番外編
本編が始まる前のユキとつぐみのお話です。
「ね~ね~、何してるの?」
最初は、確かそんな感じだった気がする。何の変哲もない、小さな疑問。私たちの関係は、そんな何でもないものから始まった。
年は、いくつだっただろうか。多分片手で数えられるくらい。目に入るものすべてがとても輝いていて、どれもが全部自分にとって未知のものだった。自分の世界は自分の家の中で完結していて、自分以外の人間は家族しかいないような世界。そんな幼子が新しいものを探しに外に出てしまうのはある意味当たり前で、必然だった。
お気に入りの白いウサギのぬいぐるみを片手に、母の目を盗んで玄関まで歩く。母に出発の挨拶をするという思考は最初からない、頭の中にあるのは未知への強い興味と、その未知へ手を伸ばす自身をまるで物語の主人公のように捉えてしまう思い込みのみ。普段は母に手伝ってもらいながら行う靴の履き替えを一人で出来てしまった私を、止めるものなど存在しなかった。
「こっち!」
玄関から出て目指すのは隣にある大きな工場、家の窓から見える金属の壁で出来た謎の建物。白い金属の壁に、とても大きい建物。中に何があるのか全く想像が付かない場所。未知に飢えていた私にとって真っ先に知りたい場所であり、手を伸ばせば届いてしまう場所だった。
資材の搬入を行うために開かれた門。そこから勝手に入り込み、唯一開かれたドアを目指して意気揚々と行進する。例え外から見える内部が真っ暗であろうと、私の足を、興味を止められるものなど存在しなかった。
「こんにちは~?」
挨拶をしながら、そっと中を覗き込む。電気は全く付いておらず、内部を照らすのは窓から内部に差す日光のみ。少しひんやりとした空気と共に私の視界に飛び込んできたのは、自身と同じぐらいの女の子が理解も付かぬ機械らしきものとにらめっこしている姿だった。
「ね~ね~、何してるの?」
これが、私。藤川雪が初めて彼女、大宙つぐみと出会った時の話である。
◇◆◇◆◇
物心がついたころにはすでに彼女が傍にいた。私がはっきりと思い出せる一番初めの記憶は、嫌がる彼女を無理やり引っ張って一緒にアニメを見た時のもの。父の趣味がロボットアニメであり、母もそれに寛容。自然と家の中を探せば過去のアニメのビデオやDVDが発見できた環境で育った私は、可愛らしい女の子たちが戦う番組よりも巨大な機械たちが変形し縦横無尽に宙を飛び回る姿に興味を持った。
自分も好きならば彼女も好きだろう、なんてったってあの子はずっと機械とにらめっこしているのだから。
そう考えた当時の私は相手のことを考えない押し付けの善意と、自分の欲求を満たすこと、そして好きなものを共有し合いたいという感情から彼女を自分の家へと招き入れた。今の私なら理解できるが当時の彼女は『面倒なものに巻き込まれた』という気持ちでいっぱいだっただろう。母が隠れて取っていたらしい写真にはそんな気持ちが大きく描かれた彼女の顔が何枚も写し出されている。
「ほらこっち! もう始まっちゃうよ!」
「はいはい。あ、おばさん。お邪魔してます、これウチの母から……。」
「あら~。いつもごめんなさいね、つぐみちゃん。」
「だから始まっちゃうってばー!」
自身の母と彼女の会話を無理やりストップさせ、つぐみを呼ぶ前に用意していた特等席へ。テレビの前に置かれたクッションへと彼女を引っ張っていく。子供からすれば異様に思えるほど大人びた彼女。招かれる側の行為としては間違っていなかったが、幼子の私としてはなんでそんなことをするのか、なんで早くテレビの前にこないのか理解できなかった。
「ほら、ここ! ここ座ってつぐみ!」
「はいはい、わかってますって。」
ぽんぽんとクッションを叩けば、彼女はゆっくりとそこへと腰かける。どこか自身の父を思わせるような年を感じさせる動きではあったが、当時の自身にとって友人と呼べるような人間は彼女だけ。そういうものなのだろうと勝手に納得しながら、共に番組が始まる時間まで待つ。
