コテージのような外見の家だったがーー中は、想像よりも可愛らしい作りになっており、ソファーはもちろんのこと、ぬいぐるみなども、いたるところに置いてある。
ここだけみれば、彼女もやはり人と変わらない乙女なのだな。と思い、少し笑みがもれそうになるのだがーー。
何やら、部屋の一角に大きな機械が置いてあり、どことなく外観とミスマッチしているそれは、あまり良い印象がしない。
てか。絶対、ろくな物じゃない。
「適当に座っててー。今、飲み物とか用意するから。あっ! ちなみに、あの機械は、キミの居場所を正確に知るための物だから、怖い物じゃないよ」
「……そうですか。では、失礼します」
俺の視線に気がついたのか、彼女が安心させるかのように、笑顔でそう機械について説明をしてくれると、パタパタとキッチンの方へと向かっていく。
しかし……座るにしても、どこにしようか。
今更ながら気がついたことだが、先ほど俺は、川へとダイビングを決めてしまっているので、身体中少し臭うのだ。
その衣服で、彼女の用意してくれたソファーなどに座るのは、いかがなものなのか……。
などと、腕を組みをしつつ、頭をひねっていると、用意を終えたらしい彼女が戻って来てしまい、俺の姿を見るや、不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの? 座っててよかったのに」
「いえ。実はーーちょっとした理由で、先ほど、川へと服を着たままダイビングをしてしまいまして……せっかくの私物を汚すわけにはいかないので、立っておきます」
「おぉ~真面目だねぇ。気にしなくていいよ。いつもの事だからさ」
いつものこと?
「まぁ、気にせず座りなよ。お魚も焼き上がっているだろうから、飲み物と一緒に食べちゃいな」
と、なかなか腰をかけない俺に対して、にこりと微笑みつつ言った彼女は、ソファーに座ると、対面の席へと手で座るように示してくる。
さすがに、そこまでされたら、断る方が失礼か。と思ったので、彼女に導かれるまま、対面の椅子へと腰を下ろさせてもらう。
「キミくらいの男の子の好みがわからなくて、一応コーヒーを作ってきたんだけど……嫌いだったら、ごめんね。すぐにいれなおしてくるよ」
「いえ。ありがとうございます。えっと……」
「あぁ! 自己紹介が遅れたね。ウチは、大神ミオ。見てわかると思うけど、元バーチャルアイドルだよ」
大神ミオさん……か。
今の時代を生き抜いているということは、それなりの実力者なのだろうがーーあまり聞いたことがない名だ。
「自分は、わけあって本名を明かすことができませんが、執行人といいます」
「……執行人か。あまり、良い呼び名ではないけどーーここに来る人は、みんな何かしらの過去を背負っているから、深くは聞かないよ。それじゃ、まずは、ここが何処なのか? 執行人くんは、どうしてここに来なければならなかったのか? そこから説明しようかね」
と、紅茶と思われる物に一度口をつけたミオさんは、慣れているのか、一息つくとそう口にする。
むむっ。
やはりというかなんというかーー。
こんな所に住んでいるから、おかしいとは思っていたが、ミオさんは、どうやらここに俺が落とされた理由を知っているらしい。
ということは、つまり、ここに落としたみこちさんと仲間ということだ。
「ここは、償いの森。桜神社は、来る者拒まず去る者追わずーーてなポリシーの自由な町なんだけど、やっぱり、悪さをする人は、少なからずいてね。ここは、そんな罪を犯した人や、みこちが、反省した方がいいと思った人を入れる、大きな牢屋だと思ってちょうだい」
「牢屋って……つまり、ここから出られないってことですか?」
それは、正直困るぞ。
今は、ただの無断欠席をしてしまっているだけの問題児扱いだがーーさすがに一ヶ月や一週間も連絡なしでいたら、学校から捜索願いを出されてもおかしくはない。
そうなれば、俺の実家にも話がいってしまう……。
「出られないわけではないよ。言ったでしょ? 償いの森だって。キミが本当の意味で、自身の犯した罪と向き合うことができたら、きちんと外に出られるさ」
