空を見上げて   作:世界 新

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狐の恩返し

 

 アイドル力の解放ーー。

 同時に、フブキさんの全身が黒く染まっていくと、まるで別人のような出で立ちへと変わる。

 

 髪も毛もーーそれこそ、尻尾までもが黒く塗りつぶされていく。

 

 

 これが、フブキさんのアイドル力……。

 ここまで見た目が変わる人は、初めてかもしれない。

 例えるならばーー黒上フブキ。

 そんな名前の方が、しっくりくるくらいだ。

 

 

 

「……チッ。雑魚が調子にのりやがって。おいガキ」

 

 

 

 ……。

 えっ?

 今の言葉ーーフブキさんから出たよな?

 

 ガキ。という、フブキさんからは、およそ出ることの無い言葉に、俺がキョロキョロ周りを見ると「お前以外に誰がいるんだよ」と、怒気のこもった声で言われてしまった。

 

 

 

「おっ、俺ですか?」

「あたり前だろ。無駄な時間を使わせるんじゃねぇよ。俺が二人引き受けてやるから、残りは、お前が何とかしろ。それくらいできるよな?」

 

「えっ、えぇ。まぁ」

「なんだ? 締まりのねぇ言葉だな。顔だけでなく、頭もポンコツかお前」

 

 

 

しっ、辛辣!?

 

 

 

「すっ、すいません」

「チッ。これから、ガキを一人面倒見なきゃならねぇんだーーお前まで面倒見るだなんて、俺は、ごめんだからな? 自分の身くらい、お前で守れ」

 

 

 

 と、あまりの変貌ぶりに、俺がついていけていないと、舌打ちを壮大にしたフブキさんは、右足を一歩、前へと踏み出す。

 

 そして、まるで狩人のような鋭い目付きをしたかと思えばーー。

 

 

 

ドォン!

 

 

 

 という()()()()()()()に、フブキさんの姿がその場から消える。

 

 ーーいや。

 正確には、()()()()()()()

 だが、その速さが尋常ではない為、姿が消えたかのように見えてしまった。

 

 圧倒的な速さに、急いで万能イヤホンで視覚を強化した俺は、慌ててフブキさんの姿を追う。

 

 

 白いワンピースを着ている女の子ーー。

 その子の襟首を掴んでいた狩猟部隊の男へと、一直線に向かったフブキさんは、男が気づくより前に、刀でもって容赦なく顔面を斬りつける。

 

 

 やつらにも、カチカチフルアーマーが機能している事で、切り捨てることはできないーーが。

 それでも、金属バットで殴られたかのような衝撃はきているはず。

 

 

 という、俺の予想は的中していたらしく、切つけられた男は、女の子を手放すと、そのまま地面へと倒れてしまう。

 そして、すぐさまその子の襟首を掴んだフブキさんは、そのまま頭上へと勢いよく投げ捨てるように上げると、その場から、またも消える。

 

 この段階で、ようやく他の狩猟部隊二人がフブキさんに気がついたようだがーーすでに攻撃を始めているフブキさんに、反撃が間に合うはずがない。

 

 右側に立っていた金髪の男へと、接近したフブキさんは、その男の腹を真一文字に斬りつけると、これまた容赦なく、ドロップキックを顔面へとくらわせる。

 

 

 そして、その威力のまま左側ーー俺側に一番近い敵だーーへと向かうと、突きでもって、胸への刺突をおこない、男を民家へと吹き飛ばす。

 

 そうして、最後に舞い上がっている女の子の襟首を、再び掴むと、元の位置へと帰還。

 

 

 戦闘開始からこの間ーー()()()()()()()()()()()()()()

 あり得ない程の早業。

 

 

 あのスバルも、俺に比べたらおそろしく速かったが……。

 これは、それ以上の速さだ。

 

 というか、舞い上がっている女の子が、地面へと落ちる前に、二人を倒すって……。

 

 

 

「フブキ!?」

「よう、元気そうだな。ころね。ほらよ。ガキ」

 

 

 

 俺と同じく、呆気にとられていたらしいころねさんという人に、軽いノリで挨拶をしたフブキさんは、実にめんどくさそうな顔でーしかも、ほとんどノーモーションだーー俺へと、女の子を投げつけてくる。

 てっ!?

 

 

「キャー!!」

「おぇ!?」

 

 

 

 と、驚いている暇などない俺は、まさかのパスに対して、慌ててキャッチしたが「どんくせーな。ボケ~としてんじゃねぇよ。案山子(かかし)かお前は?」とまさかのお叱り。

 

 じょ、冗談だろ……。

 ここまで、性格が変わるものなのか?