五分ほど待つと画面が切り替わり、二人の男の子が大きなロボットに乗り、共闘するアニメが流されていく。何の変哲もないロボットアニメだったけど、当時の私にとっては毎週楽しみで仕方なかった。物語の中の二人は親友とも呼べる関係性で、ずっと対等だった。全くそんなことはないのに、私は画面のなかで繰り広げられる二人の関係性を、私たちに置き換えて楽しんでいた。
……断ろうと思えば、いつでも断われたはずだ。
例えば親に止められて、とか。大事な用があるから、とか。考えられる言い訳はいくつも浮かんでくる。非常に大人びていた、いや今も昔も変わらぬ思考能力を持つ彼女であれば幼子の追及などすぐに振り切れただろう。そんなに面倒そうな顔をするならば、すぐに断ってしまえばよかったのに。今でも、たまにそう思ってしまう。
だけど、彼女は一度も私の呼びかけを無視することも、断ることもなかった。
『はいはい、いつものでしょ。覚えてるって。』
『今手が離せないからちょっと待って、時間までにそっち行くから。』
『あ~、悪いけど当分手が離せないわ。……あぁもう解った解った、じゃあウチで見よう、な? そこのテレビ自由にしていいから。』
そんな風に彼女はいつでも答えてくれた。面倒な子供の癇癪だと切り捨てず、嫌な顔しながらでもずっと私の傍にいてくれた、適当に済ますことが出来たはずなのに、最後まで私と一緒に見て、その感想を言い合うぐらいには付き合ってくれた。
面倒そうな顔をしていたけれど、彼女が私のことを考えていてくれていたのは朧げに理解していた。周りに同じ年齢の子供も、私たち幼子の面倒を見てくれるような年長の子もいない。子供は私たちしかいなかった、だからこそ彼女が切り捨ててしまえば、私は一人になってしまう。そう考えてずっと私の傍にいてくれた。……自分の気持ちをすんなり理解できたのは、そんな彼女のやさしさのおかげなのかもしれない。
私にとって、彼女はずっと、親友だった。
小学校に上がってからは大きく生活が変わった。
それまでは二人だけでも成立していた世界が、よりぐんと広がる。大阪という立地もあり一クラス30人前後、自身と彼女しかいなかった世界にそれ以外が大量に湧き出てきた形になる。自分にとっての親友は変わらずつぐみだったが、新しい友人が出来たのは事実。最初は少し手間取ってしまった記憶はあるが、徐々に自身の世界が、交友関係が広がっていったことは覚えている。
傍から見れば私たちは、とても対照的な二人だったと思う。
自分の世界が、未知だったものが既知に変っていく感覚、広がっていく感覚が好きだった私はどんどん交友関係を大きくしていく。『友達100人』などと言いながら、たくさん友達を増やしていった。他の女の子と会話するためにそれまで興味のなかったものに手を伸ばし、考えたこともなかったオシャレにも手を伸ばしていった。新しいことに挑戦して、初めて見たモノの面白さを知って自分のものにしていく。その繰り返しが自分に合っていたのだろうと思う。
対して彼女、つぐみはずっと一人でいた。私と一緒に学校に行く時や、私が他に何も予定がない時に一緒に帰る。それ以外はずっと一人で何かをしていた。学校の先生が読んだことの無い様な難しい本とずっとにらめっこしていて、誰かと一緒に遊ぶなんてことを一度もしなかった。最初は誘った方がいいかな、って思って声を掛けたことがあるけど、『私のことは気にしなくてもいいよ。』と何度も断られて誘わなくなってしまった。
ただ何か頼まれた時はちゃんと向き合って返していたみたいで、いつの間にか『困ったときは大宙に聞け。』みたいな風潮が出来上がっていた。私たちでは到底想像もつかないこととか、先生でも解らないことが出てきたら彼女に聞く。そんな立ち位置に落ち着いたおかげか、彼女がいじめられたり、孤立したりするようなことはなかった。
「ねー、つぐみ。なんでそんなに色々知ってるの? もしかして"ぜんちぜんのー"ってやつ?」
「ばっ! んなわけないでしょーが。結構色々誤魔化してるよ? 知らんことは知らんし、落とし込むのが変にうまいだけ。」
「へー、でもすっごいよねー!」
