チタウリとの戦いから数ヵ月、2012年の10月。ハロウィンがそろそろ近づいてきて一部の人間が凝った仮装を用意し始める頃、私はアメリカにやってきていた。まぁトニーとペッパーに会いに来たのだ。
別に私が押し掛けたわけではなく、今日は珍しくお仕事のお話がメインでの訪問。ラフな格好を好む私が滅多に着ないスーツを無理やり着させられたあたり結構大事な案件なのです。……まぁ趣味の話も仕事が終わったらする予定だったけどね?
イヴのおかげで日本有数の企業まで上り詰めたハイツレギスタ。私の会社はスタークインダストリーと業務提携を行っても不思議じゃないほどまでに成長できた、つまり明日の朝刊にはペッパーと私が仲良く笑顔で握手している写真が一面に飾られるってわけ。
『スタークインダストリー! 日本企業ハイツレギスタと業務提携!』ってな感じで。
あと二か月後に始める名前からして警戒しないといけない、というか絶対ヒドラ君が関係しているA.I.Mと“ニセ”マンダリンが敵となる『アイアンマン3』。そのA.I.Mの一員であるキリアンがしようとしていた業務提携を先にやっちゃうわけだ。ふふふ、君はそこらへんでハンカチでも噛んでいるといい! にしし!
「ツグミ、どうしたの?」
「あ、ゴメンペッパー。ちょっと思い出し笑いみたいなもの。」
現在移動中。ハッピーが運転してくれる車に乗ってトニーの待つお家に向かってるわけです。あ、ちなみに護衛のヤクザ君たちが乗った車が周りを囲む厳重警備+私のスーツを乗せたトラックが後ろからついてくるというVIP体勢での移動です。
正直こんなに護衛いらなかったんだけどニューヨーク決戦の後で日本に帰った直後の移動時にニンジャの襲撃を受けたり、アベンジャーズが表に出たことで私自身ドロッセルとしてのメディア進出とかもするようになっちゃったから仕方ないのかもしれない。いろんな人に『護衛を連れてかないと行かせて、あげません!』って言われたら頷くしかないでしょ。よよよ~。
「あらそうなの? 貴方のことだからてっきり彼に会うのが楽しみで仕方ないのかな、って。」
「もちろんそれもあるよ、でも今から騒いでたら前みたいになりそうだから我慢してる。」
「あぁ、そういえば昔心停止して入院する羽目になったわね……。」
敏腕社長であるペッパーが凄い遠い目をする、まぁあれは限界化してたわけだし推しがお家に呼んでくれて色々見せてくれた上に公式推しカップルが見れたらね? 私の心臓が鼓動するのを忘れるのも仕方ないと思うの。
「そう言えばツグミ、あなたはスーツたくさん作ってるのかしら?」
「スーツ? うん、まぁ一応新しいのとか作ってはいるけど片手で収まるよ?」
「あら思ったよりも少ないのね。」
うん、まぁだってあのスーツって同じ重さの純金の塊よりも高いレベルだし……、材料費だけじゃなくて技術とかに金額付けたら文字通り国が傾くスーツだからね。イヴちゃんやウチの一般社員君たちが頑張って稼いでくれてるけどそんなにたくさんは作れないのです。
あ、もちろんだけど搾取とかはしてないよ? うちはみんな大好きホワイト企業です! ……まぁ研究員の人達全然お家帰らないから残業代ヤバいことなってるけど……、ホワイトだからね! ハイツレギスタで警備部門扱いしてるファイアボールだって危険手当たくさん出してるし装備も新しいものが行き渡るようにしてるし!