「犯した罪って……俺は、なにもしていませんよ」
「ふふっ。みんな、初めはそう言うんだよね~。自分は悪くないとか、誰も傷つけていないとかーーでも、キミが知らないだけで、傷ついている人がいるかもしれないよ?」
「いや。本当に身に覚えがないんですよ。ここに来たのだって、今日の午前中でしたし」
いや。罪を犯したかと言われれば、数えきれないくらいの罪を犯しているのだがーー。
少なくともここでは、そのようなことをしていない。
ましてや、みこちさんに恨まれるようなことなんて、断じてしてしていないはずなのだ。
そう思いつつ、今日来たばかりだと言えば、目を丸くして、紅茶から手を離すミオさん。
「今日来たばかりで、ここに来たの?」
「そっ、そうですよ。だから、ミオさんの言葉を信じるなら、俺は、確実に無実のはずです」
「……うーん」
俺の必死さが伝わったのか、顎に指を添えて考え込むミオさん。
これで、無実と判断して、解放してくれればいいのだがーー。
「うん! おそらく、みこちが間違うことはないはずだから、何かしらの理由があるはず! てなことで、ここでしばらく暮らそうか」
……人生、そう甘くはないか。
わずかな希望を打ち砕かれた俺が、がっくりと肩を落とすと、ケラケラ笑いつつミオさんが肩を叩いてくる。
「まぁ。キミは良い子みたいだし、きっとすぐに出ていけるさ! だから、落ち込まない落ち込まない!」
「あっ、ありがとうございます」
とは、言ったものの……。
これから、ミオさんと二人で生活しなければならないのか。
寝床とか、どうするか。
「さぁ。魚を食べて元気をだそう! 明日からは、一人で生きていかないといけないからね~。今の内に、たくさん食べな!」
「えっ? ひっ、一人で?」
「もちろん。今日は、初回ボーナスで食べ物も寝床もあげるけど、明日からは、自給自足! 頑張って、食料やら寝床やらを確保してね」
ちょっ!!
この現代社会で、自然と共に生きろと!?
「本気ですか!?」
「もちろん、本気だよ。だって、ここは償いの森だよ? すべて、キミの思うがままに生活させたら、罰にならないからね」
……最悪だ。
と、もはや、ひきつった頬が戻らない俺は、色々と食べ物を用意してくれるミオさんに、乾いた笑いしか返せなかったのだった。
次の日。
ミオさんから、毎日かかさず、日記をつけるようにと、ノートとペンをもらった。
ということで、さっそく書いてみる。
一日目
「命に関わる時以外は、基本的に助けられないから。頑張って生活してね」
という言葉と共に、ミオさんの家から、閉め出しをくらう。
どうも、本気で生きていかなければならないらしい。
今時、どこの世界に、サバイバル生活をする高校生がいるんだか。
などと、ボヤいても始まらないので、ため息と共に動き出した俺は、とりあえず朝食を取りに川へと帰還。
そして、初めて知る魚の速さ。
初めこそ、釣りでもしようかと考えたが、釣竿はおろか、エサすらないので、どうにもできない。
なので、素手で捕まえようとしたのだが、これが速すぎて、掴むことすらできないのだ。
それでもと、何とかくらいついてみたのだがーー結局一匹もとれずに、太陽が真上へと差しかかってしまい、仕方なく断念。
まさか。朝食から躓くなんて……。
昨日、ミオさんの料理をたくさん食べててよかったと、本気で思った。
謎の疲れに襲われつつ、川から上がった俺は、今度は、森の中へと入り、木の実探しを開始。
これほど大きな森なのだ。
木の実の一つや二つくらい、あるだろう。
という浅はかな考えによって、結局何も見つけられず日暮れに差し掛かってしまい、この日は、川の近くで野宿することになった。
二日目。
最大の間違いだ。
飯より前に、水だ。
俺は、なんて間違いをしていたんだ。
昨日からしなければならなかったのは、キレイな水を作ることじゃないか。
というのも、昨日は、ガブガブ川の水を普通に飲んでいたのだが、どうやら現代人にとっては、川の水すら身体に合わないようで、腹痛がとまらない。
昨日の自分が憎い!