赤いランドセルを背に、普段の通学路を一緒に歩く。教室ではあまり一緒になることはなかったが、この時間だけはずっと一緒だった。誰からもちょっかいを掛けられない二人だけの時間。そこまで長いものではなかったけど、あの時間がとても好きだったことは覚えている。
「すごくないって、ズルしてるようなもんだしさぁ……。私からすればずっと真ん中にいるアンタの方がすごいけどね。」
「真ん中?」
「あ~、うん。そのままのキミでいてくれれば。うん、いいんじゃない?」
「? よくわかんないけど了解であります!」
それに、他の友達の前では自然としなくなってしまったロボットアニメの話題。他の女の子たちがそんな話を一切しなかったからみんなの前では恥ずかしくて言い出せなかったけど、彼女の前ではそんなもの関係ない。好きなだけ好きな物の話が出来るってのがすごくうれしかった。学年が上がるごとに、徐々に自身の世界が広がるごとに趣味の時間はどんどん無くなっていったけど、つぐみの前ならありのままの自分を出しても許される気がした。
私たちはまだ、親友だった。
私たちが高学年と呼ばれるようになったころ、私たちの関係は少しずつ変化し始めていた。
私は、何も変わっていなかった。いつものように学校へと向かい、新しくできた級友たちと交友を深め、自分の世界をゆっくりと広げていく。何の変哲もない、一般的な女子小学生の日常。新しい友達と、昨日のドラマの話や新しく出た雑誌の話、絵を書いたり本を読んだり。楽しかったのは認める、けど私の視線はずっと真新しい机に向いていた。滅多に学校にこなくなってしまった、あの子の机だ。
つぐみは天才だった。本人は『二回目のズル』なんて言うが、当時の私には関係のない話だったし、今の私から見ても彼女の頭脳は凡人とはかけ離れたもの。数百年の一人とか、そんなレベル。たった一人で人類の技術を数世紀進めてしまえるような人間だった。
私の知らぬ間に会社を立ち上げていた彼女は、小学生ながら西へ東へ走り回ることになる。介護系の補助器具やサポートAI、当時の私ではそれが何を指すのか全く理解できないものを多数世に放ち、確固たる地位を築いていた。詳細を聞いても理解できなかったし、あの時の私には彼女の生み出した物のすごさを正確に理解できなかった。
でも、『私の親友はすごいんだよ!』ってことが他の誰か、それも子供じゃないより多くの大人たちに理解してもらえたってことは理解できていた。その事実が素直に嬉しかったことは覚えている。
彼女は変わってしまったけれど、私への態度が変わることはなかった。家にいる時がどんな日でも受け入れてくれる彼女。いつしか家に帰れば自分の部屋ではなく彼女のガレージに向かう日々が日常になっていた。もちろん他の子と遊ぶこともあったが、私が自由に使える時間のほぼすべてを彼女と共にいる時間として使った。それが一番楽しかったし、親友としてあるべき姿だと思っていたからだ。
「これが……、どう動くの? 変形する?」
「変形はしないね、装着して動くパワードスーツみたいな感じ。これまでは腰とか足とかの大きな部位の補助しかできなかったけど、コイツは指の先まで全部補助してくれる。コストダウンも終わってるしね、売れるんじゃない?」
「……つまり、お金持ち!?」
「そゆこと、それでどうしますかユキ社長秘書さん? おやつに最近できたクレープ屋にでも……」
「行く! おごり? おごりだよね!」
「もちろんですとも。……世話になってるからね。」
彼女が言うにはこのアイデアたちは私の何気ない発言が切っ掛けだったらしい、本来はもっと手段を択ばない形で資金を集め、彼女の使命のために使うつもりだったと。でも私と出会い、なんでもない場所へと目を向け、視野を広げた彼女は最初の予定と違う道を選んだ。
私が自分のために彼女に声を掛けたのが、彼女にとっては忘れられない始まりの合図。私が無理やり自分の世界へと連れてきたのが、自分以外のものへ興味を持つきっかけに。私との何でもない会話が、彼女を闇から光へと導く導となった。私の行動が彼女のためになったのは素直に嬉しいし、掛けた迷惑に感じていた申し訳なさを緩和させてくれる理由にもなる。
