次の日の朝ーー。
約束通りミオさんの家へと行くと、すでに待っていたらしく、手招きをして、呼んでくれる。
なので、黙ってついていくと、俺の位置を知る為の機械が置いてある場所まで案内され、何やらカタカタいじりだすミオさん。
そして、ピタリとその動きを止める。
「ここが、この森から出入りできる唯一の道なの。ところで執行人くん」
「はい」
「君は、この一週間どうだった?」
この一週間?
どうだったと言われれば、辛かったの一言なのだが……。
しかし、ミオさんの表情からして、それが答えとは思えない。
ならば、この質問の意味するところは?
「まぁ。出る言葉としては、辛かった。しんどかった。とかかな? でも、みこちは、キミにその答えを求めてはいないと、ウチは思う」
「……ということは、みこちさんは、俺に何かを気づかせるために、ワザとここに落としたってことですか?」
「うん。で、たぶんキミは、その答えをすでに経験したはずだと思う。まだ、気づいていないだけで」
答えを経験した?
つまり、この自給自足が答えと言うことか?
だが、そこから学んだことといえば、キノコが危ないことと、魚取りが異様にうまくなったことくらいだと思うのだが……。
ミオさんの言葉に対して、腕組みしつつ俺が考え続けていると、何やらガタガタと音をたてて、機材が横へと移動。
そして、その背後に現れたのは、下へと続く階段であった。
「ここを進めば、外に出られるよ。とりあえず、お疲れ様って言っておこうかな」
「ははっ。まさかの地下道ですか。気がつかなかったな……こちらこそ、色々とありがとうございました。必ず、フブキさんを連れてきますから、待っててください」
と、親指を立てつつそう言うと、クスリと笑ったミオさんはーー。
「その前に、みこちの問題に正解するんだよ? じゃないと、お帰りなさいを言わないといけなくなるからさ」
とそう言って、俺に笑顔で手を振ってくれた。
そうだった。
その問いに答えないと、いけないんだった。
難題だ……。
距離にしたら、2キロくらいだろうか?
等間隔で明かりのついている道を進んでいると、やっと出口へとたどり着くことができた。
暗い場所を歩んでいたため、太陽の光に少し目を細めると、俺の耳に、久しぶりの他人の声がたくさん聴こえてくる。
お~。
人の声って、こんなにも、安心するもんなんだな。
「いやいや。お帰り執行人くん」
などと、変な感動をしていた俺に対して、近場の木の上から、フブキさんが声をかけてくる。
「フブキさん? どうしてここに?」
「みこちのことだから、ここだと思ったよ。とりあえず、無事で何よりだ」
と言いつつ、近場に着地したフブキさんは、両手を合わせると、可愛らしくウィンクをしてくる。
「ごめんねー。まさか、みこちがあんなことするとは思わなくてさ。助け出そうにも、釘刺されちゃって」
「いえ。理由は、よくわかりませんがーーある意味、いい経験になりました」
「おぉ! 前向きな発言だねぇ。感心感心。それじゃ、とりあえずお風呂でも入るかい?」
風呂!?
入れるのか!