 

 

 

「たく。おいおい、いつまで寝てんだ? さっさと立てよ。それでも、玉ついてんのかお前ら?」

 

 

 

 と、俺へと呆れ顔をしたフブキさんは、ニヤリと笑みを浮かべるや、まさかの敵に対する挑発行動。

 そして、それに対してなのかーー狩猟部隊の男達が、ぞろぞろと立ち上がり始める。

 

 

 あれだけでやられはしない。と、思っていたが……。

 一人くらい、気を失っててほしいものだ。

 

 

 

「なんだ、こいつ?」

「増援ーーか。速さだけが、取り柄なのようだ」

「とりあえず、こいつも拘束するぞ。そこのガキも一緒にな」

 

 

「ハッ! 笑えるじゃねぇか。あれが俺の全力だとでも、思ってんのか? ころね。お前は、さがってろ。いくぞ執行人!」

 

 

 

 カチャっ。

 と、刀を握りしめたフブキさんは、邪悪な笑顔を貼りつけたまま、再度その場から消える。

 

 ちょっ! フブキさん!?

 この子は!?

 

 

 

「お兄ちゃん……」

「だっ、大丈夫だよ。えーと、君のお名前は?」

 

 

 

 俺が慌てていた為かーー不安そうに見上げてきた女の子へと、なるべく笑顔をつくりつつそう尋ねると「……みさき」と、小さい声でだが、答えてくれた。

 

 

 

「そうか。みさきちゃんか。怖かったろ? もう、安心していいよ」

「安心?」

 

 

 と、不安を無くすために、俺がそう伝えたのだがーー。

 

 狩猟部隊の男ーー民家に突っ込んだ青髪の男だーーが、許可していないのに、勝手に口を挟んできやがる。

 

 

 

「何を根拠に言ってる?」

 

 

 お前は、バカなのか?

 と、まるで言うかのように、首を傾げつつそう言った男は、一気に接近してくる。

 

 その行動に、舌打ちでイラつきを発散した俺は、殲滅銃を連射モードへと変えると、すぐに掃射を開始する。

 

 鳴り響く射撃音にみさきちゃんが叫び声をあげるーーが。

 ここは、我慢してもらうしかない。

 これで、接近を抑え込めればーー。

 

 

 そう考えていたのだが、青髪の男は、手をクロスするや、分厚い鉄を両腕に纏い、弾丸をはじきつつ接近してくる。

 しかも、速度をまったくおとしていない。

 くそ! 

 こいつ、接近戦タイプか!

 

 

 

「みさきちゃん! しっかり捕まってて!!」

「いやー!!」

 

 

 急激に縮まる距離に、焦りつつバックダッシュをした俺は、きちんと首に手を回してくれたみさきちゃんを片手で抱きつつ、なんとか距離をあけることに努める。

 

 せめて、みさきちゃんを下ろすことができれば!

 

 

 

「バーチャルアイドルを擁護するだけでなく、銃刀法違反もか。極刑だな。小僧」

 

 

 

 と、そんな言葉と同時に、近場にある木箱を蹴り砕く。

 そのせいで、木片が俺らへと迫る。

 ーーもちろん。俺だけなら、そんな攻撃などで、ビクともしない。

 

 だが。みさきちゃんは、普通の女の子だ。

 ちょっとした攻撃でも、心に傷を負いかねない。

 

 その為、みさきちゃんに当たりそうな木片を、射撃を止めた手でもって、確実に防いでいくーーが。

 

 その僅かな隙で、残りの距離を詰められてしまい、仕方なく殲滅銃を口に咥えた俺は、片手でもって、繰り出されてくる攻撃を防ぎ続ける。

 

 

 けど……。

 きっ、きついな!

 格闘タイプの武器を使用するだけあって、一発一発の攻撃が鋭い!

 

 片手片足でもって、攻撃を反らしーーあるいは防いでいるが……。

 ーー押されている!!

 

 

「重そうだな。荷物を捨てたらどうだ?」

「ぐるへぇ!!」

 

 

 舐めんじゃねぇ!

 この程度でやられるほど、俺の格闘技術は、甘くはないんだよ!

