熱が、掻き消える。
私の体を、すべてを焼き切ろうとした熱が消え。目の前にいる赤髪の女性が前に立つことでこの身に降りかかる衝撃も、消える。
「お前は私が殺すって言ったのもう忘れたのか!? 紫か緑か知らねぇが、勝手にエイリアンごときに殺されそうになってんじゃねぇんだよ!」
強い語気、だけど敵意はない。あるのは何の邪気もない、純粋な殺意のみ。それもすぐさま私に襲い掛かるようなものじゃない、ある意味信頼とも呼べるような、感じたことのないもの。そんな彼女から投げ渡されるのは、私がトニーたちに渡したナノマシンが詰まったボール、それに非常に似通ったもの。
「……タイ、フォイド。」
急に投げられたそれを急いで受け取ろうとすれば、私の手がそれに触れる前に、弾ける。飛び散ったそれは青い光を灯しながら、私の体を癒すように包み込んでいく。瞬時に展開したそれはナノスーツも、外装も、全部が新品以上に書き換えられていく。元々私が持ってきていたナノマシン自体も新しいものへと変換され、イヴによって表示された今のスーツの性能は完全に今までの上位互換。……明らかに私のじゃない。
「アリアドネとかいう奴からの届けもんだよ! 『因果がこっちに引き寄せられるからこれが限界』だってよ、まったくどの世界のお前もこっちの都合を考えず好き勝手しやがる。」
技術のレベルは今の私と同じものに抑えられている、だけど細かいところが明らかに私より上。長い時間を要する洗練か、何かしらの思い付きから始まったブレイクスルーによる差かどうかはわからない。でも明らかに“私”のじゃなくて、そして私よりも上の存在が作ったもの。ナノマシンの強度も、密度も、今の私が到達できるギリギリを、この世界に影響を与えすぎない物が送られてきた。……久しぶりに名前を聞いたよ、もう一人の私。いや私たち、もしくは子供たちなのかな?
「……あ!? お前奴の指輪使ってんの!?」
「あ、うん。便利だから……。」
「はぁ? あのクソ野郎が使ってた奴だぞ? さっさとそんなばっちいの捨てちまえ。」
ば、ばっちい。……確かに。
指輪から放出されていた負のエネルギーに気が付いた彼女に指摘され、というかタイフォイドが『ばっちい』みたいな言葉を使うとは思わなかったから少し頬が緩んでしまう。……目の前にいる彼女はこの世界の彼女。でもなんでタイフォイドがここに? あの戦いの後に魂だけの状態になった彼女に、記憶処理と新しい体を与えたことは覚えている。
彼女が力を取り戻すことはあったとしてもここに来る理由である記憶はもうないはずなのに。その記憶を取り戻してて、さらに発火能力だったものを熱操作まで昇華させている。一体何が……。
「お前に金握らされてニューヨークに捨てられた後、すぐにあのハゲの婆さんに捕まってそれからずっと下働きだよこっちは! 記憶は叩き起こされるし、別世界に連れていかれるし、メシは買いに行かされるし、無報酬で働かされるし、自由時間は全部鍛錬になってたし……」
「……なんというか、ご愁傷さまです?」
「ほんとにな!」
ワンさんが……、と思ったけどすぐに彼女の顔から覇気が消えて、むっちゃくらい顔になったせいでついお悔やみの言葉を送ってしまう。まぁ確かに目の前の彼女は多才だ、ワンさんが連れて行って便利使いするぐらいの能力はあるのだろう。発火能力に精神操作、高い身体能力と強度にニンジャに由来する技術も収めている。けどまぁ一人でワンさん、元至高の魔術師であるエンシェント・ワンに勝てるほどじゃない。ずっとぶつぶつ言ってるあたり相当絞られたのだろう。
「あ、そうだ。じゃあコレつけといてよ。」
彼女から届けられたナノマシンでインカムを作りそのまま投げ渡す、さっきまで呑気に話していたが今の絶賛自由落下中なのでブースターも付けてのお届けだ。こっちの意図に気が付いた彼女はすぐにそれを受け取り、身に着ける。
『お久しぶりですね、タイフォイド様。』
「あッ! お前あんときの!」
『イヴです、この度は本当にありがとうございます。』
若干泣きそうになっているイヴにちょっと気圧されているタイちゃん、なんやかんや色々敵対したけどここで何も言い返さないあたり根がいいのだろうか? まぁワンさんにお供に抜擢されて、そのまま逃げ出さずにずっと付いて行ってたみたいだし、全部が全部悪いわけではないのだろう。私と戦ったのは……、まぁ運が悪かったのかな?
