AZKIさんーー。
彼女は、ホロライブのバーチャルアイドルの一人であり、噂でしか聞いていないが、今でもゲリラライブをおこなっている人だ。
今の世の中では、ライブ活動をおこなうことほど危険なことはないのだがーー彼女はそれを今も続けている……と思う。
確信がないのは、実際に俺がゲリラライブを一度も見たことがないからだ。
その名の通り、いつ・どこで・どんな風におこなわれるのかわからないライブなので、見ること事態が難しい。
しかしながら、噂がある以上、続けているとみていいだろう。
下の歩道へと向かうために、道を走り続けるスバルを追いかける俺だが、やはりバーチャルアイドル。
メチャクチャ早い。
少し待ってほしい気持ちもあるが、ここで俺の速度に合わせていたら、それこそAZKIさんを見失ってしまう恐れがある。
「っ! あとから、必ず追いつく。先に行けスバル!」
俺のことを思い出してくれたのか、チラリと振り返りつつ速度を緩めようとしてくれたスバルに対して、先に行くように大声で伝える。
次、いつ会えるかもわからないのだーーここで、AZKIさんを見失う訳にはいかない。
という俺の意志が伝わったのか、一度頷いたスバルは、その場から一気に加速する。
はっっや!!
さっきの走りすら、俺に合わせてくれていたのかよ。
すでに米粒ほどの小ささになっているスバルに、さすがについていけなかった俺は、とりあえず道行く人にスバルの特徴を話しつつ、やっとの思いで追いつくことに成功する。
そこは、ビルの間に挟まれたちょっとしたスペースがある場所で、意識して来なければ、あまり人が立ち寄ることがないくらい、狭く、暗い場所だ。
そんな場所に、今は何故か数十人以上の人だかりができており、不釣り合いな楽器の数々と、小さいながらもきちんとしたステージが用意されていた。
この様子からして……すぐに始まるな。
「みんな~。こんあずき~。今日もきてくれて、ありがとーう!!」
などと、俺が周りの観察をしていると、賑やかな音と共にステージに登ってきたフリフリ衣装の女性が、大声で手を挙げつつ俺らに向かって笑顔をむけてくる。
そして、その笑顔に応えるかのように、あがる声。
「うぉー!!」
「いつも来てくれている人、ありがとう! そして、今日初めて来てくれた人。こんにちわ!! 元ホロライブ所属のバーチャルアイドル、AZKIです! 今後ともよろしくお願いします!!」
黒髪ショートで、アイドル衣装の女性ーー間違いない。AZKIさんだ。
彼女は、ぐるりと一度ファンを見回したあと、俺と視線が合った瞬間、少し目を見開いて驚いた顔をしたが、すぐに笑顔へと戻ると、何事もなかったかのように歌い始める。
まさか……噂では聞いていたけれども、本当にゲリラライブをしていたのか。
いくら人目につきにくい場所とはいえ、軍に見つかれば、ここにいる奴らは、問答無用で全員拘束される。
なのに、ここにいるファンはもちろんのことーーAZKIさんも、決して声を小さくしたりしない。
むしろ、周りに聴けとばかりに大声でライブをおこなっている。
「いやー。すごいなAZKIさん。こんなこと、いつも続けてたのか~」
「……スバル。AZKIさんと話せたのか?」
「ううん。ライブが終わってからにしよう。て言われて、何も話せなかったわ」
あまりの光景に、俺が呆気にとられていると、先に到着していたスバルが感嘆の声をもらしつつ近づいてきたがーーそうか。
ライブが終わってから……か。
それは、つまりーーライブを成功させるということ。
懐かしい熱気に、しばらく俺が棒立ちしていると、何やらスバルから肩を叩かれたので、何事かと視線を向けると、背後を見るように顎で指示される。
なので、何事かと振り返ってみると、これまた驚きの展開。
道行く人の何人かが、こちらに向かって歩いてきており、俺と同じようにAZKIさんの歌声に聞き入っていたのだ。
これは……なんてことだ。
俺とは、また違った方法でAZKIさんは、バーチャルアイドルとしての抗議活動のようなものをしているのか。
今、ここに初めて来た人が、この一体感と高揚感を知ってくれれば、違った価値観を持ってくれるはず。
ステージの上で、輝かんばかりの笑顔を振り撒くAZKIさん。
そうだ……これが、本当のアイドルってやつだよ!!
「うぉー! AZKI~!!」
「うっわぁ……そら先輩にチクってやろう」
あまりの耐えきれなさに俺が叫ぶと、隣であきらかに引いた顔をするスバル。
はっ!