 

 と、右ストレートの拳に対して、開手でもって、わざと当てにいった俺は、力を入れずに、滑らせるように拳の起動を反らす。

 

 そして、相手の腕と交差した瞬間に、その腕に上から蛇のように自身の腕を絡ませ、肩を掴んだタイミングで、片足の太ももを、相手の膝裏へと密着させる。

 

 あとは、振り子のように相手を前に振ってから手を後ろへと引っ張れば!

 

 

「チッ!」

 

 

 俺の動きで、何をされるのかわかったのか、男が舌打ちをする。

 

 変則的な、大外刈ーー。

 本来なら、きちんと密着した状態でもって、体当たりしつつ足を刈り取る技だがーーそこを、遠心力と力でもって補わせてもらった!

 

 地面へと、勢いよく仰向けに倒された男は、すぐさま受け身をとると、回転しつつ俺の腰へと裏拳を放ってくる。

 なので、その攻撃に対して俺は、みさきちゃんを両手でもって抱きしめたまま、アイススケート選手のように、回転ジャンプすると、その遠心力のまま、男の側頭部へと蹴りを振り落としてやる。

 

 

「……」

 

 

 

 これで、少しはダメージがあったか?

 と、一度距離をとった俺だがーー。

 首を左右に曲げつつ立ち上がった男は、何事もなかったかのように、すぐさま追撃を仕掛けてくる。

 

 

 くそ!

 ダメージなしかよ!

 

 

 

「今のは、良い動きだったぞガキ」

「っ!!」

「一般人では、あのような蹴りや動きはできない……つまり、時間をかければ、面倒そうだ。だからーー」

 

 

 

 そう言いつつ、男の拳が、俺の身体への攻撃から起動を、突如変える。

 その行き先は、俺の胸らへんーーっ!?

 

 こいつ!!

 どこを狙ってきたのか、瞬時に判断した俺は、みさきちゃんと自分の身体の間に腕を強引に差し込み、強制的に彼女を引き剥がす。

 

 

 そうして、離れた彼女の腰へと手を回した俺は、すぐさま腰へと抱える。

 と、同時に胸へと突き刺さる拳。

 

 

「きゃ!」

「ぐうぅっ! テェメー!!」

 

 

 

 強制的に引き剥がされ、動かされた為かーーみさきちゃんが、短く悲鳴をあげる。

 

 奴が狙っていた場所ーーそこは、みさきちゃんの顔があった場所だ。

 つまり、こいつはーーみさきちゃんの顔を殴ろうとしやがったのだ。

 

 

 これには、さすがの俺も一気に頭へと血液があがり、殲滅銃を口から離してしまう。

 

 ふざけやがって!!

 

 

「このくそ野郎が! 彼女は、一般人だっ!」

 

 

 

 スパパン!

 

 

 と、俺が言葉をいい終わる前に、顔・脇腹・鳩尾へと、ショートフックが綺麗に決まる。

 ぐふっ!?

 

 

「それがどうした? 所詮は、バーチャルアイドルを庇護する人類の敵だ。そこに、迷いがあるとでも?」

 

 

 

 と、そう言いはなった男は、俺がよろめいたところへと、追撃の膝蹴りを叩きこんでくると、俺の髪の毛を掴み、顔へと拳を叩きこんでくる。

 

 

 

「おっ、お兄ちゃん!!」

「バカな奴だ。そんなお荷物など、捨てておけば、もう少しまともに戦えたものを」

 

 

 

 という、くそみたいな発言と共に、二発目も顔にもらってしまい、鼻血が宙を舞う。

 こっ、この野郎~!

 

 

 

「どうした? 力が入っていないぞ? きちんと掴んでおけ。それとも、先にそっちを始末した方がいいか?」

 

「ぶっ! がふっ! おっ、お前ーータダで済むと思うなよ?」

 

 

 許さない。

 こいつだけはーー絶対に、許さねぇ!

 屈辱的に、潰してやる!!

 

 

 

「サンドバッグ状態のお前が、ずいぶんとデカイ口をたたくものだ。やれるものなら、やってみるがいい!!」

 

 

 と、俺の言葉に鼻で笑った男が、最後の止めとばかりに、拳を引く。

 

 

「はーい。ストップで~す」

 

 

 ーーが。

 その攻撃が、謎の声によって止められてしまう。

 その人物に対して、狩猟部隊の男も俺もーーみさきちゃんまでもが、一時停止してしまう。

 

 

 紫の髪の毛に、猫の耳。

 そして、クネクネと踊るかのように揺れるふわふわとした、尻尾。

 

 

 ……猫だ。

 猫の姿をした人間が、狩猟部隊の男の腕へと抱き、攻撃の妨げをしてくれたんだ。

 

 

 

「おぉ~。お兄さん、腕カチカチだねぇ~」

 

「貴様は……バーチャルアイドルか!」

 

「そうだよぉ~。猫又おかゆっていうの。よろしくね!」

 

 

 おかゆさんというらしいーー彼女は、そう言うと、ウィンクを俺にするや「よいしょ!」と声を出し、男の首へと尻尾を巻きつける。

 

 

 今だ!