「……でさ、タイフォイド。なんかこの私にかかってる斥力どうにかする方法ない? 例えばパワー・ストーンとかパワー・ストーンとか、もしくはパワー・ストーンとか。早く娘たち助けに行きたいんだけど。」
「さすがにねぇわ。だが……、まぁいい! とりあえず着陸するぞ!」
私に衝撃波と熱が行かないように、ずっと私の前に立ってかばっていたタイフォイドが急に落下速度を緩め抱き着いてくる、それと同時に両足を地面へ。彼女の足裏にこれまでの彼女では想像できなかった熱量が集中し、放射される。
正直、瞬間的な出力じゃ今の私を超えてる、そんな熱量が地面に向かって噴火のように爆発する。絶対正面から食らいたくないレベル、熱操作覚えたってことは解ってたけど……、これほどなの? この人私に殺意マシマシだし、多分これ終わったあと普通に殺しに来るよね? 不味くない? いや不味いよね。
勢いよく地面に衝突しそのまま塵となると思っていたこの体はゆっくりと地面におろされる。いやほんとに魔術師に育てられたミュータントヤバいな。……って、あれ?
『マスター!』
自身に降りかかっていたはずの斥力が急に弱まり、この体を包んでいたはずの紫の光。パワー・ストーンの力が掻き消える。それを不思議に思うよりも先に、イヴから声が。同時に通信がハッキングされ、無理矢理回線が開かれる。
……アハ、あはは。いやマジか。
ほん、っと! 最高。
『気分はどうだ、イタズラガール。そっちがハッキングされるなんて新鮮な気分だろ?』
私たちの体に降りかかる複数の。いや数え切れないほどの影、空を見上げればそこに。
「おそいよ! ニック!」
◇◆◇◆◇
「あは! あははは! すごい! すごいや! いつの間にこんなの私に隠して作ってたのさ! 呼んでくれてもいいじゃんかぁ!」
『おっと、それは無理な相談だな、こっちも呼ぼうとは思ったんだが誰かさんが二年ほど連絡をよこしてくれなくてな。おかげさまでこんな寄せ集めの艦隊になってしまった。』
空に浮かぶのはヘリキャリア、いやヘリキャリアじゃない。根本にある設計は同じ、だけど私の知らない船がいっぱい。いっぱい空に浮かんでいる、しかも昔の旧式みたいなプロペラ式のエンジンでも、リアクターを使用した新型のエンジンでもない。私の知らない船! しかも、明らかに装甲の質が違う! 明らか密閉構造になってる! この子たちが! 視界いっぱいに広がるこの子たちは! 空で戦うんじゃない! もっと上! 上だ!
『それにしても、暇していたハッキング対策部を全員連れてきたかいがあった、腕が鈍ってないかと心配していたが……、杞憂だったようだ。』
『おほー! 久しぶりのお仕事気持ちいぃのォ!』『ワッ! ワッ! ワッ!』『猫ちゃん! 猫ちゃんの画像送るぞ!』『あひゃひゃ! お仕事サイコー!』『すごい! すごい! もうプロテクト書き直されてる! すぐもとに戻されるの!』『ヒドラコロス、ニンジャコロス!』『あぁもう指が遅い! 脳に電極ぶち込むォ!』
『ちょっと頭がおかしくなってしまったみたいだが。……おかしいな、連れてくる前はもう少しまともな集団だったぞ?』
『長官、彼らはある意味仕事中毒なので放っておくのが良いかと。』
『……そうしようか。』
「あは! あはははははは! ヤバい! ウケる!」
子供たちからも報告が上がってくる、ニックたちが宇宙にいるサノスたちに向かって攻撃を開始したおかげで奴らが乗っていた船が半壊、その瞬間にやっと終結できた救援部隊が突入してストーンの行使を止めさせたみたい。ほんと、ほんといいタイミングで来るんだから!
