なお、チームの中に大量の敵(ヒドラ君)が紛れているものとする!
時間は2012年から2009年まで遡る。まだ世界において力を持つ者がほんの少し、片手で済むような時代だった。まだ世界は安全、ただ生を全うする者たちが見せかけの安全を享受する時代。
場所はS.H.I.E.L.D.の本拠地。ワシントンDCに存在するトリスケリオンだ。
そのビルのとある一室、そこにはS.H.I.E.L.D.が誇るコンピューターなどに詳しいエージェントや技術者たちが集められていた。
「……ねぇ先輩、なんで私たち急に集められたんですか?」
「ん? 聞いてないのか。ほら、あれだよ。ウチのシステムがハッキング受けた件での対策。」
ハッキング、それはネット世界における不法侵入であり立派な犯罪の一つだ。普通に建物への不法侵入の対策ならカギを新調するとかガードマンを雇うとか色々な案が挙げられるが、ネットだとそうはいかない。あの世界は所謂なんでもアリなのだ、こっちが砂の山を作ってるところに戦車がやってきてもおかしくない世界。
「あ、あれですか。世界最高峰レベルであるS.H.I.E.L.D.のサーバーに侵入されていたって言う……。」
「裏社会に住む天才ハッカーたちが100人集まっても逆探知して捕まえられると豪語していたあのセキュリティな、それがたった一人に突破されて隠蔽までされていたって話だ。」
なんでもアイアンマンであるトニースターク並みの技術力を持っていて、俺たちの影響力が及ばない特異な裏社会を形成している日本出身の女性。おそらく現時点も確定でS.H.I.E.L.D.のサーバーに悪さをしているらしいが、未だ発見できてないほどの凄腕らしい。
そんなわけで、対策を講じなければならない。それまでの責任者が飛ばされ新しくできるチーム。そのメンバーがここに集められた奴だ。
「にしてもかなりの気合の入れようですよねぇ、長官もマジってことなんでしょうか?」
それを聞き流しながら周りを見回すエージェントの男性、あまり他人のことを気にしない彼でも耳に挟むほど優秀なエージェント、エンジニアたちが目に入る。ここに世界の英知が集められているのかと勘違いするほどのメンバーが集められている辺り、かなり本気のプロジェクトなのだろう。
ちなみにだが飛ばされた前責任者はヒドラの構成員であったし、この部屋に集まっている人物の中にもちゃっかりヒドラの構成員が潜んでいる。まぁ彼の知るところではないが。
コツ、コツ、コツ
音に体が反応する、隣にいる彼女も。
対象は二つ、この音の響き方からして片方は長官だろうがもう一人は知らない。響きが軽く、スニーカー。女性か?
まぁ長官が隣にいるなら大丈夫だろうと最低限の警戒のみで彼を出迎える。来訪を気が付いていなかったエンジニアの者たちも彼の登場で姿勢を正した。
「もう集まっているようだな、ご苦労。」
長官一人だけの入室、となるともう一人の彼女は誰だろうか? 護衛として女性となるとエージェントロマノフあたりだろうが、そうであれば足音が響き過ぎていた。となると今回の件からして外部協力者か?
