鈍行列車 作:ンゴォ
私は鈍行列車に乗っていた。昼は完全に沈み、夜が世界を闊歩していた。私は、もうすこし早く乗るつもりだったが、間に合うかと思い、のんびり歩いていたら、ずいぶんと遅れてしまった。私は、男と会うことを望んでいるが、これほど遅れていると、会える気がしなかった。
丁度いいとも思った。今、私には悩みがある。悩み事を、男に悟られたくなかった。何故かはわからなかった。して、その悩みというのが、暮らし方についてだった。人は誰しも、日常というものを暮らしている。人は、日常があることに安心するし、ずっと続くものだと考えている。しかし、いつかの日常の隙間で、退屈だと考えるようになる。ずっとこのままでいいのか、なにか別のことをしたい、もっと面白く生きたい。そして、その思いは束の間で、次の瞬間ではもう日常に浸っている。もちろん、私自身、何気ない日常が一番だということを理解している。日常の安心を理解せず、危険に侵されてきたものをたくさん見てきた。この悩みをどうすればいいか、私にはわからなかった。
電車の鳴き声が、一段と大きくなった。駅に止まったのだ。大雑把に見回して、面白いものがないと分かると、私は途端に興味をなくした。分かっているのだ。そんなに都合よく、面白いと思うものがあるわけがないと。また私は、思考の迷宮に入り込んだ。すると、声が聞こえた。
「おや、この時間であなたに会うとは思いませんでした」
「私もです。のんびりしていたら、遅れてしまったんですよ」
「それは災難でしたね。そうだ、饅頭があるんです。家に帰ったら是非食べてください。」
男は、私に饅頭を手渡した。こしあんだろうか。私はつぶあんよりこしあんの方が好みなのだ。しかし、この饅頭で私の気が晴れるわけもなかった。
「ありがとうございます。ついでに聞きますが、これはこしあんですか。べつにつぶあんでもいいのですが」
「ええ、こしあんですよ。私の好みがこしあんですからね」
なるほど。私は再び、この男と仲良くなれそうだ、と思った。
私は、男に問いを投げかけることにした。男には悩みを悟られたくない、と思っていたが、それよりこの問いについて、男がどう答えるのかの方が気になった。私にとって、悩み、というのは疑問より優先するものでもなかった。いや、男にだからこそ、だろうか。男は、私と真剣に論を交わしてくれる、数少ない人間だった。だから、問うてみようと思った。
「あなたは、日常に退屈を覚えることをどう思いますか。私にはわからない。答えが出なかった」
「それは、また突然な問いかけですね。日常に退屈を覚える、ですか。ずいぶんと難しい話だ。ありきたりではあるが、簡単に答えが出るものでもない。私個人の考えにはなりますが、それは人として当たり前のことなのでしょう。同じ食べ物だけが出されてもいつか飽きてしまいますから。それをもちろん耐えられる人もいます。しかし、そういう人はほんのひと握りです。人は大概飽きを覚えるものでしょう」
男からの意見を受けて私は、しょうがない、という言葉を思い出した。なさけないことだ。しょうがない、と考えるのは諦めであった。完全に悩みを解決出来なかったが、ひとつの考えを知ることができた。
男は次の駅で降りるそうだった。降り際に、男は私の眼を見つめてきた。
「また会いましょう」
私は端的に返した。
「ええ、また」