とりあえず、テレビ知識による古の方法ーー木の棒による摩擦熱で火おこしーーをおこない、数時間かけて、ようやく火をつけることに成功。
さて。ここからが問題だ。
どうやって、キレイな水をつくるのか?
当然、水を熱すれば蒸発してしまうので、そこは考えなければならない。
とりあえず、水をくむか。
と思ったが、水をくむ物すらなく、発狂しそうになる。
恥ずかしいことだが、これは、一人では無理だと考えた俺は、モノは試しにと、ミオさんへと助言を求めにいってみるとーー。
「水をくむ物ね~。そうだな~。ウチには、木の茶碗が多くあるよ? この大自然の中なら、どの木を切っても問題はないかな?」
という、遠回しな助言をもらい、頑張れと肩を叩かれた。
つまり、木を切って作れと言うことか……。
スパナイフーー正式名称は、なんでもスパスパナイフで、木をくりぬきつつ、お椀を作る。
そして、それで川の水をすくい投げたあとは、木の棒でつくりあげた台の上へと起き、加熱。
そして、そこから出た水蒸気を大きな葉っぱを屋根にして先から垂らしていけばーー。
やっと、一日を費やして、キレイな水を確保することができた。
微々たるモノではあるが、川の水とは、味や喉ごしが段違いだ。
……まだ二日目。
地獄かもしれない。
三日目
そろそろ、何か食べないとヤバイ。
と、本能がつげていたため、森に生えていたキノコを熱して食べてみたら、普通にぶっ倒れた。
気がついた時には、ミオさんの家の中におり、やれ警戒心がないだの、森にある奴が全て安全だと思うななど、ひどく怒られた。
そんなこと言われても、腹が減っていたのだ。
目にうつる食べれそうな物は、全て食べてしまうだろう。
と言えば「バカー!」と言われ、頭を叩かれた。
四日目。
どうやら、俺が思っていたよりも、本当に危なかったらしく、一日看病してもらった俺は、再度外へと閉め出しをくらう。
そんなに危ない状況だったのだろうか?
と思ったが、初日に危ない時以外は、手を貸さない。と言っていたことを思いだし、今さらながら戦慄した。
キノコ……むやみに食べるな。
その言葉を胸に深く刻みつけた俺は、今度こそはと、魚を取ることに全力をだそうとしたのだが、川には、まさかの先客がいた。
野生の熊である。
おかしいと思うかもしれないが、事実なのだからそうとしか書けない。
平然と、ポイポイ魚を陸へと打ち上げた熊は、一度俺と目が合うと、興味ありませんとばかりにそっぽを向き、どこかへと行ってしまった。
……殲滅銃があるから、特にそこまで恐怖しなかったが……。
せめて一言欲しかったぞ。ミオさん。
変な汗をかいた。
五日目。
ここまでくると、人間の適応能力に感謝としか言えない。
自然と共に暮らすことに身体が慣れてくれたのか、初日に比べて睡眠が普通にとれるようになった。
あと、魚も捕れるようになった。
昨日の熊の動きが、良いヒントになってくれてーー今までは、魚を掴もうとするから捕れなかったのだ。
よく観察してみると、魚は、上へと登るように泳いでいるため、両手で掴もうとしても、すぐに逃れてしまう。
そう……つまりは、捕まえるのではなく、掬い上げる!