けれど、当時の私には。言葉にできない焦燥感にずっと体を蝕まれていた。
私たちはまだ、親友だと思いたかった。
私たちは、中学生になった。
中学に上がったことで、劇的に関係が変わることはなかった。でも、私たちの関係の変化が止まることはなかった。
受験をせずそのまま地元の中学に進んだ私たち、けれどその中学につぐみが顔を出すことはほとんどなかった。彼女がすでに生み出していたAIであるイヴの学習に、立ち上げた企業の安定化。彼女の持つ技術の特異さ故に家族しか頼ることが出来なかった彼女は、ずっとその活動に時間を費やしていた。
時たま学校足を運ぶことがあったが、それもテストだったり行事だったり休むに休めない物ばかり。普通の授業に彼女が出席することはほぼなかった。彼女の環境や、貸されたすべてのテストで満点以外とらなかったことがその状況を後押しし、何も知らぬ同級生からは『そういう人』として見られるようになっていた。
彼女の席を眺める時間が、より増えてしまった。
「……今日も、休み。」
「ユキちゃ~ん!」
「あ、うん! 今行くー!」
対して、私は何も変われなかった。確かにクラスの中心の様な立ち位置にはいたし、もしカースト制度のようなものがあれば頂点にいたのだろうと思う。世界を広げ、交友関係を広げる。誰とでも楽しく会話して、誰といる時も笑顔を絶やさない。反発し合うよりも、教え合う方が世界はより早く広がる。小学生として過ごした6年の経験が一つの技術として私に身についていた。
けど、それは私が望んだ変化ではなかった。もっと大きく、劇的に。彼女に並べるような、彼女を超えるような、そんな人間になりたかった。昔は中学生になれば自然とそうなれるのではないかと考えていたが、全然そんなことはなかった。昔の私と中学生の私。変わったことと言えば背が伸びたり体つきが女性らしくなったりと私が真に求めてないものばかり。
私が思う親友とは、対等な関係。小さいころに彼女と一緒に見たアニメの中のキャラがそう言っていた。同じ視点に立って、同じ物事に向かって進む一番大事な友人。当時の私は、何にもできなかった。彼女の視点に立つどころか背中が見えないほど離れてしまっていた。それを、ようやく自覚する。けれど、ずっと私の心の中に残っていたその言葉は、諦めるという選択肢を持たなかった。
貴方が出来ることを、私もできるようになりたい。アナタが片手で熟せるようなことを、私は何も見ずにできるようになりたい。
ただこの変わっていく何かを元へと戻したかったのだ。
そう思ってからの行動は早かった。憧れとも呼べるその強い感情は、私に狂気に近い力をくれた。
彼女と並び、同じものを見るために、親友として正しく有れるように私は邁進した。学校で習う内容を超え、過去の記憶を頼りに彼女が読んでいた本を自分も読み込んだ。進むべき方向も理解できていないのに、ただがむしゃらに前へと進み続けた。本当は彼女に先導してもらえばよかったのだろうけど、そこまで私は人間が出来ていなかった。
彼女に努力を見せるのが恥ずかしくて、自分が貴方の隣に立てていないことを証明しているみたいで嫌だった。
読んで、学んで、書いて、理解して。他のこと遊ぶ時間なんていらなかった、ただ"そこ"にいる資格が欲しかった。それまで築いていた世界のほぼ全てを捨てて、私は努力をし続けた。これまで遊んでいたような時間も、惰眠をむさぼっていた様な時間も、全部全部つぎ込んだ。目の下にできた真っ黒な跡を化粧で隠して、彼女の前ではなんでもないいつも通りの私を演じながら。
そして。
「つ、つぐみ? ちょっといい、かな?」
「ん~? あぁユキ。ちょっと待ってねー、と!」
中学、三年生の時。
記憶にあった彼女が過去に読んでいた本や、頭の足りない私でも彼女の事業に関わると理解できた本を粗方読み終えた時、私の足は自然と彼女の元へと向かっていた。普段は単に遊びに行くだけ、気分転換しに行くため、私が学ぶべきことを少しでも理解するためだった。でも、あの日は全部違う。