 

 おかゆさんに気をとられた隙に、俺は、スパナイフ抜くと、髪の毛を掴んでいる腕へと遠慮なしに突き刺し、そのまま真横へと切り裂いてやる。

 

 

「ぐぁ!!」

 

 

 痛みでかーー腕から力が抜けたことで、ようやく拘束から逃れた俺は、すぐさま蹴りを腹へと叩きこみ、大きく距離をとる。

 

 と、そのタイミングでおかゆさんも男から離れると、俺の隣へと、スルスルと近づいてくる。

 

 

 

「すいません。助かりました」

「いやいや、力になれてよかったよぉ~。みさきちゃん、怖かったねぇ~」

「おかゆお姉ちゃん!!」

 

 

 と、おかゆさんに抱きついたみさきちゃんは「お兄ちゃんとね! 黒くてちょっと怖いお姉ちゃんにね! 助けてもらったの!」と、涙声ながら、一生懸命説明する。

 

 

 

「そっか~。来るのが遅れてごめんねぇ~。キミ。この子は、僕に任せてよ」

 

「すいません、ありがとうございます」

「くっそ。邪魔が入ったか」

 

 

 

 俺が斬りつけた腕の止血が終わったのかーー狩猟部隊の男が、苛立ちの顔を向けてくる。

 だがな……。

 イラついているのは、俺も同じなんだよ。

 

 

「こいよ。お前の得意分野で叩きのめしてやる」

 

 

 みさきちゃんをおかゆさんへと預けた俺は、スパナイフを納め、鼻血を手で拭きとりつつ、拳を握りしめる。

 

 片腕を満足に振れなくなったこいつなら、電磁砲(レールガン)の一撃を与えてやれば、間違いなく勝てる。

 

 だがーーそれでは、意味がない。

 こいつには、プライドも何もかもを、粉々にして勝たなくては、意味がないのだ。

 

 

 

「どうせ負けるんだ。名前くらい聞いておいてやるよ。そうしたら、楽にいけるだろ?」

 

「……トーマス・レギンだ。お前の名もきかせてくれるか? 死んだ後に、後世に伝えるために必要だ……もちろん。世界政府に楯突いて、無様に死んだ奴だという意味でな!」

 

 

 

 と、トーマスというらしい男は、俺の挑発に簡単にのると、一直線に突撃してくる。

 そして、わかりやすいほどの大振りの左拳。

 

 それを片手でもって反らした俺は、先程のお返しとばかりに、膝蹴りを腹へとむける。

 

 

 

「ナメるな!」

 

 

 が、トーマスの左肘が、奴へと届く前に、俺の横顔へと迫る。

 

 反らされることを読んでの、フェイントの攻撃か……。

 なるほど。

 キレているようで、そこは冷静ってか?

 

 このままなら、確実に俺の顔へと肘が先に当たり、俺の攻撃は届かないだろう。

 だが。

 その程度のフェイントーー対応可能なんだよ!

 

 

 と、トーマスの肘が迫ると同時に、俺は、顔を斜め下へと大きく仰け反らせる。

 

 そして、膝蹴りの姿勢は崩すことをせずに、むしろ、頭を下げることによる振り子の遠心力を加え、さらに強く胸へと叩きつけてやる。

 

 これは、ムエタイによる膝蹴りの技の一つでーーヤン・エラワン。

 という技だ。

 

 

 

「ごがっ!!」

 

 

 

 強かに打ち込まれた為か、大きく咳き込むと、後ろへと数歩よろけるトーマス。

 だが、そこで止まる俺ではない。

 

 なので、体制を戻すと同時に、太もも・脇腹・横顔へと、膝関節のみでの三段蹴りの追撃をおこなう。

 

 

 股関節からの攻撃でもよかったが、あれだと威力がのる分、追撃が遅くなってしまう。

 だがーーこの蹴り方なら、威力は弱まるものの、追撃が速い!