その程度の視線で俺が屈するとでも思っているのかスバルよ!
でも、そらさんにだけはチクらないでくれ。
「みんな~。今日はありがとー! またどこかで会おうね~」
二曲ほどという、短い時間で切り上げたAZKIさんは、そう解散を宣言すると、パタパタと俺とスバルの方へとかけてくる。
「
「お久しぶりです。AZKIさん。かわらず、とても良い歌声でした」
白馬くん。
これは、俺のフルネームの中から取ったあだ名であり、それを呼ぶAZKIさんに、懐かしいこともあって、苦笑いをうかべてしまう。
ファンの人達も、本当ならAZKIさんと触れ合いたいのだろうが、長居することがどれほど危険なのか理解している為かーー予想よりも足取りが早い。
……ある意味、助かったな。
これで、長居する人がいたりしたら、何人かに殴られていても不思議ではない。
それほどの失態をーー俺は、したからな。
いや……古参ファンなら、そんなこともしないか。
今の俺が、どのような人物かを知っているだろうし。
「スバルちゃんも久しぶり。二人に会えるなんて、今日は幸運な日だね!」
「言いすぎですよ。スバルの顔なんて、どこでも見れるでしょう?」
「ポスターで。でしょう? それと直接だと、全然違うよ~」
幸運という言葉に、スバルが自分など、どこでも見れると言うがーーたしかに、AZKIさんの言う通りだ。
スバルは、こうみえて警視庁のイメージガールとして活動している。
なので、どこでも見ることができるというのは、言葉通りの意味であり電車やバスーー公共施設等々、どこでもスバルの婦警姿を見ることができるのだ。
そのこともあって、俺の仕事の手助けとして、色々な政府の情報を
警視庁の人間も、まさか取り締まる側であるバーチャルアイドルが、内部に侵入しているとは夢にも思うまい。
「そうっすか? 変わらないよな。執行人」
「執行人?」
やべっ。
そういえば、AZKIさんと会うのは、希望の橋以来だからーー俺のあだ名が変わっていることを、知らないのか。
「あー。えっとですね、AZKIさん。実は、俺、とある理由から本名を名乗らないようにしているんです」
「えっ! そうなの!? もしかして、あの事件の後から、政府に狙われてるとか?」
「いや。それとは、別件なんですけどね。まぁ、政府に狙われているっていう点は、同じですけど」
「そうなんだ……じゃあ、白馬くんって呼ばない方がいいよね。本名に近いし……でも、執行人くんって、なんか怖い呼び方だからーー呼びたくないな……」
と、理由は納得してくれようなのだが、しょんぼりとした様子で下を向くAZKIさんに、呼び方を強制させるのも心苦しいーーので、まぁ。一人くらい、昔のあだ名で呼んでくれる人がいてもいいかもしれないな。
「AZKIさんが呼びにくいなら、白馬でもいいですよ……昔からメルヘンぽくて、あまり好きではないですけど」
「いいの? ふふっ、よかった。そらちゃんが考えたあだ名だもんね。戻ってきた時に、執行人くんなんて呼び方だったら、そらちゃんプンプンしちゃうよ?」
ははっ……そうそう。
白馬ってあだ名は、そらさんが考えてくれたんだよな。
当時もメルヘンぽくて恥ずかしいって言ったのに「どうして? とてもかっこいいよ。勝手にやめたりしたら、私落ち込んじゃうかも」とか言って、半ば無理やり定着させられたんだよな。
などと、懐かしい思い出を振り返っていると「でも、よかったー」とAZKIさんが言ったこともあり、思い出から意識を戻す。
「私は自業自得でだけど……てっきり、
「「えっ!?」」
あやめちゃんという言葉に対して、俺とスバルが同時に驚きの声をあげる。
AZKIさんは、不思議そうな顔で首を傾げているが、俺とスバルは、開いた口がなかなか閉まらない。
特A級指名手配ーー。
それは、東西南北の国々で指名手配されるだけでなく、捕まれば即無期懲役以上の執行を受け、確保に協力した者には、報酬金が払われるくらいの危険人物という証である。
AZKIさんは、今も自身で言った通りこのようなライブ活動をしているせいで、世界政府から危険視されているのだろう。
だが、あやめもなどと……。
「知ってたか? スバル」
「まさか! スバルの知ってる顔に、あやめが入ってた記憶なんてないぞ」
「あれ? 二人とも知らなかったの?」
「はい……」
「そっか……。でっ、でも私も開拓者さんから聞いた情報だから、確定じゃないよ! 何かの間違いかも!」