図書館においてあるような本は全部頭に入れた、彼女が読んでそうなものは全部頭に入れた。中学生活のほぼすべてをつぎ込んだのだ。これで貴方の隣に立てるはず、貴方と同じものを見れるはず。そう、思っていた。
半ば祈りにも近い感情を抱きながら、私はあの日と同じように鎧の様な機械に目を向けていた彼女に話しかけていた。
「今。何してたのか、教えてくれる?」
「あ、これはね~。」
普段は、そんなこと聞かない。最初は何度聞いても理解できなかったから聞かなくなっただけだったけど、年齢が上がるごとに何をしているか聞いてしまえば自分が彼女の隣にいる資格がないことを叩きつけられる気がして、聞けなかった。
だけど、今なら……。
淡々と、私に対して説明をしてくれる彼女。何も知らぬ私でもわかるような説明、学校で習う範囲で扱えるものはそれで通し、それ以外は幼子でも理解できるような例えを用いて話を進めていく。とても、わかりやすかった。過去、何度聞いても私が理解できなかったことを悔やんでいたのだろう。私が理解できやすいように、だいぶ昔から用意してきたかのように、彼女は言葉を紡いでいった。
とても、とても分かりやすかった。彼女の気遣いが嬉しかった、身に染みた。……だけど、私が学んでいたものは全く役に立たなかった。私が必死になって叩き込んでいたのはその分野の基礎も基礎で、時代の先を行く彼女についていけるはずもなかった。
自分の興味を共有するときの嬉しそうな顔、小さいころ彼女の手を引いていた私と同じような顔をする彼女。いつしか私たちの関係はひっくり返っていて、貴方がなりたかった私になっていた。あの優しさが、笑顔が、自分の手には届かないもの、憎たらしいものに見えてしまった。あの時の私がどんな顔をしていたのか想像もつかない、ただとんでもなく酷い顔であったことは理解できる。
「っ ごめん、帰る。」
なんだかもう色々耐え切れなくなってしまって、まだ彼女の説明の途中だったのに私はその場から逃げてしまった。
彼女が事業のせいでまともな生活を送れていなかったことは少し考えれば導き出せたはず、いつも楽しそうに私と話してくれるけどずっとつぐみの目の下は隈で真っ黒だった。学校に来れていないことが普通になっていたけど、私が支えることが出来ていればそんな事態起きるはずがなかった。友の目線に立つこと、友と同じものに成ることを目標にしてしまった私は、愚かだった。
私が進む間に彼女の時間が止まるわけがない、私が学ぶ間に彼女はより多くのことを自身の糧にしている。学び始めた時間が遅すぎた私に、彼女の隣に立つ資格なんかなかった。そんなこと無意識のうちに理解していたはずなのに、ほんのちっぽけな自分の頑張りが否定されたみたいで、自分が追いつくために藻掻いたものが全部無駄になったみたいで。
つぐみとの差を理解してしまった私は、彼女から距離を取る様になってしまう。
私は、親友ではなくなった。
そこから先のことはほとんど覚えていない。思い出したくもない努力のおかげか、成績の良かった私は近くにある一番いい私立の高校へと進んだ。表向きの理由は『進学校であることと、制服が可愛いこと』だった様な気がする。ほんとはリストの一番上の学校を適当に選んだだけ、頑張っても彼女の隣には立てない。私の中学生活は全部無駄だった。そんな言葉がずっと頭の中で繰り返されていた私に、まともな判断能力は残ってなかった。
後から彼女と同じ高校になることは理解けど、どうせ彼女が学校に来ないのだ。とにかく距離を置きたい、見たかったはずの彼女の顔を見れないで済むのならばそれでよかった。
あの日までは少なくても週に一度。彼女の仕事の合間を縫って、彼女のガレージへと足を運んでいたのだが逃げてしまってからは一度も行っていない。つぐみもつぐみで、当時何か新しい案件に対応する必要があったらしく、私の様子を見に行く暇はなかったみたい。
昔も今も、あの家で一人だった彼女を私が連れ出す関係。私が動くのを拒否すれば、関係が終わることも明白だった。