魚の進行方向へとタイミングを合わせて片手を差し入れ、すぐさま上へと跳ねあげる。
といったかんじにやっていたら、これが捕れるようになったのだ。
なので、食料もこれで問題なくなった。
……そういえば、雨とか降ったら濡れるな。
明日は、天井でも作ってみるか。
六日目。
余裕ができると、色々と快適に過ごそうとしてしまう。
木と葉っぱで屋根を作り終えた俺は、今度は、壁も欲しくなってしまい、何か布のような物でも落ちていないかと、森へと探しに出掛けた。
すると、ちょうど雨風が凌げそうな洞穴を発見し、自分の幸運にスキップしながら中へと入ってみるとーー。
まさかの先客がいた。
熊さんが、睨みをきかせてくる。
「……すいません」
言っても意味はないとわかりつつ、謝罪を口にした俺は、その場から全速力で逃走。
すると、なぜか熊が追いかけてきた。
しかも、意外と速い。
このままでは、確実に襲われるので、気がひけるのだがーー殲滅銃を懐から取り出し、電磁砲へと変形させると。
「おちつけ~!!」
という声と共に、熊の頭上へと拳骨を叩きつけるミオさん。
フルフルと、痛そうに首を左右に振った熊に対して「人は、襲っちゃダメでしょ!」と説教をしたミオさんは、俺に視線をむけるや、ズンズンと音がするような足取りで近づいてくるとーー。
「執行人くん! 森では、無闇に洞穴に入らないの! 雨風凌ぎたいのは、動物も同じなんだから!」
「すっ、すいません」
「もう。次からは、気をつけなよ。ほら、キミも帰りな」
というお叱りを受けて、二人して説教をくらった俺と熊は、言われるまま、それぞれの寝床へと帰還するのだった。
しかし、なんだったのだろう。
ミオさんのあの怒り方。
本気で怒ってはいるのだがーーどこか優しさがあるような。
そんな怒り方。
あんな叱り方をされたのは、何年ぶりだろうか。
ずっと昔に、兄さんが俺に対してあんな怒り方をしてくれたっきりで、ついぞ、親にはされなかった記憶がある。
まぁ。あの父親が愛のある怒り方などするはずもないか。
などと、日記を書きつつ昼間の出来事を思い出していると、何やら歌声が聴こえてきた。
しかも、どこかで聞いたことがある歌だ。
もしかして、ミオさんか?
一度日記を閉じた俺は、歌声に導かれるように森の中に入っていくとーー。
月明かりが射し込むほどの、少し開けた場所。
そこに横たわっている大木の上に、座っていたミオさんは、ウクレレと思われる物を静かに奏でつつ、歌を口ずさんでいた。
その光景が、とても幻想的であった為、しばらく俺が棒立ちしていると、気配に気がついたのか、ミオさんが気恥ずかしそうな笑みをうかべる。
「あははっ。ごめんごめん。起こしちゃったかな?」
「いえ。とても素敵な歌声でした。すいません、邪魔してしまって」
「いやいや。ウチこそ、ごめんね。今日みたいな綺麗な月が出てる時は、ちょっと友達のことを思い出しちゃってさ」
「友達ですか?」
「うん……とても、大切な友達」
大切な友達。
と言うわりには、とても悲しそうな表情をうかべたミオさんは、ウクレレをそっと撫でる。
……今の感じからして、この話題には、あまり踏み込むべきではないのだろう。
でも、あの歌だけは、どうしても気になる。
「もしかして、今の歌はミオさんの友人が作った歌とかですか?」
「そうだよ。よくみんなで歌ってたんだ。まだ、バーチャルアイドル禁止法が決定する前にね」
「いい歌ですね。実は、俺の知り合いにも、その歌を好きな人がいましてーー時々、白い尻尾をフリフリしつつ歌っていました」
「ーーえっ? まさか、フブキを知っているの!?」
と、ためしに俺がフブキさんの話題を出してみると、驚いたように目を見開くミオさん。
あの歌を口ずさんでいたからもしや? と思ったがーー。
やはり、知り合いだったのか。
そう。
ミオさんの歌を、なぜ俺が聴いたことがあったのかというと、あれは、よくフブキさんが歌っていた曲なのだ。
そこまで、バーチャルアイドル禁止法が厳しくなる前は、ステージの上でよく歌っていた曲。
でも、それからは、あまり歌わなくなってしまった気がする。
それでも、時々楽しそうに口ずさんでいることもあるが。
「はい。フブキさんには、よくしてもらっています。実は、ここに来たのも、フブキさんが連れてきてくれたんですよ」
「……フブキがここに? あの子、まだ変わってないんだね」
「変わっていない?」
「うん……執行人くん。もしよかったら、お話しない? 聞きたいんだ。あの子が、今どうしているのか」
……どうしているのか?
てことは、しばらく会っていないのか?