と、サバイバル生活で汚れていた俺は、すぐにフブキさんからの提案に頷き、銭湯へとすぐさま案内してもらう。
「ほぉ~。ここですか。思ったより、大きいですねぇ」
「温泉は、ここしか出てないからね。遠慮せずに、ゆっくり入りたまへ」
「いいんですか? 俺、財布持っていなくてーー」
「フフン。ここは、先輩である私に任せなさい。気にせず入っておいで」
などと、とてもありがたい言葉をいただいた俺は、お言葉に甘えて、久しぶりにゆっくりと温泉につかり、疲れをとる。
そして、ついでにとフブキさんが持ってきてくれた服に着替えると、いつものロングコートなどを洗濯へ。
いやー。
さすがフブキさんだよ。頼れる人だ。
……だが。この服装は、少し問題だ。
というのも、このシャツーー真ん中にデカデカと『こんこんきーつね』と、フブキさんの挨拶言葉が書いてあるのだ。
別に恥ずかしくはないのだが、スバルやらあくあに見られたら「そらさんに言いつけてやろー」とか言われて、からかわれること間違いない。
そうしたら、どうしてやるか。
などと、くだらないことを考えつつ銭湯から出ると、どうやら向かいの団子屋で食べていたらしいフブキさんが、俺の元へと団子を持ちつつ向かってくる。
「お帰り~。いいねぇ。やっぱり、似合うよそれ!」
「ありがとうございます。それより、フブキさんに頼みたいことがあるんですけど」
「おやおや。珍しいねぇ。なんほでも、いっへみたまぇ」
と、俺もやっと一息をつけたので、どうせならと、ミオさんとの約束をフブキさんに話そうとすると、モグモグ団子を食べつつ、何でも言ってくれというフブキさん。
「実は、大神ミオさんに会いました」
「あっ……そう。ミオしゃは、あそこにいたのか」
「そこで、色々と話しまして……。フブキさんの能力についても、少しだけききました」
ミオさんがあの森にいたことを知らなかったのかーー少し嬉しそうにしたフブキさんだったが、俺が能力の話をだすと、とたんに暗い顔つきに変わる。
「そっか。きいたんだね。まぁ、くだらない話だよ。自分の能力に負けるなんて」
「……どうして、ミオさんに会わないんですか?」
「…………」
あまり良い話題ではない為かーーついに押し黙ってしまうフブキさん。
だが。お互いがすれ違ったまま進んでしまえば、それこそ戻れなくなるかもしれない。
心苦しいところだが、もう少しだけ、踏み込ませてもらう。
「ミオさんのこと、嫌いになったとか?」
「なっ! そんなこと、あるわけないよ!!」
「なら、どうしてです?」
「うっ……それは……」
「ミオさんは、フブキさんに会いたいけれど、一歩を踏み出せないでいました。自分が、フブキを傷つけたからーーと」
「ミオちゃんが?」
「えぇ。それで、フブキさんは、何が怖くて会えないんですか?」
ミオさんが会いたがっているーー。
その言葉に、驚いた顔をしたフブキさんは、一度大きく深呼吸をすると、団子の串を見つめつつーー。
「私の能力は、誰も彼もを、傷つける恐れがあるんだよ。だから、怖いのさ。もしかしたら、知らない内に私が傷つけているんじゃないか? と思うと。とても会いに行くだなんて、できない」
「……フブキさんの能力について、俺は、ほとんど知りません。でも、フブキさんの優しさは知っているつもりです。仮に、能力で誰かを傷つけたとしても、きっとみんな許してくれますよ」
「それは、執行人くんが、あの私を見てないから言えるんだよ。あれはーー」
そう呟くと、キュッ。と、口を閉じてしまうフブキさん。
少し……言いすぎたかもしれない。
見ていないから何とも言えないがーーフブキさんがここまで言うのなら、かなり危険な能力なのかもな。
「すいませんでした。ちょっと、言い過ぎましたね」
「いや。そんなことはないよ。私こそ、気にかけてもらったのに、なかなか前向きになれなくてごめんね? でも、ミオちゃんが会いたがっているは、聞けてよかったーー少なくとも、傷ついているわけじゃないみたいだし」
と、酷い話をしたと思うのに、それでもにっこりと笑ってくれたフブキさんは、残っている団子を俺へと渡してくる。
……食べていいのだろうか?
「食べていいよ。余り物だけど」
「そうですか。ありがとうございます。で、俺のお願い事ですがーー」
「はい! 食べた!!」
一口ーー本当に、一口噛みついただけだ。
それを目敏く確認したフブキさんは、大声でそう言うや、ふっふっふ。と、尻尾をフリフリしつつ悪そうな声をだすーーが。
本人的には、そのつもりなんだろうけど、ただただ、可愛いだけなんだが?