逃げ出した先で、新しい世界を体験しに行く。昔は楽しかったはずの行為が、とてつもなくつまらなくて。だけどそれ以外自分にはできることがなくて、自身が一体何なのかを自問しながら笑顔を振りまいていた。彼女以外の誰かが返してくれる感情が、胸に空いた穴を埋めてくれると信じて。
だけど。
「あ~、ども。ここ数か月いなかった大宙つぐみです。ちと家庭の事情で色々ありまして……、あはは。とりあえず仲良くしてくれると助かります。」
この場に来るはずもない彼女が、ここにいた。
自身の母親経由で彼女が学校とどんな取り決めを行ったのかは知っていた。中学のように義務教育ではない上、私立ということもあり彼女は多額の寄付金とすでに三年間習う内容のすべてを習得していることを示していた。つまり簡単に言うとお金で学歴と時間を買っていたのだ。名簿にだけ存在する名前、それが彼女のはずだった。
「そう言えば藤川と大宙は幼馴染なんだっけ? 悪いが面倒を見てくれるか?」
担任の教師の一声で、席が変わる。新しく運び込まれた席、私は家庭の事情でやむなく休学していたことになっている彼女が、学校になじむまでの手伝いをすることになってしまった。ようやくこのクラスでの交友関係を結び終え、身勝手に貴方のことを忘れようと努力していた時に。
「やほ、ユキ。久しぶり。」
◇◆◇◆◇
彼女と顔を合わせること、それは自身の愚かさや無力さを再確認させられることに他ならない。
だからこそ会う気はなかった、会いたくなんかなかった。
「ユキ~?」
自分が勝手に抱いている感情だってことは百も承知、つぐみにこんな態度をとるなんてお門違いだし、悪いのは勝手に挑んで勝手に諦めて勝手に拗ねている私。けどそれを全部飲み込んで彼女と向き合えるほど私は大人じゃないし、そもそもそんな資格ない。私は親友であることを諦めたのだから。
「ね~、ユキー?」
でも、なんで。なんであなたがここにいるの。
「ッ!」
「あ、逃げた。……嫌われちゃったかねぇ?」
その日の授業は、全く集中できなかった。何も喉を通らず、ずっと椅子から立ち上がれなかった。心配して誰かから声を掛けられた気もするけど、何も覚えてない。放課後、担任から頼まれたはずの学校案内を行うはずだったけど、私は逃げた。逃げるしかなかった。あなたに合わせる顔がなくて、自分の愚かさを理解させられそうで。この感情が何なのかは表現できない、ただつぐみへの申し訳なさと、とてつもなく大きな自己嫌悪が自分の中を渦巻いていた。
去り際に聞こえた彼女のつぶやき。嫌いなわけない、嫌っているわけじゃない、でも貴方の顔を見たくない。貴方の顔を見たくない私がどうしようもなく憎い。貴方の隣に立ちたい、でも立てるわけがない。本当に貴方の顔が見たくないのであればもっと遠くの高校へ進学することもできた、でも出来るわけがなかった。貴方から離れたくない、置いていかれたくない。心のどこかで『もしかしたら高校でもう一度会えるかもしれない』なんてうっすらと考えていた自分がどうしようもなく憎い。
そこから私の幸せで、最悪な高校生活が始まった。
「ねーねーユキ―? なんか私やらかしたのなら謝るからさー。」
「……私に話しかけないで。」
登下校の時間も彼女と被らないようにしたとしても同じクラスである以上絶対に顔を合わす、彼女はこれまでとは違い毎日高校へやって来て、私に話しかけてくれた。……あの日からずっと、私は彼女の顔を見れていない。人の顔を見ないで、ずっとその人を拒否し続ける。話しかけて欲しいけど、話しかけて欲しくない。いつか諦めてくれることを願いながら、私は言葉を紡ぐ。
「ねーねーユキ―? ご飯食べよ? 私食堂使うの初めてでさー!」
「……勝手に食べれば。」
ほんとはこんなこと言いたくない、けれど勝手に口が拒否の言葉を紡いでしまう。彼女は私の言葉に顔色一つ変えず、構ってくれる。それがどうしようもなくうれしく、どうしようもなく申し訳なかった。私は、貴方にふさわしくなんかないのに。資格なんかないのに。
私が何を思おうと、何をしようと、世界は進んでいく。
体育祭。
「ユ、ユキ。私がんばオロロロロ」
「な! ちょ!? え!?」