と、力なさげに笑うミオさんに、無言で頷いた俺は、隣に座れというようにポンポンと手で叩いてきたので、そこへと腰をかける。
「……フブキとは、昔からの付き合いでね。ウチとフブキ。それと後二人の四人で、よく遊んでたんだ」
「そうだったんですか。フブキさんから聞いたことがなかったので、初めて知りました」
「あははっ。そうだよね。フブキは、バーチャルアイドル実体化に成功してからは、ある組織に入っていたからさ。えーと。何て名前だったけ?」
「ホロライブですね」
「そうそう! ホロライブ。会う時間が減ったけど、会うたびに楽しそうに話してくれてね」
そこからは、共にしたゲームの話や食事など、実に楽しそうに話してくれたミオさん。
俺は、ホロライブに入ったフブキさんしか知らなかったが、当然の彼女にも、過去とよべるものがあるわけでーーミオさんは、その話を俺に聞かせてくれた。
だが。少しすると、楽しそうにしていた顔を曇らせてしまい「あの頃が、一番楽しかったな」と、呟くと、口を閉じてしまう。
話の流れからして、バーチャルアイドル禁止法が施行された頃だろう。
なので、ここからは、俺が話す番だな。
「そうですか。俺とフブキさんが初めて会ったのは、ステージでの新人発表会でした」
「新人発表会?」
「はい。その時の俺は、ある人を推してーーえーと、推すというのは、特定の人物を応援することだと思ってください。とにかく、フブキさんがガチガチに緊張している時に会いました」
「へー。あのフブキが緊張かー。ふふっ。想像するとおかしいね」
「そうですね。顔は平静を装っていましたけど、尻尾がピーンとはりつめていましてね。古参の間では、いい思い出です」
そう。
あの時のフブキさんは、今でも思い出せるくらい印象的だった。
その姿と可愛らしい声につられて、すぐにファンが増えたんだよな。
「その後、握手会やら談笑会やらで、親睦を深めていってーー最終的には、希望の橋事件の前に仲良くなりました」
「希望の橋事件……か。そうだよね。あれは、バーチャルアイドルに関わる人なら、みんな知ってる悲しい出来事で……フブキを傷つけた出来事でもある」
フブキさんを傷つけた?
ミオさんは、そう言うと俺へと視線を合わせてきて「今のフブキはどんな感じなの?」と真剣な表情で聞いてくる。
なので、ありのままーー。
「出会った頃と変わらず、優しい人ですよ」
と、答えると「そうか。それなら、少し安心したかな」と口にするミオさん。
「執行人くんは、フブキのアイドル
「……いえ。そういえば、見たことありません」
バベルの塔事件の時も助けに来てくれたがーーあの時は、外の敵を引き受けてくれたはずなので、言われてみると、一度も見たことがない気がする。
「そうか。まぁ、そうだよね。フブキのアイドル力は、あの子にとって最低最悪だから」
「最低最悪?」
「そう。あれは、希望の橋事件から半月後かな? ウチ達も、軍警察に追われていて、かなり追い詰められててさ。もしもの時の待ち合わせ場所で、フブキを待っていたの」
軍警察に……。
希望の橋事件から本格的な取り締まりが始まったはずだから……相当、厳しい状況だっただろう。
「でも、フブキもあの外見だからさ。なかなかすぐには来れなくて。来てくれた時には、軍警察に囲まれちゃっててさ。ウチも他の二人も戦い通しだったから、もう気力がなくて……だから。そこで初めて、フブキはアイドル力を使ったの」
「初めて……ですか」
「うん。本能的に、わかっていたんじゃないかな? 使用したら大変なことになるって」
「……どうなったんですか?」
と、ミオさんに続きを促すためそうきくと、一息ついたミオさんは、重い口を開けて教えてくれる。
「瞬殺だよ。誰も殺したりはしなかったけれどーーものの数秒で、数十人の軍警察を戦闘不能にしたの。しかも、的確に追撃できない箇所を切りつけて」
「数秒!?」
「うん。今でも忘れないよ。全員倒し終わった後の、フブキの顔は」
数秒で数十人の軍警察を……。
戦闘よりであるあのスバルでさえ、十人以上とやり合うならば、一分はかかるはずだ。
それをたったの数秒とはーーいったい、どんなアイドル力を使用したらそうなるんだ?