『さて、おふざけは終わりだ。地表からの先制攻撃はうまく決まったが、ここからは初めてのフライトだ。これよりヘリキャリア艦隊改めスペースキャリア艦隊は宇宙へと打って出る! 各艦遅れぬようについてこい!』
『全艦姿勢制御プログラム及び大気圏突破プログラムを起動、エネルギーシールド出力全開。メインエンジンを順次起動せよ。』
ニックに、マリアの声。私の知る、懐かしのS.H.I.E.L.D.が。……いや、管制から聞こえる声の中に聞いたことのある人たちの声が。私が救えなかった人たちの声がする。ハッキング対策部の子たちだけじゃない、あの艦隊の中にはファイアボールの子たちが! あの船の中にいるんだ! 戦おうとしてくれてるんだ!
やばい、ちょっと涙出てきた。まだ全然何も終わってないのに。こんな時はほんとに顔がアーマーで隠れててよかったと思う。まぁ娘たちにはバレてるけど!
「わ、私も! 私も早くいかなきゃ! タイフォイドは!?」
「今日の仕事はこれで終わり……、と言いたいところだが。」
スーツの具合を確かめながら、宙へと飛び立っていくニックたちを私も追いかけるために宙に浮く。タイフォイドも一緒に来るなら補給してもらったナノマシンで色々作らなきゃって思って聞いたけど……、彼女が帰ろうとした時。真横にゲートが開かれる。魔術師たちが使う移動用のゲートだ。つながる先は、あの荒野。ワカンダだ。
「ウチの雇い主サマはまだ働けだとさ、給料もらったことないけど。」
「なら帰ってきたら2年分+して後10年分私が払ってあげる! そっち頼んだ!」
「はいはい、任された。支払いは貴金属か宝石で頼む。紙幣はこの世界でしか使えねぇからな。」
背を向け手を振りながら彼女が消えていく。うん、タイちゃんの正確な今の実力は解んないけどさっきの熱操作を見せられて、ずっとワンさんのお供してたのならすごく安心できる。
……みんなのおかげで繋がった。ゲートが開かれたってことはワカンダの方にもうワンさんも着いているのだろう、絶対に地上の戦況はひっくり返る。宇宙もそうだ、サノスたちに磨り潰されちゃった戦力だけど、ニックたちが増援として来てくれた。足りないピースが徐々に埋まっていく。
それに、ニックがまだ生きてて、宇宙からの侵略者となれば彼女も来るはずだ。こんな状態でニックが彼女を呼ばないはずがない、アベンジャーズ計画の発端になった彼女。この世界を言い表す名前を冠する人。
「イヴ、5秒頂戴。」
『……はい。』
必要なピースがそろってくれた。そして、“彼女たち”がこの世界に降り立たない理由も、ちょっとだけだけど理解した。自分一人だと思ってた世界は、たくさんの人がいて、たくさんの物語があって、誰も無関係じゃない。引っ張られることもあれば、引っ張ることもある。
……正直、私をこの世界に連れて来てくれた彼女がいないなんて。ユキがいない世界なんて、と思う気持ちがないわけじゃない。
でも。
でも。
やっぱり、嫌いにはなれないよね。
「イヴ! 行こう!」
『はい!』
縮退炉を、リアクターを、回す。新しく生み出したそれを脚部に送る。
さぁ、初めて空へ飛び出したときのように。
◇◆◇◆◇
『お母様! これを!』
「ディアナにケレス、ありがと! あなたたちもちゃんと補給しなさいね!」
『マ、マスター。』
「おぉ、マール。泣いてくれてありがとね。追加のTailもありがとう。」
大気圏を突き抜けて宇宙に戻って来てみれば。敵の母艦を落とせたことで手が空いて、ジュノーたちへの救援をするために補給を進めていた娘達が待っていた。私に追加のナノマシンを渡してくれる子もいれば、自分で作った装備を声を震わせながら渡してくれる子。この子たちに涙を流す機能はないけれど、感情はみんな備わっている。ちょっと感情値を表すグラフを見てみればみんなまぁすごいことに。……心配させてごめんね。
「みんな作業進めながら! 部隊を三つに分けるから組み分けはイヴに従って! 一つはこのまま私についてきてサノスをとっちめに行く班! 次は地球から上がってくるニックたちを守る班! もう一つは敵の残存艦隊を撃滅して、その後敵増援の足止めをする班! はい、組み分けはじめ!」
私の話を聞いていた子たちが一斉に会話を始める、口頭ではなくネットワーク上で。私に付いて行きたい子がたくさんいるせいでイヴが纏めようとしても纏まらなかったせいか、過激な言葉が飛び交う議論が始まって一瞬サーバーが止まりかけたけど秒もかからずに決定し、行動に移す。正直爆速でチャット欄が流れていったからびっくりしちゃった。
私の前に整列した子たち、補給は……、済んでるね!