 

 

 そう思っての攻撃だったのだが、近接を得意とするだけあってか、トーマスは、顔への攻撃に対しては、防御が間に合ったらしく、片手でもって防がれてしまった。

 へぇー。

 やるじゃねぇか。

 まぁ。それならそれで、こうするがな!

 

 と、防がれたことによりはじかれた足を、流れに任せて引き戻した俺は、その威力を殺さずにすぐさま反対の足でもって逆側面を狙う。

 

 俺のその動きに対して、今度はついてこられなかったのか、トーマスの横顔へと深々と蹴りが入る。

 

 そして、すぐさま懐へと侵入した俺は、肘でもって先程と同じ箇所ーーヤン・エラワンを決めた場所だーーを打ち抜き、顔が下がったタイミングに合わせ、掌底でもってカチあげる。

 

 

 

「ごがっ!」

 

 

 

 そうして仰け反ったトーマスの、がら空きの腹へと、止めの回転蹴りを叩き込んでやると、背後の民家へと身体を強くうちつけたトーマスは、ズルズルと座り込む。

 

 はっ……。

 これで終わりかよ。

 意外に、呆気なかったな。

 

 

 

「どうだ? 立てるか?」

「ぐふっ……くっ、くそが。この俺が……こんな、ガキに……」

 

「……見た目より、弱いなお前。まぁ。子供を狙ってくるところからして、弱いとは思っていたけどな」

 

 

 と、掌底をくらった時に舌を噛んだのかーー血だらけの口で、ギロリと俺を睨みつけてくるトーマス。

 

 

 

「お前に名乗るなんて、恥以外のなにものでもないからな……悪いが、教えないことにする。さて、覚悟はいいか?」

 

 

 

 言ったよな?

 タダで済むと思うなよーーて?

 と、スパナイフを取り出した俺は、それをトーマスの首筋へと、優しく押し当てる。

 

 

 

「お前の罪を、確認しろ」

「はーい。そこまでぇ~」

 

 

 

 あとは、引き抜くだけ。

 それだけだったのだが、まさかのその手を、背後にいたおかゆさんによって、強制的に止められてしまった。

 

 ……この人。

 いつの間に、背後へと回って居たんだ?

 まったく、気がつかなかったぞ。

 

 

 

「みさきちゃんが見てるよぉ~。子供に見せることじゃ、ないよねぇ~」

「……しかしーー」

 

「しかしも案山子ないよ。それにーー僕も、あまりそういうのは、見たくないんだよねぇ~。()()()()でもって、ここまで叩きのめしてあげたんだからさ。そうとうプライドを折られていると思うしぃ~。これくらいで、いいんじゃない?」

 

 

 

 ……おかゆさん、気がついてたのか。

 実は、後からケガが云々と言われるのが嫌だった為、ワザと同じ条件ーー片手と両足のみで、闘っていたのだ。

 

 

 けれど、それだけでは、俺の心は晴れない。

 むしろ、果てしなく不完全燃焼だ。

 

 

 けれども、おかゆさんの言うように、みさきちゃんの前で見せるものではないし、何よりもーー。

 おかゆさんには、助けられた恩がある。

 

 

 なので、ムカつくことだがーー最後にトーマスの顔へと、一撃いれて意識を刈り取った俺は、スパナイフを懐へとしまい、身体に溜まっていた怒りを、息にのせて大きくはきだすことで、折り合いをつけることにした。

 

 ふぅ……。

 少しは、楽になったかな?

 

 

 

「おぉ? なんだ。終わっていやがったのか。助けに来てやったんだがーーいらなかったみたいだな。やるじゃねぇか、お前」

 

 

 

 と、言いつつ現れたフブキさんは、俺の近くへと寄ってくると、楽し気にポンポン叩いてくる。

 

 おぉ……。

 今の状態のフブキさんに、初めて誉められたな。

 

 というかーー。

 ここに来たってことは、俺が一人倒す間に、二人も倒したってことか?

 

 それで、手助けするつもりだったって……。

 恐るべし、黒上フブキさん。

 

 

 などと、俺が一人で戦慄していると、手に握っていた刀を鞘へと戻したフブキさんは、おかゆさんへと一瞥くれるや「おかゆ……お前」と口にし、何故かいきなり胸ぐらを掴みだす。

 

 おぉおい!?