「食べてしまったねぇ~。執行人くんや。私は、余り物と言っただけで、タダで食べていいとは、一言も言っていないよ?」
「……なるほど。確かにそうですね」
「つまり! 君は現在、私の望みを断れない立場にあるわけだ!」
ふむ。その通りだな。
どうやら俺は、綺麗に罠にはめられたようだ。
けどーー。
元々フブキさんの頼みなら、ほとんど無条件で受けるつもりなので、ハッキリ言って、そこまで深刻なダメージはない。
なので、残りも食べてしまうか。
「ふふふ。これこそ、私の考えた『褒美を与えて断りにくくさせよう』計画なのさって! 普通に食べてるぅ!?」
「それで、お願い事とは何ですかね?」
「ノーダメージかい……。まぁ、いいけどね。実は、この桜神社の南東には、小さな村があるんだよ。名前は、カワズ村っていうんだ」
「へー。来るときには、気がつきませんでした」
「まぁ。そこは、通らなかったからね。でだ。そこには、私の友人が二名ほど生活しているんだけどーー」
友人が二人?
……もしかしたら、ミオさんが言っていた友人と、同一人物だろうか?
「その二人から、ここ数日連絡が途絶えていてね。あの二人に限って危ないことには、ならないと思うけど……ちょっと、嫌な予感がするんだ。だから、手伝ってほしい」
「……荒事ですか?」
人間の俺に頼むということは、きっとそうなのだろうと思い、きいてみると「なるべく、そうならないことを祈るけどね」と、肩をすぼめつつ言うフブキさん。
「でだ。実は、スバルちゃんとキミに会いに行った用事ってのがこれでさ……手伝ってくれるかな?」
「もちろん。その代わりって訳ではないですが、俺のお願い事であるミオさんとの再開も、してくれますかね?」
と、ちょっとズルい気もするが、便乗して俺の頼みごとを言ってみると、苦笑いしつつも頷いてくれるフブキさんだった。
カワズ村は、桜神社に近いこともあり、あまりバーチャルアイドルに対する偏見がない村だ。
そのこともあって、フブキさんの友人二人は、ミオさんとは違い、そこに居を構えたのだとか。
だが……桜神社よりも、都市部に近いこともあって、意外と軍警察が見回りなどにくる為、フブキさんは、友人二人と定期的にやり取りを行っていたらしいのだがーー。
それが、数日前から突然なくなったらしい。
「それでも、軍警察に関する噂がないから、捕まったりはしていないと思うんだ。でも、連絡がないってことは、何かしらの事情があるはずだからーー気になってしまってね」
「なるほど、そういうことですか……ところで、スバルには声をかけていないんですか? 荒事なら、あいつもかなり頼れますよ?」
それに、俺とも連携がとれやすいしな。
という言葉はのみこみつつ、前を歩いているフブキさんにきいてみるとーー。
「声はかけたんだけどーー何やら、他に調べごとがあるみたいで、あくたんとそっちを調べているよ」
と、いう理由で、今回は、ついてこれないらしい。
「調べごとですか?」
「うん。何でも桜神社の近くで、鬼が出るとかなんとか噂になっていてね。それについて、調べているみたいだ」
鬼……。
その単語で思い浮かぶ人物が、俺には、一人だけいる。
元ホロライブのバーチャルアイドルにして、スバル達の同期でもあるーー百鬼あやめ。
レベル3収容施設にて、星街すいせいさんと共に消えた彼女が、まさか、ここにいるのか?
だとするなら、俺も、もう一度会いたいがーー。
などと、ついこの前の事を思い出していると「ついた。あそこだよ」というフブキさんの声で、意識を現実へと向ける。
気にはなるがーーあやめのことは、スバルに任せておこう。
今は、こっちに集中しないと。
「あそこですか……ずいぶんと、静かですね」
「うーん。人数はそんなにいないから、いつもそこまで賑やかではないけれど……今日は、やけに静かだな」
ということは、何かあるな?