と、あまりの驚愕的真実に俺が唖然としていると、ミオさんは、悔しそうな顔つきで、拳を握りしめる。
「あの子は、とっても優しい子なのに。真逆の能力を持って苦しんでいたのに! ウチ達は、そのフブキに助けられたままで、なにも返せていない!」
「ミオさん……」
「挙げ句の果てに、ウチはフブキに合わせる顔がないからって、ここに引きこもってばっかりだよ。ウチ達が、もっと頑張れていれば、フブキにあんな思いを、させずに済んだのに!」
……そうか。
ミオさんは、フブキさんが能力を使って傷ついたことを、自分のせいだと思っているのか。
そして、その負い目でフブキさんに会わせる顔がなく、しばらく会っていない……と。
ミオさんの言葉と思いを理解できた俺だが、同時に、フブキさんについてもある考えがふっと、うかぶ。
あのフブキさんが、今まで一度もミオさん達のことを話題に出さなかった理由……。
勝手な憶測だが、もしかしたら、お互いが思いあっているからこその、すれ違いがあるのかもしれない。
「……これは、俺の憶測なんですけどね」
「?」
「もしかしたら、フブキさんもミオさんと同じ思いなのかもしれません。自分に気を使ってくれたから、申し訳ない。自分が能力に負けてしまったから、会わせる顔がないって」
「っ!? そんなこと!」
「えぇ。ないかもしれません。でも、フブキさんは、きっと今でもミオさんに会いたいと思っているはずですよ。でなければ、今でも楽しそうにあの歌を歌っているはずがないですから」
そうだ。
きっと、そうに違いない。
ならば、俺のやるべきことは一つだ!
「よし! 決めましたよ俺!」
「へっ? 何を?」
「ここを出たら、フブキさんを連れてきます。でもって、二人に仲直りしてもらいます」
「えぇー!! むむむっ、無理だよ!」
「任せてください。ホロライブのーーフブキさんの為なら、苦でも何でもないですから」
「いやいや! そう言うことじゃなくて、これは、ウチとフブキの問題でーー」
「でも、このままだと二人とも会おうとしないでしょ?」
「うぐっ。いや、いずれは会うつもりだよ」
それでは、困るぞ。
そらさんを助けたその時になって、フブキさんに悩みの種があっては、心の底から笑い合うことが、できないじゃないか。
それに、ホロライブの人たちを笑顔にするためなら、俺は、何だってしてやるさ。
「そうと決まれば、早くみこさんの許しを得ないと。しかし……いったい何をしたら許してもらえるのか、全然わからない」
「……どうして」
「はい?」
「どうして、キミはウチ達にそこまでするの? 今の時代は、バーチャルアイドルなんて、いない方がいいのに……」
と、ミオさんが不思議そうにきいてきたので、俺は、ありのままを言葉にして返す。
そんなこと、決まっているさ。
「簡単なことですよ。俺が、バーチャルアイドルに救われたから、今度は俺がそうしたいだけです」
俺は、ただ恩返しをしているだけだ。
それも、返しきれない程の恩をちょっとずつ……な。
そう思いながら答えると、何やら驚愕に目を見開くミオさん。
おや?
そこまで、驚くことだろうか?
俺のように助けられた人なんて、何万といるだろうし、珍しいことでもないはずだ。
と思って首を傾げていると、急にポロポロと涙を流し始めてしまうミオさん。
「えぇ!? ちょっ、どうしたんですか!?」
「ごっ、ごめんね。冷たくされることはあっても、優しくされたことなんて、何年ぶりかわからないくらい久しぶりだったからーーつい、涙腺が揺るじゃって」
「そっ、そうだったんですか。とりあえず、えーと。拭くものとか! 俺の服ーーは、臭いから他の何か……」
と、あたふたしつつ俺が拭くものを探していると「執行人くん」と声をかけられた為、何事かとミオさんの方へと向くとーー。
「ありがとう。まだ、ウチ達のことを好きでいてくれて。明日、起きたらウチの家に来てくれる? 合格だよ。キミは」
と、美しい笑顔を浮かべつつ、俺にそう言うのだった。