 

 

 

「ちょちょ!! フブキさん!」

「黙れガキ。おい、おかゆ。お前、定期連絡も出来ないほど頭が腐ったのか? あぁ?」

 

「おぉ~。ちょっと、落ち着いてよフブキちゃん。遅れたのは、悪かったってぇ~。こっちにも、事情があってさぁ~」

「関係ねぇな。おかげでこっちは、わざわざここまで足を運ぶはめになってんだよ。謝れや、おい」

 

「ふっ、フブキさん。何もそこまで、強く言わなくてもーー」

 

 

 

 と、あまりにも迫力が強かった為、俺が慌てて仲裁に入ろうとしたのだがーー。

 何故か、その場ですぐさま土下座をするおかゆさん。

 えっ!?

 てか、はやっ!?

 

 

 

「ごめんなさい! 許してフブキちゃん!!」

「ダメだ。もっと、下げろ」

 

 

 

 ーーえっ?

 

 

 

「こうですか!?」

「申し訳なさが足りねぇー。もっとだ」

「これでいいですか!」

「ほら。言葉はどうした?」

「えへっ。ううん! ごっ、ごめんなさいフブキちゃん! 次から気をつけます!」

 

 

 ……あれ? 

 今、笑った?

 咳で誤魔化していた気がするけれどーー笑ったか? 

 この人。

 

 

 

「チッ。もういい。たく。これだから、テメェもころねも、ここにいるなって言ったんだよ。身が守れねぇなら、俺から離れるんじゃねぇよ。バカ共が」

 

 

 

 などと、口にしたフブキさんは、イラつきを隠せないのかーーズンズンと足音を立てつつ、トーマスの所へと行くと、腰からロープを取り出し、何やら拘束を始める。

 

 

 

「ボサっとしてんなおかゆ。手伝え」

「はっ、はーい!」

 

 

 ……おかゆさん。

 あれほどの言葉を浴びせられたっていうのに、何で笑っていられるんだ?

 

 と、なかなかのみ込めない状況になってしまったが、仲良く? ロープでもって、トーマスの奴を縛り始めたので……まぁいいか。

 

 おそらく、長年仲良しな二人だからこそ、笑い会える信頼関係って、やつなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、三人の狩猟部隊をロープで縛り終えた俺達は、一ヶ所に集まったのち、カワズ村の今後について話すこととなった。

 

 軍警察だけでなく、狩猟部隊まで倒してしまった、この現状……。

 敵からしたら、このまま放置というわけには、いかないだろう。

 

 

 

「おがゆ~! どうするの!?」

「う~ん。どうしょうか? フブキちゃん。何かいい策とか、ある?」

 

「あぁ? どうするもこうするも、明確な敵対行動を、揃ってしたわけだろう? 村人全員で他の場所に移動する以外に、策があるわけねぇだろが」

 

「村人全員……ですか。移動日時も、場所も、重要になりますね」

「場所なんて、一つしかねぇだろ? 桜神社だ。あそこに、全員で移動するぞ」

 

「全員でぇ~? それだと、時間がかかるよ?」

「それなら、すぐにとりかかりましょう。みこちさんがどう言うかは、わかりませんが……それに、ころねさんの怪我も治療しないと」

 

 

 

 そう。

 問題は、村人達だけではない。

 先程自己紹介してもらって知ったが、彼女ーー戌神ころねさんも、怪我をしているのだ。

 

 どうやら、話を聞いたところ、ここに二人がいる事を知った世界政府は、狩猟部隊1名を筆頭に、10名程の軍警察を派遣してきたらしい。

 

 その事を知ったおかゆさんところねさんは、すぐさま村の人達を村長の家へと避難させたのだがーーなにぶん二人では時間がかかってしまった。

 その為、ころねさんだけで迎撃にでたらしい。

 

 そうして、そいつらを撃退したのは良いもののーーそれが、トーマス達を呼び寄せる原因になってしまったとか。

 

 

 言葉にすれば、簡単なように聞こえるがーーさすがフブキさんの友人というべきか。

 ……狩猟部隊一人と、軍警察十人を、よく一人で撃退できたものだ。

 

 まぁ、そのせいで、彼女の白いワンピースや黄色いパーカーは、ボロボロになってしまい、所々血が(にじ)んでしまっているのだろうが。

 

 と、その偉業と姿に、大変だったんだろうな。と、改めて思いつつころねさんへと視線を向けていると、何やら、フブキさんが俺へと視線をむけてくるや、突然尻へと蹴りを入れてくる。

 

 

 

「いった!?」

「おい、こら。なにをころねに色目使ってんだ。そら先輩に言いつけるぞ。マセガキ」

 

「ちっ、違いますよ! 彼女の傷の深さを見ていただけでーー」

「あ~、ダメだよキミぃ~。ころさんは、僕のなんだから~」

 

 

 と、フブキさんの指摘に、慌てて俺が理由を伝えるが、何故かおかゆさんが、頬を染めているころねさんへと抱きつきつつ、俺にあっかんべーをしてくる。

 

 いや、狙ってない。狙ってないから!