「手短にいこう、先日のハッキング騒動の件は耳にしているな。ここにいる君たちは今回発見された電子部門での問題に対する防衛を担当してもらおうと考えている。」
みな、黙って話を聞く。教育を受けたエージェントのみであればもっとスムーズに進むものだがここにはエンジニアなどの前線に立ったことのない者もいる。ある程度情報の共有や前座と言ったものは必要なのだろう。
「技術の進歩は我々が考えているよりも早い。追いつかれるのはまだいいが追い越される、また我々の予想しない場所から我々を凌駕する存在が現れるのが好ましくないことは君たちならわかるだろう。」
セキュリティが突破されるということはつまり我々のすべてが筒抜けになるということ。誰がどんな任務に就き、どんな作戦が進行し、何を開発し、何を警戒しているのかがすべて敵に知られてしまうということだ。情報の重大さは説かれずとも解る。
「ゆえに、チームを結成することにした。ここにいる皆で我々を見えない脅威から守ってほしいと考えている。名前は『ハッキング対策部』、まぁS.H.I.E.L.D.のように洒落ている名前を思いついたら申請してくれ。」
長すぎるのはやめてくれよ、覚えられないからな。とジョークを飛ばす長官。たしかにS.H.I.E.L.D.の正式名称を覚えている奴は組織内で驚くほど少ない。俺自身も覚えていなかったし隣にいる同僚の彼女も覚えていなかった、多分長官もそうだったのだろう。
「そこでだ、私はそこまで詳しくないがこういったものはテストが必須。なのでその道のプロである協力者をお呼びしている。」
ドアが、開く。なるほど彼女はそういう……
「このチームが結成される原因になったハッキング犯のツグミ・オオゾラだ。仲良くするように。」
「はいは~い! みんな大好き! 日本出身最近任侠! 気が付いたらでっかいヤクザ組織のトップになってた天才美少女ハッキングプロフェッサー! ご紹介に預かりましたツグミ・オオゾラことドロッセルお嬢様でっす☆」
どこにでもいるような少女、その目には知性を感じさせるが行動と言動は真逆。
「あ! そうだそうだ! 初めましてのごあいさつ代わりに早速ハッキングするね! にゃは! 保有する画像データ全部ネコになる前に頑張れ~!」
一瞬でセキュリティが突破され、急いで立ち上げたデバイスの壁紙がすべて可愛らしいネコの画像に。人事名簿にある個人の写真もネコ、戦闘記録などの映像もネコ、ネコ、ネコ、ネコ。
恐ろしいことに何をどうやってこの現象を起こしているのか誰も解らない。
“S.H.I.E.L.D.という全世界に目を持ち優秀な人材を確保し続けて来た組織が、全力で集めたベストメンバーを誇るこのチームが”である。
訓練されたエージェントたちが空を見上げ、エンジニアが発狂寸前まで追い込まれる。それをなにかのサーカスでも見るような目で眺め、楽しそうに笑顔をこぼす元凶。
これが、俺たちの悪魔と初めて会った日の事である。
◇◆◇◆◇
『これまで神の存在は信じていなかったが悪魔は存在したようだ。』
これは、誰がこぼした言葉だったか。酒の席での言葉だっただろうか。
過労死という言葉が現実味を帯びて来た今日この頃、仕事の質は落ちていないと断言できるがそれ以外が擦り減って何も残ってないような気がする。
まぁこれは仕方のない犠牲と言える。隣でデスクに沈みながらうわ言を口にする同僚の彼女、何徹したかもう解らないほどの激務のため顔も凄いことになっているが私もそれは同じ、目も顔も死んでいるが画面に打ち込む速度は衰えを見せない。
あの、目には優しいが内容は凶悪という我々の悪魔の土産を何とか捌き切り安堵した瞬間、正直目にしたくないものが我々の視界に入ってしまう。そう、新しい仕事だ。
内容は我々S.H.I.E.L.D.の情報を外部に送っているという証拠、送り先はおそらくだが未だ殲滅できていなかったヒドラ。我々の内部に奴らが潜んでいたというまぎれもない証拠がそこにあった。
『これ、ヤバそうだけど放っておいていいの~?』
という気の抜けた悪魔からのメッセージと共に。
「あはは……、悪魔ってすごく勤勉なんですね……。」
「人間を堕落させるんじゃなくて勤勉にして逆に倒すとはさすが日本人と言えばいいのか? あいつら休み取らないみたいだし……。」