「いや、ね? あの人最近スーツばっかり作ってるからあなたもそうなのかなぁって。」
「あ~、なるほど。でもいいんじゃないの? 私たち技術屋にとったら趣味の延長上にある仕事みたいなものだし。にしてもいいなぁトニー、私はスーツ以外にも色々作らないといけないものがあるからなぁ。」
「……兵器だったかしら。」
「うん、基本対人用で自社内で使い切る奴だけどね? ウチの国はまだまだ修羅の国だから……。京都旅行にでもお誘いできそうになるのはもうちょっと先になりそう。」
そ、ニンジャ案件もまだまだ終わってない。チタウリが持ってきた技術のおかげで歩兵武装が少し進化しましてね? ちょっと戦力差がこっちに傾いたけど相手はニンジャ。こっちの主戦力はただの人なのでまだまだ厳しい感じです。
「ツグミ、無理しちゃだめだからね。あなたに何かあったらみんな悲しむわ。」
「……うん、ありがと。」
何か作業してると本当に何も考えないで済むからね、睡眠時間とかナポレオン以上に削って生活してたわけだけど……。この感じ親友のユキに頼んでしてもらった目の隈消しのメイクバレてる感じだな。アハハ……、敵わないなぁ。
ほんと、脳裏にちらつくのが多すぎて困っちゃうね。
「トニ~!」
「お、よく来たなツグミ。」
ジャーヴィスの案内によって地下のラボに足を進める。ペッパーとは途中で、というか家の中に入ったあと、お迎えがないのに怒ったふりをした彼女と別れた。久しぶりの再会だし、推しだし、あの戦いを一緒に戦い抜いた仲間ということで時間を作ってくれた形になる。あとでお礼しなきゃね。
そんなことを考えながらポケットに入れていたデバイスを起動し、そこら辺の机に置かせてもらう。これでこのラボには一時的にイヴがお邪魔できるようになったわけだ。
「ペッパーが上でぷりぷり怒ってたよ? ちゃんと奥さんとコミュニケーション取らなきゃ。」
「なるほど、そりゃ危機的状況だ。夕飯は豪勢にしなきゃな。……あと僕たちはまだ結婚してないぞ?」
「“まだ”でしょ?」
「おっと、藪蛇だったか。」
彼の作ったMark7までが飾られているこのラボで、トニーは自身の作業を一時中断して私を迎え入れてくれる。電話とかメールとかで何度か連絡を取っていた私たちだけど顔を合わせるのはロキをアスガルドに送ったあの日以来だ。
「よ、っと。んで今どんなの作ってるの?」
「これか? ……ではテストと行こう。今日は魅惑のトニーゼミが特別開校だ、さて唯一のゼミ生であるツグミ君にはこのスーツが何を目標としてるかわかるかな?」
工具を軽く振りながら問いかけるトニー、少し顔色の悪さが見えるがまぁそれは私も同じこと。触れずにテストに励むと致しましょうか。
と、言ってもカラーリングから前世の記憶に一致するものがあるからある程度解っちゃうんだけどね。
「これまで見せてもらったスーツよりもかなり防御能力が高い装甲に、これは……、耐熱と耐寒処理、いや装甲自体がその役割を? 非常に高い気密性もある。補助ブースターの数は多いけど武装は控えめ、かといって攻撃力がないわけじゃない。それになんと言ってもこの背中にあるでっかいの。滅茶苦茶堅そうだけど、このランドセルに武装を収納したりとかそういった機構は見受けられない……、酸素ボンベあたり?」
淡々と口で考えを述べる私、まぁこれぐらいなら前世の記憶も、イヴのスキャンも使わずともわかります、ってな!
「宇宙での活動を目的としたスーツ、ってとこ?」
「正解だ。名前は……“スターブースト”ってところだな。」
「いい名前。」
「だろ?」
そんな話と一緒にこの前私が飲みたいって言ってた“例の野菜ジュース”、それを用意してくれたみたいで手渡してくれる。ちょっといただきますよ……、うへぇ、にが。
「…………なぁ、君はどう感じた。」
何が、とは聞かれずとも解る。私たち二人だけが見たあの光景。そして私だけが持っているあの映像データ。ニューヨークでの戦いで私たちが戦った相手、まだ小手調べほどの戦力しか持ってこなかった相手。
「何ていうのが正解なのかな……、ありきたりな言葉で表すなら、恐怖。」
「恐怖か……、いや。そうなのかもな。」
ちょっとした、沈黙。
「あの映像はまだ持ってるのかい?」
「……うん、誰にも見られないように一番厳重なサーバーに保管してる。……たぶんトニーにも破れないよ?」
「Oh! そりゃあ挑戦状かい?」
軽く微笑んで肯定の意を伝える、『じゃあ近いうちに見せてもらうとするか』とトニーは言うけど行動に移すことはないだろう。決戦の後、あの映像は二人ですでに閲覧済み。その後私が誰の目にも触れないよう奥深くに封印したものだ、わざわざ何度も見る必要はない。
「やっぱり、公表するのは駄目だよね。」
「……人類はまだ外の世界を受け入れる準備が済んでない。それ以上にアレは危険すぎる。」
あの映像にあるチタウリたちとまともに戦うには、人類が一丸となって動く必要がある。いや一丸となったとしても勝てるか解らない。トニーは限られた情報と事件の経緯から、私は前世の記憶から『チタウリはあれだけじゃない、むしろもっと大量にいる』と結論付けている。
地球上という小さい星の中でも私たちは一つに成れていない、成れる気がしない。そんな私たちが奴らに勝てるか? アベンジャーズという10にも満たない人数で地球を守れるか? 次いつ攻めてくるか解らない奴らに備えられるか?