俺とスバルの落ち込みように気を使ってくれたのか、AZKIさんが慌てて情報の信憑性が高くないことを言ってくれる。
その言葉に、スバルは少し安心したような顔に変わるがーー俺は、逆に信頼性が増したな。と、感じてしまった。
二人は、共にアイドルだからわからないと思うが、
それが、こと推しているグループやアイドルの事なら、なおさらである。
その
まさか。あのあやめが……。
「えっと……白馬くん。大丈夫?」
「えぇ。すいません。少し驚いてしまいまして……ですが、あのあやめのことです。大丈夫でしょう。だから、心配するなスバル」
「しっ、心配なんてしてないわ! いや。まぁ、同期だから気にはなっていたけどさ」
「そうだよね。スバルちゃんやあくあちゃん。ちょこ先生は、とっても心配しちゃうよね。ごめんね。変なこと言って」
「いやいや! AZKI先輩が謝ることじゃないですよ」
ペコリと頭を下げるAZKIさんに、慌てて顔をあげるように言うスバル。
スバルには悪いがーーホロライブのアイドルが、こうしてステージの近くで触れ合っているのは、本当に懐かしい光景だ。
もっと見ていたい気もするが、それは、世間が許してくれない。
「そろそろ頃合いですかね。AZKIさん。次のゲリラライブの予定とかあったら、教えてくれたりしますか? ぜひ、観に行きたいのですが」
「本当! そう言ってくれるのは、嬉しいな~。少し待っててね!」
今回は、呆気にとられてなかなか曲に集中できなかったこともあり、俺がAZKIさんに次回の予定をきくと、何やら近くに置いていた鞄から、ハサミを取り出すAZKIさん。
ハサミなんて、何に使うんだ?
と首を傾げた俺の前で、AZKIさんは、突然自身のアイドル衣装のスカートの端を、バッサリ切ってしまった。
「なっ!? なにをしてるんですか!!」
「えっ? 切ったんだよ」
「ちょっ! AZKI先輩せっかくの衣装が!」
さすがのスバルも、驚いて駆け寄るが、そこで不可思議な現象がおきる。
なんと、切られた服の部分が、パキパキと音をたてつつ再生したのだ。
こっ、これはーー。
「もしかして、その服ーーロボ子さんの特製ですか?」
「そうだよ。よくわかったね白馬くん。えーと。この服をさらに細かくしてーー」
ロボ子さんーー。
ホロライブのアイドルの一人であり、高性能を自称しているロボットの彼女は、その自称通りの性能を持っている。
アイドル
自身が想像した機械類を、そのまま現実の物質へと具現化させる能力だ。
その能力により、現代の最先端科学のほとんどは、彼女が作り上げた物だ。
実際、二日前に俺が使用したスナイパーライフルも、彼女の作品だったしな。
「はい! 二人とも」
そう言ってAZKIさんがくれた手の平サイズの服の欠片には、何やら青く光る文字が記されていた。
これは?
「ロボ子ちゃんが作ってくれた物でね。私が次にライブをしようとしてる場所を、自動的に書き込んでくれるの。これで、開拓者さん達も集まってくれるんだ」
「スゲ~。執行人の服もスゲーけど、AZKI先輩の服もメチャクチャすごいッスね!」
まぁ。俺の服というより、
だが。確かにすごいな、これ。
「ちなみに、私のことを知っている人ーーつまりは、私のファン名や身長を知っている人しか、これは見れないから、落としても安心してね」
「安全対策もバッチリですか……。まぁ。AZKIさんの身長なんて、朝飯前すぎて、問題にもなりませんけどね」
「……時々、執行人が怖い時あるわ。スバルの体重まで知ってるとか言わないよな?」
なんで怖がるんだよ。
知っているわけないだろう。お前の体重なんて。
「ふふっ。それほど、私たちのことが好きってことだよスバルちゃん。それじゃ、そろそろ解散しようか。あまり言いたくないけど……通報されてることがほとんどだからさ」
などと、最後にAZKIさんらしい言い回しで、俺らに別れを告げると、にっこりと手を振りながら歩き去っていく。
「よっしゃ! それじゃ、スバル達も帰るかね」
「プチハプニングのせいで忘れてたが、今日は、デートだったな。もちろん、家まで送るぜ。ちなみにーー総合得点は、何点だ?」
突発的なデートだったが、点数制なら、やはり気にもなる。
なので、俺がスバルにそう言うと、可愛らしくウィンクしたスバルはーー。
「85点! 初めのがなければ、90点超えだったけどな。これから精進するんだな執行人! シュバシュバシュバ!」
と言ってくるのだった