 

 

 

「おがゆ! いいから、作戦考えるよ!」

「え~ん。ころさんが、怒った~」

「あうぅ! ちょっ、怒ってないよ~。強く言いすぎたよね? ごめんね。おがゆ~」

 

「おい! 漫才をしてる場合か、テメェら! たく、久しぶりに空気を吸いに出てくれば、これだぜ。たく。めんどくせーから、あとは、()()()の奴に任せるぞ」

 

 

 

 と、完全に嘘泣きをしているだろうおかゆさんに対して、抱きしめつつ頭を撫でて謝るという、優しいのか天然なのか、わからないころねさん。

 

 それに対して、呆れたように注意をしたフブキさんは、何やらよくわからないことを言うと、そのまま目を閉じてしまった。

 

 

 ーーフブキに任せる?

 と、俺が首を傾げていると、フブキさんの身体が白い光に包まれ、能力を使用した時とは逆に、足元から徐々に白色へと変わっていくフブキさん。

 

 

 そして、耳元まで白色まで変わったかと思ったら、ゆっくりと、その目を見開いていく。

 

 

「……あっ」

「あっ! フブキちゃん、おかえり~」

「フブキ!!」

 

 

 

 と、いつものフブキさんに戻ると同時に、おかゆさんもころねさんも、実に嬉しそうに、顔を輝かせて、彼女の名前を呼ぶ。

 

 ーーが。

 フブキさんは、キョロキョロと不安そうに視線を往復させたかと思ったら、俺と視線が会った瞬間「うぅっ!」と、何やら苦しそうな声と共に、踵を返して、その場から走り出してしまった。

 

 えっ!?

 

 

 

「フブキ!」

「ちょ! おっ、俺行ってきます!」

 

 

 

 どうにも、視線があったと同時に走り出したことから考えるとーーおそらく。

 俺が、何かをしてしまったのだろう。

 

 なので、心配そうに声をあげたころねさんへと、自分が追いかけることを伝えた俺は、フブキさんの後を急いで追いかける。

 

 

 しかし、いったいどうしたというんだ?

 戦闘の時のような速さだったら、確実に見失ってしまっていたがーー今のフブキさんは、普通の速さと同じだった為、何とか追いつくことができた。

 

 

 そこは、桜神社を一望できる高台……。

 そこにある岩へと、自分の膝に顔を埋めつつ、座りこんでいたフブキさん。

 

 しかも、いつも可愛らしく動かしている尻尾が、力なく垂れ下がっている。

 

 これはーーかなり落ち込んでいるな?

 

 

 ……まずいな。

 何が原因で、あそこまで落ち込んでいるのかーーさっぱりわからないぞ。

 でも、このままにしておくわけにもいかないし……。

 

 

 

「……フブキさん」

「……執行人くん? あはは……ごめんね。突然、走り出したりなんてしてさ」

 

 

 

 と、俺の言葉に、一度肩を震わせた彼女は、力なくそう言って笑うと、再度顔を膝へと埋めてしまう。

 フブキさん……。

 

 

 

「あの……すいません」

「どうして、キミが謝るのさ」

「いや、そのーー俺が、力不足だったからですかね?」

 

 

 

 と、我ながら謝っている癖に、理由を彼女へときくあたり、アホかと思う。

 だが、わからないのなら、予測で言うしかない。 

 なので、それが理由かと思いつつ言ってみたが、フルフルと首を横に振るフブキさん。

 

 

 

「執行人くんは、頑張ったじゃないか。血だらけの服や、ころさん達の様子でわかったよ……悪いのは、私さ」

 

 

 

フブキさんが?

 

 

 

「ごめんね。きっと、酷いことを言ったよね? 多くの人達にも、失礼なことを言ったと思う」

「そんなことーー」

 

 

 

 ない。

 と言うのは、簡単なことだ。

 事実俺は、驚きはしたもののーー特に嫌な気分などになっていない。

 

 しかし、フブキさん自身は、違うのだろう。

 自分の言動で、傷つけてしまった。

 そう思っている。

 

 

 

「いつもそうなんだ。あの子ーー黒ちゃんは、私の中にいるもう一人の私見たいなものでさ。口が悪くて、攻撃的な子なの」

 

 

 

 黒ちゃん?

