「感情というモノは素晴らしく、強大な力を与えてくれる。その衝撃が大きければ大きいほど影響は途方もないものになる。熟成を重ねた幸福で安寧に満ちていた世界、それが一瞬にして絶望に染まった時、君はいったいどんな表情をしてくれるのだろうね? 楽しみで楽しみで仕方ない。……私は演技が得意でね、君が心から楽しめる舞台を用意させてもらった。存分に楽しみたまえよドロッセル。」
深夜、真冬の東京から
暗い、暗い夜。冬の凍える寒さは雨のせいで身に突き刺さるものへ変化し、人々が屋根の下で暖を取るのを後押しする。国内最大の大都市にして人口密集地、しかしまだ自然が残る東京、日が昇っている時間はまだしも、今外はこんな状況だ。人影一つ見えない。
しかし、何事にも例外がある。夜、そして雨を好む存在。夜は自身たちの存在を隠し、雨音は銃声をかき消す。
「絶好の、お散歩日和ってね?」
少しさびれたビル、そのネオンが眩しい看板の上に私は脚を組んで座る。冬の夜の寒さってものも風情を感じられるもので素肌を晒すのも悪いもんじゃない。まぁイヴからは狙撃とか心配されてすぐに装着して欲しいって口酸っぱく言われてるけどね?
「いやはや、東京って言うもんだから大阪よりも発展してるのかと思ったけどちょっと郊外に行ってみれば森もあるし全部が全部都会ってわけじゃないのね。」
『どんな都市でも人が存在すれば住居が必要になります、また時間が経つほど整備しにくいものもあるかと。』
「ま、都会が全部都会って簡単に分けれるわけないか。」
そう言いながら通信に耳を傾ける。私の可愛い部下たち、一緒にいろんな戦いを生き抜いてきた猛者。そのおかげか行動も報告も昔に比べたら格段に早くなった。
目標拠点発見及び簡易陣地設営完了済み、部隊配備完了。戦闘開始位置到着済み。いいね。
報告を聞き終わり、晒していた素顔をスーツの仮面でもう一度隠す。もう気合を入れるために顔を叩く必要はない。覚悟はとうの昔に、気力はこの街に降り立つ前から十分整っている。
最初はサイズダウンは元々あった威圧感がなくなるのでは? と思っていたが今の方がいいことも多い。被弾面積は減るし動きやすさも格段に上だ。そんなどうでもいいことを考えながら重心を後方へずらす。
頭を下に、後ろに倒れた私は地面に向かって自由落下。
「イヴ。」
『反重力システム、起動します。』
私の頭がコンクリートの地面にぶつかる瞬間、システムを起動される。
重力が反転し雨音が掻き消える。それまで働いていた速度は一瞬にして0へ。
彼女の身を覆うほどの小さな空間、そこはもうこの星に生きる者すべてが縛られる重力から解き放たれた。ただ下に落ちるだけの雨粒も停止し、宙に浮くだけの水球へと変化する。
そんな世界の法則が無視された奇跡に目もくれず、左手をそっと下へ伸ばし、地面へ。すべての指を這わせ、握りしめるように蹴る。
全てのベクトルが消えた世界にあらたな力が加えられ、一回転。小柄なボディに4本のTailが追従し雨粒をかき集めていく。
足が地面に触れ、システムが自動的にオフ。静寂だった世界に元の煩わしい音が戻ってくる。
上を見上げても宙は見えない。大気という頼りない壁、すでに宙は私たちだけのものじゃない。ただ流れ落ちてくる涙を受け止め、集まり、スーツの溝を通り下へと落ちていく。
何かを隠すように、大きく開かれた瞳は青く光り、その体を照らす。
暗き世界に場違いなほどの白さ。何かを隠すように何度も、何度も塗りつぶしたような白。
「さ、いこっか。」
足裏と背面のブースターが起動し、彼女は空へと消えていく。
場所はもう決まっている。あとは行動を、起こすだけ。
遊技が終わるその瞬間まで、私は止まれない。
願わくばその先も歩めますように。
◇◆◇◆◇
「よ、っと!」
最後の一人の胸部、その中央にまんまるの穴を作り終えた私。敵の反応もないし、現在判明している敵拠点からの増援や味方側への襲撃もなさそう。やぁ~っと、今日のお仕事終わりですな!