結論は、不可能だ。
どう考えてもいらぬ心配を引き起こし、世界は混乱の渦に巻き込まれ、悪意は増大する。人間はそこまで出来た精神を持ち得ていない。誰かが弱者を食い物にするために陰謀論を吐き出し、ただ不安を煽るだけの何もしない愚か者、力を持つ者を忌み嫌い死がそこにあるのを認めようとしない者。上げればきりがない。すべてを単一にするか管理してしまえばいい話かもしれないがそんなこと不可能だ。
「だよ……、ね。」
二人とも、顔は暗い。精神状態も、肉体の状態も良好とは言えない。私もチタウリだけだったらここまで調子を崩すこともなかったけどマルチバースの存在がさらに伸し掛かった。
あれからもう一人の私、“アリアドネ”には会っていない。
サンクタムに向かえば何か手がかりを得られるかもしれないが、まだ魔術の世界は私たちが知るべき世界じゃない。あの日私があの場所を訪れたことは存在しないことになっている。……つまりもう一度あそこに行くには最速の方法で『ドクターストレンジが事故に遭う前に不自然さがない理由で接触し、魔術の存在を知る。』というもの……、まぁ無理な話だ。
マルチバースは無限の可能性がある、そしてそれは無限の危険性を表す。
『なんでもあり』ってことは本当に怖い。エンシェントワンと“アリアドネ”が関係を結び、私が自分の特大の秘密である前世を彼女に教えてるわけだから、その関係がかなり良好なのは解る。……でも“アリアドネ”にとっての前世が私ほど重要じゃない可能性もある。彼女が善か悪か判別がつかない。
そして、彼女は『自身以外の“アリアドネ”に会ったことがある』、そして『ドロッセルと名乗る自身とは初めて会う』と発言していた。それが真実で、“呪い”という言葉。
…………私はすでに何か取り返しのつかないものを引き起こしているかもしれない。
私たちが打ち勝つべき相手であるサノス、彼だって通過点の一つでしかない。
「……グ……!」
私は、私は……
「…ツ……ミ…!」
この……、名前が持つ呪いは……ッ!
「ツグミ!」
「……ト、トニー。」
彼が、私の肩を掴んで揺さぶっていたことにようやく気が付く。……あぁ、また変なことを考えてしまったみたい。笑わなきゃ。
「あは、あはは~! ゴメンゴメン! 最近寝不足でさ! ちょっと寝ちゃってたみたい! 話の途中にゴメントニー! それでさ、何の話してたっけ?」
「いや、大丈夫だ。何、なんでもない話さ。それよりもこのスーツに使った新技術について知りたくないかい?」
「え! 教えてもらってもいいの!」
「もちろん。」
次回は番外編(過去編)。『ドロッセル1』と『アベンジャーズ』の間に起きたS.H.I.E.L.D.に存在するとある部署のお話。そしてその次からは『ドロッセル2』が始まっていきますため少々おさらいのようなモノを予定しております。
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おまけという名の没案お焚き上げ
《ネタ注意、いつもよりカオス度が高いです。本編とは関係ありません、多分別のユニバースです。ほらたぶんEarth-2525とかです。》
〇What If? 【お嬢様ご乱心!】
(前回のアリアドネとの邂逅後、急いで仮拠点のホテルまで帰ってきたときのこと)
「ヒュポポポポポポポ……!!!」
『ま、マスター。お願いだからしっかりしてください!』
うるせぇ! こちとらヒッポリト星人の物まねしてないと正気を保てねぇんじゃ! オラ! 早くウルトラマン呼んでこい! みんな石像にしてやらぁ!