 もしかして、あの黒い状態のフブキさんのことか?

 

 

 

「私と黒ちゃんは、二人で一人……昔から、一緒によく遊んでいたし、色々なゲームもしてた。でも、実体化の時に事故がおきちゃってね……私と黒ちゃんは、同じ一つの身体で、実体化しちゃったんだよ」

 

「それで……能力を使用すると、黒上さんの方が表に出てくるってことですか?」

 

 

 

 一人の身体に、二つの人格……。

 形としては違うが、人間でいうところの、二重人格のようなものか。

 

 

 

「ふふっ。黒上さんーーか。可愛い名前だね」

「あっ! すっ、すいません。俺が勝手に、そう呼んでいて」

 

 

 いけね!

 つい、口をついて出てしまった!

 

 と、クスリと笑ったフブキさんは、顔をあげると、俺の方へと顔を向けてくる。

 

 

「酷いことだけれど……私は、黒ちゃんのしたことがわからないし、記憶にも残らないから、何をしたのか、一切わからない。だけど、きっと執行人くんに酷いことをしたと思う。だからーーごめん」

 

 と、そう言うと、岩から降りたフブキさんは、ペコリとキレイに腰を折りつつ、そう謝ってくる。

 ……そうか。

 これが、ミオさんとの確執の原因だったことか……。

 

 けれど、フブキさん。

 黒上さんは、フブキさんが思うほど、悪い人じゃないぞ?

 

 それは、今回の件でハッキリしたことだ。

 

 

 

「フブキさん。謝らないでください。フブキさんも黒上さんもーー別に悪いことなんて、何一つしていないんですから」

「……えっ?」

 

 

 俺の言葉が意外だったのかーー驚いたように、顔をあげるフブキさん。

 

 

 

「たしかに、あの変貌には、正直びっくりしました。しかも、なかなか慣れませんでした。そのーーあまりにも、いつものフブキさんと違ったので。だけれどーー黒神さんも、結局は、フブキさんと同じ、優しい人でしたよ? だから、特に嫌な気分なんてしていません」

 

 

 

 そうだ。

 彼女は、言葉こそキツイことがあったがーー結局のところは、みゆきちゃんを誰よりも早く救いだしてくれていたし、俺のことも、信頼して任せてくれた。

 

 それに、自分の敵を倒した後、すぐに俺のところに来てくれたし、きちんと俺の身体を察してくれて、誉めてくれたりもした。

 

 だからーー彼女は、何も悪くない。

 

 

 

「フブキさん。黒上さんは、誰よりも俺達(ファン)を大切にしてくれる……ホロライブの人達と同じで、とても優しい人でしたよ」

 

 

 

 これでーー伝わっただろうか?

 昔から、なかなか伝え方が下手なため、伝わっていると良いのだが……。

 

 と、そう思いつつ、フブキさんの言葉を待っていると。

 なんかーー気恥ずかしいな。

 

 

 と、だんだん自分の言葉に恥ずかしくなってきた俺は、なんとか笑顔をつくりつつ、恥ずかしさを紛らわすために、後頭部を擦る。

 

 対するフブキさんは、驚いたかのように目を見開くや、何故かそのまま止まってしまう。

 なっ、なんか言ってくれ……フブキさん。

 恥ずかしくて、死にそうなんだが!?

 

 

 

「あっ……ありがとう……執行人くん」

 

 

 ふわり。

 と、花が咲くような笑顔を浮かべたフブキさんは、目頭に雫を貯めつつ、そう答えてくれると、俺の元へと歩いてくるやーー。

 

 

「えっ!? ちょっ!」

 

 

 

 と、まさかの胸へと飛び込んできて、俺の腰へと手を回わしてくる。

 なっーーななななっ!?

 

 

 

「ちょっ! フブキさ」

「本当に……ありがとう。執行人くん」

 

 

 

 突然の行動ーーすこん部が見ていたら、土に埋められかねないだろう状況に、俺が慌てて肩を掴み、離そうとすると、そう口にしてくるフブキさん。

 

 その震えた言葉に、思わずピタリと動きを止まってしまう。

 

 

 

「私をーー黒ちゃんのことを、受け入れてくれて……ありがとう」

 

 

 

 と、そう言ったフブキさんに対して、俺はーー。

 彼女がその顔を見せてくれるまで、そのままいることしか、できなかったのだった……。

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