5月の終わり、全員が新たなクラスの元で団結し、優勝を目指す学生の祭典。運動が得意でない者のためにも比較的運動量の少ない種目もあったのだが、ずっと自分のガレージから出ないつぐみにそれすら耐えられなかったようで、盛大に戻してしまう。彼女と喋る気はなかったはずなのに、なし崩し的に戻した物の処理や保健室に連れていくしかなくなった。
宿泊研修の肝試し。
「心霊現象って大体科学で説明できちゃうからもう、ね? わかるでしょユキ。」
「……まぁ、うん。」
「ところでさ。」
「なに?」
「%&$&%ッ!!!」
「あの後ろから追いかけてくる白いのなにィィィ!!!!!」
「し、ししし知らないに決まってるぅぅぅ!!!!!」
6月の中頃、宿泊研修。ミニ修学旅行みたいなもの。クラスメイト達が私たち、というより私が色々こじらせてしまっているのを理解したのだろう。半ば無理矢理二人で肝試しをさせられることになった私たち。しゃべる気も、顔を合わす気もなかったのになんか変な幽霊みたいなのに追われてもう色々どうでもよくなってしまった。命、大事。あとばけもの嫌い。
球技大会。
「バレーって思ったより動k……オロロロロロ」
「あぁ、もう! 処理する手間考えてよ!?」
二学期に入り、9月の中頃にあった球技大会。体育祭と同じように、つぐみは胃の内容物を全部外に吐き出した。しかも何故か私の目の前で。いや確かに処理とかするよ? 他の人に迷惑になっちゃうかもだし、汚いから掃除するよ? 別に自分の手が汚れるとかそういうのあんま気にならないし、やるのはやるんだけどさ……。普通トイレとで戻さない? というか体そんなに強くないのになんで球技大会とか参加しちゃうのさ!
文化祭。
「う~んお金つぎ込み過ぎたかも。学生のノリじゃない。」
「普通の学校だったのに……。」
「というか最近なんやかんや話してくれるようになったよね。」
「ッ~~~~! 私に話しかけないで!」
10月後半、私の目の前には明らかに学生の祭りではない物が広がっていた。依然として、私から喋ることはない。だけど毎日毎日私に話しかけてくれて、昔と同じように接してくれる彼女を前にすると、どうしても甘えてしまいたくなる。私はあなたの隣に立つ資格なんかないのに、一方的に私から関係を切ったのに、なんで貴方は私に話しかけてくれるの。思わず口から零れそうになった言葉は、どうしようもなく醜かった。
マラソン大会。
「こ、この行事、絶対いらオロロロロ」
「知ってた。」
最終学期始まってすぐのイベント。10㎞近く町中を走る行事。うん、もう三度目になると流石に慣れた。というか多分今回も私の近くで吐くだろうなぁ、って思っていたし。というかつぐみ最近あなたクラスでゲロインとか言われているけど良いの? いや聞かないんだけどさ。……なんかこう、うん。
こんな風な、なんでもない毎日。かけがえのない、最高な日々。
でも、私が彼女の傍に立てるような人間じゃないのは十分に理解している。貴方の隣に相応しい様な人間ではないし、そもそも逃げ出してしまった私に資格はない。なのに、私の気なんか知りもしない貴方は。ずっと私に話しかけてくれる。構ってくれる。
ずっと、悩んでいた。このままじゃダメだって。
澄んで今にも吸い込まれそうな冬の空。一瞬だけ上を眺め、すぐに下を向く。朝少し雪が降ったせいか、白いものが所々残っている。
学校自体は、すごく楽しい。友人たちとの関係は非常に良好だし、先生たちの関係も悪くない。それに、彼女がいる。小学生のころとは違い積極的に周りに絡むようになった彼女はいつの間にか世界の中心になっていた。いや、元からそうだったと言った方が正しいかもしれない。小学生の頃も彼女が手を引いていてくれたから私は世界を広げられた。私が中心にいられた。
別に私が世界の中心になりたいわけじゃない、むしろならなくていい。私が望むのは彼女の隣に立つことで、貴方が中心にいるのであればその隣は私のものだ。私も中心になる。だけどなれるわけがない。彼女と私を比べれば天と地ほどの差がある、成績だって人格だって、思いつくすべての物があの子の傍に立てるレベルじゃない。眺める事すら許されないレベル。
