはい。まったく仕方ねぇな~。ほれ、肩貸してみ」
おんぶで運んでくれないの?
と言った俺に対して、軽めの拳を腹にいれてきたスバルは、俺の身体を支えてくれると、自身が空けた穴へとむかう。
その途中で、チラリと獅子道の方を見たが、奴は倒れたままだ。
バーチャルアイドルが、人類の消滅を手助けしている……か。
人類種という未来のことを考えたら、確かに俺のしていることは、裏切りなのかもしれない。
それでも、今俺は、こうしてまた、バーチャルアイドルの手によって、助けられている。
そうだ。
こんな彼女達が、消滅を進める存在のはずがない。
「待っててください、そらさん。必ず、救ってみせますから」
「うん? 何か言ったか執行人」
「いや。何でもない」
小さく呟いたつもりだったが、俺の声が聞こえたのか、スバルが不思議そうに見上げてきたので、笑顔でそう答える。
そらさん……。
今度そらさんと会うときは、ホロライブのみんなと、笑顔で会いましょうね。
「やあやあ。執行人くん。血も滴るいい男ってやつかな? あまり白上の好みではないけれど」
スバルに支えられながら、地下部屋へと帰ってきた俺達を出迎えてくれたのは、まさかのフブキさんだった。
フリフリと、柔らかそうなしっぽを振りつつ、俺の顔を見るなり、苦笑いをうかべる。
悪かったですね。いい男で。
「執行人くーん!!」
「どぉわ!?」
「おい、あくあ。執行人の顔を、よく見ろって。体当たりしてやるなよ」
「そう思うなら、止めろよスバル」
おそらく、それほど心配してくれたのだろうがーー嬉しキツいぞ。
と、そう思いつつ何とかあくあを抱き止めると、ぐすくず言いながら顔を服へと擦りつけてくる。
……まだ。身体中痛むが……離れろとは、言えないな。
「はいはい。気持ちはわかるけど、一度終了よあくあ」
などと言いながら、躊躇していた俺とは違い、簡単にあくあの首根っこを掴んだちょこ先生は、そのままスバルへと、あくあをパスしてしまう。
おぉ。
さすが、ちょこ先生。
「どれどれ~。あら。かなり強く打たれたのね?」
「わかりますか?」
「当然よ……はい。これで、終了」
ペタペタと、血で汚れるのも気にせず触っていたちょこ先生は、最後にそう言うと、にっこりと笑い、治療が終わったことを教えてくれる。
「血液は、洗い流してちょうだい。傷口は塞げても、血を消すことはできないの」
「わかりました。ありがとうございます」
ちょこ先生様々だな。
傷が治っただけでも、正直ありがたい。
と、俺が素直に礼を伝えると、気にしないでいいと手を振ったちょこ先生は、そらさんのいるカプセルの近くへと戻っていく。
……ちなみに、あくあは、なぜかスバルに子どもをあやすかのようなホールドをされがらのなでなでをくらいまくっていて、抜け出せないでいる。
何をしてるんだ、あの二人わ。
「いや~。ドキドキで帰ってくるのを待っていたけれど、とりあえず、あくたん奪還作戦成功おめでとう」
「フブキさん。そうゆえば、留守番をしてくれて、ありがとうございました」
「あははっ、気にしなくていいよ。用事のついでに寄っただけだからさ。それにしてもーーこれであくたんは、外を気軽に歩けなくなってしまったね。ついでに、君達もしばらく外を歩けないね?」
……?
フブキさんが、残念そうに俺達が外を歩けないと言う……が。
はて、どういうことだ?
俺と同じ疑問がわいたのか、スバルとあくあも、共に首を傾げている。
「えぇ~。三人とも自覚なしかい? だって、君たちレベル3の収容施設を襲撃したんだよ? 中でも、あくたんは一度捕まっているーーつまりは、政府にバーチャルアイドルだとバレてしまっているわけだ」
「……あてぃし、外歩けなくなるの?」
「ちっ。それを忘れてた。ごめんなあくあ」
「でも、スバルと執行人は、敵に捕まってないっスから。普通に歩けますよ、フブキ先輩」
「執行人くんは、ともなくとして……スバルちゃん。助けに急いで向かったのはいいけれど、口封じとかは、したのかい?」
あっ!?
しまった……。
獅子道の奴は、気絶こそしているものの、死んだり記憶を失ったりは、していない。
つまりそれは、スバルの正体が知られてしまっているということになる。
「しまった~! あくあを連れていけばよかった!!」
「スバル。あてぃしでも、一定期間しか、記憶は消せないよ?」
「その間に口封じすればいいんだろ? 余裕だな」
「いや、お前に殺させるくらいなら、身バレを取るわ。ちょうど、いい時期だしーーまぁいいや」
なんだと?
せっかく、親切心で言ってやったのに。
と、俺がジト目を送ってやるが、視線すら合わせずにスバルが、手であっちにいけと振ってくる。
ケッ!
「てなことで、追われる身となった君達は、これからここで生活することになるわけだけど~。それはそれで、ここにそら先輩がいることが、政府にバレるリスクが高くなるわけだ」
……まぁ。そうだな。
出入りが多くなれば、それだけリスクも高くなるのは、必然だ。
しかしーーそれしか方法がないのだから、仕方ないだろう。
「この際、割りきるしかないですね。四人でそらさんを守ると思えば、それもいいでしょう」
「でも、リスクは避けるべきだろう? なので、ここで提案です!」
ビシッ。
効果音をつけたら、そんな音がするかのように、姿勢を正したフブキさんは、人差し指を口元へともっていくとーー。
「実は、ここに来た理由でもあるんだけどね。本当は、スバルちゃんと執行人くんだけ連れていくつもりだったんだけど……ついでに危ないあくたんも連れていこうか。さてさて、追われ身のお三方。電脳桜神社に興味はないかい?」
そう、ウィンクしつつ言ってくるのだった