「よし! じゃあ行くよ!」
ナノマシンで追加ブースターを生成し、そのままさっきまで戦っていたサノスたちの母艦に突撃する。それに続く娘たち。ジュノーたちが頑張ってくれて、地球からの支援砲撃もあるせいか私の想定以上に味方側の数が残ってる。けどまぁサノス側の数は変わらず、外に弾き飛ばした私の死体からソウル・ストーン取りに行きたいけど私の娘たちのせいで動くに動けない、って感じか。
「突撃!」
敵母艦サンクチュアリⅡは巨大で、同時にかなり丈夫な船体だ。いくら私たちが外装を突き破って侵入してもびくともしない。でも塵も積もれば山となるし、内部へも道ができれば内側からの破壊も楽になる。子供たちが通った道、私が侵入した道でもなく、新しい道を作る様に外装を突き破り、そのまま例の玉座の間にエントリーする。
「まず、一人ッ!」
完全な死角から、背後からの一撃。製造や開発を任せていたマールって子から受け取ったTailの武装をを展開し、私の足に纏わせる。一瞬外装が液状化し、瞬時に出現するのは何重にも重ねられたディスク。抉り取る様に回転し続けるそれで、奴の頭部を食い千切る。
「イヴ!」
『ナノマシン安定! いけます!』
「『ソウル・ストーン』ッ!」
アリアドネたちから託されたソレは、娘たちが補給してくれたナノマシンも書き換え、強化する。補給のおかげでかなりの余裕がある。指輪からソウル・ストーンを取り出し、その上から二重にナノマシンの防護壁を張る。かなりギリギリまで体を追い詰めちゃったから少しの使用でもマズかったけどこれならいける。
まぁ本来ならクソ痛いらしいけど私もう痛覚ないからね! というわけでサノス君の魂一つ破壊! 残り8人!
「さぁ! 1人ずつそこに並びな! 全部まとめてぶち殺してやんよ!」
これでもう奴らはタイム・ストーンによる復活はできない。体への負荷がないわけではないけど、ストーン単体での使用ぐらいだったらあと8回ぐらいよゆーよゆー! それに!
『じゃ、まッ!』
ジュノーが操る『エンプレス』がサノスの隙を突いて吹き飛ばす。うん、やっぱジュノー筋がいいや。この短期間でサノス君のパターン学習し始めてるな? ほらおいで、褒めてやろ。
『ママ!』
「心配させてごめんね。……さ、もうひと頑張りだよ!」
『うん!』
数の差は、無くなった。私一人で抑えていたサノスたちは8人に減り、こっちは私とジュノーだけじゃなくたくさんの姉妹たちがいる。私も十全とは言えないけど回復してるし、ジュノーも姉の一人から渡されたナノマシンでボディを回復している。
(『マスター、木星艦隊のジュピタから通信。こちらからも救援、とのこと。』)
(「了解、イヴ。ありがたいことに思ったより早く来てくれたね!」)
さぁ、資料で一方的にこっちが知ってる先輩だ。ちゃんとあいさつしないと。
こちらが有利で膠着した戦場に、その中心に黄色い流星が突き刺さる。
その胸に輝くのは星のマーク、キャプテンとは違うけど、彼女も同じキャプテン。その身に纏うのは赤と青のスーツ。この世界を表す言葉、マーベルの名を持つヒーロー。
「ハァイ! 初めまして先輩! 私ドロッセル!」
「初めまして。……なんというか、思ったより多いのね。」