と、そう判断した俺は、一応武装をしてきていたのでーー背中に隠していた信号機型殲滅銃。
通称、殲滅銃を取り出す。
俺の武装を確認した後、続くようにフブキさんが、腰に下げている刀の柄を一撫ですると、不安げな瞳で、俺へと視線をむけてくる。
「やっぱりーーそうなるかな?」
「……可能性としては、高いですね。情報を遮断する方法としては、人質だったり監禁だったりーーまぁ。やり方は、色々ありますから」
「ふぅ……嫌なことを、さらっと言うねぇ。毎度のことながら、今の執行人くんは、あまり好きになれないな」
「自覚はしています。ただ、最悪を想定して動くのは、戦闘の基本ですから」
「……なるほど」
俺の言い分がわかってくれたのかーーコクリ。と、一度頷いたフブキさんは、おもむろにその場から立ち上がると、クンクンと、匂いを嗅ぐように鼻を動かす。
その仕草に、何をしているのか察しがついた俺はーー。
「どうですか?」
と、早速きいてみる。
すると、少し考えるような素振りをしたフブキさんは「うん。血の臭いが、微かにするかな?」と、答えてくれた。
「でも、そこまで強くないからーーきっと、悲惨なことにはなってないと思うよ」
「それなら、間に合ったと考えていいですね。しかし、急いだ方がいいのも事実です」
そう、フブキさんの情報から俺が判断をくだすと、すぐさま進み始めるフブキさん。
なので、その肩を掴み、足音をなるべく無くすようにジェスチャーでもって伝えると、親指を立て、了承したことを答えてくれるフブキさん。
ーーなのだが。
動きが、全く変わらない。
今回のケースは、人質なども考えられる。
だから、なるべく隠密行動をとりたいんだがーー。
と、その考えもあって、再度注意をしようとしたのだが、不思議と、フブキさんから足音がしないことに気がつき、首を傾げてしまう。
……あぁ!
そうかーーフブキさんは、人間体ではあるものの、元々狐の要素があるバーチャルアイドル。
足音を消すように歩くことなど、朝飯前ってことか。
などと、前進し続けるフブキさんの後を追いながら、前進するーー残念ながら、俺はそんな能力がないので、ゆっくりとだがーーと。
フブキさんが急に立ち止まると、両耳をピコピコ動かしたかと思えば、だんだんと顔を険しいものへと変えていく。
その様子が、ただ事ではなかったので、俺も万能補強型イヤホンパート2ーー略して万能イヤホンを操作して、拾う音を拡張してみる。
『……かけさせやがって。この犬野郎』
『引き連れた部隊の大半が、こいつともう一匹にやられたか……』
『元々バーチャルアイドルってのは、俺達狩猟部隊でやっと互角に渡り合えるからな。むしろ、よく善戦した方だ」
……声からして、三人か?
内容からすると、三人は狩猟部隊で、戦っているのは、犬? というかーーおそらくは、犬を擬人化したバーチャルアイドルだろう。
『卑怯者! その子は、人だよ! 離しな!!』
『それがどうした? 元々、お前らを招き入れ、共に生活していた裏切り者だ。どうなろうと、我々は構わん』
独特な言葉使いーーおそらく、訛りによるものだろうーーが、バーチャルアイドルか。
これは……人質を取られているっぽいな。
チィ。
厄介なことだ。
というのも、奴らは雑魚の軍警察などとは違い、三人とも狩猟部隊の人間。
そして、狩猟部隊といえば、あの獅子道拓磨と同レベルの相手ということだ。
それが三人ともなると、一人は確実に俺が封殺できると思うがーー残り二人は、かなり厳しいかもしれん。
「執行人くん」
「はい」
「ころさんが、傷ついてるみたいだ」
ころさん?
「戦闘をしている、バーチャルアイドルの名前ですか?」
「うん。それに、村の子どもが人質にとられている」
「……そこから、見えるんですね?」
「もちろん。くっきり、バッチリね!」
ギュッ!
と、力強く柄を握りしめたフブキさんは、白銀の刃を抜刀すると「ごめんよ。執行人くん」と口にする。
「これから私は、キミに酷いことを言うと思う。それで、キミに嫌われることになると思うけれど……それでも、ころさんとあの子を助けたい」
恐れて、大切な者を失いたくない。
そんな、意思のこもった瞳で見つめてきたフブキさんへと、俺も答える。
「……俺は、バーチャルアイドルにーーホロライブの皆さんに、救われました。だから、俺がホロライブをーーフブキさんを嫌いになるなんてことは、絶対にありません」
だから、気にせずに使ってください。
そう続けるつもりだったが、言わなくても伝わったらしく、にっこりと笑ったフブキさんは「ありがとう」と口にするや、真剣な顔つきへと変えーー。
「
そう、アイドル