サンクタムから逃げかえるように戻ってきたニューヨーク拠点のホテルにて、現在宿泊者がツグミの関係者しかいないことをいいことに彼女は暴れていた。ホテルのホールでヒッポリト星人である、いつもツグミの奇行に慣れてるイヴですら慌てて建物全体に警報を発するレベルと言えば事態の深刻さがわかりやすいだろう。
ほら、弾かれたように奥から非殺傷武器で身を固めた黒服ヤクザさんたちが飛び出してきました。
「お嬢ご乱心! お嬢ご乱心!」
「人! 人集めてこい! お嬢が暴れだした! あとなんか無駄に強い!」
うがー! こちとら意味わからん存在増やされてきついんじゃ! 何? チタウリだけじゃなくて他のユニバースのことも考えないといかんの!? なによD群って! 秘密結社Dか!? ついにあの会社が乗り込んで来たのか!? おいおいチタウリよりもネズミの方がヤベェじゃねぇか! 最悪ユニバースどころかその他もろもろ消えるぞオラァ! ハハッ! とかいう高笑いと一緒に全部デリーとされるぞおんどりゃぁ!
「盾! 盾持ってこい! 蜘蛛糸ばら撒いてくるぞ!」
「ハボクック!!」
「ラバー装備もだ! クソ! なんでお嬢こんなに電気耐性高いんだッ! なんで生身なのに全身放電しながら動き回れるんだよ!」
「ウゲンニヒダン!!」
「ヤメロー! シニタクナーイ!」
どこから取り出したのかMark2の腕部分だけを装着して投げ飛ばしたり、スパイダーウェブで壁に貼り付けたり、死なない程度の電流を流して感電させたり。イヴの権限はツグミによって剥奪されてしまったため彼女も止めれず部下のヤクザさんたちも下手に威力のある武器は使えないので押される一方。こいつら味方なのに戦ってますよ? うける。
「もうダメだ、おしまいだぁ……!」
「テッターイ、テッターイ!!」
玄関の方へ逃げ出したヤクザ君が一人、彼の脳内には外に止めてある一輪バイク。これに乗ってスタークタワーまで逃げれればアイアンマンの救援が呼べる! ……しかしながら後ろから キュピ!キュピ! と謎の足音!
「何処へ行くんだぁ?」
何と後ろには緑のオーラの代わりに全身から稲妻を放つ伝説のスーパーお嬢様がそこにいる、しかも至近距離だ。
「お、お嬢と一緒にぃ……避難する準備だぁ!」
「一人用のバイクでかぁ?」
解答が気に入らなかったのだろう、お嬢様はすでにバイクにまたがったままのヤクザごとそれを持ち上げ。
「ぬぉぉぉぉぉぉおおおおおおあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
叫び声と共にぺしゃんこ、廃車にしてしまった。
「バ、化け物ですじゃ、逃げるですじゃ!」
「化け物ぉ? 違う、私は悪魔だ……ッ!」
「ア、アクマタン……!」
それを皮切りに逃走を開始するヤクザ君たち、奥のスタッフルームに籠城するための撤退ではありましたが怒り狂ったお嬢様が止められるはずもありません。みんなまとめてぐるぐる巻きにされてしまいましたとさ。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……。」
『お、落ち着きましたかマスター?』
ようやくすべてのお味方を倒し切ったお嬢様、どうやら落ち着いたようで息を整えております。イヴもその様子をみて恐る恐る声をかける辺りいつもの発狂とは違うイレギュラーな出来事だったんですねぇ……。
「……イヴ、後に残るケガはさせてないから後よろしく。今月のにも色つけといてあげて。」
『か、かしこまりました。お部屋の方に朝食の方すでに運ばせていますのでどうぞごゆっくりなさってください。』
後日、ニューヨークでは『女性のハルク』なる存在がとあるホテルを破壊したとかしなかったとか、そんな都市伝説がまことしやかにささやかれたそうです。
おしまい!
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