そんな冗談が言えたのは最初だけ、それからはもう上へ下への大騒ぎだった。スパイの摘発に送られた先の敵拠点の割り出しに襲撃、再発しないように対策も。
俺たちの仕事は外部に情報が送られたのにそれを察知できなかったシステムの問題を上げて修正、修正、修正。調べれば調べるほど埃が出てくる。もう前任者の仕事は何だったのかとスパイ関係者と疑われ、連れて行かれた奴を呪い殺せそうな怒り。
もう、ね。お仕事多すぎです、はい。
お向かいのデスクの男性は頭抱えて唸ってるし(ヒドラ)、端に陣取るエンジニアくんは悪魔から送られたセキュリティ改善案を読みながら奇声を上げる(ノットヒドラ)。過労で頭がどうにかなってしまったのか見えない友達と会話する奴(ノットヒドラ)に室長のためすべての管轄をするという一番の貧乏くじを引かされた仕事量トップのおっさんは口から出ちゃいけないものが出ている(ヒドラ)。
俺? 俺は隣に天使様が迎えに来てるよははは……(ノットヒドラ)。
そんな死屍累々の現場で戦い続けた俺たちはようやく、そうようやく仕事の終了が見えて来た。
S.H.I.E.L.D.が保有するすべてのセキュリティの問題がすべてここに持ってこられたせいでまさにデスマーチって言ったところだったが人間まぁ追い込まれれば何とかなるということらしい。もしくは悪魔のおかげで“どんなに仕事しても倒れない”という対価を与えられたのか。
まぁなんだ。そんなわけでとりあえずまぁやり切ったことに対して祝勝会というかまともな飯を食ってから寝たいという欲望を前面に出しデリバリーを頼もうとしたんだよ。
みんな思い思いの奴を電話で注文してな? 場所が場所だから届いたら一階の受付まで取りに行かないといけないがまともな飯が食えるとなれば話は別だ。面倒さよりもここ一週間ゼリー飲料と携帯食量しか口にしてないんだ、“料理”を食わしてほしい。
~♪
ここで、電話がなる。俺の隣にいる同僚の彼女が使うデスクに備え付けられた電話からだ。今さっき彼女が中華を注文し終わったばかりだ、何かミスがあったのだろうかと会話を交わしながら受話器を取る彼女。少し会話し……、数秒後その顔から血の気が消える。元々生気が限りなく0に近かった顔からさらにマイナスになった。
たのむ、お願いだからもう何も言わないでくれ、口を開かないでくれ。なぁいいだろ? 俺たち頑張ったんだぜ?
彼女以外の皆の気持ちが一つに成った瞬間。しかしながら彼女は然るべき教育を受けたエージェント。報告しないという選択肢は選べない、心がどんなに泣き叫んでいても、仕事したくないと叫んでも、言わないといけない。
「あ、悪魔からの伝言です。さっき完成させたセキュリティの穴を見つけたから全部上げてみんなのメールに送っとくね。あ、あと私ニックからそっち入る権限貰ってないから全部抜けてるよ、情報。」
彼女が言い終わった瞬間に全員のデスクトップに表示される「メールを受信しました」の文字。常人であればここで逃げても良かったのだろうが我々には取れない選択肢。ここで俺たちがミスをやらかせば今後どんな被害が出るか解らない、全力で、最速で、問題を解決しなければならない。
震える手で、メールを開く。
内容のことは詳しく覚えていない。いや覚えていたのだがすでに忘れた。全員に送られたバグ報告の内容が一人一人違っていて誰が何を担当するかすでに悪魔に決められていたとか、それまで耐えていた奴らが気絶したとか、頼んだ料理たちを結局取りに行けなくて代わりに長官が俺らの部屋まで運んできてくれたとか、そんな出来事があった気がするがその後の激務のおかげで「辛かった」という感情しか残っていない。
S.H.I.E.L.D.は生半可なハッキングでは突破できないどころか逆に割り出されるという堅牢な電子の城壁を手に入れた代わりに、俺たち対策部の魂を悪魔に売ったのだ。
お願いだからお休みください……。
お休みは欲しいがお仕事を放置すると最悪S.H.I.E.L.D.が崩壊する可能性があるためしなければならない、人員を増やしてもヒドラ君が中にいるし増えた人員がヒドラ君のこともあるため仕事は減りません。
何というか組織内に足を引っ張る人がたくさんいるとすごく大変ですね。……ヒドラ君、君の事ですよ?
今日中にドロッセル2に向けたおさらいのものを投稿いたします。ご注意を