「ふぃ~、疲れたぁ。ねみぃ……。」
「お疲れ様ですボス、どうなされますか?」
後ろから声をかけてくれるのは今攻略中の東京方面を任されてるヤクザ幹部くん、まぁ私の可愛い部下ちゃんです。他地域の解放の時とか色々頑張ってくれた子で、石井っちからのお墨付きもある。人口密集地だし経済の中心のせいか他地域に比べて異様に敵さんが多いこの地域を任せられるぐらい優秀な人ってことだ。
組織というものを運営しているとやっぱり仕事ができる奴とかは目に入って重用しちゃうわけで、成果もしっかり出してニンジャに並々ならぬ恨みを抱いてる彼なら裏切りの心配もなし(たしかご家族が殺されちゃったんだったっけ?)。
あんまり人の顔や名前覚えるの苦手な私でもしっかり覚えて可愛がっちゃうわけです。……あ、男だけどLOVEではないし可愛がりも相撲部屋のアレとかじゃないからね? そこ勘違いしないように。それと顔は覚えたんだけど名前忘れた。ごめん。
「ん~、また西の方で暴れられたら困るしタスクも残ってるから帰るよ。んで部隊の方はどう?」
「重傷者もいますが死者なし、山梨の方から支援を頂いていますしボスのお力を借りなくても持ちこたえることはできるかと。」
ニューヨークでの戦いの時は近畿までしか解放できてなかったけど、新しい年が見えて来た現在。東は山梨まで、西は中国地方まで勢力を拡大できている。残るは関東の一部と東北、北海道。四国と九州全域ってわけだ。
実際に言葉にして並べると結構多いが最初の大阪だけの状態を考えたらかなり大きくなったよね。毎晩毎晩汗水たらして血をまき散らして、水深がどんどん浅くなっていくまで死体を海に沈めたかいがありましたとも。
にしてもニンジャってのは畑で取れるんですかね? 殺しても殺しても人海戦術をためらわず使ってくるし質は落ちるどころかむしろ上がってるまである。全然減らなくてノイローゼになっちゃいそうですよ……。
「そう? じゃあ任せちゃうね。……あ、そうだ。新装備どんな感じ?」
そろそろ夜が明ける、後始末と拠点への帰還準備のため走り回る子たちを見ながら問いを投げかける。彼らが身に着けるのは夜に紛れるようにペイントされた装甲服、所々に青く光るそれは近未来の兵士を思わせる姿だ。ちなみにその技術の出どころは私じゃなくてチタウリ。まぁ改良とかしてるし私でもいいのか?
「素晴らしいの一言かと。量産体制が未だ整わない中、先行して配備していただき感謝します。」
「いいってことよ。今のところ一番ここが厳しいしね。」
これがなければ死者が出ていたという彼の言葉を聞きながら仮面の中でほっと安堵の息を漏らす。ウチの組織、ファイアボールってのはすごく人員がカツカツなのですよ、だってむやみに人増やして新人実はニンジャかヒドラでしたってオチはイヤだもん。
ま、それは置いといて装備の話だ。7か月前の決戦時に手に入れたデータとS.H.I.E.L.D.から見ないふりをしてもらって回収したチタウリたちの残骸。そこからサルベージして何とか作り上げた装備たちだ、活躍できたようで何よりである。
私が着るようなスーツを量産できればすぐに片が付くのだろうけど、残念ながら私はそこまでお金持ちじゃない。それに増やし過ぎても管理とか大変だしね? 魔がさして裏切っちゃう子も出てくるかもしれないし。だから比較的安価に作れて戦闘力を向上させることができる装甲服、今東京方面に配属されている子達に配布されたものを作ったわけです。
え? トニーにたくさんスーツ作ってもらえばお金の心配とかないんじゃないかって? そんなことしたら今精神まいってるトニーが過労で倒れちゃうでしょ! それにトニーだってお金の湧き出る泉とか持ってないから限度がある!
「自分たちのことは自分たちでやらないとねぇ~、んじゃ。私はこの辺で帰ろっかな? 表の人たちに変な不安を与えないように気を付けてね? あと今日戦闘に出た奴らはちゃんと休ませること、君もね?」
そうそうお休み大事! 前世というか今世もだけど日本人働き過ぎなんです。ファイアボールは暴力組織というか傭兵組織に近い、みんな体が資本なわけですからお休みしっかりとって万全な状態でことに当たれるようにいたしませんと!
「心得ております。」
「うむ、よいお返事!」
ビシッと敬礼を決める彼を横目に、呼び寄せていた長距離移動用にチューニングした飛行ユニット『オブルチェフ』を頭部に装着し、そのまま空へ。Mark2は攻撃力に重きを置いたスーツだったからオミットした光学迷彩もMark3には搭載済み、前より小さくなったし誰にもバレずに大阪まで帰れるって寸法です!
私たちの家がある大阪の方向を向き、ブースターを点火させる。後はまぁ姿勢保ってたら到着するわけだけど……、思ったより眠いな。瞼を開けるのも億劫じゃん。
「イヴ、任せていい? ちょい仮眠。」
『かしこまりました、すべて私に任せお休みください。』
最近寝てないというか、まぁこの世界に身を置くようになってから休める時間は減ったんだけど最近変な夢見るようになってさぁ……。寝るには寝たいんだけどちょっと夢がね? でもさすがに3徹目前はちょっとヤバいしこれぐらい疲労蓄積されてたら夢も見ないでしょってことで。
お休み、イヴ。