私は、相応しくない。
いっそのこと、消えてなくなりたいとすら思ってしまう。いつか必ず消えてしまう地面に降り積もった雪の結晶たち。この子たちと同じように、消えてしまえば私も、このどうしようもない悩みから解放されるのかと考えてしまう。
「ゆーき? やっと見つけた、ホレ!」
頬に、温かい物が当たると同時に嗅覚が微かな鉄の匂いを感じる。
「コレ、あげる。」
地面をずっと見ながら歩いていたせいか、彼女がこんな近くまで近づいているなんて気が付かなかった。家が近い以上、帰り道は一緒になってしまう。家に入ってしまえば彼女が私に話しかけてくれることはなかったから、ずっと時間をずらしたり道を変えたりしていた。でも、いずれこうなることは解っていた。こうなって欲しいと思っていた。
見る資格なんか何のに、つぐみの顔を、覗いてしまう。
「……ようやく見てくれたね。どうしたの? そんな泣きそうな顔して。ほら、甘いよ。」
そう言いながら彼女は私に暖かな缶を握らせてくれる。微笑みながら、私を気遣う様にのぞき込んでくれる。彼女の手から、熱を感じる。ちゃんと、手を触ったのはいつ以来だろうか。こうやって向き合いながら話したのはいつぶりだろうか。これまで押し固めてきた感情が、決壊する。
「うぅぅ……、っぐみぃぃぃぃぃいいいいい」
中学のあの日からずっと溜め込んでいたものを吐き出してしまう。
つぐみと会った道の真ん中で爆発させてしまった私は、えぐえぐと泣きながらつぐみに手を引かれ近くの公園まで連れてこられた。そこのベンチに座らされながら、ふたを開けてもらった缶。ホットココアを受け取る。
「そっか、そんなこと思ってたんだね。」
押し固めていた感情と共に、ずっと考えていたことまで全て吐き出してしまった。貴方の親友であり続けたかったこと、けどあなたが進めば進むほど自分の無力さに打ちひしがれていたこと、頑張って追いつけるように努力したけど影すら踏めなかったこと、一瞬貴方のことが嫌いになってしまいそうになった自分がどうしようもなく嫌で、逃げ出してしまったこと。それがきっかけで一年近くつぐみに強く当たってしまったこと。
「ごめん……、なさい……、わたし…………。」
「いいよ、気にしてない。むしろちゃんと話してくれたことがすごくうれしい。……謝るのは私の方だ、ずっと話しかけて、迷惑だったよね。」
違う、違う。私なんかに謝らないで。迷惑じゃない、嬉しかった。楽しかった。けど私にそれを受け取る資格がなかっただけで、どうしようもなく申し訳なかった。つぐみは悪くない、勝手に壊れた私が悪いだけ。謝らないで。
「……親友ってさ、別にそういうもんじゃないと思うよ。同じ目線で、同じことをして、同じように楽しむ。それも一つの形だろうけど……、なんだかさ。つまらなそうじゃない?」
さっきまで隣に座っていた彼女が立ち上がり、私の目の前へと移動する。久しぶりに見る彼女の顔、自信に満ち溢れていて、誰もが羨むようなきれいな黒い瞳、だけどどこか何かに怯えていて、傍に付いて行きたくなるような、そんな顔。
「全く違う目線で、全く違うことをする。んでそれを共有し合って、二倍楽しむ。……そういうのが、親友って奴じゃない?」
そう言いながら笑いかけてくれる彼女の顔を私は一生忘れないだろう。
「さ、そうと決まれば早速共有といこうよ! ほら、行くよ! 話したい事たくさんあるんだから!」
私の手を取り、少し強引に引っ張る彼女。昔私が貴方の手を引いたように、貴方が私の手を引いてくれた。
SKEBにてご依頼いただいた品になります。
今後の展開なのですが、主人公ちゃんのお話(映画一本分)を先にするかアベンジャーズの話を先にするかどっちがいいですか!
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先に主人公ちゃんのお話!
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早くアベンジしようぜ!